百醜千拙草

何とかやっています

週末の動き

2018-05-29 | Weblog
いろいろな動きがあった週末でした。
個人的には、ずっと行きづまり感が強かった複数のプロジェクトのうち、昨年始めたサイドプロジェクトに希望が見え始めたこと。あるアッセイ系を立ち上げる必要があったのですが、金と人手の問題でなかなか困難なので足踏み状態が続いていました。行き詰まってしまい、「まずは金だ」と思い、いろいろグラントのネタを毎日探している間に、たまたまそのアッセイができる人が独立して研究室を持っていることがわかりました。朝にメールを書いたらその日の夕方までに具体的な共同研究の計画ができ、一気に前に進みそうな感じになりました。この人がトップで書いた6年前のCellの論文はこのサイドプロジェクトを始める時に読んだのですが、私が読んだ中で、美しい論文トップ10に入るのではないだろうか、と感心した覚えがあります。productiveな研究室からの論文だったので、本人の実力なのか、研究室のリソースとPIのガイダンスゆえなのか判断がつきかねましたが、返ってきたメールの返事を見て、この人は私よりも相当頭がいいと感じました。メールのレスポンスが早い、表現に無駄がない、英語が正確、メールの体裁の細部に気が配られている、などのことは、3行のメールでも分かります。頭が良いことに加えて、私にとって、より重要なことは、その相手が信頼できる人間かどうかです。これを3行のメールで判断するのはちょっと難しいです。頭の良い人は誠実そうに振る舞うのもうまいですから。ただ、論文の図や構成を読めば、研究に対しては誠実かどうかは大体、分かります。人間が誠実かどうか、それを判断するのは難しいです。(そもそも、私は人を見る目のなさに関しては自信があります)通常は誠実でも、切羽詰ると己の利益のために他人を裏切る人はよくいます。まして、普段から小さい嘘をつくクセのある人は、基本的にはダメだと思っておいた方がいいでしょう。私は、小さいウソぐらいなら確認をちゃんとすれば大丈夫だろうと軽く見て、結局、最後に手酷く裏切られ、痛い目にあいました。他人を変えることはできません。ウソつきは長年ウソをつくことが自己利益を増大する上で正しいと信じているのです。そのために自分のウソや不誠実さによって他人が被る被害は仕方がない、人間が生きるために他の動物を殺すようなものだから、やむを得なければ他人を騙して利用することは正当な権利である、と信じているのです。そして、そのやむを得ない状況というのは限りなく拡大解釈されていきます。だからこそ大ウソつきほど堂々とウソをついて悪びれないのです(アベが典型例ですね)。そういう人を教育して誠実な人に変えることはできません。ウソをつく人にはウソの大小に関わらず、深く係わらないことです。まして、アベのようにバレバレの大ウソを平気でついているのに、まだウソをつき続けるようなのは、論外です。今週もまた、愛媛県文書からまたアベの大ウソがバレました。アベは2015年に加計学園と会っていたという愛媛県文書を否定。加計学園もあっていない、と愛媛県文書を否定。それならそれで、加計学園は愛媛県を騙したこととなり、詐欺事件です。東京新聞はまた一面で「加計・学部新設 官邸幹部がこぞって関与か」と報道。何れにしても、アベ、カケ、ともに大ウソつきの詐欺師であることに変わりはありません。中村県知事は、皮肉まじりの正論で反論。「よほどこれ(愛媛県文書)が事実だと困る人がいるのかなと。正々堂々とやりましょうと呼びかけたい。いくらそういういちゃもん付けても、何事も正直、真実というのを覆すことはできない」と強調した、とのこと。
前代未聞のウソつき総理のアベ、それでもまだこのcon manをかばおうとする自民党と政府官僚に対して、KOMIYA Tomone@frrootsさん:なんかもう「安倍首相以外のすべての人が嘘をついていたということになったとしても、安倍首相が嘘をついていないことになればそれでよい」みたいなことになってませんか。
 昨日の予算委員会では、福山議員、加計問題で、改めて数々の証拠を突きつけてアベを追求すると、アベは「委員がつくられたストーリーなんだろう」と発言、国会騒然。ウソつきでずるい奴ほど、正直な人間をウソつき呼ばわりするという教科書的見本。それにしても、アベほどの恥知らずは見たことがないです。

と話がずれましたが、この新しい共同研究者の人とのやりとりは週末の間も続き、お互いにやる気になっているのが感じられて、嬉しかったです。こういうのが研究の楽しみの一つでもあります。

さて、世間の話を短く。

フィリップ ロス氏、死去。サリンジャーなどの近代アメリカ文学にはまっていた高校生時代、ロスの「さよなら、コロンブス」も感銘を受けた一つでした。もう小説は読まなくなりましたが、若い時に読んだものは妙に残るもので、ロスの名前を訃報欄で見たときは、なんとなく美空ひばりやダイアナ妃が亡くなった時を、ふと思い出しました。子供の頃の記憶という共通項でリンクしているようです。昭和は遠くなりにけり。

