高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

もくじ

2017-01-06 08:26:07 | もくじ
プロフィール
日々の自然日誌はこちらをどうぞ

最近の動き new

私の著書
最近の論文
最終講義
退職記念文集「つながり」
唱歌「故郷」をめぐる議論


研究概要
 研究1.1 シカの食性関係
 研究1.2 シカと植物
 研究1.3 シカの個体群学
 研究1.4 シカの生態・保全
 研究2 調査法など
 研究3.1 その他の動物(有蹄類)
  その他の動物(食肉目)
  その他の動物(有蹄類、霊長目、齧歯目、翼手目)
  その他の動物(哺乳類以外)
 研究3.2 その他の動物(海外)
 研究4 アファンの森の生物調べ
 研究5 モンゴル(制作中)
 研究6 野生動物と人間の関係
 研究7 教育など

業績
 論文リスト
 書籍リスト
 総説リスト
 書評リスト
 意見リスト

エッセー
 どちらを向いているか:小保方事件を思う
 皇居のタヌキの糞と陛下 new!

2016年の記録
2015年の記録
2014年の記録
2013年の記録
2012年の記録 6-12月
2012年の記録 1-5月
2011年の記録
コメント (2)
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書作など

2016-12-31 03:38:33 | 最近の動き

<公表した本、論文など>
 2016年に出版された本は以下の3冊です。
「タヌキ学入門--かちかち山から3.11まで 身近な野生動物の意外な素顔」、誠文堂新光社。

これは一般向けにタヌキのことを紹介したもので、生物学の話だけでなく、昔話などにも言及しました。


「玉川百科 こども博物誌 動物のくらし」、玉川大学出版部。

これは小学生の低学年を対象にしたもので、哺乳類だけでなく、鳥類、寮生爬虫類、魚類も含み、それぞれの専門家にわかりやすく書いてもらいました。イラストがすばらしく、よいできになりました。



「増補版野生動物管理−理論と技術−」,羽山伸一・三浦慎悟・梶光一・鈴木正嗣,編、文英堂出版,東京。

これは専門書で、このなかにつぎの2つを書きました。
生態系と野生動物のインパクト.:117-142.
食性分析.:295-297.

 論文は4編書きました。
足立高行・植原 彰・桑原佳子・高槻成紀.2016.
 山梨県乙女高原のテンの食性の季節変化.
 哺乳類科学,56: 17-25.
足立高行・桑原佳子・高槻成紀,2017
 福岡県朝倉市北部のテンの食性−シカの増加に着目した長期分析.
 保全生態学,21: 203-217.
 この2つは大分の足立さんがテンの糞を長いあいだ根気強く分析されたもののまとめをお手伝いしたもので、乙女高原のテンの糞は植原さんが採取したものです。福岡のものは11年間におよぶもので、そのあいだにシカが増えて、テンが食べる昆虫や低木の果実などが減ったことがわかりました。

Yamao, K, R. Ishiwaka, M. Murakami and S. Takatsuki. 2016
Seasonal variation in the food habits of the Eurasian harvest mouse (Micromys minutus) from western Tokyo, Japan.(東京西部のカヤネズミの食性の季節変化)
Zoological Science, 33: 611-615.
 これは日の出町廃棄物処分場跡地に復活したススキ群落にもどってきたカヤネズミの食性を糞分析で解明したもので、夏の昆虫、冬の種子と季節変化があることが初めてわかりました。またダンゴムシやシデムシなど地表を歩く昆虫などが食べられているという意外なことも初めて明らかになりました。

Morinaga, Y., J. Chuluun and S. Takatsuki. 2016.
Effects of grazing forms on seasonal body weight changes of sheep and goats in north-central Mongolia : a comparison of traditional nomadic grazing and experimental sedentary grazing, (伝統的遊牧と固定飼育によるヒツジとヤギの体重の季節変化の違い:モンゴル北部での事例)
Nature and Peoples, in press
 これは伝統的な遊牧で育てた場合と実験的に固定飼育した場合、ヒツジやヤギの体重がどう違うかを比較したもので、固定するとやせることがわかりました。私たちは事情を知らないで「モンゴルは土地面積に対する生産性が低い」と批判する声があるのを、それには意味があるのだということを示したいと思いました。

書評
高槻成紀, 2016.
日本のイヌ- 人のともに生きる 菊水健史・長澤美保・外池亜希子・黒い眞器.
JVM. 69: 197. 
高槻成紀,2016.
「女も男もフィールドへ」椎野若菜・的場澄人(編)(2016)古今書院
哺乳類科学, 56: 293-295.

エッセー、解説など
高槻成紀, 2016. いきものばなし10, ニホンジカ. ワンダーフォーゲル,2016.2: 156-157.
高槻成紀, 2016. 唱歌「ふるさと」から里山の変化を考える. 環境会議, 2016春: 40-45.
高槻成紀, 2016. 麻布大学いのちの博物館を語る. 日本農学図書館協議会誌, 181: 7-14.
高槻成紀, 2016. 東京のタヌキ。東京人, 372(2016年7月): 7.
高槻成紀, 2016. 子供たちに動物の息吹を伝えたい.週間読書人,2016.8.5
高槻成紀, 2016. シカ研究者がみた最近の日本の山. 木の目草の芽, 125: 1-4.

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講演など

2016-12-31 02:37:09 | 最近の動き
<講演など>
振り返ってみれば、「こんなに?」というほどたくさんお話ししており、われながら驚きます。

1月15日 かわさき市民アカデミー、「シカと植物の関係」
2月13日 相模原・町田大学地域コンソーシアム、「麻布大学いのちの博物館ができるまでとこれから−大人も子供も学べる場を目指して」
3月10日 TBSラジオ「荻上チキSession22」
3月19日 B&B、「動物博士! うんちを集めてるって本当ですか!?」
4月18日 武蔵野美術大学、「玉川上水のタヌキを調べる」
4月23日 アースデイ東京2016、「森の再生」「地域創生」
4月24日 国立市公民館環境講座、「動物の言い分〜都市生活と野生動物〜」
4月25日 武蔵野美術大学、「生き物のつながり、1. 花と虫」
4月25日 武蔵野美術大学、「生き物のつながり、2. 分解昆虫」
5月18日 御岳山、
7月12日 かわさき市民アカデミー、「野生動物の言い分」
9月01日 森林インストラクター東京会、「森林と動物−シカを中心に動植物の
つながりを考える -」
9月09日 ラディッシュボーヤ、「森から海へ」
10月02日 館山猟友会、「シカ問題を考える」
10月29日 兵庫県養父、「シカ問題とその背景」
11月15日 武蔵野美術大学、「玉川上水調査 これまでにわかったこと」

