前回話題にしたポスドクの人の大学院時代の指導者は出版論文が500以上あり、年間20本以上出している計算です。が、PubPeerでデータの問題を数多く指摘されてもいます。数多くの論文の一つ一つに割ける時間を考えると、一つ一つの論文の質に問題が出るのは当然と思われます。その問題が厳密さに欠ける研究態度からくる単なるミスなのか、あるいは作為的なものかを見抜くのは困難であることも多いと思います。
弱肉強食、資本主義、金と競争のこの世の中ですが、アカデミアの世界でも同じです。教員、研究者の評価は出版論文の数と質でおこなわれ、それがポジションと金に繋がっています。ゆえに、論文を出して、ポジションを手にいれグラント(金)を手にするために、科学論文でデータを捏造、偽造する例はあとを絶ちません。そういう世界ですから、データの偽造捏造などというまどろっこしいことをするぐらいなら、論文全部を外注してしまえ、と考える人やそれをビジネスにする人が出てくるのも然るべしです。どこかの知事をリコールするための署名運動で署名をあつめるかわりに署名をアルバイトにやらせたようなものですね。
基本的に絶対神を信じるいわば理想主義の西洋に科学は生まれたわけですが、一方で中国は現実主義だと思います。中国はいろいろ役に立つものを発見し発明しましたが、独自の宗教や「神」の概念を発展させることはせず、インドから輸入した仏教でさえも結局、ほぼ消え去りました。変わりに彼らは実利的な儒教や倫理という「神」とか「理想」とかの必要のない規範を発達させました。絶対神からみて人はどう生きるかではなく、人間の社会の人と人との相対的な関係の中で決められる彼らの行動基準はフレキシブルです。
「科学」においても、現実主義の中国人が「科学」が役に立つことを発見し、それを国の発展のために利用するのは当然です。また、競争原理と成果主義に基づく社会の階層化による管理は現実的な中国人と相性がよかったであろうと想像できます。論文成果主義によるアカデミアの階層化はあっという間に中国に広まりました。
現実主義者にとっては「神」の存在はどうでもいいことですから、科学においても、その神の部分、つまり理想主義的な建前の部分はしばしば軽んじられているのではないかと想像します。キレイごとで飯は喰えないとなれば、キレイごとを捨てるのに割合ためらいがない文化とも言えるのではないかと思います。つまり、本来、「真実(という一種の理想)を追求する」という建前で行われる科学的活動ですが、現実的な東洋人にとれば、科学活動は、メシや出世のタネになる論文を出版するという実利的目的を目指して行われ、ゆえに、真実の追求という側面は二の次だというスタンスがとられる場合もある、というか、むしろ論文出版が主目的になっている場合の方が多いだろうと思います。となれば、ウソでも論文になればいいと、あまり罪悪感もなく考える人が少なからずいることも容易に想像できます。
私見ですけど、捏造論文の出やすさというのは、競争社会の構造的問題に加えて、歴史的文化的背景にも左右されると思います。論文の数が多いこともあって「中国」が目立っていますけど、下の記事にあるように捏造論文はどこの国にもあります。日本でも研究不正は毎年のように聞きます。それは研究者個人のインテグリティの問題ではなく、社会の構造的問題であって、加えてそれに文化、歴史的背景が影響していると私は思います。
以下は最近のNatureの記事の一部です。
Laura Fisherは、RSC Advancesに投稿された研究論文に顕著な類似性があることに気づき、疑念を抱いた。RSC Advancesに投稿された論文の中に、著者や所属機関などの共通点はないのに、図表やタイトルが驚くほど似ていたのです、とフィッシャーは言う。、、、1年後の2021年1月、フィッシャーは同誌から68本の論文を撤回し、英国王立化学会(RSC)の他の2誌の編集者も同様の疑いで1本ずつ撤回し、15本は現在も調査中だ。フィッシャーは、偽の科学論文を注文に応じて製造する会社であるペーパーミルの製品と思われるものを見つけた。すべての論文は、中国の病院に勤務する著者によるものだった。雑誌の発行元であるロンドンのRSCは、「組織的に偽造された研究が行われている」との被害声明を発表した。、、、 、、Nature誌の分析によると、昨年1月以降、ペーパーミルとの関連が公表されたジャーナルは少なくとも370件の論文を撤回しており、今後も多くの撤回が予想される。、、、 、、、出版業界における組織的な不正行為の問題は、今に始まったことではなく、中国に限ったことでもないと、世界最大の科学出版社エルゼビア社で出版サービスを担当するカトリオナ・フェネル氏は指摘する。「イランやロシアなど、他のいくつかの国でも組織的な不正行為の証拠が見つかっている」 、、、ブラッドリー大学の図書館員、Xiaotian Chen氏は、中国では以前から、企業が研究者に論文を販売することが問題になっていたと言う。、、、2013年には「Science」誌が、中国で研究論文のオーサーシップをめぐる市場が存在することを報じた。 、、、中国の医師は、昇進のために研究論文を発表する必要があるが、病院で忙しくて科学的な研究をする時間がないことが多いため、特にターゲットにされている、、、中国の科学への影響について、李は「その影響は壊滅的だ」と語る。、、、 、、、多くのジャーナルがアナリストを雇い始めており、原稿に問題があるかどうかを見極めようとしている。、、、 、、、詐欺師側がより巧妙な能力を身につければ、軍拡競争に発展するのではないかと心配しています。例えば、昨年bioRxivに投稿されたプレプリントでは、人工知能を使って本物と見分けがつかないような偽のウェスタンブロットを作成できることが示唆された。
この記事では、捏造論文が組織的なビジネスとして行われていて、ジャーナルは被害者との立場で書かれていますけど、本当の被害者は、一般研究者だと思います。ジャーナルは研究者に対して、知見の発表の場を提供しているわけですが、結局、多くの特に二流ジャーナルは出版してナンボのビジネスですから、出版に対する非常に強いインセンティブがあります。例えばレビューアを引き受けた時に、リジェクトした論文がリバイスになって戻ってくることはしばしばあるし、ひどい時はエディターがリジェクトではなく、リバイスの可能性はないか、と聞いてくる始末です。正直、アホらしくてやってられません。ジャーナルの一部(というか多数と思う)は、低クオリティーの論文に目をつぶり、レビューアの無償の労働を利用して、ビジネスのために怪しい論文出版し、読者と分野の研究者を欺くのに加担している加害者でもあるともいえると思います。