宣セーショナル

宣承をひらく

小春日和からの豪雪!

2017-01-12 12:22:39 | 日記
出た!大雪ぃ~っ!!!

一昨日の10日昼過ぎまでは快晴で、春のような景色だった西和賀…が、あっという間の豪雪地帯の冬景色に大変身!!!

短時間で50cmの積雪はまさに西和賀の風物詩……道路幅も半分となり、除雪が追いつかないので、しばらくは運転も注意が必要なのであります(汗)。
これだから春の喜びも格別なわけですが、まだ春も遠いわけで、今は忍耐の日々であります(笑)

今冬はおよそ暖冬で……ドカ雪降ってもまた暖かくなって雪も融けて結果、小雪の年になるんじゃないか……などと予想して周囲に語っていた私。。。最終的にどんな冬になるかは分かりませんが、今日現在のこの大雪では、大敗の気分であります(涙)。

まぁまぁ、止まない雪も消えない雪もないわけですから、まずは、何とか凌ぎながら日々参る所存であります!

ふんばります♪
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子どもたちの雪合戦

2017-01-09 21:50:48 | 日記
昨日は、小学生の雪合戦大会の日。普段あまり協力できていなかった私。雪合戦をするためには、雪玉づくりが必須であり、自分のチームが出場する直前に規定の個数を作るという作業がある。力の要る作業でもあり、ここは男手が必要との協力要請があったため、この度は出向かせてもらった次第である。

…が、しかし!

10数年に一度あるかないかというかなりの小雪の今冬。。。17回を数える小学生大会史上初の屋内雪合戦大会に変更!となったのである。。。
何というご縁のなさ。。。でもまぁ、応援だけでも気持ち込めてさせていただこうということで臨んだ一日。

さて、うちの3番目の娘が所属する沢内スノーボーイズは、その名前とは違って、登録選手9名の内、実に女子が6名という構成チーム。他のチームと言えば、野球部の男子のみで構成されるチームが多い中で、最も女子率が高いチームだった。しかも、その土地柄もあって、とっても静かなチームカラー。〔昔から沢内の子たちは、野球にせよソフトボールにせよ、声が出せずに静かな雰囲気のチームが多い〕
これでどこまで勝てるのかなぁ、一試合でも勝ってくれたらいいなぁ、そう思いながら応援に臨んだ私。

ところが、一戦目、静かな試合展開ながら、確実に相手の誰かに雪玉を当てる子たち。他のチームのような破壊力や突破力はないものの、とってもコントロールがいい。そして、相手の球は上手に交わしていく。ジッと戦況を観ながら落ち着いて試合運びをしていく子どもたち。
予選リーグの一戦目と二戦目も、僅差ながらもストレート勝ちで一位通過を果たす♪他のチームが激しい投げ合いや突破力で見応えある激しい試合もある中、着実に静かに勝ち上がっていった。

負けたら終わりの決勝トーナメントは、4試合勝たないと頂点は見えてこない。
まずは第一戦。ここでも着実に一人を射止めて後は全員が守るというスタイルは変わらず、あくまでもマイペースの試合展開。これまたストレートで勝ちあがる。

準々決勝の相手は、11月の開催された屋内雪合戦大会の準Vした強豪。ここでもペースは崩れない子どもたち。しっかりと同じ戦略でここでもまたストレート勝ちする。勝っても喜びを外に表さないでコートから帰ってくる子どもたちの姿は、まるで勝ったチームとは思えないような雰囲気で歩いてくるものだから、他チームも差ほど要チェックしていなかったようなのだが、さすがにベスト4に名乗りを上げた頃には、ギャラリーからも、『沢内強ぇなぁ…』『コントロールすんげぇいいじゃ!』と注目され始めていた。

準決勝の相手は、昨年のこの大会の優勝チーム。野球部の子たちのスピードボールが次々襲ってくる。かなりの圧力を受けながらも凌いでいく子どもたち。緊張感が高まる試合終盤で、得意の一人を射止めに行くスタイルがさく裂する。ここでもまた、ストレートで勝ち上がった子どもたちだった。

