百醜千拙草

何とかやっています

Blockchain

2016-08-30 | Weblog
リオ五輪閉会式で2020年東京五輪の大会組織委員会が安倍晋三首相をサプライズ登場させた約8分間のアトラクションが話題を呼んだが、費用は9月のリオ・パラリンピックでも予定する演出と合わせ、約12億円となる見通しであることが26日、分かった。

今回だけで12億ですか。果たして。その金は誰に流れていのですかね。デxツー、オリンピックがらみでは評判悪いですな。開催地選びに時にもIOC関係者のコンサルタントに2億あまりを支払い、収賄ということでフランスとシンガポール当局がかなり真剣に捜査中とのこと。東京オリンピックが中止になるのなら、その返上は早ければ早いほど、傷が少なくて済むと思います。しかも、予定のコストは当初の何倍にも膨れ上がっています。その理由は、利権にぶら下がりたい連中が寄ってくるからでしょう。全く不必要な茶番に12億使っても、どうせ国民のカネだし、なくなりゃ日銀に国債をどんどん買わせりゃ良い。破綻するのは目に目ているが、それまでにせっせと蓄財して、破綻したら国民は見捨てて逃げ出せば良い、周りの連中がみんなやっていることだからやらなきゃソンだ、とでも思うっているのでしょうな。

そういう連中のおかげで、国のGDPはゼロ成長なのに、支出はどんどん増えます。そして、公共事業費、3年連続6兆円超 17年度予算の概算要求、というニュース。

概算要求総額は6兆6654億円。内訳は、災害発生に備えた道路の整備や補強対策など「災害時の人流・物流の確保」に5437億円、老朽化したインフラの維持管理などに4612億円を要求する。また、戦略的なインフラ整備として環状道路の整備など「物流ネットワークの強化」に2974億円、「国際コンテナ戦略港湾などの機能強化」に961億円を盛り込む。さらに、2020年に訪日客4千万人をめざす政府方針に合わせて、観光関連予算の要求を拡大する。大型クルーズ船受け入れの環境整備や観光案内所などの施設整備で294億円を要求する。そのほか、尖閣諸島周辺の領海などにおける中国公船の侵入に対応しようと、巡視船や航空機の整備など「海上保安体制の構築」で450億円を求める。


いろいろ適当な理由がついていますが、そもそもカネもないのに、毎年、公共事業を拡大し、外国にカネをばら撒き、バカバカしいコスプレに12億使う、というのは、どういうことか。すでに破綻しかかった財政を大量の国債を日銀が刷り散らかしたカネで買うというイカサマでしのいでいる状況なのだから、そのうちベネズエラやギリシャのようになり、一般国民の生活が困窮するのが目に見えているわけです。にもかかわらず、このバカ路線を突き進むということは、破綻させることを規定路線に政府は計画しているということでしょう。

経済が破綻した時に、通貨が価値を失い、ハイパーインフレとなり、生活に必要なものが手に入りにくくなります。我々の身を守るためには、日銀券に代わる価値の安定したものを使う必要が出てくるかも知れません。金とか貴金属は比較的わかりやすいですが、利用者が広がれば、ビットコインのようなものの方が良いだろうと思います。

つまり、日銀券という紙切れが信用を失う可能性が高いのは、日銀がいくらでも刷りまくることができるからです。一方、ビットコインや金や貴金属が比較的安定なのは、その流通量が中央銀行や政府の一部の人間の意志でコントロールできないからです。

ビットコインに限らず、価値あるものがインターネット上でやりとりされる場合に、最も重要なことは、対価が支払った方から支払われた方へ移動することです。もし払う方がいくらでも「金」を刷ることができるのなら、やりとりは成り立ちません。インターネット上で、価値が確実に移動することを可能にするテクノロジー「Blockchain」が、最近のTED talkでわかりやすく説明されていました。

近年、インターネットを通じて、仲介業者をスキップして、サービスを供給する側と受ける側が直接つながることができるようになってきました。その取引をビットコインなど価値の安定したもので行うことで、現代資本主義が生む様々な悪害を減らせていくことができるようになるかも知れません。金のために命を削るような生き方をするのは本末転倒というものです。

TED talk でのDon Tapscottの話はビットコインの理解のみならず、価値をやりとりすることとはどういうことかを考えるのに大変役立つと思います。同時に、日本政府と日銀がやっているバカげた金融政策がいかに金融システムの「信頼を失う」かが実感できるのではないかと思います。ご一聴ください。

TED talk(6・2016)
Don Tapscott: How the blockchain is changing money and business
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わきまえない

2016-08-26 | Weblog
この話には触れないつもりでしたが、ガーディアン紙の記事を紹介してあったの見たので。

本職でもないのに、オリンピックで、イタリア人配管工の格好をしているアベシンゾーという人は誰?  ー 日本の首相。
なぜこんな真似をしたのかは置いといて、どんな風? ー 最高に居心地が悪い。
一般化するようで悪いが、日本はヘン。2012のロンドンオリンピック開会式で女王がパラシュート降下したほどではないにしても。

オリンピックはスポーツの祭典であり、政治に利用されるべきではない、とオリンピック憲章にあります。開会宣言をしたベルリンオリンピックをヒトラーが「アーリア民族の優秀性と自分自身の権力を世界中に見せつける絶好の機会と位置づけ」政治的に利用し、その後の第二次世界大戦へと繋がったいう反省があるからでしょう。もちろん、現実はオリンピックが政治利用されなかったことはなかったわけですが、今回のように露骨に閉会式に時期開会国の首相がしゃしゃり出るというようなハシタないことは、ヒトラー以来どの国もしたことがないのです。海外の人はテロップが出るまで、この人が誰か知らない人が多かったのが、不幸中の幸い。しかし、日本国内で、アベ氏のヒトラー化を懸念している人々にとっては気分の悪いものだったでしょう。加えて、いつものように巨額の無駄遣い。クレヨンしんちゃんの本を経費で買ったと言って叩かれた人など可愛いものですな。

かっちの言い分から

安倍首相が、1回4000万円位かかる600人程乗れる政府専用機B747で、リオに何しに行くのかと思っていた。、、、
蓋を開けてみれば、スーパーマリオの縫いぐるみを来ての登場であった。その映像の中で、国会を背景として、専用車の中でドヤ顔をして映し出されたのには幻滅した。いくら、オリンピックのための演出とは言え、アニメストーリの演出に乗るということは、一国の長としていかがなものか?このアイデアは森元首相の勧めという。このパフォーマンスを見て、二階氏が記者の質問に、安倍首相は東京オリンピックまで首相でいる気だと言い切った。


党則を変えて、2018年の任期終了を延長して、オリンピックまで首相をやらせるつもりのようです。悪夢です。自民党内部でも、首相の任期延長について「率直に言ってなぜ今なのか分からない。急いで議論すべきことがそれか」という声。野党が全然ダメな今の状況では、党内で降ろしてもらうしかありません。

この件に関しての植草教授の意見。国威発揚五輪とあべさまのNHKはどちらもいらない

このオリンピックについて、NHKが仰天解説した。
、、、「ビックリ仰天した視聴者も多かっただろう。21日のNHKの番組「おはよう日本」。オリンピックを扱ったコーナーで、「五輪開催5つのメリット」としてナント! 「国威発揚」を挙げていたからだ。」
「おはよう日本」に登場した刈谷富士雄解説委員は、「何のためにオリンピックを開くのか。その国、都市にとって何のメリットがあるのか」と投げ掛け、五輪のメリットとして真っ先に「国威発揚」を示したのである。
『日刊ゲンダイ』が指摘するように、この見解は、オリンピック精神の根本原則を示す「オリンピック憲章」の考え方の真逆のものである。


ちなみに、そのNHKの番組で5つメリットとして挙げられたのは、国威発揚に加えて、国際的存在感、経済効果、都市開発、スポーツ文化の定着だそうで、何を言っているのか、と呆れました。国際的存在感と国威発揚とはほぼ同義でしょう。建前上はそれを言ってはならないものです。経済効果、都市開発においては、何がメリットなのか全く不明です。デメリットなら思い浮かびます。アテネオリンピック後のギリシャ経済を引き合いに出すまでもなく、オリンピックをすれば、借金を背負う上に、再利用の困難な施設が大きな負担になって、貧乏になるのが常識です。全く利用されずに雑草だらけになったアテネオリンピック会場跡を見ましたが、悲惨なものです。

アベ氏の無駄遣いと悪ふざけにそこまで目くじらをたてることはあるまい、という意見もあるでしょう。しかし、彼は権力者であり、権力者であるからこそわきまえておかないといけない振る舞い方というのがあるはずです。ま、おそらく、彼以外の人間だと「わきまえてしまう」ので、わざわざ彼に首相を長期にやらせたいという連中がいるのでしょうが。
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建前の裏

2016-08-23 | Weblog
いつまでも駆け出しのつもりでいたら、知らぬ間に友人たちは出世し、若手の特典もすっかりなくなり、自分は10年前と変わらない毎日なのに、外部からはいつまでもウダツの上がらないヤツという目で見られるようになってしまいました。私の母の住む田舎は古い小さな城下町で、古い商家だった建物があり、そういう家にはいまだに「ウダツ」が残っております。それを見ながら、ウダツなど単なる見栄だわナ、といじけた気持ちになったこともありました。が、もうそんな気持ちもすっかりなくなり、ま、楽しい毎日です。

