一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『の・ようなもの のようなもの』 ……森田芳光監督を愛する役者が集結……

2016年01月20日 | 映画
昨日、
私の配偶者に、
「今日の夕食は何?」
と訊くと、
「すき焼きのごたっと」
との返事。
「の・ごたっと」とは、
こちら(長崎や佐賀)の方言で、
「の・ようなもの」というような意味。
「すき焼きのごたっと」とは、
「すき焼きのようなもの」ということ。
冷蔵庫に残っていた余りもので料理を作るようなとき、
具材の何かが欠けていたり、
その代わりに本来その料理には入れないものを入れたりする。
このように、
「○○○○です」と胸を張って料理名を言えないようなときに、
「のごたっと」が後に付く。(笑)
その“の・ごたっと(の・ようなもの)料理”が不味いかというと、
そんなことはなくて、
本家本元より美味しかったりする。
わが家に限らず、
どの家庭でも、
この「○○○○のようなもの」が食卓に並ぶことが案外多いのではないか……

料理を例えに挙げたが、
この世の中、
「のようなもの」に溢れているような気がする。
「○○です」と、はっきりと言い切るのは、
恥ずかしかったり、後ろめたかったりして、
「のようなものです」と曖昧に表現することが多いからだ。

2011年に急逝した森田芳光監督のデビュー作『の・ようなもの』(1981年)は、
監督になりきれていない監督(のようなもの)が、
役者になりきれていない役者(のようなもの)を演出し、
「の・ようなもの」の集合体である人間社会を巧みに活写した傑作であった。


ちなみに、映画『の・ようなもの』のタイトルは、
三遊亭金馬(3代目)の演目、
小僧が客にからかわれる「居酒屋」という噺で、
肴はなにかできるかと問われた小僧が、
「できますものは、つゆ、はしら、タラ、こぶ、アンコウのようなもの……」
と答えると、
「じゃあ、『(の)ようなもの』をもらおうか」
と客が注文する言葉から採られている。

この『の・ようなもの』が公開された35年前は、
私はまだ東京にいて、
出演していた秋吉久美子を見たさに映画館へ行ったことを覚えている。

物語の舞台は東京の下町。
若手落語家(二ツ目)の志ん魚(しんとと・伊藤克信)は、
23歳の誕生日記念に初めてソープランドへ行く。


相手を務めたエリザベス(秋吉久美子)は、
実はインテリで落語にあまり興味がなかったが、
裏表のない性格の志ん魚と何となくデートを重ね相談相手もする奇妙な関係になる。


ある日、女子高校の落語研究会を指導するはめになった志ん魚は、
その中の一人・由美(麻生えりか)を好きになる。
エリザベスに相談するものの、
どちらの関係も絶ちがたく二股交際を始める志ん魚であった。
由美とのデートの帰り、
由美の実家へ立ち寄った志ん魚は両親を紹介され古典落語『二十四孝』を披露する。
しかし、由美の父(芹沢博文)から
「なってないねぇ。どうやって生活しているの?」
と心配され、
古今亭志ん朝や立川談志と比較された挙句、
由美からも「下手」と駄目を押される始末。


失意の志ん魚は家を出るが終電は既に無く、堀切駅から浅草へ向けて歩き出す。
深夜の下町を「道中づけ」しながら歩き続け、
浅草へ到着したとき夜は明け心配してスクーターで駆けつけた由美が待っていた。
その一方、
志ん魚の一門の先輩・志ん米(尾藤イサオ)が真打ちに昇進することとなり、
関係者は沸き立つ。
エリザベスは引っ越して新たな道を歩むこととなり、
取り残されたような気持ちになった志ん魚は、
自分の将来や落語界の未来について真剣に考え始めるのだった……

(ストーリーはWikipediaより引用し構成)

失意の志ん魚が深夜の下町を「道中づけ」しながら歩き続けるシーンや、
秋吉久美子の美しさや、麻生えりかの可愛さが印象に残る作品で、
今でも私の好きな一作であるのだが、
本日紹介する映画『の・ようなもの のようなもの』は、
この『の・ようなもの』の35年後を描いたものなのである。


監督は杉山泰一。
森田芳光監督作品を助監督として支え続けた人で、
本作が、初監督作品となる。

下町、谷中。
30歳で脱サラして落語家になった出船亭志ん田(松山ケンイチ)は、
師匠・志ん米(尾藤イサオ)の自宅に住み込みながら修行をしているのだが、
マジメすぎる彼の落語は、
「小学生が国語の教科書を読んでいるような落語」のままで、
足踏み状態が続き、未だ前座に甘んじている。


