Sightsong

自縄自縛日記

ビル・ムーディ『脅迫者のブルース』

2008-11-15 22:42:29 | アヴァンギャルド・ジャズ

本棚を整理していたら出てきたので、11年ぶりに、ビル・ムーディ『脅迫者のブルース』(文春文庫、1997年)を読んだ。中身をぜんぜん覚えていなかった(笑)。原題は『Solo Hand』、事故で右手がうまく使えなくなってジャズ・ピアニストであることをやめた男が主人公である。片手ということと、ソロをとる手ということをかけているわけだ。

世の中にどれだけジャズ小説があるのかわからないが、その面白さの一部は、ジャズ・ファンがにやりとしてしまう描写にあることだろう。その意味で、この小説は仕掛けが散りばめてあって、肩がこらず楽しめる。

主人公はピアニストをやめ、ライターとして糊口をしのいでいる。その批評は、たとえばチック・コリアの演奏に向けられる。

「彼の演奏はいつも好きだった。少なくともクロスオーバーの方向に踏み出して、電子音楽に手を染めるまでは。電子音楽はわたしの趣味に合わないので、結局、その気持ちに正直に、名ピアニストが空虚なフュージョンに転向してしまったのを嘆くことにした。チックのファンの怒りを買わないのはわかっている。彼のファンは、誰も『ブルーノート』など読まないのだから。しかし、せめてジャズの現状をひとくさり批判することができるだろう。」

最初からこの調子なので、何となく、この不幸な境遇に陥ったばかりの主人公に肩入れして読んでしまう。ライターではあるが、かつてのしがらみから素人探偵になって困り果てるのである。

他にも、かつてマイルス・デイヴィスに面罵された歌手が飼い犬にマイルスという名をつけていたり、ガールフレンドが伝言を言付けた人に尋ねると、本人であることを確認させるために「チャーリー・パーカーはどこの生まれ?」と訊かせたりと、ネタに事欠かない。

ストーリーテリングや謎解き自体は、さほど秀逸ともおもえない。それでも、飽きずに1日で読んだのだから、ジャズ好きには悪くない本だろう。(そのくらいの感想なので、すっかり内容を忘れていたとも言うことができるが。)

著者のビル・ムーディの邦訳は他にはなさそうだが、同じ主人公が登場する『Looking for Chet Baker』(2002年)、ワーデル・グレイの死をとりあげた『Death of a Tenor Man』(2003年)、クリフォード・ブラウンの録音テープを巡る『The Sounds of the Trumpet』(2005年)、最新作『Shades of Blue』(2008年)なんてものもある。ちょっと英語で読むほど熱くなれないが、邦訳があれば全部付き合うに違いない。


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