いよいよ決勝。地元西和賀対決が実現する。決勝の相手は、隣りの湯田小学校の子どもたち。こちらは沢内チームとは対照的に元気な子たちが多い。準決勝でも勢いに乗り逆転勝ちをおさめてきていた。実は普段から練習相手になってもらってきたチームなのだが、これまで練習ではボコボコに負けたりと、一度も勝ったことのない相手だった。それだけに緊張する場面でもあっただろうが、逆に、無心で挑めた様子の子どもたち。また、あの得意のスタイルがハマっていく。
1セット目をとり、2セット目。ここでは、お互い一人ずつが当てられアウトになるままタイムアップ。引き分けの場合は、第3セットを迎えることになる。ここでどのような点数差をつけるかで勝敗が分かれる。
優勝を決めるための一発逆転の奇襲、旗を取りに来る湯田チームの猛攻にあう。

しかし、ここでも落ち着いていた子どもたち。2人が射止められながらも、こちらは4人を射止めてタイムアップ!
なんと、あの静かな大人しい子たちが6戦全勝で頂点に立ったのだ。しかも、引き分けこそあったものの、1セットも落とさずに勝ち進んだのである。

華やかさや豪快さの攻撃力はないものの、自分たちの能力でできるスタイルにかけた日々の練習と、役割分担をきちっと全うしたチームとしての徹底により、この勝機を掴みとれたのだろう。
コーチ陣、あっぱれである。


すばらしいものをまた与えてもらって、今日がある。

おかげさまでした、子どもたち♪


さてさて、次のステージは広島での全国大会!どうしよう!?皆さまのお気持ち、お待ちしておりまぁす(笑)
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匠のわざ(ことば)

2017-01-06 21:52:27 | 日記
今日、とある打合せの場での話。

初めてお会いしたある方々のやりとりがあまりにもおもしろかった、というか。。。


【Aさん】 『私、もう80(歳)になるんですよ。あちこちガタきててね…。』

【Bさん】 『えっ!?お若い!まだまだバリバリじゃないですかぁ!』

【Aさん】 『いやいや、空元気ですよ…。明日とも言えないんだから…』



こう会話が進んでいくと、大抵の方は初対面の方に対してならば、『いえいえ、そんなそんな。』とか言いながら和やかな空気で笑いあうことが多いのではないだろうか。少し口の立つ人なら、『いやいや、そんな、まだまだお若いですよ。』とか、『そんなことおっしゃらずに…まだまだ引っ張ってください。』とでも言うだろうか。

しかし、このBさん。10歳は年上のそのAさんの『明日とも言えないんだから…』という言葉に対して、何とこう言い放ったのだ!


【Bさん】 『えっ!?そうですかぁ!…でしたら、この書類は今日中に終わらせておいてくださいね(笑)』


何というピリッとシャレの効いた言い返しだろう。。。相手にも寄るので空気感は敏感に察しておいた上での言葉ではあるが、今回は場が和んだ!

こういうの好きだなぁ…♪
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屁に遇う

2017-01-03 23:38:50 | 日記
新年があけました。
今年もよろしくお願いいたします。

年明けから、大勢の皆さまがお寺を訪れてくださいました。元旦から今生から往かれた方もいらしたり…。いろいろなことがありますが、それでも穏やかな天候に恵まれた三が日でもありました。
光寿苑のお年寄りたちにもご挨拶に廻りましたが、皆さん、新年のご挨拶にはやっぱりいいお顔なさいますなぁ…♪年中行事の中でも、格別な思いに至る、そんな時間なのだと感じさせられますね。

そんな中、お寺を訪れた方からステキな話を聴かせていただきましたねぇ♪
その方、孫さんが去年お生まれなって、ひいばあちゃんであるお母さまに会わせたところでの話……


『うちの母が、ひ孫見ながら、
「子ども居ると、泣いでも笑っても、クソしたって皆笑ってる
年寄りだば、〝屁〟たれだってケンカになるもんだ。」
って言ったんですよ。』


何という名言。。。世相をよく表した名言ですね。
オナラしたり、もらしたり、いくつであっても笑えるような、一呼吸おけるような自分でありたい。10回中1回でもありたいと思わせていただいたお話。