このときの講演の動画はこちら

11月18日 かわさき市民アカデミー、「森林管理と生き物のつながり」
11月20日 相模原市立博物館、「東京西部に生息するテンとタヌキの食性比較」
11月24日 早稲田大学エクステンションセンター、「唱歌ふるさとの生態学」
11月25日 日本山岳会、「シカ研究者がみた最近の日本の山」
11月27日 桐生自然観察の森、「シカと植生と人間について」
11月29日 かわさき市民アカデミー、みどり学1「シカ問題を考える」
12月01日 早稲田大学エクステンションセンター、「野生動物の言い分ータヌキやクマに語らせたら・・・」
12月06日 かわさき市民アカデミー、みどり学フレッシュ「身近な野生動物−タヌキを例に−」
12月21日 Darwin Room, 「玉川上水調査 これまでにわかったこと」


Darwin Room で清水さんと


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仕事

2016-12-31 01:33:14 | 最近の動き

<仕事>

 2015年3月の定年退職し、4月からは「麻布大学いのちの博物館」設立のお手伝いをすることになりました。博物館は2015年9月に開館したのですが、半年は専任の人はおらず、派遣職員の方に受付や資料整理などをしてもらっていました。それが2016年4月からは事務職員がついて、本格的に動き出しました。私は上席学芸員という立場です。


麻布大学いのちの博物館外観

常設展示のほかに企画展として「ロードキル」、「動物の目」を実施しました。また新規収蔵展示として「須田修氏の遺品」の展示をしました。


ロードキル展


動物の目 展


須田修氏遺品 展

これとは別に夏に「夏休み子供教室」として動物の骨の勉強をしてもらいました。


夏休み子供教室

団体来館もあり、解説をしました。またミュゼットという学生の博物館支援サークルがあり、毎週土曜日に「ハンズオンコーナー」として、動物の骨をさわってもらう活動をしてもらいました。オープンキャンパスや大学祭では展示解説をしてもらいました。このほか増井光子資料の登録作業などをしています。


<調査>
 今年の3月から武蔵野美術大学の関野吉晴先生が進めておられる「地球永住計画」の活動の一環として玉川上水の動植物を調べることを始めました。タヌキを「主人公」にし、食性、糞を利用する糞虫を調べるほか、訪花昆虫や動物散布される果実の調査などをしました。毎月観察会をし、参加者の協力をえて調査をしました。玉川上水にはほぼ毎週、夏には週に2、3回通いました。


解説をする

 これまでの継続調査も続けられるものは続けています。タヌキの糞分析の比重が大きく、仙台の海岸のタヌキは知人が毎月糞を送ってくれています。東松島でニコルさんたちが進めている「復興の森」にいって観察したり、タヌキの糞を採取したりしています。長野の黒姫にあるアファンの森でもタヌキの糞を集めています。今年からは明治神宮でもタヌキの糞集めをできるようになりました。なおタヌキの糞分析といえば陛下が皇居のタヌキの食性を糞分析であきらかにしたすばらしい論文を書かれたことも私にとって重要なことでした。
 乙女高原は昨年の終わりから今年にかけてシカの影響を防ぐために大きな柵が作られたので、その群落調査に行きました。11月の草刈りのときにカヤネズミのものと思われる地表巣を発見しました。


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最近の論文

2016-12-01 08:52:09 | 私の著作

2017.6.9
草食獣と食肉目の糞組成の多様性 – 集団多様性と個別多様性の比較
高槻成紀・高橋和弘・髙田隼人・遠藤嘉甫・安本 唯・菅谷圭太・箕輪篤志・宮岡利佐子
哺乳類科学 印刷中

 私は麻布大学にいるあいだに学生を指導していろいろな動物の食性を調べました。個々の卒論のいくつかはすでに論文になっていますし、これから論文にするものもあります。今回、それらを含め、個別の食性ではなく、多様度に注目してデータを整理しなおしました。多様度を、サンプルごとの多様度と、同じ季節の集団の多様度にわけて計算してみました。予測されたことですが、反芻獣の場合、食べ物が反芻胃で撹拌されているので、糞ごとの多様度と集団の多様度であまり違いがなく、単胃でさまざまなものを食べる食肉目の場合、糞ごとに違いがあり、ひとつの糞の多様度は小さくても、集団としては多様になるはずです。実際にどうなっているかを調べたら、びっくりするほど予想があてはまりました。その論文が「哺乳類科学」に受理されました。多くの学生との連名の論文になったのでうれしく思っています。下のグラフの1本の棒を引くために、山に行って糞を探し、持ち帰って水洗し、顕微鏡を覗いて分析し、データをまとめたと思うと、一枚のグラフにどれだけの時間とエネルギーが注がれたかという感慨があります。


サンプルごとの多様度(黒棒)と集団の多様度(灰色)の比較。草食獣は違いが小さいが、食肉目では違いが大きく、とくにテンではその傾向が著しい。

2017.4.25
「Mammal Study」が産声をあげた頃
『哺乳類科学』57: 135-138

日本哺乳類学会はMammal Studyという英文氏を敢行していますが、これは20年前にスタートしました。この雑誌は今や国際誌となり、質も向上し、たくさんの論文が世界中から寄せられ、きびしい査読を受けるようになりましたが、かつてはそうではありませんでした。最初のときに私が編集委員長をしたのですが、今年20周年を迎えるので、現在の編集委員長が当時の思い出などを書いてほしいということで依頼がありました。思い出しながら当時のようすを書くとともに、古い文献などもひもといて学会の先人の志なども紹介しました。
 その一例です。
「哺乳類科学」の創刊号をひもとくと,九州大学の平岩馨邦先生が若手研究者に次のようなことばを贈っておられる(平岩 1961)。曰く「”Keep the fire burning”私たちのともした。いと小さい火を若いみなさんで、もりたてて大きく燃やして頂きたいものである」.
 最後につぎのようにまとめました。
 内田先生が「老いも若きも一致協力して邁進しようではありませんか」と呼びかけられたことが、こうした時代の流れとともに学会の実質的な体力を蓄えることにつながったと思う。ネズミの研究が主体であった我が国の哺乳類学は中型、大型の哺乳類も対象とするようになり、生態学や形態学、遺伝学などもカバーするようになってバランスもよくなってきたし、野生動物管理などの面も力をつけてきた(高槻 2008)。こうして学会という木が育つための土壌に栄養が蓄積し、水も光も得て力強く育ってきた。これにはよきリーダー、コミュニケーション手段の進歩、制度の改革なども大いに力になったが、しかし私は「このおもしろい哺乳類学を進める学会をよいものにしたい」という会員の情熱がそれを実現したのだと思う。まさに半世紀以上前に平岩先生が点(とも)された「いと小さい火」が大きな炎に育ったとみてよいだろう。

2016.12.10
Effects of grazing forms on seasonal body weight changes of sheep and goats in north-central Mongolia: a comparison of nomadic and sedentary grazing
[放牧のしかたがモンゴル北部のヒツジとヤギの体重季節変化におよぼす影響:遊牧群と固定群の比較]
Nature and Peoples, 27: 27-31.

