Sightsong

自縄自縛日記

ミッキー・スピレイン、ジョン・ゾーン

2009-06-10 23:52:48 | アヴァンギャルド・ジャズ

脳を湿らせようと、ミッキー・スピレイン『縄張りをわたすな』(ハヤカワミステリ、原著1961年)を読む。探偵マイク・ハマーものではなく、ディープという「帰ってきた顔役」を主人公にしている。原題も『THE DEEP』。実際はそんなことはどうでもよくて、そのへんに転がっていた筈だと思って探し出しただけなのだ。

期待を裏切らないくだらなさだ。悪と暴力と義侠心と性、個性的な脇役、少年時代への郷愁、どれを取っても欠けているものはない。ただ、こちらがパルプ・マガジン的なものを読んでも、もはや夢中になることはありえない。何だかつまらないことだ。

まだ30代前半のジョン・ゾーンが「スピレイン的」なものを夢想して作り上げたアルバムが『スピレイン』(NONESUCH、1987年)である。あくまで勝手な想像だが、マフィアやチンピラとは別の位相にあるアンダーグラウンドのオタクであったジョン・ゾーンたちが妄想した成果がこれなのではないか。ただ、ゾーンは「怪物的なオタク」だった。このアルバムも傑作だ。

最初のパート「SPILLANE」は文字通りパルプ的なコラージュ。ゾーンのアルトサックスの小気味良さだけでなく、ビル・フリゼールのギター、アンソニー・コールマンのピアノ・オルガンなど聴き所が多い。そして、マイク・ハマーの台詞をアート・リンゼイが考え(笑)、ジョン・ルーリーが低い声でぼそぼそと呟く。もはや音盤上のコスプレに他ならない、爆笑ものなのだ。

次のパートはムンムンするブルースであり、ゾーンは演奏に加わらない。ギターが晩年のアルバート・コリンズ、オルガンがビッグ・ジョン・パットン、ドラムスがロナルド・シャノン・ジャクソンといった汗臭さ。たまりません。

そして最後のパートが「FORBIDDEN FRUIT」、石原裕次郎の『狂った果実』をネタに作られている。これにもゾーンは演奏参加せず、クロノス・カルテットにクリスチャン・マークレイのターンテーブルが加わり、さらに、あの太田裕美が、「何なんだ!」と突っ込みたくなるような倒錯的な詩を朗読する。最近また「木綿のハンカチーフ」ばかりが懐メロとしてテレビに登場しているが、こんなものも取り上げてみたら面白いだろう。新たな太田裕美ファンが激増することは間違いない。

彼が来る
彼はとても美しい
だから わたしは うまくやれる
待っているわ on the beach

この『スピレイン』にインスパイアされ、ラジオドラマ、さらには舞台劇の音楽として作られたものを集めた作品集が『ザ・ブライブ』(TZADIK、1986年録音、1998年発売)である。仮想的な音盤映画としての『スピレイン』とは異なり、こちらは「サントラ」だ。26曲もの怪しく不穏なイメージを喚起しまくる音楽であり、ターンテーブルのクリスチャン・マークレイの見せ場が多いことは嬉しい。だが、自分の足で立つ異色度という点では『スピレイン』が断然上に思われる。


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