「ジメイ君」の米長哲学 村山慈明vs村田智弘 2007年 第65期C級2組順位戦

2020年03月29日 | 将棋・名局

 村山慈明はなにをやってるねん。

 というのが、前からずーっと引っかかっていることなのである。

 村山七段といえば奨励会のころから将来を嘱望されており、19歳でプロデビュー後も新人王戦優勝勝率一位賞獲得など、エリートコースを走っていた。

 ならば今ごろはAクラスに定着し、タイトルの5、6個も取っていておかしくないはずだが、まだ挑戦者決定戦の壁を破れず、順位戦もB級1組から、まさかの降級を喫してしまった。

 NHK杯優勝など大きな実績もあるが、そのポテンシャルからしては全然物足りないところで、ここからの巻き返しを期待したい棋士のひとりだ。

 前回は羽生善治森下卓の若手時代の将棋を紹介したが(→こちら)、今回は期待をこめて「ジメイ」君の絶妙手を見ていただこう。

 

 2007年、第65期C級2組順位戦の最終局。

 村山慈明四段は、村田智弘四段と対戦することとなった。

 この一番は、村田が勝てば、C1昇級が決まるという大勝負。

 一方の村山は、ラス前で競争相手の片上大輔五段に敗れて(片上はこの期9勝1敗の成績で昇級する)昇級戦戦から脱落している。

 村山は前期も、最終戦で勝てば昇級の一番を、川上猛六段に敗れ逃してしまった。

 今期も、もし片上戦に勝っていれば、この村田戦が、昇級をかけた直接対決の鬼勝負になるはずが、まさかの消化試合に。

 2年連続「あと一歩」で涙を飲み、これで競走相手に目の前で上がられた日には、もう踏んだり蹴ったりもはなはだしい。

 村田のみならず、村山にとっても、ここは絶対に負けられない一番なのだった。
 
 戦型は後手の村山が、横歩取りから、中座流△85飛車戦法にかまえると、村田は序盤で工夫を見せ力戦型に。

 むかえた中盤の、この局面。

 

 

 

 村山が△35桂と打ったところ。

 後手がを得しており、その桂馬が、先手陣の急所である▲27の地点と、▲47をねらっている。

 それだけ見ると苦しそうだが、先手は▲62にいるの存在が大きい。

 後手玉も、2枚のタレ歩が、ノド元に突きつけられていて相当に危なく、実戦的にはむずかしい局面なのだ。

 と、ここで

 「あれ? この桂馬ってタダなんじゃね?」

 と感じたアナタは、なかなかスルドイ。

 そう、ここで▲43歩成と成り捨てると、△同玉▲35馬で、打ったばかりのが抜かれてしまうのだ。

 本譜もそう進むが、もちろんこれはウッカリではない。

 村山は桂を犠牲にすることで、▲43歩成とド急所のタレ歩を捨てさせ、左辺の制海権を押さえている、も引き上げさせたのが主張だ。

 ▲35馬に、後手は△44金と打って、馬にアタックをかける。

 馬を逃げるようではドンドン押し戻されるから、村田は▲同馬と切りとばして、△同玉に▲56桂と寄せに行く。

 村山は△55玉

 「中段玉寄せにくし」

 かわしにかかるが、ここで▲67歩と打つのが好手だった。

 

 

 

 ▲66金までの詰めろだが、△同馬と取ると、▲45飛と取る。

 △66玉(△同玉は▲46金打から簡単な詰み)に▲57金打

 △同馬、▲同金、△同玉に▲47飛とされて、これは寄せられてしまう。

 

 

 

 

 村田智弘が、昇級に大きく近づいたかに見えたが、ここで村山が持ち前のしぶとさを発揮するのだ。

 

 

 

 

 

 まず△88角と打って、後ろ足で受ける。

 ▲66に勢力を足したい先手は、▲57金打として、△同桂成、▲同金。

 これが、▲47桂、△65玉、▲66金打の詰めろだが、そこで△77銀(!)。

 

 馬と角と銀がダンゴになってすごい形だが、なりふりかまわず、△66に利きを足す。

 これらの手は、将来△87飛成としたとき、の働きを邪魔してしまう。

 相当やりにくいところだが、ともかくも王様を詰まされたら負けなので、やるしかないと。

 後手玉は危険極まりなく、なにかあれば一発アウト。

 村田は▲44桂と跳ね、△65歩、▲32桂成、△45歩に▲56金と押し戻していく。

 そのままブルドーザーをグイグイ前進させ、今度こそ決まったかに見えたが、村山も土俵際でふんばってギリギリの最終盤。

 

 

 ここでは▲53銀と、俗に打っていけば先手が勝ちだったが、村田は▲73桂成と取り、△同玉に▲61金とせまる。

 

 

 

 この瞬間、無情にもC1行きの切符が、村田の手からスルリとすべり落ちた。

 ここで村山が、ねらっていた必殺の一手を発動させるからだ。

 遊んでいたあの駒たちが、まさかの……。

 

 

 

 

 △66銀成とするのが、見事な絶妙手

 あの、ただ△66の地点に利きを足しただけのが、こんなところで千金の輝きを見るとは、だれが予想したろうか。

 ▲同歩の一手に、△56馬とこれまた眠っていた馬で、王手飛車取り

 ▲47銀、△65馬、▲同歩に△87飛成とすれば、なんとこれで、邪魔駒が全部さばけてしまったことになる。

 

 

 

 しかも、これが、△47竜以下の詰めろ

 見違えるように景色が変わり、まさに「勝ち将棋、鬼のごとし」という形ではないか。

 村田は▲48歩と受けるが、これでは勝ち味がなく、以下村山の鋭い寄せの前に、いくばくもなく投了。

 土俵際でのしぶとい受け、最後は一瞬のスキを突いたあざやかな鋭手など、村山慈明の持ち味が存分に出た一局だった。

 見事な将棋で、昇級を阻止した村山は、次の年9勝1敗の好成績をあげ、4年目でC2脱出を果たすのである。

 

 (羽生善治と森内俊之の新人王戦編に続く)

 (村山の絶妙手編はこちら

 

 

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