 この論文はモンゴルのヒツジとヤギの体重を調べたものです。モンゴルですごしていると遊牧生活のすばらしさを、自分の生活と対比として、しみじみと感じます。そのことを文章で表現するという方法もあるでしょうが、私たちはそれを自然科学的表現をしたいと思いました。どういうことかというと、モンゴルは広いことで知られた国です。人口密度は2人/km2ほどで、日本の340人/km2とは200倍も違います。それは「無駄が多い」ことでもあり、それだけしか住めないということは「土地生産性が低い」ともいえます。農耕民である中国人はそのことを「劣っている」とみなしました。モンゴルを「蒙古」といいますが、蒙はバカということ、古は古いです。ひどいものです。今でも一部のヨーロッパ研究者にはモンゴルに対して土地生産性をあげるための「提言」をする人がいます。でも乾燥地で土地を耕すことは長い目でみれば土地を荒廃させることが明らかになっています。私たちはモンゴル人と交流するなかで、頑固だなと感じることもありますが、この頑固さがこの土地と生活を守ってきたと賞賛したくなることがあります。
 そうしたことの一つが遊牧です。農耕民の生活とこれほど違うことはありません。広い土地を季節ごとに移動する - 農耕民からすれば落ち着かない貧しい無駄の多い生活です。でもそれには根拠があるのではないかと私たちは考えました。そこで通常の遊牧をする群れと、牧民にお願いして群れを一箇所で動かさないように頼み、その体重を1年追跡してもらいました。牧民は家畜を名前をつけて一頭づつ知っています。その体重を毎月測定してもらったのです。
 ヒツジの群れはスタート時は遊牧群と固定群で体重に違いはなかったのですが、冬の終わりになると固定群のほうがどんどんやせていき、違いが出ました。翌年の回復期にはつねに固定群が軽くなりました。

ヒツジの体重変化 nomadic 遊牧、 sedentary 固定

 ヤギのほうは最初(6月)、遊牧群のほうが少し軽かったのですが、8月には追いつき、その後は違いがなくなり、2年目は逆転しました。
 これらの結果は、表面的に「土地を有効に利用して高密度に家畜を飼うべきだ」という発想がモンゴルのような乾燥地では合理性がないことを示しています。放牧の体制はさらに複雑なシステムですが、体重ひとつとっても伝統的な遊牧に合理性があることを示せたことはよかったと思います。

ヤギの体重変化 nomadic 遊牧、 sedentary 固定

 2006年ですから10年も前のことで、ようやく論文になり、ほっとしました。

2016.10.27
「山梨県東部のテンの食性の季節変化と占有率−順位曲線による表現の試み」
箕輪篤志,下岡ゆき子,高槻成紀
「哺乳類科学」57: 1-8.

2015年に退職しましたが、ちょうどその年に帝京科学大学の下岡さんが産休なので講義をしてほしいといわれ、引き受けました。それだけでなく、卒論指導も頼みたいということで4人の学生さんを指導しました。そのうちの一人、箕輪君は大学の近くでテンの糞を拾って分析しました。その内容を論文にしたのがこの論文です。その要旨の一部は次のようにまとめています。
 春には哺乳類33.0%,昆虫類29.1%で,動物質が全体の60%以上を占めた.夏には昆虫類が占める割合に大きな変化はなかったが,哺乳類は4.7%に減少した.一方,植物質は増加し,ヤマグワ,コウゾ,サクラ類などの果実・種子が全体の58.8%を占めた.秋にはこの傾向がさらに強まり,ミズキ,クマノミズキ,ムクノキ,エノキ,アケビ属などの果実(46.4%),種子(34.1%)が全体の80.5%を占めた.冬も果実・種子は重要であった(合計67.6%).これらのことから,上野原市のテンの食性は,果実を中心とし,春には哺乳類,夏には昆虫類も食べるという一般的なテンの食性の季節変化を示すことが確認された.
 タイトルの副題にある「占有率−順位曲線」というのは下の図のように、食べ物の占有率を高いものから低いものへ並べたもので、平均値が同じでも、なだらに減少するもの、急に減少してL字型になるものなどさまざまです。この表現法によって同じ食べ物でもその意味の解釈が深まることを指摘しました。


2016.9.4
論文ではありませんが、「須田修氏遺品寄贈の記録」を書きました。これは麻布大学の明治時代の卒業生である須田修氏の遺品をお孫さんの金子倫子様が寄贈されたことを機に、寄贈品について私とやりとりをしたことを含め紹介したものです。麻布大学は昭和20年に米軍の空襲により学舎を消失したので、戦前の資料は貴重です。それを博物館ではありがたくお受けしたのですが、それに添えるように2つの興味ふかいものがありました。ひとつは「赤城産馬會社設立願」で、須田氏のご尊父が群馬県の農民の貧困さを憂え、牧場を作ることを群馬県に提出したものです。その文章がすばらしく、文末に当時の群馬県令揖取素彦の直筆サインがありました。また「夢馬記」という読み物があり、これは須田氏が誰かから借りて書き写したもののようです。内容を読むと、ある日、馬の専門家がうたた寝をしていたら、夢に馬が現れて「最近、日本馬は品質が悪くてよろしくないから品種改良をせよという声が大きいが、そういうことをいうものは馬のことを知らず、その扱いも知らないでいて、この馬はダメだといってひどい扱いをする。改良すべきは馬ではなく騎手のほうだ」といって立ち去った。目が覚めたら月が出ていた、というたいへん面白いものでした。こうした遺品についてのやりとりをしたので、金子様にも共著者になっていただいて、「麻布大学雑誌」に投稿しました。




牧場設立願いに書かれた揖取群馬県令のサイン

2016.7.25
 Seasonal variation in the food habits of the Eurasia harvest mouse (Micromys minutus) from western Tokyo, Japan(東京西部のカヤネズミの食性の季節変化)
Yamao, Kanako, Reiko Ishiwaka, Masaru Murakami and Seiki Takatsuki
Zoological Science, 33: 611-615.

この論文の内容にはいくつかポイントがあります。カヤネズミの食性の定量的評価は不思議なことに世界的にもなかったのですが、それを奥津くんが解明し、論文にしました(Okutsu and Takatsuki, 2012)。この論文で、小型のカヤネズミはエネルギー代謝的に高栄養な食物を食べているはずだという仮説を検証しました。ただ、このときは繁殖用の地上巣を撹乱しないよう、営巣が終わった初冬に糞を回収したので、カヤネズミの食物が昆虫と種子が主体であることはわかり、仮説は支持されましたが、季節変化はわかりませんでした。今回の研究はその次の段階のもので、ペットボトルを改良して、カヤネズミの専門家である石若さんのアドバイスでカヤネズミしか入れないトラップを作り、その中に排泄された糞を分析することで季節変化を出すことに成功しました。もうひとつは、私にとって画期的なのですが、その糞を遺伝学の村上賢先生にDNA分析してもらったところ、シデムシとダンゴムシが検出されました。これまで「カヤネズミは空中巣を作るくらいだから、草のあいだを移動するのが得意で、地上には降りないはずだ」という思い込みがあったのですが、石若さんは、これは疑ったほうがよいと主張してきました。シデムシもダンゴムシも地上徘徊性で、草の上には登りませんから、カヤネズミがこういうムシを食べていたということは、地上にも頻繁に降りるということで、それがDNA解析で実証されたことになります。DNA解析の面目躍如というところで、たいへんありがたかったです。そういうわけで、目的がはっきりしており、結果も明白だったので、書きやすい論文でした。この論文は生態学と遺伝学がうまくコラボできた好例だと思います。


