百醜千拙草

何とかやっています

縮小

2016-09-23 | Weblog
学会から帰ってきました。
昔の知り合いに会うのは楽しいのですけど、学会の内容そのものは年々、寂しくなる一方です。というのは、この分野で最も関連する臨床的疾患で最も多く使われている薬のパテントが数年前に切れ、その間に開発された新薬も期待されたほどではなさそうだということがわかってきて、製薬会社のモチベーションが下がっていることがあります。加えて、今回、期待されていた新薬の臨床試験の結果、有害事象の発生のため、とある大手製薬会社は巨額の損失の上に製品化を諦めたという事件が起こり、ただでさえ冷めかけている分野に冷水を浴びせるかのような状態になっています。この事件を受けて、この分野はさらに縮小化が進むだろうと思われ、研究者も徐々に研究疾患対象をシフトして、これまであまり注目されていなかったRare diseaseへの関心が高まってきているようです。事実、今回は複数のRare diseaseのセッションがあり、通常プログラムの後に夜の11:00近くまで行われた追加プログラムは満室という盛況ぶりでした。Rare diseaseを主なターゲットとして土台を築いてきたバイオテク・製薬会社はCommon diseaseをターゲットとしてきた大手製薬会社よりも順調なような感じで、事実、慢性的に治療が必要なRare diseaseであれば、患者が世界で数百人もいれば、十分、ビジネスとして成り立つということです。大きく儲けることはできないが、特定のリピーターを確保できるので長期的に帳尻が合うということですね。

知り合いにあってする会話も、この先、この業界はどうなるのだろうという不安と愚痴が多くなり、ワクワクするような明るい展望について語り合うことが少なくなりました。ふと気がつくと、数十年続いたこの分野の国際学会が一つ消失していました。

収穫はありましたが、あまり嬉しい話ではないですね。私がやっている二つのプロジェクトで競合状態にあるグループがあって、一つのプロジェクトの競合グループとはまずまず良好な関係ですが、相手は随分と進んでいます。ただ、パテントを取るのが先なので、出版を来年まで遅らせているという話。向こうも一応、こちらの出版を気遣ってはくれてはいるのですが、私の方は当初の予定の出版計画でいくと、来年にはちょっと間に合いそうにありませんので、計画を変更しないといけなくなりそうです。また別の研究で競合している一方のグループもかなりオーバーラップする研究をやっていて、これは二年前に通らなかったグラントに関係しており、私はそのグラントを来年初めに再提出するつもりにしています。彼らの論文が出版された後でも、グラントの新規性が損なわれないように、予想される論文の内容から数段上を目指したような研究計画を提出する必要があり、それは、今つかんでいるリードがストーリーになるかどうかにかかっているのではと思っています。このグループとは特に友好的関係はないので、とにかく、真正面から当たることはできるだけ避けて、彼らがやりそうにない部分にフォーカスする方針で行きます。

そういえば、この学会には座長をするはずであったとある日本の大学の先生が欠席していました。忙しかったのかな、と思っていたら、学会から帰った日に、その大学での研究不正の調査が始まったというニュースを見ました。うーむ、出る杭は打たれるのか、打たれるようなことをしたから出ることができたのか、何れにしてもこう言うスキャンダルは分野にはマイナスです。

今回、前回、さらにその前と、この大学での不正事件は、内部、外部の告発でした。匿名の告発というあたりがちょっと引っかかります。これも自浄作用の一つであるとも思えないこともないですが、こうして「事件」にすると裁くものと裁かれるものという立場ができるわけで、その対立関係の結果として費やされるエネルギーは馬鹿になりません。対立が起こった場合にいづれの側にも得は発生しません。こじれた場合に間に入る弁護士が儲けるだけで、研究界全体としては損失しかありません。なんとかならんもんですかね。

さて、日本全般のニュースに関して、ちょっとだけ。
民進党の人事を見ましたが、この党は学習能力がゼロですね。政権を担っていた時に、国民を裏切り、トドメを刺した最大の犯罪者が幹事長ですからね。ま、もうこの党が政権を取ることは未来永劫ないですからどうでもいいですが。志位委員長も共闘を呼びかけた相手がコレではやってられんのではないでしょうか。

それから、政府は今面している財政破綻をどうするつもりでしょうかね。やはり戦争をやって非常事態のドサクサでチャラにする予定なのでしょうかね。
田中宇さんの記事から。
 、、、、中国は、世界経済の戦略決定の面で、米国と並ぶ存在になっている。きたるべき米国発の金融危機は、リーマン危機以上の規模になり、世界経済に大打撃を与える。中国など新興諸国も打撃を受けるが、中国やIMFが用意している非ドル的な多極型の新体制がうまく導入されれば、長期的に新興諸国の打撃はかなり緩和される。最後まで米経済覇権(債券金融システム)の延命に固執する米国や日本の方が、きたるべき危機から受ける打撃がはるかに大きくなる。、、、、日本の経済破綻を避けるためには、QEやマイナス金利をできるだけ早くやめて金融的な米国との無理心中を避け、中国やIMFが用意する多極型体制への協調を強めることが必要だ。だが残念ながら、すでに日本がQEをやめるには時期的に遅すぎる。しかも日本では、対米従属と、その派生策としての中国への敵視や嫌悪があまりに強く、鳩山小沢の敗北以後、多極化への対応が検討されることはない。座して死を待つ感じだ。


私もそういう道筋を取ると思います。世界大恐慌は遠からず起きて、アメリカとそのアメリカを支えてきた日本は相当な打撃を受けることになると思います。その時に戦争をやってリセットするという青写真ではないでしょうか。第二次世界大戦で経済を立て直したアメリカと同じことを考えているのでしょう。しかし、第二次大戦以後も世界で戦争をやり続けて経済を回してきたアメリカがそもそも行き詰まっており、アメリカ国民も戦争を望まず、世界から手を引いて縮小していくことを考えています。人口がどんどん減り、経済的競争力も低下してきているのに、するはずもない「経済成長」を目指してアホノミクスとやらをやっている変な国、これは確信犯です。老年期に入りかけた人にいくら成長ホルモンを射っても、末端肥大が起きて体を悪くするばかりで成長などしないのは誰でもわかると思うのですが。
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卑怯者のやり口

2016-09-16 | Weblog
学会出発前に。

沖縄、高江で、住民の意思を無視しての政府の強硬な作業は続いております。しばらく前にアベ夫人が抗議住民のテントを見に来た事件がありましたが、以降、政府のやり方は強引さを増す一方です。かつての自民党にはなかった強引さで、しかも今回、沖縄振興予算を大幅にカットし、過去予算と基地問題はリンクしていないという立場を否定して、兵糧攻めにまで出てきています。政府のやり方は「卑怯」としか言いようがないです。この国の政府は誰のために働いているのか、建前は「国民」であり、その建前は少なくとも形上は尊重してきました。今や、本音が露骨なアベ政権、いくら宗主国の番頭代理だとは言っても、やり方が稚拙すぎるのではないでしょうか。

東京新聞、社説、「沖縄ヘリパッド 工事強行に理はあるか」 2016年9月14日

 沖縄県東村周辺で始まった米軍ヘリパッド建設をめぐる国の対応は看過できない。工事用重機の運搬に自衛隊機を使ったり、機動隊が抗議する人を強制排除したり、強引な進め方に理はあるのか。
 沖縄の小さな集落でいま、何が起きているのか。
 防衛省は沖縄県東村と国頭村にまたがる米軍北部訓練場でのヘリパッド(ヘリコプター離着陸帯)建設のために、陸上自衛隊の大型輸送ヘリを投入し、工事用の大型トラックを建設現場近くまで運んだ。住民らの抗議活動で資機材の搬入が遅れているためとはいえ、米軍施設の建設に自衛隊機が使われるのは極めて異例だ。
 ヘリパッド建設は、日米両政府が一九九六年に交わした合意の一つ。国内最大の北部訓練場の半分にあたる約四千ヘクタールを日本側に返す条件として、米側が既存ヘリパッドの移設を求めた。日本政府は沖縄の基地負担軽減策と強調するが、県民には米軍基地の再配置であり、機能強化だと映る。
 ヘリパッドは人口百四十人余りの東村高江の集落を囲むように六カ所が計画され、すでに二カ所が完成。垂直離着陸輸送機オスプレイが頻繁に飛来している。
 ヘリパッド移設が計画されてから、当時の那覇防衛施設局はオスプレイ配備について県民に情報提供する努力を怠ってきた。危険性が増すオスプレイ配備を心配する県民よりも、米軍への配慮を優先させることになった。
 沖縄防衛局が工事資材を搬入したのは、自民党の沖縄担当相が大差で敗れた七月の参院選翌日。安倍政権の対沖縄政策への異議が県民から度々示されているにもかかわらず、工事を強行するのは民主主義のあり方としておかしい。
 小さな集落を警察車両が物々しく列をなして走る。全国から動員された四百人とも五百人ともいわれる機動隊員が、座り込む人の手足をつかみ、ひきずる。けが人が続出し、逮捕者も相次ぐ。記者も取材を妨害されている。
 ヘリパッド建設地は「やんばる」と呼ばれる亜熱帯の生態系が豊かな森。ヤンバルクイナなど希少生物が多く、世界自然遺産登録も目指している。県民の水がめでもある森の上空をオスプレイが飛び、騒音は激しい。
 翁長雄志県知事は強引な工事を批判し、高江の住民や県議会は反対している。地方自治をゆがめ、人権や環境にも悪影響を及ぼす工事だ。地元の納得を得られないなら即刻中止すべきだ。


