つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

奪還

2020年07月29日 12時06分13秒 | Review

麻生 幾/講談社文庫

 2013年7月12日初版。著者の作品は初めて読む。戦記物、戦争物、或いはヒーロー物とは少し異なるが、背景は近似のものである。話としては、日本、米国、フィリピン、北朝鮮など政治的パワーバランスの中で、その生真面目な、しかし、ミッションに忠実な一部の人間を都合のいいように利用した謀略ということだろうか。命懸けで成したことが「実は~」というのでは誰しも納得しない。多大の犠牲は生き残った者が負わねばならない。

 情報提供者への長年の非公式な支援、それによって肥大化した組織、ボスが急死すると組織を乗っ取ろうとする者が現われ、認めなければ「長年の非公式な支援」をしていたことを暴露すると脅す。一方でマフィア同士の抗争(覇権争い)もあり、相手を潰すために利用しようとするワルも居る。主人公はその二重三重の策略を解きほぐし、誰が何を目的に自分を利用したのかを探り出す。そして、その誤認を正していく。

 リアリティの高さは、メンバーの家族の話しにまで及ぶことだろうか。この手の作品の多くが、主に登場する人物の側面だけを強調して描写するのに対してバッドボーイズの一人一人のプライベートな面まで描写するところにあるのかも知れない。作品では、平和ボケした現状への苛立ちもあるかもしれない。正義不在の政治的駆け引きに利用されることへの不安もあるのではなだろうか。

 しかし、フィリピンのダバオやコタバトなどの都市は、えらく治安の悪い所らしい。いかにも南国の湿った熱い空気が伝わって来るのだが、著者は現地取材をしたのだろうか。突撃シーンや戦闘アクションには結構強烈なものがある。何か焼け焦げた臭いさえ漂って来るようだ。





与力・仏の重蔵

2020年07月19日 12時43分29秒 | Review

―情けの剣―
藤 水名子/二見時代小説文庫

 著者の作品は初めて読む。本書はシリーズの一冊目で、現在5冊まで続編がある。重蔵は確かに強いが、不覚にも負傷することもあるし、与力でもどうにもならないこともある。女の問題では特に弱いところがリアルだ。悪党はあくまでも根っからの悪党で、偽善ではあっても真ではない。江戸時代「老人と子供が犯した罪はこれを問わず」ということであったらしいが、辰五郎のような根っからの悪党は別であろう。

 とても切なく読んだところは、重蔵の妻、お悠のこと。重蔵が事有る毎に思い出し、会話する場面である。妻を亡くした男の心情をよく描写していると思う。
「菩薩の如きお悠のことば」
「自分の思いをおくびにも出さず、つい無粋な事を言ってしまい・・」
「思いをすぐさま口に出来る勇気も無く・・」
「亡き人に似て見えたり、全く別の人に見えたり・・」
「今更ながらに思い、自ら困惑する」
「相手の言葉に「気恥ずかしさと共に多大な嬉しさも感じて」慌ててみたり・・」
「いい歳をして、何を戯けたことを、と自らを叱る」

 女の著者が何故そこまで判るのかと不思議に思う。別に隠すつもりはないけれども、全くその通りなのだから恐れ入った。これこそ、今見て来たかのように(今し方、体験したかのように)書くことこそ小説家のそれだと思った。

 ちょっと珍しいことは、与力が主人公だということ。この手の時代小説で主人公となるのは、同心が圧倒的に多い。しかも、定廻りである。何故著者は与力に同心のような活動をさせるのか、その魂胆はどの辺にあるのだろう。1つ思い当たることは、やはり御白砂のお裁きを左右することに対するリアリティを得るためであろうか。余程のことが無い限り、同心や岡っ引きがお裁きに影響を与えることは出来ない。それを可能にするのは与力以外にないからである。




人恋時雨

2020年07月16日 12時32分04秒 | Review

―さやか淫法帳―
睦月影郎/廣済堂文庫

 2008年2月1日初版。「忍法」ならぬ「淫法」、「雑賀衆」ならぬ「素破衆」江戸時代風の掛け言葉(シャレ)で、まあ「面白可笑しいエロい本」ということになるだろうか。その趣味というか癖というか、スタイルは著者自身の嗜好であり妄想であろうと思う。主人公が17歳で、登場する女は大方年増というのも同じヘキではなかろうか。愛欲の形は人それぞれ、どれが真でどれが偽りかなどいうのはないと思うけれども、著者のそれは押しつけがましいと思う反面、妙に明るく楽天的、江戸時代の最も太平な時代らしく、その先の退廃の兆しは未だ見えてこない。

 作品のストーリーの中では徐々に盛り上がるかのような印象だが、実際はほぼ同じような描写表現の繰り返しであり、たちまち鮮度が失われる。それが、この手の作品の難しいところだ。
作中「秘めやかな匂い、甘ったるい芳香」というのは、やはり「麝香(ジャコウ)」というやつではなかろうか。恐らくはフェロモンが関係しているに違いない。