改良型トラップ

2016.7.14
 「福岡県朝倉市北部のテンの食性−シカの増加に着目した長期分析−」 足立高行・桑原佳子・高槻成紀
福岡県で11年もの長期にわたってテンの糞を採取し、分析した論文が「保全生態学雑誌」に受理されました。この論文の最大のポイントはこの調査期間にシカが増加して群落が変化し、テンの食性が変化したことを指摘した点にあります。シカ死体が供給されてシカの毛の出現頻度は高くなりましたが、キイチゴ類などはシカに食べられて減り、植物に依存的な昆虫や、ウサギも減りました。シカが増えることがさまざまな生き物に影響をおよぼしていることが示されました。このほか種子散布者としてのテンの特性や、テンに利用される果実の特性も議論しました。サンプル数は7000を超えた力作で、その解析と執筆は非常にたいへんでしたが、機会を与えられたのは幸いでした。


テンの糞から検出された食物出現頻度の経年変化。シカだけが増えている。このところ、論文のグラフに手描きのイラストを入れて楽しんでいます。

2016.6.2
マレーシア半島北部の熱帯雨林のアジアゾウの食性(Food habits of Asian elephants Elephas maximus in a rainforest of northernPeninsular Malaysia, Shiori Yamamoto-Ebina, Salman Saaban, Ahimsa Campos-Arcez, and Seiki Takatsuki )という論文がMammal Studyに受理されました(その後、2016年9月に掲載されました。Mammal Study, 41(3): 155-161.)。これは麻布大学の山本詩織さんが修士研究としておこなったもので、一人でマレーシアにいってがんばりました。滞在中に私も現地を訪問してアドバイスしました。


ゾウの糞を拾った詩織さん

アイムサさんはスペインから私が東大時代に留学し、スリランカでゾウの研究をして、現在はマレーシアのノッチンガム大学の先生になりました。アジアゾウの研究では第一人者になりました。この論文では自然林のゾウと伐採された場所やハイウェイ沿などで食性がどう違うかを狙って分析したもので、見事に違うことが示されました。ゾウはそれだけ柔軟な食性を持っているということが初めてわかったのです。


このグラフは上から自然林、伐採林、道路沿いでの結果で、左から右に食べ物の中身が示されています。grass leavesはイネ科の葉で道路沿いでは一番多いです。monocot leavesは単子葉植物の葉で逆に森林で多いです。banana stemはバナナの茎でこれは道路沿いが多いです。あとはwoody materialとfiberで木本の材と繊維ですが、これが森林で多く道路沿いで少ないという結果が得られました。つまり森林伐採をしてもさほど違わないが、道路をつけると伐採をするだけでなく、草原的な環境がそのまま維持されるので、ゾウは森林の木はあまり食べなくなって道路沿いに増えるイネ科をよく食べるようになるということです。このことはゾウの行動圏にも影響を与えるので、アイムサさんはたくさんのゾウに電波発信機をつけて精力的に調べています。
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最近の動き

2016-12-01 01:23:34 | 最近の動き
2017.6.24
毎月通っている明治神宮にタヌキのタメフンを拾いに行きました。糞虫の活動が活発になるので、みつかる数は減りますが、タメフン場が2箇所みつかってので少しずつでも蓄積できれば、タヌキの食性の概要が見えてきます。


明治神宮の林のようす


タヌキの糞 この中にはウワミズザクラの種子が入っていました

2017.6.4
玉川上水の観察会で、保存林の毎木調査をしました。
 

 林の構造などを説明する


 記念撮影

2017.5.31
31日にはアファンの森を歩きました。荒山林業の施業を参考にしようというわけで、元林野庁の大槻さんと、京大林学の竹内先生、それにアファンの森の実際の施業をしている石井さんと歩きました。


遊歩道


林をみる石井さん、大槻さん、竹内先生


サウンドシェルターで

アファンの森はまだ春の終わりという感じで、小さな花が咲いていました。


2017.5.30
長野県大町の荒山林業の森を訪問しました。林業というと材木を生み出す産業というイメージですが、森全体のことを考えて100年単位の時間を考えて施業しておられ、とても勉強になりました。


北アルプスの見えるすばらしいところでした。


実はここに来たのはアファンの森の将来を考えるのに参考になりそうだということで、夜はニコルさんたちと談話しました。
 大槻氏撮影


2017.5.24
麻布大学いのちの博物館に団体見学や海外からの訪問者があると解説をします。23日は桜美林大学の学生さんが、24日にはスイス、ベルン大学のスプレング教授が来館しました。

桜美林大学の学生


スプレング教授と

2017.5.7
5月7日は乙女高原に行きました。山中湖の近くの明神山は1100-1200mで、カヤネズミがいることは確認されていますが、5月3日に行ったときは、「これはたぶんカヤのものだろう」というのはありましたが、「これぞカヤネズミの巣だ」と言い切れるものはありませんでした。糞があったので、DNA分析をしてもらうつもりです。乙女高原は1700mあり、まだ確実な生息が確認されていないので、明神山のような「カヤらしい」巣があって糞が拾えたらよいなと思っていました。
 乙女高原はまだ冬の終わりという感じで、緑はほとんどありませんでした。


5月7日の乙女高原

 地元で乙女高原のさまざまな活動をしておられる植原先生といっしょに歩きました。植原先生たちは去年の12月に50個以上の地表巣を確認しています。そこに目印がついていたので、そこを訪問しましたが、ほとんどは「空き家」のようでした。ただ、使っている可能性のありそうなものを観察してみたら、外側の粗い草の内側に細かい繊維で作った「内室」がありました。内室は球状で、底にも粗い草の層がありました。
 多くのものは、内室の底の「部屋の隅」に穴があり、外に通じていました。そのトンネルの径は2cmほどはあり、アカネズミでも通れる太さに思えました。ただ、それがいま使われているかどうかの判断はむずかしいようでした。明神山と違い、糞は見つかりませんでした。


ある「ネズミの巣」

なんとなく、「カヤネズミはここで越冬していたような気がしない」という印象で、それはそれで「ではどこで何をしているのか」ということになり、謎は深まりました。 


2017.5.5
5月5日にアファンの森に行きました。「子供の日」のせいか、いつもガランとしている黒姫駅に人がいっぱいいました。アファンの森のスタッフに連絡がとれなかったので、タクシーで行こうとしたのですが、電話をしたら「今日は予約がいっぱいで無理です」と言われました。こんなことはこれまでありません。それで歩いていくことにしました。この地には珍しい陽気で、25度以上あったと思います。歩いて1時間半近くかかりました。
 一汗かきましたが、おかげでよい景色を楽しむことができました。
 あとでわかったのですが、この日は小林一茶の日で、一茶を生んだ黒姫町のお祭りだったのだそうです。駅で待っていたら、若い女の子が「一休さんってここの人だったんだ」だと。





