東武アーバンパークライン柏駅

何と交差する常磐線より昇降客が多いらしい東武アーバンパークライン(愛称なのでJRなんかではいまだに東武野田線と呼称)柏駅。

東武アーバンパークラインは船橋より大宮までなのですが、基本船橋⇔柏、柏⇔大宮の折り返し運転。一日に何本か直通運転もありますが、柏からは逆走、というか駅がスイッチバック構造です。

最近流山おおたかの森駅の開設や、沿線の土地開発が活発で、乗客もどんどん増えているよう。もともとが野田から江戸川を使わずに、柏経由で醤油を運搬するために造った路線で、その後もこれほど人口が増加するとは考えていなかったのでしょう、6両編成で未だに単線区間があることはあまり知られていません。東武としてはなんとか全線複線化を達成したいところで、次はホームの延長ですが、これはもっと難しいかもしれませんね。

東武は混雑緩和に思い切った方法も実施しており、その一つが柏⇔大宮(柏⇔船橋よりはるかに利用客が多い)の1、2番線の階段の手すり。なんと階段をはみ出て通路まで回り込んでいます、絶対こっちを降りるのだよという威圧感さえ感じます。でも慣れた通勤客は平気、平気、文句ひとつ言わず当たり前のように回り込みます。




手すりには、あちこちに切り込みがあります。これにも理由があります。大宮からの電車が到着する直前です。女性客は最初から手すりの向こう側、下り階段を下りていますが、男性は広い、上り階段を下りようとしていますが……


一瞬後はこのありさま。これでも夕刻で、朝のラッシュアワーの半分くらい。




先ほどの男性はあわてて階段を少しのぼり、手すりの向こう側に回り込んで難を逃れました。もう少し下りたあとなら、殺気立った乗客に頭を下げながら、手すりの切れ目から避難です。

そうなんです、通路まで回り込んだ手すりは、こちらを通らないと大変な目にあいますよとの警鐘なのです。

私は殺到する降車客に逆らって上り階段を下りきった人を、今だかって見たことがありません、無理です、ゼッタイに無理です。
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名前の表記について

英語生活ノおト 第2巻(補) >英語のバックグラウンド(3)> 名前の表記について


この記事はFamily Name(姓)とLast Name(名)の改定版です。

名前の表記について学びましょう。
例えば、通常Shin'ichi(注) Kawadaと表記するところ、名簿などで、姓を最初にもってくる場合、KAWADA, Shin'ichiと、
1)姓は全て大文字、
2)姓と名の間は,
3)名は最初が大文字、つづいて小文字で
書いてください。英米ではWilliamなどのように姓、名どちらにも用いる名前が多くあります。しかも他民族が入り混じり、どっちが姓でどっちが名なのか彼等でもわからない場合が多い。だから、このようなルールができるのでしょう。

この表記法に関してはどんどん変わってきています。まず、最近は「,」を省き、
しかも最初を姓でそろえず(姓のアルファベット順には違いありませんが)、

Williams CLINTON
KAWADA Shin'ichi
George WILLIAMS
YAMADA Taro

となってきています。頭を姓でそろえたほうがわかりやすいのですが、その国固有の名前の表記法をより重んじるやり方ですね。

なお、last name, family name, surnameはいずれも姓のこと、first name, given nameはいずれも名のことです。

と、ここまでは名前には姓と名の両方があるという前提ですが、アラブ系の国々、ミャンマー、マレーシアでは名前に姓と名の区別がなく、名のみ、ということが多くあります。考えてみれば明治まで日本の庶民は名のみでしたね。

サダム・フセインの正式な名前はSaddam bin Hussein at-Takritiで、どうもTakriti一族のHusseinの息子のSaddamという意味らしく、全体で彼の名前です。姓と名の区別はありません。同じようにアウンサンスーチーもAung San Suu Kyiで一つの名前です。当然夫婦でも名前は異なります。

このような場合アルファベット順はやむを得ず、名前の頭文字を使います。

Aung San Suu Kyi (ミャンマー人)
Williams CLINTON
KAWADA Shin'ichi
Mariam Binti Mohd Hashim (マレーシア人)
Saddam bin Hussein at-Takriti (アラブ人) 
George WILLIAMS
YAMADA Taro

だんだん複雑になって来ましたね。私は最近の国際会議で、名前を名簿や名札でどのように表記して欲しいか、いちいち聞きました。トラブルになるよりマシですからね〜。

(注)ヘボン式ではShinichiが正しいですが、「シニチ」と発音される可能性が大。どうしても「シンイチ」と発音してもらいたければ、このように'を挟むのも手ですが、パスポートの表記では許されません。またヘボン式では大野も小野も同じONO。どうしてもちゃんと伸ばしたければOHNOとHをはさみますが、こちらはパスポートの表記で許されているようですが、使用実績を証明するものが必要だそうです。同じように加藤はKATOH。なお、パスポートのローマ字はあとで変更できませんので気をつけてください。
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MM/DD/YYとDD/MM/YY

英語生活ノおト 第1巻>英語のバックグラウンド(1)> MM/DD/YYとDD/MM/YY

当ブログ開設一月に満たないころ(2005年2月23日)にアップされた記事ですが、なぜか8年後の今日に至るまで、最も多くの方に読まれた記事の一つです。多分6万人くらいでしょうか。ずっとほったらかしでしたが、細かいところをすこし改訂しました(2013年2月18日)
原稿の間違いをご指摘いただき、直しました。また、あらたに序数についても触れました。(2016年10月15日)

(本文)

日付の書き方は大きくアメリカ式とイギリス式があります。ヨーロッパは主にイギリス式。よく申込書 (application form) の日付欄に(MM/DD/YY)や(DD/MM/YY)という指示があります。

(MM/DD/YY)は(Month, Date, Year)の略、たとえば12/31/99、アメリカ式。
(DD/MM/YYは(Date, Month, Year)の略、たとえば31/12/98、イギリス式。

つまり年号が一番最後に来るのは共通ですが、月と日の並びがまったく逆。指示通りに書かないと大変なことになります。

手紙などで1995年3月5日は

March 5, 1995 (アメリカ)
5 March 1995 あるいは5th March 1995(イギリス)

となり、アメリカ式では日と年の間はコンマになります。イギリス式では序数(1st, 3rdなど)で書く人が多いようです。12/31/99はアメリカ式だと見当がつきますが、3/4/95となるとさあ、どちらかわかりません。(MM/DD/YY)や(DD/MM/YY)という指示が必要なはずです。

なお、序数の書き方は以下の通りです。11から20まではすべてthをつけます、21以上は1から10と同じ、st, nd, rd, th........ま、覚えてください。

1st 2nd 3rd 4th 5th 6th 7th 8th 9th 10th
11th 12th 13th 14th 15th 16th 17th 18th 19th 20th
21st 22nd 23rd 24th 25th 26th 27th 28th 29th 30th
31st
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フード・スタンプ

英語生活ノおト 第2巻(補)> 英語のバックグラウンド(3)> フード・スタンプ


ずいぶん昔になりますが、アメリカに住んでいたころ、ひょんなきっかけで母親が『厳密にいえば不法滞在』、娘はアメリカ生まれのためにアメリカ国籍、のアジア人親子に頼まれ、娘のリーガル・ガーディアン(legal guardian)、つまり後見人を引き受けることになりました。多分高校入学手続きに必要とか、医療費の補助を受けるためだったと記憶します。母親が『厳密にいえば不法滞在』のため、娘の法的保護者になれないためです。