お寺では、自分の意思にかかわらず沢山の方々に会わなければならない立場にありますが、結果、こうやって自分を見つめ直す時間もたくさん与えていただけるわけで…♪


よいスタート♪

おかげさまです♪
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梵鐘の音色

2017-01-01 11:51:19 | 日記
年越しの風物詩『除夜の鐘』で新年があけました。


この度の鐘つきにも、多くの方がお見えになりまして、それぞれの思いを一打に込めて打っていらした様子でしたね。受験生などもいらして、時代が変われど、その姿が何とも美しくも感じるわけであります。

さて、その除夜の鐘の意味は、ご存知の方も多いと思います。


『苦しみや悲しみ等の煩悩を梵鐘の音の功徳によって祓う』


という意味が一般的でしょうか。

その意味からすると、浄土真宗としては少し違う解釈を致します。煩悩を祓うというよりは、


『煩悩を持った我が身のまま救われる(煩悩具足の凡夫の自覚)』


という親鸞聖人の考え方からすると意味合いが違ってくるからです。よって、碧祥寺では近年、『年越しの鐘』と呼称することにしておりました。

年越しに際し、新たな気持ちで迎えようということは同じですが、煩悩の種をいつも抱えながらある私自身の根本存在を認め知る場所であり、謙虚に等身大の自分を見つめ直し、そして自分の原点から再出発する意識に立ちたい。

そんな思いを込めた鐘の音とも言えるのではないでしょうか。


何はともあれ、本年もよろしくお願いいたします。
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2016年越しの鐘

2016-12-28 22:26:50 | 日記
いよいよ年の瀬。恒例の年越しの鐘が鳴らされます。
どなたでもご参拝はオッケーですし、何回も鳴らすことができます!ぜひ、起きてられた方はいらしてください。
うちでは、除夜の鐘とは呼びません。晴れて年越しを初心に立ち返って、等身大に立ち返る時間とさせていただきます♪


【期日】 2016年12月31日(土)
【時間】 11時40分頃から
【場所】 碧祥寺梵鐘堂
【内容】 鐘つき
(108つ鳴らし終わった後、本堂に移動しまして修正会という年初めのお勤めとご法話が勤まります。時間を作れる方はこちらもぜひ!)
【持物】 寒くない格好と元気な体調!



以上、お待ちしております♪
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じいちゃんの日を通じて

2016-12-27 21:30:47 | 日記
今年は本当に色んなことがあった年だった。つらい時間が多かったようだけれど、すばらしい日も沢山あったシリーズ第三弾(笑)。

ほとんどブログを更新しなくなった年だったので掲載しないでしまったけれど、10月には祖父・祖電さんの本山での納骨を無事に済ませてきた私。

太田家全員で臨んだ納骨。サエさんのほうのご一家と親戚の奈良のおばちゃん親子も一緒に御参詣くださり、久しぶりの再会に、感慨深さも喜びと交じりあって一入だった。
子どもたちには、この光景を感じてもらいたい…そう思って全員で出向いた儀式。じいちゃんをずっと覚えていて欲しい…その一念だった。

小さい二人は忘れてしまうだろうけど、4番目の小学三年生のナコが先日、祖電さんの誕生日の前日、フッと言った言葉が印象的だった。


『明日、じいちゃん(正確にはひいじいちゃん)の誕生日だね。じいちゃん思い出してお祝いするのもいいんじゃない?』


小さい頃からそんな感性を持った子だったけれど、これまた粋な事を言う子である。結局、体調不良の家族もいたためパーティーとは行かなかったけれど、じいちゃんを思い出しながらの日を迎えることが何だか嬉しく思えた。

さてさて、本山の旅に話は戻る。
無事納骨を終えた私たちは、この旅のもう一つのメーン会場、大谷大学へと向かう。
長女は今季・高校受験を迎える。地元校をずっと志望していた彼女だったが、学校見学をいろいろやっていくうちに、町外の学校を熱望し始めた。…であるならば、その先、どうなりたいか?様々話し合い、人間学を学んで社会出るのも選択肢としてあるぞ!という親父の勝手な押し付けから、母校・大谷大学見学に行く運びとなったのである。(行くかどうかは娘次第)
現在の学長は、私の恩師でもあり、バスケ部のコーチでもあった木越先生。木越先生のはからいで学長室にも入れて頂き、しかも学食で食事までご馳走になってしまった♪

