うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

追記2 / SNS異聞

2019年08月31日 | 日記・エッセイ・コラム
8月最後の今日は夏の終わりらしい、どこかに秋の気配の感じられる暑さ。おかしなことを言うようだが、最近の異常な気象とはちがう、ちょっと上品な天気のように感じられた。

音楽配信サービスから、「一慶セット」のプレイリストを作った。
  1. ニール・ダイヤモンド Song Sung Blue
  2. シェール       悲しきジプシー
  3. スタイリスティクス  Love Is The Answer これはヴォーカルのものと、ヴァン・マッコイのアレンジしたインストゥルメンタル版の両方。

これを聴きながら車を出す。が、渋滞の中忘れものに気がついていったん引き返すなど、どたばたな状態に。1時間ぐらいロスしてしまった。。
音楽はちょっとしんみりした感じなのに、聞いている人は何とも。。
帰るときもしばらく聞いたが、最後はSong Sung Blueが妙に気になってしまい、延々ヘビロテしてしまった。。


このSong  Sung Blue, ちょうど鈴木由里さんの「ともしび」が書かれていた1972年(昭和47年)5月にリリースされ、7月に全米1位となっているという。一慶さんがそのころ好きだったそうで、朗読の後、紹介のコメントなしで曲が流れたのを覚えている。

シンプルな歌詞なのに、聞いていて意味がつかめなかったが、「誰でも悲しいことはあるし、それを歌にしたものもたくさんある。おかしなもので、それを声に出して歌ってるうちに、心が晴れてくるものなんだよ」という内容らしい。肩に手をかけて慰められるような、ちょっと力を抜いた歌い方と歌詞もよく合っている。

さて、すっかり引きずってしまったが、このお話もここで一区切りつけよう。
なんか、すっかりあちらの世界にはまってしまい、目の前のやるべきことがとまってしまったわ。。今の世界に戻ります。。

先週のこと、SNSを開いたら、画面がポップアップしてメッセージが出た。
「あなたのこのコメントはヘイトスピーチに関する管理規程に違反していますので、友達から見えないようになります。審査を要求するならボタンを押してください」ボタンを押すと数時間して「審査をしましたが、結論は変わりません。意見があればどうぞ」
と、いわれたのでこうコメントした。べつに抗議する気もないので、状況を説明しただけ。

「これは飼っていたインコが横になっていた私の背中にとまったので、カメラの画像を確認せずに何度もシャッターを切った中の一枚(の写真の説明)です」
SNSではだいたいこういう説明をしていた。
「ペンと遊んでいたら、背中のほうに回りこまれた。カメラを逆さに持ってめくら撃ちしたらこんな画像が撮れた」

ブログの倫理規定というのもあるとは思いますが、めくら撃ちはこの場合、ノーファインダーで見当つけて撮影する、の意味です。削除しないでね。。
ちなみに8年前、2011年10月の投稿でした。なんで今頃。。

やはりSNS話だが、とある鳥関係のグループで、(たぶん)知っている鳥専門病院が急患の子を受け入れてくれなかった、とひどく批判されていた。まず病院が特定されないので憶測でしか語れないが、もし知ってる病院なら、そこは今お医者さんのやりくりに苦労している為かもしれません、とやんわりコメントしておいた。この話題を最初に書いた方も、数日後には冷静なコメントを寄せていた。
が、その間にいろんな方の批判的なコメントがすごかった・。ふだんはお互いの鳥さんの写真見てかわいいね、といっている人たちなのに。

まあどちらも、色々と勉強になります。。

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追記

2019年08月30日 | 昔のラジオ、テレビ
しょうじき、昨日の記事(夏を閉じる日 - うさぎくん)を、書いたものかどうか、さいしょ少し迷った。僕は公共の電波に乗って放送された手記の朗読を読み、強い印象を受けたことは確かだが、直接鈴木由里さんにお会いしたわけでも、一慶さんを含む、由里さんとつながりのあった方々と直接お話したわけでもない。

ご遺族のお気持ちを考えると・、そういえばさいきん京アニの犠牲者の方の名前を報道したものか、議論もあったようだが、あまり軽々しく扱うことは慎まなければ、という気持ちも働く。
また、一慶さんも朗読紹介の前に、(毎年朗読を放送することが)形式的なイベントになってしまうこと、繰り返すことにより心が動かされなくなることを恐れている、と語っている。

他方、昨日リンクを張らせていただいたなんでもかんでもさん(でいいのかしら?トラ刈りオヤジのノラないハナシ)の言われるように、往時は大きな反響を呼んだものの、時が移り人が移りするうち、次第に忘れ去られていくことが惜しまれる、という見方もある。僕も同感で「ともしび」は「愛と死をみつめて」のように出版という形はとらなかったものの、今でも多くの人に感動と勇気を与えてくれるとおもう。

以下は雑多な感想になってしまうけど、この時代の深夜放送というのは、今僕らがSNSなどで色々交流しているのと同じような役割を果たしていたんだな、ということに改めて気がつく。リスナーが限定されやすい深夜の放送は、より濃いつながりになりやすかったのだろう。

改めて言わずもがなのことを書いてしまうが、健康であれば様々な可能性が開けるはずの、何にでも感じやすい年代に、これらを制限され失わしめる、という人の運命というものを、どう捉えたらよいものだろうか。
人の想いは、どこに消えていくのだろうかという、昔よく考えたことをまた思い出してしまう。想いの強さは、人をモティベートすることに大いに役立つが、それが矯められると人を苦しめるし、ときには刃を自らに向け、傷つける力にもなりうる。