2017.5.3
5月3日に山中湖の近くにある明神山に行きました。去年の秋に、乙女高原で「カヤネズミの巣」を見つけ、そうであれば、これまで言われていたよりずっと高いところの確認ということになります。その段階で、私は巣の内側の細い繊維を見てカヤネズミの巣だと考えたのですが、そう断定するのはまだ早いという指摘を受けました。というのはアカネズミも似たような巣を作り、巣の直径が15cm以上のものはカヤネズミの巣ではない可能性が多いらしいのです。
 明神山は標高1100mくらいで、ここにはカヤネズミが住んでいることが確認されています。半場さんというここに住んでいる人が発見し、これまでの山梨の最高記録となっています。それを確認し、乙女高原で見たものとの比較をしたいと思いました。結論的にいうと、アカネズミのものだろうと思われるものも、まずカヤネズミのものと考えられるものの両方がありました。いずれにしても、改めてスタートラインにもどって乙女高原で確認作業をしたいと思っています。
 明神山の斜面は実に景色のよいろころで、富士山が真正面に見え、山中湖が手前に広がっています。4月14日に山焼きをしたそうで、ススキの株が黒く残っていました。まだ春は浅く、ヨモギなどが少し芽を伸ばしているところでした。ブナの葉は開き、コブシやフジザクラは咲いていましたが、ほかの木はまだでした。少し低いところでは緑が多く、これより高いところはまだ灰褐色の冬のようすでした。


明神山の斜面を歩く。背後は富士山と山中湖


2017.4.30
BBCが津田塾大学のタヌキの取材をしたことはお伝えしましたが、その作品が完成したと連絡をもらいました。You tubeで見ることができます。
1時間番組で「Springwatch in Japan: Cherry Blossom Time」(日本の春を見る:桜の頃)と題するものです。ほとんどはサクラで、そのなかに話題としてミツバチとタヌキが挿入されています。タヌキは45分07秒くらいから51分まで、6分ほどにまとめられています。内容としては日本人がサクラを愛する国民だという文脈のなかで、それはいなか、都会を問わない、都会といえば日本にはタヌキというおもしろい動物がいる。それをアナグマの研究をおこなったクリス・パックマンという人が紹介するという作りになっています。内訳は次のとおり。
 46:10から:東京の街中でカメラを設置してタヌキをまつ
 47:12から:クリスと私がタメフン場で話をする
 48:26から:拾った糞を水洗してあれこれ話をする
 50:00から:モニターカメラの前でまっているとタヌキが現れてよろこぶ

2017.4.21
明治神宮に毎月行ってタヌキの糞のサンプリングをしています。外国人の訪問者がとても多く、お祭りみたいです。私たちは許可をもらって人は歩かない林の中を流きます。冬のあいだたくさんあった糞が数が減ってきました。
 今回はクサイチゴ、ホウチャクソウ、キランソウ、スミレなどをみました。



2017.4.16

4月16日に観察会をしました。4月からはこれまでの解説中心のものから、調査要素を入れることにし、毎木調査をしました。そのあいだに樹木の説明をしました。初夏のような陽気で、とても快適でした。こちら




ミズキの特徴を説明する(豊口さん撮影)


樹木の周を計測(豊口さん撮影)


2017.4.10
玉川上水のほぼ全域でおもな花が咲いていたら撮影して集約し、「玉川上水花マップ」を作る活動を始めました。4月はスミレなどをとりあげました。毎月、「今月の花」を決めて進める予定です。たくさんの目で花マップができてゆくのが楽しみです。こちら

フデリンドウ、
クサボケ、 
タチツボスミレ


カヤネズミの地表巣
11月23日に山梨県北部の乙女高原(1700m)で草刈り作業をしているときに半場さんという人がカヤネズミの地表巣を発見しました。さがしたらかなり見つかりました。これまでこのあたりでは800mくらいから下にしかいないということになっていました。また山梨県の最高記録は1200mくらいとされていました。だから大幅な記録更新です。これまで気づかれていなかったのは「カヤネズミは1mくらいの高さに空中巣(空中に浮かんでいるのではないので茎上巣というべき)を作ること「だけ」が注目されていたためで、実は地表にも作ることが見過ごされてきたためと思われます。これについては私のブログをご覧ください(その1その2その3)。


カヤネズミの「地表巣」 直径15cmくらいのドーム状。中には細かいイネ科の葉が敷かれている。乙女高原にて。
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フクロウの食性分析

2016-11-01 11:16:02 | その他
麻布大学いのちの博物館でおこなう「フクロウの巣残存物の分析」作業に参加する人のために説明を書いておきます。

 八ヶ岳では、地元の自然愛好家のグループ(八ヶ岳自然クラブ)がフクロウの巣箱かけをして、営巣、巣立ち確認のデータをとっておられます。フクロウはネズミ食に特化した猛禽ですが、ある人がその巣に残された小骨を集めてネズミの下顎から識別をしました。その人はその後その調査をしなくなったので、八ヶ岳自然クラブは巣材は捨てたそうです。それはもったいないということで翌年からは麻布大学動物応用科学科の野生動物学研究室でそれをもらいうけて分析することにしました。鈴木大地くんという皆さんの先輩が卒論を書き、「牧場の近くではハタネズミが多いが、森林になるにつれて減少する」ことを明らかにし、これは国際的な雑誌の論文になりました。


八ヶ岳の牧場からフクロウ巣の距離と残存物に占めるハタネズミの割合.牧場に近いほどハタネズミの割合が高い.Suzuki et al. 2013 より。論文を希望される方は高槻にご連絡ください。takatuki@azabu-u.ac.jp

この経緯などは「動物を守りたい君へ」(岩波ジュニア新書)に書いたのでよんでください。その後は落合さんがひきついで分析を続けてきましたが、彼女は今年の春で修士を修了しました。八ヶ岳自然クラブはその後も分析を期待しており、今年度は麻布大学いのちの博物館で分析することになりました。そこでミュゼットを含む麻布大学の学生に共同作業をお呼びかけています。

 作業は巣の残存物をフルイを使って大きな破片を除き、残りのものからネズミの骨をピンセットで取り出すというものです。これは教育的にもたいへん効果の大きいもので、数年前に高校生を対象におこなったことがあります。分析したことの意味を考えると、たいへん奥行きのあることがわかります。このときのことは麻布大学雑誌に記録をしたほか、一般に向けて紹介しました。
 こうして取り出した骨は標本箱に配列し、博物館の資料として保管します。


フクロウの巣から検出されたネズミの骨の標本

 そのために、ネズミの骨の勉強をしてもらい、識別能力をつけます。さまざまな骨が検出されるので、勉強になりますが、分析に使うのは下顎で、これは分析能力のすぐれた落合さんに確認してもらいます。

 八ヶ岳自然クラブから6つの材料が届いているので、2つを3回にわけて作業します。日程は下記のポスターをみてください。1日2つを2班に分けておこないます。2時間くらいですむと思います。


報告 11月19日に第1回目の分析をし、順調に進めることができました。
学生9人と八ヶ岳自然クラブの人2人が参加し、ネズミの骨の勉強をしながら、小骨を取り出しました。