沖縄県知事が前知事が懐柔されて承認した辺野古移設許可を取り消したことに対して、県と国とで裁判になっているわけですが、その判決が間もなく出ます。国が沖縄にずっとウソをつき続けてきて、移設のために合意した条件を反故にされたので、移設許可を取り消したという経緯です。取引で言えば、偽物を掴まさせておいて支払いを拒否した方を、話し合いも無視して訴えたという感じです。チンピラヤクザがやりますな、コンテクストを無視して言質を取って言いがかりをつける、というのは。「一旦、承認したではないか、承認した以上、取引の内容がウソでもデタラメでも約束は約束だ」ちゅーことですな。「国」という看板を盾にして、立場の弱い沖縄をいじめる卑怯者です。
あいにく、最高裁まで行くことは最初から決定しており、最高裁は彼らの一味ですから、結局、国相手の裁判には勝てないのですが、少なくとも高裁では司法の矜持を示してもらいたいものだと思います。

辺野古移設16日判決、高裁支部 承認取り消しの適否焦点
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設問題で、国が翁長雄志知事の対応の違法確認を求めた訴訟は16日午後、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)で判決が言い渡される。移設先となる沿岸部の埋め立て承認を取り消した知事の処分の適否が焦点。普天間問題の議論に影響を与えるのは必至で、結論が注目される。
辺野古移設を巡る国と県の対立に、司法判断が示されるのは今回が初。敗訴した側は上告する方針で、年度内にも言い渡される最高裁判決で決着する見通しだ。


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日本の私

2016-09-13 | Weblog
日本人であるとは何か、ということを小さい時から折々に考えることがありました。正直、こういうことを考えて気持ちが明るくなったためしはありません。
幸せに毎日を生きている人なら、自分が何人ということを気にするはずもないと思います。日本人である私、ということを悩むこと自体、日本人であることに満足していないということでしょうし。戦後の豊かで安全な国に生まれて、物質的には恵まれた中で育ったわけで(最近の若い人は気の毒だと思います)私などが不満を言えばバチあたりと言われるでしょう。かつて朝日新聞で、「日本に生まれて幸せか」という連載コラムがありました。人間というものは、物質的に豊かでなければ不平を言い、豊かであれば豊かなりに不平を言う生き物のようです。

私には、日本人を意識することとは、中国とアメリカという二つの国に対する劣等感(仮に劣等感でなくても常に意識せざるを得ない相手)に縛られていることを実感することであるというように感じます。これは別に中国人やアメリカ人に劣等感を抱いているというわけではなく、日本が今の形の日本であることへ対してのこれらの国の影響力の大きさを抜きに、日本人とはなにかを考えることはできないということです。すなわち日本人は、歴史的、世界的に見れば、その根本は辺境民であり、常に諸外国の顔色を伺うことで自己を認識してきたということが、若い頃は悔しかったわけです。島国根性という言葉もありましたね。

そんな多少いじけた屈折した思いが、開国以来の日本にあったのだろうと思います。大和魂とかいう言葉もありました。かつて、鈴木大拙は、日本はまだまだ欧米諸国に物質的には及ばないがその精神性の高さは優れていると、負け惜しみのようなことを言いました。しかし、よく考えれば、その精神性とは1000年前の中国で発展した中国仏教に基づいたものでした。

日本人のアイデンティティーとは何か、若い頃は多少、考えたものですが、もう最近はそんなことを思うこともあまり無くなりました。ま、自分の民族や国に誇りを持ちたいという気持ちも突き詰めれば、結局はエゴに過ぎないわけですし。Natureに論文を載せたい、新聞に研究を取り上げてもらいたい、大学教授になって先生と呼ばれたい、、、中国には負けたくない、、、オリンピックでは日の丸を掲げたい、、、自分の子供は偉くなってもらいたい、、、ま、同じようなものですな。私は、別段、世界征服したいとかいうような野望もありませんし、仮にNatureに論文が載ったところで、もはや人生がそれほど変化することも考えられないし、別に自分は何人でもいいや、死ぬまで淡々と楽しく日々を過ごすことに集中しようという気分です。

いずれにせよ、これらのかつての中国や欧米に対する劣等感は、抑圧され無意識化され、いまだに我々の年代の日本人を縛り続けているようには感じます。ただ、この傾向は若い世代では随分、薄れてきているように思います。あるいは、実はアイデンティティーの「軽さ」こそが日本人のアイディンティーなのかも知れません。

どうでも良い話でした。
今週から学会なので、しばらくお休みします。
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下品くらべ

2016-09-09 | Weblog
数日前のニュース。


【ビエンチャン共同】安倍晋三首相は6日午後(日本時間同)、フィリピンのドゥテルテ大統領とラオス・ビエンチャンで会談し、フィリピンの海上警備能力を強化するため、大型巡視船2隻を供与する方針を伝えた。海上自衛隊の練習機も貸与する考えも示し、パイロット教育を通じた安全保障面での協力強化にも意欲を示した。南シナ海で海洋進出を強める中国をけん制する狙いだ。大型巡視船は全長約90メートル。政府開発援助(ODA)の円借款によって日本で建造し、完成後にフィリピンに引き渡す段取り。約164億円を見込む。


アベ氏のまたまた大盤振る舞い、今度はフィリピンに164億円。相手はドゥテルテ大統領。金も無くて、国民に対しては、消費税を増税し、福祉をカットし、福島の原発事故被害者を見捨てるDVオヤジのくせに、外に向かってはそうまでしても見栄だけは張りたいのですかね。まず借金をなんとかして、例えば塩漬けになっているアメリカの国債をドカッと売って金を作ってから、バラ撒くのが筋でしょ(できないだろうけど)。

さて、ドゥテルテ大統領といえば、その暴言を受けて、オバマが予定されていたドゥテルテ大統領との会談を中止したというニュース。(結局、側近がうまくとりなしてひっそりと会談は行われた様子)

問題の発言があったのは、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議が開かれるラオスに出発する際、地元ダバオで開かれた記者会見だった。ドゥテルテ氏は6月末の大統領就任後、過激な麻薬取り締まりを実施。容疑者1000人以上が当局に殺害され、国際社会から批判を浴びている。会見でドゥテルテ氏はこうした問題をオバマ氏から問われるのではと聞かれ「彼のことは気にしない。誰だそれは」などと反発。さらに「売春婦の息子め。ののしってやる」と罵倒した。


政策ではなく、個人を下品な言葉で貶めるというのは、人間としてダメです。しかし麻薬犯罪に対する厳しいやり方に国内は比較的好意的ですが、。もちろん海外では人権を無視するような強引なやり方は不評です。市長時代に麻薬取り締まりの名のもとに殺した人間は1000人と言われており、加えての暴言癖があるようです。

ただ、どうも発言の裏にはスペインそれからアメリカに蹂躙されたフィリピンの積年の恨みがあるようで、下のような発言が見られます。
「誰も俺に口出しすべきでない。我が国は独立国だ。誰も俺に講釈を垂れる権利は持っていない」「我々は平等な立場であるはずだ。我が国は小国だ。経済的にも厳しい。しかし、侮辱は容認できない」「俺は主権国家の大統領だ。もう植民地ではないんだ。フィリピン国民以外は俺の主人じゃない」

ここがアベ氏とは違うところでしょう。アベ氏は尖閣諸島や南シナ海での中国の動きは非難するくせに、戦後ずっと日本を植民地状態においてきたアメリカに対しては媚びを売り続けています。辺野古の自然を破壊し、沖縄住民の権利を蹂躙し、日本国民である彼らを犠牲して、アメリカ軍基地を恒久化しようとしてきました。アベ氏は、実質独立国でなくても、体裁さえ整っていて自分がその長であれば満足なのでしょう。ま、総理大臣ごっこです。こういうのは、ドゥテルテ大統領の暴言よりも下品ではないでしょうか。
「俺は主権国家の首相だ。もう植民地ではないんだ。日本国民以外は俺の主人じゃない」などとは、宗主国の番頭には言えないでしょう。
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ツイてる研究者