逆転法廷

2020年07月10日 14時04分12秒 | Review

和久俊三/祥伝社ノン・ポシェット

 1993/07/20初版。著者は弁護士。この作品のジャンルは法廷ミステリー。シリーズではないかもしれないが、主人公の日下文雄弁護士は、他の作品でも度々登場するらしい。無罪、控訴、有罪、再審、無罪、そして最後に逃げ切った二人の犯罪者の結末である。

 一つ不思議に思うことは日下以下、弁護士の仕事が一応の決着を見たわけだが、その後の顛末ということがあり、実の所弁護士に対する裏切りでもあった。しかし、結審して無罪を勝ち取った時点で弁護士の仕事は終わり、「実は」ということがあっても、それは無関係なことなのだろうかと。
 無罪と信じて全力で弁護したにも関わらず、結果的に二人の犯罪者を見逃すことになったことに、何の関心もないというのは、法律でメシを食う人間の本心なのかと思ってしまう。
真の犯罪者かどうかということは二の次、三の次で、そこには正義などという青臭いものなど存在する余地もない、ということか。

 アルジェのカスバで未来の無い生活を続ける二人は、せめてもの贖罪か。
「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉を思い出す。しかし、医師のくせにペスト菌をまき散らし、看護師のくせに3人を殺害する。自分の目的を達成するために、というのは非現実的で無理な作りかと思うが、サリン事件などを考えると、全く架空とも言い切れない。医療従事者だから「善」である前に人間であるために、心の闇から逃れることは出来ない。

 潜伏期間と言い、肺炎の急激な悪化といい、感染の仕方といい、今回のコロナと実によく似ている。コロナは、まるでペストをちょっと控えめに変異させたようなものである。内にこもり、自粛するのも同じである。タバコの有効性についての話しもある。随分前の作品であるが、今回のコロナ感染症によって、グッと現実味が増したように思う作品だった。




秋思ノ人

2020年07月08日 12時45分41秒 | Review

―居眠り磐音江戸双紙(39)―
佐伯泰英/双葉文庫

 2012年6月17日初版。前回読んだのが第46巻「弓張ノ月」 、それから5年過ぎて、今回第39巻の「秋思ノ人」である。何でもこのシリーズは51巻まで続くらしい。磐音の直心影流の活躍は相変わらずスマートで、とにかく強すぎる。最初から負ける気がしないのである。その辺がつまらない。田沼意次が老中のこの時代、陰謀と術策が蔓延し、コネと賄賂が横行したことは想像できる。世の中、平和となればこのような階級闘争になる見本のような時代である。権力者の学歴詐称、家系図捏造は得意とするところである。そこに棹差し、政に正義を、という話しである。

 考えてみれば、速水左近や坂崎磐音は保守派であり、幕藩体制派である。それに比べると、田沼意次や息子の意知は、どちらかというと改革派である。勿論良いことばかりではないが、何か旧体制を変えようとすると、必ず抵抗勢力が出て来るというのが世の中である。しかし、「権力の私的流用」はいつの時代も嫌われる。

 歴史的評価は後の時代がするものではあるが、かといって「タラレバ論」では意味がない。そこで「政には一切首を突っ込まない」というスタンスで坂崎磐音を描くのが著者の選択であったように思われる。しかしそれでは、何となく無党派層向けの作品になってしまう。例え嫌われても「色」を付けてもっと個性光る主人公にして欲しいような気がしないでもない。




鳴き砂

2020年07月01日 16時38分27秒 | Review

―隅田川御用帳(15)―
藤原 緋沙子/光文社文庫

 2017年7月20日初版、2017年8月15日第2版。著者の作品には7年程前に「月凍てる/人情江戸彩時記」でお目に掛かって以来の再会となる。「隅田川御用帳」は著者のデビュー作のようで、以来書き続けて16冊まである長編のシリーズになっている。
 駆け込み寺ならぬ「駆け込み宿」の話しで、主人公の十四郎、お登勢の活躍は勿論なのだが、要するにやはり男女の、或いは夫婦の機微がテーマになる。この時代、駆け込みするのは常に女の方だと思うけれども、その機微は今も昔もさほど変わらない。そのことが読者を引き寄せる魅力になっているに違いない。舞台背景や周辺描写は確かに「江戸時代」だが、問題は「現代」なのである。そう思ってみると、その在り様は人の数だけ多様な訳で、話のネタは尽きないだろう。シリーズになる原動力である。主人公、一刀流の塙十四郎はあまりにカッコ良過ぎるが、話の作り、「問題の取り上げ方」が実に絶妙だと思う。この文庫では以下、三話が収録されている。

1.遠い春
2.菜の花
3.鳴き砂

 第三話の「鳴き砂」は良かった。凡そ作り話の世界なのだからと斜に構えて、余裕で読んでいるのが常なのだが、いつの間にか著者の術中に嵌り、不覚にもついうっかり涙をこぼすところだった。