つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

御堂筋殺人事件

2019年05月31日 10時41分54秒 | Review

内田康夫/講談社文庫

 1998年2月15日初版。シリーズNo.39。先に結果(犯人)を設定しない著者ならではの作品。とにかく皆目証拠がないのである。関係者のつながりも切れ切れで、「何かがおかしい」のだが、その先が一向に見えてこない。今回ばかりはさすがの浅見光彦も読み切れず、最後の最後、苦肉の策でフェイントをカマした。それでどうにか事件の端緒を捕まえることが出来たようだ。ミステリーとしてこのような終わり方が正しいかどうか、それは別にしてとにかく意外というほかはない。
 仕舞にはウォーターライドの事故で「重体」にしてしまうことで、意匠返しをしているから面白い。ただ、主人公、畑中有紀子の存在が、今一つ薄い。「復讐してやる---」というのは、どうもその場の一時的な感情に過ぎなかったようだ。

 意外といえば、「旅と歴史」の御堂筋は、今一つ乗り切らない。あとがきで著者が言うように、そこはやはりどうしても黒川博行さんの世界のようで、どうも座り具合が悪かったらしい。小説によく登場する豊中、千里、堺、和泉といったところは同じ大阪でも人情が違うらしい。著者が昔住んでいた経験から、更に神戸や奈良、京都ともまた異なるのだとか。故に小説のネタにもなる訳だが、人の心の機微というやつは取り扱いが難しい。


菊池伝説殺人事件

2019年05月29日 12時47分03秒 | Review

内田康夫/角川文庫

 1991年2月10日初版、1998年4月10日第36刷。シリーズNo.36。いつもながら面白い。今回の旅は武州街道、秩父も小海も訪れたことはある。甲州街道や青梅街道は通ったことがあるけれども、この街道は通ったことがない。関東にもこんな秘境のような所があったのかと思う。いつか機会があったら通ってみたい街道である。

 菊池一族の事はこれもまた新鮮な話しだった。確かにルーツ発掘的な話しであるが、某国営放送の「日本人のお名前・・」というTV番組の文庫版のような気がしないでもない。著者の作品の方が20年ほど先行しているのだから、TV番組がヒントなどということは勿論ないのだが。
 菊池武春が自分の戒名「雪心院仙洞宝禅居士」に織り込んだ宝物の隠し場所は、著者の作品「不等辺三角形」とよく似ている。秘密の場所を示す方法として、このような方法はミステリーの定番なのだろうか。

 その宝物は大判小判の古銭だったのか、はたまた塩山、甲府あたりで産出する宝玉の類だったのか、今回の作品では明らかになっていない。既に盗掘されており、空の朽ちた瓶(カメ)だけが残されていたという落ちがあってもよかったと思うが、とても気になるところだった。
 浅見と菊池由紀は東京に戻ったと思われるが、由紀は目白の邸宅を継いで暮らしているのだろうか、それとも、何もかも売り払って流浪の旅にでも出てしまったか、その後もまた気になるところだった。

 


隠岐伝説殺人事件(上下)

2019年05月27日 09時42分26秒 | Review

内田康夫/角川文庫

 上・1990年11月25日初版、2000年12月30日第30刷。
 下・1990年11月25日初版、2000年10月10日第33刷。

 先日読んだ「佐渡伝説殺人事件」と同様、隠岐もまた流刑の地、しかし、こちらは政治犯、思想犯が比較的多いらしい。背景には金が採れなかったことがあるのかもしれない。更に先日読んだ「後鳥羽伝説殺人事件」では、その前段の出雲までの行幸を題材にしているから、何だか続きを読んでいるような気にもなる。隠岐まで持ち込んだであろう宝物の「源氏物語」を絡めて、話が面白く展開する。旧陸軍の笑気ガスは意外な小道具だが、そうでもしなければ収拾のつかない話であった。