じゃあ、アメリカ人ではない我々日本人夫婦が後見人になれるのかという疑問が生じますが、ビザの種類によっては可能だそうで、特に私のJ2ビザはまったく就労の制限がない(つまりどこでも働ける)タイプでしたので、一定の収入があるとみなされたのでしょう。

ずっと親しくしていた親子ですし、事情により一人本国にいる父親はそれなりに地位のある人で、知りあいでもありましたので、引き受け、行きましたよ、生まれて初めてアメリカの福祉事務所に。結構郊外でしたね。一発で申請は受理され、無事にリーガル・ガーディアンに。

まあ、これだけでもふつう日本人は経験しないことですが、どういうわけか後見人になると自動的にフード・スタンプ(food stamp)がついてくるようです。我々の収入からしたらまったく受給該当者ではないのですが、多分肉親で無い他人の後見人になるので、養育費の足しにということなんでしょうね。

これは写真のようなクーポンを何枚かステープラーで綴ったもので、スーパーマーケットなどで金券として使用できます。つまり低所得者のための、日本でいえば生活保護費の一種に該当するもの。食品は買えますが、アルコール、タバコなどのし好品は買えません。もちろん闇マーケットがあり、かなりのフード・スタンプがたばこやアルコール、麻薬に消えている実態はありますが。実際お釣りはキャッシュでくれますし。最近は週にもよりますが磁気カードやプリペイドカード化が進んでいるようですが、当時はこんな紙のクーポンでした。

月50ドルから100ドルの間だったと記憶します。だいたいその娘と、一緒の寮に住んでいた仲間たちとステーキとか、バーベキューとかに使っちゃいました、農務省さん、ごめんなさい(フードスタンプの正式名称は「補助的栄養支援プログラム」)。



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復刻版「英語に強くなる本」

英語生活ノおト 第3巻> 名著「英語に強くなる本」> 復刻版「英語に強くなる本」 


管理人にとって「右手に聖書、左手に英語に強くなる本」の、その「英語に強くなる本」が復刻されています。サイズも新書版から文庫版に替わり、出版社も光文社から筑摩書房に替わっています。手元にあるのが2016年6月15日の第五刷、第一刷は2014年6月10日です。一度にどれくらい刷るのか知りませんが、仮に5000部として50年前に出版された本としては刷数を重ねること自体すごいことだと思います。

カバーに書かれた解説をそのまま転用させていただきます。

「1961年の発売時わずか3カ月で100万部を突破した昭和を代表するベストセラー。日本人が陥りがちな暗記や直訳など小手先のテクニックにとらわれることなく、英語という言語の本質に迫りながら多彩な例文を多数用いて、わかりやすく、ユーモアたっぷりに英語を学ぶことができます。50年以上も前に書かれながら今なお新鮮な発見を与えてくれる一冊です。解説晴山陽一」

まさにその通り。晴山陽一氏は言語学者、英語学習教材執筆者で最近の著作は「うまい、と言われる1分間スピーチ―10の「伝える」技術で身につける」など。

はっきり申し上げます、英語学習入門書としてこの本を超えるものはかって存在したことがない。筑摩書房の手先でもなんでもありませんが、たった900円+税。アマゾンでも買えますし、カスタマーレビューも参考になります。

手に取ると、ある意味では英語感そのものが変わります。


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棄老伝説と山姥

長野県千曲市に姨捨山(おばすてやま)長楽寺というお寺があります。芭蕉が「俤や姥一人なく月の友(おもかげやうばひとりなくつきのとも)」という句を詠んだとかで、句碑もありますし、姨石(おばいし)という高さ15メートル、幅、奥行きとも25メートルという巨石にそって断崖に建てられた特異なお寺です。芭蕉はその姨石から眺めた絶景を詠んだものだそうです。






実際姨石に寄り添って建てられた観音堂からはこれも千曲名物の棚田を眺めることが出来ますが、すこし距離があるので、どうせならと大汗をかいて5分ほど歩いて近寄ってみました。


個々の棚田は耕作する希望者を募るという取り組みもあり、財団法人東日本鉄道なんとかという倉庫も見えましたので、JRも観光資源として投資しているようです。




さて、姨捨山という山号は長楽寺の南にある姨捨山(おばすて山、正式名冠着山(かむりきやま))から取ったというかそのままですが、やはり棄老伝説の本場ではあるようです。棄老伝説には難題型と枝折り型に分かれますが、ここは山に老いた親を捨てるために背負っていく際に、親が道すがら小枝を折っている(あるいは糠を撒いていく)のを見た息子が何故か尋ねると、「お前が帰るときに迷わないように」と答える。自分が捨てられるという状況にあっても子を思う親心に打たれ、息子は親を連れ帰る(ウィキペディア、)という枝折り型だそうです。

ついでですが、難題型とは、親を棄てきれず床下にかくまったが、その親が隣国からつきつけられたいくつもの難題を老人の知恵によって見事に解き、隣国を退散させるというような話です。

実際のところは年寄りを敬う風習がある日本で棄老という風習はなかったというのが定説で、むしろ年配者の知恵を讃えるための言い伝えというのが真相でしょう。

一方、山姥(うば)は捨てられた老婆が生き延びて、生き延びて、妖怪になったもの、という説もあります。なぜかというと女性は元来男性より生命力が強く、男だったらとっくに餓死か病死していることろ、木の実などを食べてしつこく生き残る、生きて、生きて山姥になる、そういうもんだそうです、そういえば山爺って聞かないですね、なんとなく納得です。
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衝立(ついたて)の間、式台

記憶をたどってみると、小学校3年まで、つまり伊勢湾台風で全壊(流される)まで住んでいた家は別荘風の風雅な建物で引き戸になっている玄関の戸を開けると靴脱ぎ場があり、多分2畳ほどの小部屋がありました。玄関の間というのでしょうね、家具は何もなく、花台が置いてあり、花が飾ってあったような記憶があります。

現在の建築では普段なにも使わない、無駄?な玄関の間はあまり造られなくなりました。たいてい廊下の端が少し広くなり、下駄箱とか靴脱ぎ場があるというのが普通じゃないでしょうか。邸宅の場合は知りませんよ。

江戸時代までさかのぼると庶民、農家はいざ知らず、体面やしきたりを重んじる武家屋敷では式台とか玄関の間は必須であったようです。

房総のむらに慶応の時代の佐倉藩の武士であり、90石取りの田島伝左衛門の屋敷が再現されています。風雅な造りですが台所を除くと部屋数はたった4部屋、そのうち一つが玄関の間となっています。

軒を深くとってあり当時の建物は床が高く、式台は必須だったようです。


ただし、たったの3畳、それでも4部屋のうち一部屋です、衝立(ついたて)の間とも呼んだようです。


商家でも船宿とか宿には衝立の間はありました。ただしこれは実用的なもので旅人はここに腰掛け、たらいで足を洗いました。写真は深川江戸資料館にある船宿升田屋のもの。


さて、豪農、名主の旧吉田家。牧士(まきし)といって幕府の牧場の牛馬の管理をする職にも従事していたそうで名字帯刀を許され、士分扱い。豪農ですので規模も半端ではありません。衝立の間もなんと8畳。


