合唱コンクール

2017年10月19日 | 日記
今日は、中1の姪の通う中学校の校内合唱コンクールでした。この姪は弟の4番目の子で、上から順に4人とも私の母校に進学してくれたお陰で、私も切れ目なく合唱コンクールを聴かせてもらえています。場所はいつもの県立劇場コンサートホールです。今日は私も仕事の合間を縫って、かろうじて1年生と2年生の演奏が聴けました。ハイライトとも言うべき3年生やコーラス部の演奏が聴けなかったのは残念でしたが、今年も楽しませてもらいました。後で聞いたところ、姪のクラスはあっぱれ学年優勝だったそうです。上の3人は優勝に縁がなかったので、我が家の快挙です。
とは言え、曲がりなりにも芸術に点数や順位をつけるということには、どうしても違和感が付きまといますね。合唱コンクールの教育的意味は十分に認めますが。時々民放でやっている歌の勝ち抜き戦のような番組も、音程やヴィブラートなどを細かく測定して点数化していますが、あれは機械が評定を出しているわけですね。歌には数値化できない質感というものがあります。それは感覚や超感覚が捉えるものなので、表面的な完成度とはちょっと次元が違うように思います。いっそ校内合唱祭にして、それぞれの演奏の特徴を一言で表した賞を全クラスに授与してはどうでしょうね。
そんな妄想を抱いたのは、どのクラスの演奏もそれぞれに独特の味わいがあったからです。そして嬉しいことに、1年生のあるクラスが自由曲に「Let's search for tomorrow」を、2年生の2クラスが自由曲に「春に」と「聞こえる」を選んでいました。私が教えていた頃の名曲です。でも、名曲なだけに演奏のレベルがはっきり表れてしまいます。良い歌を本当に感動的に歌うことはとても難しいことなんですね。本来はもっと上の学年が歌う歌かもしれません。
これは私の心のつぶやき(あまり大きな声では言えません)(←そう言いながらここに書いたら「大きな声」で言ってるのと同じじゃないか(笑))ですが、課題曲の選択ももう少し考えてもいいんじゃないかなあ。1年生の「マイバラード」、決して悪い曲ではありませんが、私にはそれほど魅力的には思えません。2年生の「グローリア」は、モーツァルト作曲となっていますが明らかに贋作です(作風が違い過ぎます)。まあ、「子供たちはこの曲が好きなんですよ」と言われるので、そこに目くじらを立てる気はありませんが、ともかくこの曲は中学生には難しい。毎年、全クラス、必ずソプラノのロングトーンの音程がぶら下がります。また、途中に1か所、どのクラスもハーモニーがきちんととれない箇所があります。この曲はまだダメだよ~と言いたくなる気持ちが年ごとに募ります(笑)。
しかし、そういうペダンティックなこだわりは横へ置いて、中学生が一生懸命歌っている姿は美しいです。平日の昼間なのに2000人弱のホールが生徒と保護者で満席になるというのも驚くべきことです。中学生が県立劇場のコンサートホールで歌えるなんて、本当に凄い経験です。大人たちからこれほど大事にされ、仲間と一丸となって全力投球する経験を演出してもらえる生徒たちは、本当に幸せです。
後ろ髪を引かれる思いでコンサートホールを後にしました。