喜多直毅+黒田京子『愛の讃歌』(ORT music、2014年)を聴く。
喜多直毅 (vln)
黒田京子 (p)
ずいぶん昔、黒田京子さんがご自身のブログで「渋谷毅さんのピアノの歌伴はなぜ多くの歌手に望まれるのだろう、なぜあのようにいい歌伴なのだろう」といったようなことを書いていた記憶がある。わたしにとって、渋谷さんの歌伴といえばどうしても浅川マキだ。マキさんが見せようとする闇と情の世界を包み込むのは、懐の深い渋谷さんのピアノだったといえる。
何が言いたいかといえば、ここで様々な貌を見せる喜多さんのヴァイオリンは人間の声のようで、黒田さんのピアノがそれを大きく包み込んでいるということだ。それによって、手垢のついたような、下手をすればベタベタに堕してしまうようなポピュラーな有名曲が、ここでは、実に鮮烈に生まれ変わっている。
とはいえ、武満徹の「他人の顔」などはそのベタベタ曲の部類には入らない。まさかこれが演奏されているとは思わず、スピーカーの前で仰天した。勅使河原宏の同名映画の中で、ビアホールにおいて医師と患者が狂気に満ちた会話をするときに、前田美波里が歌ったドイツ風のワルツである。喜多さんのヴァイオリンも、どこに向かっていくかわからぬドロップのように狂気をはらんでいる。
他の曲も素晴らしいのだ。震える声で歌うような「黄昏のビギン」(ああ!ちあきなおみ)、消え入りそうな音での「ジェルソミーナ」、哀切極まりない「ラストタンゴ・イン・パリ」、水がこれ以上ないほど吸い込まれたスポンジのように感情を保持しながら盛り上げる「愛の讃歌」、聴く者が個人の思い出に遡らざるを得ないような「おもいでの夏」、・・・。
●参照
齋藤徹+喜多直毅+黒田京子@横濱エアジン(2015年)
映像『ユーラシアンエコーズII』(2013年)
ユーラシアンエコーズ第2章(2013年)