とはいうものの、家族を養う身であれば、ウダツの高さは別にして、研究するのも渡世のシノギ、それなりの立場を確保していかねばなりません。
あいにく現在は、研究費にしても一流紙の紙面にしても、奪い合うものであり、資本主義の原理により金持ちはより金持ちになり、権力者はより強い権力を得ていくわけで、そんな中で「フェア」な競争など最初からありえないわけで、建前と本音をうまく使い分けながら、世の中をうまく渡っていくのも研究者の才覚だと、明言はしなくても多くの人は思っていることでしょう。(そういうことを堂々というと、ハシタナイですからね)

そこで、弱者は弱者なりの知恵を出して生き残りを図り、野党共闘みたいなことが起こります。少数の立場の弱い研究者が独立分断していては、強者のモノポリーは止まらず格差は広がりdiversityは失われるということで、立場の弱い研究者同士が互助的に協調して勢力を保つわけです。もちろん互助活動は、研究協力のような明朗なものから、そうとは言い難いようなものものまであります。

ところが、これは、本来、弱者の生き残りのために行われていたわけですが、一部の互助グループが近年、かなりの勢力を拡大してきて、本来、アンフェアな競争に対抗する弱者の方策であったのに、今や逆にアンフェアに競争を支配せんばかりになりつつあり、結果として、立場の弱い本当の少数派はますます弱い立場に追いやられつつあるという状況に陥りつつあるように思います。

そうなると、建前ばかりに拘泥している場合ではなく、われわれにしても、何らかの身を守るための方策を考えなければならないわけです。フェアネスを望む弱者は、汚い手を使っても勝てば官軍だ、と思っているような連中とマトモにやりあっては勝負になりません。(一般国民と日本政府みたいなものですかね) 現在の厳しい研究環境の中では、いい研究をしていれば自然とカネはついてくると鷹揚に構えている場合ではなくなってきました。第一に、いい研究かどうかを決めるのはわれわれではないし、そもそもカネがなくてはいい研究などできないわけですから。

しかし、皆が、スレスレのことをやりだすと、ピア レビュー依存する科学活動のクオリティー チェックが働かなくなり、結局は科学界そのもののintegrityが損なわれることになってしまうでしょう。同じ業界で同じ研究基金によってサポートされているというだけで、コンフリクトがあるわけで、思うに、研究資金の分配や論文の評価はそもそもフェアに行うことは不可能です。多数がガマンできる程度が維持できれば良しとすべきなのでしょう。(55年体制時の自民党のような感じですかね)

実は、科学界のintegrityに関連して、しばらく前に開発された新しいゲノム編集技術、NgAgoのスキャンダルを話題にするつもりでしたが、時間となりましたので。

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経済崩壊を前提に

2016-08-19 | Weblog

出世の見込みもないのに、出世払いで借金を借り続けらたら、遠からず破綻します。問題はどういう形で破綻するかといういうことです。もちろん国民がツケを払うことになるのですが、被害は少ないに越したことはありません。

先日の東京新聞、社説。
GDPゼロ成長 いつまで道半ばなのか

 三年続くアベノミクスはあらためて効果が乏しいことを裏付けた形だ。四~六月期の実質国内総生産(GDP、速報値)は横ばいだった。「道半ば」でなく、誤った道を進んでいると気づくべきだ。
 一〇〇分の一秒を争うオリンピックの記録かと錯覚しかねない。GDPの伸び率(前期比)は物価変動の影響を除いた実質で0・048%。通常なら0・0%だが、わずかでもプラス成長を強調したいがためかと勘繰りたくもなる。
 年率換算では市場予測の0・7%増を下回る0・2%増。数字を取り繕ったところで実態はゼロ成長であり、政府が財政再建目標の前提としている「名目3%、実質で2%成長」には遠く及ばないのである。
 GDPの六割を占める個人消費が0・2%増と力強さに欠けるのが最大の要因だ。消費が伸びなければ企業は投資を手控える。設備投資は0・4%減と二期連続のマイナスだった。住宅投資は5・0%増と大きく伸びたが、マイナス金利政策の効果というよりは、消費税増税の延期が決まる前だったため増税を控えての駆け込み需要が大きかったとみるべきだろう。
 いずれにせよ、安倍政権が描いた経済の好循環、すなわち企業収益増→賃金増→消費増→企業の投資増は画餅に帰し、むしろ賃金の伸び悩みが消費低迷を招く負のスパイラル、悪循環に陥っている。
 アベノミクスは開始からじき三年半となるが、いまだ道半ばというのは根本的に間違っているためだ。異次元緩和も財政出動も景気を一時的に持ち上げるカンフル剤でしかない。基礎体力を付けないから、すぐに病気になるのに、一時しのぎのカンフル剤頼みを繰り返してきた。成長戦略で体力向上を図らねばならないが実態は官僚の作文だから効果が望めない。
 内部留保をためるばかりの企業経営者も問題だが、基本的に民間に任せるものは任せる方が官僚任せよりはましである。
 何より富める者をますます富ませれば問題解決するといった政策が決定的に間違っている。消費の中核を担う中間層を没落させ、格差拡大を助長するアベノミクスでは、人口減と少子高齢化に直面する日本経済を立て直すことは到底できまい。
 日銀は金融政策を総括的に検証し、現実離れした目標や限界のみえる政策を見直す。政府がなすべきはアベノミクスをこれ以上ふかすのではなく、誤った道を引き返す勇気を持つことである。


と正論。普通に考えれば小学生でも同じ結論に到達するでしょう。それをわかっていながら認めないのがアベ政権、なぜなら、認めたら辞めないといけないから。

それはともかく、この社説、経済のことは、税金で生きている官僚ではなく、実際に価値を創り出して経済を回している民間に任せろ、というのは一理あります。官僚は官僚組織の自己利益のために政策を決めるわけで、いかに(短期的に)税収が上がるかという点から経済政策を考えるので、しばしば、民間、一般人の不利益となるようなことをするわけですから。昔、「ワタシ作る人、ボク食べる人」というラーメンのCMがありましたが、金に関しては基本的に、民間は稼ぐ人、役人は使う人です。一般家庭では、稼いだ分に応じて使うのが破産しないコツです。使う人の都合で支出を勝手に決めるから財政破綻するわけです。当たり前です。その結果が、新規発行国債のほぼすべて、年80兆円もの規模で日銀が買わないと、必要経費が賄えない、という完全に破綻した状態になっているわけです。一般家庭では、この状態だと、身売り、自己破産、夜逃げ、などになるですが、国のことですから、身売りも夜逃げもできず、自己破産すれば、役人はみんな給料ゼロちゅーことで、当然政府はそんなことはしない。政府のやりそうなことは、借金で借金を返す自転車操業が破綻するギリギリまで引っ張った後、非常事態宣言が出せる戦争のような状況に持って行って、一気に借金をチャラにする、ということでしょう。その時に国民をコントロールするための法案というのが、緊急事態条項であり、政府はいざとなれば戦争を始めてドサクサ紛れに国民の資産を凍結し、経済をリセットすることを考えているのでしょう。そして、それに、かつて「平和の党」という名前で売っていた宗教政党が賛成しています。与党の権力にしがみつくために魂を売ってしまったとしか思えないのですけどね。ま、魂を売ってしまったのではもう助かりません。

日本の借金と累積GDPの比をこの地図で色々な国と比べてみてください。ダントツだと思います。例えば中国と比べてみると、GDPは中国の約半分しかないのに借金の額は中国の約5倍です。アメリカと比べても、GDPは約1/3なのに借金額は約2/3あります。借金/GDP比では経済大国の中では多分トップ。

しかし、豊かな生活をするために、給料が上がらなければならない、という直裁的な考えにも再考の余地があるのではないでしょうか。消費が上がらないから、経済が拡大しない、経済が拡大しないと、給料も上がらない、給料が上がらないから豊かに生活できない、という思考を止めて、消費しなくても豊かに暮らせるやり方を考えようという方向に大勢の人間の思考が変化すれば、経済成長なしでも幸せに暮らせる社会へと近づく一歩になるのではないかと思います。
なぜなら、経済成長はもう見込めないからです。経済成長しなくて最も困るのは役人でしょう。税収が減りますからね。だから人工的に、金融緩和、日銀が国債を買うというようなタコが自分の脚を食うようなことをして、とにかく金を回そうとするのです。

しかし、普通の人だったら、経済崩壊しても何とかやっていく道を探ることはできるのではないだろうかと思います。自分で食うものを作り、日銀発行の銀行券に頼らないで欲しいものを手に入れる地域流通システムを作り、金がなくても豊かな生活できる方法を考える。そういう人々に対して、政府は無力です。ない袖は振れないのですから。おそらくそのうち来る経済崩壊は避けられないと思います。資産は凍結され銀行からの引き出しが制限され、物資は不足して配給制になる、現実に世界各国で起こっていることです。そんな状況でも困らないようなシステムを作っていくことを考えるのは悪いことではないと思います。まずは食料の自給率の向上が第一だと思います。
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死神に魅入られる

2016-08-16 | Weblog
終戦記念日とは言うものの、沖縄では戦争はまだ続行中です。本土では無条件降伏を受け入れ、サンフランシスコ条約で主権を回復したことになっていますが、結局、それは、沖縄をアメリカに差し出すこととの引き換えという「密約」に基づいたものでした。それから二十年、沖縄返還。しかし、これは、アベ氏の伯父、佐藤A作がノーベル平和賞となった「非核三原則」のウラで沖縄への核持込みを認める「密約」を交わして上でのこと。つまり、沖縄返還という形式を整えるために、実質、沖縄をアメリカ軍占領地として実効支配させるという取引をしたということでしょう。形式上は戦争は終わり、主権は回復し、沖縄は返還された、しかし、すべては表向きだけの話。その「形」をつけるために、現在も払わされている代償は大きく、最もそのしわ寄せを受けているのが沖縄だということだと思います。沖縄、それから一般国民に黙って、沖縄を差し出し、核の持込みも容認して、形だけ独立したように見せかける、「密約」とはすなわち、国民にウソをつくことであり、社会の根幹にあるべき「信頼」を損なう行為です。いろいろ言い訳もあるでしょうが、ウソで塗り固めるのも結局は、政権と政府役人の身を守るためということです。ま、ウソをつかない、正直な政治家というものはいないのですが。