籠池氏、10か月の勾留の後、ようやく保釈。さすがに大阪地裁もこれ以上、引っ張れないと思ったのでしょう。対して、村木さんでっち上げ事件で前科のある大阪地検、保釈反対請求をしたらしいですが、呆れますな。
 籠池氏は、「国策勾留」であり、籠池夫人に関しては「冤罪」であると地検を批判。小学校認可の判を押した松井知事、払い下げの認可の判を押した財務省に本来の責任があると指摘。ごもっとも。籠池氏を詐欺罪に問うのであれば(そもそも、すでに補助金は全額返還している籠池氏を、補助金不正受給に対する特別法があるのにもかかわらず、わざわざ詐欺罪で引っ張り、しかも正当性のない勾留を10ヶ月も強いた、という事実そのものが、これが、口封じのための国策勾留であったことを証明していますが)、何億もの国有地を管理する義務のある財務局も小学校の認可を出した大阪府も、よくて、ろくにdue deligenceもできない無能の集まり、知ってやったのなら、判子を押した分、籠池氏以上の詐欺師の集まりであると、断罪されなければなりません。
 籠池氏、会見では「今後、いろいろ、活躍させて頂くつもり」と含みのある発言。アベに対しては「ウソをつかずに正直にやるのがよかろう」と。しかし、アベのウソつき卑怯者体質は性来のもので、死ぬまで治らんでしょう。どうにかして責任のある立場から引きずりおろすしかありません。

トランプ、北朝鮮との会談を延期。これ、どちらもどちらですけど、「交渉の技術」とかいう本を出したクセにトランプの交渉術の稚拙さにはあきれかえります。救いのないのは本人は自分が交渉の達人だとでも思い込んでいるところでしょう。トランプの交渉の技術というのは、札びらで相手の頬を張り、相手の弱みに付け込んで要求を飲ませ、飲まない相手は力で脅す、と金と力があればバカでもできることで、それは、長期的な相互関係の安定と繁栄をを目指す良いう視点が欠けており、短期間の勝ち負けでしか物事を判断できない幼稚なエゴにドライブされているものです。
 アメリカやNATOのリビアやイラクでの汚いやり方を見ていたら、北朝鮮が疑心暗鬼になるのは当然です。ましてや相手は、目先の損得でしか物事を考えられない単純バカのトランプです。
 それから、トランプ、米朝戦争になったら、戦費は日本と韓国が負担することになると言ったらしいです(これ本当なら、アベ政権の背任は度を超えています。ま、おそらく日米地位協定に基づく日米合同会議でアメリカに命令されたのでしょう。アベにはイエスと言う以外の選択はなかったのでしょうが。交渉の達人だと自負するトランプはまとまるべき話を壊すばかり、外交が得意というアベは、単にアメリカとロシアの要求は丸呑みするしか能がなく、その他の国にはおだてに乗せられてカモにされ、カネを毟り取られるばかりで、一方的に国益を損じている、この状況は、なんといっていいのか。
 ついでにネットで話題になっていますが、トランプが対話の延期を通知した手紙が小学生並みのレベルだという話。私も見てみました。英語が小学生レベルというよりは、書き方稚拙だと思います。露骨に脅したり、かと思えば、すかしてみたりと、本人はバランスをとって交渉しているつもりなのでしょうが、主導権は自分が持っているとの傲慢さが鼻につきます。多分、トランプは読む側の立場に立って物事を考えるいう能力に欠けているのでしょう。自分に都合の悪い連中はどんどん切り捨ててイエスマンばかりで政権を固めるから、こんな手紙を誰も止めないのでしょう。アベもそうですが。こんなのがトップでいいのか、共和党、自民党。
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厚顔無恥の犯罪内閣

2018-05-25 | Weblog
カンヌ映画祭で「万引き家族」がパルム・ドール賞を受賞した是枝裕和監督。私は、是枝監督作品は、「誰も知らない」、「そして父になる」、「海よりもまだ深く」しか見ていませんが、特に前者二つの作品は、普段あまり目にしないような社会の問題を深く考えさせるだけでなく、人間性の崇高さや人間愛が画面から滲み出し、暗い題材の中に明るさを感じさせるもので、心に残りました。

この度の映画の題材も同様ですが、監督の映画で取り上げられるこうした社会の問題は実は滅多にないような異常事なのではなく、一歩間違えば誰にでも起こりうる恐れのあるものです。人間を描くための題材であると同時に社会に対する警笛でもあると思います。

その監督のインタビュー記事を読みました。
血が混ざってこそ家族なのか、日本の家族は崩壊したが…(中央日報)
、、、
--物語の着眼となった契機は。

「数年前に、日本では亡くなった親の年金を受け取るために死亡届を出さない詐欺事件が社会的に大きな怒りを買った。はるかに深刻な犯罪も多いのに、人々はなぜこのような軽犯罪にそこまで怒ったのか、深く考えることになった」
、、、
--主人公は社会のセーフティネットから疎外されている。

日本は経済不況で階層間の両極化が進んだ。政府は貧困層を助ける代わりに失敗者として烙印を押し、貧困を個人の責任として処理している。映画の中の家族がその代表的な例だ

--経済不況が日本をどのように変えたか。

共同体文化が崩壊して家族が崩壊している。多様性を受け入れるほど成熟しておらず、ますます地域主義に傾倒していって、残ったのは国粋主義だけだった。日本が歴史を認めない根っこがここにある。アジア近隣諸国に申し訳ない気持ちだ。日本もドイツのように謝らなければならない。だが、同じ政権がずっと執権することによって私たちは多くの希望を失っている
、、、

監督が日本を見る目は的確ですな。

日本の国粋主義、「日本スゴイ病」は未成熟の表れ、自信のなさの裏返しでしょう。その自信のない未成熟な人々が、裸の王様のアベを支持している。世界中からバカにされているのに、アベが虚勢を張っているのはまさにギャグ漫画ですが、それを支持している人々も、日本の没落、その問題を直視したくない現実逃避組と言っていいのではないでしょうか。

この受賞に関して、想田和弘 監督@KazuhiroSodaのツイート
それにしても、オリンピックの金メダリストにはわざわざ電話かけたりする「日本スゴイ」大好きな安倍ちゃんが是枝監督のパルムドール受賞を華麗にスルーしてるのは露骨すぎないか。スルーしなけりゃしないのも嫌だけど笑。(≧∇≦)