同居している師匠の娘・夕美(北川景子)に秘かな想いを寄せているのだが、
いつもイジられっぱなしでこちらも全く振るわない。


ある日、志ん田は師匠から、
昔一門にいた兄弟子・志ん魚(伊藤克信)を探し出すように命じられる。
志ん米の師匠・志ん扇の十三回忌一門会を前に、
スポンサーである斉藤会長(三田佳子)のご機嫌とりのため、
彼女がお気に入りだった志ん魚を復帰させようという魂胆だ。
しかし、ようやく見つけ出した志ん魚は、
落語とは無縁の生活を送る55歳の男になっていた。


大師匠の死後、もう二度と落語はやらないと誓い、気ままにのんびりと暮らしている。
そんな彼の心を動かそうと、
志ん田は師匠の命令で志ん魚と男二人のおかしな共同生活を始めることになる。
果たして、志ん魚は再び高座に上がるのか……



いや~、面白かったです。
森田芳光監督へのオマージュ感満載で、
森田芳光監督作品が好きな人には堪らない作品になっている。
冒頭の、
恋人同士の男女ふたりが腰掛けているベンチの横に、
主人公の志ん田がぴったりとくっつくように腰掛けるシーンは、
『の・ようなもの』とまったく同じだし、
森田芳光監督作品の、
『僕達急行 A列車で行こう』
『間宮兄弟』
『家族ゲーム』
『39 刑法第三十九条』
などを思い出させる小ネタで、
見る者を、笑わせ、楽しませてくれる。

とにかく、出演陣が豪華で、
ほとんどが、過去に森田芳光監督作品に出た人ばかりなので、
いろんなことが思い出されて愉快でならなかった。

出船亭志ん田を演じた松山ケンイチ。
森田芳光監督作品には、
『椿三十郎』『サウスバウンド』などに出演しているが、
ここ数年で最も印象に残っているのは、
佐賀でもロケされた『僕達急行 A列車で行こう』(←レビューを読んでみて)だ。
本作『の・ようなもの のようなもの』でも、
時刻表のページをめくるシーンなど、小ネタがたくさんあるので、
見逃さないようにね。
そして、ラスト近くに語る落語は、本当に上手くなっているので、
こちらもお見逃しなく。


師匠の娘・夕美を演じた北川景子。
映画初出演作が、森田芳光監督作品の『間宮兄弟』で、
本作では、そのときと同じ名前で出ている。
『の・ようなもの』のマドンナは秋吉久美子であったが、
本作のマドンナは、北川景子であった。
過去に、森田芳光監督から、次のように言われたことがあったそうだ。

『間宮兄弟』のオーディションに受かったあと、『の・ようなもの』の秋吉(久美子)さんが演じた役を見てください、あなたにピッタリだと思いますと、森田さんから伝言があったんです。どういう意味でおっしゃっていたのか、考えながら観たんですけど、すごく新鮮でしたね。長回しのシーンとか、登場人物たちのリアルな存在感とか、人間の生活をドキュメンタリーで切り取ったかのような映画でした。森田作品のヒロインって、完ぺきなマドンナタイプではないんですよね。すごく人間味があるキャラクターだから、そういった瑞々しさとか、生々しさを監督は求めていらしたのかなと思ったりしました。

秋吉久美子とはまったく違った役柄ながら、
秋吉久美子が持っていた美しさや存在感みたいなものがよく似ていたし、
すごく魅力的だった。
はからずも、森田芳光監督の予言が的中したことになった。


出船亭志ん魚を演じた伊藤克信。
大学時代、落語研究会で活躍していたとき、
森田芳光監督の目にとまり、
『の・ようなもの』の主演として映画デビュー。
本作でも同じ役を演じている。
正直、演技は上手くはないが、
まさに「の・ようなもの」を体現している人物で、
そういった意味では唯一無二で、秀逸。
この人なくして本作は出来なかった。


出船亭志ん米を演じた尾藤イサオ。
1943年11月22日生まれなので、
もうすでに72歳。(2016年1月現在)
『の・ようなもの』から35年も経っているのに、
この若々しさはどうだ。
びっくりぽんである。
小学生の頃、彼が歌う『悲しき願い』が好きで、よく歌っていた。(笑)


尾藤イサオも出ていた映画『二人の銀座』も良かったな~
(最近、小学生の頃に聴いた歌謡曲がよく思い出される。和泉雅子も美しかった。その後、彼女が日本女性初の北極点到達の偉業を成し遂げ、登山を愛していた山内賢が2011年9月24日に67歳で亡くなるとは思いもしなかったことである )


