トシの読書日記

読書備忘録

カレー狂想曲

2016-10-25 16:26:57 | あ行の作家



「アンソロジー カレーライス!!」読了



本書は平成25年にパルコ出版より刊行されたものです。前回の「アンソロジー そば」と同じシリーズであります。執筆陣は「そば」とかぶっている人が結構多く、山口瞳、尾辻克彦、町田康、色川武大等々。


自分の敬愛する伊丹十三の文がよかった。多分に自分の料理自慢が入ってるんですが、これがちっともいやみじゃない。このスマートさがいいですね。


「カレーライス」と聞いて昔なつかしのじゃが芋、人参がごろごろ入った、どろりとした黄色いカレーがよかったと書く人が少なからずいるんじゃないかと思って読んでおりましたら、けっこうな人たちがそんなことを書いてるんでちょっとびっくりしました。誰もが思いつくようなものは書いてほしくないですね。ちょっと芸がないです。


全体に伊丹十三以外は特に目をみはるものもなく、少し残念でした。「メロディアス・ライブラリー」で紹介されていたときは「うわ、面白そう、絶対読も!」と思ったんですが。


今、読みかけているクッツェーの小説が、読み進むのにかなり難渋しておりまして、つらい読書になっております。そんな折、こんなに簡単に読めるものが手元に来たので(しかも2冊)、飛びついてしまいました。反省しきりです。


今度こそクッツェーに戻ります。

そばなんてものは

2016-10-25 15:48:35 | あ行の作家


「アンソロジー そば」読了



本書は平成26年にパルコ出版より発刊されたものです。毎週日曜日、朝10:00から放送されているFM愛知の「メロディアス・ライブラリー」で、本書と同じシリーズの「アンソロジー・カレーライス!!」というのを紹介していて、興味が湧いてネットで買おうとしたら、そこに本書が並んでいて、どうせならとこれもと思い、注文したのでした。「カレーライス!!」の方は発送が遅れているようで、まだ手元に届いておりません。


そば好きのお歴々が、そばに対する熱い思いを書き連ねております。池波正太郎、山口瞳、杉浦日向子、町田康、川上未映子、タモリ、小池昌代ら、なんと38人のアンソロジーとなっております。


かく言う自分もそば好きを自認しているんですが、読んでいて思ったのは、やれ小麦粉は使うなとか、そばつゆはかくあるべしとか、辛味大根などで食べるのは邪道であるとか、うんちくを傾けられれば傾けられるほど、ちょっとうんざりしてしまいますね。


色川武大の項を読んで、はたと膝を打ちました。以下、引用します。

<…いわゆる名代の手打ソバ屋に行くくらいなら、協定価格の街方の平凡なソバ屋で、茹でたてのをツルツルっとすすりたい方である。
あんなものはウドン粉だくさんで、本当のソバじゃない――、といわれたって平気である。ウドン粉けっこう。ソバ粉が全然入っていないというのもどうかと思うが、とにかく街の普通のソバがいい。>


これですね。自分もまったくの食通ではないので、そば粉100%のぼそぼそしたのは好きじゃないです。


なんでもそうだと思うんですが、何かに対して強いこだわりを持つのは、それはそれで結構、ただそれを人にひけらかしてほしくないです。ちょっとそれは野暮ではないかと思うわけです。というと、このアンソロジーの大半はそんな感じなんですが。


先に名前をあげた面々のエッセイは、そんな通ぶることもなく、面白く読ませていただきました。


ちょっと寄り道をしてしまいました。またクッツェーに戻ることにしましょう。



介護と愛

2016-10-18 15:25:37 | か行の作家


J・M・クッツェー著 鴻巣友季子訳「遅い男」読了


クッツェーミニフェア開催中であります。本書は平成21年に早川書房より刊行されたものです。


これも傑作でした。まず書き出しがいいですね。主人公のポール・レマンが自転車に乗っていて、いきなり車にはねられるところから始まります。普通の作家だったら、自転車をこいでいるシーンを使って主人公の人となり、どんな仕事をしているのか、仕事はしていないのか、住んでいる場所の環境等、主人公に回想させたりして説明するんですが、そういった文章が一切ありません。ここがいかにもクッツェーですね。つかみはOKというわけです。