2016-09-06 | Weblog
研究費申請書の準備、学会準備、論文の投稿とレビューなどが重なり、ちょっと世間から離れております。
私は、昔は心配性で、何か予定があるとそのことが気になって目先のことに集中できないようなタイプでしたが、最近は引き受けたものをギリギリまでホッタラカシにすることにあまりストレスを感じなくなってしまいました。そうなると仕事はどうしても雑になるわけです。しかし、量はとりあえず、こなせます。
私の場合、質と量を秤にかけて、総合的にどちらがより生産的かを見てみますと、多少の完成度は犠牲にしても数をこなした方が良いという結論に達しました。これは人によると思います。基礎研究者の最終プロダクトといえば、とりあえずは論文かと思います。研究をまとめて論文に発表するという点に関していえば、超一流で研究資金に不安のない人で、どうやっても論文は出るという立場の人、あるいは独立を狙っているポスドクの人なら数よりも質でしょう。しかし、私レベルではパーフェクトの論文を1本だす手間を二つに割いて、7割の完成度のものを二本出して、残った3割を後に別の小さな論文に譲る(もしくは追求しない)という戦略でいかないと、生産性を疑問視されて研究費の申請が通りません。私レベルでは責任著者の論文を、1.5流雑誌に数年に一本、その下の専門分野の雑誌に一年一本ラインをキープしていかないと(と言ってもそれでも、現在の小規模勢力では厳しいのですが)数年後にはまた廃業の危機です。だいたい今や、技術も飽和し、手軽にやれることはやり尽くされつつある訳で、そう簡単にそこそこのレベルの論文になりそうなネタは見つかりませんから、一本の当たりを引くために複数の小さな研究を常に同時進行させて見込みのありそうなものを拾い上げていくという地道な活動をやらざるをえません。そういう点からもとにかく量をこなすことが必要です。
ま、そんな自転車操業を繰り返しているうちにツジツマを合わせるのはうまくなりました。

そんな感じで日々、あがいておるわけですが、それでも雑用はやってきます。それをヒョイヒョイと、右から左へと受け流す、という達人のレベルにはまだまだ達しません。受けるだけ受けて単に忘れてしまい、期限が迫ってきてから気がついて慌てるということにしばしばなります。明日の論文紹介の当番に当たっていることは数日前にお知らせが来ました。例によって気軽に引き受けて忘れていました。適当な論文を探しているヒマもないので、自分の研究に絡んでちょっと前に読んだSicenceのmitochondria病のマウスを低酸素で治療するという論文を読むことにしました。インド系アメリカ人の著者は気鋭の中堅、十年ほど前に、彼が開発したマイクロアレイのデータからどの転写因子が動いているかを予測するコンピューターアルゴリズムを使わせてもらったことがあったので、彼の名前は知っていました。しかし、Sicenceに二週連続で論文掲載というのはシブいですな。

ストーリーが単純なので発表はラクできそうだと思ったのですが、そもそもmitochondriaの異常がどうしてあのような多彩な症状につながるのかという分子メカニズムは必ずしも明らかでないようなようです。ATPの産生効率の低下とReactive Oxygen Spiecesの産生過剰、が起こるのでしょうが、そこから病気の発症までの道のりは必ずしも詰められているわけではありません。この論文ではGenome-wide CRISPR KO (GeCKO) スクリーニングで、新たな疾病に影響する遺伝子を同定し、Hif1aの安定化がmitochondria病のモデルの症状を改善することを細胞と動物レベルで示しています。人ごとながら、キレイにCRISPR KOスクリーニングが効いてヒットが見つかったのは、幸運としか言いようがありません。ひょっとしたら、他のスクリーニングで散々ハズした挙句にようやく当たった努力の成果なのかも知れませんが。ま、優秀な研究者は「運」もいいので、普通ならスクリーンニングプロジェクトのような山師的研究は9割以上ハズレに終わるものが、こういうレベルの研究者は5割ぐらいでアタリを引いたりします。

また、mitochondria病の世界も広くて深く、結構、競争も激しい世界のようです。そこで頭一つ抜け出すためには、研究成果に加えて、そのPRが重要な役割を果たしていると私は思います。雑誌のフロントページや新聞で取り上げてもらったり、学会で目立つ、などなど、すなわちコネですな。そうしたものを利用して研究の内容に加えて、研究者の「評判」を高めていくのです。品質に加えてブランド。名前が売れているからこそ、より高値で売れるのはこの業界でも同じでしょう。その研究者ブランドをどうやって確立していくのか、このあたり、ツイている研究者とフツーの研究者の違いが生まれてくるメカニズムも研究すれば、何らかの法則が見つかるのではないかと思うのですが。

私は、無印良品を目指しております。
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Shoot the messenger?

2016-09-02 | Weblog
マスコミは権力です。大手マスコミにデンツーなどの広告代理店経由で、政府、大手企業などから金が流れるわけですから、そういった「支配者層」にマスコミ言論というものは支配されているわけで、マスコミは「社会の木鐸」というのは建前で、そもそもが、権力者に都合の良いプロパガンダ流布装置であり、スポーツ、娯楽番組を通じた国民総白痴化計画の一環として発達してきたという側面を持ちます。もちろん、現場では、真実を伝えるための報道を行おうと真摯に努力している記者やジャーナリストの方も少なくないと思います。しかし、マスコミも会社組織であり、ビジネスです。スポンサーには逆らえません。会社も社員も生活も家族もあり、スポンサーに逆らって干されて飢えるぐらいなら、その手先となって良心を売るのもやむをえないと考える人の方が多いでしょう。

今回、反原発知事、新潟の泉田知事が4選目の知事選への出馬を撤回したとのニュースを聞きました。

ハフィントンポストから。
新潟県の泉田裕彦知事(53)は8月30日、次の知事選(10月16日投開票)への立候補を撤回すると、後援会のホームページで明らかにした。
泉田氏はホームページに掲げた文書の中で、地元紙・新潟日報社の報道を強く批判した。最も強調したのは、「日本海横断航路」に関する内容だった。、、、、新潟日報は7月から8月にかけて、県側が購入判断に関与していた可能性を報じていた。県側は計9回の申し入れや抗議文を新潟日報に送っている。これについて泉田氏は文書の中で「再三の申し入れにもかかわらず、訂正や説明もなく、最近まで県から申し入れがあった事実も報道してもらえませんでした。(中略)このため、県が組織的に虚偽答弁をしているのではないか等の誤った印象が形成されている」と新潟日報を強く非難した。

泉田氏は経済産業省職員を経て、2004年に自民、公明の推薦を受けて知事選に初当選し、現在3期目。、、、大きく注目を浴びたのは、福島第一原発のメルトダウンを巡る、東京電力への厳しい姿勢だった。東電が求める県内の柏崎刈羽原発の再稼働について、泉田氏は「福島の事故の検証と総括が先だ」と認めてこなかった。その発端になったのは、福島第一原発事故から7日後の2011年3月18日。泉田氏は柏崎刈羽原発の関係者を呼んで福島の状況説明を受けたが、メルトダウンについて「可能性を含めて認めなかった」ことを問題視した。新潟県は独自に「技術委員会」と呼ばれる有識者会議で福島の事故の検証を続け、技術委は東電に再調査を要求。東電は当初、メルトダウンについて「定義されていなかった」と説明していたが、2016年6月、「メルトダウンの判定基準が社内マニュアルに明記されていたが、5年間その存在に気づかなかった」と発表し、謝罪した。

2016年8月25日、東電は姉川尚史常務(原子力・立地本部長)が新潟県庁を訪れて泉田氏に謝罪した。、、、泉田氏の8月30日の文書では、新潟日報社の原発報道を巡る姿勢も批判している。東京電力の広告は、今年5回掲載されていますが、国の原子力防災会議でも問題が認識されている原子力防災については、例えば、県が指摘している現在の指針に従えば避難が必要になったときにはUPZ圏内の住民40万人強を2時間で避難させなければならなくなる問題等県民の生命・健康を守るうえで重要な論点の報道はありません

新潟日報、逆に知事の出馬撤退会見で、新潟日報の報道姿勢を批判したことをさらに批判して、「報道に対する圧力だ」と言ったそうです。それに関して、さらに反発。
毎日新聞から
任期満了に伴う新潟県知事選(9月29日告示、10月16日投開票)への立候補を撤回した同県の泉田裕彦知事(53)は31日の定例記者会見で、撤回の理由として名指しした地元紙・新潟日報が「報道機関への圧力にも等しい」との記事を掲載したことに対し、「事実に反する記事の訂正を求めることが圧力だというのは理解できない」と反論した。
 泉田知事は会見で、県が出資する海運会社の子会社の事業を巡る同紙の一連の報道に対し、訂正を求めたことについて「圧力だというなら、県からこういう申し入れがあり、我が社はこう思うと紙面上で議論すればいい」と指摘。「言論には言論で、というのが民主主義の鉄則だ」と強調した。

正論と思いますが、疑問は残ります。選挙に出れば、反原発の支持者層は厚いのだから、これぐらいのネガティブキャンペーンで落選するはずはない。こんな理由で撤退するのはおかしい、と考える人もいるようです。かつて、岩上さんのインタビューで、泉田知事は原発村のやり方を批判し、次の記事にあるように言っていたことから、原発村から脅されて、出馬を断念したのだろうと推測している人もいます。
「泉田知事、インタビューのあと、「ここまで言ったら危ないかも」と呟いた。:岩上安身氏」  原子力・核問題 (2013 9月

やはり何か脅されるネタがあったのでしょうかね。しかしそうなら新潟日報を批判してやめるというのは、スジがちょっと違うような気がします。いずれにせよ、脅しがあったとすれば、東電の広告を今年5回も掲載している新潟日報は原発村の手先だったわけでしょうね。出馬撤回の記者会見で、新潟新報を批判したのは、Shoot the messenger という感じだったのかも知れません。もしそうなら、オレだけに責任をなすりつけるなよ、と逆ギレした新潟日報の行動も分からんではないです。(が、同情は全くできませんね)
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Blockchain