権勢を示すかのように造作も豪華です。



多分上級武士の屋敷もこのようなものだったのでしょうが、庶民としては90石の下級~中級武士で、それでも体面を保つつため、つつましいながら3畳の衝立の間を持つ田島伝左衛門宅くらいがちょうどいいです。



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まるで箱庭のよう、亀城公園(きじょうこうえん)

亀城公園(きじょうこうえん)は土浦にある公園。土浦城(平城)の一部、本丸と内堀を公園としたものです。

土浦は代々土屋氏が治めていましたが、一番大きいときで石高9万石。八百万石の徳川氏の江戸城の内堀や岡崎城などの巨城と比べると、かなりつましく、本丸跡はグランド一つとれるかとれないかくらいの広さ。


櫓門は江戸時代そのままだそうです。


内堀にかかる太鼓橋はほとんどミニチュアのようで可愛い。


その他、内堀は一目で見渡せるほどの広さがかえって幸いし、なかなか綺麗、というか可愛い、まるで箱庭のようです。



亀城の名前の由来はその形状、あるいは地域が何度も水害にあって水没しても、城だけは亀のように浮かんでいた、ということにあり、決して写真のほとんど鯉化した亀からではありません。

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銭湯まるごと、子宝湯

台東区東上野三丁目稲乃湯は入り口部分のみのカットモデル的再現ですが、江戸東京たてもの園の子宝湯は一軒まるごと移築したもの。昭和63年まで営業していたそうですので、時代的には稲乃湯とほぼ同じ。古き良き昭和時代。

入母屋造りの大屋根と唐破風とすごく立派な造りです。


普通風呂は湯船上の巨大なぺんき画(たいてい富士山)が唯一の装飾ですが、子宝湯は贅沢な造りで、入り口にすでに立派なタイル画があります。


タイル画拡大。


番台はどこも似たようなもの。



湯場の壁にもタイル画が。


こちらは男湯。富士山はこちら側で、なんとなく男尊女卑的ですが、湯場の大きさは男女全く一緒です。


脱衣場。乱れ籠というそうです。最近は温泉なんかで見かけますね。


子どものとき通ってた銭湯もそうですが、天井は高くなっており、明り取り窓があります。暖まるのに時間がかかると思いますが、一度温まったら冷めにくい。その方が効率がいいのでしょうね。


基本的構造など、記憶にある田舎の銭湯と同じ。ただし贅沢度が違います。
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直読・直解 キング牧師の”I have a dream”(私には夢がある)

マルチン・ルーサー・キング牧師の"I have a dream"(私には夢がある)はかなり前に英語生活ノおト 第3巻> 線香読みのすすめ で取り上げました。ただ、その時は全訳ではなく、途中かなり省略しておりました。それからもう10年、満を持しての全訳です。和訳部分は自分で訳した部分と、「アメリカ早わかり」(About the USA)公表の訳をそのまま、あるいはこなれ過ぎているとことは直訳に訳し落として使用している部分があります。また大変長い記事です。辛抱してお付き合いください。

記事の一番下にスピーチの映像へのリンクがあります。映像を見ると、あるいは音声を聞くとなぜ、この演説が歴史に残る名演説かよくわかります。


Martin Luther King's "I Have a Dream" Speech

August 28, 1963



I am happy to join with you today(皆さんとご一緒できて幸せです) in what will go down in history as the greatest demonstration for freedom(自由への偉大なるデモとして名を残すであろうここにおいて) in the history of our nation(わが国の歴史において).

Five score years ago, a great American(100年前、偉大なアメリカ人が), in whose symbolic shadow we stand today(彼の象徴的な影に我々は立っているが、), signed the Emancipation Proclamation(奴隷解放宣言に署名した). This momentous decree came as a great beacon light of hope(このきわめて重要な宣言 [ディクゥリイ]は希望への偉大な灯台の灯として届いた) to millions of Negro slaves(何百万人の黒人の奴隷に) who had been seared in the flames of withering injustice(かれらは圧倒的な不公平の炎に焼き尽くされて [スゥイアド]いた)). It came as a joyous (=joyful) daybreak(それは届いた、喜びにあふれた夜明けとして) to end the long night of their captivity(そして彼らの捕囚の長い夜を終わらせるものとして).

But one hundred years later, the Negro still is not free(しかし100年経ったが、黒人はまだ自由ではない). One hundred years later(100年経ったが), the life of the Negro is still sadly crippled(黒人の生活はいまだ悲しいことに不具者同然であり) by the manacles of segregation分離主義の足枷によって) and the chains of discrimination(また差別の連鎖によって). One hundred years later(100年経ったが), the Negro lives on a lonely island of poverty(黒人は一人貧困の島に住んでいる) in the midst of a vast ocean of material prosperity(物質的な反映の広大な海のど真ん中で). One hundred years later(100年経ったが), the Negro is still languishing in the corners of American society(黒人はアメリカの歴史の片隅で惨めな生活を送っており、) and finds himself an exile in his own land(自国にいながら流浪の民であるのを発見する). So we have come here today(このようにして我々は今日ここ来た) to dramatize a shameful condition(この恥ずべき現実を劇的に表現するために).


In a sense we've come to our nation's capital to cash a check(ある意味で、われわれは、小切手を換金するためにわが国の首都に来ている). When the architects of our republic wrote the magnificent words(われわれの共和国の建築家たちが崇高な言葉を書き記した時)of the Constitution and the Declaration of Independence(合衆国憲法と独立宣言に), they were signing a promissory note(彼らは、約束手形に署名した のである) to which every American was to fall heir(あらゆる米国民が継承 [エア]することになる). This note was a promise(この手形は約束だった) that all men, yes, black men as well as white men(すべての人々は、白人と同じく黒人も), would be guaranteed(保証される、という) the "unalienable Rights(不可侵 [エイリアナブル]の権利を) " of "Life, Liberty and the pursuit of Happiness(生命、自由、そして幸福 の追求という)." It is obvious today(明らかである) that America has defaulted on this promissory note(この約束手形を不渡りにしていることは), insofar as her citizens of color are concerned(黒人の市民に関する限り). Instead of honoring this sacred obligation(この神聖な義務を果たす代わりに), America has given the Negro people a bad check(米国は、黒人に対して不良小切手を渡した), a check which has come back marked "insufficient funds(その小切手は残高不足の印をつけられて戻ってきた)."

But we refuse to believe that the bank of justice is bankrupt(だがわれわれは、正義の銀行が破産しているなどと思いたくない). We refuse to believe that there are insufficient funds in the great vaults of opportunity of this nation(この国の可能性を納めた大きな金庫 [ヴォールト]が資金不足であるなどと信じたくない). And so, we've come to cash this check(だからわれわれは、この小切手を換金するために来ているのである), a check that will give us upon demand the riches of freedom and the security of justice(自由という財産と正義という保障を、請求に応じて受け取ることができるこの小切手を換金するために).