また「ともしび」からの引用をさせてください。残った足の切断を告げられ、悩んだ末これに向きあう決意をした4月の終わりごろ書かれた詩。

平凡な奥さんになりたい。

朝、5時に目を覚ましてお味噌汁を作ります。

中身はお豆腐とわかめが彼好みです。

自分で漬けた漬物をかわいい鉢によそおいます。

厚焼き卵を上手に焼いて、焼のりも出しましょう。

朝の準備ができたら、彼と子供を起こします。

子供は小学校の2年生、成績は悪いほうです。

でも私は怒りません。だってその子はとても心が優しいから。

彼と子供を門まで送って、お掃除、お洗濯をします。

午後になると子供が帰ってきて、
前の公園に勉強もせずに遊びに行きます。

私は夜ご飯のお買い物に駅前のマーケットまで、自転車で行きます。

そして、彼のためにお酒のさかなをまず初めに買いましょう。

それから急いでうちに帰って夕ご飯を作ります。

彼は6時に戻ります。

3人で夕食を済ませ、子供といっしょに漫画を見ます。

子供が寝たら、二人でお酒を飲みながら昔のことを話します。

そんな平凡な奥さんになりたい。 
(昭和47年4月30日)

輪廻転生ということがあったとして、鈴木由里さんの魂がその体を離れ、また生まれてくる誰かの体に宿ったのだとすると、もしかしたらその新しい体は、鈴木由里さんがかつて夢に描いたような生活を、今頃本当に送っているのかもしれない。
もしそうなら、鈴木由里さんであったころは多少辛い思いをしたものの、早くその体を離れて行ったことは、むしろ幸せだったのかもしれない。
多少辛いどころではなかったとは思うが、その想いは今でも生きているし、決して無駄な人生ではなかったはず、ですよね。

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夏を閉じる日

2019年08月29日 | 日記・エッセイ・コラム
このタイトルを見てピント来た方、どのくらいいらっしゃるでしょうか。きょう8月29日はこの、「夏を閉じる日」という詩を、日記「ともしび」につづった、当時17歳だった鈴木由里さんの命日にあたります。
「ともしび」は、鈴木さんが亡くなる直前まで、闘病生活や肉親、友人たちとの交流などについて、ほぼ半年にわたって書いた日記です。
「夏を閉じる日」は8月20日に書かれました。亡くなる9日前ということになります。

鈴木由里さんは骨肉腫で長期にわたり入院し片足を切断、更に片目を失いました。そんな思いを、その頃TBSラジオで深夜放送されていた「パックインミュージック」という番組の、担当アナウンサー小島一慶さん宛に書いて送ったところ、それが2度にわたり読み上げられました。
それがきっかけとなり、彼女が亡くなってからこの日記が小島さんに送られ、放送で朗読されました。その後も毎年、8月の下旬になると小島さんのパックの時間に放送されていたようです。

僕は鈴木由里さんが亡くなられたときはまだ子供でしたから、当時は全く知らなかったのですが、中学2年のとき、たしか友達から教えられたように記憶していますが、こういう放送があると知って、夜遅くまで起きていて聞きました。たしかテープにも録音して、それは捨てずにどこかに残っているはずです。
小島さんのパックはその年の秋に終了しましたので、パックの中での放送は僕が聞いた時が最後でした(その後も通常放送枠のない日曜深夜などに放送されていたようです)。
僕は世代的に、この放送を聞き知ったものとしては最年少の部類に入るのかもしれません。なにぶん47年も前の話ですし、一時雑誌等で話題になったとはいえ、当時のことを記憶する人も少なくなっていることは確かです。それでもネット上で検索すると、朗読の書きおこしをされている方、当時の放送録音をYouTubeにあげてらっしゃる方など何人かおられます。
(勝手に張らせていただいて恐縮ですが)こちらの方のリンクを貼っておきます。日記の全文,放送録音のYouTubeページへのリンクも掲載されています。(

今思うと中学の時は、放送を聞いて強い衝撃を受けてはいるのですが、まだ若い命が失われるということの重みとか、そういうことが上手く受け止められず、なんとなく「怖い」「可愛そう」「重苦しくて嫌だ」のような気持を自分の中でこねくり回す、ぐらいかできなかったような気もします。

むしろ今読み返してみると、壮絶といえるような苦痛、不安、恐怖との戦い、肉親や医師、友人、恋人とのごく細い、しかしとても濃密なつながり、生への痛々しいほどの渇望などが心を直撃します。
とりわけ生きることへの強い渇望感は、年を重ね滅多なことでは感動しなくなった心を揺さぶります。いや、感動しなくなったということではないかな。
実は職場でつい検索して読んでしまったのですが、恥ずかしながら涙をごまかし時折外に出て鼻をかむということを繰り返しました。

もう一方の足も切断し、転院して放射線治療を受けるようになってしばらくした7月下旬、由里さんは一時危篤状態となります。このときは数日で意識は戻ります。(ここ追記:回復後なおも示した、生への強い渇望を、「ともしび」から追加で引用させてください)

