一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

羽金山 ……検証登山・遭難はなぜ起きたのか?……

2008年12月28日 | 背振山系
羽金山は、どちらかというとマイナーな山である。 山と溪谷社刊の『新・分県登山ガイド40 佐賀県の山』にはリストアップされていないし、山頂には「はがね山標準電波送信所」があり、許可なく山頂に立てない。 同じ背振山系にある背振山・井原山・雷山などに比べても登山者は少なく、登山道もやや荒れている。 昭文社から出ている『山と高原地図55 福岡の山々』では、羽金山に至る登山道は、難路を意味する破線で示されて . . . 本文を読む
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鬼ノ鼻山~聖岳 ……サザンカの咲く縦走路を、新しい登山靴と一緒に歩いた……

2008年12月25日 | 鬼ノ鼻山・聖岳
午前中に用事があったので、午後からの登山となった。 今日は、新しく買った登山靴のデビューの日。 いきなりハードな山歩きは酷なので、まずは地元の里山から…… 鬼ノ鼻山から聖岳を往復してみることにした。 いつものように、天ヶ瀬ダムから天山を望む。 今日は靄がかかっていて、あまりよく見えない。 12月も下旬なので、もう花は諦めていた…… ……が、驚いたことに、この天ヶ瀬ダム周辺には、「まだ」と言う . . . 本文を読む
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久しぶりに福岡に行ったら……

2008年12月21日 | 山岳会時代の山行
久しぶりに福岡に行ったら、目眩がしました。 人、多過ぎ。 車、多過ぎ。 これでも若い頃は、東京に9年、福岡に6年住んでいたので、都会には慣れていた筈なのに、佐賀県での生活が20年になり、すっかり田舎の生活と空気に馴染んでしまっていたようです。 本当にクラクラしました。 早く佐賀に帰りたいと思いました。 では、なぜ福岡に行ったのか…… 本当は、今日は、私の所属する山岳会の月例山行の日だったのです。 . . . 本文を読む
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映画『トウキョウソナタ』 ……ドビュッシーの「月の光」で泣いてしまった……

2008年12月18日 | 映画
最近、自動車業界ばかりではなく、あらゆる業界で大幅な減産や人員削減が起きており、雇用情勢の深刻さは増すばかりになっている。 正社員のリストラ、派遣社員の契約打ち切り、新卒者の内定取り消し…… 随分と住みにくい世の中になってきたものだ。 だが、「住みにくい世の中」は、不況が原因かというと、そうとばかりは言えない。 もともと人の世は住みにくいものなのだ。 漱石先生も言っている。 《山路を登りながら、 . . . 本文を読む
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牧ノ山~腰岳 ……遙か古代に思いを馳せながら……

2008年12月14日 | 黒髪山系
週間予報では日曜日は傘マークだったのだが、前日になって「晴れ」の予報が出た。 今日は別の事を考えていたのだが、急遽午前中だけ登山することにした。 3日前に、黒髪山系大縦走の下見として、英山~黒髪山を歩いた。 今日は、牧ノ山から腰岳までを歩くことにする。 とは言っても、単独行なので、牧ノ山と腰岳の中間にある越ノ峠を起点にして、牧ノ山と腰岳を往復しようというもの。 この越ノ峠から登るルートは、どちらの . . . 本文を読む
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英山~黒髪山 ……「うーわぁ!! 見て~! 低山の宝石箱や~!」……

2008年12月11日 | 黒髪山系
現在、「黒髪山系大縦走」プロジェクトが、水面下で、密かに、活動を開始している。 そのプロジェクトの構成員となるべく、本日、私は、下見を兼ねて、有田ダムより英山に登り、黒髪山まで尾根歩きをした。 黒髪山に「最強の低山」との称号を与えたのは、『Green Walk』誌(3号)であった。 黒髪山系に、新しいキャッチフレーズをつけるとしたら、どんなものが良いか? 私は、縦走路を歩きながらこう考えた。 「智 . . . 本文を読む
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久住山 ……天国は、きっとこんな風景の中にあるに違いない……

2008年12月07日 | その他・佐賀県外の山
からつ労山の12月の第一日曜登山は「耳納連山」の予定であった。 「耳納連山」はテツさんがこだわりをもっている山で、夏目漱石がかつて歩いた道を歩いてみたいのだそうだ。 実は、11月の第一日曜登山も「耳納連山」の予定だったのだが、直前に阿蘇・根子岳の紅葉情報が入ってきて、急遽根子岳に変更されたのだ。 この時は、根子岳の紅葉真っ盛りのときに登ることができて、予定変更は大正解であった。 で、12月7日(日 . . . 本文を読む
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映画 『まぼろしの邪馬台国』 ……島原と有明海の美しい風景……

2008年12月04日 | 映画
初めて『まぼろしの邪馬台国』という本を読んだのは、中学生の頃だったと思う。 8歳年上の兄が、「面白いから読んでみろ」と貸してくれたのだ。 この本を読んで、初めて邪馬台国のことを知った。 宮崎康平という人物にも興味をもった。 【宮崎康平】 1917年、島原市で宮崎組という土建業を営む家に生まれる。 旧制早稲田大学文学部を卒業後の1940年に東宝映画(現在の東宝)へ脚本家として入社。 1945年に兄 . . . 本文を読む
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