We have also come to this hallowed spot(われわれはまた、この神聖な場所に来ている) to remind America of the fierce urgency of Now(現在の極めて緊迫している事態を米国に思い出させるために). This is no time to engage in the luxury of cooling off or to take the tranquilizing drug of gradualism(今は、冷却期間を置くという贅沢にふけったり、漸進主義という鎮静薬を飲んだりしている時ではない). Now is the time to make real the promises of democracy(今こそ、民主主義の約束を現実にする時である). Now is the time to rise from the dark and desolate valley of segregation(今こそ、暗くて荒廃した人種分離 [セグィリゲイション]の谷から立ち上がり) to the sunlit path of racial justice(日の当たる [サンリット]人種的正義の道へと歩む時である). Now is the time to lift our nation from the quicksands of racial injustice(今こそ、われわれの国を、人種的不正の流砂から) to the solid rock of brotherhood(兄弟愛の揺るぎない岩盤の上へと引き上げる時である). Now is the time to make justice a reality for all of God's children(今こそ、すべての神の子たちにとって、正義を現実とする時である).

It would be fatal for the nation(この国にとって致命的となるであろう) to overlook the urgency of the moment(この緊急事態を見過ごせば). This sweltering summer of the Negro's legitimate discontent(黒人たちの正当な [レジティメト]不満に満ちたこの酷暑の夏は) will not pass until there is an invigorating autumn of freedom and equality(自由と平等の爽快な [インヴィガゥレイティング]秋が到来しない 限り、終わることがない). Nineteen sixty-three is not an end, but a beginning(1963年は、終わりではなく始まりである). And those who hope(期待する人々は) that the Negro needed to blow off steam(黒人はたまっていた鬱憤を晴らす必要があっただけだから) and will now be content(もうこれで満足するだろうと) will have a rude awakening(たたき起こされることになるだろう) if the nation returns to business as usual(米国が元の状態に戻ったならば). And there will be neither rest nor tranquility in America(米国には安息も平穏が訪れることはない) until the Negro is granted his citizenship rights(黒人に公民権が与えられるまでは). The whirlwinds of revolt will continue to shake the foundations of our nation until the bright day of justice emerges(正義の明るい日が出現するまで、反乱の旋風はこの国の土台を揺るがし続けるだろう).

But there is something that I must say to my people(しかし私には言わなければならないことがある), who stand on the warm threshold which leads into the palace of justice(正義の殿堂の温かな入り口 [スレショウルド]に立つ同胞たちに対して): In the process of gaining our rightful place(正当な居場所を確保する過程で), we must not be guilty of wrongful deeds(われわれは不正な行為で罪を犯してはならない). Let us not(しないようにしよう) seek to satisfy our thirst for freedom(自由への渇きをいやそうと) by drinking from the cup of bitterness and hatred(敵意と憎悪の杯を干すことによって). We must forever conduct our struggle on the high plane of dignity and discipline(われわれは、絶えず尊厳と規律の高い次元での闘争を展開していかなければならない). We must not allow our creative protest to degenerate into physical violence(われわれの創造的な抗議を、肉体的暴力へ堕落 [ディジェネゥレイト]させてはならない). Again and again(何度も繰り返し), we must rise to the majestic heights(荘厳な高みに、上がらなければならない) of meeting physical force with soul force(肉体的な力に魂の力で対抗するという).

The marvelous new militancy(信じがたい新たな闘志 [ミリタンスィ]が) which has engulfed the Negro community(黒人社会全体を包み込んでいるが) must not lead us to a distrust of all white people(それがすべての白人に対する不信につながることがあってはならない), for many of our white brothers(なぜなら、われわれの白人の兄弟の多くは), as evidenced by their presence here today(今日彼らがここにいることからも証明されるように), have come to realize that their destiny is tied up with our destiny(彼らの運命がわれわれ の運命と結び付いていることを認識するようになったからである). And they have come to realize that their freedom is inextricably bound to our freedom(また、彼らの自由がわれわれの自由と分かち難く [イクストゥリカブリイ]結びついていることを認識するようになった からである).

We cannot walk alone(われわれは、たった一人で歩くことはできない).

And as we walk(そして、歩くからには), we must make the pledge that we shall always march ahead(前進あるのみということを心に誓わなければならない).

We cannot turn back(引き返すことはできないのである).

There are those who are asking the devotees of civil rights(公民権運動に献身する人々に対して聞く人たちもいる), "When will you be satisfied(「あなたはいつになったら満足するのか」)?" We can never be satisfied(われわれは決して満足することはできない) as long as(限りは) the Negro is the victim of the unspeakable horrors of police brutality(黒人が警察の言語に絶する恐ろしい残虐行為の犠牲者である). We can never be satisfied(われわれは決して満足することはできない) as long as(限り) our bodies, heavy with the fatigue of travel, cannot gain lodging(旅に疲れた重い体が泊まることが出来ない) in the motels of the highways and the hotels of the cities(道路沿いのモーテルや町のホテルで). We cannot be satisfied(われわれは満足することはできない) as long as(限り) the negro's basic mobility is from a smaller ghetto to a larger one(黒人の基本的な移動の範囲が、小さなゲットーから大きなゲットーまでである). We can never be satisfied(われわれは決して満足することはできない) as long as(限り) our children are stripped of their self-hood and(人格をはぎとられ、) robbed of their dignity(尊厳を奪われている) by a sign stating: "For Whites Only(「白人専用」という標識によって)." We cannot be satisfied(われわれは決して満足することはできない) as long as(限り) a Negro in Mississippi cannot vote(ミシシッピ州の黒人が投票できず) and a Negro in New York believes he has nothing for which to vote(ニューヨー ク州の黒人が投票に値する対象はないと考えている). No, no, we are not satisfied(そうだ、決して、われわれは満足することはできないのだ), and we will not be satisfied(そして決して満足することはないだろう) until(まで) justice rolls down like waters, and righteousness like a mighty stream(正義が河水のように流れ下り、公正 [ゥライチャスネス]が力強い急流となって流れ落ちる).

I am not unmindful(私は知らないわけではない) that some of you have come here out of great trials and tribulations(多大な試練と苦難を乗り越えてここに来た). Some of you have come fresh from narrow jail cells(あなた方の何人かは刑務所の狭い監房から出たばかりでここに来た). And some of you have come from areas where(あなたがたの何人かは) your quest -- quest for freedom left you battered by the storms of persecution(自由への追求がたために、迫害の嵐に打たれた場所からここにきた) and staggered by the winds of police brutality(また、警察の暴力の旋風に圧倒された場所から、ここへ来た). You have been the veterans of creative suffering(あながたは苦しみの経験を重ねた勇士である). Continue to work with the faith that unearned suffering is redemptive(これからも、不当な苦しみは救済される [ゥレデンムプティヴ]という信念を持って活動を続けようではないか).

Go back to Mississippi, go back to Alabama, go back to South Carolina, go back to Georgia, go back to Louisiana(ミシシッピ州へ帰っていこう、アラバマ州へ帰っていこう、サウスカロライナ州へ帰っていこう、ジョージア州へ帰っていこう、ルイジアナ州へ帰っていこう), go back to the slums and ghettos of our northern cities(そして北部の都市のスラム街やゲットーへ帰っていこう), knowing that somehow this situation can and will be changed(きっとこの状況は変えることができるし、変わるだろうということを信じて).