沖縄高江での県民と地元住民の意思を無視しげ米軍ヘリパッド建設を強行する日本政府、相変わらず県外からの機動隊を動員してまでも、住民を力づくで排除して、工事を進めつつあります。何が悲しくて、占領軍の基地を国民の税金から出した金で作ってやって、そこに住んでいる日本国民の土地と権利を力づくで取り上げられないといけないのか。何とも、この売国政府の情けなさ。

対して、アメリカの退役軍人を中心とする市民団体が、開催中の総会で、日本政府の沖縄に対する差別行為、売国行為を「恥知らず」と糾弾。

 
【平安名純代・米国特約記者】全米120支部、8千人以上の会員を擁する米市民団体「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」は11日、米カリフォルニア大学バークレー校で第31回年次総会を開幕した。1月末に設立されたばかりのVFP琉球沖縄国際支部(VFP-ROCK)も初めて参加。ダグラス・ラミス会長は、「名護市辺野古の新基地建設と高江の二つの闘いを抱えた現状は厳しいが、この闘いに必ず勝つ」と述べ、総会を通じて米国で支援の輪を広げる意欲を示した。、、、、VFPのマイケル・マクファーソン事務局長は沖縄タイムスの取材に対し、米軍属の男による暴行殺人事件や新基地建設計画など在沖米軍基地を巡る問題への認識を示した上で、「われわれ一人一人が沖縄の問題とどう関われるかが問われている。自分の問題として捉えられれば支援の輪は広がる」と述べ、協力する姿勢を示した。


滅びの道をまっしぐらとしか思えない日本政府ですが、ちょっと前に四国の原発再稼働のニュースを見て、もう連中はすでに死んでいるのだ、そういう運命なのだと思いました。

時々、死神に魅入られたとしか言いようのない例を見ることがあります。一つ一つはそれほど重大に思えない事柄が順番にポツリポツリと起こるのですが、些細な事情で一つ一つの対応を誤り、結果、知らぬ間に取り返しのつかない状況に追い込まれていくというような例です。そういう例を後になって振り返れば、幾つかの判断の分岐点で、立ち止まってもう少し慎重にやっていたら異なった結果になっていたかも知れないというような反省点が見つかるものですが、現在進行形では、後から見れば当たり前のことでさえ分からず、なぜか次々に小さな悪手を連発して、着実に破滅に向けて進んでしまうのです。

おそらく、政府関係者であっても、個々の人間は、誰でも原発で処理のできない危険な廃棄物が大量生産されることは「よくないこと」であり、核燃料を大量に冷却保存しないといけない原発は危険なものであって、速やかに老朽化した原発は廃炉にして、核燃料の安全な保管方法を開発しないといけない、まずは処理法のない危険な核廃棄物を作らず、危険な原発の運転を中止しておくべきだと思っているだろうと思います。立ち止まって冷静に考えれば、誰でもそういう当たり前の結論に達するでしょう。しかし、その当たり前のことができず、我欲ににとらわれて、むしろ逆の判断をして、悪い方向へと着実に進んでしまうのが今の「死神に魅入られた」日本政府です。外から見れば、まさにキチガイ沙汰、愚かの極みなのですが。

続 壺 齋 閑 話、事故を気にしていたら原発ビジネスは成り立たぬ:伊方原発再稼動 から。

四国の伊方原発が再稼動した。九州の川内原発の二基に続いて、実質的には三基目の再稼動になる。先日鹿児島県知事になった人が川内原発停止の意向を強く示しているなかでもあり、また、伊方原発自体にも様々な問題が指摘されている中での再稼動とあって、どうみても無謀な見切り発車といわざるを得ない。

まず、伊方原発自体の問題点。この原発は南海トラフ地震が起きた場合の最前線に位置する、それに加えて先日九州の大地震を起こした断層帯が付近にまで伸びている。そうした事情を抱えたなかで、果たして巨大事故に耐えられるだけの万全の備えができているのか、かなりな疑問がもたれている。また、事故が起きた場合の非難計画のずさんさも指摘されている。この原発は、細長く伸びた佐田岬半島の付け根にあるが、その西側には5000人以上の人々が住んでいる。その大部分は65歳以上の老人たちだ。万が一原発が事故に見舞われたとき、この人たちが安全に非難できるのか、愛媛県の作成した計画を見る限りでは、まことに心もとないといわざるを得ない。

こうした懸念に対して愛媛県知事は、この原発は厳しい安全チェックをクリアしており、巨大事故が起こることはありえない。だから、安心して欲しいというような言い方をしている。しかしもしものことがある、というまっとうな疑問に対しては、そもそも起きるはずのないことを心配しても仕方がない、といって取り合おうとしない。

これは、一部の日本人に特有な、「都合の悪いことは起きて欲しくない、起きて欲しくないことは起きないことにしておこう、起きもしないことは想定する必要がない」、という理屈を反映したものだ。

このほか、この原発は、いわゆるMOX燃料を採用しているが、これについては最終処分の見通しもたっていない。これでは、某元首相がいったとおり便所のないマンションを売りつけるようなものだ。

こうした疑念に対して、事業者としての四国電力も、地元の愛媛県も、納得できる説明はしていない。そんな説明をし始めたら収拾がつかなくなると思っているからだろう。「事故を気にしていたら原発ビジネスは成り立たない」というわけか。、、、

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秀才の人生

2016-08-12 | Weblog
変わりない日々が続いているようでも、着実に季節は移りつつあるのを朝晩の気温と朝の光に感じるようになりました。
研究の方も、やるべきことがわかっているものは着実に、何をやっていいのかわからないものは闇雲に、とにかく日々、手足と頭を動かすようにしています。そうやって、毎日、小さなことに一喜一憂しながら、やがて迎える最後の日まで歩き続けてこの世とサヨナラしたいと思っております (が、どうでしょう)。世の中には、病気やハンデで、頑張りたくても頑張ることが物理的にできない人や、諸般の事情で自分の意思に沿って生きることのできない人など、気の毒な人々が大勢おります。そういう人々のことを思うと、飢えるでも寒さに震えることもなく、小さなことを喜んだり悲しんだりできる生活を送れることは大変ありがたいことだと思います。

すぎりおのがんばったるねんで、著者のボス、George DaleyがHarvard Medical SchoolのDeanになるという話が取り上げられていました。この方はステムセル業界、がん研究業界では有名人で、私も触っている遺伝子の一つの働きを最初に明らかにした人です。ちょっと特徴のある話し方をする人で、誰かに似ているな、とずっと思っていたのですが、先日の訃報を聞いて、ああ、永六輔さんが英語を喋ったらこうなるのだ、と思いあたりました。実はとんでもない秀才で、Harvard、 MIT、Harvard Medicalと絵に描いたようなエリートコースを歩んできた人です。

それで、エリートコースとは全く無縁な私がいつも興味をもつことは、この方のようにエリートコースの真ん中をまっすぐに歩いてきたように見える人は、何を最終目標に生きているのたのだろうか、ということです。がん医学研究に情熱があったのは間違いないと思います。そしてハイインパクトの仕事を連発し、サイエンティストとしてステムセル、がん業界でのトップリーダーとしての地位を確立しました。その地位を得るための道筋はおそらくHarvard collegeの学生だった頃から描いてあったのであろうと思います。つまり、思うに、何十年をかけて、医学研究者としての地位を確立するというプロジェクトに取り組んできた人なのだろうと思うのです。これは、現在、ボストン界隈でのトップ サイエンティストの多くの人に当てはまるパターンだと思います。

対して、この業界にいる残り9割以上のの人間は、多分、若い時に明確な目標を持たずに、成り行きで生きてきた私のようなタイプであろうと思います。どちらが幸せかという議論をするつもりはないのですが、優秀な頭脳を持ち、何十年もその目標に向けてコツコツと努力を積み重ねてきた人と、標準の頭で、普通に成り行き任せで生きてきて、時には自分探しの旅に出てしまったりするような人間とは、目標達成という点で大きな差がつくのは当然です。

秀才や天才の頭の中身を覗いてみたいと時折思います。こうして長年の努力の結果として得ようとしているものは、結局は何なのでしょうか。研究によって分からないことを理解するという喜びでしょうか。あるいは、地位とか名誉なのでしょうか、それともそれについてくる多少の金でしょうか。Harvardに行ってMIT経由でHarvard Medicalに帰ってくるような人ですから、地位とか名誉とか金とかが嫌いではないはずですが、こういったエリート一直線の人にとって、研究というのはそうしたものを手に入れるための手段なのでしょうか?