2016-08-30 | Weblog
リオ五輪閉会式で2020年東京五輪の大会組織委員会が安倍晋三首相をサプライズ登場させた約8分間のアトラクションが話題を呼んだが、費用は9月のリオ・パラリンピックでも予定する演出と合わせ、約12億円となる見通しであることが26日、分かった。

今回だけで12億ですか。果たして。その金は誰に流れていのですかね。デxツー、オリンピックがらみでは評判悪いですな。開催地選びに時にもIOC関係者のコンサルタントに2億あまりを支払い、収賄ということでフランスとシンガポール当局がかなり真剣に捜査中とのこと。東京オリンピックが中止になるのなら、その返上は早ければ早いほど、傷が少なくて済むと思います。しかも、予定のコストは当初の何倍にも膨れ上がっています。その理由は、利権にぶら下がりたい連中が寄ってくるからでしょう。全く不必要な茶番に12億使っても、どうせ国民のカネだし、なくなりゃ日銀に国債をどんどん買わせりゃ良い。破綻するのは目に目ているが、それまでにせっせと蓄財して、破綻したら国民は見捨てて逃げ出せば良い、周りの連中がみんなやっていることだからやらなきゃソンだ、とでも思うっているのでしょうな。

そういう連中のおかげで、国のGDPはゼロ成長なのに、支出はどんどん増えます。そして、公共事業費、3年連続6兆円超 17年度予算の概算要求、というニュース。

概算要求総額は6兆6654億円。内訳は、災害発生に備えた道路の整備や補強対策など「災害時の人流・物流の確保」に5437億円、老朽化したインフラの維持管理などに4612億円を要求する。また、戦略的なインフラ整備として環状道路の整備など「物流ネットワークの強化」に2974億円、「国際コンテナ戦略港湾などの機能強化」に961億円を盛り込む。さらに、2020年に訪日客4千万人をめざす政府方針に合わせて、観光関連予算の要求を拡大する。大型クルーズ船受け入れの環境整備や観光案内所などの施設整備で294億円を要求する。そのほか、尖閣諸島周辺の領海などにおける中国公船の侵入に対応しようと、巡視船や航空機の整備など「海上保安体制の構築」で450億円を求める。


いろいろ適当な理由がついていますが、そもそもカネもないのに、毎年、公共事業を拡大し、外国にカネをばら撒き、バカバカしいコスプレに12億使う、というのは、どういうことか。すでに破綻しかかった財政を大量の国債を日銀が刷り散らかしたカネで買うというイカサマでしのいでいる状況なのだから、そのうちベネズエラやギリシャのようになり、一般国民の生活が困窮するのが目に見えているわけです。にもかかわらず、このバカ路線を突き進むということは、破綻させることを規定路線に政府は計画しているということでしょう。

経済が破綻した時に、通貨が価値を失い、ハイパーインフレとなり、生活に必要なものが手に入りにくくなります。我々の身を守るためには、日銀券に代わる価値の安定したものを使う必要が出てくるかも知れません。金とか貴金属は比較的わかりやすいですが、利用者が広がれば、ビットコインのようなものの方が良いだろうと思います。

つまり、日銀券という紙切れが信用を失う可能性が高いのは、日銀がいくらでも刷りまくることができるからです。一方、ビットコインや金や貴金属が比較的安定なのは、その流通量が中央銀行や政府の一部の人間の意志でコントロールできないからです。

ビットコインに限らず、価値あるものがインターネット上でやりとりされる場合に、最も重要なことは、対価が支払った方から支払われた方へ移動することです。もし払う方がいくらでも「金」を刷ることができるのなら、やりとりは成り立ちません。インターネット上で、価値が確実に移動することを可能にするテクノロジー「Blockchain」が、最近のTED talkでわかりやすく説明されていました。

近年、インターネットを通じて、仲介業者をスキップして、サービスを供給する側と受ける側が直接つながることができるようになってきました。その取引をビットコインなど価値の安定したもので行うことで、現代資本主義が生む様々な悪害を減らせていくことができるようになるかも知れません。金のために命を削るような生き方をするのは本末転倒というものです。

TED talk でのDon Tapscottの話はビットコインの理解のみならず、価値をやりとりすることとはどういうことかを考えるのに大変役立つと思います。同時に、日本政府と日銀がやっているバカげた金融政策がいかに金融システムの「信頼を失う」かが実感できるのではないかと思います。ご一聴ください。

TED talk(6・2016)
Don Tapscott: How the blockchain is changing money and business
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わきまえない

2016-08-26 | Weblog
この話には触れないつもりでしたが、ガーディアン紙の記事を紹介してあったの見たので。

本職でもないのに、オリンピックで、イタリア人配管工の格好をしているアベシンゾーという人は誰?  ー 日本の首相。
なぜこんな真似をしたのかは置いといて、どんな風? ー 最高に居心地が悪い。
一般化するようで悪いが、日本はヘン。2012のロンドンオリンピック開会式で女王がパラシュート降下したほどではないにしても。

オリンピックはスポーツの祭典であり、政治に利用されるべきではない、とオリンピック憲章にあります。開会宣言をしたベルリンオリンピックをヒトラーが「アーリア民族の優秀性と自分自身の権力を世界中に見せつける絶好の機会と位置づけ」政治的に利用し、その後の第二次世界大戦へと繋がったいう反省があるからでしょう。もちろん、現実はオリンピックが政治利用されなかったことはなかったわけですが、今回のように露骨に閉会式に時期開会国の首相がしゃしゃり出るというようなハシタないことは、ヒトラー以来どの国もしたことがないのです。海外の人はテロップが出るまで、この人が誰か知らない人が多かったのが、不幸中の幸い。しかし、日本国内で、アベ氏のヒトラー化を懸念している人々にとっては気分の悪いものだったでしょう。加えて、いつものように巨額の無駄遣い。クレヨンしんちゃんの本を経費で買ったと言って叩かれた人など可愛いものですな。

かっちの言い分から

安倍首相が、1回4000万円位かかる600人程乗れる政府専用機B747で、リオに何しに行くのかと思っていた。、、、
蓋を開けてみれば、スーパーマリオの縫いぐるみを来ての登場であった。その映像の中で、国会を背景として、専用車の中でドヤ顔をして映し出されたのには幻滅した。いくら、オリンピックのための演出とは言え、アニメストーリの演出に乗るということは、一国の長としていかがなものか?このアイデアは森元首相の勧めという。このパフォーマンスを見て、二階氏が記者の質問に、安倍首相は東京オリンピックまで首相でいる気だと言い切った。


党則を変えて、2018年の任期終了を延長して、オリンピックまで首相をやらせるつもりのようです。悪夢です。自民党内部でも、首相の任期延長について「率直に言ってなぜ今なのか分からない。急いで議論すべきことがそれか」という声。野党が全然ダメな今の状況では、党内で降ろしてもらうしかありません。

この件に関しての植草教授の意見。国威発揚五輪とあべさまのNHKはどちらもいらない

このオリンピックについて、NHKが仰天解説した。
、、、「ビックリ仰天した視聴者も多かっただろう。21日のNHKの番組「おはよう日本」。オリンピックを扱ったコーナーで、「五輪開催5つのメリット」としてナント! 「国威発揚」を挙げていたからだ。」
「おはよう日本」に登場した刈谷富士雄解説委員は、「何のためにオリンピックを開くのか。その国、都市にとって何のメリットがあるのか」と投げ掛け、五輪のメリットとして真っ先に「国威発揚」を示したのである。
『日刊ゲンダイ』が指摘するように、この見解は、オリンピック精神の根本原則を示す「オリンピック憲章」の考え方の真逆のものである。


ちなみに、そのNHKの番組で5つメリットとして挙げられたのは、国威発揚に加えて、国際的存在感、経済効果、都市開発、スポーツ文化の定着だそうで、何を言っているのか、と呆れました。国際的存在感と国威発揚とはほぼ同義でしょう。建前上はそれを言ってはならないものです。経済効果、都市開発においては、何がメリットなのか全く不明です。デメリットなら思い浮かびます。アテネオリンピック後のギリシャ経済を引き合いに出すまでもなく、オリンピックをすれば、借金を背負う上に、再利用の困難な施設が大きな負担になって、貧乏になるのが常識です。全く利用されずに雑草だらけになったアテネオリンピック会場跡を見ましたが、悲惨なものです。

アベ氏の無駄遣いと悪ふざけにそこまで目くじらをたてることはあるまい、という意見もあるでしょう。しかし、彼は権力者であり、権力者であるからこそわきまえておかないといけない振る舞い方というのがあるはずです。ま、おそらく、彼以外の人間だと「わきまえてしまう」ので、わざわざ彼に首相を長期にやらせたいという連中がいるのでしょうが。
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建前の裏

2016-08-23 | Weblog
いつまでも駆け出しのつもりでいたら、知らぬ間に友人たちは出世し、若手の特典もすっかりなくなり、自分は10年前と変わらない毎日なのに、外部からはいつまでもウダツの上がらないヤツという目で見られるようになってしまいました。私の母の住む田舎は古い小さな城下町で、古い商家だった建物があり、そういう家にはいまだに「ウダツ」が残っております。それを見ながら、ウダツなど単なる見栄だわナ、といじけた気持ちになったこともありました。が、もうそんな気持ちもすっかりなくなり、ま、楽しい毎日です。

