トシの読書日記

読書備忘録

デレク・ハートフィールドの憂鬱

2018-10-30 10:02:07 | ま行の作家



村上春樹「風の歌を聴け」読了



本書は昭和57年に講談社文庫より発刊されたものです。


突然思い立って村上春樹の全作品をもう一度読み返してみることにしました。本書は村上春樹の言わずとしれたデビュー作であります。群像新人賞を受賞しています。 
                                                                                  自分が本書を初めて読んだのは、17か18の頃、浜松で仕事をしていて、名古屋へ帰省する時の新幹線の車中で読んだと勝手に思い込んでいたんですが、それでは出版された年が合いません。その6年後くらい、東京で仕事をしていて、その時分に帰省する新幹線の中で読んだ、という事なら計算が合います。自分が26才のときでありました。ものすごい衝撃を受けたのを今でもはっきり覚えています。もうずいぶん昔の話ですが。



本書を読むのは3回目か4回目なんですが、随分経ってから再読した時、文中の会話や主人公の「僕」の回想など、あまりにもキザで、こっちが赤面してしまうくらいのもので、「スカしてんじゃねーよ」と言いたくなったものですが、今回、読んでみて思ったのは、もちろんそのスカした感じはそのままなんですが、そのもっと奥にある、村上春樹の鬱屈した思いのようなものを感じました。これはちょっとした発見でしたね。


今年のノーベル文学賞がなくなって、代わりのなんとかアカデミーとかいう賞を村上氏はノミネートを辞退するということで、相変わらず巷をにぎわせております。


村上春樹の全作品を再読すると冒頭に申し上げましたが、若干持っていない本も多分あると思うので、また、安西水丸なんかと組んで出した、村上なんとか堂とかいったしょーもないものは省きます。(安西水丸氏はリスペクトすべき人物ではありますが)

勝つことの寂しさ

2018-10-23 16:10:56 | さ行の作家



坂口安吾「勝負師」読了



本書は平成18年に中公文庫より発刊されたものです。本書をなんで知ったのか、ちょっと思い出せません。諏訪哲史の「偏愛蔵書室」にも紹介されてなかったし。新聞か何かで見たのかもしれません。それはともかく。


昭和22年、木村名人に挑む塚田八段の将棋、名人戦の様子を活写した短篇、「散る日本」から始まる、囲碁、将棋にまつわる小説、観戦記、エッセイを収録した作品集です。


「散る日本」の中で、千日手を避けて負けた木村名人に対して安吾は以下のように批判します。

<名人戦の第6局だかで、千日手になるのを名人からさけて出て、無理のために、破れた。自分を犠牲にして、負けた。その意気や壮、名人の大度、フェアプレー。それは噓だ。勝負はそんなものじゃない。千日手が絶対なら、千日手たるべきもので、それが勝負に忠実であり、即ち、わが生命、わが生き方に忠実なのである。名人にとっては将棋は遊びではない筈で、わが生命をささげ、一生を賭けた道ではないか。常に勝負のギリギリを指し、ぬきさしならぬ絶対のコマを指す故、芸術たりうる。(後略)」


勝負に自分を犠牲にするだの、フェアプレーだの、そんなものは噓だと、ばっさり斬り捨てます。このあたりの感覚、よくわかります。自分も勝負の世界にはフェアプレーもなにもあったものではないという考えですね。


正々堂々と戦うのがスポーツマンシップとか言いますが、例えばサッカーの国際試合なんかを見ていると、全員がそんなことを微塵も考えていないことがよくわかります。勝つためには何でもする、反則でもなんでもそれがレフリーにバレなければOKという考えでやってるし、自分もスポーツなんてものはそんなもんだと思ってます。


坂口安吾の「堕落論」とか「白痴」とか読んできて、俗世とは縁のない孤高の人というようなイメージがあったんですが、将棋も指すし、碁も打つんですね。ちょっと意外でした。