どうしたっていうのよ。みんなそんな顔をして。
私は平気よ。
死ぬの? いや!
私は死にたくない。

私はまだ死んじゃいけないのよ。
神様、私は病気でみんなに迷惑をかけてきた。
だから、この病気を早く治して、
迷惑をかけた分、みんなにつくさなきゃいけないの。

死んじゃいけない。 


その後、それまで全く揺らぐことのなかった生きることへの強い確信の様なものが揺らぎ、死への道筋を意識するようになります。その時の思いをこう書いています。

でも、私にはわかっている。
私の命がもうそんなに長くないということが。

きょうはいやに心が澄み切っていてこわい。

自分でも驚くほど冷静だ。

この意識の転換、ちょっとどういったらいいのかわかりませんが、とても興味深いです。たぶんですが、それまで必死になって生きよう、元気になろうと思い続けたからこそ、この転換点を迎えたのでしょう。ただ不運を呪ってもう死ぬんだ、と思っている人は、亡くなる瞬間まで自分の死を納得できないのかもしれない。
8月に入ってからは肉親、恋人、親しかった友人に向け、遺書めいたものを書くようになり、次第に体の自由も効かなくなってきているようです。そして、自らを送るかのような詩。。

夏を閉じる日            鈴木由里

  夏を閉じる日
  散っていく花びらに 少しの言葉がほしい
  空回りしている詩に 確かな鼓動がほしい

  夏を閉じる日
  ブランコの揺れる あの日に戻りたい
  開かれた白いページに 瞳を埋めていたい

  夏を閉じる日
  心を閉じて 一人でいたい

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1年

2019年08月27日 | 日記・エッセイ・コラム
先週末は法事、そして今週から来週にかけては、ちょうど1年前の同じ時期を思い出しながら過ごす日々になりそうです。

昨年も大変でしたが、今年は今年なりの問題があり、時の流れは押しとどまることはないのだな、と実感させられます。

無い知恵と年中不具合を起こしている自分の心をやりくりしながら、浮世を渡っていかないといけませんね。。
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タイヤを取り替えた

2019年08月25日 | 鉄道、車、のりもの
今月初めに書いたように(車関係の話題いくつか - うさぎくん)購入時から使っていたタイヤが寿命らしく、日常使う30km/hぐらいのスピードでゴロゴロと音を立てるようになった。修理工場のおじさんにも見てもらったが、側面にひびが入っており、高速などあまり使わなければ今のままでも良いが、まあ交換した方がよいとの助言。

急なこと、予算の関係もあり迷ったが、取り換えることにしてオートバックスに打診。本車両、特別仕様でスペックの良いタイヤを履いていた(一時は前ユーザーが好みで高スペックのものに替えたかと疑い、出荷時のサイズを調べたりもした。結局サイズは登場時から変わっていないらしい)ので、スペックダウンできないかと考えたが、結局現状サイズで更新することに。国産車ではあまり見られないサイズらしく、選択肢は狭くお値段はやや高めだった。

車齢を考えると、新しいタイヤを使いきるまで乗っているかも疑問だし、そんなに派手な乗り方はしない。その辺をお店と相談し、当初見積もりをもらったものより数万円安いタイヤを紹介してもらった。
お盆休み前に注文したので、入荷の連絡が来るまでだいぶ時間がかかった。発注してから2週間弱、ようやく交換を終えた。

入荷待ちの間も結構高速で走ってしまったし、毎日ゴロゴロ言わせながら乗っていたが、交換完了するとさすがにうれしい。その辺を運転してみると、発進時や徐行しながらハンドルを切った時の感触が明らかに違う。非常にしっかりした印象があるし、全体に操舵力が軽くなった気がする。

音が静かになったことは言うまでもない。静かか騒々しいかは相対的な感覚なので伝えにくいが、とりあえずゴロゴロはなくなったし、路面の良いところではかなり静かな気がする。

高速にも乗ってみた。車が軽くなったような印象は高速でも変わらない。燃費についてはまだわからないが、それほどは変わらないかもしれない。。
ピット作業の間、近くの喫茶店(高倉町珈琲)で待機する。ソフトクリーム、巨大です。。
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かわりめ

2019年08月22日 | 日記・エッセイ・コラム
猛暑がすこし落ち着いたようだ。
今年は梅雨が長引き、曇りや雨の日が長く続いた。梅雨の終盤は強い雨が降ることが多かったが、ここ数日はそのころに戻ったかのようだ。
 
ただ、季節のことを考えると曖昧な気持ちになる。少し前のことを覚えていないのだ。今月の初めごろ、何をしていたのか忘れている。しばらくすると思い出せるのだが、なんとなく実感が伴わない。

このことは気候の変化が原因というよりも、主に自分の境遇その他の変化が関係しているのだろう。とはいえ、季節が変わるとそれまでの生活実感がすこっとぬける、という感覚はあるな。

昔だと今頃は、旅行とか楽しかった行事も終わり、日も短くなってどこかに寂しいような、でもまだ季節も頑張って暑くなってくれているから、残りを一生懸命味わいたいような、そんな気持ちで日々を過ごしていたような気がする。

それは、寂しいからいやなんだけど、夏の始めの頃よりは少し心のひだもふえて、大人になったような気分もあって、悪くないような気持でもあった。

今は、たった今はしかし、今を惜しむ気持ちよりは時間を推し進めてしまいたい気持ちのほうが強い。。
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HD PENTAX-DA 20-40mmF2.8-4ED Limited DC WR

2019年08月18日 | カメラ、写真
これもストックのネタで、長く書くことができずにいたものです。
購入したのは7月の中旬、例の放火事件が起きた日でした。。ちょっと思い出すのが辛いものがありますね。。
あのころ、色々検討していて・・と書いていましたが、結局これを買うことにしました。基本的な用途としては、日常KPにつけっぱなしにして、標準レンズとして使う、というものです。従来はKP購入と同時に買った、DA18-135mmがその任にありました。便利ズームなのでこれからも使いますが、18-135mmは描写が若干緩いので、そこは使い分けになります。
ここまでの写真は開封時(買ったのは7月でしたが、開封したのは実に今月に入ってから)にQ-S1で撮りましたが、やけにピントが緩いです。撮りなおしたいのですが、偶々今ボディがありませんで。。その件は後程。
 