とはいうものの、家族を養う身であれば、ウダツの高さは別にして、研究するのも渡世のシノギ、それなりの立場を確保していかねばなりません。
あいにく現在は、研究費にしても一流紙の紙面にしても、奪い合うものであり、資本主義の原理により金持ちはより金持ちになり、権力者はより強い権力を得ていくわけで、そんな中で「フェア」な競争など最初からありえないわけで、建前と本音をうまく使い分けながら、世の中をうまく渡っていくのも研究者の才覚だと、明言はしなくても多くの人は思っていることでしょう。(そういうことを堂々というと、ハシタナイですからね)

そこで、弱者は弱者なりの知恵を出して生き残りを図り、野党共闘みたいなことが起こります。少数の立場の弱い研究者が独立分断していては、強者のモノポリーは止まらず格差は広がりdiversityは失われるということで、立場の弱い研究者同士が互助的に協調して勢力を保つわけです。もちろん互助活動は、研究協力のような明朗なものから、そうとは言い難いようなものものまであります。

ところが、これは、本来、弱者の生き残りのために行われていたわけですが、一部の互助グループが近年、かなりの勢力を拡大してきて、本来、アンフェアな競争に対抗する弱者の方策であったのに、今や逆にアンフェアに競争を支配せんばかりになりつつあり、結果として、立場の弱い本当の少数派はますます弱い立場に追いやられつつあるという状況に陥りつつあるように思います。

そうなると、建前ばかりに拘泥している場合ではなく、われわれにしても、何らかの身を守るための方策を考えなければならないわけです。フェアネスを望む弱者は、汚い手を使っても勝てば官軍だ、と思っているような連中とマトモにやりあっては勝負になりません。(一般国民と日本政府みたいなものですかね) 現在の厳しい研究環境の中では、いい研究をしていれば自然とカネはついてくると鷹揚に構えている場合ではなくなってきました。第一に、いい研究かどうかを決めるのはわれわれではないし、そもそもカネがなくてはいい研究などできないわけですから。

しかし、皆が、スレスレのことをやりだすと、ピア レビュー依存する科学活動のクオリティー チェックが働かなくなり、結局は科学界そのもののintegrityが損なわれることになってしまうでしょう。同じ業界で同じ研究基金によってサポートされているというだけで、コンフリクトがあるわけで、思うに、研究資金の分配や論文の評価はそもそもフェアに行うことは不可能です。多数がガマンできる程度が維持できれば良しとすべきなのでしょう。(55年体制時の自民党のような感じですかね)

実は、科学界のintegrityに関連して、しばらく前に開発された新しいゲノム編集技術、NgAgoのスキャンダルを話題にするつもりでしたが、時間となりましたので。

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経済崩壊を前提に

2016-08-19 | Weblog

出世の見込みもないのに、出世払いで借金を借り続けらたら、遠からず破綻します。問題はどういう形で破綻するかといういうことです。もちろん国民がツケを払うことになるのですが、被害は少ないに越したことはありません。

先日の東京新聞、社説。
GDPゼロ成長 いつまで道半ばなのか

 三年続くアベノミクスはあらためて効果が乏しいことを裏付けた形だ。四~六月期の実質国内総生産(GDP、速報値)は横ばいだった。「道半ば」でなく、誤った道を進んでいると気づくべきだ。
 一〇〇分の一秒を争うオリンピックの記録かと錯覚しかねない。GDPの伸び率(前期比)は物価変動の影響を除いた実質で0・048%。通常なら0・0%だが、わずかでもプラス成長を強調したいがためかと勘繰りたくもなる。
 年率換算では市場予測の0・7%増を下回る0・2%増。数字を取り繕ったところで実態はゼロ成長であり、政府が財政再建目標の前提としている「名目3%、実質で2%成長」には遠く及ばないのである。
 GDPの六割を占める個人消費が0・2%増と力強さに欠けるのが最大の要因だ。消費が伸びなければ企業は投資を手控える。設備投資は0・4%減と二期連続のマイナスだった。住宅投資は5・0%増と大きく伸びたが、マイナス金利政策の効果というよりは、消費税増税の延期が決まる前だったため増税を控えての駆け込み需要が大きかったとみるべきだろう。
 いずれにせよ、安倍政権が描いた経済の好循環、すなわち企業収益増→賃金増→消費増→企業の投資増は画餅に帰し、むしろ賃金の伸び悩みが消費低迷を招く負のスパイラル、悪循環に陥っている。
 アベノミクスは開始からじき三年半となるが、いまだ道半ばというのは根本的に間違っているためだ。異次元緩和も財政出動も景気を一時的に持ち上げるカンフル剤でしかない。基礎体力を付けないから、すぐに病気になるのに、一時しのぎのカンフル剤頼みを繰り返してきた。成長戦略で体力向上を図らねばならないが実態は官僚の作文だから効果が望めない。
 内部留保をためるばかりの企業経営者も問題だが、基本的に民間に任せるものは任せる方が官僚任せよりはましである。
 何より富める者をますます富ませれば問題解決するといった政策が決定的に間違っている。消費の中核を担う中間層を没落させ、格差拡大を助長するアベノミクスでは、人口減と少子高齢化に直面する日本経済を立て直すことは到底できまい。
 日銀は金融政策を総括的に検証し、現実離れした目標や限界のみえる政策を見直す。政府がなすべきはアベノミクスをこれ以上ふかすのではなく、誤った道を引き返す勇気を持つことである。


と正論。普通に考えれば小学生でも同じ結論に到達するでしょう。それをわかっていながら認めないのがアベ政権、なぜなら、認めたら辞めないといけないから。

それはともかく、この社説、経済のことは、税金で生きている官僚ではなく、実際に価値を創り出して経済を回している民間に任せろ、というのは一理あります。官僚は官僚組織の自己利益のために政策を決めるわけで、いかに(短期的に)税収が上がるかという点から経済政策を考えるので、しばしば、民間、一般人の不利益となるようなことをするわけですから。昔、「ワタシ作る人、ボク食べる人」というラーメンのCMがありましたが、金に関しては基本的に、民間は稼ぐ人、役人は使う人です。一般家庭では、稼いだ分に応じて使うのが破産しないコツです。使う人の都合で支出を勝手に決めるから財政破綻するわけです。当たり前です。その結果が、新規発行国債のほぼすべて、年80兆円もの規模で日銀が買わないと、必要経費が賄えない、という完全に破綻した状態になっているわけです。一般家庭では、この状態だと、身売り、自己破産、夜逃げ、などになるですが、国のことですから、身売りも夜逃げもできず、自己破産すれば、役人はみんな給料ゼロちゅーことで、当然政府はそんなことはしない。政府のやりそうなことは、借金で借金を返す自転車操業が破綻するギリギリまで引っ張った後、非常事態宣言が出せる戦争のような状況に持って行って、一気に借金をチャラにする、ということでしょう。その時に国民をコントロールするための法案というのが、緊急事態条項であり、政府はいざとなれば戦争を始めてドサクサ紛れに国民の資産を凍結し、経済をリセットすることを考えているのでしょう。そして、それに、かつて「平和の党」という名前で売っていた宗教政党が賛成しています。与党の権力にしがみつくために魂を売ってしまったとしか思えないのですけどね。ま、魂を売ってしまったのではもう助かりません。

日本の借金と累積GDPの比をこの地図で色々な国と比べてみてください。ダントツだと思います。例えば中国と比べてみると、GDPは中国の約半分しかないのに借金の額は中国の約5倍です。アメリカと比べても、GDPは約1/3なのに借金額は約2/3あります。借金/GDP比では経済大国の中では多分トップ。

しかし、豊かな生活をするために、給料が上がらなければならない、という直裁的な考えにも再考の余地があるのではないでしょうか。消費が上がらないから、経済が拡大しない、経済が拡大しないと、給料も上がらない、給料が上がらないから豊かに生活できない、という思考を止めて、消費しなくても豊かに暮らせるやり方を考えようという方向に大勢の人間の思考が変化すれば、経済成長なしでも幸せに暮らせる社会へと近づく一歩になるのではないかと思います。
なぜなら、経済成長はもう見込めないからです。経済成長しなくて最も困るのは役人でしょう。税収が減りますからね。だから人工的に、金融緩和、日銀が国債を買うというようなタコが自分の脚を食うようなことをして、とにかく金を回そうとするのです。

しかし、普通の人だったら、経済崩壊しても何とかやっていく道を探ることはできるのではないだろうかと思います。自分で食うものを作り、日銀発行の銀行券に頼らないで欲しいものを手に入れる地域流通システムを作り、金がなくても豊かな生活できる方法を考える。そういう人々に対して、政府は無力です。ない袖は振れないのですから。おそらくそのうち来る経済崩壊は避けられないと思います。資産は凍結され銀行からの引き出しが制限され、物資は不足して配給制になる、現実に世界各国で起こっていることです。そんな状況でも困らないようなシステムを作っていくことを考えるのは悪いことではないと思います。まずは食料の自給率の向上が第一だと思います。
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死神に魅入られる