「勝負」というものを改めて考えさせられた一冊でした。



姉から以下の本を借りる

カートヴォネガットジュニア著 飛田茂雄訳「母なる夜」早川書房
山田風太郎「死言状」ちくま文庫
村田紗耶香「コンビニ人間」文春文庫
村上春樹「意味がなければスイングはない」文春文庫
三田誠広「源氏物語を反体制文学として読んでみる」集英社新書
辻原登「抱擁―この世でいちばん冴えたやりかた」小学館文庫
朝井リョウほか「作家の口福」朝日文庫
アントニオ・タブッキ著 須賀敦子訳「逆さまゲーム」白水Uブックス


姉の読書のスピードには驚かされます。姉借り本、たまる一方です。





情景と心情

2018-10-23 15:53:57 | は行の作家



深沢七郎「みちのくの人形たち」読了



本書は昭和57年に中公文庫より発刊されたものです。全部で7編の短編を収録した作品集です。


ずっと以前読んだ「楢山節考」、これはすごい作品でした。人間の愛と生をこれほどみずみずしく描いた作品を他に知りません。


で、今回の短編集なんですが、深沢七郎らしい味わい深い作品が並んでいるんですが、なんと言ったらいいのか、この小説の構築のしかたが独特なんですね。読んでいてなんだか居心地の悪さを感じます。ノンフィクションのような物語といったらいいのか、まるでルポルタージをュ読んでいるような感覚があります。これは田中小実昌の小説を読んだときも同じような気分を味わいました。


これが好きという人にはいいんでしょうが、自分はちょっと落ち着いて読めないというか、なんだかもどかしい気持ちで読んでしまうわけです。中身は面白いんですがね。


そんな意味でちょっと残念ではありました。

9月のまとめ

2018-10-09 16:48:43 | Weblog



9月に読んだ本は以下の通り


坂口恭平「現実宿り」
町田康「ギケイキ」
パトリック・ジュースキント著 池内紀訳「香水―ある人殺しの物語」
中島義道「エゴイスト入門」


以上の4冊でした。何と言っても町田康、快調であります。中島義道も相変わらずですねぇ。また、ジュースキントも、なかなか読ませました。そして手を焼いた坂口恭平。しかし貴重な読書体験でした。



9月 買った本0冊
   借りた本0冊

答えの出ない問い

2018-10-02 15:20:34 | な行の作家



中島義道「エゴイスト入門」読了



本書は平成22年に新潮文庫より発刊されたものです。何年かぶりに再読してみたんですが、やっぱり中島義道は面白いです。


エゴイストとは自分の信念、美学(感受性)において、それに反するものに直面した時(他の誰もがそうしなくても)、その信念、美学をどんな抵抗に会おうともそれを貫く人のことである、と述べておられます。まったくもってその通りと思うんですが、これがなかなか…ね。


印象に残った箇所、引用します。

<われわれがある現象の原因を問うということは「見えないもの」の世界に足を踏み出すことである。その一部は科学的法則に支配された物質の関係に行き着くことによって、うまく説明できるが、そうでない膨大な現象についても、どうにかして納得したいという思いを消すことはできない。だから、みんなこぞって納得できる「見えないもの」を仮定し、それがこの現象を引き起こしたというお話を拵え上げ、安心したいのである。>

<哲学なんぞに首を突っ込むと、そしてそれを生涯探究しようとすると、普通の感覚では生きていけない。なぜなら、哲学とは根本的懐疑にまでさかのぼって根本的問いを発する営みだからである。「私」はいないかもしれず、他者もいないかもしれず、時間もないかもしれず、未来もないかもしれず、善悪の基準もないかもしれない。「あっと言う間に今年も終わりですね」と挨拶されても「それは錯覚です」と返事するほかはなく、「最近は厭な事件ばかりですね」と言われても「私は厭ではありません」と答えるかもしれない。つまり、自分に誠実であろうとするなら、普通の人間としてのコミュニケーションがとれなくなるのである。>


世間話ひとつとっても中島義道は自分の信念を貫く人なんですね。というか、世間話を拒絶してます。



こうやって時々中島義道の著作を読み返して、自分の生き方を疑ってみるのも有意義なことではないかと思っております。