百醜千拙草

何とかやっています

脳を掻いた話

2007-11-06 | Weblog
しばらく前のScience誌に、掻痒が原因となった驚くべき症例が紹介されています。本人の写真とCTの写真が載っているので、嘘だろうとは思いませんが、信じ難い話です。
様々な理由による慢性の掻痒症は非常によく見られる病態で、2006のLanset infectious Diseasesの研究によると、世界中で約3億人が疥癬症に悩まされているそうです。3000万人のアメリカ人が、湿疹などの炎症性皮膚疾患による慢性掻痒症を持っており、透析患者の42%に掻痒症があるそうです。おそらく人類の十人に一人以上は慢性のかゆみの症状を多少なりとも持っているのではないかと推定されます。
さて、その信じがたい症例というのは、当時38歳の女性で、帯状疱疹の発作が始まりでした。抗ウイルス薬で帯状疱疹による痛みは警戒したのですが、その後に絶え間ないかゆみが残ったそうです。私も扁平苔癬が出ると掻かずには我慢できない強いかゆみが出るので、絶え間ないかゆみがどれほど辛いか理解できます。彼女は掻いてはいけないとは理性では十分理解しており掻かない最大限の努力をしたのですが、かゆみに耐えきれず、顔面と頭部の帯状疱疹痕を13か月に渡って、掻き続けたらしいです。帯状疱疹による神経損傷のため、彼女はどうもかゆみはわかっても痛みはわからなかったようで、掻いて掻いて掻きつづけた挙げ句に、皮膚を破り、頭蓋骨を掻き破り、前頭葉まで掻いて損傷させてしまったということでした。どうやったら頭蓋骨を掻き破れるのかちょっと理解困難です。物理的にこの固い組織を掻き破るには指とか爪とかではとても無理でしょうから何か固いものを使ってひたすら掻き続けたのでしょうか。不謹慎ながら菊池寛の「恩讐の彼方に」を思い出してしまいました。因に、掲載されているCT写真では右前頭部にかなり大きな骨の欠損があり、脳には、前頭葉から側頭葉にかけて、欠損部の後方の頭蓋骨の沿ったレンズ型の低シグナルの領域があります。Mass effectは ないようで、この部分はどうも脳細胞が死んでしまって、液体状のもので置換されたみたいに見えます。想像するに、物理的な掻爬力のみによって頭蓋骨に穴があいたとは考え難いので、掻爬による慢性刺激により炎症が惹起され、炎症性サイトカインを通じた破骨細胞活性化による骨吸収が亢進したことが主な原因ではないかと私は考えているのですが、それにしても救急室で頭の傷から脳組織が出ているのを見た救急担当の人はびっくりしたでしょうね。いずれにせよ、一年余りの間、掻き続けることは頭蓋骨さえ貫通させる威力があると思うと、継続は力なりとか雨だれ石を穿つとかいう格言を思い出させます。
 因にこの症例は、9月に第四回、国際掻痒研究ワークショップで発表されたそうです。
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