2016-08-16 | Weblog
終戦記念日とは言うものの、沖縄では戦争はまだ続行中です。本土では無条件降伏を受け入れ、サンフランシスコ条約で主権を回復したことになっていますが、結局、それは、沖縄をアメリカに差し出すこととの引き換えという「密約」に基づいたものでした。それから二十年、沖縄返還。しかし、これは、アベ氏の伯父、佐藤A作がノーベル平和賞となった「非核三原則」のウラで沖縄への核持込みを認める「密約」を交わして上でのこと。つまり、沖縄返還という形式を整えるために、実質、沖縄をアメリカ軍占領地として実効支配させるという取引をしたということでしょう。形式上は戦争は終わり、主権は回復し、沖縄は返還された、しかし、すべては表向きだけの話。その「形」をつけるために、現在も払わされている代償は大きく、最もそのしわ寄せを受けているのが沖縄だということだと思います。沖縄、それから一般国民に黙って、沖縄を差し出し、核の持込みも容認して、形だけ独立したように見せかける、「密約」とはすなわち、国民にウソをつくことであり、社会の根幹にあるべき「信頼」を損なう行為です。いろいろ言い訳もあるでしょうが、ウソで塗り固めるのも結局は、政権と政府役人の身を守るためということです。ま、ウソをつかない、正直な政治家というものはいないのですが。

沖縄高江での県民と地元住民の意思を無視しげ米軍ヘリパッド建設を強行する日本政府、相変わらず県外からの機動隊を動員してまでも、住民を力づくで排除して、工事を進めつつあります。何が悲しくて、占領軍の基地を国民の税金から出した金で作ってやって、そこに住んでいる日本国民の土地と権利を力づくで取り上げられないといけないのか。何とも、この売国政府の情けなさ。

対して、アメリカの退役軍人を中心とする市民団体が、開催中の総会で、日本政府の沖縄に対する差別行為、売国行為を「恥知らず」と糾弾。

 
【平安名純代・米国特約記者】全米120支部、8千人以上の会員を擁する米市民団体「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」は11日、米カリフォルニア大学バークレー校で第31回年次総会を開幕した。1月末に設立されたばかりのVFP琉球沖縄国際支部(VFP-ROCK)も初めて参加。ダグラス・ラミス会長は、「名護市辺野古の新基地建設と高江の二つの闘いを抱えた現状は厳しいが、この闘いに必ず勝つ」と述べ、総会を通じて米国で支援の輪を広げる意欲を示した。、、、、VFPのマイケル・マクファーソン事務局長は沖縄タイムスの取材に対し、米軍属の男による暴行殺人事件や新基地建設計画など在沖米軍基地を巡る問題への認識を示した上で、「われわれ一人一人が沖縄の問題とどう関われるかが問われている。自分の問題として捉えられれば支援の輪は広がる」と述べ、協力する姿勢を示した。


滅びの道をまっしぐらとしか思えない日本政府ですが、ちょっと前に四国の原発再稼働のニュースを見て、もう連中はすでに死んでいるのだ、そういう運命なのだと思いました。

時々、死神に魅入られたとしか言いようのない例を見ることがあります。一つ一つはそれほど重大に思えない事柄が順番にポツリポツリと起こるのですが、些細な事情で一つ一つの対応を誤り、結果、知らぬ間に取り返しのつかない状況に追い込まれていくというような例です。そういう例を後になって振り返れば、幾つかの判断の分岐点で、立ち止まってもう少し慎重にやっていたら異なった結果になっていたかも知れないというような反省点が見つかるものですが、現在進行形では、後から見れば当たり前のことでさえ分からず、なぜか次々に小さな悪手を連発して、着実に破滅に向けて進んでしまうのです。

おそらく、政府関係者であっても、個々の人間は、誰でも原発で処理のできない危険な廃棄物が大量生産されることは「よくないこと」であり、核燃料を大量に冷却保存しないといけない原発は危険なものであって、速やかに老朽化した原発は廃炉にして、核燃料の安全な保管方法を開発しないといけない、まずは処理法のない危険な核廃棄物を作らず、危険な原発の運転を中止しておくべきだと思っているだろうと思います。立ち止まって冷静に考えれば、誰でもそういう当たり前の結論に達するでしょう。しかし、その当たり前のことができず、我欲ににとらわれて、むしろ逆の判断をして、悪い方向へと着実に進んでしまうのが今の「死神に魅入られた」日本政府です。外から見れば、まさにキチガイ沙汰、愚かの極みなのですが。

続 壺 齋 閑 話、事故を気にしていたら原発ビジネスは成り立たぬ:伊方原発再稼動 から。

四国の伊方原発が再稼動した。九州の川内原発の二基に続いて、実質的には三基目の再稼動になる。先日鹿児島県知事になった人が川内原発停止の意向を強く示しているなかでもあり、また、伊方原発自体にも様々な問題が指摘されている中での再稼動とあって、どうみても無謀な見切り発車といわざるを得ない。

まず、伊方原発自体の問題点。この原発は南海トラフ地震が起きた場合の最前線に位置する、それに加えて先日九州の大地震を起こした断層帯が付近にまで伸びている。そうした事情を抱えたなかで、果たして巨大事故に耐えられるだけの万全の備えができているのか、かなりな疑問がもたれている。また、事故が起きた場合の非難計画のずさんさも指摘されている。この原発は、細長く伸びた佐田岬半島の付け根にあるが、その西側には5000人以上の人々が住んでいる。その大部分は65歳以上の老人たちだ。万が一原発が事故に見舞われたとき、この人たちが安全に非難できるのか、愛媛県の作成した計画を見る限りでは、まことに心もとないといわざるを得ない。

こうした懸念に対して愛媛県知事は、この原発は厳しい安全チェックをクリアしており、巨大事故が起こることはありえない。だから、安心して欲しいというような言い方をしている。しかしもしものことがある、というまっとうな疑問に対しては、そもそも起きるはずのないことを心配しても仕方がない、といって取り合おうとしない。

これは、一部の日本人に特有な、「都合の悪いことは起きて欲しくない、起きて欲しくないことは起きないことにしておこう、起きもしないことは想定する必要がない」、という理屈を反映したものだ。

このほか、この原発は、いわゆるMOX燃料を採用しているが、これについては最終処分の見通しもたっていない。これでは、某元首相がいったとおり便所のないマンションを売りつけるようなものだ。

こうした疑念に対して、事業者としての四国電力も、地元の愛媛県も、納得できる説明はしていない。そんな説明をし始めたら収拾がつかなくなると思っているからだろう。「事故を気にしていたら原発ビジネスは成り立たない」というわけか。、、、

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秀才の人生

2016-08-12 | Weblog
変わりない日々が続いているようでも、着実に季節は移りつつあるのを朝晩の気温と朝の光に感じるようになりました。
研究の方も、やるべきことがわかっているものは着実に、何をやっていいのかわからないものは闇雲に、とにかく日々、手足と頭を動かすようにしています。そうやって、毎日、小さなことに一喜一憂しながら、やがて迎える最後の日まで歩き続けてこの世とサヨナラしたいと思っております (が、どうでしょう)。世の中には、病気やハンデで、頑張りたくても頑張ることが物理的にできない人や、諸般の事情で自分の意思に沿って生きることのできない人など、気の毒な人々が大勢おります。そういう人々のことを思うと、飢えるでも寒さに震えることもなく、小さなことを喜んだり悲しんだりできる生活を送れることは大変ありがたいことだと思います。

すぎりおのがんばったるねんで、著者のボス、George DaleyがHarvard Medical SchoolのDeanになるという話が取り上げられていました。この方はステムセル業界、がん研究業界では有名人で、私も触っている遺伝子の一つの働きを最初に明らかにした人です。ちょっと特徴のある話し方をする人で、誰かに似ているな、とずっと思っていたのですが、先日の訃報を聞いて、ああ、永六輔さんが英語を喋ったらこうなるのだ、と思いあたりました。実はとんでもない秀才で、Harvard、 MIT、Harvard Medicalと絵に描いたようなエリートコースを歩んできた人です。

それで、エリートコースとは全く無縁な私がいつも興味をもつことは、この方のようにエリートコースの真ん中をまっすぐに歩いてきたように見える人は、何を最終目標に生きているのたのだろうか、ということです。がん医学研究に情熱があったのは間違いないと思います。そしてハイインパクトの仕事を連発し、サイエンティストとしてステムセル、がん業界でのトップリーダーとしての地位を確立しました。その地位を得るための道筋はおそらくHarvard collegeの学生だった頃から描いてあったのであろうと思います。つまり、思うに、何十年をかけて、医学研究者としての地位を確立するというプロジェクトに取り組んできた人なのだろうと思うのです。これは、現在、ボストン界隈でのトップ サイエンティストの多くの人に当てはまるパターンだと思います。

対して、この業界にいる残り9割以上のの人間は、多分、若い時に明確な目標を持たずに、成り行きで生きてきた私のようなタイプであろうと思います。どちらが幸せかという議論をするつもりはないのですが、優秀な頭脳を持ち、何十年もその目標に向けてコツコツと努力を積み重ねてきた人と、標準の頭で、普通に成り行き任せで生きてきて、時には自分探しの旅に出てしまったりするような人間とは、目標達成という点で大きな差がつくのは当然です。

秀才や天才の頭の中身を覗いてみたいと時折思います。こうして長年の努力の結果として得ようとしているものは、結局は何なのでしょうか。研究によって分からないことを理解するという喜びでしょうか。あるいは、地位とか名誉なのでしょうか、それともそれについてくる多少の金でしょうか。Harvardに行ってMIT経由でHarvard Medicalに帰ってくるような人ですから、地位とか名誉とか金とかが嫌いではないはずですが、こういったエリート一直線の人にとって、研究というのはそうしたものを手に入れるための手段なのでしょうか?

