観光列車から! 日々利用の乗り物まで

日記代わりに始めました。
まずは先日の小旅行での観光列車から出張利用の乗り物まで。

中津川駅 JR東海)中央本線

2017-03-24 11:11:11 | JR東海 中央本線・高山本線・太多線

中津川駅(なかつがわえき)は、岐阜県中津川市太田町二丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)中央本線の駅である。市の代表駅で運転上の重要拠点駅です。

特急「しなの」を含めた全列車が停車する。「しなの」と一部の普通列車を除き、当駅で運転系統が分離されている。

駅前の広場は整備され、路線バス、タクシーが乗り入れています。

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。大きな2階建てコンクリート造駅舎です。

2つのホームは北側にある跨線橋と南側にある地下通路で連絡している。1・3番線が本線、2番線が副本線となっている。この他、ホームのない側線(留置線)が、3番線の西側に数本あり、夜間滞泊の設定がある。

 


駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、武並駅 - 野尻駅間の各駅を管理している。構内東側の単式ホーム(1番線)に隣接した駅舎内部にはみどりの窓口、タッチパネル式自動券売機2台、自動改札機が三台設置されています。

当駅から名古屋方面へはTOICA(および相互利用先ICカード)が利用可能であるが、木曽福島方面へは利用できない。

のりば
番線 路線 方向 行先 備考
1 ■中央本線 上り 多治見・名古屋方面 特急含む
2 ■中央本線 上り 多治見・名古屋方面
                 下り 木曽福島・長野方面
3 ■中央本線 下り 木曽福島・長野方面 特急含む


駅西側に、多数の留置線が設置され中津川運輸区があります。かつては、ここに中央本線木曽谷区間の要衝として中津川機関区があり、1973年の塩尻 - 中津川間電化まで多数のD51形蒸気機関車が在籍していた。また、同線恵那駅から出ていた明知線の気動車の日常整備を担当していたことから、電化区間にありながらキハ52形などが留置されている状態も1985年まで見られた。


駅舎内テナント:
東海キヨスク株式会社(ベルマート)
安藤商店
立ち食いそば - 根の上そば(梅信亭)
喫茶店 - コーヒースタンド
かつては、当駅構内で駅弁の販売も行なっていた。

 

1902年(明治35年)12月21日 - 官設鉄道多治見 - 当駅間開通と同時に開業。一般駅。当時の駅名は中津駅(なかつえき)。
1908年(明治41年)8月1日 - 官設鉄道が当駅から坂下駅まで延長、途中駅になる。
1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。中央西線の所属となる。
1911年(明治44年)
5月1日 - 線路名称改定。当駅を含む中央西線が中央本線に編入される。
6月1日 - 中津川駅に改称。


1924年(大正13年)8月5日 - 北恵那鉄道線 中津町駅 - 下付知駅間が開通。
1932年(昭和7年)8月26日 - 四ツ目川で発生した土石流が当駅構内に襲来、死者2名・家屋流出73棟等の被害を受ける[1]。
1978年(昭和53年)9月19日 - 北恵那鉄道線が廃止。
1984年(昭和59年)1月10日 - 車扱貨物の取扱いを廃止。
1986年(昭和61年)11月1日 - 荷物の取扱いを廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東海旅客鉄道の駅となる。
2006年(平成18年)11月25日 - TOICA導入。中央西線では、名古屋から当駅まで使用できる。

電報略号 ナツ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度- 3,525人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1902年(明治35年)12月21日
備考 駅長配置駅(管理駅)
みどりの窓口 有
* 1911年に中津駅から改称。


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