 読み所はいろいろあるのだろうが、自分としてはやはり「旅」かもしれない。勿論、隠岐には行ったことがないので(佐渡にも行ったことは無いが)、島の構成や風物、景色などをじっくり楽しませてもらった。そして、行ってみたいなと思う反面、既に行ったような気にもなっているのである。

 今回はさすがに武士の情けは無かったが、華族だの子爵だの豪族だの、そしてその末裔だの、というのが登場する。「怨念」などを考えれば、どうしても遠く遡って考えねばならず、このような継承を取る必要があるのかもしれないが、現実には人間が作り出した「怨念」だった。「毒ガス」であり、「地雷」であり「不発弾」でもあるだろう。戦争が終わった後も何かにつけて人々を苦しめ続ける「怨念」である。


 


本日は大安なり

2019年05月25日 21時27分15秒 | Review

辻村深月/角川文庫

 2014年1月25日初版、2014年5月30日第三刷。著者の作品は「ツナグ」で最近初めてお目に掛かり、今回で二度目になる。作風は確かに連なるものがある。
 出だしは何かモタモタして、登場人物も次々変わり結婚式場の話らしいが、何だろうと思いながら読み進む。どうやら四組の結婚式らしい。それぞれ他言できない悩みを抱えている。確かに結婚式は本人だけでなく、周りを盛大に巻き込んでの一大イベントであることは間違いない。しかし、それがどうした。このままドタバタ終わる訳ではないだろうと思いつつ読んでいくと、双子姉妹のシャレにもならない悪巧みや、既婚者でありながらだらしなく引きずられて結婚式を挙げる羽目に、中止したいばかりに式場に放火しようとする男など、実際に厨房でボヤが出て、とんだ「大安吉日」になってしまう。
 ここまで読んで、殺人事件も起こらない、ミステリアスなこともない。どうやらすべての事は好転してHappy Endになることに気が付いた。

 主人公は式場のウェディング・プランナー山井多香子32、大安吉日は「何事においても全て良く、成功しないことはない」と信じてやっている。しかし、元彼の浮気相手がやってきたり、悩まされた客からのサプライズがあったり、双子姉妹の入れ替えがあったり、石油を入れたボトルを持ち歩き、放火しようとウロウロする奴がいたり、とにかく話はテンコ盛りだった。

 唯一スリリングな展開は双子姉妹の入れ替え作戦。幸い「入れ替え」はバレていたが、しかし鞠香と妃美佳の心の機微を知るにつけ、双子姉妹は恐ろしい。最後に苦労人の主人公にも再び春がやって来て終わるところは、やはり「ツナグ」だと思った。


恐山殺人事件

2019年05月23日 14時36分23秒 | Review

内田康夫/角川文庫

 1989年12月10日初版、2000年8月20日第47刷。シリーズNo.21。今回の「旅」は青森県の恐山、秋田県の角館。この関連で宇曾利湖、十和田湖、田沢湖など、各カルデラ湖を訪れる。印象が強いのはやはり恐山。正津川や荒涼とした賽の河原である。先日読んだ「佐渡伝説殺人事件」の「願」の賽の河原に引けを取らない。「賽の河原」が立派なというのはおかしいけれども、「いかにもそれらしい」という意味である。

 浅見光彦が事件の最終結論に至りすべてが終結する時、多くの作品で「武士の情け」が登場する。このような結末は、既に初期の作品から採用されているようだ。それは今回もご多分に漏れない。変わっていることは、3件の殺人事件を実行した犯人に「自分の手を汚さずに断罪しようというのだから。まさに正義の人、しかも狡猾な偽善者でもあるらしい」と指摘されたことだ。「臆病で卑劣、しかも狡猾」と言われ、且つその通りだと認識する浅見が居た。
 突き詰めて考えれば、「警察でもなく、裁判官でもない、ましてや神仏でもない浅見が、他人を断罪するなどというのは傲慢であり、不遜でありおこがましい限り」なのである。であるが故に、「武士の情け」が登場するということになるのだろう。それは「正義が行われる」のではなく、痛烈な自己総括を促すということなのかもしれない。