Let us not wallow in the valley of despair(絶望の谷間でもがくことをやめよう), I say to you today, my friends(今日、同胞達に告げよう), so even though we face the difficulties of today and tomorrow(我々が昨日、そして今日の困難に直面しているにもかかわらず), I still have a dream(それでも私には夢がある). It is a dream(それは夢である)deeply rooted(深く根ざした) in the American dream(アメリカンドリームに). I have a dream that(私には夢がある) one day this nation will rise up(ある日この国が立ち上がり) and live out the true meaning of its creed(以下の自らの信条を実現することを): "We hold these truths to be self-evident(我々はこれらの真実を自明のものとする、): that all men are created equal(つまり、全ての人は平等に生まれついているということを)."

I have a dream that(私には夢がある) one day on the red hills of Georgia(ある日ジョージアの赤い丘の上で) the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together(かっての奴隷の子孫とかっての奴隷所有者の子孫がともに座れることを) at the table of brotherhood(兄弟姉妹のテーブルに).

I have a dream that(私には夢がある) one day even the state of Mississippi(ある日ミシシッピ州でさえ), a state sweltering with the heat of injustice(不正の暑さでゆだるような), sweltering with the heat of oppression抑圧の暑さでゆだるような), will be transformed into an oasis of freedom and justice(自由と正義のオアシスに生まれ変わることを).

I have a dream that(私には夢がある) my four little children will one day live in a nation(ある日私の4人のちいさな子供がそのような国に生きることを) where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character(彼らが皮膚の色ではなく彼らの人格そのものによって判断される国で).

I have a dream today.

I have a dream that(私には夢がある) one day down in Alabama(ある日アラバマで) - with its vicious racists(悪意に満ちた [ヴィスィアウス]人種差別主義者のいる), with its Governer(知事が) having his lips dripping with(唇からしたたらせる) the words of interposition州権優位説の発言や) and nullification政府命令実施拒否の発言を) - one day right there in Alabama(ある日、まさにここ、アラバマで), little black boys and black girls will be able to join hands(黒人の男の子と女の子が手を繋ぐことが出来るようになる)with little white boys and white girls(白人の男の子と女の子と) as sisters and brothers(兄弟として).

I have a dream today.

I have a dream that(私には夢がある) one day every valley shall be exalted(ある日すべての谷は高く上げられ), every hill and mountain shall be made low(全ての岡や山は低められ), the rough places will be made plain(荒地は平野となり), and the crooked places will be made straight(歪んだ [クゥルークド]場所はまっすぐにされ), and the glory of the Lord shall be revealed(神の栄光が顕れ), and all flesh shall see it together(全ての肉のあるものは一緒にそれを見るという).

This is our hope(これが希望である). This is the faith(これが信仰である) that I go back to the South with(南へそれを携えて戻る). With this faith we will be able to hew (この信仰により我々は彫り進む [ヒュー]ことが出来る) out of the mountain of despair(絶望の山より) a stone of hope(希望の石を). With this faith we will be able to transform(この信仰により我々は変えることが出来る) the jangling discords of our nation(この国の耳障りな不協和音を) into a beautiful symphony of brotherhood(友愛の美しいシンフォニーへ). With this faith we will be able to work together(この信仰により我々はともに働くことが出来), to pray together(ともに祈ることが出来), to struggle together(ともに苦しむことが出来), to go to jail together(ともに投獄されても), to stand up for freedom together(自由のために立ち上がることが出来る), knowing that we will be free one day(いつか自由になれることを知りながら).

This will be the day(いつかその日が来る) when all of God's children will be able to sing with a new meaning(全ての神の子供たちが新しい意味で歌える), "My country, 'tis of thee(私達の国よ、あなた(=神)の国よ), sweet land of liberty(甘い自由の国よ)), of thee I sing(あなたによって(=ofの古い用法)私達は歌う). Land where my fathers died(私達の父が死んだ国よ), land of the pilgrim's pride(清教徒達の誇りの国よ), from every mountainside(この国の全ての山々より), let freedom ring(自由の鐘を鳴らそうと)."

And if America is to be a great nation(もしアメリカが偉大な国であるのなら) this must become true(これは実現されなければならない). So let freedom ring from the prodigious hilltops of New Hampshire(さあ、ニューハンプシャーの豊穣な丘の上から、自由の鐘を鳴らそう). Let freedom ring from the mighty mountains of New York(ニューヨークの雄雄しい山々から自由の鐘を鳴らそう). Let freedom ring from the heightening Alleghenies of Pennsylvania(聳え立つペンシルバニアのアルゲニー山脈から自由の鐘を鳴らそう)!

Let freedom ring(自由の鐘を鳴らそう) from the snowcapped Rockies of Colorado(コロラドの雪を頂いたロッキー山脈から)!

Let freedom ring(自由の鐘を鳴らそう) from the curvaceous slopes of California(カリフォルニアの曲線の美しい [カーヴェイシャス]丘から)!

But not only that(それだけではない); let freedom ring(自由の鐘を鳴らそう) from Stone Mountain of Georgia(ジョージアのストーンマウンティンから)!

Let freedom ring(自由の鐘を鳴らそう) from Lookout Mountain of Tennessee(テネシーのルックアウトマウンティンから)!

Let freedom ring(自由の鐘を鳴らそう) from every hill and molehill of Mississippi(ミシシッピの丘という丘から). From every mountainside(すべての山々から), let freedom ring(自由の鐘を鳴らそう).

And when this happens(そしてそれが起こったとき), When we allow freedom to ring(自由の鐘を鳴らせたとき), when we let it ring(それを鳴らすとき) from every village and every hamlet(すべての村々、集落から), from every state and every city(全ての州、全ての街から), we will be able to speed up that day(我々はその日を早く迎えるだろう) when all of God's children, black men and white men, Jews and Gentiles, Protestants and Catholics(その日には全ての神の子、白人も黒人も、ユダヤ人も非ユダヤ人 [ジェンタイルズ]も、新教徒もカソリック教徒も), will be able to join hands and sing in the words of the old Negro spiritual(手に手をとって古くからの黒人霊歌の詞で歌うことが出来る), "Free at last! free at last! thank God Almighty, we are free at last(自由だ、ついに自由だ、全能の神よ、感謝します。ついに我々は自由になったのだ)!"