ふと、そう思ったのは、その医学研究者としての大成功者が、今度はDeanという役職について、研究グループを縮小して研究へのエフォートを下げるという話だったからです。研究界での成功は達成したから、次の新たな目標に向けて方針を変えたということでしょうか。そうして次のまた次の目標に向けて努力を積み重ねていくのでしょうか。

私といえば、頭の出来や学歴から見ても、George Daleyをお手本にするのはムリです。しかし、自分でコントロールできるサイズのプロジェクトに直接関わって、データを見ては一喜一憂するという「ささやか」な日々に十分、幸福を感じております。成功したとはとっても言えませんが、私なりにはOKです。資金が切れて続けられなくなったら、それもまたOKというゆる〜いスタンスでやってます。
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やがて本土でも起こること

2016-08-09 | Weblog
瓢箪から駒のようなプロジェクトが結構、面白い話にまとまりそうになってきています。これからラストスパートという段階なのに、事情で人がいないのが辛いです。しかし、振り返れば、いろいろな偶然が重なって結果で、大変感慨深いです。明らかにこれは私の実力ではなく、数多の偶然と幸運の結果です。このプロジェクトは資金が尽きかけている時に転がってきた話で、マウスも一発射つのが精一杯、もし一発で成功しなければ、ハイそれまでよ、という博打的状況で始めたものだったのです。おそらく、私のコントリビューションで最も大きいものは、その決断だっただろうと思います。まだ最後の追い込みに力を注がないといけないので、振り返って感慨にふけっている場合ではないですし、実は研究費申請書の準備という最も重要な仕事を並行して進めないといけないので、まだまだプレッシャーの多い日々です。

さて、参院選が終わり、政府の強権的行動がますます目に余るようになってきました。政府に誠実さとか思いやりとかを求めても詮無いことなのは当然なのですが、政府の沖縄に対する行動には心の底からの怒りと悲しみを覚えます。

東京新聞、辺野古問題 早期結審を要求 政権「本音」あらわ から。
沖縄県の基地問題は、参院選が終わった途端、政府の強硬姿勢に拍車が掛かってきた。、、、
ほかにも沖縄振興予算の減額を示唆したり、反対運動を排除して米軍施設工事に踏み切ったりするなど、しばらくは動きを控えてきた建設計画を進めたい本音を隠さなくなってきた。 、、、
 政府と県は三月、乱立していた新基地建設計画にかかわる訴訟をすべて取り下げ、新たな訴訟で争うと同時に判決確定まで「円満解決に向けた協議を行う」ことで和解した。、、、、参院選で新基地反対の民意があらためて鮮明になったにもかかわらず、政府は投開票から約二週間後の七月二十二日、話し合いの継続を求める翁長氏を提訴。さらに、地元住民らの反対運動で止まっていた県北部の米軍施設建設を同日再開した。、、、、安倍晋三首相は基地問題を抱える沖縄に対し「県民に寄り添う」と配慮の姿勢を見せてきた。だが、参院選が終わり、政府高官は「沖縄問題は建前が多すぎた。今後は本音でいく」と明言した。


田中龍作ジャーナルから。【沖縄・高江発】 オスプレイ阻むテントは守られた 住民減る週明けに再び危機 
沖縄、高江での政府の横暴に対しての島民と支援者の講義行動を伝えています。
前夜(5日夕)、テント前で建設反対集会が開かれ、沖縄県内外から1千人以上が結集した。参加者の大半は車やテントなどで夜を明かし、現場に残った。警察は大人数が残っていることを当然知っている。
7月22日にあった強制排除・第1弾のようにはいかない。ゴボウ抜きは機動隊3人で、住民1人を抱える。それが500人以上もいたら、まず不可能だ。土日が終われば、オスプレイ用ヘリパッドの建設に反対する人々の多くは現場から去る。機動隊と防衛局は、それを見計らって強制排除に乗り出すとの見方が有力だ。、、、
読者の皆様。沖縄で今起きていることは、いずれ本土で起きることです。マスコミが報道しない惨状を伝えるために赤字を覚悟で足を伸ばしました。ご支援、何とぞ宜しくお願い致します。


そして、危惧した通り、週明け、機動隊は、道路を無法に閉鎖して、一般車両を排除した上で、座り込む抗議者を力ずくで排除。

抗議の住民・市民と機動隊との間で激しい揉み合いとなる場面も見られた。「アンタたちは誰を守ってるんだ?」「売国奴アベのために働いてどうするんだ?」・・・機動隊員に罵声が浴びせられた。
憲法22条で保証された「移動の自由」を妨げる、道路交通法の何条にあたるのかも分からない道路封鎖が公然と行われる。それが高江だ。憲法も法律もあったものではない。警察を動かす官邸がその時々に勝手にルールを作って運用するのである。 自民党改憲草案のうち最も危険とされる「緊急事態条項」。その先取りが今、沖縄で実施されている


また、先週末、アベ氏夫人が抗議活動中のテントを訪問したという話。

首相夫人が高江訪問 着陸帯反対の市民ら戸惑い 
今回の訪問は、昭恵さんが高江のヘリパッド問題などを描いた映画「標的の村」を鑑賞したことをきっかけに「現場を見たい」と三宅さんへ相談したことがきっかけ。、、、
沖縄平和運動センター大城悟事務局長は、昭恵さんが基地建設を強行している首相の夫人であることから「一国民とは違う。『見たいから来ました』というのは人として疑う。県民の反対する声を聞いて総理に沖縄の現状を伝えるなら良いが、そうはならないだろう」と否定的な見方を示した。


その後、全国紙もこの事件を取り上げました
 、、、(アベ夫人は)FBで、訪問の理由について「対立、分離した世の中を愛と調和の世界にしていくための私なりの第一歩」と説明。安倍晋三首相に訪問することを事前には伝えなかったとも記した。、、、、
 抗議活動のリーダー的な立場の山城博治さんは昭恵夫人の訪問に関し「愛と調和と言うのなら、機動隊による暴力行為をやめさせるよう首相に求めてほしい」と注文を付けた。


果たして、アベ夫人の真意は何なのでしょう。アリバイ作りなのか、あるいは良心に目覚めたのか。今のところ、誠実さのない政府のウソつき首相の夫人という目で見られているせいか、この行動は懐疑的にしか捉えられていですが、いわゆる「蜂の一刺し」みたいになってくれたらいいのですけどね。

アメリカでは、退役軍人が中心となった市民団体が、今回の日本政府の蛮行を強く非難、今週の集会で高江のヘリパッド強行工事の中止を求める緊急決議案が審議される予定とのこと。

<米軍ヘリパッド>米団体が非難決議審議へ 「恥ずべき差別的行為
 同決議案を提案するのは、VFPの琉球沖縄国際支部(ダグラス・ラミス会長)。決議案は、新基地建設計画に反対する候補者が勝利した参院選の翌日に日本政府が高江の工事を強行着工したのは、「沖縄の民意は重要ではないとの明確なメッセージ」と指摘。約800人の機動隊員を動員して抗議する住民らを排除したのを受け「日本政府が沖縄を植民地と捉えていると再確認した」と述べ、「われわれ元米兵は、米軍が沖縄の人々に対するあからさまな差別待遇に加担していることを恥じ、激しい怒りを感じている」と批判した。
 そのうえで、同問題を解決するには、米政府が「米国はこの恥ずべき反民主的で差別的な行為に加担しない。米国は新基地を望まない」と日本に伝え、高江と辺野古の新基地建設計画を放棄するよう促している。


ウソつきの上に傲慢、思いやりと誠実さのカケラもない無法政権。返還の約束も、辺野古移設の合意条件も、誠意を持って協議するという合意も破ってきた政府の本音は、法律も合意も無視して、沖縄一県に、米軍基地を永久的に押し付け、対米隷属での利益は政権と中央官僚が享受したい、ということでしょう。現政権、一言で言えば、クズです。でもそのクズが力を握っているのです。

数年前の村上春樹さんのイスラエルでの「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ」という演説を思い出しました。

私たちは皆、国家や民族や宗教を越えた、独立した人間という存在なのです。私たちは、“システム”と呼ばれる、高くて硬い壁に直面している壊れやすい卵です。誰がどう見ても、私たちが勝てる希望はありません。壁はあまりに高く、あまりに強く、そしてあまりにも冷たい。しかし、もし私たちが少しでも勝てる希望があるとすれば、それは皆が(自分も他人もが)持つ魂が、かけがえのない、とり替えることができないものであると信じ、そしてその魂を一つにあわせたときの暖かさによってもたらされるものであると信じています。

沖縄の側に立ちましょう。それは沖縄のためではなく、われわれ自身のためです。なぜなら、田中龍作さんも描かれているように、今、沖縄で起こっている国家の横暴は、放っておくと、やがて本土の国民にも間違いなく起こることだからです。国家の権力によって、無理やり自分の財産や家族や命まd奪われることになるでしょう。
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汚いものをどうするか -2

