一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『フランス組曲』…最高の恋愛映画であり、最高の反戦映画でもあるという奇跡…

2016年01月23日 | 映画
1月17日(日)は、福岡へ行く用事があったので、
ついでに映画を2本見てきた。
いずれも佐賀では上映予定のない作品で、
1本は、
中洲大洋で鑑賞し、前回レビューを書いた『の・ようなもの のようなもの』。
もう1本が、
今回紹介する『フランス組曲』である。
この映画『フランス組曲』は、天神のソラリアシネマで見たのだが、
あまりに素晴らしく、もう一度見たいと思うほど感動したし、
佐賀ではなぜ上映しないのだろう……と恨んだものであった。

1940年6月。
ドイツ軍の爆撃にさらされ、パリは無防備都市となった。
フランス中部の町ビュシーにパリからの避難民が到着した頃、
独仏休戦協定が結ばれ、フランスはドイツの支配下に置かれる。


結婚して3年、戦地に行った夫を待つリュシル(ミシェル・ウィリアムズ)は、


厳格な義母(クリスティン・スコット・トーマス)と大きな屋敷で窮屈な生活を送っていた。
その屋敷に、ドイツ軍の中尉ブルーノ(マティアス・スーナールツ)が滞在することになる。


心すさむ占領下の生活で、
ピアノと音楽への愛を共有する2人は、
いつしか互いの存在だけが心のよりどころになっていく。


それは同時に、狭い世界に生きる従順な女性だったリュシルが、
より広い世界へと目を向ける転機にもなっていくのだった……



原作者は、イレーヌ・ネミロフスキー。
1942年にアウシュビッツでその生涯を閉じた女性作家の未完の小説だ。
主演は、『マリリン 7日間の恋』のミシェル・ウィリアムズ。


共演は、『君と歩く世界』のマティアス・スーナールツ、


『イングリッシュ・ペイシェント』のクリスティン・スコット・トーマス。


監督・脚本は、『ある公爵夫人の生涯』のソウル・ディブ。
フランス人女性とナチスドイツ将校の許されざる愛を軸に、
過酷な状況の中で必死に生きる人々の姿を描き出した秀作であった。


映画に感動した場合、
どうしても原作が気になる。
で、原作者イレーヌ・ネミロフスキーについて調べてみた。

イレーヌ・ネミロフスキー(1903~1942)
1903年、キエフ生まれ。
ロシア革命後に一家でフランスに移住したユダヤ人。
1929年、長篇第一作『ダヴィッド・ゴルデル』で成功を収め一躍人気作家に。
1931年、J・デュヴィヴィエ監督によって『ダヴィッド・ゴルデル』が映画化される。
第二次大戦が勃発すると、
夫と娘二人とともにブルゴーニュ地方の田舎町イシー=レヴェックに避難、
やがてフランス憲兵によって捕えられ、
1942年アウシュヴィッツで亡くなった。(享年39歳)
娘が形見として保管していたトランクには、
小さな文字でびっしりと書き込まれた著者のノートが長い間眠っていた。
命がけで書き綴られたこの原稿が60年以上の時を経て奇跡的に世に出るや、
たちまち話題を集め、
『フランス組曲』は「二十世紀フランス文学の最も優れた作品の一つ」と讃えられて、
2004年にルノードー賞を受賞(死後授賞は創設以来初めて)。
フランスで70万部、
全米で100万部、
世界で約350万部の驚異的な売上げを記録した(現在40カ国以上で翻訳刊行)。
近年、ネミロフスキー作品の復刊、未発表作の出版が相次いでいる。
代表作は他に、『舞踏会』『孤独のワイン』など。


『フランス組曲』が未完の小説と解説してあったし、
『フランス組曲』という小説に興味が湧いたので、
この原作本も読んでみた。


組曲とは、
それぞれが単体でも完成されたいくつかの楽曲が、
全体として一作品となるように作られたものであるが、
イレーヌ・ネミロフスキーの小説『フランス組曲』の場合、
5編の小説で組まれる予定であったものが、
著者の死によって、2編しか完成しておらず、
組曲としては未完という意味であった。
すでに完成していた第一部と第二部の2編は、
「六月の嵐」と「ドルチェ」で、
映画『フランス組曲』は、「ドルチェ」の方を原作としていることが判った。


ドルチェとは、音楽用語で、
「甘く、やわらかに」を意味し、
『組曲』における第二部の性格づけを示している。
戦地に行った夫を待つフランス女性リュシルと、
侵略者であるドイツ軍の中尉ブルーノとの微妙な感情の交差は、
危険な領域まで入り込んでいく。

ドイツ兵とフランス女性の恋愛は、
戦後、徹底してタブーとみなされ続け、
フランス人が長らく正視を拒んできた事項である。
それなのに、
戦時下に、
しかも命の危機にさらされているときに、
このような小説が書かれていたとは、
実に驚嘆すべきことであった。

原作本には、小説と共に、資料として、
手書きメモの一部も紹介されている。
その中に、次のような言葉があった。

1942年6月2日。決して忘れてならないのは、いつか戦争は終わり、歴史的な箇所のすべてが色あせる、ということだ。1952年の読者も2052年の読者も同じように引きつけることのできる出来事や争点を、なるだけふんだんに盛り込まないといけない。

未来の読者に向けて書かれたイレーヌ・ネミロフスキーの文章は、
常に平静で、しかも深い悲しみが宿っている。
『フランス組曲』という映画を見ることができたということも幸運であったが、
原作であるイレーヌ・ネミロフスキーの小説に出逢えたこともまた僥倖であった。


『フランス組曲』の第二部「ドルチェ」の訳をしたフランス語翻訳家・平岡敦氏は、
映画『フランス組曲』を見て、次のようなコメントを寄せている。

イレーヌ・ネミロフスキーの原作小説は、登場人物の描写がすばらしい。健気なヒロインのリュシルや、いかつい軍服の下に繊細な心を秘めたファルク中尉をはじめとして、アンジェリエ夫人やブノワ、モンモール子爵夫妻といった脇役に到るまで、映画ではひとりひとりの個性が原作のイメージそのままに、見事に映像化されている。

映画『フランス組曲』は、
原作本に勝るとも劣らない感動を与えてくれる。
特に音楽に関しては、
原作よりも映画の方が上手く表現できていた。
ドイツ軍の中尉ブルーノが、
自作のピアノ曲を弾くシーンがある。
この曲のなんと美しいことか……


この映画を、
「メロドラマ」と切り捨てた映画評論家がいたが、
この評論家は映画の何を見ていたのか……と思った。
禁断の恋愛を描きながら、
見る者の胸に迫ってくるのは、
「絶対に戦争を起こしてはならない」
という強い思いだ。
最高の恋愛映画であるとともに、
最高の反戦映画でもあるという奇跡を、
この映画は成し遂げている。

法政大学教授で翻訳家の金原瑞人氏は、

著者がアウシュヴィッツで亡くなったことも、その手稿が60年以上たって出版されて世界的なベストセラーになったことも、忘れよう。そんなことを考えるのは、この映画に感動してからでいい。

とコメントしている。
そう、まずは映画を見てほしい。
そして、機会があったら、原作本も……
ぜひぜひ。


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