Martin Luther King | "I Have A Dream" Speech

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旧吉田屋酒店(下町風俗資料館付設展示場)

上野駅から東京芸術大学を通り越し、しばらく行くと言問い通り。その角にあるのが旧吉田屋酒店(下町風俗資料館付設展示場)

以下、本文は下の掲示を写真に撮り、iPhone用eTypistで文字認識をしたものです。ほぼ100パーセント認識できました、結構スグレモノですね。

吉田屋酒店は、旧谷中茶屋町(現谷中六丁目)の一角にあった江戸時代以来の老舗で、昭和61年(1986)まで営業していました。台東区により当地に移築され、下町風俗資料館付設展示場として、昭和62年5月に公開されました。この建物は明治43年(1910)に新築して、昭和10年(1935)に階段の付替えや正面入口のガラス戸の新設など一部を改装していますが、江戸商家の建築様式を伝えています。



正面は一・二階とも軒下に桁を張り出した「出桁造り」で、一階の出桁を二重にして商家特有の長い庇を支えています。

出入口には横長の板戸や格子戸を上げ下げして開閉する「揚げ戸」を設け、間口を広く使って酒樽など商品の運搬・販売に都合のよい構造となっています。板戸と格子戸は中柱の溝にそって上下させました。

前土間形式で、一階は商品陳列や販売をするスペースと番頭が商品や金銭の出し入れを記録する帳場で、酒のほか醤油、塩、砂糖も扱い、二階は主に住み込みの店員の部屋として使われていました。平成元年には一階店舗と二階部分及び道具・文書類が台東区指定有形民俗文化財となっています。 なお展示資料はすべて区内外の方々から寄贈されたものです。



以下はおまけ。

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直読直解 (伝説の)ジョン・F・ケネディ大統領就任演説(その3)

英語生活ノおト 第4巻> 直読・直解の試み(「線香読みのすすめ」続編)> 直読直解 (伝説の)ジョン・F・ケネディ大統領就任演説(その3)


ケネディ就任演説の後半です。これで終わり。「その2」投稿よりかなり時間が経ってしまいました。もともと訳が「こなれ過ぎ」の傾向はありましたが、クライマックスに達するに当たりその傾向がますます強く、原文にないことまで補訳されていたり、「日本語の」修辞に凝ったりしており、直読・直解出来るように訳のレベルを調整(というか下げる)するのに相当時間がかかりました。なんとかなったとは思いますが。




So let us begin anew(共に新しく始めようではありませんか), remembering on both sides(共に心に刻みながら) that civility is not a sign of weakness(礼儀正しい振る舞いは弱さの証しではなく), and sincerity is always subject to proof(誠実さは証明すべきものだということを). Let us never negotiate out of fear(恐怖ゆえに交渉してはなりません). But let us never fear to negotiate(しかし、交渉することを恐れてはなりません).

Let both sides explore(共に考えましょう) what problems unite us(何が我々を団結させるかを) instead of belaboring those problems(belabor [ビレイバァ] 長々と続ける。これらの問題にいつまでもこだわるのではなく) which divide us(我々を分かつ).

Let both sides(共に), for the first time(初めての), formulate(作り上げましょう) serious and precise proposals(本格的かつ詳細な提言を) for the inspection and control of arms(兵器の査察と規制に関する) and(そして) bring(置きましょう) the absolute power to destroy other nations(他国を破壊できる絶対的な力を) under the absolute control of all nations(すべての国々の絶対的な管理下に ).

Let both sides seek(共に努めましょう) to invoke the wonders of science(科学の素晴らしさを呼び覚ますために) instead of its terrors(科学の恐怖ではなく). Together let us(互いに力を合わせ) explore the stars(宇宙を探査し), conquer the deserts(砂漠を征服し), eradicate disease(eradicate [エゥラディケイト] 全滅させる、撲滅する。病気を根絶し), tap the ocean depths(深海を開発し), and encourage the arts and commerce(芸術と商業を奨励しましょう).

Let both sides unite(共に手を取りましょう) to heed(注意深く聞く。聞かれるように) in all corners of the earth(地球上のあらゆる場所で) the command of Isaiah(予言イザヤの言葉) -- to "undo the heavy burdens...and let the oppressed go free(「くびきの結び目をほどいて虐げられた人を解放し」が)."

And if a beachhead of cooperation(beachhead [ビーチヘッド] 足がかり、出発点。そして、もしも双方の協力を足がかりとして) may push back the jungle of suspicion(不信感を拭うことができたら), let both sides join in creating a new endeavor(endeavor [エンデヴァ] 努力、試み。共に新しい試みに取り組みましょう), not a new balance of power(新たな勢力均衡を図る代わりに), but a new world of law(法に基づく新しい世界), where the strong are just(つまり強い者が法を守り) and the weak secure(弱い者が保護され) and the peace preserved(平和が維持されている世界をです).

All this will not be finished in the first 100 days(このすべてを、最初の100日間で達成することはできないでしょう). Nor will it be finished in the first 1,000 days(1000日でも難しいでしょうし), nor in the life of this administration(この在任期間中), nor even perhaps in our lifetime on this planet(あるいはこの地上に我々が生きている間には達成できないかもしれません). But let us begin(それでも、始めようではありませんか).

In your hands(皆さんに), my fellow citizens(国民の皆さん), more than mine(私より), will res t(かかっています)the final success or failure of our course(我々の進む道が最終的に成功するか失敗するかは). Since this country was founded(建国以来), each generation of Americans has been summoned(summon [サモン] 召集する。アメリカの各世代の人々は召集を受けてきました) to give testimony to its national loyalty(国家への忠誠の証しとして). The graves of young Americans who answered the call to service(この召集に応えた若者たちの墓が) surround the globe(世界各地に点在しています).

Now the trumpet summons us again(今、我々を召集するラッパが再び鳴り響いています) -- not as a call to bear arms(bear [ベア] 帯びる。これは、武器を取れという合図ではありません), though arms we need(必要ではありますが) -- not as a call to battle(戦いの合図でもありません) , though embattled we are(embattle [エムバトゥル] 戦闘隊形につかせる。ただ、我々は武器を用意し、陣容を整えておく必要があります) -- but a call to bear the burden of a long twilight struggle(これは、長く先の見えない戦いの重荷を担えという呼びかけなのです), year in and year out(来る年も来る年も), "rejoicing in hope, patient in tribulation(tribulation [トゥリビレイション] 苦難、辛苦。希望をもって喜びとし、苦難を耐え忍びながら)" -- a struggle against the common enemies of man(人類共通の敵との戦い): tyranny(虐政), poverty, disease, and war itself(貧困、病気、そして戦争そのものとの).

Can we forge against these enemies a grand and global alliance(forge [フォージ] 確実に前進する。これらの敵に対し、大同盟を組んで当たれないでしょうか), North and South, East and West(世界の東西南北にわたる), that can assure a more fruitful life for all mankind(すべての人の暮らしをいっそう実り豊かなものにすることはできないでしょうか)? Will you join in that historic effort(この歴史的な試みに、皆さんもご参加いただけないでしょうか)?

In the long history of the world(世界の長い歴史の中で), only a few generations have been granted the role of defending freedom(自由を守る役回りを与えられた世代というのは多くありません) in its hour of maximum danger(自由が最大の危機に晒されているときに). I do not shrink from this responsibility(私はこの責任を恐れず) -- I welcome it(喜んで受け入れます). I do not believe that any of us would exchange places with any other people or any other generation(おそらく皆さんも、この役目を他の誰かや他の世代に譲りたいとは思わないでしょう). The energy, the faith, the devotion(精力と信念、そして献身的な努力が) which we bring to this endeavor(我々がこの取り組みに注ぎ込むものですが) will light our country and all who serve it(この国とこの国に奉仕する人々を明るく照らし) -- and the glow from that fire can truly light the world(その情熱の光は世界を輝かせるはずです).

And so, my fellow Americans(そして、同胞であるアメリカ市民の皆さん): ask not what your country can do for you(国があなたのために何をしてくれるかではなく) -- ask what you can do for your country(あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか).