で、ポール(60代、仕事は引退していて、かなり裕福)はそのまま病院に運ばれ、片足のひざから下を切断される。ポールは義足を付けることを断固拒み、松葉杖とジマー・フレームという歩行器を使って生活することになる。そこへマリアナ・ヨキッチという介護士が送られてくるんですが、ポールはこのマリアナに惚れてしまうんですね。


仕事熱心で、いわゆる痒い所に手が届くというマリアナの世話を受けるうち、ポールはついに告白(もちろん、大人の遠回しな方法で)してしまいます。マリアナは結婚していて3人の子供がいます。


そこへ現れたのがエリザベス・コステロという、ポールと同年代の女性。突然、家に闖入してきます。これがよく読んでみると作者であるクッツェーの分身なんですね。小説の中に作者本人が登場するという(この場合は姿・形を変えていますが)、これ、たしかメタフィクションとかなんとか言うのではなかったか。


そこで思い出したんですが、たしかそんなようなタイトルの本があったなとちょっと調べてみたら、クッツェーは本書を執筆する2年前に、この女の名前と同じタイトルの「エリザベス・コステロ」という本を書いていました。これは、エリザベス・コステロという架空の女性作家の評伝のようなものです。その女性作家に、クッツェー自身の小説に対する考え方、作家とは、はたまた人間とは、といったテーマを語らせているもののようです。


この本をまず読んでから本書を読めば、もっと理解が深まったのかも知れませんが、いいんです。読まなくてもすごく面白かったので。


マリアナとの一件は、なんとなくうやむやという恰好になってしまうんですが、まぁこれは、まだまだ若いもんには負けんぞという気骨のある頑固じじいの話ですね。そして、介護小説でもあり、一級の恋愛小説でもあると言えると思います。


存分に楽しませてもらいました。



ネットで以下の本を購入

「アンソロジー カレーライス!!」パルコ出版
「アンソロジー そば」パルコ出版

絶望の淵を歩く

2016-10-18 15:01:21 | か行の作家


アゴタ・クリストフ著 堀茂樹訳「どちらでもいい」読了



本書は平成20年にハヤカワepi文庫より発刊されたものです。クッツェーの本を何か読もうとネットで調べていたら、たまたまアゴタ・クリストフの「悪童日記」に続く三部作の残りの2冊である「ふたりの証拠」「第三の嘘」を見つけ、それを注文し、本書の、このどうでもいいようなタイトルに惹かれてこれも購入したのでした。最近、ちょっと買いすぎです。読むほうが追いつきません。


アゴタ・クリストフの初期の短編集ということなんですが、ちょっとこれはどうなんですかね。これはこの作品集だけを読んで、評価を下すのではなく、収められている作品が「悪童日記」や「ふたりの証拠」「第三の嘘」等、他の長編につながる習作であることを念頭に置いて読めば、かなり作品価値が高まると、「訳者あとがき」で堀氏が述べておられるが、まさにその通りであると思います。


自分は「悪童日記」もずっと以前に読んだきりでうろ覚えだし、そんな風なので、本書は自分にとっては猫に小判といったところでしょうか。


近いうちに「悪童日記」を再読し、そののち「ふたりの証拠」「第三の嘘」を読むつもりです。



姉から以下の本を借りる 

多和田葉子「聖女伝説」ちくま文庫
エイモス・チュツオーラ作 土屋哲訳「薬草まじない」岩波文庫



横すべりしていく現実

2016-10-11 15:45:10 | や行の作家



吉田知子「吉田知子選集Ⅲ―そら」読了



吉田知子ミニフェアも本書で幕となります。「選集」をⅠ・Ⅱ・Ⅲと再読して感じたのは、この「Ⅲ」が図抜けていいということ。誰彼かまわずすすめたいくらいです。あ、でもこういったのは読む人を選びますね。


全部で九編の作品が収められた短編集となっております。やはり出色なのは「艮(うしとら)」「幸福な犬」「ユエビ川」「そら」あたりですかね。「ユエビ川」、この作品は不穏小説と言っておきましょう。全編、これ不穏です。読んでいる間、ものすごく居心地の悪さを感じ、しかし読まずにいられないという不思議な体験をしました。


