Sightsong

自縄自縛日記

入江曜子『溥儀』

2010-05-27 01:35:44 | 中国・台湾

清朝最後の皇帝、ラストエンペラー、宣統帝溥儀。日本の植民地国家、満州帝国最初の皇帝、康徳帝溥儀。最後は中国の「人民」となった愛新覚羅溥儀。しかし、歴史上のターニングポイントにおける顔は知られていても、この奇怪な男の生涯のことは知られていない。入江曜子『溥儀―――清朝最後の皇帝』(岩波新書、2006年)は、溥儀の内面にまで探りを入れている。歴史の副産物とは言え、あまりの呪われし運命に慄然とさせられる。

3歳にして滅びゆく国の皇帝となった溥儀は、重々しく玉座から動かない男でも、状況に合わせて器用に姿を変える男でもなかった。老獪でもなかったし、純真というには屈折しすぎていた。もちろん身の回りのことなど何一つできず、晩年になっても、布団を四角く折りたたむことすらできなかった。

本書で再現される溥儀の姿は、大きな力に擦り寄り、その力を我が物にしようとして叶わない、病的なものだ。おそらくは、軽い身のこなしなどではなく、結果として「裸の皇帝」から抜け出せなかったということだろう。清朝皇帝の座を追われ、一度は袁世凱の野望に相乗りする形で二度目の皇帝となる。そして虜囚。日本に担ぎ出されて満州の皇帝となる。三度目の皇帝である。このとき、溥儀が期待していたのは、新国家の皇帝ではなく、清朝の復活であったという。その段になってはじめて事実を知った溥儀は、板垣征四郎に対して怒りをぶつけるものの、拒絶する実権はない。

「「満州国は清朝の復辟ではなく、漢、満、蒙、日、鮮の五族による新しい国家である」
 冒頭で閣下と呼ばれて頬をひきつらせた溥儀は、この一言で蒼白になった。
 「それでは話が違う」」

清朝復辟を諦めた溥儀は、次に、天皇の一族になろうとする。アマテラスさえも崇敬の対象とするのである。徒花の植民地国家、満州帝国が滅び、またも虜囚の身となる溥儀。中国成立後送還され、次に擦り寄ったのは、毛沢東という力であった。毛語録を口走り、過剰なまでに自己批判を繰り返した自伝を書き、「人民」という(無理に取ろうとすれば顔の皮が剥がれる)仮面をかぶり続けた。文化大革命がはじまり、特権階級を批判されるたびに慄く、小心者の怪物であった。本書が示してくれるのは、溥儀の姿だけでなく、「皇帝を自己批判せしめ、一般人民として更生させた」ということを国内外にアピールできる中国という国家の危い姿でもある。

「周恩来は「自己批判が多すぎる」と批判し、過去に人民を搾取し圧迫した皇帝が、どのような過程を経て人民とともに歩む人間に生まれ変わることができたのか、その党と国家の人間改造の実態を広く人々に知らせることにある、と改定の意義を具体的に指摘した。
 毛沢東はさらに一歩踏み込んで「この本の改定をやりおおせれば、あなたは新しい人間として定着するだろう。後世の人も、最後の皇帝がよく改造されたものだと、称賛するだろう」と溥儀の後半生を示唆する。 (略) この段階で溥儀は自立した伝記の筆者から、かくあるべき物語のヒーローに改造されたといっていい。」

汪兆銘は漢奸とされ、かたや、溥儀は生きおおせたわけである。

●中国近現代史
小林英夫『<満洲>の歴史』
満州の妖怪どもが悪夢のあと 島田俊彦『関東軍』、小林英夫『満鉄調査部』
小林英夫『日中戦争』
菊池秀明『ラストエンペラーと近代中国』
林真理子『RURIKO』
平頂山事件とは何だったのか
盧溝橋
『細菌戦が中国人民にもたらしたもの』
池谷薫『蟻の兵隊』
天児慧『巨龍の胎動』
加々美光行『現代中国の黎明』 天安門事件前後の胡耀邦、趙紫陽、鄧小平、劉暁波
加々美光行『中国の民族問題』
伴野朗『上海遥かなり』 汪兆銘、天安門事件
伴野朗『上海伝説』、『中国歴史散歩』
竹内実『中国という世界』


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