つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

喧嘩

2021年12月29日 13時28分28秒 | Review

黒川博行/角川文庫

 2019年4月25日初版。(2016年12月、角川書店/初版)、疫病神シリーズの6冊目。二宮、桑原のコンビとも言えないような関係と裏社会を出し抜いて生きる活劇モノ。社会派バイオレンスと言えるかもしれないが、ちょっと無理があるか。
 今回の主な登場人物は「政治家の秘書」である。「政治家の秘書」とくれば利権と贈賄と決まっているようなものである。そこに暴力装置も加わって、二宮、桑原コンビと対決する構図である。

 「二宮、桑原コンビ」は決して正義の味方ではない。選挙、許認可、既得権益、贈賄という社会悪、不正の弱みに付け込んでカネを引き出すのである。勿論、相手が相手だけに命懸けなのだが、そこはヤ印、弱腰は見せられない。二宮が逃げ腰になった時は既に遅く、桑原は押して押して押しまくるのである。ビビリの二宮、それでも203p「二宮啓之、どぶ板踏み抜いても前のめりにこけますわ」と強気なところを見せるのだが、それを聞いて桑原は二宮を「ヘタレの星」だとせせら笑うのである。ヘタレとイケイケがどうして一緒に行動できるのか、不思議な関係である。

 破門になって孤立感が見え隠れする桑原だが、組の代替わりに紛れ「復帰」を懸けてせしめたカネを上納するらしい。イケイケの桑原にも、人に(とくに二宮には)言えない事情がある。



二度のお別れ

2021年12月27日 14時13分45秒 | Review

黒川博行/創元推理文庫

 2003年9月26日初版、2004年3月26日再版。(1984年、文芸春秋社、初版)表題からどんなヤワな話しかと読み始めたが、いやいやなかなかのミステリー&サスペンスだ。
事件としては「銀行強盗」なのだが、そこには巧妙なトリックがあった。
 先ず、最初に「あのピストルは鉄工所で改造したモノではないか」と推測した。漠然とした勘なのだが、つまり犯人は「垣沼一郎夫婦」ではないか、と。しかし、リアルな説得力ある展開に徐々に迷路に追いやられた、というのが本当の所。
 黒まめ(黒田、亀田)コンビの努力もむなしく、事件は遂に迷宮入りしてしまった。しかし、ここで終わってしまうのでは面白くない。最後に「種明かし」がある。

 それは巧妙に構築された「偽装殺人」だった。最後に、221p「犯罪には成功したけれど生きようを誤った」というのは、自分の存在を消し去った犯人の後悔だった。今まで、何とか生きる糧はあったのだが、妻子を失ってそれも完全に潰えてしまった。しかし、銀行から奪った手付かずの「1億円」を「欲しいなら探してみたら」と言うあたりはまだ「意地」が残っているように思う。
これが、著者が発表した最初の作品なのかと改めて振り返った。




切断

2021年12月25日 19時33分18秒 | Review

黒川博行/角川文庫

 2018年10月25日初版。(2004年11月、創元推理文庫、初版)
久々の一気読み、止まらなかった。猟奇殺人を偽装したようなトリック。最後まで緊張の連続だった。大阪を舞台にした警察ものではあるが、著者がスリルとサスペンスに富んだこんな作品を残していたとは知らなかった。

 確かに後の作品に通じるものもあるが、それとはまた別の「スリリングな緊張感」とでも言うべきミステリーであるように思う。小説における「凄惨な場面」は、徐々にエスカレートしてグロになっていく傾向があるが、著者はそこを絶妙に避けて、「疫病神」に見られるようなコミカルなテイストを加えて独自のエンターテインメントを展開していくことになる。それまでの通過点であり、試行錯誤があったのかもしれない。「死」を偽装するのはミステリーの1つの典型だが、並行して行動する「彼」の視点はヒッチコックの目線と同じような「淡々としたリアリティ」感覚を読者に与え、それがまた恐ろしい。300pに満たない作品だったが、重量感のある作品である。最後、「お好み焼き」からヒントを得て、新しい視点が開けたところは、いかにも大阪らしい。




燻り

2021年12月17日 13時35分16秒 | Review

黒川博行/角川文庫

 2016年9月25日初版。最初は講談社から2002年4月に文庫本で発刊されているから、少なくとも20年以上経過しているが、あまり時間の経過は感じられない。短編集で基本は警察モノ。以下9遍を収録している。

・燻り
・腐れ縁
・地を払う
・二兎を追う
・夜飛ぶ
・迷い骨
・タイト・フォーカス
・忘れた鍵
・錆

 中には警察が登場しないものもあるが、「燻り」=小悪党の話である。常に競合相手や、上には上が居て、思ったように運ぶことは無いのが常である。にも関わらず、懲りないのが「小悪党」なのだろうか。「どいつもこいつも何て奴らだ!」で、終わってみれば何とも悲しい結末ばかりである。人間の限りない欲望と懲りない性根が哀れなのだが、どこかしら「足りないもの」があり、「おかしみ」がある。まさに「天網恢恢疎にして漏らさず」である。真正面に受けては暗くなる。それを「関西弁の掛け合い」で明るく吹き飛ばすのが黒川作品だと思う。人間の喜怒哀楽の表現は確かに多様なものだが、作品を読むと何だか元気が出てくるのが不思議である。これは「逆療法」というやつだろうか。




テトロドトキシン

2021年12月15日 17時28分44秒 | Review

―大阪府警・捜査一課事件報告書―
黒川博行/角川文庫

 2014年9月25日初版。
著者の初期の作品で以下六編を短編集としてまとめたものらしい。

・テトロドトキシン
・指環が言った
・飛び降りた男
・帰り道は遠かった
・爪の垢、赤い
・ドリーム・ボート

 「テトロドトキシン」は、黒木刑事の活躍がほとんど無かったのがちょっと残念。それはどの作品にも共通しているようで、1つのスタイルらしい。最後に、鎚田記者が記事を出すまでの過程も興味深いが、大谷、瀬良の顛末まで書いて欲しかった。
 「飛び降りた男」では、すっかり騙された。考えて見れば、ありそうなことではあるが。「下着を盗む時は、その所有者を確かめてからにしてはいかがか」という助言は納得できる。
 「ドリーム・ボート」では、思い通りにならない人生の哀愁漂う作品で、警察モノとして一貫した作風、一流の「おかしみ」の中では珍しい。これも著者のチャレンジの1つかも知れない。

 久々の黒川作品、歯切れよく、テンポ良く、絶妙の大阪弁(関西弁)のやり取り、が面白い。その中で起きる事件の裏に隠れた人間の欲望、喜劇悲劇と警察官の嘆きが交差する。あって無いような「誇り」だが、「笑い飛ばし」ながらの矜持である。