早速連れ出してみました。
20-40mm、2倍ズームという特色のある焦点距離は、最初どう使ったらよいのか戸惑いますが、カメラを構えるとあまり意識することがなくなります。

それにしても頭混乱しますね。35mmフィルム版換算30.5mm-61.5mm相当だそうです。フルサイズだといい感じのレンジですし、MFTだと40-80mm相当になる。MFTの20mm F1.7、持っていますがこれは換算40mm相当で、結構気に入ってる画角なのでそれをつい連想します。

ペンタックスは、というより(言い換えなくてもいいかも)Limited Lensesは伝統的にちょっと変わった焦点距離のものが多いですが、その伝統に沿ったものかと。普通なら16-32mmとか、17-34mmでもいいかもしれませんが、違うんでしょうね。そういうコンセプトじゃないんだと。
18-135mmレンズと並べた写真も撮ったのですが、ブレていて使えないので言葉だけで。大きさは心持20-40mmのほうが小さいです。重量ははっきりと軽い。のですが、20-40mmは金属鏡胴で、なかなか凝ったデザインをしているため、ラフに扱って傷つけたくないという心理的なプレッシャーを感じます。。
18-135mmのほうがカジュアルに扱えるという面はある。新品で買うとどちらもそこそこの値段はするんですけどね。

質感とか、ズームリングの感触(回すときのトルク感)などは圧倒的に20-40mmに軍配が上がります。KPにも良く似合うこと。。
描写がどうのと語るのは適任ではないのであれですが、自宅で撮影画像を見ていても、一目でシャープさやクリアな色合いがわかる気がします。
なんとなく、どこが、ってのはわからないけど、結構いいね、ぐらいのことは言えるかもしれません。
 
これは受け売りですが、絞りをF4ぐらいにしておくと、40mm付近では開放絞りとなって柔らかな感じ、そのまま20mmにするとシャープな引き締まった描写になります、とのこと。
割と寄れるので万能に使えます。

ズームレンズはテレ端か広角端ばかり使うという人もいますが(割と僕はそういう使い方はしないのですが)、このレンズも30mm付近を中心に、状況に応じやや広く、あるいは少し大きくとやるのがいいみたいです。

さて、先週外出したとき、これと55-300mmを持って出かけたのですが(あと50mm F1.8も持って行ったけど使わなかった)、そのときセンサーにゴミが入ってしまったらしく、後半の撮影ではそれが大きく映りこむようになってしまいました。。
というわけで、新宿のリコーイメージングスクエアに行ってまいりました。
時間のかかることは承知していましたが、想定よりも1時間遅くなることが判明。このあと予定(バレエを見に行った)があったので、お預けして帰りました。なので、本体と55-300mmはいまリコーさんに預けています。
新宿も考えてみると久しぶりです。
このビル、マックや五右エ門とかのレストランが入っていましたが、もう退去したようですね。というか、地上部分はもう解体されたと今ネットで見ました。。写真撮り忘れたな。
転居前はこのあたり、よくうろついていたのですが、今の家からだとちょっと行きにくいので、ご無沙汰しています。5月中旬に一度、ヨドバシにポイント失効させないように行ったのが最後かな。それも1年半ぶりくらいに。
小田急本館もハルクも再開発する、という話があるらしいですね。
ハルク(小田急)は昔従妹が勤めていて、全然気がつかないで買い物してたら店頭でばったり出会ったことがあった。それも名札見てあれ?と思ったけどその場は何も言わず、あとから親を通じてあのときは!というはなしになったこと、あったな。。
久しぶりにハルクのビックカメラ行ったら、2階のカメラ売り場がお酒、旅行鞄売り場に替わっていた。バーカウンターなどもあって、本格的。ハルクは地下に食品売り場もあるが、下の階とのつながりも良好なようだ。
カメラ売り場は4階になったが、昔はパソコン周辺機器があったところですよね。それはどこに行ったのかな。

ちょっと通りがかっただけだけど、なんか懐かしさが噴出してしまった。一眼レフは買ったことないけど、コンデジはここで親のを含めて4台ぐらい買った。そのなかには先日買いなおしたGX200も含まれる。E-PL1, Lumix GH2, GF1, Nikon D5500なんかをいじった記憶も心に刻まれている。。よく通ったなあ。。

というわけで、レンズの話からだいぶとっ散らかってしまいました。。
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失敗図鑑

2019年08月16日 | 本と雑誌
先日Fire 7を買ったときに一緒にKindle unlimited も契約した。3か月間99円である。2年前にも1か月無料で利用したことがあった。ちょうど仮住まいで頻繁に移動していた時期で、車内で何か読むことができれば、と思ったからだが、思ったほど読みたい本がなかった。なんでもただで読めると思ったら、読める本が結構限られているのだ。

久しぶりに一覧を見る。相変わらずそれほど気を引く本はないが、偶々リストにあがっていたこの本を取り上げてみた。子供向けの本だから、すぐ読めますね。。

子供でも聞いたことのある有名人、偉人たちには、こんな失敗談やヘタレなところがあった、という切り口の本です。コンセプトとしてはありがちですが、人選も意外性があるし、知らなかったことも結構あって、大人でも楽しめました。。って、そういえば野口英世が何を発見した人か、よく知らなかったですね。。小学生の頃、学習雑誌か図書館の本だかで、やけどした左手を「てんぼう」とからかわれたというエピソードを強烈に記憶してますが、その後は「がんばって偉い人になりました」ぐらいしか覚えてない。。

