雪舟には興味があったので、古本屋で他の買い物のついでに、小さい画集『雪舟』(新潮社、1996年)を入手しておいた。
ページ見開きで作品と解説が並べられている構成。島尾新による解説がとても優れている。極めて短い文章を連ねただけなのに、雪舟という人物の心の機微にまで触れた気にさせられてしまう。そして近代が雪舟像を歪めていること。
雪舟のターニングポイントは、40歳を超えてから渡った明での滞在であったという。それは必ずしも、滞在中に多くを学んだということではない。寧波と北京の往復もあり、時間はさほどなかった。それよりも精神的なもの、自信を得て、何かが突き抜けてしまった。論理を無視する15世紀のアヴァンギャルドには、確かに凄みすら感じさせられる。
白眉は何と言っても「慧可断臂図」である。達磨が少林寺で壁に向かって座禅し続けているとき、弟子入りしてほしいという男がやってきた。見向きもしない達磨に、男は腕を切って決意を示した。達磨は弟子入りを許し、慧可という名を与えた。この絵の見所は、そのような物語でもあり、自らの腕を持つ慧可の顔であり、達磨の人間を超越したような顔であり、岩肌でもある。しかしもっともギョッと驚かされるのは、太い薄墨でデザインのように描かれた達磨の法衣である。何を考えているのか。
コレ!
雪舟が明に渡ったのは修行のためばかりではなく、当然、画師としての仕事もあったという。周囲の国々から献上品を携えてきた人々を描いた「国々人物絵巻」は、まるで今和次郎のような博物学的な記録であり面白い。「唐僧」などに加え、チベットの「西蕃人」、北方の「女真国人」、朝鮮の「高麗人」、インドの「天竺人」、さらに「琉球人」が描かれている。島津の琉球侵攻より100年以上前のこと、外国人という意識に他ならないようだ。
科学映像館で配信している記録映画(文化映画というべきか?)、『雪舟』(東京シネマ、1956年)も観る(>> リンク)。
映画では、京都五山の禅宗僧侶たちが文化の担い手であり、御用画師も生んだ一方で形式化を免れず、相国寺で学んだ雪舟もさらなる飛躍を求めて明に渡ったのだ、といった解説がなされる。実際のところ、島尾新によれば、雪舟はさほど優れた存在ではなく、30代半ばで見切りをつけて山口に移ったという。つまり、映画は省略しすぎて、中国行きにより存在感を塗りかえる雪舟の前史を無視していることになる。
また、団扇型の中国絵画の模写、アブストラクトな「秋冬山水図」、墨の勢いがある「撥墨山水図」、大分の滝をあり得ない形状で描いた「鎮田滝図」、パノラマ写真のような「天橋立図」、手がアンバランスに小さい「益田兼堯像」、達磨の「慧可断臂図」、花鳥図、最大の力作と説明する16mもの「四季山水図巻(山水長巻)」と紹介が続く。ここでも不満が残るもので、「力強い近景と柔らかい遠景」は嘘ではないからいいとしても(それでも力強い遠景のなかのポイントだってある)、「生きているような」とか、「真実に鋭く迫る」とか、表現は常套句を決して超えることはない。達磨の法衣についてもまったく言及はない。この突き抜けた雪舟を語るには、はっきり言って役不足である。
一方、見所は、「山水長巻」のさまざまな部分を舐めるように観ていくカメラだ。美術館では、日本画、特に横に長いガラスケースに入れられた長巻などは歩きながら観てしまい、凝視しないのである。そして確かに凝視すると、誰かが言っていたようにモンドリアンのような過激さが見えてくる。省略による解像度不足という問題ではないのだ。この映画は、長巻に眼を凝らしながら向けられた視線を体験するためだけにでも、観る価値がある。
●参照
○寧波の湖畔の村(雪舟はこのような風景を観ただろうか?)
○天童寺(雪舟、道元が滞在)
○阿育王寺(アショーカ王寺)(雪舟、鑑真が滞在)
●科学映像館のおすすめ映像
○『沖縄久高島のイザイホー(第一部、第二部)』(1978年の最後のイザイホー)
○『科学の眼 ニコン』(坩堝法によるレンズ製造、ウルトラマイクロニッコール)
○『昭和初期 9.5ミリ映画』(8ミリ以前の小型映画)
○『石垣島川平のマユンガナシ』、『ビール誕生』
○ザーラ・イマーエワ『子どもの物語にあらず』(チェチェン)
○『たたら吹き』、『鋳物の技術―キュポラ熔解―』(製鉄)
○熱帯林の映像(着生植物やマングローブなど)
○川本博康『東京のカワウ 不忍池のコロニー』(カワウ)
○『花ひらく日本万国博』(大阪万博)
○アカテガニの生態を描いた短編『カニの誕生』
○『かえるの話』(ヒキガエル、アカガエル、モリアオガエル)
○『アリの世界』と『地蜂』
○『潮だまりの生物』(岩礁の観察)
○『上海の雲の上へ』(上海環球金融中心のエレベーター)
○川本博康『今こそ自由を!金大中氏らを救おう』(金大中事件、光州事件)
○『与論島の十五夜祭』(南九州に伝わる祭のひとつ)
○『チャトハンとハイ』(ハカス共和国の喉歌と箏)