My fellow citizens of the world(また同胞である世界市民の皆さん): ask not what America will do for you(アメリカがあなたのために何をしてくれるかではなく), but what together we can do for the freedom of man(人類の自由のために共に何ができるかを考えようではありませんか).

Finally, whether you are citizens of America or citizens of the world(最後に、アメリカ市民の皆さんも世界市民の皆さんも)、 ask of us here(どうぞ我々に求めてください) the same high standards of strength and sacrifice(同じ水準の熱意と犠牲を) which we ask of you(我々が皆さんに求めるのと同じ). With a good conscience our only sure reward(良心の喜びを唯一の確かな報酬とし), with history the final judge of our deeds(歴史が我々の行いに正しい審判を下してくれることを信じて), let us go forth to lead the land we love(この愛する世界を導いていこうではありませんか), asking His blessing and His help(神の祝福とご加護を願いつつ), but knowing that here on earth God's work must truly be our own(この地上で神の御業が真に我々のものになることを念じて).

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桁違いの規模。巨大な屋根を支える5層の梁、旧吉田家住宅

午後あまりの暑さにごろごろしていましたが、暑は暑を持って制すと、チャリにまたがり大汗30分、旧吉田家住宅歴史公園へ。

敷地面積6,518坪(21,511㎡)という広大な土地に、建築面積330坪(1,178㎡)の邸宅が建ちます。平成16年までおばあちゃんが住んでいたそうですが、おばあちゃんの没後市に寄贈。維持費が大変なことは目に見えていましたが、流山市の二の舞は踏みたくない(旧花野井家住宅参照)とありがたく寄贈を受けたそうです。その後数年がかりの大規模な補修を経て、平成22年に母屋や長屋門など多くの建築物が国の重要文化財に指定されました。平成27年に一般財団法人柏市みどりの基金(市の外郭団体)が指定管理者になってからおおいに宣伝し始めたみたいです、駅のポスターで初めて知りました。

吉田家は室町時代からの旧家、豪農、江戸幕府のもとでは名主を務め、また牧士(まきし)といって幕府の牧場の牛馬の管理をする職にも従事していたそうです。建物は幕末から明治にかけての建築で、旧花野井家住宅と比べかなり新しいですね。明治27年の銅版画にも当時の隆盛がしのばれます。


とても全景は撮りきれません。


母屋は20メートルを超す巨大さ、左側に通常の土間(入口)がありますが、真中に勘定座敷(醤油造りも営んでいました)、牧士(まきし)は士分扱いのため、右手には武家風の玄関、式台が見えます。衝立の間の衝立も見えていますよね。


左の大黒柱は一尺5寸の太さ。右奥に衝立の間が見えます。


巨大な茅葺屋根の内部構造。これだけの建物を支えるのでなんと梁が五層になっています。こういう構造は初めて見ました。曲がった巨木をそのまま使っているのは旧花野井家住宅と同じです。



長さ25メートルの長屋門。名主と言っても大名級の規模です。


25メートルの長屋を支える梁もやはり五層でした。こちらは瓦屋根で使っている材木も質素。


旧花野井家住宅も結構立派ですし、房総のむらにも名主クラスの農家が2軒あります(江戸時代後期の農家参照)。しかし吉田家住宅の規模は桁違いとしか言いようがありません。今日はちょうど書院と新座敷が雑誌かなんかの撮影で使っていましたので、立ち入ることはできませんでした。次回再チャレンジですね。
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直読直解 (伝説の)ジョン・F・ケネディ大統領就任演説(その2)

英語生活ノおト 第4巻> 直読・直解の試み(「線香読みのすすめ」続編)>  直読直解(伝説の)ジョン・F・ケネディ大統領就任演説(その2)


演説の中盤です。To ~で始まる文がずらっと並ぶ、大変凝った構成となっています。また後世の大統領演説に比べやや文体や語彙にこだわったところがあります。内容的に(今から見れば)偏った部分も多いですが、当時は東西冷戦の緊迫感のただ中でであることを理解すべきでしょう。


This much we pledge(我々はこれを固く誓います) and more(そして、それだけにとどまりません).

To those old allies(古くからの盟友に対し) whose cultural and spiritual origins we share(それらの文化的・精神的な源を共有するのですが), we pledge the loyalty(我々は忠誠を誓います) of faithful friends(誠実な友として). United(団結しましょう), there is little we cannot do(できないことはないはずです) in a host of cooperative ventures(in a host of何度も。 我々が何度も協力して取り組めば). Divided((もし)対立していれば), there is little we can do(できることはほとんどありません) -- for we dare not meet a powerful challenge(難しい課題に立ち向かうこともできません) at odds and split asunder(asunder[アサンダァ]ばらばらに。対立し、ばらばらに分裂した状態では).

To those new States whom we welcome(これから新たに迎える国々に対しては)to the ranks of the free(自由主義世界に), we pledge our word(約束します) that one form of colonial control(植民地支配という1つの形が) shall not have passed away(過ぎ去ってはならない) merely to be replaced(単にすりかわって) by a far more iron tyranny(もっと過酷な鉄の専制). We shall not always expect to find them supporting our view(我々の考えがいつも支持されるとは期待していません). But we shall always hope to find them strongly supporting their own freedom(ただ、彼らが自らの自由を強く求めることを願っています) -- and to remember(また忘れないことを願います) that, in the past, those who foolishly sought power by riding the back of the tiger(sought power 権力を求める。虎にまたがって権力を握ろうとする者は) ended up inside(結局虎に喰われるという昔からの教訓を).

To those peoples in the huts and villages across the globe(世界中の村や(huts あばら家)に住む人々→世界の人口の半分を占める) struggling to break the bonds of mass misery(集団的困窮から抜け出そうと懸命にもがいている人々に対しては), we pledge our best efforts(最大限の努力をすることを誓います) to help them help themselves(彼らの自助努力を支援するために), for whatever period is required(どれだけ長い期間かかるとしてもです), [not] because the Communists may be doing it(これは共産主義者がそうしているからでも), [not] because we seek their votes(票集めを狙っているからでもなく), [but] because it is right(ただそれが正しいことだからです). If a free society cannot help the many who are poor(もし自由な社会で多数の貧困者を救うことができなければ), it cannot save the few who are rich(少数の富裕者を救うこともできません).

To our sister republics south of our border(国境の南に位置する同朋諸国に対しては), we offer a special pledge(特別な誓いを立てましょう) -- to convert our good words into good deeds(有言実行を実践すべく) in a new alliance for progress(発展のための新しい同盟を結び) -- to assist free men and free governments(自由な民衆と自由な政府を尽力することを) in casting off the chains of poverty(貧困の連鎖から抜け出せるように). But this peaceful revolution of hope cannot become the prey of hostile powers(平和的革命の希望が敵対勢力の餌食(prey[プゥレイ])になるようなことがあってはなりません。). Let all our neighbors know(このすべての近隣諸国に伝えましょう) that we shall join with them(我々は一致協力して) to oppose aggression or subversion(侵略行為や政権転覆の企みがあったとしても対抗する) anywhere in the Americas(南北アメリカ大陸のどこであろうが). And let every other power know(そして、他の大国すべてに知らしめましょう) that this Hemisphere intends to remain the master of its own house(Hemisphere [ミスファア] 北半球。この大陸は自らの領土を自ら支配するのだということを).