尾藤イサオの流れるようなセリフ回しが秀逸で、
落語家の師匠がぴったりなのだが、
それもその筈、
父親が百面相や形態模写を得意とした落語家・3代目松柳亭鶴枝で、
彼には噺家の血が流れているのだ。
『の・ようなもの』では、
オープニングに「彼女はムービング・オン」が、
エンディングに「シー・ユー・アゲイン 雰囲気」が流れるが、
いずれも尾藤イサオが歌っている。(作詞:タリモ(森田芳光)、作曲:浜田金吾)
本作『の・ようなもの のようなもの』でも、
エンディングに「シー・ユー・アゲイン 雰囲気」が流れるので、お楽しみに。


出船亭志ん水を演じたでんでん。
個性派俳優にして名バイプレイヤーとして名をはせているでんでんであるが、
彼の映画デビュー作も『の・ようなもの』。
ヤクザなど、その手の役をやらせたら、
この人ほど怖い人はいないが、
本作では、『の・ようなもの』と同様、
飄々としたムードメーカー的な役柄を上手く演じている。


出船亭志ん麦を演じた野村宏伸。
薬師丸ひろ子と共に出演した森田芳光監督作品『メイン・テーマ』での彼は格好良かった。
(薬師丸ひろ子は、顔も歌声も美しい~)


本作でも、志ん田の兄弟子であり、人気落語家の役を好演していた。


斉藤会長を演じた三田佳子。
三田佳子も、『おいしい結婚』や『海猫』などの森田芳光監督作品に出演しており、
本作では、出船亭一門の落語家たちのスポンサーである後援会長を、
貫禄たっぷりの演技で魅せる。


以下は、
出演シーンは短いが、鮮烈な印象を残す豪華俳優陣。

渡辺孝太郎を演じたピエール瀧。
魚市場で働く、志ん魚の元義兄役で、
志ん田(松山ケンイチ)と電車の話をするところは、
『僕達急行 A列車で行こう』を思い出させる。


みやげ物屋の店主を演じた佐々木蔵之介と、


銭湯の男を演じた塚地武雅は、
『間宮兄弟』つながり。
兄弟が通っていた銭湯ネタも活かされている。


弁当屋のおじちゃんを演じた宮川一朗太。
『家族ゲーム』で、家庭教師(松田優作)にしごかれていた受験生を思い出すが、
本作では、息子が高校受験を控えており、
家庭教師を探している風なのが可笑しかった。


都せんべい女主人を演じた鈴木京香。
『愛と平成の色男』『39刑法第三十九条』に出演しているが、
志ん田に、唐突に、
「強迫性障害ね」
と言うシーンは、『39刑法第三十九条』で演じた精神鑑定士の役柄に由来している。


秋枝婆さんを演じた内海桂子。
1922年9月12日生まれなので、現在93歳。(2016年1月現在)
35年前もお婆さん役であったが、
35年後も元気なお婆さん役で出演されていてビックリ。
『の・ようなもの』では、相方の内海好江と一緒に出演していたが、
1997年10月6日に胃癌のため死去(享年61歳)。
本作での共演は叶わなかった。


居酒屋の主人を演じた仲村トオル。
『悲しい色やねん』『海猫』『わたし出すわ』などに出演している、
森田組の常連俳優。
森田芳光監督所縁の作品だからこその出演だったと思う。


蕎麦屋の出前を演じた鈴木亮平。
映画デビューが、森田芳光監督作品の『椿三十郎』。
『わたし出すわ』にも出演しており、
彼もまた、森田芳光監督所縁の作品だからこその出演だったと思う。


床屋の主人を演じた笹野高史。
『僕達急行 A列車で行こう』で、
鉄工所の所長として出演しているが、
女好きでキャバクラ通いが趣味という役柄そのままであった。(笑)


『の・ようなもの』の、
35年後の物語『の・ようなもの のようなもの』に、
こうして多くのキャストが集まったのは、
やはり森田芳光監督を愛し、恩義を感じている役者が多いということだと思う。
願わくは、秋吉久美子にも出演してほしかった。

35年前の『の・ようなもの』を知らない若い人も、
『の・ようなもの のようなもの』を見れば、
きっと、森田芳光監督の諸作品を見たくなるに違いない。
ぜひぜひ。

本作は、上映館がそれほど多くなく、
九州では、
福岡 中洲大洋
福岡 T・ジョイ久留米
熊本 TOHOシネマズ光の森
の3館のみ。
私は、古き良き時代の映画館の面影を残す中洲大洋で、
1月17日(日)に見た。


雨に煙る中洲であった。

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