ふと、そう思ったのは、その医学研究者としての大成功者が、今度はDeanという役職について、研究グループを縮小して研究へのエフォートを下げるという話だったからです。研究界での成功は達成したから、次の新たな目標に向けて方針を変えたということでしょうか。そうして次のまた次の目標に向けて努力を積み重ねていくのでしょうか。

私といえば、頭の出来や学歴から見ても、George Daleyをお手本にするのはムリです。しかし、自分でコントロールできるサイズのプロジェクトに直接関わって、データを見ては一喜一憂するという「ささやか」な日々に十分、幸福を感じております。成功したとはとっても言えませんが、私なりにはOKです。資金が切れて続けられなくなったら、それもまたOKというゆる〜いスタンスでやってます。
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やがて本土でも起こること

2016-08-09 | Weblog
瓢箪から駒のようなプロジェクトが結構、面白い話にまとまりそうになってきています。これからラストスパートという段階なのに、事情で人がいないのが辛いです。しかし、振り返れば、いろいろな偶然が重なって結果で、大変感慨深いです。明らかにこれは私の実力ではなく、数多の偶然と幸運の結果です。このプロジェクトは資金が尽きかけている時に転がってきた話で、マウスも一発射つのが精一杯、もし一発で成功しなければ、ハイそれまでよ、という博打的状況で始めたものだったのです。おそらく、私のコントリビューションで最も大きいものは、その決断だっただろうと思います。まだ最後の追い込みに力を注がないといけないので、振り返って感慨にふけっている場合ではないですし、実は研究費申請書の準備という最も重要な仕事を並行して進めないといけないので、まだまだプレッシャーの多い日々です。

さて、参院選が終わり、政府の強権的行動がますます目に余るようになってきました。政府に誠実さとか思いやりとかを求めても詮無いことなのは当然なのですが、政府の沖縄に対する行動には心の底からの怒りと悲しみを覚えます。

東京新聞、辺野古問題 早期結審を要求 政権「本音」あらわ から。
沖縄県の基地問題は、参院選が終わった途端、政府の強硬姿勢に拍車が掛かってきた。、、、
ほかにも沖縄振興予算の減額を示唆したり、反対運動を排除して米軍施設工事に踏み切ったりするなど、しばらくは動きを控えてきた建設計画を進めたい本音を隠さなくなってきた。 、、、
 政府と県は三月、乱立していた新基地建設計画にかかわる訴訟をすべて取り下げ、新たな訴訟で争うと同時に判決確定まで「円満解決に向けた協議を行う」ことで和解した。、、、、参院選で新基地反対の民意があらためて鮮明になったにもかかわらず、政府は投開票から約二週間後の七月二十二日、話し合いの継続を求める翁長氏を提訴。さらに、地元住民らの反対運動で止まっていた県北部の米軍施設建設を同日再開した。、、、、安倍晋三首相は基地問題を抱える沖縄に対し「県民に寄り添う」と配慮の姿勢を見せてきた。だが、参院選が終わり、政府高官は「沖縄問題は建前が多すぎた。今後は本音でいく」と明言した。


田中龍作ジャーナルから。【沖縄・高江発】 オスプレイ阻むテントは守られた 住民減る週明けに再び危機 
沖縄、高江での政府の横暴に対しての島民と支援者の講義行動を伝えています。
前夜(5日夕)、テント前で建設反対集会が開かれ、沖縄県内外から1千人以上が結集した。参加者の大半は車やテントなどで夜を明かし、現場に残った。警察は大人数が残っていることを当然知っている。
7月22日にあった強制排除・第1弾のようにはいかない。ゴボウ抜きは機動隊3人で、住民1人を抱える。それが500人以上もいたら、まず不可能だ。土日が終われば、オスプレイ用ヘリパッドの建設に反対する人々の多くは現場から去る。機動隊と防衛局は、それを見計らって強制排除に乗り出すとの見方が有力だ。、、、
読者の皆様。沖縄で今起きていることは、いずれ本土で起きることです。マスコミが報道しない惨状を伝えるために赤字を覚悟で足を伸ばしました。ご支援、何とぞ宜しくお願い致します。


そして、危惧した通り、週明け、機動隊は、道路を無法に閉鎖して、一般車両を排除した上で、座り込む抗議者を力ずくで排除。

抗議の住民・市民と機動隊との間で激しい揉み合いとなる場面も見られた。「アンタたちは誰を守ってるんだ?」「売国奴アベのために働いてどうするんだ?」・・・機動隊員に罵声が浴びせられた。
憲法22条で保証された「移動の自由」を妨げる、道路交通法の何条にあたるのかも分からない道路封鎖が公然と行われる。それが高江だ。憲法も法律もあったものではない。警察を動かす官邸がその時々に勝手にルールを作って運用するのである。 自民党改憲草案のうち最も危険とされる「緊急事態条項」。その先取りが今、沖縄で実施されている


また、先週末、アベ氏夫人が抗議活動中のテントを訪問したという話。

首相夫人が高江訪問 着陸帯反対の市民ら戸惑い 
今回の訪問は、昭恵さんが高江のヘリパッド問題などを描いた映画「標的の村」を鑑賞したことをきっかけに「現場を見たい」と三宅さんへ相談したことがきっかけ。、、、
沖縄平和運動センター大城悟事務局長は、昭恵さんが基地建設を強行している首相の夫人であることから「一国民とは違う。『見たいから来ました』というのは人として疑う。県民の反対する声を聞いて総理に沖縄の現状を伝えるなら良いが、そうはならないだろう」と否定的な見方を示した。


その後、全国紙もこの事件を取り上げました
 、、、(アベ夫人は)FBで、訪問の理由について「対立、分離した世の中を愛と調和の世界にしていくための私なりの第一歩」と説明。安倍晋三首相に訪問することを事前には伝えなかったとも記した。、、、、
 抗議活動のリーダー的な立場の山城博治さんは昭恵夫人の訪問に関し「愛と調和と言うのなら、機動隊による暴力行為をやめさせるよう首相に求めてほしい」と注文を付けた。


果たして、アベ夫人の真意は何なのでしょう。アリバイ作りなのか、あるいは良心に目覚めたのか。今のところ、誠実さのない政府のウソつき首相の夫人という目で見られているせいか、この行動は懐疑的にしか捉えられていですが、いわゆる「蜂の一刺し」みたいになってくれたらいいのですけどね。

アメリカでは、退役軍人が中心となった市民団体が、今回の日本政府の蛮行を強く非難、今週の集会で高江のヘリパッド強行工事の中止を求める緊急決議案が審議される予定とのこと。

<米軍ヘリパッド>米団体が非難決議審議へ 「恥ずべき差別的行為
 同決議案を提案するのは、VFPの琉球沖縄国際支部(ダグラス・ラミス会長)。決議案は、新基地建設計画に反対する候補者が勝利した参院選の翌日に日本政府が高江の工事を強行着工したのは、「沖縄の民意は重要ではないとの明確なメッセージ」と指摘。約800人の機動隊員を動員して抗議する住民らを排除したのを受け「日本政府が沖縄を植民地と捉えていると再確認した」と述べ、「われわれ元米兵は、米軍が沖縄の人々に対するあからさまな差別待遇に加担していることを恥じ、激しい怒りを感じている」と批判した。
 そのうえで、同問題を解決するには、米政府が「米国はこの恥ずべき反民主的で差別的な行為に加担しない。米国は新基地を望まない」と日本に伝え、高江と辺野古の新基地建設計画を放棄するよう促している。


ウソつきの上に傲慢、思いやりと誠実さのカケラもない無法政権。返還の約束も、辺野古移設の合意条件も、誠意を持って協議するという合意も破ってきた政府の本音は、法律も合意も無視して、沖縄一県に、米軍基地を永久的に押し付け、対米隷属での利益は政権と中央官僚が享受したい、ということでしょう。現政権、一言で言えば、クズです。でもそのクズが力を握っているのです。

数年前の村上春樹さんのイスラエルでの「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ」という演説を思い出しました。

私たちは皆、国家や民族や宗教を越えた、独立した人間という存在なのです。私たちは、“システム”と呼ばれる、高くて硬い壁に直面している壊れやすい卵です。誰がどう見ても、私たちが勝てる希望はありません。壁はあまりに高く、あまりに強く、そしてあまりにも冷たい。しかし、もし私たちが少しでも勝てる希望があるとすれば、それは皆が(自分も他人もが)持つ魂が、かけがえのない、とり替えることができないものであると信じ、そしてその魂を一つにあわせたときの暖かさによってもたらされるものであると信じています。

沖縄の側に立ちましょう。それは沖縄のためではなく、われわれ自身のためです。なぜなら、田中龍作さんも描かれているように、今、沖縄で起こっている国家の横暴は、放っておくと、やがて本土の国民にも間違いなく起こることだからです。国家の権力によって、無理やり自分の財産や家族や命まd奪われることになるでしょう。
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汚いものをどうするか -2

2016-08-05 | Weblog
日本もどんどん右翼化し、強権的に国民支配を強めつつあります。国民総背番号制が始まり、国民の資産は国の監視下に置かれ、増税と福祉の切り捨てによって、生かさぬように殺さぬように経済的に管理し、危機感を煽って「この道しかない」と破滅の戦争を最後の希望に持つように若者を誘導しようとしているように見えます。政財官のトップでは戦争は既定路線という話も聞いたことがあります。扇動はナチに見習い、戦争の誘発はルーズベルトに見習えということでしょうか。

ま、茶番の都知事選も終わり、立候補の際の自民党都連との対立を利用し、散々、自民党ではないワタシを演出したり、都議会を冒頭解散するとかできもしないハッタリを言って都民を扇動して当選した新都知事、当選するや否や、都議会、自民党への態度をコロっと変えて、仲良くやりましょうでは、そりゃ自民党都連、都議会は怒るでしょう。ま、都議会や政権与党と対立しては何もできないのは当たり前、でも選挙前の話と随分違いますな。選挙前と選挙後で言うことが全く逆になるのは、これは政治家のお家芸ですね。「TPP絶対反対、自民党ウソつかない」というポスターを貼りまくって、選挙に勝ったとたん「アレはウソでした」とTPP前のめり。シロアリ官僚を退治して消費税増税はしない、といったドジョウ、すっかりシロアリに丸め込まれて、消費税増税を決定しました。ウソがないところがあるとすれば、それは彼らは「真性のウソつきである」という一点に尽きると言えるでしょう。私、誠実さのない行為、ウソをつくという行為に、なぜかもっとも怒りを覚えるのです。モーゼの十戒の中にも、殺してはならない、姦淫してはならない、盗んではならない、隣人を貪ってはならない、と並んでウソをついてはならない、とあります。大昔から、ウソをつかないことは、人間としてのdecencyに必要な資質の一つなのです。ウソをつく人、特に自己利益のためにウソをつく人は、醜い、汚いと思ってしまいます。

