スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

農林水産省賞典安田記念&ことばによる表象

2011-06-05 18:54:05 | 中央競馬
 香港から2頭が遠征してきた第61回安田記念
 ダノンヨーヨーが出負け。シルポートが逃げるのは戦前の予想通り。ジョーカプチーノがこれを追い掛けました。アパパネは中団でしたが,僕には少し掛かっているように見えました。前半の800mは45秒4で,少し早いかなという程度のミドルペース。
 クレバートウショウと並ぶように前の2頭を追い掛けていたリアルインパクトは直線に入るとその外へ。非常によい手応えと見受けられましたが,抜け出しはせず,シルポートは脱落したもののジョーカプチーノと競り合いに。これを競り落としたところへ狭いところを割るように伸びてきたストロングリターンが急襲。同じ厩舎の争いとなりましたが,追撃を封じたリアルインパクトが優勝でストロングリターンが2着。大外を伸びたスマイルジャックが3着。
 優勝したリアルインパクトは新馬戦以来の2勝目。ただその後の戦績から,現3歳世代ではトップクラスの力をもっていることは明らかでした。傑出した古馬が不在であったことは確かですし,もちろん斤量差もありましたが,この時期の3歳馬が古馬を相手に大レースを勝ったというのはとても立派。この路線に限っては今後はこの世代が牽引していく可能性もありそうです。父はディープインパクトで兄に2007年のオーシャンステークスを勝ったアイルラヴァゲイン
 騎乗した大井の戸崎圭太騎手は先月のかしわ記念に続く大レース制覇で,JRAでは大レース初勝利。見事にワンツーを決めた堀宣行調教師は高松宮記念以来の大レース制覇で安田記念は初勝利。

 実際には,人間の精神mens humanaが延長の属性Extensionis attributumを認識するcognoscere様式というものが,これだけに限られるといっていいのかどうか,現時点では僕には分からないというのが正直なところであり,あくまでもこれは仮説にすぎません。ただ,以下のような事象に関しては,僕は僕が示した様式には含まれないと考えています。
 僕たちは属性ということばに刺激されるafficiことによって,つまり属性ということばを読んだり聞いたりすることによって,何らかの表象像imagoがその精神のうちに形成されるということがあると思います。しかし僕はこうした表象像に関しては,それを属性の混乱した観念idea inadaequataとは考えません。いい換えれば,こうした様式によって,人間が属性を混乱して認識しているとは考えないのです。そして僕がそう考える根拠は,おおよそ次の点にあります。
 第二部定理三二に示されているように,すべての観念はそれが神に関連付けられればomnes ideae, quatenus ad Deum referuntur真の観念idea veraであり,したがって十全な観念idea adaequataです。そして有限な知性intellectusが構成するどんな混乱した観念も,それを神と関係づけることができます。人間の精神に限ってではあるかもしれませんが,それを示しているのが第二部定理一一系で,もしもAの精神の本性naturaを構成する限りで神のうちにXの観念があると関係づけられれば,Aの精神のうちにXの十全な観念があるという意味であり,もしもAの精神の本性を構成するとともにほかのものの観念を有する限りで神のうちにXの観念があると関係づけられるなら,Aの精神がXの混乱した観念を形成しているということになります。
 このことから分かるように,もしもAの精神のうちに何らかの属性の混乱した観念があるというのは,Aの精神の本性を構成するとともにほかのものの観念を有する限りで神のうちにその属性の観念があるということなのです。ところが,このことばによる表象imaginatioの場合に生じているのはこういうことではないと思います。その根拠は後で示しますが,たとえばAがこの仕方で何事かを表象する場合には,Aの精神の本性を構成するとともにほかのものの観念を有する限りで,神のうちには属性ということばの観念,あるいはそこまでいわなくても,属性ということばに刺激されることによって生じた表象像があるのであって,これは属性の観念があるということではないと僕は考えるのです。
コメント
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