創作 何時も恋をしていた

2024年05月12日 22時18分21秒 | 創作欄

恋とは、そもそも何であるのか?

憧れの一つとも思われた。

映画の中の恋。

映像は第三者に可視化される恋である。

映画「嵐が丘」は、アルバイト先で知り合ったを人を誘った映画であった。

東京・日比谷の映画館だった。

隣りは、東京宝劇場で、21歳の私は、心がとめいていた。

色黒の彼女は「黒ちゃん」と皆に呼ばれていた。

その黒ちゃんは「つまらない映画ね」と言ってからトイレへ向かうのだ。

そして、彼女はそのまま席へ戻って来なかった。

黒ちゃんは、アルバイト先にも姿を見せなくなる。

私は、次のアルバイト先の東京・飯田橋の印刷屋で「ケロちゃん」と出会った。

なぜ、皆は彼女をケロちゃんと呼んでいたのか?

「失恋してもケロリとしている」と印刷屋の経営者の奥さんが笑っていた。

彼女は恋多き人であったようだ。

「昨日は、彼のバイクの後ろに乗って鎌倉まで行ったの」と皆に告げる。

そのケロちゃんが私に、茅ケ崎の海へ誘うのだ。

私は2人きりのデートと思っていた。

でも、新宿駅の南口で待ち合わせをすると、ケロちゃんは高校の同期生だったという美しい友達を連れてきていたのだ。

私はお嬢さんタイプの女性に弱い。

つまりコンプレックなのだ。

その人は、東京・成城の邸宅に育ったいわゆるお嬢さんであった。

東京・大田区の田園調布の外れに育った私は、小学校の同級生たちの中の美少女に魅せられてた経験があった。

同じ田園調布でも、私の住まいは当時の朝鮮部落に隣接していた。

「ニンニク臭いと」と私が虐めた同級の金ちゃんの親友であった美少女の奈々ちゃんは「いい子になってね」と私に童話を渡すのだ。

私はその童話を何度も読み返す。

本などほとんど読んだことがない私は、初めて本の魅力を知ることに・・・

ケロちゃんの親友である明美さんに私は、遠い日の奈々ちゃんの面影を重ねるのだ。

女性は当然、敏感に男の移り気を感じ取る。

ケロちゃんの海での太目の水着姿は2枚、華奢であるが胸が豊満な明美さんの水着姿は6枚カメラに収める。

後日、二人の写真をケロちゃんに見せる。

「あなたは、最低ね!」ケロちゃんの非難は当然であった。

 

 

 

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