yopikoの、たなばた日記

フクロウグッズ・書・風景・植物や日々の出来事など、写真で気ままに綴っています♪

書に親しむ 「小倉百人一首」 八十番

2012-08-31 05:30:00 | 書(小倉百人一首)



長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ


歌意 末長く変わらないという、あなたのお心もはかりがたく、
お逢いして別れた今朝は、黒髪が乱れるように心が乱れて、
あれこれともの思いをすることです。

作者: 
待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)
12世紀前半の人。待賢門院に仕える。
 院政期歌壇の代表的な女流歌人。

この歌も崇徳院の主催した『久安百首』(77番・79番)で詠まれた歌。
この一首を、男が届けてきた後朝の歌に対する返歌という趣向で詠んでいる。

「長からむ心」は、これからも変わることがないとする誠実な心。
しかしここでの女には信じ切ることが出来ない。
男が去って、ひとりで過ごす時間が経つにつれて、
恋するがゆえの疑いと不安と不審がつのっていくのである。

恋のもの思いを、情感豊かに詠んだ一首である。

                                      ※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」

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書に親しむ 「小倉百人一首」 七十九番

2012-07-31 05:30:00 | 書(小倉百人一首)



秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ


歌意 秋風によってたなびいている雲の切れ間から、
もれさしてくる月の光の、なんとくっきりと澄みきっていることよ。

作者: 
左京大夫顕輔(さきょうのだいぶ あきすけ)
1090~1155 藤原顕輔。 藤原顕季(あきすえ)の子。
勅撰集『詞花集』の選者。


『新古今和歌集』の詞書に、「崇徳院に百首歌たてまつりけるに」とある。
(この百首歌というのは『久安百首』→77番 のこと)

爽やかな秋風が吹きわたり、雲が流れるように動き、
そのたなびく雲の切れ間から、澄んだ月の光がもれ出てくる、その一瞬をとらえた
秋の夜空の光景である。

このように刻々と変化する夜空の景は、まさしく秋という季節だからである。


                                      ※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」


今回の一首は、去年の書道展で書いた作品です。



去年は百人一首の中から、春夏秋冬一首づつ書いて軸装に仕上げました。

同じ首でも、文字の形、散らし方で全然違う雰囲気になるので、
どんな字体で書くかを決めるまでが大変ですが、それもまた書の楽しみのひとつでもあります。


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書に親しむ 「小倉百人一首」 七十八番

2012-06-30 09:00:00 | 書(小倉百人一首)



淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いく夜寝覚めぬ 須磨の関守

歌意 淡路島から通ってくる千鳥の鳴く声のために、
幾夜目をさましたことか、須磨の関守は。

作者: 
源兼昌(みなもとのかねまさ)

12世紀初めの人。源俊輔の子。経歴の詳細は不明。


『金葉集』の詞書に、「関路千鳥といへることを詠める」とある。

冬の夜、荒涼とした須磨の地を通り過ぎる旅人は、
向かいの淡路島から飛び通ってくる千鳥の声を聞き、
昔の関守のわびしい心を思いやる、
その想像は、そのまま旅人の旅愁でもある、というのである。

この時代は千鳥の鳴き声は、もの悲しさを誘うものとされていた。


                                      ※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」


              

今日で6月もおしまい。 紫陽花ともお別れです。
あっという間に半年過ぎてしまいました~

暑い夏がやってきます・・・今年も節電しながら乗り切らなくては!

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書に親しむ 「小倉百人一首」 七十七番

2012-05-31 05:30:00 | 書(小倉百人一首)



瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

歌意 川瀬の流れが速いので、岩にせき止められる急流が、
二つに分かれても又一つになるように、
恋しいあの人と今は別れても、いつかはきっと逢おうと思う。


作者: 
崇徳院(すとくいん)

1119~1164 鳥羽天皇の第一皇子。在位18年に及ぶが、
保元の乱に破れ、讃岐(香川県)に配流されたまま崩御。
 


川の流れの行く末に、自分の恋の将来を重ねて詠んだ、情熱的な恋の歌である。

上の句では、ほとばしり流れる急流の情景、
下の句にいたって、激しい恋情へと転じている。

岩によってせき止められた川の流れが、いったんは別れてもやがて合流するように、
障害を乗り越えて必ず逢おう、というのである。
激しい情熱と強い決意とが感じられる恋歌である。