 兄の陽一郎は「平家伝説殺人事件」では、「警視庁公安部長」であったが、今回は「警察庁刑事局長」、この間どうやら栄転異動があったらしい。益々「賢兄愚弟」が激しくなり、喜んでいいのか悲しんでいいのか。



平家伝説殺人事件

2019年05月21日 23時10分25秒 | Review

内田康夫/角川文庫

 1985年6月10日初版、1993年11月20日第40刷。シリーズNo.2。今回は保険金詐欺事件をベースにしたもの。高知の山奥(隠れ里)から出てきた二人の若者が辿った運命、そして伊勢湾台風という史上最悪の自然災害に隠れて、画策した死体無き殺人。著者としては気張った密室トリック、船上トリックも含めて、いかにも推理小説らしい作品となっている。

 主題は平家落人の村「隠れ里」ということになっているが、実質は保険金詐欺事件。伝説が「保険金詐欺」となれば、平家落人ロマンは一気にナマナマしい現実味を帯びてくる。実際に浅見が訪れた平家落人の「隠れ里」は確かに山間深くそれらしいところだが、伝説的に平家落人のと称されるところは九州、四国を中心に実に100以上あるらしい。しかし、それは作られたものだと言われている。目的はの結束を固めるための掟、はみ出し者を出さないためのタガ、或いは一部権力者の既得権の維持であったかと思う。そういったものが時代と共に崩壊していく風景でもあった。

 作品の中で「稲田佐和」という女性が登場するが、その人物描写は極めて幻想的である。伝説的な背景が伴う場合は特にその傾向が強い。「浅見光彦」シリーズではマドンナ的に大方の作品でこのような女性が登場する。これは著者の女性に対する理想主義的解釈、或いは希望的「要求」なのではないかと思う。更には男から見た女性に対する「願望」であり、「羨望」であるように思う。しかし、矛盾に満ちた現実の前に、いつも「幻想」のままに終わってしまう。光彦が結婚しないのは、それが幻想であることを承知しているからこそなのではないだろうか。



後鳥羽伝説殺人事件

2019年05月19日 17時39分52秒 | Review

内田康夫/角川文庫

 1985年1月25日初版、2000年6月30日第61刷。シリーズNo.1。前作に「死者の木霊」があるが、シリーズはこの作品から始まって30年以上続く。いつまでも歳をとらない主人公ではあるけれども、この作品で妹(祐子)の悲運が語られる。もう一人の妹(佐和子)の話しはたまに登場するのだが、こんなことがあったとは想像すらできなかった。そんなこともあってか確かに妹(祐子)の話しが登場するのは希である。少なからず浅見の人生観に影響を与えたであろうことを納得した。

 今回の旅は後鳥羽法皇が政治闘争に敗れて隠岐へ流されたとき、通ったであろう道の話し。海路で瀬戸内まで来て、尾道あたりに上陸、そこから凡そR432線で王貫峠を越えて日本海側の松江・出雲までのルートである。「旅と歴史」から見ると、ほとんど伝説的な話しなので、ちょっと軽い話になってしまうが、地元では今も尚言い伝えられているらしい。今回の事件では「芸備地方風土記の研究」という一冊の書物が重要なポイントになっている。



佐渡伝説殺人事件

2019年05月17日 10時37分26秒 | Review

内田康夫/角川文庫

 1987年2月10日初版、1991年2月10日第19刷。シリーズNo.5。100以上ある作品の中でも初期のものだが、すでにこの時点で「浅見光彦」はすっかり定着しているようだ。以来、このスタイルを維持しているのは並みのことではないと感嘆する。この頃、浅見家の地元、滝野川警察署にはなじみがなかったようで、他の作品を既読しているものにとっては納得のいくものだった。