それで、この人がどんな奴だったかというと(^^; 渡航のために渡された支度金を一晩で飲んで使い果たしてしまう、という浪費家だったらしいです。たしかに、そういうことは偉人伝には書いていなかったなあ。

この方は天性の集中力と努力家という評判、実際非常に不幸なことですがやけどによる身体的なハンデ、という面が脚光を浴びがちですが、まあ色々あったようです。なにより、そういう金遣いの荒い人が千円札の肖像になっていることに、いまさら驚いています。。

マッカーサーが「日本人は12歳」と言って、国民の反発を招いたという話も、切り口としては面白い。要は彼は日本の伝統文化を軽視し、明治以来の西洋模倣をしていた日本という側面だけを見て、日本人をバカにした、という見方。マッカーサー、マザコンで他にも色々コンプレックスがあり、ウェスト・ポイントのスーパーエリートだったが人当たりが悪く、軍中枢から煙たがられ、ワシントンにも持て余されて退任を余儀なくされる人物です。ここでは文化の多様性を尊重しましょうね、という点にフォーカスを当てるために引き合いに出されています。

西洋模倣は日本人の、明治維新における大英断だったわけですが、終戦時はまだ開国後80年もたっていなかったわけで、その間の日本人の文明文化吸収は驚異的であると同時に様々な無理や誤解も招き、はたから見れば滑稽に見えることも多かったとは思います。
そうしたニュアンスを今、想像することは難しい。この30年を見ても世界のグローバル化は著しく、もはや今の人が普通に持つ感覚で、80年前の人たちが持っていた世界観は語れなくなっていると思います。
話はそれましたが、本書の意図は意図として、12歳発言というのは、ある種深い含蓄がある言葉だなあ、と思ったりします。

ベートーヴェンは(耳が遠いことを)助けてといえなかった、という紹介ですが、もっと色々なところで変だったことは有名ですよね。。たしか映画があったよな、今度ウェブで探してみよう。

音楽家の変人なら結構知っています。。
チャラいモーツァルト、ロリコンの田舎者ブルックナー、陰険なマーラー、ジャズの人になるとチャーリー・パーカーもバド・パウエルもビル・エヴァンスもみんな薬やっててどっかおかしなことになっているし、ジャズマンにあまり心温まる話は聞かない気がします。クラシック演奏家も相当いますよね。。

のですが、本書の目的は偉い人でも色々ダメなところがあったんだから、くよくよしないで頑張ろう、といいたいわけです。ただ、アマゾンの書評とかを見るとそれでも言い方に配慮が足りないとか、色々言われてしまうのは、やはり現代という時代ですね。。

読みたい本がない、という視点でKindle Unlimitedを見ると厳しい面もありますが、気軽にふだん読まないような本を読んでみる、という点では悪くないかもしれません。。


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8月15日

2019年08月15日 | 日記・エッセイ・コラム
15日になにか書かないとと思いつつ、例によって食事の後はほぼ動けなくなって、ノートを寝床においたまま寝落ち状態。。
今週は電車が空いていて通勤は楽ですがお天気が悪く、風呂場の様な湿気に体力を消耗しているようです。

この時期テレビなどでは戦争に関するドキュメンタリーが必ず取り上げられますが、そうしたことが風化すると憂う人、そうかと思えばあまりに繰り返しすぎと反感を示すひとなど、色々な意見が飛び交います。

当時を知る人が少なくなっていることは争えない事実で、僕らが子供の頃は指揮官レベルの人がたくさん存命していた、どころか実社会で多数活躍して社会を動かしていた。自分でビデオ録画できるようになった(自分のビデオデッキ買ったの、30代に入ってから)頃~10数年前でも、戦場を知る人たちの生の証言を聞くことができた。
それが戦後74年もたてば、初年兵でも90歳ぐらいに達しているわけで、確かに今は曲がり角に差し掛かっているのでしょう。

もっと未来を見つめよ、という意見はもっともです。
だが、北半球の国々に民主主義が普及し始めた20世紀初頭、「戦争」が民意を味方につけることに成功したように今、SNSなどの高度な発達により、社会を特定の方向に導くことが次第にやりやすくなっていることも事実です。

70年前、既に最悪の政治形態と言われていた民主主義は、その最悪ぶりに磨きをかけつつあるようです(まあ相変わらず他よりはましというか、なかなかきちんと運営するのが難しいようです)。無力な一市民としては、せめて歴史を学び直しながら、今起こっていることを冷静な目で見つめていきたいと思います。

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銀座

2019年08月14日 | まち歩き

初夏の終わりごろからずっと、見舞いのため終業後すぐに帰宅する生活を続けてきたが、まあそこまで毎日ではなくても、という風潮になってきた。

銀座にもずいぶん行っていなかった気がする。といってもたぶん、5月の連休にお腹壊したとき以来かな。

ので、久しぶりに行ってみるか、と思っていたら、色々あってオフィスを出るのが遅くなり、結局なんにもできませんでしたとさ。

だいたい、夕方になって多少涼しくはなったが、台風が近いせいで非常に蒸し暑い。まるで風呂場にいるみたいだ。。
それはともかく、ちょっと行ってきたかったところはここ。山野楽器のCD売り場が、従来の3フロアから1フロアに縮小される、と聞いていたので、見に行こうとしたのだ。