                                      ※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」


              

新緑が眩しくて、爽やかな季節、5月もあっという間に、今日でおしまい。
6月はジメジメした梅雨ですが、1年楽しみに待った大好きな紫陽花の季節でもあります

庭のアジサイも緑の蕾が目立つようになりました。
今年は柏葉紫陽花が一押しです。
順番にアップしていく予定ですので、どうぞ遊びにいらしてくださいね~


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書に親しむ 「小倉百人一首」 七十六番

2012-04-30 05:30:00 | 書(小倉百人一首)



わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波

歌意 大海原に舟を漕ぎ出して眺めわたすと、
雲と見まがうばかりに沖の白波が立っていることだ。

作者: 法性寺入道 前 関白太政大臣
(ほっしょうじ にゅうどう さきの かんぱくだいじょうだいじん)

1097~1164
 藤原忠通。摂政関白藤原忠実の子。 


『詞花集』の詞書によれば、
崇徳天皇(77番)の御前で、「海上ノ眺望」という題で詠んだ題詠の歌である。

雲と波の白さの見分けがつかない、大空と大海の接するところが遠望されている。

晴れがましい場にふさわしい、雄大な風景を詠んだ歌となっている。



                                      ※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」


              

桜、桜と楽しみにしていた4月もおしまい。
あっという間に、今年も三分の一が過ぎてしまいました~

明日から風薫る5月、新緑の5月~
GW後半・・・予定があるのは1日だけ。あとはどうやって過ごそうかしら~


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書に親しむ 「小倉百人一首」 七十五番

2012-03-31 05:30:00 | 書(小倉百人一首)



契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり

歌意 お約束してくださいました「私を頼みにせよ」という
恵みの露のようなお言葉を命とも頼んできましたが、
ああ、今年の秋もむなしく過ぎていくようです。

作者: 藤原基俊(ふじわらのもととし)

1060~1142
 右大臣藤原俊家の子。
詩歌集『新選朗詠集』の選者。俊頼(74番)の新風に対して、こちらは保守的。

 


『千載集』の詞書によれば、
作者は、興福寺にいた子息の光覚(こうかく)が、名誉ある維摩会の講師になることを、
その任命者である藤原忠通に懇願していた。

それに対して忠通は、清水観音の歌とされる
「なほ頼めしめぢが原のさせも草 わが世の中にあらむ限りは」
(私を頼みにし続けよ。たとえあなたがしめじが原のさせも草のように
胸をこがして思い悩む事があっても。)の一句を引いて、
「しめぢが原の」と答えた。

基俊は、その言葉をあてにして待っていたが、
今年の秋もまた光覚は選にもれてしまった。

それを恨んで詠んだのがこの歌である。

子を思う親の心情と嘆息が描かれている。


                                      ※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」


              

早3月もおしまいです。
桜、まだ近所では咲いていません・・・


来週辺りは満開の桜が楽しめることを期待して待ちましょう

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書に親しむ 「小倉百人一首」七十四番

2012-03-01 05:30:00 | 書(小倉百人一首)



憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを

歌意 私がつらく思ったあの人を、なびくようにと初瀬の観音に祈りこそしたが、
初瀬の山おろしよ、ひどくなれとは祈りはしなかったのに。

作者: 源俊頼朝臣(みなもとの としより あそん)

1055~1129 大納言経信(71番)の三男。
勅撰集『金葉集』の選者。清新な歌風で後世にも影響を与えた。


『千載集』の詞書によれば、
藤原俊忠の邸で「祈れども逢はざる恋」を詠んだ題詠であるが、
観音に祈っても効のない悲しみを、山おろしに向かって泣きくどく姿は、
恋の恨み言の真実をとらえていよう。

つれない相手の心がなびくように、霊験あらたかと言われる初瀬の観音に祈った。
しかし、思いは通じるどころか、相手はいよいよ冷たくつらくあたるというのである。

そうした相手の冷淡な態度が、山から吹き下ろす「山おろし」に象徴されている。

                                      
※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」


              