どのように娘たちに映ったか詳細は聴いていないが、かなり興味津々。
自分たちのルーツを感じるとともに、未来を想像する旅は、今日も続いている。

おかげさまでした。
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東本願寺報恩講へ18年ぶりの団体参拝

2016-12-25 10:59:46 | 日記
今年は本当に色んなことがあった年だった。つらい時間が多かったようだけれど、すばらしい日も沢山あった。

ほとんどブログを更新しなくなった年だったので掲載しないでしまったけれど、11月の末は記念すべき大行事を全うすることができた。


それは東本願寺の団体参拝である。
碧祥寺としては何と18年ぶりの団体での参拝だ。5年前の3月、親鸞聖人の750回忌ご遠忌に60名で団体参拝予定だった碧祥寺。前住職・祖電さんも初日の記念講演に抜擢され、大変気合いが入っていた時だった。
しかしながら、ご承知の東日本大震災が発生し、団体参拝はものの見事に選択肢から外れるのである。

あれから、中々企画できないでいた団体参拝だったが、昨年の親鸞教室で高まった参拝への気持ちと、今年の春には、長らく取り掛かっていた阿弥陀堂と御影堂の両堂修復工事が完了したこともあり、今年がベストなタイミングと捉えての企画であった。
5月から旅行会社さんと話し合い、本山にも多種の予約を取るなど、少しずつ少しずつ、仕事や役目の合間をぬって進めてきたのだった。

しかし、募集をかけるも中々集まらない人数。破格の低料金での3泊4日の旅ではありながら、それでも決して安い旅ではないから、気安く行きましょうとは言えないわけで。それでも徐々に集まって来て、35名以上集まらないとこの低料金のパックが成り立たないという状況下でいよいよ35名を超え、ホッとしたのも束の間、様々な諸事情で5名のキャンセルが出てしまう。

『あらぁ、行けない?もしかして…』

と焦りつつも、ジッと待つこと予定の日程まで3週間を切った頃、ついに42名まで人数が揃ったのだった。


後は、旅が無事に終わることだけとなったわけだが、親鸞さんの足跡を辿りながら、京都の名所も巡る盛りだくさんの旅。メインは3日目の東本願寺報恩講参拝、そして生前法名を授与いただく帰敬式にも19名の方が出向き、お昼は報恩講用の御斎(おとき=精進料理の食事)を賜り、格別な気持ちで終えることが出来た。
殊にこの生前法名については、住職選定と言われるものを選択したため、参列の1ヵ月前までに届け出が必要だった。よって、私、受式予定の方々19名分の法名を慌てて考えることとなったのも焦ったことの一つだった。
普段、ご葬儀を迎える際、いくら重なっても2~3名の方の法名を数日のうちに熟慮しつけさせていただくわけで、その数日のうちに19名というのはかなり大変だった。
字が重なっていないか?その人の特徴を表す文字は何がいいのか?提出して本山から認定を受けたとしても、受け取るご本人が納得してくださるだろうか?等々、いろんなことを書考えながらの濃厚な名付けの時間だった(笑)。
結果的に、多くの方に喜んでいただけたので、本当に安心したのは式当日の午後だったけれど。後は、その法名の意味を掲載した法名証なんかをお渡ししたいと考えている。

何はともあれこの18年ぶりの旅は、無事に皆さま大喜びで終えることが出来た。
また、3年後とか5年後には企画して欲しいと多くの声を頂きながら、今年の秋の記念すべき大行事を記録させていただいて一安心。

おかげさまでした。
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司婚者&媒酌人の二役

2016-12-24 21:21:44 | 日記
今年は本当に色んなことがあった年だった。つらい時間が多かったようだけれど、すばらしい日も沢山あった。

ほとんどブログを更新しなくなった年だったので掲載しないでしまったけれど、6月の末は記念すべき出来事があった。


人生初、いや、これからも無いのかもしれない体験。

ある若者たちの結婚式の司婚者並びに媒酌人の二つを同時にやらせていただいたのだった。

かなり色々勉強して臨んだものの、二役を担うなんて普通あり得ないから、オリジナル性が問われるわけで。
ご葬儀の導師は何度もやらせてもらってきたので仮に二役あったとしてもあれこれ機転は利く。
しかし結婚式は初めて。初めて尽くしでどう対応したら良いか、前夜まで悩んだほどだった。