それで、汚いものは嫌だなあと思いながら、今朝、自分の顔を洗おうとして鏡を見ると、自分の顔が汚いないのが気になってしまいました。シワやシミが増え、肌にもハリがありません。白髪もチラホラ混じった髪の毛もみっともないです。汚いのは顔だけではありませんでした。筋肉は落ち、皮膚はたるみだしています。それと同時に、この肉体と死ぬまで付き合わなければならないし、これからこの肉体に色々と苦しまされることにもなるのだろうな、と思いました。

ならば、汚いものの存在を否定し続けるわけにはいきません。それが自分の身なのであれば死ぬまでの付き合いです。汚くても、だましだまし、良い点を探しながら、折り合いをつけていかなければ、今度は心がやられてしまいます。

政治家が嘘をつくのは、仕方がない、汚いものしか政治はできないのだ、とまずは広い気持ちを持って、理解する。その上で、彼らと敵対するのではなく、我々の権利を如何にして守っていくかを考えるというやり方をしないといけないのでしょうね。顔のシミやシワが気に入らずに、フェイスリフトをしたりレーザーをやったりしても、それは一時的なものに過ぎないのと同様、クーデターや政権交代みたいなものを通じて一気に改革をしようとしてもやはりうまくいきません。トップダウンで改革を望むのではなく、われわれ自身が自分の身を自分で守り、政府とはそれなりに付き合いながらもその政策に大きく影響されなくてすむような力をつけていくしかないような気がします。残念ながら、他人を変えることができないように、この国の支配は役人が中心となっており、いくら政治家を変えてもその中枢を変えることはできないですし。



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汚いものをどうするか

2016-08-01 | Weblog
いやー、それにしても権力争いの汚らしさ、醜さ、選挙の度につくづく、感じますな。
週刊誌が野党連立候補の根も葉もないようなうわさ話を選挙直前を狙って書き立てるのですからね。例によって、永田町二丁目あたりからデXツー経由で指示がいったのでしょうかね。それにしても余りに露骨な選挙妨害。
政権交代前の選挙で、当時の民主党代表の小沢氏を狙って検察が立件し、マスコミが散々に印象操作した事件を思い出させます。こういう権力の手下になって謀略に加担し、他人を貶める記事を垂れ流して得たカネで生活するというのはどういう気持ちなのでしょう。ま、マスコミや週刊誌が全て悪いわけではありません。彼らは、政権、広告主に命綱を握られて、生きていくためには汚い仕事を引き受けざるを得ないのです。

私、最近は、日本でも海外でも、政治の話を聞くと虫酸が走るようになりました。
若者が政治に興味を示さない、選挙に行かない、と嘆く大人がおりますが、あるいは、若者にしたら、これは非常に理にかなった行動なのかも知れません。人間、誰でも汚いものや醜いものは嫌いです。日本の政治家と政府がやっていることを見て、顔を背けたくなる気持ちも分かります。たとえその結果、アベ政権のようなものさばらせる結果になって、最後に自分の身に不自由が起きることになっても、限られた人生の時間を汚いものと戦うことに費やすことに意義を感じない、と思う人も少なくないでしょう。

東京都の利権というものは莫大です。予算規模はスウェーデンの国家予算に匹敵する約13兆億円、都道府県で唯一、国からの交付金を受けず予算の使い方に国の制約もない。都知事になりたいという人間の動機は多くはソレでしょう。そして、国民のために都政を改革するよりも、役人の言うように適当にやっているのが一番ラクで得なのです。それで、仕事は役人に丸投げし、都民には仕事をしているフリをして、豪華な外遊したり、経費でバケーションに行ったり、と放蕩に耽ることになるのです。それをやりすぎて、役人がこっそり貯めた埋蔵金までに手をつけようとまですると、誰かさんのように追い出されるわけですが。

現職与党の国会議員でありながら、党の意思を振り切って、早々と立候補を表明した人、機を見るに敏というか、あまりに露骨というか、非常にわかりやすいですな。カネと力を指向する巨大なエゴ。結局、前任者、前々任者、前々々任者と同じことになるでしょう。「組織、政党の支援を抜きに、一票が集まればこんな大きなうねりになるんだと感動した」と振り返ったらしいですが、よくも言えたものです。まさか本当にそう思っているのではないでしょうね。

慶應義塾大学の金子勝氏のツイート。
小池百合子氏に当確が出た。初の女性知事誕生でなく、極右で新自由主義者で扇動家の都知事誕生である。ひどく下劣な選挙だった。鳥越候補の10数年前の女子大生「淫行」疑惑が週刊誌を通じて垂れ流されたが、内閣調査室が動いたという。
軍事オタクの核武装論者で移民排斥の新自由主義者の小池百合子氏が勝った。これから首都でトランプやボリス・ジョンソン並みのワイドショー型扇動政治が始まるだろう。
小池都知事が、早速公約を破り、冒頭都議会解散(そんなことできないけど)は止め、批判控えて議会と連携模索だそうだ。そして都に利権追及チームは設置するらしい。是非、小池氏の元秘書への裏金作り問題も説明してください。


ま、官僚政治から脱却できない以上、誰が政治家をやっても大差はないのかも知れません。というか、政、官、財、マスコミの複合体が彼らにとって都合の悪い人間は選挙に通さないようにしますし、仮に通っても、あの手この手で懐柔し、それがダメならマスコミでネガキャン、役人はサボタージュ、最後は検察などの国家権力が犯罪容疑をでっち上げて失脚を図ります。そういうレベルの大腸菌なみの力学で動いているのがこの国の政府です。

しかし、目の前で国家権力に蹂躙される国民の権利、人権を目の当たりにした時に、われわれはどうすべきなのでしょう。外国の話ではありません。沖縄、高江のヘリパッド建設、辺野古の米軍基地新設のことです。自己利益のために対米隷属を貫く官僚と政府与党が、沖縄一県にそのほとんどの負担を押し付け、県民の日本国民としての権利を侵害し続ける日本政府。県民の抗議活動を国家権力が力ずくで排除し、問答無用で、強引に米軍基地を恒久化しようとする日本政府。選挙は茶番、政治家は最初から相手側、政府の本性を最も良く知っているのが沖縄です。われわれにできることは何なのでしょうか。少なくとも、汚いものから単に顔を背けるのではなく、その現実を知って考えることはできるのではないだろうかと思っています。

山本太郎氏のブログの記事、「助けてください」から

今回、権力の暴走を受け、沖縄県議会は、海兵隊の訓練施設であるオスプレイヘリパッド建設は到底容認できるものではない、建設を直ちに中止するよう強く要請する、と言った内容の意見書を国に出している。
政府はスルー。
十分な住民との合意もないまま、選挙の結果さえも無視。
日本には民主主義なんて存在しないし、人権なんてありません、と工事を続けるのが、今の政府。、、、
「力を貸して貰えませんか?」
直接、あなたが、沖縄・高江に足を運んでくれませんか?本格的な搬入が行なわれる予定です。8月5・6・7・8・9日に。
広島・長崎の「原爆の日」周辺を利用して、高江の情報が、極力マスコミに流されない手法を取るようです。、、、
とにかく、多くの人が集まることでマスコミも、ニュースにしなければならない状況が生まれます。
(諸事情で、現場に行くことが難しい方は、無理をなさらず、情報拡散等で力をお貸し下さい)
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分け合えばあまる

2016-07-29 | Weblog
最近、人のブログのコピペばかりしているような気がしますが、先日の柳田先生のブログの記事を読んで、ちょっと思ったこと。

ある危機感
f、、、わたくしが今日こんなタイトルで書こうと思い立ったのは、日本の生命科学関係の研究費はかなり危機的な状況にあり、だれかが意図的に引っ張っていないのに、ある方向にずんずん向かっている。大げさにいえば破滅的な状況かもしれないが、誰かが意図的にしてないがゆえに、批判すべき特定組織があるわけでもなく、研究者がまるで自発的にそういう方向に向かっているかのようで、それがわたくしの危機感を高くしているのです。、、、

一つ目立った成果を上げると、5年くらいの研究費を得ることができます。うまくいけば次なるステップにいけるかもしれません。
次の段階は目立った研究成果を複数連続的にあげた研究者の段階でこのクラスは大学なら教授になれるはずです。研究費も年間3千万円とか5千万円以上になるでしょう。それぞれの分野で我が国の代表研究者になっているはずです。この層の研究者はいまの日本それほど多くないこともありだいたい手厚く対応される可能性が高いです。少なくとも研究費のラウンドを一回あたり5年として、10年くらいまでは。
このレベルで新顔のリーダーが沢山出て、切磋琢磨が起きることが望ましいに決まっています。
問題は、この層の研究をその後国はどのようにあつかうか確かな方針はどこにもないのです。
、、、
ある程度の規模に達したラボが研究費を絶たれたらどうなるか、あまり想像したくありません。しかし、いまの日本そういうことが沢山起き出しているのです。
、、、
現今の日本の研究の問題は、国を代表するような研究者たちが長期的な研究費を絶たれて、実質的にラボを閉鎖するかもしくはやってはいけない研究の方向に向かってなんとか延命を図るかの岐路に立たされているのです。、、、