ま、アベも毎週毎週、悪事の動かぬ証拠が山盛りで出てくる状況では、人気取りのパフォーマンスをやっている余裕もないのでしょうが。今週も財務省が出してきた書類で、森友事件でのアベ夫人の関与の証拠を隠蔽しようとしたことが明らかとなり、東京新聞は、「昭恵氏隠し 鮮明に」と一面トップで報道。本当に情けない。ま、財務省が出した書類の内容はアソーも知っているはずですから、いよいよ、アソーも腹を決めたのかもしれません。この間の幹事長グループとの会談は、どうアベに引導を渡すかという相談だったのかもしれません。

小西ひろゆき氏 - 安倍内閣は一年以上、森友土地売却の協議文書を「破棄した」と虚偽答弁。この間、「森友学園」と言及された衆参の本会議・委員会の回数は計405回に及ぶ。、、、これほどまでに国会と国民を欺いてきた安倍内閣は総辞職しかない。議会政治が崩壊する。

小沢一郎氏 - 総理は日本の伝統だの歴史だの美徳だのとやたら強調する。ところがやっていることはいわゆる日本人の美徳とされることとは真逆。恥ずかしくないのか我が国の歴史と民主主義に対する犯罪を犯した内閣なのに、よく平然としていられる

日大アメフトの監督といい、アベといい、腐ったトップほど往生際が悪いですな。アベ政権に比べて、日大アメフト事件にまだ救いがあるのは、反則行為を実行した選手が反省して自分の言葉で正直に状況を説明して謝意を示したことでしょう。被害者の親も加害者の選手に同乗し、責任の軽減のための嘆願、そして監督とコーチの会見での不誠実で責任逃れの発言に対する反対証拠の提供の協力を呼びかけました。
それに比べて、佐川君や柳瀬君はちょっと情けないのではないですかね。
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レベルが低すぎる

2018-05-22 | Weblog
「人はいかに生きるべきか」という問いは繰り返し問い続けられなければならないと思います。先人も太古から哲人や市井の人々に至るまで、この問いへの答えを個人と社会が求め続ける行いを通じて、人は人間として進化してきたのだと思います。社会の構成員が「人はどう生きるべきか」のある一定のコンセンサスを共有し内在化することは、社会で共同生活を営むために必須です。そのために国は税金を使って長年の義務教育を行い、社会の構成員を一定のレベルに保つ努力をしているのだと思います。

しかし、倫理教育や文学を通じて人間としての生き方を外から強制することはできません。それは本来、社会生活を通じて個人が自発的に発達させるべきものであろうと思います。また、個人差というものもあり、また集団で共有される価値観というものを理解できない、あるいはそれを尊重できない人は、必ずおります。

そういう事情で、社会科の教育によって、社会の成り立ちと仕組みを教え、人間として社会で生きる上でのルールを教え、ルールに違反すれば罪になり罰せられることになることを教えます。罪を犯せば罰せられる、これは犬をしつけるレベルの話です。よって、法律で決められているルールというのは社会の最低レベルの基準です。大多数の人は普通はその最低レベルには抵触せずに生活しているはずで、さらに加えて、人間としての高潔さ、思いやり、などのより高位のレベルの「どう生きるべきか」という基準を各々にに課して生きていると私は思います。そして、あるレベル以上の人であれば、「罰せられるから罪を犯さない」という次元ではなく、常に「より良い人間」になろうと努力しているでしょう。とりわけ、国や社会のリーダー的立場にある人間は、構成員から注目されるがゆえに、法律という最低レベルの基準を満たすのは当然のこと、一段と高いスタンダードを要求されるべきであろうと私は思います。

しかるに、この国の腐った魚の頭は、ルール違反、法律違反、憲法違反と、社会の最低レベルの基準でさえ満足に満たすことができません。あげくに、先週、政府は「『セクハラ罪』存在せず 答弁書を閣議決定」したらしいです。もちろん、これはアソーのバカ発言の弁護のためでしょうが、「情けない」という言葉しかありません。この連中は小学校で何を学んできたのでしょう。漢字も満足に読めない、書けない、読書は漫画、推して知るべし、ですか。

ここでは「罪になる、ならない」という話をするということ自体のレベルの低さが問われているのです。つまり、アソーが大臣として、人間としてレベルが低すぎることを問題としているのであって、その発言の真偽を問うているのではないのです。にもかかわらず、それを閣議決定するというのは、内閣全体がXXの集まりだと言っているようなもので、しかも、その内容ときたら、小学生でもバカにするなと怒り出すようなレベル。

答弁書は、セクハラの定義について、職場や職場外での「他の者を不快にさせる性的な言動」と人事院規則が定めているとし、「これらの行為をセクハラとして処罰する旨を規定した刑罰法令は存在しない」とした。
 一方、逢坂氏が「セクハラが強制わいせつなどの犯罪行為に該当することがあるのでは」と問うたことに対し、答弁書は「その場合に成立するのは強制わいせつなどの罪であり、『セクハラ罪』ではない」とした。【毎日新聞 野口武則】


これに対しての「稗史倭人伝」の反例が的確。


「万引き」を処罰するための「万引き罪」という刑罰法令は存在しない。 刑法に“万引き“という表現はなく、罪名で言えば窃盗罪、、、
確かに 「セクハラ罪」はないかもしれないが、だからといってどうだというのか? やっても構わないというのか?