結果は、仏前結婚式は改めていいものだなぁ…と感激だったし、ご参列の皆様も新鮮だったご様子。コーラスの演出もあったので、式自体が厳かな中にとても華やかに映ったのだった。

披露宴でも、住職には到底見えない媒酌人が、ひたすら雛壇で呑んでいたのだから、かなり物珍しいものを出席の方々も目撃することになったことだろう。

何はともあれ、今年の大きな喜びの一日を記録させていただいて一安心。

おかげさまでした。
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時間を超えたひと手間

2016-12-22 08:59:25 | 日記
一昨日、こし、検査したところ末期の癌であることが分かってしまう。急な看取り面談があったのは光寿苑のお年寄り、Hさんがご逝去された。入居されてたった15日でのお別れだった。
肺炎をお3日前のこと。
ご家族が付き添うと、気丈にも、

『まんま(ごはん)食う…』

と、ご家族の介助で少量でも食べている姿。そして、穏やかにご家族に話し掛ける姿は、一昨日のお昼過ぎまで見られたわけで。まさかあんな急に呼吸状態が弱くなるとは思ってもいなかった。でも、その状況の中、息子さんご夫婦と孫娘さんたちも駆けつけて下さってね。

3日前の面談の際、『自宅で看取りたい』と気持ちを打ち明けて下さった現役看護師でもある孫娘さん。その一方で、不安を覗かせていた息子さんがいて。
Hさんご自身は元々、光寿苑にくることを望んでいらした方だった。12月の初めに病院退院からそのまま光寿苑入居されたHさんにご挨拶に伺うと、

『ここに来れて良かったぁ。ずっと願ってだのぉ♪』

と明るい声で微笑み、握手しながら言って下さったHさん。『良かったぁ』という言葉に、本当に応えて差し上げられたのだろうかと不安になりながらいた私。しかも、『ご自宅で看取りたい』という孫娘さんの思いに添えない状況。どんな選択でも、光寿苑は
けれど、駆けつけた孫娘さんが、すっかり息が弱くなってきたHさんを観ておっしゃった。

『良かったぁ。穏やかだもの。思っていた看取りです。無理な延命しないで穏やかにね迎えさせてあげたかったから。本当は家が理想なんでしょうけど、光寿苑で迎えさせてあげるのも本意でしたから。おばあちゃんがここを望んでたし、父の落ち着かない様子も観ていると、やっぱりここで良いんだなぁって思いました。』

そうおっしゃりながら、最後の時間を一緒に過ごしてくださった。仕事の都合で遅くなったもう一人の孫娘さんが駆けつけてくださって、ご家族と実家の方々が見守る中、静かに息を引き取られた。
息子さんも、

『こんなに安らかに往くもんなんだね。寝ているみたいだ。』

と寂しげながらも安堵の表情を浮かべていらした。

お浄め(エンゼルケア)は、孫娘さんたちがお二人とも看護師さんでもあったので、うちの職員たちと一緒に最後まで手をかけていただいた。
お送りする車中でも、

『光寿苑の職員さん、どの方もステキな職員さんで驚いていました。程よく声掛けてくださったり、丁寧におばあちゃんに手をかけてくださって。本当、ありがたかったぁ。』

何度も何度も孫娘さんに御礼を言っていただき恐縮だった。
そんな車中、ご自宅までの間に、寄り道的にはなるもののHさんのご実家があることを知っていたドライバー(宿直職員)が、

『〇〇のご実家に寄って行きますか?』

と孫娘さんに尋ねてくれた。孫娘さん喜んでそちらのルートを選択された。真っすぐ向かったほうが早く着くという中で、『ご実家の意味』、それに気づいてくれたドライバーに帰りに感謝した。

あっという間のお別れの中で、私たちは何もして差し上げられなかったように思っていたけれど、多くの関わった人たちのちょっとずつの思いやりが重なり合ったことで、大きな感動と感謝に包み込まれていたのだった。
大切なことは掛けた時間だけではなく、掛けたひと手間にあると改めて思う。

とにもかくにも、この全体の感動劇がHさんのお人柄が導いてくださったものだったと振り返る。

おかげさまでした。
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