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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

高槻先生のこと 樋口

2015-03-07 21:54:47 | つながり
樋口 広芳
 私が高槻先生に初めてお会いしたのは、1994年の中頃のことである。東京大学大学院に新設される研究室の、私が教授、高槻先生が助教授として採用されることが決まった頃だ。場所は、東京の有楽町の喫茶店だった。私が誘ったのだが、初めて顔を合わせたとき、ああ、この人となら一緒にうまくやっていかれそうだ、と感じた。温厚で気負いのない人柄が、一目で見てとれた。
 高槻先生のことは、この時に会う前からもちろん知っていた。金華山のシカと植生との関連について長年にわたって生態研究を行なっておられ、その仕事は広く知られていたからだ。また、横浜国立大学の教育学部にいらした遠山三樹夫先生からも話をうかがっていた。高槻先生と遠山先生は、年齢はだいぶ離れていたが、ともに植生学、植物学、生態学を専門にしており、東北大学理学部に所属していた経緯がある。ついでながら、遠山先生は私の高校時代の学級担任でもあった。
 高槻先生と私は、東京大学時代、農学生命科学研究科の、当初は応用動物科学専攻・野生動物学研究室、のちに生圏システム学専攻の生物多様性科学研究室に所属していた。高槻先生は途中から総合研究博物館に異動されたが、その後も、兼坦として研究室の運営に携わってくださった。この間、学生の指導のあり方、講義内容の検討、研究の方向性、新技術の開発と利用、学会大会の開催など、さまざまなことをめぐって高槻先生と話し合い、議論した。高槻先生はいつも、どんな問題にも真剣に取り組み、相手の意見をしっかりと聞いた上で、自分自身の意見をきちんと述べられた。ややこしい議論になる可能性のあった問題もいくつかあったが、常に裏表のない、すっきりとした意見を述べられるので、対応はむずかしくなかった。
 高槻先生は学生の面倒見がよく、学生に慕われていた。研究はシカにかかわる生態研究を柱とし、ほかに国内外の哺乳類の生態研究にもかかわっておられた。柱としてのシカの生態研究は、宮城県の金華山などでの個体群研究、植物群落とのかかわりについての研究だった。高槻先生の研究の特徴は、じっくりと対象と向き合うこと、長期間にわたって観察を継続することだ。シカをめぐる長期の生態研究の成果は、2006年、大著『シカの生態誌』(東京大学出版会)としてまとめられた。今日、期間限定の特定の研究プロジェクトが広く行なわれる中にあって、高槻先生のこうした研究の内容とスタイルは異色であり、後世まで高い価値を持ち続けるものと思われる。
 私は、鳥の渡り研究などは20年以上にわたって行なっているが、ほかにおもしろいと思った大小さまざまなことがらにも取り組んでいる。この点で研究のスタイルは高槻先生とかなり違っていると言える。が、どちらも研究を楽しみながら続けているという点では共通している。また、研究成果とそこから導き出されることがらをいくつかの一般書として出版している点でも共通している。高槻先生の書かれたものを拝見すると、自身で、あるいは学生や共同研究者とともに苦労しながらも楽しく研究していること、またそれを楽しみながら書いていることが、それとなく、あるいはしっかりと伝わってくる。幸せな人生を送っておられることがうかがわれる。
 高槻先生は音楽にも造詣が深い。送別会、祝賀会などのいろいろな場面で、ギターとともに歌を披露される。人の生き方、時代の移り変わりなどをテーマにした歌を披露されることが多い。最近では、ご自身でお撮りになった多数の写真をパワーポイント上で展開しつつ、それに合わせて歌われる。いろいろな興味、関心がうまくかみ合っており、見ていて、聞いていて心地よい。
 高槻先生は、退職後、どのような時間を過ごされるのだろうか。私は東京大学を定年退職して3年になるが、以前とあまり変わらない生活を送っている。慶應大の特任教授という立場で、講義や研究も、学生や国内外の研究者との交流も続けている。学内の会議にはほとんど出る必要がない、学生の卒論や修論・博論の指導も正規には行なわなくてよいなど、心身ともにリラックスした状態が続いている一方、ちょっと物足りないところもある。が、より自由になった分、執筆活動、生きものや自然の観察や撮影などにより多くの時間を費やすことができている。退職後の生き方としては、なかなかよいものだと思っている。高槻先生は、家族と過ごす時間をより多くもたれるのだろうか。でもたぶん、やはり自然や生きものの観察や撮影、執筆活動、仲間との交流などに、より多くの時間を使われることになるのではないだろうか。また、自由な発想から、自然と音楽とのコラボレーションにかかわるような新しい試みをされるのではないだろうか。
高槻先生らしい有意義な時をすごされることを願いたい。
(東京大学名誉教授/慶應義塾大学特任教授)

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