のだが、ちょうどついたときは閉店の時間だった。。

という訳で今の店内の様子はわからなかったが、同店の直近のフロア構成は1階が邦楽(歌謡曲系もあったし、落語、小唄、清元のようなものもあった)、地下1階が洋楽ロックその他、ビデオ関係、2階手前はジャズ、奥がクラシックという感じだった。
ほかは知らないが、以前(20年以上前)クラシックはたしか3階1フロア全部を占めていた。ジャズは洋楽と同居して2階にあったような気がするが、このへん、記憶が曖昧だ。

CDの大型店舗全盛の時代、たとえばHMV新宿などは、12階のフロアまるまるだっけ?広大な敷地にずらりとCDが並んで偉容を誇り、とりあえずそこに行けば何か欲しいものが見つかる、という気持ちにさせられた。今でも新宿タワーレコードなんかはそういうコンセプトだ。
銀座山野楽器はそれらに比べると若干フロア面積、品揃えは小さめだったが、独自の輸入盤(厚紙に色つきマーカーの手書きで、日本語タイトルを入れて展示してあった)などが目玉で、けっこう掘り出し物が多かった。
HMAは有楽町インズにあってやはりクラシックコーナーが充実しており、しばしばこの2店をはしごしてはあれこれ物色していた。。もう25年ぐらい昔の話だ。。もとより、山野でCDを買うのはもっと昔から、30年ぐらい前からかな。「トスカ」全曲を買いたくて、ほかにCD売っている店を知らずここならあるだろうと思って来たと記憶している。。

その後も折に触れ買いには来ていたが、ジャズとフロアを分けるようになってからはさすがに品揃えが減ってしまい、欲しいものも見つけにくくなっていた。
洋楽でもキャロル・キングのあれが欲しい、と思っても見つけられないことが多かったが、そういうのはネットで検索すれば見つかることが多い。クラシックは店頭で「おお、こんな演奏があったのか。しかもこんなにお値打ち¥・・」とかいう出会いが楽しかったりするのであって、誰でもいいから「未完成」を聞きたい、ということならお店まで行くこともない。。
なので、フロア縮小はとても残念なことではあるのだが、今日日、CDを買う人がどんどん減っている状況では・。

7月の日経の記事では、アナログレコードは近年よく売れているがCDは販売低迷し、銀座山野楽器も8月からフロア縮小する、とあった。日本一土地の高い場所なのだから、まあやむを得ないのでしょうなあ。
 
銀座は子供の頃からよく行っていたけど、それは服や宝石を買ったり、レストランやバーに行くためでは全くない。
最初、中学の頃は天賞堂に鉄道模型を見に行った。それから伊東屋で文具を買い、ソニープラザで新しいオーディオ製品を見たり、トヨタのカタログをもらったりした。
ソニープラザは3年ぐらい前になくなったんだっけ。天賞堂はこの2月頃移転して、元の店舗は解体中。天使の銅像は室内に移動したらしい。

天賞堂の向かい側にイエナ書店という洋書店があった。同じ建物の1階2階が近藤という和書の店で、イエナが3階だったかな。。最初に知ったのはたぶん高校生ぐらいで、電車の雑誌とか、ミネアトゥア・バーネン(MIBA)という、ドイツの鉄道模型雑誌を買ったりした(->もちろんまるっきり読めない。ドイツの鉄道模型は多少持っていたので、写真だけで楽しめた)。洋書店というの、その頃はここ以外知らなかった。まあほとんど買うことはなかったけど。

建物は建て替えられていると思うが、上の今日撮った写真はたぶん場所が違うね。

閉店すると聞いて買ったペーパーバックは、まだカバーを外さないで取ってある。
で、何を買ったのかとみたらこれ、「ダロウェイ夫人」なんです。。なんで買ったのか、ぜんぜん覚えてないですけど。。
でも、本当に不思議なんですけど、今頭の中であの本屋の書架のようすをうっすら思い出せたりしますね。。小さな店でしたが、お客さんも結構多かったな。後に何度か行った、新宿南口の紀伊國屋なんか、洋書コーナーはすかすかという感じでしたね。。

やはり今はなくなってしまったが、数寄屋橋の高速の高架下に「ハンター」という中古レコード屋があった。昔の人は行ったことはなくても、深夜にCMとか流していたので、名前は知っているかもしれない。LPが多かったのでそれほどは買っていないが、いろいろ眺めるのは楽しかった。

あの高架下の商店街、いま思い出すとむちゃくちゃ懐かしい気もしますね。なんか占いの店があったり、富士フイルムかなんかのギャラリーがあったり、小物売っている店とか。適当な値段の洋食屋があって、よく食事したような記憶もあるなあ。。だいたい、買い物の後の食事なんてのは、何でもよかったので、山野楽器のすぐ裏手にあったラーメン屋とか、地下鉄の通路内にあった「からなべや」というカレー屋とかよく行ったな。

今回通りを歩いていると日本人より外国人の方が多いような感じがして、銀座も変わったことはたしかだが、まあ自分だって変わったわけだし、しょうがないねえ。。


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あつい

2019年08月12日 | セキセイインコ

ココの様子が気になっていたので、今日思い立ってお医者さんに連れていきました。
ここ10日ほど、ペレットの食べが悪くなって、若干残すようになったこと。
それだけならまあ良くある話だし、食べてないわけでもないからいいのですが、さいきんは目を向けると寝ている様子が目立つような気がしてきた、というのがどうも気になる。