一方、セクハラは、世界では、単に罪になるならないというレベルの問題では議論されていません。研究の世界に限っても、5/10のNatureでは、セクハラの話題が二題取り上げられています。
World view: Harassment should count as scientific misconduct セクハラは研究不正だという主張。
それから、ちょっと前にスキャンダルになったソーク研究所のInder Vermaのセクハラの告発で、結局、VermaはPNASのEditor in Chiefを辞任することになったとニュース(リンクはサイエンスの記事)。 研究能力、業務遂行能力がいくらあっても、セクハラはそれらのポジションを辞任しないといけなくなるほどの問題であると認識されているということでしょう。

知る限り、世界で「セクハラ罪などという罪はない」と責任大臣が発言したり、それを閣議決定するようなXXが政府中枢にいる国は日本以外に見当たりません。(トランプでさえ、セクハラはやったでしょうが、こんなバカな開き直りはしないでしょう)

この連中は、真性のXXなのか(少なくともアベとアソーはそうでしょう)あるいは、国民全体に自分たちのバカさ加減をわざと晒して、「何を言っても道理が理解できないXXは、もう死ななきゃ治らないから、ほっておくしかない」という無力感を国民に与えるために、わざとやっているかのどちらかでしょう。

何れにしても、一段と高いスタンダードどころか、普通の人のはるかに下の基準でさえ満たせないわけで、こういうマイナス2 SD 未満の連中が権力中枢にいるという事実だけでも、どれだけ社会に悪影響を与えることか。
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共感性の欠如と幼児性

2018-05-18 | Weblog
愚かで、傲慢、利己的でずるい幼稚な人間が権力を握ると、世界に悲劇をもたらします。
トランプとアベのことです。トランプが大統領、アベが首相というのは、悪い冗談以外の何物でもない。彼らが、大統領ぶった仕草をしたり、自分のことを最高責任者と言いつつ責任を他人に押し付けて決して責任を取らない様子は、ギャク漫画そのものです。
しかし、自己顕示欲と利己主義に任せて、考えなしにその権力を弄ぶがために、もたらされる人々の悲劇を思うと、冗談と笑うわけにはいきません。

愚かなトランプがエルサレムへの在イスラエルアメリカ大使館移転を強行し、反発したパレスティナ人のデモ隊とイスラエルが衝突し、子供を含む60人弱の死者と2700人の負傷者が出てしまいました。アメリカ大使館がエルサレム移転すれば、パレスティナの反発は当然、予想されたことで、それで大使館移転が決まった後も歴代のアメリカ大統領は、その実行を先送りしてきたのです。思うに、自己愛性人格障害が強く疑われているトランプが、目立ちたいのと共和党タカ派の支持を得たいがために移転を強行し、結果、中東の和平への道をさらに険しいものにしたばかりか、多くのパレスティナ人犠牲者を出す結果となりました。エルサレムは宗教上の聖地であるがゆえに、通常の領土問題よりもはるかに繊細な問題です。そうでなくても、領土問題は、結局は棚上げするという解決法しかないのです。

パレスティナは、イスラエルの建国によって土地を追われ、現在もイスラエルの強行な入植によって無理に土地を奪われ続けています。イスラエルにはユダヤの理屈があるでしょうが、パレスティナも同様です。領土問題ですから棚上げにして妥協策を探るしか平和的な解決はありえない。
イスラエル建国はパレスティナにとっては迫害であり、そのパレスティナ苦難の日に、アメリカがエルサレムにイスラエル大使館を移転したというのは、妥協点を探って和平を実現しようと努力してきた先人の苦労を無にするばかりか、アメリカはイスラエルの味方であり、パレスティナの敵だというメッセージを突きつけたことになり、まさに傷口に塩を塗るような行為といえるでしょう。

東京新聞社説、パレスチナ流血 中東安定は米の責務だ より。

 パレスチナで続く流血に責任を自覚すべきである。在イスラエル大使館をエルサレムに移転したトランプ米大統領だ。国際社会の指導的役割に復帰し、中東安定に尽くすことを求める。、、、、トランプ氏と同じく歴代大統領の中には、ユダヤ層やキリスト教右派の支持取り付けのため、大使館移転を選挙公約に掲げる人もいたが、就任後は棚上げした。中東和平の仲介役の障害になることが大きな理由だった。、、、、ところが、大使館開設式に出席したトランプ氏の女婿クシュナー大統領上級顧問は「大統領は約束したことは守る」と誇った。そのために抗議のパレスチナ人に多数の犠牲者が出たことをどう受け止めているのか。、、、、、エルサレムの首都認定と大使館移転は、米国が中東和平の仲介役を放棄したに等しい。、、、、、そればかりか米国が踏み切ったイラン核合意からの離脱と大使館移転は、宗教・民族間の対立と憎悪をあおっている。中東が「火薬庫」になりかねない。、、、、そうしておきながらトランプ氏は中東から手を引きたいと公言している。無責任極まりない
 石油の大半を中東からの輸入に頼る日本にとっても、中東安定化は欠かせない。米国が目を覚ますよう働き掛けるべきだ。


トランプはパレスティナ人の痛みも気持ちもわからず、自分の行いが他人や世界にどう言う影響を与えるかを人の立場に立って考えることができない。自分のことしか考えていないのに世間が自分の行動をどう批判的に見ているかは理解できないのです。これはアベもアソーも同じですが。この連中に共通しているのは「共感性の欠如」それから「幼児性」です。つまり、人間としての未熟さではないでしょうか。やっていいことと悪いことの区別がそもそもつかないのでしょう。

アソーの未熟さを解説した記事が的確です。これはアベやトランプにも当てはまるでしょう。麻生大臣が致命的な「問題発言」を繰り返す理由 ー 圧倒的に欠如している2つの力 から。