分析をする学生


八ヶ岳自然クラブが提供くださった写真パネルと標本箱に並べたネズミの骨。パネルはネズミをとらえる瞬間のフクロウなどすばらしい写真があります。ネズミの骨はかつて同じ八ヶ岳のフクロウの食性分析をしたときに作った標本です。

八ヶ岳自然クラブの田中様からのお便り
高槻先生
 3回にわたって行われたフクロウ巣材分析のワークショップ、高槻先生にはいろいろとご配慮をいただき本当にありがとうございました。八ヶ岳自然クラブとして3回の催しで延べ10名の者が参加させていただいたことになりますが、参加者全員が非常に満足したとの感想を述べて帰りました。
 私たち”高齢者グループ”にとっは、若いはつらつとした学生さんたちとの交流は何十年前の学生生活に返ったような楽しい時間でした。そして、”現代っ子”の皆さんが、あのような一見ジミな作業に黙々と真面目に取り組まれている姿を見て、現代若者像の別の側面を見たような嬉しい体験でした。
 分析素材の前処理、ワークショップ運営の立案・準備、等々、高槻先生は大変なことだったろうとお察ししますが、お陰さまで私たちは貴重な体験をさせていただきました。改めまして心からお礼申し上げます。
また、気持ち良く共同作業をしていただいた学生さんたちにも感謝申し上げます。どうぞよろしくお伝え下さい。

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その他の骨

2016-11-01 08:16:53 | その他
ネズミの骨の主要なものです



肩甲骨、尺骨(左)と上腕骨(右)

  
寛骨、大腿骨、脛骨
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作業手順

2016-11-01 05:33:22 | その他
サンプルは6個ある。

1)分析するサンプルを決める。
2)フクロウの巣箱は底にチップを入れてあるので、ふるいを使うなどしてこれを取り除く。
3) 残りの細かな残存物を容器にとりだし、そこから小骨、羽毛をピンセットで取り出して、シャーレに入れる。
4) シャーレは「頭骨」「下顎」「寛骨」「四肢骨」「その他」くらいに分け、取り出したものをそれぞれのシャーレに入れる。
5) 取り出したらチャック袋にサンプル番号、骨の部位などを書いて納める。
6) このチャック袋を大きいチャック袋に納める。
7) このとき、標本の骨と見比べてどこの骨かなどを確認すると勉強になる。

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ネズミの下顎

2016-11-01 01:45:43 | その他
ネズミの頭部は下の図のようになっていますが、フクロウは飲み込んで分解しますから、頭部と下顎は別々になってでてきます。頭部は割れていますが、下顎はだいたいそのままでてきます。


     ネズミの頭部

下の写真はフクロウの巣の中から取り出したネズミの下顎です。実際にはこれ以外の骨もたくさんでてきます。



おもに出てくるのはアカネズミの仲間とハタネズミの仲間です。アカネズミの仲間は森林にすむので「森ネズミ」と呼ぶことにします。いっぽう、ハタネズミの仲間は草原にすみますから、八ヶ岳では牧場によくいます。歯をみるとその違いがよくわかります。森ネズミのほうはヒトの歯とも共通な歯根をもっていますが、ハタネズミのほうはダンボールのような「壁」が上から下まで続く特殊なものです。これは歯の摩滅に対する適応と考えられています。アカネズミは果実や動物質など栄養価が高く、消化率のよい食物を探して食べますが、ハタネズミは草の葉や地下茎など硬い食物を食べ、腸も長く、盲腸が発達するなど、粗食に耐えることができます。歯はそういうことを反映しています。
 このことから下顎があれば、ネズミの種類を判別できるのです。