最後に収められている「そら」、これもすごいです。ノサキヨネコという小学生が主人公なんですが、彼女の何とも交わらない視点が物語の異常な世界を形作っています。


巻末の町田康の「そら」に対する問題が出ているので引用します。

<この小説の主たる登場人物・ノサキヨネコはこの世の一切を動かぬ視点から等距離に見ており、がためにかれの所属する世界は通常の世界とは異なった世界である。がためにときに、小説世界で現象が物質化する。その様を描いた箇所をひとつ以上挙げたうえで、それを通常人の見る世界として描き直せ(例えば横山の視点で)。>


かなり難しい問いですが、よく考えればわかる気がします。


ここのところ、ずっと吉田知子を読んできて、この異常な世界にどっぷりつかってちょっと疲れました。がしかし、ほんと、面白かったです。

大学教授の哀れな末路

2016-10-11 14:07:44 | か行の作家


J・Mクッツェー著 鴻巣友季子訳「恥辱」読了



以前に姉に借りたものです。本書は平成19年にハヤカワepi文庫より発刊されたものです。前に読んだ同作家の「マイケル・K」がめっぽう面白かったので期待して読んだのですが、ほぼ期待通り、かなりの傑作でした。


52才の大学教授がリストラにあい、古典・現代文学部の閉鎖を受けて、コミュニケーション学部の准教授になってしまった男が次から次への艱難辛苦をなんとか乗り越えていく物語です。


大学で女子生徒をナンパしてベッドを共にしたのはいいんですが、その生徒から告発され、大学を追われる羽目になり、娘がやっている農園に転がり込む。これで悠々自適の生活を送れるかと思いきや、その娘との衝突、また、隣に住む男との軋轢。なんだかなぁとと思っているところに、若者3人の押し込み強盗にあい、車は盗まれるわ、娘は強姦されるわで、もう最悪の状態になるわけです。


それでも彼はなんとか踏んばって生きていこうとするんですが、なんと娘が妊娠。しかも娘はそのレイプ男の、子を産むと言い出す。これにはびっくりしましたね。


自分にはちょっとむずかしいんですが、アパルトヘイトが廃止になったあとの南アフリカが舞台になっていて、南アの社会的な問題がそこかしこに噴出しているわけです。教授の娘はもちろん白人なんですが、南アフリカという社会の中で生きていくには、力を持っている黒人に隷従することがいわゆる世渡りであると、あきらめにも似た思いでいるんだと思います。そこが父親にはどうしても理解できないんですね。娘もそこは詳しく説明しません。説明したくないんだと思います。後半の、この父と娘の葛藤が見応えありました。


クッツェー、もっと読みたくなりました。




というわけで、ネットで以下のを注文

J・Mクッツェー著 鴻巣友季子訳「遅い男」早川書房
J・Mクッツェー著 土岐恒二訳「夷秋を待ちながら」集英社文庫
アゴタ・クリストフ著 堀茂樹訳「ふたりの証拠」ハヤカワepi文庫
アゴタ・クリストフ著 堀茂樹「第三の嘘」ハヤカワepi文庫
アゴタ・クリストフ著 堀茂樹訳「どちらでもいい」ハヤカワepi文庫


また、ちょっと前に移転して大きくなった丸善へ行き、以下の本を購入


ジュンパ・ラヒリ著 小川高義訳「低地」新潮クレストブックス
イーヴリン・ウォー著 吉田健一訳「ピンフォールドの試練」白水社Uブックス






非日常的空間

2016-10-04 09:03:29 | や行の作家



吉田知子「日常的隣人」読了



吉田知子選集のⅡであります。初読のときはそんなに深く考えなかったんですが、この「Ⅱ」はかなり軽いタッチで、言ってみればユーモアにあふれたというか、そんなトーンで統一された感じです。雑誌「野生時代」に「日常的シリーズ」として連載していたようです。


しかし、軽いタッチとはいえ、そこは吉田知子です。なまなかなことでは終わりません。まぁ、どれもこれもなかなかに面白いんですが、面白さの底に悪意を感じます。


最後に収録されている「人蕈(ひとたけ)」、これは前にも書きましたが、ほんと、すごい作品です。物心ついた頃から両足のひざから下がなく、不自由な生活を余儀なくさせられる「私」。しかし、本人はちっとも不自由と思っていない。家の離れに幽閉されて暮らしていくうち、最後には彼女は大きな白い茸になってしまうという、奇想天外な話なんですが、妙にリアリティのある小説で、読後、思わず大きなため息をついてしまいました。


次、ちょっと寄り道をして、いよいよ「選集Ⅲ―そら」を再読しようと思います。