梯子を外される、というわけではないのですが、中堅どころになって、ようやく研究室が回り出したころというのは、プレッシャーが最も大きいと思います。若手のうちは色々あった優遇がなくなり、まだ大御所ほど名前も売れていない、それでも研究費を取り続けていかないと、折角、何年もかけて築き上げたものものと将来が一緒に消え去ってしまいます。研究界全体から見ても、折角、投資してあるところまで育てた人材が消え去るのですから損失なのですけど、競争原理があるから生産性が上がるという信仰みたいなものが広く染み渡っていて、いわば「自然選択」の原理に沿っていて、生産性の低い者は速やかに淘汰されるべきだ、とさえ考えられているフシがあります。

私は、個人的に局所最適解のみにフォーカスするような「動物的」システムを学問や教育の世界に導入するべきではないとと思います。学問や教育というのは、人間的な活動であって、動物の生存競争と違うレベルで考えられるべきだと思うからです。

以前にも書いたかと思いますが、プロジェクトベースの研究費審査というのが問題の根源にあると思います。つまりカネの配分を、期待されるプロダクトの価値に従って行うというやり方です。プロジェクトベースで審査する限り、研究者はプロジェクトの遂行に必要な「モノ」であり、プロジェクトが終われば必要がなくなる使い捨て資源だと形式的には見なされるからです。研究者も普通の労働者と同じで、生活もあれば家族もあるのです。プロジェクトを進めるためや会社が利潤を上げるための「労働力」である以前に、人間であって、家畜でも機械でもないのです。残念ながら、資本主義社会というのは、突き詰めれば、人間はカネを生み出すための道具あると見做すワケで、それを正当化する数多くの理屈があります。現状では、研究室の運営も会社経営と基本的には同じです。カネを取ってこれなければ畳むしかありませんが、この競争原理が研究や学問の分野にもそのまま適用されるべきだとする資金分配者側または資金が潤沢な研究者側に広く蔓延しているのが根本的な問題ではないかと思います。(カネのために)人間が使い捨てにされるのは別に研究者に限ったことではないですが、このネオリベというか、焼肉定食、競争社会を煽り続けてきた最近の政策が行き着く先に、人間らしい社会など望むことはできないと思います。

人間が人間であるために必要なのは、思いやりであり、共感であり、助け合う心です。競争でも強者が弱者に押し付ける自己責任論でもありません。カネや資源と云うものは「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」もので、「うばい合えば戦争 うばい合えば地獄」になるのです。

ついでに言うと、日本の政府や官僚が、戦争に大っぴらに参加できるようにしたいのは、競争原理に基づく近代の資本主義の論理で動いてるからでしょう。つまりは、カネです。戦争は(一部の人間が)儲かるからです。そして非常事態を口実に国債をチャラにしつつ、火事場泥棒的に国民資産を巻き上げつつ、戦後の自らの地位を確保する、一石三鳥です。そして「やらなければ、やられる」という貧困な発想の生む恐怖感を利用して国民世論を操作するのは比較的容易だからでしょう。
しかし、だいたい原発だらけの日本は、武力で攻撃されたらどうやっても確実に負けるのですから、「勝つ」というのは戦争に巻き込まれない、攻撃を予防するという手しかないのです。そのためには自ら戦争を放棄し、他の国にとっても思いやりがあり、付き合って得になる親切な国であることです。小学生なら良くわかることです。ま、「お人好しは利用される」という発想しかなければ、他国とのWin-Winの関係を作り出すための方法を考えようともしないでしょうけれども。
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生身を離れる危うさ

2016-07-26 | Weblog
人手不足で苦しんでおります。プロジェクト二本が最終ストレッチに向けて第三コーナーを回りつつある段階なのにもかかわらず、関わっていた主力の二人が戦線離脱、加えて、研究費申請に向けて色々とやらねばならないことで頭が一杯で、数年来のもう一つのプロジェクトは放置状態です。

プロジェクトも、全貌が見えてそろそろまとめに入ろうとする頃から苦しくなりますね。若いときなら、苦しくても一気にやってしまおうとしたものでしたが、もはや気力と体力的にそういう訳にもいかず、苦しいときはペースを落してとにかく無理をせずに着実に歩を進めていくことにフォーカスして日々を過ごしております。

さて、先日の内田樹の研究室の記事。現代の貨幣制資本主義社会の愚かしさが見事に解説されています。
 それで、ふと思ったのですが、近年、基礎医学研究も「生身」の体を離れつつある危うさを感じることが多くなり、なるほど、無理な経済成長を望む政府と同じロジックで研究界も動いているのかも知れないと思いました。
 最近のCell, Natureの姉妹紙に乗る論文の少なからずが、NGSなどの大量データに依存した研究です。簡単には追試はできないし、プライマリーデータを解析することも容易ではありません。つまり、読者やレビューアがデータを第三者の目から見て独自に評価するというようなことがすでに困難になっており、著者らのデータ解釈と示されている二次データを信じるしかないという論文が多くなってきました。
 また、株の自動取引ではないですが、NGSなどの大量のデータのメタアナリシスとなってくると、そのデータの解釈さえ生身の人間にはできず、コンピュータに依存せざるを得ないというような事態になっています。この手の論文は、門外漢にはもはや理解不能です。そして、こうした大量データは、しばしば独立して解釈できないのに、論文の結論を支持するために必要なものと考えられているような風潮さえあります。データの解釈はこれからコンピュータがすることになり、論文の結論も、遠からずコンピュータが出すことになるでしょう。そうなれば、論文のレビューもコンピュータ、そのうち、論文を書くのも実験するのもコンピュータと機械、出てくる科学論文の結論はコンピュータにしか理解できない、そんな時代が来るかも知れません。

この地に足が付いていない感というか、実体との乖離感、は大変、危ういものだと思います。

以下、(既にお読みになった方も多いかとは思いますが)内田樹の研究室から一部抜粋。

2016.07.22
日弁連での講演の「おまけ」部分
、、、、
例えば、今では株の売買というのはほとんどコンピュータのアルゴリズムがやっている。計算式が1秒間で千回というような速度で株の売り買いをしている。、、、、すでに経済自体人間のコントロールを離れている。金融経済というのはそういうものです。もう生身の人間の生活とは関わりがない。
実体経済というのは人間の衣食住をベースにして動きます。、、、だから、実体経済で動いている限り、経済活動の規模には限度がある。人間の身体という限界がある。消費活動はどれほど倒錯的なものであっても、結局は身体という限度を超えることはできない。、、、、でも、それではもう経済成長ができないということがわかった。身体というリミッターを外して、人間の経済活動を無制限のものにしようと考えた人がいた。それが金融経済です。
ここで起きている出来事はもう生身の人間の身体とは関わりがない。だって、これはもう消費活動じゃないからです。商品やサービスを買うわけじゃない。金で金を買うのです。株を買い、不動産を買い、国債を買い、石油を買い、金を買い、外貨を買う。これらはすべて金の代替物です。
もう現代の経済活動は人間の生理的要求を充たすためではなくて、お金の自己運動になっている。ただ、ぐるぐる回っているだけです。もう人間は関係ない。だから、極端な話、ある日パンデミックで世界の70億人が絶滅したとしても、その翌日に証券取引所ではアルゴリズムが元気よく株の売り買いをしているはずです。もう人間抜きで経済活動が行われている。
経済はもう成長しないのです。
経済活動には身体という限界があり、人間の頭数を無限に増やすことは地球環境というリミッターがあってできない。
、、、この人口推移でなお経済成長しようとしたらできることはいくつもありません。
一つは戦争をすること。戦争というのは極めて活発な経済活動を導きます。どこでもいい、どこかに戦争を仕掛ける。戦争が始れば私的財産を洗いざらいひっかき出してマーケットに投じることができる。「欲しがりません勝つまでは」で社会福祉も医療も教育も、金にならないセクターには一文も投じなくて済む。軍需産業は大儲けできる。成金たちが車を買ったり、シャンペン飲んだり、豪邸建てたりすれば、そういう富裕層向けの小売り業も「トリクルダウン」に浴するかも知れない。、、、兵器産業というのは資本主義にとっては理想の商品です。ふつうの商品の場合、商品をマーケットに投下すると、ある時点でマーケットは飽和する。、、、、でも、兵器には「飽和」ということがない。というのは、兵器の主務とは兵器を破壊することだからです。マーケットに兵器が投下されればされるほど、破壊される兵器の数が増える。対立や憎しみが激化すればするほど兵器へのニーズは増大する。、、、実際にこの間経団連のえらい人が言っていましたね。「そろそろ戦争でも起こってもらわないと、経済が回らないから」って。それが本音だと思いますよ。
実際に経済成長率というのは、戦争や内乱やクーデタの国において非常に高いのです。、、、、
もう一つ、経済成長のための秘策があります。それは日本の里山を居住不能にすることです。、、、みんな里山を捨てて都市部に出てくる。これで行政コストは大幅に削減できます。里山居住者は地方都市に集められる。離農した人たちには賃労働者になるしかない。仕事が選べないのだから、雇用条件はどこまで切り下げられても文句は言えない。そこで暮らすか、東京に出るしかない。そうすれば、人口6000万人くらいまで減っても、経済成長の余地がある。日本人全員を賃労働者にして、都市にぎゅうぎゅう詰めにして、消費させればいいんです。「日本のシンガポール化」です。
日本もそういう社会体制にすればまだ経済成長できるかもしれない。、、、
でも、日本にはシンガポール化を妨げる「困った」要素があります。それが里山の豊かな自然です。
温帯モンスーンの深い山林があり、水が豊かで、植生も動物種も多様である。だから、都市生活を捨てた若い人たちが今次々と里山に移住しています。移住して農業をやったり、養蜂をやったり、林業をやったり、役場に勤めたり、教師になったり、いろんなことをやっている。今はたぶん年間数万規模ですが、おそらく数年のうちに十万を超えるでしょう。都市から地方への人口拡散が起きている。政府としてはそんなことをされては困るわけです。限界集落が消滅しないで、低空飛行のまま長く続くことになるわけですから、行政サービスを続けなければいけない。おまけに、この地方移住者たちはあまり貨幣を使わない。物々交換や手間暇の交換という直接的なやりとりで生活の基本的な資源を調達しようとする。そういう脱貨幣、脱市場の経済活動を意識的にめざしている。ご本人たちは自給自足と交換経済でかなり豊かな生活を享受できるのだけれど、こういう経済活動はGDPには一円も貢献しない。地下経済ですから、財務省も経産省も把握できないし、課税もできない。これは政府としては非常にいやなことなわけです。
、、、
だから、われわれが言うべきなのは「もう経済成長なんかしなくていいじゃないか」ということなんです。今行われているすべての制度改革は、改憲も含めて、すべて「ありえない経済成長」のためのシステム改変なんです。、、、、