 
左 アカネズミの下顎、 右 ハタネズミの下顎


左 アカネズミの歯、 右 ハタネズミの歯

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フクロウ実習

2016-11-01 01:25:14 | その他




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落合さんによる分析

2016-11-01 01:25:10 | その他
これは八ヶ岳自然クラブの写真展で、分析内容を紹介してほしいという依頼があり、それに応えて作成したものです。



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皇居のタヌキの糞と陛下

2016-10-01 21:20:38 | 私の著作
2016.10.8

 明仁天皇陛下を筆頭著者とする皇居のタヌキの食性に関する論文(英文)が公表された。このことが報じられてから、複数の人から「タヌキの食性を調べるってどういう意味があるんですか」とか「新種発見とか絶滅危惧種ならわかるんですが、タヌキって珍しくないんじゃないですか」といった質問をもらった。それは私自身に対する質問でもあるような気がした。多くの人が興味を持ちながら、学術論文であるからと敬遠して目にすることがないのは残念なことだ。そこで、タヌキの食性を調べてきた者として解説と感想を記してみたい。
 タヌキの食性、つまり「何を食べているか」を調べることはタヌキに関する生物学のひとつの項目である。分類学、形態学、生物地理学、行動学など、それぞれの分野についてタヌキで調べる価値がある。食性解明は、生物学の類型でいえば生態学の項目のひとつといる。調べた結果、「タヌキには果実が重要で、冬には哺乳類、夏には昆虫も増える」などの事実が明らかになる。食性解明には、そういう動物学的な情報のひとつを提供するという意味があり、それを目的に調べられてきた。これは遡ればギリシア時代からの博物学の延長線上にある。
 生態学が発達してくると、生態学の目的である「生物と環境との関係」についての理解が深まってきた。個別の生き物の生活史を解明するだけでなく、その生き物が生態系の中で果たしている機能や担っている役割を解明するという視点が生まれてきた。植物は光合成をする生産者で、その葉を食べる草食動物がおり、その草食動物を食べる肉食動物がいるとみられるようになった。そういう視点に立てば、それぞれの階層内のバッタとシカは、葉を食べるという同じ役割をしているとか、フクロウとキツネはネズミを食べるという同じ役割をしているという見方がなされるようになった。これはイギリスのエルトンが提案したアイデアで、そのように見ると生き物は鎖でつながっているように見えるので「食物連鎖」と名付けられた。重要なのは個々の種の情報でなく、生態系の構造と機能をとらえるようになったということである。
 そのように考えると、「タヌキの食性」を調べることにも、図鑑的な知識をひとつ加えるという研究もあれば、タヌキが生態系の中でどういう役割を担っているのかという視点に立つものまでさまざまである。私たちも「タヌキの食性」を糞を集めて分析したが、興味はタヌキの種子散布という役割の解明にあったので、糞から検出される種子に注目し、識別するだけでなく、数も調べ、さらには実験的にソーセージの中にプラスチックのマーカーを入れて、タヌキの移動距離を解明するなどの工夫もした。
 つまり、同じ「タヌキの食性」という課題でも目的意識によって相当違うものになるということである。その意味で、今回公表された皇居のタヌキの論文が、どういう目的で研究されたかを紹介したい。
 論文の導入部である序ではまず、タヌキは日本列島にすむ中型の食肉目で、東京では1950年代までは捕獲されるほどいたが、1970年代の都市化によって減少したことが書かれている。それに続いて、しかし最近は都内でも回復し、1990年代後半の調査では皇居に定着していることが確認されたとある。こうして日本列島レベルから東京、千代田区への絞り込みがおこなわれている。
 これに続いて、タヌキは決まった場所でトイレのように「タメフン」をすること、2006年から翌年にかけて調査をして皇居のタヌキの食性が明らかになったことが書かれている。ただし、1年きりの調査であり、年次変動については調べてないということが添えられている。実際、ツキノワグマやニホンザルでは年によって果実の豊作、凶作があって、それに応じてクマたサルの食性が大きな年次変動をすることが知られている。これが皇居のタヌキではどうであろうかというのが解明すべき課題であるとする。
 この論文の序は、科学論文としての一般的な形を踏み、過不足なく書かれていると思う。しかし、私にはもう少し聞きたいことがある。それは、天皇陛下が皇居で調査をされたことに触れて欲しかったということである。日本中で、あるいは世界中で、自分のすむ場所の生き物のことが知りたくてコツコツと調べている人がいる。それはもちろん学問の世界に科学的に調べた情報を提供するという意味をもつが、同時に「自分のすむこの土地にあるもの、いるもののことを知りたい」という人間ならだれでも抱く好奇心に発したものであり、陛下の場合はそれが皇居でされたということなのだと思う。
 陛下はハゼの分類学者でもあり、動物がお好きなのだと思う。その陛下が皇居内にタヌキがいて、タメフンを調べれば食べ物がわかると知られたときに、「これを調べてみたい」と思われたと察する。私は論文全体を読んで、行間からそのことを感じた。
 この論文を読んで、私にとって印象的だったことがいくつかある。まず糞から検出された種子が種または属まで識別され、その数が58にもおよんでいることである。これは一箇所での結果だから、これまでの研究と比べて破格の値である。識別は植物分類学者の門田裕一氏が担当したようで、私も個人的に知っているが、植物の知識は桁外れの人だ。専門家なのだから当然といえば当然だが、糞から検出される微細な種子を同定するのはたいへんなことである。
 さて、この分析でどういうことがわかったかというと、皇居のタヌキの食性においては森林に生える植物の果実が重要だということである。出現頻度の高かったのはムクノキ、クサイチゴ、エノキ、クワ属、イヌビワなどクサイチゴを除けば高木あるいは亜高木である。クサイチゴはキイチゴの仲間でも明るい場所に生えるモミジイチゴやニガイチゴと違って暗い林に生える。このうちムクノキ、エノキなどは何ヶ月にもわたって出現するが、クサイチゴ、クワ属などは短期間にしか出現しなかった。
 東京郊外の里山的環境のタヌキの食性ではヒサカキやジャノヒゲのように森林の内部に生える植物の果実も重要だが、明るい場所に生えるヤマグワやサルナシなどの果実もよく利用される。これに対して、皇居のタヌキの食性では森林の樹木や低木が主体を占めていた。このことが皇居のタヌキの食性の最大の特徴だと思われる。ただし、このことは2008年の論文でも指摘されていた。
 この論文で重要なのは5年間調べてもタヌキの食性にあまり違いがなかったことが明らかになったことである。私たちは長野県黒姫のアファンの森や仙台の海岸のタヌキの糞を3年ほど調べているが、年によってかなりの違いがある。そもそもタヌキの食性は場所によっても、季節によっても、年によっても大きく違い、その柔軟性こそがタヌキの特性といえる。東京のような大都市の中にでも生き延びていること自体が、タヌキが状況に応じて臨機応変に生活様式を変えることができることを反映している。そのタヌキの食性が5年間安定していたことの意味はどういうことであろうか。
 私は皇居には行ったことがないが、写真集などをみると鬱蒼とした森林があるようである。明治神宮には何度か行ったが、高いクスノキやカシ類が覆う鬱蒼とした林なので、皇居の林もそれに近いのだと思う。タヌキは里山によくいる動物だが、里山の林は雑木林や人工林である。人工林は暗くてタヌキの食べ物になるようなものもあまりないが、雑木林は食べられる実のなる低木やつる植物も多く、昆虫なども豊富である。また雑木林は季節によって大きく様相が変化し、生える植物や昆虫なども変化し、年によっても大きく変化する。タヌキはそういう環境で生き延びてきた動物なのである。「狸」という字は日本でタヌキを指す漢字だが、文字通り「けものへんに里」、その特性をよくとらえている。
 ところが皇居では5年間、基本的にはムクノキ、エノキ、タブノキなどの森林の植物の種子が毎年同じように出続けた。これはタヌキの食性としてはユニークなことといってよい。この事実から、この論文ではタヌキの食性の安定性は、皇居の森林が安定した食物供給ができるからだと締めくくっている。つまり、タヌキの食性解明を目的にしているが、その結果を生息地との関係性において捉え、動物の生活が環境の影響を受けることを、皇居の森のもつ特徴との関連で示したものとなっている。
 ところで、私が感銘を受けたのは、論文の最後に添えられた付表である。そこには縦に植物の名前、横に糞を採集した日付がずらりとならび、一番下に「同定不能」としてその種子数もあげてある。これが書いてあるおかげで、全体で何個の種子が出て、そのうちどれだけが識別できたかがわかる。それは「要するに何がわかったか」には現れて来ないことだが、同じ研究をしている我々には、いわば論文の質をうかがう重要な情報となる。それに、この表には回収をしなかった日はグレーにしてある。結果に関する情報としては、回収日だけで十分なのだから、回収しなかった日が明示されるのはあまりないことだ。それを全部示すことで、5年間にどれだけの日数に採集しなかったかが一目でわかる。これを見て、実際に糞の採集をした私は、残りのこれほど多くの日に採集されたのかと圧倒されるような思いを抱いた。この表を掲載したのは共同研究者の意向なのか陛下の意向なのか測りかねるが、私には陛下の誠実なお人柄が反映されているように思えた。