前財務次官のセクハラ問題を受けて、麻生財務大臣の発言がたびたび物議を醸している。、、、ここに挙げた問題発言を分析すると、いろいろな特徴が見えてくる。、、、、。しかし、そこに決定的に欠如しているものがある。それは、「共感性」である。共感性とは、他者の感情を思いやって、それを共有する能力のことをいう。、、、、そして当人は、そのことを周囲から批判されても、まったく理解していないかのような顔つきである。
、、、、当たり前のことだが、事実であれば何を言ってもいいわけではない。そこには、共感性欠如に加えて、未熟な幼児性とも言える問題が指摘できる。
子どもは、平気で相手の身体的欠陥をあげつらって笑いものにしたり、「言っていいこと」と「悪いこと」の区別がつかず、人前で口にすべきでない言葉を大声で述べて、親をハラハラさせたりする。、、、、、、「事実を述べただけ」と開き直って強弁する姿には、「嘘じゃないもん。だって本当なんだもん」などと言って、親の言うことをきかない未熟な子どもの姿を重ねてしまう。、、、、ハラハラして不快になっているのは周囲のみで、本人はそれを感じていないのだ。
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ミゾユウのウソつき政権

2018-05-15 | Weblog
「過去にないウソつき政権」自民内に危機感 加計問題

中村愛媛県県知事、ウソつき柳瀬君にさすがに頭にきた様子、「ウソは他人を巻き込む」と言って、柳瀬君の答弁を非難。ウソはすべての人間どうしの信頼関係を破壊します。保身のために平気で集団でウソをつくような政権に国民は生活に直結する政策を託せますか?答えは明らかです。公明党の党首、加計問題は国政で議論することではない、というような発言をしたらしいですが、見当違いも甚だしい。手前に都合が悪けりゃ、平気でバレバレのウソをつくような連中と国政の議論などできるはずがない、野党の審議拒否というのはそういう理屈ですし。そういう理屈や、あるいはアベの見え見えの不正がわからぬほど愚鈍ではないはずですから、つまりこの人も与党にいたいがためにアベ政権の不正に手を貸しているのです。もう創価学会も公明党支持するのはやめたほうがいいのではないでしょうか。

朝日新聞のこの見出しは、国民の怒りの表れです。ペンは力であるがゆえに、(読売や産経などのプロパガンダ紙は別にして)新聞社は慎重に事実に基づいて、中立、公平な報道をするというプライドを持っています。にもかかわらず、アベ政権を「過去にないウソつき」で断定して、見出しで報道するのは、相当なものだったでしょう。これまでのアベ自身やその政権の閣僚、政府官僚の不誠実極まりない態度は、この政権が史上最悪のウソつきであると断言するに十分すぎる物的証拠の上に下された結論であったと思います。

責任を負う報道の人々は、この結論を引き出すまでに、方法的懐疑を用いて自問自答を繰り返したはずです。「もしもアベがウソつきでなかったとしたら、目の前にある数々の事実は矛盾せずに説明することが可能か」という仮説を多角的に検討し、結果、すべての事実を整合的に説明できる唯一の可能性は「アベ政権がウソをついている」という場合しか有り得ない、という結論に達したのであろうと思います。(普通の知能を持つ人なら、そんな回りくどいことをしなくても、アベがウソつきであり、官僚は、どういう事情か、アベに都合に悪い事に関してウソをつかされているという事は、火を見るよりも明らかでしょうが)

そのアベといえば、柳瀬君のウソつき答弁の評判が悪いと見るや、急遽TV出演で、失地挽回を図ろうとしたようですが、例によって支離滅裂ぶりを発揮してしまい逆効果であった模様。すっかり、北朝鮮外交から蚊帳の外に置かれているのに、それでもあたかも絡んでいるように振る舞う様子が痛い。しかし、去年は己の不祥事をごまかすために、Jアラートかいうデタラメの空襲警報もどきで国中を騒がし、挙句に小学生に避難訓練までさせたクズぶり、子供が机に下に丸くなっている姿を写真で見て、この底抜けのバXは許してはならぬ、と怒りがこみ上げたのを思い出しました。

下のツイッターでリンクされているそのTVでのアベの発言、何かしゃべっていますが、質問には全く答えておらず、日本語としても意味不明。いつものアベの国会答弁そのまま。Xホ丸出し。

https://twitter.com/mas__yamazaki/status/995539712893894656

 山崎さんのコメント、「何らかの言葉を口から発してはいるが、論理的に意味をなしておらず、何を言っているのか意味不明である状態を指す言葉として「うわごと」というのがあるが、一国の総理大臣が、自分の都合に合わせて日本語の意味を次々と破壊するだけでなく、ついに「うわごと」を言い始めた。」
 umekichiさんのコメント、「何言ってんだ、こいつ」
 kobe-shinさんのコメント、「言語不明、瞭意味不明」
 Karyn NISHI-POUPEEさんのコメント、「記者として相手の答えの意味が分からない時には、もう一回同じ質問していいと思う」
‏ 宋 文洲さんのコメント、「なぜ直接言って来ないか」と問われたアベ、「北京ルートを通じて…」と誤魔化すが、それは単に北朝鮮大使館にFAXで抗議文を送信しただけ

キリがないのでやめますが、アベの反知性主義というか、無知性は一見にしかず、と思います。

それにしても自民党党員も行動が遅すぎる。内閣総辞職後の次期首相を狙う石破氏は、しばらく前から政権批判を折々にはしていますが、自民党も次の選挙で有利に戦うには、アベを降ろして、心から反省の意を示し、アベ一味を政権から一掃するぐらいのことをしないと危ないでしょう。あの風見鶏の幹事長は何を考えているのでしょう。ガースーもさすがにもう持たないでしょうし。
先週末は、本部を含む各地の自民党事務所の前で、アベとアソーを降ろせ、の一斉デモ