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我が闘争 ギャグかトランプ共和党 稚拙な政府 はっぱふみふみ

2016-07-22 | Weblog
大橋巨泉さん逝去とのニュース。
寂しいですね。かつての日本のジャズ界を育てた人、私の世代では、テレビ司会としての活躍や「はっぱふみふみ」のコマーシャルで覚えていますが、全盛期に引退し、その後は、優雅に世界中で生活を楽しんでおられた様子でした。
いつもにこやかで明るい陽性の巨泉さんでしたが、最近の右翼化、独裁下するアベ政権には危機感を抱かれて、発言されておられたのを覚えております。かつての民主党体質を早々と見抜いてダメ出ししたこともありました。鳩山氏もこの時によく巨泉さんの意見を聞いておけば、現在の民進党の惨状はなかったかも知れません。ま、もうすっかり手遅れですが。

トランプ夫人のスピーチ、ギャグかと思いました。オバマ夫人のスピーチをお手本にするつもりが、そのまま読んでしまったという恥ずかしい事件。スロベニア生まれで元モデル、トランプとの年齢差は24、お互いのどこに惹かれたのか、色々と想像させるカップルですが、それでも要は中身です。しかし、スピーチがオバマ夫人のコピー、というのでは、、、。共和党大会も根強い反トランプ感情のせいか、選挙に向けて一枚岩となって団結、とはほど遠かった様子です。
しかし、共和党がこんな状況なのに、民主党もヒラリークリントンですからね。それでもさすがにトランプはありえないでしょう。

話変わって、辺野古問題、国が、またいきなり沖縄県を訴えると言う話。この誠意のなさ、この傲慢さ、さすがはアベ政権。
たまに田舎の学校にいますな。親が地元の有力者の金持ちで、校長は親戚、担任は校長のイエスマン、という事情で、クラス中から嫌われているのに、やりたい放題、逆に一部の人間は長いものに巻かれよとばかりその手下にまでなって、弱いものいじめに加担する、それでますますつけあがる、、、というような子供が。
人の見かけを云々してはナンですが、この官房長官、最近、ますます人相が悪くなってきたような。

それにしても、この国の政府の稚拙さ、ため息が出ます。そういえば、さっき見た地上げ屋さんのブログで格言が引いてありました。「賢い者が愚か者から学ぶことの方が、愚か者が賢い者から学ぶことよりずっと多い」それはそうでしょうね。学習能力が低いのが愚か者なのですから。国民諸賢は政府から色々学ばせてもらっているとでも思うしかないですね。

政府、沖縄知事を22日に再提訴 普天間移設巡り
 菅義偉官房長官は21日午後の記者会見で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設を巡り、同県を相手に新たな違法確認訴訟を22日に福岡高裁那覇支部に起こすと発表した。辺野古の埋め立て承認を取り消した翁長雄志知事が、撤回を求める政府の是正指示に従わないのは違法だとの確認を求める内容。政府と県は、再び法廷闘争に入る。、、、

辺野古埋め立て 政府あす沖縄県を再提訴
、、、、会合後、翁長氏が記者団に明らかにした。翁長氏は政府の対応について「(政府と県との)協議が先だと思っていた。直ちに提訴するという判断は非常に残念だ」と述べた。国と県は再び法廷闘争に入る。
 政府と県は三月、埋め立て承認取り消しに関し、三件あった訴訟を取り下げることで合意。この際の和解条項には、政府があらためて行う是正指示に関し、総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」の審査をへて、県が再び提訴する手順が盛り込まれていた。
 だが想定に反して、国地方係争処理委は是正指示が適法か違法かを判断せず、両者は「真摯(しんし)に協議」すべきだという見解を出すにとどまった。このため県は政府との協議を優先し、定められた期限内に提訴をしなかった。
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都知事選帰趨

2016-07-19 | Weblog
トルコのクーデター、日本でもかつて2.26事件がありました。気持ちはわからんではないです。現代の日本も「力」を持っている一部の人間が、大多数の国民を支配しているわけで、民主主義という建前のウラの現実を思い知らされるようなことがあると、その不条理を「力」によって解決したいという気持ちにもなるでしょう。武力というのは一番わかりやすい力ですし。日本ならカネと権力ですね。これは単なる暴力よりもタチが悪いです。

しかし、力に生きるものは力に死すです。仮に今回のクーデターが成功していても、シリアやさらにロシアとの関係上、トルコの現政権を支持したいアメリカとNATOが、すぐに新政権を「力」で制圧してしまったでしょう。

クーデターが失敗に終わるとトルコ政権は、さらに強権的方針を表明しました。今後、更に権力の強化を図ることになるでしょう。日本の2.26事件時は、世界大恐慌の煽りを受け、国民の不満が鬱積していました。この事件が日本政府と政府側に立つ陸軍によって制圧された後、軍の力はより強大となり、結果として太平洋戦争を導く結果となったとも考えられています。今後、トルコも政府側が統制と強め、国民の不満はより鬱積し、国情はさらに不安的になっていくであろうと思われます。その歪みをいつまでも「力」で抑えつけておくのは不可能です。トルコの現政権の終わりも近いだろうと私は思いました。「驕れる者久しからず」は世の原則ですし。

同様に、現在の日本、自公の一人勝ちのように見えます。これもいつまでも続かないと思います。しかし、今、仮に、かつての8党連立みたいなトリックを弄してその政権を奪うようなことができたとしても、それが国民の意思を反映していないのであれば、長続きはしないでしょう。まずは、人々の意識が総じて一定レベルに達する必要があります。

今回の選挙年齢の引き下げは、社会経験の浅い、いわばメディアのプロパガンダにのせやすい若者で野党票を希釈して、与党有利に選挙を進める狙いでしょう。選挙結果は、一見、与党の一人勝ちのように見えますが、与党も支持を失いつつあるのは自覚しており、だから衆参ダブルを断念したし、こういう姑息な手も使うわけです。事実、今回の参院選で、創価学会員の3割が公明党に投票しなかったという話もあります。多少の希望を感じさせる話です。

東京都知事選、有力3候補のうち、自民党が分裂、野党統一候補として鳥越氏。前回、善戦した宇都宮氏が野党共闘のためにあえて出馬を見送り、鳥越氏支持を表明したことを考えると、不正がなければ、鳥越氏の当選となるはずでしょう。敵は分裂しているおり、その二人とも、特に東京都民に好かれているとは言えない人々です。それでも増田氏(あるいは小池氏)が当選してしまうのが今の日本の選挙です。(そうならないことを願っておりますが)

この東京都知事選、当初、立候補を計画していた石田純一氏、リテラの記事によると、今後、一切の政治的発言は「できなくなった」のだそうです。

今週14日に告示された東京都知事選。各候補者が街頭演説をスタートさせたが、もうひとつ注目されたのは、出馬を断念した石田純一が選挙応援に登場するのかどうかだった。だが、昨日15日、石田の所属事務所がこんな驚きの発表を行った。
11日の会見をもちまして、今後一切、政治に関する発言はできなくなりました
 この国は憲法で言論の自由が保障されており、どのような立場の人間も自由に政治的な発言をすることが認められているはず。しかし、石田の事務所は「政治発言は今後一切できなくなった」と、石田についてその言論の自由を取り上げる宣言をしたのだ。
 これは、スポンサーやテレビ局、代理店と石田の所属事務所の間で、そういう取り決めをしたということだろう。


チェルノブイリの後の1988年、RC サクセションのアルバムが発売中止になった事件を思い出させますな。東芝が原発を作っていた関係で、反原発メッセージの「ラヴ・ミー・テンダー」と「サマータイム・ブルース」の入ったアルバムが、当時の所属会社東芝EMIからは発売できず、「素晴らしすぎて発売出来ません」と新聞広告を出した事件です。

ドロドロしてます。ま、スポンサーあってのテレビ役者、スポンサーの「力」で支配されているわけですね。

ところで、都知事選の立候補者のリストを眺めていると、いろいろな人が出ています。

(毎度おなじみ)マック赤坂、スマイル党総裁。(ちなみに、弟子は、マック赤坂見附)
桜井 誠、在日特権を許さない市民の会
上杉隆 無所属、ジャーナリスト (鳥越氏が出なければ応援していたところですが)
立花孝志(たちばな・たかし) NHKから国民を守る党 (一瞬、あの「"ち"の巨人」がNHKを批判しているのかと勘違いしました。しかし、都政に携わるにしては、党名がちょっとSpecificすぎるのではないでしょうか?)