こうやって丸くなって寝ます。
まあ、ふつうに元気でも寝るのでいいのですが・・ココの場合、具合悪さの見極めが難しくて、どうしても気になってしまうのです。前回は口をパクパクさせる様子が目立ち、診ていただきました。1月のことです。
その時もお薬をいただき、しばらく様子を見ましたが問題ないようでした。

この写真では後ろのほうでアルも真似して?寝てますね。
お医者さんの診断は、そのうは全く問題なし。うんちはちょっと菌がおおいかな。換羽の様子も見られるので、抗生剤その他のお薬をあげて様子を見ましょう。
それから、ここのところあまりにも暑くて、弱ってる子たちが来ているので、温度管理も気を付けてくださいとのことでした。
新宅では日中エアコンはつけていませんでしたが、明日から考えます。
アルは今日はお留守番。
お鼻の色が今一つなのはもう仕方ないのかな。。
アルの健康診断もしてあげないと。。
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Amazon Fire 7

2019年08月11日 | デジタル・インターネット
書き残しているねたをいくつか。。
Amazon Fire 7 です。7月中旬のプライムなんちゃらセールのときに買いました。
しばらく前から電池の持たなくなってきたASUSの7インチタブレットをどうするか考えていました。というのは、手ごろなサイズのアンドロイド端末が市場から姿を消してしまい、いわゆる中華パッドばかりになってしまったこと(ASUSは台湾ですが、いちおう信頼はできる - まあくだんのZenPadはアップデートでフリーズして散々苦労したけど)。電車のなかで読書するのに、置きなタブレットは手がつかれるし、若い人がよくやっているスマホでは字が小さすぎて嫌なのです。。字より漫画の絵だな。細かすぎてわけわからないでしょう。。

それで、iPad miniはOSが違うし今までアップル製品を使ったことはないけれど、いよいよその時が来たかもしれないと、少しずつ検討を重ねていたところでした。

そこへプライムセール。安いタブレットは見慣れていますが、アレクサにも対応する2019年最新モデルが45%オフ送料無料とあっては・・。たとえちびっと失敗したとしても被害は少ないだろうと。お値段書くのもなんですが、3,280円でした。。ちなみに専用ケースは2,690円もします。。
 
本体はお菓子の袋のようなものに入っていましたが、中身は本体、充電器、簡単なインストラクションという構成。ゴミが余りでなくていいですね。
 
ASUS ZenPadとの比較。ASUSもお値打ち価格の製品(2015年発売時、2万円ぐらい)ですが、ASUSのほうがまだ高級感があります。Fire 7はプラスチックの塊ですが、値段がすべてを許します。

しかしながら、値段がすべての仇となるとも言えるのであって、先の純正ケースが本体価格の80%を超える高額な?値付けになってしまっているのと同様、サードパーティの保護フィルムもだいたい1千円ぐらいと高額?。
さいきんは保護フィルムというものにだんだん嫌気を感じていて、今のスマホにも(実は買いはしたのですが)取り付けていない。ガラスフィルムというのも、なんだか本末転倒のような気がして(そのうち高級保護フィルムを保護するソフトフィルムが出たりして)。
 
ただ、反射防止フィルムは好みに応じて必要なこともあるだろう。ということで、iPad8用処分価格品というものを100円で入手して、自分で大きさに合わせて切ってみた。
 
のだが、普通にカッターで切ると切り口がめくれるのか、うまく定着しない。おまけに内側に気泡がはいってしまい失敗。まだ外していないが、とっちゃうかな。。

ケースも純正は高いが、サードパーティはおおむね1千円程度なのでこちらは検討してみるつもり。
 
プライムビデオというもの、今まで使ったことはなかったが、海外ドラマでちょっと試してみた。昔見ていたERとかは一応リストにあるが有料なので、さいきんの『ロー・アンド・オーダー』とかを見てみた。テレビにつながればいちばんいいんでしょうし、まあやればできるんでしょうけどね(タブレットからはむり)。
外付けカーナビについていた台がちょうどいいので、使ってみています。

アレクサはShowモード非対応だそうですが、とりあえずふつうに「あれくさ~今の天気は?」というと反応してくれます。
なのですが、なにぶん古い人間なのでなんか機械にむかってしゃべるの、抵抗を感じるんですよね。。オーケイとかヘイなんていわないからまだいいですし、「しり」や「ぐ~ぐる」よりアレクサのほうが不思議と日本語的にいいやすい(あれ草?)ですけど。
ぬいぐるみでもかぶせておけばいいのかもしれないが、余計気持ち悪いか。。

ちなみに写真はアレクサに「好きなペットは何?」と聞いたときの答え。タブレットがプレーリードッグに夢中になるとは、世の中も進歩したものです。。

値段は別として、最大の難点は電池の持ちが悪いことでしょう。おそらく電源管理がそれほど厳密ではないようで、wi-fiを切っても位置情報(普通のアンドロイドとは違うところに設定があります)を切ってもそれほど改善はしません。こまめに充電しておかないと、使うときに電池がない、ということになりかねず。

あと、一般には公然の秘密とされている、Googleアプリをダウンロードできるようにする設定変更、ネットを見てやりましたが、簡単にできて不具合もありません。やりたいことは、ほかの電子書籍アプリを使えるようにしたかったのと、せめてChromeを使いたい、ということだけですが、これだけでこの端末の価値が上がりました。