 以上が私の解釈を添えながらの論文の紹介である。これを読んで私が感じたことはすでにいくつか書いたが、この論文から直接読み取れる生物学的成果を離れて、もう少し書いてみたいことがある。
 皇居はもともと江戸城であり、明治の近代化によって日本の首都になった東京に天皇家がお住みになることになり、そのお住まいとしてここが選ばれた。東京の街は関東大震災や太平洋戦争の大空襲で壊滅的な被害を受けた。しかし、その度に不死鳥のように蘇った。もっとも蘇ったというのは人の目から見たことで、戦後の復興は、失われた家屋の再建や、バラックをビルに建て替えることであると同時に、森林や田畑を宅地やビル街に変えることでもあった。それは人口を増やし、住民の生活の利便性をあげることだったが、野生動物にとっては住処を奪われることだった。シカやイノシシは江戸時代の末にはいなくなったと思われるが、キツネは戦後もかなり後までいたし、イノシシも郊外にはいたはずである。しかし1964年のオリンピックのあと、キツネはいなくなり、ひとりタヌキだけが生き延びた(もっとも最近ではハクビシンやアライグマもすむようになったが、これらは外来種である)。そう考えると、タヌキは東京の発展の中で例外的に生き延びた日本の野生動物ということができるだろう。その末裔が幾多の歴史的出来事を見てきた皇居に生き延びているということがこの研究の背景にある。
 皇居の森という東京に残された貴重な森林の価値を考えて研究者が調査をするというのはありえることで、実際、皇居の動植物の調査がおこなわれた。これにより皇居にタヌキが生活していることが確認され、そのことがこの研究の契機となったようだ。私は、ここで重要なのは「皇居の住人」である天皇陛下が調査地の提供をされただけではなく、自らが主体となって調査をされたことにあると思う。お忙しいご公務、とくに東日本大震災のあとは、ご高齢を顧みず被災者を励ます活動をされながらのことなのだから、タヌキの調査は誰かに任せてもよかったはずであるが、そうはなさらなかった。しかもバードウォッチングなど、よくある自然愛好者のするような調査ではなく、タヌキの糞を採集して分析するという、ふつうの人なら敬遠するような調査を進んでおこなわれたのである。私にはそれがどのくらい大変なことなのか、想像すらできない。たくさんのタヌキの糞を採集して分析した者としていえば、強烈な匂いのする糞を拾うのも、水洗するのも、とても忍耐力と根気のいることである。それはやった者でなければわからない。私のように並外れて動植物が好きで、大学をリタイアして時間のある者でさえ、ときにうんざりし、ときに「明日でもいいか」と棚上げにしがちな作業である。それだけに、これをお忙しい日々の中で5年間も継続された陛下に、大いなる敬意と、強い共感を覚えないではいられない。世界にはいろいろなロイヤルファミリーがあり、能力や人徳で慈善事業活動をする人や、才能があって芸術やスポーツに長けた人もおられるに違いない。生物学に詳しい人がおられることはイギリス王室などの伝統として知られている。しかし自らが野生動物の糞を拾って顕微鏡を覗く人はいないに違いない。
 冒頭にふれたように、生物学は素朴な博物誌の時代を経て、厳密な実証性と高度な機器を使う精緻なものになった。また論理性の展開により、個々の種を見るのではなく大きい系を把握する視点ももたらされた。しかし、どのように形を変えてもその根源にあるのは対象を知りたいという好奇心にあることは変わることはない。とくに自分が住む場所の地形や鉱物や動植物を知りたいというのはわれわれの本能的な欲求ではないだろうか。しかし、そのことを私たちは現実の生活の中で置き忘れがちである。そのことを、天皇陛下は皇居のタヌキの糞を分析するという直球勝負で遂行された。
 共著であるこの論文の執筆過程を私は知らないが、かなりの部分を専門家がお手伝いしたことは想像される。しかし筆頭著者として最終的な責任は陛下が持たれるわけであり、最終原稿を読まれて、これは書かない、これを追加してほしいと言われることはあったに違いない。科学論文としてできあがった序に何の不足もないが、願わくば、この研究をどういうお気持ちで始められ、続けられたかを聞けたらどんなにかすばらしいことだろうと思った。
 冒頭にこの論文の価値や意義を問う声があることを書いた。それはひとつには「役に立つ研究」という価値観から発せられるものであろう。あるいは類稀れなものは価値があるが、ありふれたものは価値が小さいという発想によるものであろう。だが、タヌキの糞分析はそのどちらでもない。狭い意味で世の中に役に立つわけではないし、珍しいものでもない。これを調べさせたのは、素朴な知的好奇心そのものである。同じことをしている私は、タヌキを含むすべての命には等しく価値があり、それぞれが懸命に生きていることから感じる、敬意に似た思いがある。そういう考えからすれば、珍しいものは大切にするが、ありふれたものは顧みないという姿勢に批判的な気持ちがある。陛下にそういうお気持ちがあったかどうかは知る由もないが、私には、陛下もすべての生物に対する等しい価値を見出されているように思える。
 この論文について考えてきた。天皇陛下にとっては、原生自然の貴重な生物を研究されることも可能であろうが、そうではなく、日本列島にありふれたタヌキを選ばれた。それは生き物に対する博愛的な姿勢によるものであろう。そしてそれを正確に長期的に分析するという科学的姿勢で遂行され、論文を完成された。翻って、今の日本社会は経済を最優先し、効率こそが重要であるとし、しばしば利己的になり、自分に有利なものを優先し、そうでないものを軽んずる。この論文はすべての点でこれらとは対極的なものである。もし、そのことの意味を考え、この社会の在り方について立ち止まって考える契機になるとすれば、これほど「役に立つ」ことはないだろう。私にはこの論文には、そういう広く、深い意味があるように思える。
 さらに付け加えれば、私はどうしても裕仁昭和天皇のことを思ってしまう。裕仁天皇も生き物がお好きだった。しかし昭和という時代はこの国が戦争に突き進んだ時代であり、裕仁天皇がタヌキの糞をお調べになることを許さない時代だった。そのことを思えば、人の運命を思わずにはいられない。明仁陛下は類いまれな純粋さで自分の求める生き物への好奇心を持ち続けられ、ご高齢になられても、なおそれを実行された。それは明仁陛下であるからこそ成し得たことであるに違いないが、しかし、平和な70余年がなければ、実現されなかったことでもあると思う。この論文に接して、そういうことも思った。


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プロフィール

2016-05-01 20:25:36 | プロフィール
高槻成紀(たかつきせいき)

1949年鳥取県出身。1978年東北大学大学院理学研究科修了、理学博士。東北大学助手、東京大学助教授(1994-2007)、教授(2007)、麻布大学教授(2007-2015)を歴任。現在は麻布大学いのちの博物館上席学芸員。専攻は野生動物保全生態学。ニホンジカの生態学研究を長く続け、シカと植物群落の関係を解明してきた。最近では里山の動物、都市緑地の動物なども調べている、一方、スリランカのアジアゾウ、モンゴルのモウコガゼル、タヒ(野生馬)、モンゴル草原の生物多様性などの研究もした。著書に「北に生きるシカたち」(どうぶつ社)、「野生動物と共存できるか」「動物を守りたい君へ」(岩波ジュニア新書)、「シカの生態誌」(東大出版会)、「唱歌「ふるさと」の生態学(ヤマケイ新書)」、「タヌキ学入門」などがある。


このブログで研究のことを少しずつ紹介していきます。
ブログの内容は以下のとおりで、右下にある「カテゴリー」に対応します。
研究の概要:おもに時間経過的に内容を紹介します。
研究内容の紹介:動物の種類や地域に分けて内容を説明します。
業績:論文、単行本、報告などカテゴリーごとにリストします。


2016年1月1日
コメント (14)
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2015年4月より

2016-05-01 20:24:51 | 最終講義
 2015年3月で麻布大学獣医学部教授を退任しました。4月からはひきつづき麻布大学において「麻布大学いのちの博物館」運営のお手伝いをしています。またC.W.ニコルのアファンの森財団の「生きものしらべ室」でアファンの森の動植物の調査と教育活動をします。
 時間がとれるようになったので、執筆活動、自然観察に時間を使いたいと思います。講演、野外動植物観察の指導など声をかけていただければご協力します。
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