早、3月になりました~
いよいよ待ちに待った花の季節到来ですね

ところで、昨日朝から降った雪。朝は5センチだったのに、
昼くらいまで降り続き、計ったら18センチにも!
頑張って咲いた福寿草も雪に埋もれてしまいました・・・


午前中、買い物に出た帰り道、重い食料品の袋を持ち、傘を差しながら近くの用水路を撮ってみました。
こんなに寒いのに、水路ではカモちゃん夫婦が仲良くおさんぽ。ここだけはホット

午後、雪が止んだので雪かき。
量が多かったので、汗をかくくらい頑張っちゃいました~

最近例を見ない多摩西部の大雪でした
うるう日の積雪、なんと60年ぶりだそうです。

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書に親しむ 「小倉百人一首」 七十三番

2012-01-31 05:30:00 | 書(小倉百人一首)



高砂の 尾の上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ

歌意: 遠くの山の峰の桜がさいたのだった。
人里近い山の霞よ。どうか立たないでほしい。


作者: 権中納言匡房(ごんちゅうなごん まさふさ)
1041~1111 大江匡房。大江匡衡(まさひら)の曾孫。
大江家の学統を継ぐ、当時の代表的な詩文家。


『後拾遺集』の詞書によれば、
内大臣藤原師通の邸で、「遙かに山桜を望む」を題に詠んだ歌である。
「山桜」自体の美しさもさることながら、それを「遙かに望む」ことの方に主眼がある。

霞はせっかくの桜花をも隠してしまいがちなもの、という前提から、
遠くの桜を眺め続けたいと強く願った歌である。


                                      
※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」

              

今日で1月もおしまい。一日、一ヶ月、あっという間に過ぎていきます。
毎日寒い日が続いています。猛威をふるうインフルエンザ、学級閉鎖も増えているようですが、
ついに母のケアハウスも患者が増えて、入居者は外出禁止になってしまいました
母が大好きな回転寿司、しばらく食べに行けなくなります・・・

早く暖かくなって欲しいです。

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書に親しむ 「小倉百人一首」七十二番

2012-01-22 05:30:00 | 書(小倉百人一首)



音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ

歌意: 噂に名高い高師の浜のいらずらに立つ波はかけますまい。
袖が濡れると大変ですから。
―――うわさに高い浮気なあなたの言葉は、心にかけますまい。
あとで袖が涙で濡れるといけませんから。 

作者: 祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけ きい)
11世紀後半の人。後朱雀天皇の第一皇女祐子内親王に仕える。

『金葉集』の詞書によれば、
「堀川院艶書合ほりかわいんけそうぶみあわせ」で、詠まれた歌である。
「艶書合」は、公卿、殿上人が恋歌を詠んで女房の元に贈り、
それへの女房たちの返歌をそれぞれ番えさせる趣向の歌合である。

この紀伊の歌は、藤原俊忠(定家の祖父)の贈歌
「人知れぬ思ひあり その浦風に波のよるこそ 言はまほしけれ」
(私は人知れず思いを寄せています。
荒磯の浦風とともに波が寄せるように夜になったらお話ししたい。)
への返歌である。

当時、29歳の俊忠に対して、紀伊は70歳前後。
見事に切り返す歌才が光っている。


                                      
※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」



連日みぞれや雨が続いています
インフルエンザが流行し始めました~
うがいと手洗い、マスクで防ぎましょ

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書に親しむ 「小倉百人一首」七十一番

2011-12-31 05:30:00 | 書(小倉百人一首)



夕されば 門田の稲葉 おとづれて 芦のまろやに 秋風ぞ吹く

歌意: 夕方になると、門前の田の稲葉を、そよそよと音をさせて、
芦ぶきの山荘に秋風が吹きわたってくることだ。
 

作者: 大納言経信(だいなごんつねのぶ)
1016~1097 源経信。
和歌・詩文・管弦に優れ、有識故実にも詳しかった。

『金葉集』の詞書に、
「師賢朝臣(もろかたのあそん)の梅津に人々まかりて、
田家秋風といへることを詠める」とある。

「梅津」は、都の西郊(京都市右京区・桂川左岸一帯の地)

この時代は貴族達は洛外の自然を求め、田園趣味が流行した。
田園の秋の風景が実感をもって詠いあげられている。


七十一番は、去年の12月に稽古した書です。
今月は八十三番を稽古しました。
あと1年半、百首まで頑張ります!



                                      
※参考 文英堂 「原色小倉百人一首」


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