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いわゆる矛盾

2019年08月10日 | 本と雑誌
ちょっと興味があって買ってみました。

先月出版元が増刷中止を決断して、ネットで話題になった幼児向けの図鑑です。理由は戦車などが掲載されていたのを、市民団体等が抗議したからとされています。
消防車、ブルドーザーや警察車両などはもちろん載っていますが、ゴミ収集車、耕運機なども。

これがあれだ、と言われた自衛隊の装備品ですね。。
こういった幼児向けの本に、昔は載っていなかったのが最近載るようになったのか、昔は看過されていたのが風潮が変わったのか、外部者にはよくわかりません。その辺は当事者の皆さんの判断を尊重すべきでしょう。。。

ただ、兵器がカッコいいというのは男の子の抱える矛盾の一つだな、とはよく思います。。僕自身小学2年生のとき、祖母の家でアニメンタリー「決断」(太平洋戦争の戦闘を中心としたアニメ)を見ていたら、祖母から「まあ○○はそんなものを見るの・・?」と眉をひそめられた経験があり、つよく印象に残っています。同じころ「大和」のプラモなんかも買ってもらい、これで敵をやっつけられれば、と夢想する少年だったことも確かではあります。。

前の上司が40代ぐらいの頃聞いた話ですが、F15とかのミニチュアをコレクションしていたら、奥さんに嫌な顔されて困る、という話を聞かされたこともあります。

まあ僕もいい年になり、昔の為政者たちがどう国際社会を読み、戦争を始めそして終結させようとしたのか、みたいなことに興味が移り・・、いまだに興味は尽きていないのですが・・。若い人の命をみだりに危険にさらすようなことはちょっとね。。
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結構使えるGX200

2019年08月09日 | カメラ、写真
先月オークションで入手したと報告したRicoh GX200(Ricoh GX200 再発見 - うさぎくん)ですが、その後も手持ち携行して色々使っています。今手元にあるコンデジというとIXYS31Sとかパワーショットとか、かなり古いものしかなくて、そもそも例えば昼休み外出するときなどはスマホで撮影するのが普通ですので、コンデジを持ち歩くのはとても新鮮な感じがします。。Q-S1は一眼レフ風のスタイルなので、いくら小さくてもちょっと身構えが要りますから。。

入手時一緒に専用ケースがついていたのは幸いでした。VF-1を付けたまま収納できます。汎用のケースでつけたまま収納するにはかなりカサの大きなケースが必要で、実際昔はそうしていました。それだと微妙に持ち歩くとき気が重い。
前回書いたように、同じモデルを10年前に新品購入しているのですが、その時の印象と今回とでは少なからず異なる点があります。
まず逆光時のフレアですが、今回の個体では今のところ遭遇していません。モニターで見るとフレアっぽく見えていても、画像は問題なく映っています。前回の個体は逆光とも言えないようなシーンでおかしかったので、なにか問題があった個体だったのかも知れません。今更何を言ってもあれですが。

センサーは11年前の技術によるCCDなので、ISO感度が低め(64-1600)で、当時からノイズが多めだという評価でした。今回のような炎天下ではだいたいISO64で撮影しています(ISO AUTO)。ISO64という数字は、昔のコダクロームKRを思い出しますが、この頃はまだフィルム時代の感度が人々の念頭に残っていたんだと思います。
ソニーが裏面照射という技術を開発したのはほぼ10年前で、それ以後コンデジでも高感度での撮影が当たり前になりました。

今回の個体で気になるのは、時々これ、画面周辺の画質が非常に変になること。方ボケかと思いましたが、画像によってはちゃんとしているものもあるし、よくわからない。いちおう手ぶれ補正が悪さしているのではないか、と想像しています。
たしか画像設定軟調で撮ったと思いますが、昔の個体だとこういうシーンでは空なんか色飽和してしまって黄色く光ってしまい、そうかと思うと真っ青につぶれた描写になって難儀したものです。個体差というより設定をシーンごとに臨機応変に変えていかないといけなかったのかもしれません。

あと昔は高性能のカメラの癖に、という意識がどうしても働いたのですが、今は10年前のカメラなんだから、といういたわりの気持ちで接している(^^;という心理もあるのかも。

モードダイヤルにMYセッティングが3つ設定できるので、一つをB/W、ISO400に設定しています。モノクロは昔からこのカメラ、得意でした。ただ今回ISO400はちょっと感度高すぎましたね。。



暗部の粒子が荒れた感じがします。一眼レフはファインダー画像をモノクロにはできませんから、その点EVFはいいですね。
ざんねんこれ以上立ち入れないな。。
マクロ撮影も得意。これくらいならなんてことないのですが。
一般のコンデジはたとえ1cm前まで近寄れます、とあっても、それは広角端だけの話だったりしますがリコーは望遠マクロ(72mm相当)でも近寄れる。
ちゃんと一眼レフ使ってマクロ撮影しようとすると、色々面倒くさいので、そういうとき大助かりです。
メタリック塗装の粒子が荒れてるのは、もともとそうだから。。
もとの大きさはこのくらいです。
というわけで、しばらくいじってみようかと思っています。
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ミスト

2019年08月08日 | まち歩き
7月初めごろ、設置の告知が出たころは天然のお湿りが連日降っていて、ぜんぜん出番がなさそうに見えたのですが、ここにきて本領発揮ですね。
確かに効果はあって、ここを通ると多少涼しいです。
相当水を使っているだろうな、という感じはします。
霧吹き程度の水粒ですが、あまり真下を歩くと、眼鏡が曇ります。。
・・本題と全然関係ないですが、昨日使おうと思って忘れたカレーモスバーガーの画像。ミスドだったらうまくつながったんですけど。。
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