本当に、こんなのをいつまで担いでいるのか、自民党。
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ウソつき柳瀬君

2018-05-11 | Weblog
アベ政権のデタラメぶりとそれが起こしたモラル破壊の惨状を日に日に見せつけられていると、優秀、勤勉、礼儀正しく、正直で思いやりがあるという理由で尊敬されてきた日本はどこへ行ったのか、と思いますね。愚かで無礼、嘘つきで冷酷なアベやその取り巻きは全くその日本の価値と真逆です。
首相秘書官、国会招致、嘘つき佐川君を彷彿とさせますな。佐川君もあれだけ国会でウソをつきまくっていたのに、アベを庇ったのが奏功したのか逃げ切りになりそうです。一方、国会で正直に話した籠池夫妻はありえないような罪状で逮捕されて半年以上も、裁判の予定もないまま、口封じで拘留され続けています。

総理秘書官、佐川君並みの苦しい言い訳、ネットでツッコまれまくっています。

ジョンレモン@horirisさん、
元首相秘書官も大嘘つき。
長妻氏「283事業者で柳瀬氏会ったの加計だけ」:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASL5B6T8LL5BUTFK037.html …
柳瀬氏が会ったのは、加計学園だけ。「アポがあれば誰でも会うんだ」とおっしゃっていますが、これだけ多くの事業認定数にもかかわらず、加計学園だけに3回も首相官邸で会う」

立川談四楼@Dgoutokujiさん、
公募の2年前に安倍さんの腹心の友である加計学園関係者に3回も官邸で会い、懇切丁寧なアドバイスをしたが、その報告を安倍さんに1度として上げなかった。「だから総理は加計学園について何も知らない」と柳瀬元秘書官は参考人招致で言っている。凄まじいな。それはすでに秘書官ではないってことだぜ。

石破氏「総理に秘書官が報告しないこと、考えられない」:朝日新聞デジタル  非常に違和感を持ったのは、希望があれば誰でも会うと言われたが、総理秘書官が誰にでも会ってくれる話だと思わなかった。結果として、会ったのは加計さんだけ。誰にでも会うと強調していたので、すごく違和感を持った。なぜ加計さんだけだったのか。石破4条件を随分強調していたが、閣議決定だから安倍内閣の決定であり、その点もかなり違和感を持った。

共同通信「真実語ってない」愛媛知事が柳瀬氏批判  愛媛県の中村時広知事は10日、参考人質疑で「首相案件」発言を否定するなどした柳瀬唯夫元首相秘書官の答弁について「県の信頼を損ねる発言があり非常に残念。誠心誠意、全ての真実を語っていない」と批判した。

それにしても、アベの厚顔ぶりには恐れ入ります。普通なら、とっくに辞めてますぜ。精神がタフなのではなく、己を反省する能力、羞恥心を感じる能力、善悪を判断する能力、他人を思いやる能力といった人間らしい活動に必要な能力が絶対的に欠如しているのでしょう。
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サイエンスの実力と運

2018-05-08 | Weblog
研究も、先立つものがあってはじめて成り立つわけで、グラントのネタを探してウロウロする毎日です。いろんな人とも話をし、自分の経験や利用できるデータベースも調べて、つくづく思ったことは、グラントは宝くじと変わらないということです。もちろん、数割ぐらいの基本のなっていないようなダメなグラントはダメですが、一定レベルのグランツマンシップはクリアしている残りのグラントの採択はほぼランダムといってよいのではないかと思います。これは同様に資金獲得に苦労している友人とも一致した意見です。ならば、ある一定レベルをクリアしているグラントであれば、それを当てるには数を打つという戦略しかないようです。

しかし、数を打つにもそれだけのグラントネタ、予備実験のデータ、それから実際にグラントを書く時間は必要であり、結局、バカにならない時間と労力を当たらないグラントに費やすことになります。当たらないグラントを書き続けたがためにに何の研究成果も出ないうちに研究ができなくなるという最悪のコースを辿らないようにバランスを工夫しないといけません。

しばらく前の東京新聞の社説で、最近のシミュレーションを使った研究の内容が紹介されていました。
週のはじめに考える 人生の成功は才能?運?
米科学技術雑誌「MITテクノロジーレビュー」の電子版がイタリア・カターニア大学のプルチーノ准教授らの論文を紹介していました。さまざまな人生をシミュレーションした研究で、タイトルは「才能と運 成功と失敗における偶然の役割」です。
、、、結論は「最も裕福な人々は(ある程度の才能はあるものの)最も才能のある人ではなく、最も幸運だったのだ」でした。、、
プルチーノ准教授らは、別のシミュレーション実験もしています。テーマは、科学研究資金の最も効果的な配分方法です。
 配分方法のモデルは(1)研究資金をすべての科学者に均等に配分する(2)一部の科学者にランダムに配分する(3)過去の実績の良い科学者に優先的に配分する-の三種類。最大の効果が得られたのは(1)の均等配分でした。
「実績のある科学者とは、過去に幸運に恵まれたということであって、将来も幸運に恵まれるとは限らない」と説明しています。幸運をうまく生かした科学者が成功するというのです。


私もなんとなく納得しました。あるレベルの才能、努力を継続できる能力があれば、あとは運だろうと思います。努力もせず運にも気づかないような人は幸運を掴むことはできないでしょうから、幸運を掴む能力、幸運に気づく能力、幸運に当たる確率を上げることができる能力、そうしたものが「才能」の本体かもしれません。