 佐渡の金山の話しも「願」の賽の河原、海府大橋の話しも新鮮で、旅情たっぷりの描写だった。いずれも行ったことは無いけれども、充分その気持ちになることが出来た。勿論、実際に行ってみたいと思うのは当然のこととして。
 佐渡は金山の他に流人の島という顔もある。今回の犯人にはその末裔だと過剰に自認する人間の狂気がある。実行犯のこの認識が恐ろしい。圧し潰されそうになる都会の生活が、こんな歪んだ狂気を生んだのかもしれない。或いは著者が怒るように、賽の河原や水子地蔵などの宗教的脅迫観念が原因だったのか。

 厨子王が佐渡に渡り、鳥追いをしている盲目の母に再会するのは鴎外の「山椒大夫」のラストシーンであるが、「手足の筋を切って、鳥追いさせていた」という話は知らなかった。更に安寿は生きており、佐渡で母と再会したが、盲目の母に殴り殺されたという話もあるようだ。それが、「佐渡の浄瑠璃」として伝承されているらしい。盲目の母は「憎悪と猜疑心の塊」、それは佐渡の流人の姿であり、そしてそれを伝承しているのが流人の末裔だと、犯人はいうのだが。
 「山椒大夫」は架空の伝説である。それは仏教的因果応報を説く説教節として長く伝承されてきた。人形浄瑠璃の演目や童話、小説として姿を変えて継がれている。民俗信仰の一つの姿ではあるけれども、人間の業の深さに対する戒めなのかも知れない。


シベリア鉄道殺人事件

2019年05月15日 12時14分24秒 | Review

西村京太郎/朝日文芸文庫

 1996年12月1日初版。久々の「トラベルミステリー」、十津川、亀井コンビの登場。海外にまで捜査範囲を広げたものが多いかどうかは、つまみ食いしているものにとっては判らないことだが、今回は壮大といってよいと思われるシベリア鉄道の旅だ。時節は十一月十五日、まだ晩秋なのだが、これが厳冬期であったら一体どうなるのかと恐怖さえ感じるシベリア鉄道だった。どうにかモスクワまでたどり着き、マフィアと元・KGB、警察とCIAの暗躍する中で何とか解決できたのだからすばらしい。
 ザルキンが日本人二人を殺した動機については最後まで判らなかったが、米大使館の書記官の机上に新宿歌舞伎町で殺されたイザベルの写真があったことが、全てを物語っているようだ。最初のプロローグが突然呼び起こされるようなショックがあった。

 ロシアのパラナフ刑事は、いささか日本風の刑事だったように思う。つい、本当にこんな刑事がロシアに居るのかいな、と思ってしまった。かの国では依然として「暗い時代へ逆戻りするのではという恐怖」が今もあるらしい。



札幌殺人事件(上下)

2019年05月13日 09時22分34秒 | Review

内田康夫/光文社文庫

 1997年9月20日(上、下)初版。シリーズNo.68。11月の中、人探しの依頼で、浅見が札幌を訪れた。1週間から10日の出来事である。しかし、まあ北海道の事情をよくつかんでいること。本当にさもありそうな話でありまったく違和感がない。インフラ開発、公共工事に関わるカネの流れや、事業者の思惑、ロシアとの関係。道警本部も自前のスキャンダルで忙しい。そんな中で発生した殺人事件である。

 今まで、相当数の作品を読んできたが、今回の作品に登場する「国際刑事警察機構」なるもの或いはその外郭団体というのは初めての登場である。いかにも何かの諜報活動、スパイモノのような雰囲気だが、その正体は最後まで定かではなかった。公安のような感じもあるが、もっと市民レベルの、そう、まさしく「草」のような存在らしい。著者としては新しい試みだったのではないだろうか。

 日本特有の問題なのか、既得権益の維持に努め、贈収賄に励み、各種便宜を図り、忖度する。公共事業にはまるで前提のように付いて回る。国会議員が堂々と「忖度」を公言するくらいだから、それが悪い事だという認識すら持っていないのが現状だ。レベルの低さが如実である。この期に及んで何と薄ら寒いことだろう。

 例によって著者の今回の憤怒は、245p「銃器犯罪」に対する怒りだった。