歩がいない僕は空を見た 羽生善治vs森下卓 1992年 第50期B級2組順位戦

2020年03月23日 | 将棋・名局
 「自陣飛車」というのは、上級者のワザっぽい。
 
 飛車というのはやはり、にして敵陣で暴れるのが、もっとも使いでがある。
 
 そこをあえて、自陣で生飛車のまま活用するというのは、強い人の発想という感じがする。
 
 前回は永瀬拓矢叡王王座の驚異的なねばりを見たが(→こちら)、今回は自陣飛車の、それも、するどい攻撃手を見ていただこう。
 
 
 1992年、第50期B級2組順位戦
 
 8回戦で、羽生善治棋王森下卓六段がぶつかった。
 
 羽生は順位上位で、6勝1敗首位を走っており、この強敵を倒せば、昇級は8割がた決まりというところ。
 
 森下は順位下位ですでに2敗しているが、この直接対決をものにすれば、まだ望みをつなげる。
 
 なにより、憎きライバルを足止めする、最大のチャンスでもあるのだ。
 
 星勘定でも、プライドでも、絶対に負けられない大一番は、羽生が先手で相矢倉に。
 
 ここまで羽生に、痛い目にあうことが多かった森下は意識しすぎたか、序盤で軽率な手を指してしまう。
 
 
 
 
 
 △24歩を取りにいったのが、らしくないミスで、平凡に▲33歩とたたかれて、先手の攻めがつながっている。
 
 森下の読みでは、強く△23金とかわして指せるはずが、そこに▲32歩成の軽手があるのを見落としていた。
 
 
 
 
 △同玉に▲35歩と打って、銀が死んでいる。
 
 タダで取りきるはずのが、守りのと交換になっては大失敗だ。
 
 やむを得ず△33同桂だが、▲24角とさばいて、△25桂▲42角成△同飛▲25歩で先手の調子がいい。
 
 ただ序盤で失点しても、そこでくずれないのが森下の強さ
 
 羽生が自然な手で攻めているようだが、意外とパンチが入らない。
 
 ▲24角では平凡に▲33同桂成と取って、△同角▲35歩△23銀と押さえてから▲36飛とすれば、ハッキリ優勢だったのだ。
 
 そのうち後手もを引きつけ、飛車を打ちこんでに味をつけるなど、なんだかいやらしい感じになってくる。
 
 
 
 
 
 図は一気の攻略はむずかしいとして、B面攻撃に方向転換したところ。
 
 相手の攻め駒を責めながら、上部を厚くする、いわゆる「羽生ゾーン」に銀を打ったのだ。
 
 △42飛と逃げれば、▲97香とイヤミを消し、金銀のスクラムを活かして、入玉模様で戦うというのが先手のプランだった。
 
 ところが、ここからの森下の対応がうまかった。
 
 
 
 
 
 
 
 △73歩と打ったのが、「羽生ゾーン」を逆用する好手。
 
 ▲84馬と逃げると、△72桂と打つ筋がある。
 
 
 
 
 ▲同銀成は、△84飛を取られる。
 
 △72桂▲82銀成なら、△84桂と取った形が、▲76の銀取りと、△96桂と跳ねる手の両ねらいで、後手がうまい。
 
 △73歩に対して、羽生は単に▲82銀成と飛車を取るが、△74歩と急所のを除去することに成功。
 
 ▲91成銀と、駒を補充しながら端の脅威を緩和させると、後手も△73桂と遊び駒を活用して好調子。
 
 
 
 
 
 流れるような手順で、森下がうまくやったようにも見えるが、実はそうでもなかった。
 
 要の馬を消され、成銀を僻地に追いやられても、先手から次の手がきびしかったからだ。
 
 
 
 
 
 
 
 ▲29飛が、後手陣の不備をつく、巧妙な自陣飛車。
 
 △28歩と打って簡単に止まりそうだが、それには▲39香(!)のクロスカウンターが激痛。
 
 △29歩成に、▲38香と取り返した形が、後手の歩切れを見事についている。
 
  歩が1枚でもあれば、△35歩でなんでもないところ。
 
 
 
 これで、を射抜くクロスボウの矢を、止める手段がない。
 
 この飛車打ちに、森下は△27桂(!)と、すごい中合を見せ、場をしのごうとする。
 
 これも好手で、▲同飛とつり上げてから△23歩とすれば、▲39香消えている仕組みだが、今度は▲37香から打って、やはりどこまでも受けるがない。
 
 
 
 
 △35桂という、つらい受け方しかないが、▲46桂△45馬▲33歩とたたいて攻めがつながる形。
 
 以下、森下も力を出して大熱戦になったが、最後は猛追を振り切って、羽生が昇級に大きく前進する1勝を、手に入れることとなったのだ。
 
 結果もさることながら、この将棋は作りもすごいというか、えげつない。
 
 なんといっても、「駒得は裏切らない」をモットーにする森下を歩切れにさせて攻めたてるとは、羽生の組み立てには、おそろしいものがあるではないか。
 
 ライバルに勝利した羽生は、C級1組時代に続いて、ここでも森下を置き去りにして昇級を果たすのだ。
 
 
 (村山慈明の見せた「米長哲学」編に続く→こちら
 
 
 
 
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