研究資金の配分に関しては、私も、1)をベースに2)と3)を加えたハイブリッドにするのが良いと思います。現状では、グラントのための予備実験や書く作業に50%以上の時間を費やす研究者も少なくないと思います。これらの努力は1-2割の確率でしか実らず、実験データも論文にもならずにお蔵入りすることも多いと思います。大変な量なの時間と労力の無駄です。加えて、これらのグラントを評価する仲間内の研究者の時間と労力もバカになりません。となると、この「カネとりゲーム」におそらく、研究者の人の5割ぐらいの時間が無駄に費やされている可能性があると思います。

ま、膨大な無駄だと思いますけど、実際にはその現実を受け入れていくしか、今の所、選択はありません。
それで、ネタ探しの一環というわけではないですが、先日、non-coding RNAをテーマにしたシンポジウムに参加してきました。半分は工学系で、いかにRNAや核酸アナログを治療目的で生体にデリバリーするかという核酸医薬の適用上の最大の問題にフォーカスしたものでしたが、残りの半分は、基礎的な話で、大変、刺激になりました。

著名人を数人集めた豪華なシンポジウムでしたが、ノーベル賞科学者でハワードヒューズ医学財団の前プレジデントのThomas Cechが話すというので、これまで話を聞いたことがなかったので、それを楽しみにしておりました。その話の内容は、PRC2と呼ばれるヒストン修飾コンプレックスとRNAの話でした。

PRC2はあるヒストン修飾を担う複合体でエピジェネティックに遺伝子発現を抑制するわけですが、ゲノム領域特異的にPRC2が制御されるメカニズムはいまだにはっきりわかっていません。

一方、PRC2が色々なRNAに結合するということは以前から知られており、7-8年前に、ゲノムから転写された制御領域のRNAがPRC2と結合してクロマチンの特定部位のサイレンシング起こすというモデルが提唱され、非コード領域のRNAはPRC2のリクルーターであるという概念ができました。が、今回の話では、Cechはこの問題に生化学的なアプローチで挑み、これを覆すデータを示しました。

その研究データやアプローチが大変、緻密でよく考えられており、しかも手法は50年も前からあるような生化学や分子生物の技術を使ったものであったので、私は大変感動しました。最近のハイインパクト雑誌に出る論文は、最新のシークエンス技術やコンピュテーショナル解析を組み合わせた大量データに基づくヒートマップや解読不明の図ばかりで構成されたようなものが多く、私の時代遅れの脳では図を解釈するだけでも容易ではないですが、このCechの研究は非常にわかりやすかったです。そして、このように十分に頭を使って緻密な研究を組めば、昔ながらの技術でも最新の問題に真正面から取り組んで、パラダイムを覆すような発見をすることができるのだ、やっぱり頭のいい人は違うのだなあ、と大変感心した次第です。

PRC2はヒストンの修飾コンプレックスで、その修飾ヒストンと共在しています。それで上述のように、PRC2がクロマチンに結合するメカニズムとして、まずRNAがリクルーターとしてクロマチンの特定部位にPRC2をつなぎとめて、クロマチンの修飾を促進し、その修飾ヒストンにPRC2が固定化され、それによって細胞分裂後にもヒストンの修飾が伝達されるというモデルが作られたのです。しかし、彼のグループの生化学的な解析で、PRC2の結合度を測定したデータによると、PRC2の修飾ヒストンへの結合は強いものではなく、数個のGを含むRNAへの結合の方がはるかに強いということがわかりました。またPRC2はDNAにも直接、結合し、その結合度はRNAよりは弱いということがわかりました。私は、これが発見へのキーとなるデータであったように思いました。生化学者ならではの実験で、普通に分子生物や細胞生物から入った人であれば、PRC2の結合アフィニティの違いを検討するというような発想さえ湧かなかったでしょう。

それから様々な生化学的実験を積み重ねて、PRC2のDNAの結合はRNAによって競合的に阻害されること、PRC2は転写活性がある遺伝子のヌクレオゾームの間のリンカー部位に結合する、などのデータを示した上で、実はPRC2は転写されるRNAによって競合的にDNAへの結合が阻害され、よって抑制性ヒストン修飾が阻害されるという従来とは逆モデルを提唱しました。つまり、アクティブな遺伝子はその転写される制御領域のRNAによってPRC2がクロマチンに結合することを防いでいるというモデルです。

話の内容も素晴らしかったですが、聴衆の質問に対しても完璧な答えが用意されており、おそらく話した内容の何十倍もの緻密な実験がなされて多角的に知見が積み重ねられた上でのエッセンスを話したのだろうと想像できました。
本当のサイエンスの実力とはこういうことなのだろうと思い知らされました。ま、これも幸運を掴んで、潤沢な資金と優秀なポスドクや学生に恵まれるという環境を手に入れたからこそなのかもしれませんが。
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言葉の話

2018-05-04 | Weblog
アベ政権が破壊する立憲民主主義、それは意思疎通、言語そのものを破壊することを通じてなされていることに人々は危惧を抱いています。前回取り上げた、「戦闘」と「戦闘行為」は違うという詭弁、に関して中島岳志さん@nakajima1975のツイート。

言葉を崩壊させると、あらゆる合意が空洞化する。安倍内閣の最大の特徴は、言葉への信頼を剥奪することで、政治的操作を進めることにある。これは世界の崩壊につながる。言葉を取り戻さなければならない。

的確ですね。ロゴスは世界のアルファでありオメガです。言葉や論理が信用できないものとなれば、人間にとっての世界そのものが崩壊します。

言葉に関して、ちょっと気になったニュース。

小泉進次郎氏が「ポリテック」を自民党内で推進。
何のことかと思えば、ポリティクスとテクノロジーを合体させた造語とのことで、Politechらしいです。しかし、英語にはPolytech, Polytecnicという言葉があり、普通、技術、工学系に特化した総合工科大学を指します。
 それにしても、日本の話なのにどうして英語で造語を作るのですかね。対外的には意味不明の言葉です。しかもその意味するところも不明です。こういうのはちょっと恥ずかしい。
まさか、ロボットに人工知能を積んだロボットに政治をやらせようという発想ではないでしょうし。ま、ロボットの方がアベよりもはるかに優秀でマトモな政治をするのは間違いないでしょうが。