2016-08-05 | Weblog
日本もどんどん右翼化し、強権的に国民支配を強めつつあります。国民総背番号制が始まり、国民の資産は国の監視下に置かれ、増税と福祉の切り捨てによって、生かさぬように殺さぬように経済的に管理し、危機感を煽って「この道しかない」と破滅の戦争を最後の希望に持つように若者を誘導しようとしているように見えます。政財官のトップでは戦争は既定路線という話も聞いたことがあります。扇動はナチに見習い、戦争の誘発はルーズベルトに見習えということでしょうか。

ま、茶番の都知事選も終わり、立候補の際の自民党都連との対立を利用し、散々、自民党ではないワタシを演出したり、都議会を冒頭解散するとかできもしないハッタリを言って都民を扇動して当選した新都知事、当選するや否や、都議会、自民党への態度をコロっと変えて、仲良くやりましょうでは、そりゃ自民党都連、都議会は怒るでしょう。ま、都議会や政権与党と対立しては何もできないのは当たり前、でも選挙前の話と随分違いますな。選挙前と選挙後で言うことが全く逆になるのは、これは政治家のお家芸ですね。「TPP絶対反対、自民党ウソつかない」というポスターを貼りまくって、選挙に勝ったとたん「アレはウソでした」とTPP前のめり。シロアリ官僚を退治して消費税増税はしない、といったドジョウ、すっかりシロアリに丸め込まれて、消費税増税を決定しました。ウソがないところがあるとすれば、それは彼らは「真性のウソつきである」という一点に尽きると言えるでしょう。私、誠実さのない行為、ウソをつくという行為に、なぜかもっとも怒りを覚えるのです。モーゼの十戒の中にも、殺してはならない、姦淫してはならない、盗んではならない、隣人を貪ってはならない、と並んでウソをついてはならない、とあります。大昔から、ウソをつかないことは、人間としてのdecencyに必要な資質の一つなのです。ウソをつく人、特に自己利益のためにウソをつく人は、醜い、汚いと思ってしまいます。

それで、汚いものは嫌だなあと思いながら、今朝、自分の顔を洗おうとして鏡を見ると、自分の顔が汚いないのが気になってしまいました。シワやシミが増え、肌にもハリがありません。白髪もチラホラ混じった髪の毛もみっともないです。汚いのは顔だけではありませんでした。筋肉は落ち、皮膚はたるみだしています。それと同時に、この肉体と死ぬまで付き合わなければならないし、これからこの肉体に色々と苦しまされることにもなるのだろうな、と思いました。

ならば、汚いものの存在を否定し続けるわけにはいきません。それが自分の身なのであれば死ぬまでの付き合いです。汚くても、だましだまし、良い点を探しながら、折り合いをつけていかなければ、今度は心がやられてしまいます。

政治家が嘘をつくのは、仕方がない、汚いものしか政治はできないのだ、とまずは広い気持ちを持って、理解する。その上で、彼らと敵対するのではなく、我々の権利を如何にして守っていくかを考えるというやり方をしないといけないのでしょうね。顔のシミやシワが気に入らずに、フェイスリフトをしたりレーザーをやったりしても、それは一時的なものに過ぎないのと同様、クーデターや政権交代みたいなものを通じて一気に改革をしようとしてもやはりうまくいきません。トップダウンで改革を望むのではなく、われわれ自身が自分の身を自分で守り、政府とはそれなりに付き合いながらもその政策に大きく影響されなくてすむような力をつけていくしかないような気がします。残念ながら、他人を変えることができないように、この国の支配は役人が中心となっており、いくら政治家を変えてもその中枢を変えることはできないですし。



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汚いものをどうするか

2016-08-01 | Weblog
いやー、それにしても権力争いの汚らしさ、醜さ、選挙の度につくづく、感じますな。
週刊誌が野党連立候補の根も葉もないようなうわさ話を選挙直前を狙って書き立てるのですからね。例によって、永田町二丁目あたりからデXツー経由で指示がいったのでしょうかね。それにしても余りに露骨な選挙妨害。
政権交代前の選挙で、当時の民主党代表の小沢氏を狙って検察が立件し、マスコミが散々に印象操作した事件を思い出させます。こういう権力の手下になって謀略に加担し、他人を貶める記事を垂れ流して得たカネで生活するというのはどういう気持ちなのでしょう。ま、マスコミや週刊誌が全て悪いわけではありません。彼らは、政権、広告主に命綱を握られて、生きていくためには汚い仕事を引き受けざるを得ないのです。

私、最近は、日本でも海外でも、政治の話を聞くと虫酸が走るようになりました。
若者が政治に興味を示さない、選挙に行かない、と嘆く大人がおりますが、あるいは、若者にしたら、これは非常に理にかなった行動なのかも知れません。人間、誰でも汚いものや醜いものは嫌いです。日本の政治家と政府がやっていることを見て、顔を背けたくなる気持ちも分かります。たとえその結果、アベ政権のようなものさばらせる結果になって、最後に自分の身に不自由が起きることになっても、限られた人生の時間を汚いものと戦うことに費やすことに意義を感じない、と思う人も少なくないでしょう。

東京都の利権というものは莫大です。予算規模はスウェーデンの国家予算に匹敵する約13兆億円、都道府県で唯一、国からの交付金を受けず予算の使い方に国の制約もない。都知事になりたいという人間の動機は多くはソレでしょう。そして、国民のために都政を改革するよりも、役人の言うように適当にやっているのが一番ラクで得なのです。それで、仕事は役人に丸投げし、都民には仕事をしているフリをして、豪華な外遊したり、経費でバケーションに行ったり、と放蕩に耽ることになるのです。それをやりすぎて、役人がこっそり貯めた埋蔵金までに手をつけようとまですると、誰かさんのように追い出されるわけですが。

現職与党の国会議員でありながら、党の意思を振り切って、早々と立候補を表明した人、機を見るに敏というか、あまりに露骨というか、非常にわかりやすいですな。カネと力を指向する巨大なエゴ。結局、前任者、前々任者、前々々任者と同じことになるでしょう。「組織、政党の支援を抜きに、一票が集まればこんな大きなうねりになるんだと感動した」と振り返ったらしいですが、よくも言えたものです。まさか本当にそう思っているのではないでしょうね。

慶應義塾大学の金子勝氏のツイート。
小池百合子氏に当確が出た。初の女性知事誕生でなく、極右で新自由主義者で扇動家の都知事誕生である。ひどく下劣な選挙だった。鳥越候補の10数年前の女子大生「淫行」疑惑が週刊誌を通じて垂れ流されたが、内閣調査室が動いたという。
軍事オタクの核武装論者で移民排斥の新自由主義者の小池百合子氏が勝った。これから首都でトランプやボリス・ジョンソン並みのワイドショー型扇動政治が始まるだろう。
小池都知事が、早速公約を破り、冒頭都議会解散(そんなことできないけど)は止め、批判控えて議会と連携模索だそうだ。そして都に利権追及チームは設置するらしい。是非、小池氏の元秘書への裏金作り問題も説明してください。


ま、官僚政治から脱却できない以上、誰が政治家をやっても大差はないのかも知れません。というか、政、官、財、マスコミの複合体が彼らにとって都合の悪い人間は選挙に通さないようにしますし、仮に通っても、あの手この手で懐柔し、それがダメならマスコミでネガキャン、役人はサボタージュ、最後は検察などの国家権力が犯罪容疑をでっち上げて失脚を図ります。そういうレベルの大腸菌なみの力学で動いているのがこの国の政府です。

しかし、目の前で国家権力に蹂躙される国民の権利、人権を目の当たりにした時に、われわれはどうすべきなのでしょう。外国の話ではありません。沖縄、高江のヘリパッド建設、辺野古の米軍基地新設のことです。自己利益のために対米隷属を貫く官僚と政府与党が、沖縄一県にそのほとんどの負担を押し付け、県民の日本国民としての権利を侵害し続ける日本政府。県民の抗議活動を国家権力が力ずくで排除し、問答無用で、強引に米軍基地を恒久化しようとする日本政府。選挙は茶番、政治家は最初から相手側、政府の本性を最も良く知っているのが沖縄です。われわれにできることは何なのでしょうか。少なくとも、汚いものから単に顔を背けるのではなく、その現実を知って考えることはできるのではないだろうかと思っています。

山本太郎氏のブログの記事、「助けてください」から

今回、権力の暴走を受け、沖縄県議会は、海兵隊の訓練施設であるオスプレイヘリパッド建設は到底容認できるものではない、建設を直ちに中止するよう強く要請する、と言った内容の意見書を国に出している。
政府はスルー。
十分な住民との合意もないまま、選挙の結果さえも無視。
日本には民主主義なんて存在しないし、人権なんてありません、と工事を続けるのが、今の政府。、、、
「力を貸して貰えませんか?」
直接、あなたが、沖縄・高江に足を運んでくれませんか?本格的な搬入が行なわれる予定です。8月5・6・7・8・9日に。
広島・長崎の「原爆の日」周辺を利用して、高江の情報が、極力マスコミに流されない手法を取るようです。、、、
とにかく、多くの人が集まることでマスコミも、ニュースにしなければならない状況が生まれます。
(諸事情で、現場に行くことが難しい方は、無理をなさらず、情報拡散等で力をお貸し下さい)
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