残念ながら、ドクター中松は不出馬。個人的には、マック赤坂氏の得体の知れなさは面白い。しかし、あの政権放送では、国民が聞きたい政策や計画を知りようがありませんから、選挙に当選するのが目的で立候補しているとは思えません。頭はいいはずですから、凡人には理解できない壮大な目標があるのか、すでに悟りきってしまった人なのか、あるいは、単に「ほんまもん」なのか、測りかねますね。発言は時に極めてまともに聞こえます。一回、やってもらってもいいのではないでしょうかね。
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まずいレストラン

2016-07-15 | Weblog

「すぎりおのがんばったるねん」で紹介されていた二つの論文のタイトルがあまりに面白かったので、紹介:

Affinity purificationで引っかかってくるnon-specificな「ゴミ」のデータベースについての論文、
「The CRAPome: a contaminant repository for affinity purification–mass spectrometry data」

もう一つは、糞便中の微生物を調べた論文、
「An In-Depth Analysis of a Piece of Shit: Distribution of Schistosoma mansoni and Hookworm Eggs in Human Stool」

特に、二つ目の論文、4文字単語が、科学論文のタイトルに使われたことは、かつてなかったのではないでしょうか。エディターもレビューアも悪ノリしたとしか思えません。Sxxxはcrapとも言いますから、まだ「Piece of Crap」の方がマシだったのではないでしょうか。それでも十分、おかしいですが。

さて、話題転換。選挙の不正というのは、怪しい選挙結果が出るたびに、密かに議論されるものです。少し前の北海道の衆議院補選では、開票終盤になって、与党の対立候補が得票数でリードしていたにもかかわらず、突然、与党候補に当確が出るという不思議なことがありました。最後に開票されたある選挙区でどういうわけか圧倒的に与党候補者票が多くて、最終的に逆転したのです。集票の機械を作っている会社は独占状態で、機械のソフトを監視する方法もありません。これは、以前の小沢氏の陸山会事件で、検察審査会の審査員を選ぶ「くじ引きソフト」が、インチキでいくらでも不正操作ができたということがあったことを思い出せます。これまでのやり方を見ていると、国政選挙にも色々な不正やトリックが仕組まれているのも十分、想像できることです。

こういうことを確たる証拠も無しに言うと、結局、陰謀論だと言われて、逆に非難を受けることにないますから、誰もおおっぴらには言えないという状況があります。しかし、選挙のために怪しいことが起こるのだから、誰かが、おかしいことを指摘はしていかないといけないのだろうとは思います。

そういう意味で、地方紙とは言え、全国紙並みの発行部数を誇る東京新聞が、コラム欄とは言え、選挙の不正を示唆するような記事を書いたのは、意味があると思います。
という訳で、貼り付けておきます。

東京新聞、筆洗

 この町には二軒の料理店がある。大きい方の店「J」の経営は風変わりで、できる料理はカレーライスとハンバーグのみ。どちらも大した味ではない。見るのも嫌という人もいる▼試しに住民に聞いてみた。アベノなんとかというカレーライスを六割の人がまずいといい、改憲ハンバーグは五割がひどいと答えた。二つのメニューのいずれも人気がない。それでも、町のレストラン選挙ではいつも、もう一店の「M」を引き離し、勝ってしまう▼おかしい。あの店においしい料理はないのに。結果を疑った「M」の店主は探偵に調査を依頼した。探偵は選挙後、町の住民に聞いて歩いた。「あのカレー? ひどいね」「あのハンバーグは絶対許せない」。悪評しか聞こえてこない▼やはり不正投票の可能性がある。探偵は事実を知らせようと「M」に飛び込んだ。「やはり不正…」と言いかけてやめた。この店の様子もおかしい▼メニューを見た。「あの店のカレーはまずい」「ハンバーグは絶対阻止」と書いてある。「おいしい料理を作りたい」「こうやっておいしくします」と決意やアイデアもある。しかし、今すぐ提供できる料理がメニューのどこにも見当たらない▼探偵は店を出た。向かいに「J」が見えた。おなかをすかせた客がカレーを食べている。喜んで食べている人もいる。疑いながら、泣きながらの客もいる。

非常に共感します。近々、JでもMでもない小さなレストランの数々が集まって、客を満足させてくれるのではないか、と期待しておりのですが。
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普通の国へとダウングレード

2016-07-12 | Weblog
先週から、知り合いのお嬢さんの女子高生が研究室に来ています。
将来、医学部に進みたいので、基礎医学研究の現場を見たいということで、数週間の予定ですが、大変です。これまでも比較的研究経験の浅い人をトレーニングしてやってきましたので、慣れてはいるのですが、やはり女子高生となるとモチベーションも実地の知識も違いますので。幸い、ありがたいことに、共同研究している人が面倒を見てくれています。

長年、研究室に出入りしている人を見ていると、モチベーションも大切と思いますが、実験のセンスというものも大切だな、と思います。1を聞いて少なくとも1.5ぐらいを理解するぐらいでなければ辛いです。インプットとアウトプットが同じでは、バイオリアクターとして働いていないと言えます。過去一緒に働いてくれたポスドクや技術員の人のうち二人は、インプットの増幅率十倍ぐらいの優秀な人でした。そういう人はあまりいません。十人に一、二人ぐらいです。

しかし、センスや才能と研究キャリアはあまり関係ないようにも思います。長年、研究現場に残っている人の多くは、粘り強く、研究で生き残れると信じている人が残っているように思います。頭の切れすぎる人や地味仕事を続けることが苦手な人は、さっさと見切りをつけて、別の分野に行きますね。
これは、多分、どの世界でも同じでしょう。駆け出しの頃は、誰もが苦労するので、そこを諦めずに粘っていると活路が開けてきて、続けていくことができるようになるのだと思います。石の上にも3年です。9割の普通の研究者の人はこのパターンでしょう。

残りの少数派の大成功者の人々にも共通項があります。そうしたトップ研究者の9割は、皆、似たような経歴を持っています。つまり、一流大学を出て、一流のラボでポスドクをし、独立後早くから大きな仕事を連発しています。すなわち、成功した有名研究者になりたければ、おそらくこうした条件を満たしていくことが近道なのであろうと思います。中央官僚として偉くなりたのであれば、東大に行くというのと同じでしょう。トップ研究室はリソースも潤沢で超一流紙にもコネを持っており、そういう研究室からの仕事は一流紙に載りやすい。そうやって彼らが流行を作っていくのだから、彼らの仕事は常に流行の最先端であり、したがって常にインパクトの高い論文となるわけです。そういうラボに入り込むには一流大学で良い成績を取っておく必要がある、そういうことでしょうな。
ですので、私のような経歴の人間は9割の普通の研究者の中でそれなりの幸せを見つけながら生きていくことを第一目標としつつ、チャンスを辛抱強く待つという戦略になるのです。

さて、参院選ですが、どーでもいいです。と言うと日本の国とその子孫の将来を真面目に考えよ、と説教されそうですが。
悪法も法、アベ氏でも総理、民意は民意、です。つまり、国民のレベルと政治のレベルは一致します。いくら、役人や政治家や経団連が結託して、マスメディアを操って国民を利用しやすいように社会の仕組みを変えようとしているのだとは言っても、騙す奴も悪いが、騙される方も悪いのです。国民のレベルも結局、アベ氏なみということです。

ただし、これは今現時点の話です。若者はプロパガンダを垂れ流すマスメディアから離れつつあります。そして、親の代に自民党に世話になったから、とか、創価学会信者だから、という義理や組織に頼る票は減っていくでしょう。昔はそれでもよかったが、今では、自民党も公明党も、中身も外見もすっかり変わってしまいました。もっともマトモなのが共産党かも知れないとういうような時代になっているのです。一旦、行き着くところまで行く方が良いのかも知れません。

世界には、悪政に耐えかね、生活が苦しくて国を捨てた人々が大勢おります。歴史的に見ればそういう人々を多く出さなかった国でない国の方が少ないでしょう。しかし、幸い日本は、第二次大戦後、勤勉な平和主義国家として、世界から信頼と尊敬を得てきました。総じて日本人の人間としての優秀さは世界トップクラスであったと思います。

しかし、どうもアベ政権や政府官僚は、グローバルがどうのと言って、日本人のレベルをを世界の平均レベルにまで落とし、「国を守る」ためという詭弁を弄して、戦争産業の末端に加わり、アメリカ軍の下っ端となって、世界中にケンカを売るチンピラ派遣社員にでも仕立て上げたいようです。そうやって、政府は、日本に悪事の片棒を担がせて、テロの対象になるような憎悪を買ってまでも、アメリカに貢ぎ、その隙に国民の税金の一部をピンハネしたい、ちゅーことのようです。アベ氏には「日本軍」というおもちゃを与えて、そのコマンダー イン チーフという称号さえやっておけば満足するだろう、これで、アメリカの歓心を変えるし、いざとなれば、戦争という最後の切り札も使って、溜まりに溜まった財政赤字もチャラにできる、とでも官僚組織は思っているのでしょうな。

野坂昭如さんが亡くなる前に述べられたように、軍装するのは、日本国民を守るためではなく、国民の命と財産の犠牲の上に「国体」(その実態は、支配者層である政府役人)の利益を守るためです。プルトニウムを満載した原発50基あまりを体中に巻きつけた自爆テロリストみたいな状態で、多少、武装したからと言って、どうやって国の安全が守れるとでも考えているのでしょうか(と確信犯に正論を言ったところで無駄ですね)。

ま、これも修行の一部とでも思って、われわれは、善意を持って前向きに、できることをやるしかないです。
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