意味不明の言葉を作って流行らせるというのは手垢のついたやり方です。「アベノミクス」みたいなものですね。中身は空洞でも、とりあえず意味不明のラベルを作って、連呼すれば、何かすごいでもやっているに違いない人は錯覚する、そのためにやるのでしょう。外国人が日本人を理解できないのはこういうところでしょう。その言葉を理解しようとして質問しても、その言葉を作った人間ははっきりと説明しないのでイライラすることになります。なぜなら、わざと内容が不明になるように作ってあるラベルに過ぎないからです。

言葉に関してもう一つ、先日、トランプが韓国の大統領と「Talk」し、アベと「Speak」したとツイートしたことで、韓国の大統領とは「会談」であったが、アベには(一方的に)「伝えた」だけであったと「Talk」と「Speak」の差を解釈しているのを見ました。事実、トランプのツイートでは、「Also spoke to Prime Minister Abe of Japan to inform him of the ongoing negotiations」とありますから、一方的に進渉を伝えただけだったのだろうと思います。しかし、「(人と)話す」という意味で、実際に「talk」と「speak」に差があるかと言われると、あまりないだろうと思います。あえて言うなら「speak」はその主語の行動に焦点があり、「talk」は相手との意思疎通が目的でなされているという含意があるぐらいでしょう。

多分、昔は、talkとspeakには比較的はっきりした差があったのでしょう。今は会話するという意味で両者は同様に使われ、「speak with」という言葉遣いが「talk with」と同じ意味で使われていると思います。ここでは、トランプは「speak to」と言っており、それが「talk with」と対比をなすので、韓国の大統領とは会談であったが、明らかにアベに対しては上意下達の伝達であったことが読み取れます。「to」と「with」で思い出すのが、「compare with」と「compare to」の使い分けです。学校では、「〜と比較する」が前者、「〜に喩える」が後者と習った覚えがありますが、実際には「〜と比較する」の意味で、両方とも使われています。

言葉は生き物で、進化もすれば退化もするということですね。
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ルール無用の閣議決定

2018-05-01 | Weblog
論文を書いたりレビューしたりする機会を通じて、科学的厳密さと表現の厳密さはほぼ相関すると私は感じます。レビューアは、論文に示されているデータそのものにウソはないという前提でレビューをし、示されているデータから著者の結論が十分に支持されるかどうかという点を第一の基準として論文を評価すると思います。著者の側は、データから導き出される最もインパクトのある結論を言いたいわけですが、実際には必ずしも点と点がうまく繋がって、データから強い結論が得られない場合も多いわけです。その場合に、ウソをつかない範囲で、言葉を選んでなるべくインパクトのある結論にしようとする表現上の技術が使われます。例えば、結論を述べる場合に、"demonstrate" や "indicate"という強い言葉を使う場合は、結論が十分に実験的データで支持されている場合、それほど強く言えない場合は" (strongly) suggest" や "provide evidence"のような言葉遣いをして、レビューアの攻撃をかわしつつ、言いたいことを言う戦術が使われると思います。
 ある言明をする際に、その言明が可能かどうかを自ら問うてみて、不可能ではない、という二重否定が成り立てばヨシとする、ちょうど、統計での帰無仮説の否定のようなプロセスで、表現を吟味するわけです。だからといって、結論が正しいというわけではありません。結論が間違いとは言えないというレベルの話です。よって、これを意図的に使ってサイエンスの内容を無理に曲解して、インパクトのある結論らしきものを主張するという論文もあります。
 しかし、これらの修辞上の技術は、言葉そのものの意味をレビューアも著者も読者も共有しているから成り立つことで、例えば、著者が広く受け入れられて厳密に定義されているような「言葉」の意味を勝手に独自の解釈することによって、事実そのものを捻じ曲げるというようなことは有り得ません。

霞ヶ関文学、官僚答弁というのは、この辺の虚偽とは言えないが本当でもないスレスレをくぐり抜けるためのレトリックでした。それが、アベ政権になってから、虚偽答弁をし、文書を改竄するという超えてはならない線を平気で越えることが増えました。もはや政府は無法地帯です。

日報の「戦闘」、法的な「戦闘行為」でない 政府答弁書といういかにもアベ政権らしい先週のニュース。

政府は27日、自衛隊のイラク派遣の際の活動報告(日報)に記載があった「戦闘」の言葉について、自衛隊法で定義される「戦闘行為」の意味で用いられた表現ではないとする答弁書を閣議決定した。立憲民主党の逢坂誠二衆院議員の質問主意書に答えた。  

ここで使われている言葉は、国語辞典に書いてある言葉の意味ではない、という話。しかもそれを閣議決定、呆れますな。

関して、武田砂鉄@takedasatetsu さんのツイート。
日本語の限界に挑戦する人々。→イラク日報にあった「『戦闘』の言葉について、自衛隊法で定義される『戦闘行為』の意味で用いられた表現ではないとする答弁書を閣議決定。
今後、「編集者からのメールにある〆切は、定義された『〆切日』ではないと判断」などと応用したい。

アベ政権がルール無用で滅茶苦茶をするのだから、市民の側もルール無用でいいのではないですかね。財政危機と縁故政治のアベ、今の日本はフランス革命前夜に似てきました。
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