てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

ぬくもりに誘われて(1)

2016年01月02日 | 美術随想

〔青空に映える京博の明治古都館〕

 今年の正月は、暖かい。陽気に釣られて、京博へと足を伸ばした。2016年の美術初め、というわけであるが、去年の正月2日にも京博へ出かけている。しかし去年は、雪が積もっていたものだ。

 その点、今日は天気も快晴である。これほど好天に恵まれた正月というのは、ちょっと珍しいような気もする。京阪電車は、伏見稲荷へ向かう人も多いと見えて満員であった。けれども通勤時のラッシュアワーとちがって、何となく浮き立つような躍動感が車内にみなぎっている。数日後には、ぼく自身も通勤電車に揺られて、南大阪まではるばるかよう憂鬱な毎日が待ち受けているのだが・・・。

 少なくとも、今だけはそのことを忘れていたい。七条駅を出て東へと歩く。しばらく行くと三十三間堂があるが、ここは数年前におみくじで凶を引き当てて以来、正月に出向くのは遠慮している(ちなみに昨日、枚方市の某神社に出向いて引いたおみくじは、末吉であった)。

 その三十三間堂の向かい、京博の南門では大きな門松が出迎えてくれた。いやでも正月気分が高まるというものだ。さて、今年はどんな美術に出会えるのであろうか。

                    ***




〔李朝時代に貴人の墳墓を飾っていた石像たち〕

 ところで、ヘソ曲がりのぼくは、展示室に真っ直ぐ向かうことをしないで、いきなり寄り道を決め込む。明治古都館の右側をずんずん進むと、不意に階段があらわれる。そこをのぼると、意味ありげな石像が点在する広場に出るのだ。「東の庭」という味も素っ気もない名前がついており、ベンチがたくさん設えられているが、展示室からは離れているせいか、いつもほとんど無人である。

 ここにある石像は『李朝墳墓表飾石造遺物』と題されていて、要するにやんごとなき人のお墓の周囲に置かれていたものらしい。日本では埴輪、中国では兵馬俑と、焼物が一般的なのかもしれないが、朝鮮半島では石であったということか。それが大正時代、大阪の某家の庭園を飾るのに用いられ、ついには京博の所蔵となり、人眼に触れることもあまりないような庭の一画に立ち尽くしている。こんな重たい石造りの像がいくつも、いったい何のきっかけで海を渡ったのか知らないが、ここ京都が終の住処になるという保証もまた、ないのである。

 美術品とは、渡り鳥のごとく流れ流れていくものだ。そんな感慨に、ふと襲われるのを感じた。だからこそ、今このとき、眼の前にある作品を心ゆくまで味わうことが大切なのだろうけれど。

つづく


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