To that world assembly of sovereign states(世界中の主権国家の集まり), the United Nations(である国連は), our last best hope in an age(最後に残された希望の光です) where the instruments of war have far outpaced the instruments of peace(戦争の手段が平和の手段をはるかに凌駕しているこの時代において), we renew our pledge of support(我々は改めて誓います) -- to prevent it from becoming merely a forum for invective(invective [インヴェクティヴ] 罵り合い。国連をただの罵り合いの場にするのを避け)
) -- to strengthen its shield(盾とするべく努め) of the new and the weak(新しい国や弱い国の) and to enlarge the area(地域が増えるように力を尽くすことを) in which its writ may run(writ [ウゥリット] 公式書簡、憲章。国連憲章の及ぶ地域を).

Finally(最後に), to those nations who would make themselves our adversary(adversary [ドヴァーサゥリイ] 敵。我々に敵対する国家に対しては), we offer not a pledge but a request(誓約ではなく要請をしたいと思います) -- that both sides begin anew the quest for peace(双方で新たに平和への道を進もうではないかと), before(その前に) the dark powers of destruction(破壊的な力が) unleashed by science(科学によって解き放たれた) engulf all humanity in(engulf [エンガルフ] 沈没させる。人類を追い込む前に) planned or accidental(意図的にせよ偶発的にせよ) self-destruction(破滅に).

We dare not tempt them with weakness(これは弱さからの要請ではありません). For only when our arms are sufficient beyond doubt(我々の軍備が十分であると確信しているからこそ) can we be certain beyond doubt that they will never be employed(我々の軍備が十分であると確信しているからこそ).

But neither can two great and powerful groups of nations take comfort from our present course(しかし現在のあり方では、二大陣営のどちらも安心することはできません) -- both sides overburdened by the cost of modern weapons(どちらの陣営も近代兵器の費用負担に苦しみ), both rightly alarmed by the steady spread of the deadly atom(核どちらの陣営も兵器の着実な拡散に警告を受けつつ), yet both racing to alter that uncertain balance of terror(alter [オルタ] 改める。不安定な恐怖の均衡を改めようと競争しているのです) that stays the hand of mankind's final war(stay the hand 行動を控える、やめる。人類の最終戦争を食い止めている(不安定な恐怖の均衡を)).

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直読直解 (伝説の)ジョン・F・ケネディ大統領就任演説(その1)

英語生活ノおト 第4巻> 直読・直解の試み(「線香読みのすすめ」続編)>  直読直解(伝説の)ジョン・F・ケネディ大統領就任演説(その1)


アメリカの2大アイコンといえばやはりジョン・F・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy)とマルティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr.)でしょうね。キング師の名前を冠した通り(たとえばMartin Luther King Avenueなど)は600以上あるらしいですし、数こそ調べきれませんでしたがジョン・F・ケネディの名前は空港や軍艦、宇宙センター、数多くの建物、数多くの通りなどに残っています。3大アイコンと言えばリンカーンが含まれると思いますが、ちょっと時代に隔たりが。


キング氏の有名な演説「I have a dream」はすでに何度か取り上げています(サイドバーの直リンク集参照)ので、全訳は今後の課題として、まずはジョン・F・ケネディ大統領就任演説を取り上げます。就任演説の有名な一節、And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you -- ask what you can do for your country(そして、同胞であるアメリカ市民の皆さん、国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか。)はアーリントン墓地にある夫妻の墓を取り巻く壁にも刻まれています。

彼は良きにつれ悪きにつれ極端な人物で、良きは公民権法の骨組みを作ったこと、もし暗殺されていなければ確実に彼の政権下で制定されたでしょう。悪きはベトナム戦争を始めたこと、ついでに言えば大博打はキューバ危機。なお、日本語訳はボストンにあるケネディ博物館が公表しているものを使用していますが、かなり意訳が多いため、英文の流れに合うよう、最小限の変更をしました。

ケネディは1961年1月20日に第35代アメリカ合衆国大統領に就任しました。


Vice President Johnson(ジョンソン副大統領), Mr. Speaker(下院議長), Mr. Chief Justice(最高裁判所長官), President Eisenhower, Vice President Nixon, President Truman(アイゼンハワー大統領、ニクソン副大統領), reverend clergy(reverend [ゥリヴェレンド]もclergyも聖職者という意味、聖職者諸賢), fellow citizens(そして国民の皆さん), we observe today(今日のこの日を祝福しましょう) not a victory of party(政党の勝利ではなく), but a celebration of freedom(自由を讃える機会として) -- symbolizing an end, as well as a beginning(終わりと始まりの象徴であり) -- signifying renewal, as well as change(再生と変革の兆しです). For I have sworn before you and Almighty God the same solemn oath(なぜなら、私が先ほど皆さんと全能の神の前で同じ厳正な誓いをしたからです) our forebears(我々の父祖=ジョージ・ワシントンが) prescribed nearly a century and three quarters ago(およそ175年前に定めたものと同じ誓いを).  

The world is very different now(世界は大きく様変わりしました). For man holds in his mortal hands(今日の我々は神ならぬ(mortal [モータル] 死すべき)この手に持っています) the power to abolish all forms of human poverty(あらゆる形の貧困を撲滅する力と) and all forms of human life(あらゆる形の人間の生命を根絶させる(abolish)力). And yet(しかしながら) the same revolutionary beliefs(おなじ革命的な信条) for which our forebears fought(かつて我々の父祖がそのために戦った、は) are still at issue around the globe(今もなお世界各地で争点となり続けています) -- the belief(つまり) that the rights of man come not from the generosity of the state(人間の権利は国家の寛大さによって与えられるものではなく), but from the hand of God(神から授けられたものであるという).

We dare not forget today(我々は忘れてはなりません) that we are the heirs of that first revolution(heir [エア] 後継者、最初の革命の継承者であることを). Let the word go forth(伝えましょう) from this time and place(今このとき、この場所から), to friend and foe alike(foe [フォウ] 敵。敵味方の区別なく), that the torch has been passed to a new generation of Americans(たいまつはアメリカの新しい世代に渡されました ), born in this century(20世紀に生まれ), tempered by war(戦争で鍛えられ), disciplined by a hard and bitter peace(disciplined [ディサイプルド] 弟子にさせられて、身を置かされて。苦しく困難な平和に身を置き), proud of our ancient heritage(古来の伝統に誇りを持ち) and unwilling to witness or permit(見過ごすことはできません) the slow undoing of those human rights(人間の権利が徐々に奪われていくのを) to which this Nation has always been committed(人権こそ、この国の変わらぬ関心の対象であり), and to which we are committed today(今日の我々が力を注いでいるものです) at home and around the world(国の内外を問わず).

Let every nation know(すべての国々に知らせましょう), whether it wishes us well or ill(アメリカに好意を持つ国にも、そうでない国にも), that we shall pay any price, bear any burden, meet any hardship(我々はあらゆる代償を支払い、あらゆる重荷を担い、あらゆる困難に耐え), support any friend(すべての友を支え), oppose any foe(すべての敵と戦う覚悟であるということを), to assure the survival and the success of liberty(自由の存続と繁栄を保証するため).

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