スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

二律背反&食餌療法の改善

2011-02-28 18:30:11 | 歌・小説
 夏目漱石が『明暗』のプロットのひとつとして,社会主義者と評される小林の口からドストエフスキーについて語らせるとき,そこに作者としての夏目漱石という観点を導入するならば,二律背反的な表現になっているといえると思えます。すなわちこの部分は,ドストエフスキーに対して,あるいはドストエフスキーの小説に対して,とても好意的な評価であると読むことも可能ですし,逆にあまり肯定的ではない,むしろ否定的であるとも読めるようになっています。僕は小説の読み方として,作者という観点を持ちだすことには懐疑的なのですが,しかしここには,確かに漱石のドストエフスキー評というのが介在しているようには思えます。つまり漱石はドストエフスキーの小説を,肯定的に評価していたと同時に,否定的に批判する精神をも同時にもっていたのではないでしょうか。あるいはさらに作者としての夏目漱石の情念という部分にまで踏み込んでいうなら,漱石はドストエフスキーの小説を,好きでもあったし嫌いでもあったのではないかと思うのです。
                         
 漱石はいわゆる修善寺の大患で,生死の境界を彷徨いました。これはひとりの人間にとって重大な経験であることは間違いないでしょうし,もしかしたら漱石にとって,人生の中での最大の体験であったといっていいかもしれません。そしてこの経験について回復した後の漱石は,死に伴う恐怖と生に伴う喜びが紙一重に重なったと述懐し,そこに常にドストエフスキーを連想したという意味のことをいっています。
 漱石がドストエフスキーを,あるいはドストエフスキーの小説を高く評価していたということに関しては,僕はこのことだけをもってしても十分に説明ができると考えます。なぜならば,自身の人生における最大の経験,あるいは最大ではないにしてもかなり重大な体験にある別の事柄を観念として連結させるならば,少なくともその人間は,その観念に対してある肯定的な評価を,あるいは自分自身で意識しているような好意というものを抱いているということは,疑い得ないであろうからです。とくにこの場合,死からの生還という,第三部定理七からしても喜びという感情と同時にあるであろう観念ですからなおさらです。したがってこの点については僕はこれ以上の探求をするつもりはありません。むしろ僕の興味は,否定的な評価,ないしは反感というような情念が生じた理由の方にあるのです。

 生活改善のうち僕にできることのもうひとつ,食餌療法の関連に関しては,実は運動療法と比べると,さらに僕の独断でできることというのが限られてきます。というのも,血糖値は摂取する熱量に応じて上昇しますから,ただ血糖値を下げるだけであるならば,摂取する熱量というのを減少させればいいわけです。これはやろうと思えば簡単にできることでしょう。しかし,摂取するべき熱量というのは,入院中に管理栄養士によって定められたものですから,これを僕自身が勝手に減らしてしまうというわけにはいきません。つまりあまり食べすぎてはいけないのは当然ですが,食べる量が減りすぎてもいけないわけです。そもそも注射するインスリンの量というのが,基本的にこれだけは熱量を摂取するという前提のもとに定められているわけですから,勝手にそれを減らしてしまうようなことをすると,むしろ副作用である低血糖を発症しやすくなってしまいます。そしてこれは一時的にみるならば,高血糖よりも危険です。
 したがって,できることというのは,できる限り定められた熱量に近いだけのものを1日のうちに食するということになります。実際にはこれはもともと心がけていたことではありますから,今回のことを機に取り組み始めたというわけではありません。ただ,やはり糖尿病との共生が長くなってきましたので,僕も大体はどれくらいの量でどのくらいの熱量になるかということを理解してきましたから,最近は目分量でよそうことも多かったというのは事実。そこでこれを機会に原点に戻ろうということで,こまめに計量器を使うようにしました。
                         
 ところで,この目分量ということに関しては,実は母の入院も少し関係はしていました。というのはこの間は基本的に夕食を僕と妹のふたり分作っていましたが,たとえば魚などを食べる際には,面倒なのでどうしても二切れを買ってきて,それを一切れずつ食べるということになります。買い物も僕がしていたわけで,どうしてもその方が合理的なのです。しかし実際にはは種類によって含有している熱量がかなり変わってきますから,こういう食べ方をしていますとどうしても熱量を多く摂取してしまうケースが生じます。こうしたことは母の退院後にもあったのですが,こういう場合も,しっかりと計量して,あまり多いならば残すようにしたのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする