つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

狐火ノ杜

2020年12月31日 12時22分39秒 | Review

―居眠り磐音(7)―
佐伯泰英/文春文庫

 2019年5月10日初版。今回も「紅葉狩り」「鶴吉の敵討ち」「米沢藩士の苦悩」「不良浪人達との争い」相変わらず付け狙って来る「血覚上人一派」と忙しい。
 お題の「狐火ノ社」は磐音が何かと世話になっている今津屋の年中行事としてお稲荷さんに参詣する話なのだが、江戸中央から出掛ける「お稲荷さん」には「王子稲荷神社」と「王子稲荷大明神」がある。作品の中ではこの二つが混乱しているようで、荒川鎮撫では「王子稲荷大明神」荒川区東尾久で、話の筋としては「王子稲荷神社」北区岸町のような気もしてくる。区は異なるが、この二つは徒歩で行けるくらいの距離なので、何とも紛らわしい。
 「王子」といえば、王子~上中里は「浅見光彦」の自宅があるところ。「飛鳥山」「滝野川」「西ヶ原」は度々登場するところである。その王子駅の少し北側(北区岸町)に「王子稲荷神社」がある。

 おこんさんが勾引されて危かったが、「天網恢恢疎にして漏らさず」で、罰当たりの根尾勘右衛門は雷に打たれて死亡した。「雷神は稲荷信仰の基底にある」とも言われているので、それを意識した話の作りだったのかもしれない。


 


雨降ノ山

2020年12月30日 12時07分56秒 | Review

―居眠り磐音(6)―
佐伯泰英/文春文庫

 2019年5月10日初版。今回も盛沢山。

・お兼の悲哀
・騙りの安五郎
・強請たかりの屋根船
・大判詐欺
・お艶の辞世 等々。

 261p「人は、だれしも死ぬ。それはこの世に生を受けたときからの理」としてお艶の死を受け止めた吉右衛門の心情が痛々しい。バッサバッサと切り捨てる勧善懲悪の磐音だけれど、こればかりは抗えない。お艶を担いで大山を登る磐音の悔しさが、寄って来る無頼に跳ね返る。
藩の再建も遅々として進まず、これからも長い苦節が待ち受けるようだ。




龍天ノ門

2020年12月27日 14時41分31秒 | Review

―居眠り磐音(5)―
佐伯泰英/文春文庫

 2019年4月10日初版。今回もテンコ盛りです。

・おっとり百兵衛 五人組押し込み強盗殺人
・尾張宮宿の弥平等一行から奈緒を守る
・霜夜の鯛造、娘の敵討ち
・強欲な医者の末路
・道場破り
・新たな住人
・江戸家老の戒め 等々。

 強盗殺人から人気花魁の奪い合い、裏切りと敵討ち、医者の阿片の悪用、道場破り、政治家(江戸家老)の世間知らず。本当にこれでもかと盛り付けている。時代的な背景の中で、唯一現代的なのが「新しい隣人」かもしれない。現代的というより、この辺の事情は昔から変わらないというのが本当の所。お兼の顛末はシリーズ(6)で迎えるが、未練がましく付きまとい、終いに刃物で刺してみたり、立て籠もってみたり、男の単純さが情けない現代版である。

付録:金兵衛店

 
 本来、長屋の奥には椿の木の陰あたりに厠があるはずなのだが、
作品の中では、今の所はっきり書かれていない。

 


雪華ノ里

2020年12月25日 17時34分12秒 | Review

―居眠り磐音(4)―
佐伯泰英/文春文庫

 2019年4月10日初版。今回は、両親を助けるため、自ら身売りした許嫁を探す旅。肥前長崎丸山行に始まり、長門の赤間関、豊前小倉、京都島原、加賀金沢を経て、最終的に江戸吉原に辿り着いた。ここまで、蘭医の中川淳庵、富山の薬売り弥助、鳥追いのおまつ、女衒の鶴吉など、これからも登場しそうな多くの人物に出会いながらの長い旅だった。これらの登場人物は、もしかして、これからの話の展開の布石なのかなと思いながら読み進んだ。
 百両から始まった身売りだが、吉原では千二百両という法外な値になっていた。極貧の坂崎磐音はこの難局にどう対応するのか。藩の財政改革もこれからだ。鰻割きでは到底間に合いそうにない。だからといって、秘策が飛び出してくる様子も全くないのだが・・・。

 「おまつ」という人物が「鳥追い」として登場するが、この時代このような個人の才覚で生きていく人々が結構居たのかもしれない。そもそもは仏教の影響による坊主の托鉢や虚無僧の行脚などが元になっているのかもしれない。基本的には「物乞い」という行為なのだが、琵琶法師、弾き語りの瞽女さん、鳥追い、角兵衛獅子などは一芸に秀て、人を楽しませることで金銭を得ている大道芸の一種なのだろう。ところで「おまつ」さんの一芸は何だったのだろう。



花芒ノ海

2020年12月23日 13時09分01秒 | Review

―居眠り磐音(3)―
佐伯泰英/文春文庫

 2019年3月10日初版。今回は市井の小波が続いた後の大波、関前藩の組織改革が主要なテーマ。藩主の特命で老害家老を何とか退かせることに成功した。その間には、推進派反対派の形勢や、雇われ用心棒との対決がある。かなりダイナミックな展開となった。その後、許嫁の奈緒の行方が知らされる。主人公とは言へ、二つの事を同時に対応することは出来ない。既に人知れず国を出た後だった。この辺の捌きは「藤沢周平」であろう。なかなか読みが止まらない。今まで磐音シリーズ以外に「飛躍」「密命残月無想斬り」「異館/吉原裏同心」「刺客密命斬月剣」「御暇」等ランダムに読んで来たが、こうなるとブレイク作品の「密命シリーズ/26巻」を最初から読まずにはいられない。




寒雷ノ坂

2020年12月21日 15時43分14秒 | Review

―居眠り磐音(2)―
佐伯泰英/文春文庫

 2019年3月10日初版。普段は市井の中で、アルバイトを掛け持ちし、「なんとかせねば」と思いながら暮らしている主人公とその仲間だが、イザとなったら仲間が集まって何とか解決に導く。大方、仲間は非力で、磐音の活躍が中心である。それでも孤軍奮闘にならずに何とかなっている。

 ここまでなら時代小説としてよくある「市井の人々の悲喜こもごも」構成なのだが、主人公の出身藩の形骸化した組織の中で行われている無責任な財政運営、既得権益を守りたい老害たちの陰謀が見え隠れするところを織り交ぜることで、別の意味で「緊張感」を維持している。この辺が読み物として「面白い」所なのかもしれない。

 主人公は「居眠り剣」である割りに、殺陣はド派手で、迫力がある。普段の柔和な主人公とは掛け離れた殺陣である。「痛快」というより結構「血生臭い」。こんなに斬り捨ててよいものだろうかとさえ思ってしまう。




陽炎ノ辻

2020年12月18日 13時12分37秒 | Review

―居眠り磐音(1)―
佐伯泰英/文春文庫

 2019年2月10日初版、2019年4月15日第三刷。元は2002年に双葉文庫から出版された「居眠り磐根江戸双紙」シリーズの加筆修正「決定版」。珍しくTVドラマ化もされて人気がある。
 今まで読んだ時代小説シリーズとしては「返り忠兵衛/芝村涼也」や「髪結い伊三次/宇江佐真理」があるが、まとめて読むという機会は意外に少ない。
 今回の第一巻は坂崎磐音という人物の背景(豊後関前藩)と江戸に出ることになった顛末から始まる。深川元町の金兵衛長屋に暮らし、鰻蒲焼の下処理と用心棒の掛け持ちで生活する浪人だ。これから51巻までの長い話しが始まる訳だが、極貧生活のわりに暗さはない。若いという事もあるだろう。時折り、許嫁だった奈緒のこと、国元の妹のことを思い出していたたまれなくなる。それでも、朋輩を得て明日に向かって前向きに生きようとする姿に清々しさを感じることが人気の理由ではないだろうか。

 江戸に出てからの今回の事件は、「両替屋」という銀行業務の中で、幕政に従うものと、反対するものの狭間で起こった市場操作事件である。株式市場の株価操作にも似ている。中央銀行の市場経済への介入でもある。それはさておき、双方の用心棒同士の激突は、なかなか凄まじい。主人公も度々怪我をしている。勧善懲悪でありながら、それを感じさせないところにリアリティがあり、面白いのかもしれない。豊後関前藩の膨大な借金と藩改革派の主人公の今後の活躍はどのように展開するのか、見ものである。




漂流

2020年12月15日 10時11分23秒 | Review

角幡唯介/新潮文庫

 2020年4月1日初版。偶然にも「漂流」ということに興味をいだき、取材を始めた著者が出会った二つの事件。この「二つの漂流」に関わる主人公ともいうべき「本村 実」という人物の実像を追求する661pに及ぶノンフィクション、ルポである。
 いささか古い話しだが、1994年2月9日、第一保栄丸というマグロ漁船が浸水、沈没。船長以下9名が救命筏で洋上を37日間、2,800kmも漂流したが、全員が無事救助された。これは希なことで、一旦漂流したら一人、二人が生き残るかどうかというのが大方のことらしい。多くはそのまま行方不明となって消息を絶つということも珍しくないという。こうして九死に一生を得た船長(主人公)だったが、そんなことがあったにも関わらず、再び船に乗り、そして完全に消息を絶ってしまうのである。

 著者が注目するのは「何故この男は再び海へ出たのか」、「何故消息を絶たねばならなかったのか」である。著者自身の冒険、探検家としての行動と比較しながら、漁師、海の狩猟民、海洋民族、佐良浜の特殊性、精神性といったものを解きほぐしながら、船長の「本村 実」に迫っていく。

 実に多くの人(関係者)に取材している。決してヒーローでも、伝説の人物でもない「本村 実」の実像に迫るのは難しかったに違いない。しかし、その丹念な取材の結果、佐良浜という環境、カツオ漁、マグロ漁の漁師たちの暮らし、その生活観、生死観、時代の流れ、民族的な気質、単なる冒険的なドラマではなく、そこにはもっと重い人間の性が横たわる。徐々に表れてくる主人公「本村 実」という人間の本質が哀れでもあり、痛々しくもあるのは何故だろう。それは人間の「生への拘り、執着」の一つの見本を見ているような気がしてくる。

「ナツコ/奥野修司著(2016.12.21既読)」とは違った、海に対する、引き込まれるような生命の根源的、不可避の運命的魅惑がある。補陀落僧のように「全てを海に任せる」という泰然とした考え方とは別に、「生きることの必然」と「死ぬまでの必然」によって確立された生死観であろうか。




JR上野駅公園口

2020年12月13日 17時12分35秒 | Review

柳 美里/河出文庫

 2017年2月20日初版、2020年12月25日第八刷。2020年の全米図書賞(National Book Award 翻訳文学部門)を受賞したことでNewsになった。どんな作品なのか、何がアメリカで受け入れられたのか、興味を持った。本屋さんでは3年前の版は既になく、「ただいま印刷中」とのこと。出来上がりを待って、入手した。単なるホームレスのノンフィクションというよりも、ちょうどコロナ禍の中に在って、122p「いつ終わるかわからない人生を生きていることが怖かった」という主人公の言葉が重なる。
 この悲しさ、哀れさは何だろう。最大限の努力を真面目にやってきたのに、息子に、妻に先立たれ、喪失感、虚脱感に打ちのめされる。
息子はこれから輝きに満ちた明日があるはずだったのに、突然の病死だった。妻は長い間苦労して地域の中に溶け込み、子育てして、これから少しは安らいだ生活が出来るかと思った矢先だった。
更に、心配して一緒に住んでくれた心優しい孫娘は、これからが人生の華やいだ季節のはずだったのに、あっけなく震災の津波に呑まれてしまった。

 誰が悪いということでなく、手の中にある「小さな幸せ、希望、明日への糧」といった、かけがえのないもの、全力で作り上げたものが、次々失われて、もう何も残っていない。無縁仏になる覚悟を決めてホームレスになる主人公の切なさが身に沁みる。
 地域の宗教を含めた風習、規範、伝統文化、社会的拘束は主人公を助けただろうか。思わず万歳を叫んだ「君民一体」も主人公に何ももたらすことは無かった。相変わらず「加賀者」に対して差別的な地域社会の中に在って、母が56p「おめえはつくづく運がねぇどなあ」と嘆く。
社会からの脱落、絶縁、孤立して、全てのしがらみを捨てようとするホームレス。

 相馬で暮らす在日の著者がこのルポ、ノンフィクション、ドキュメンタリーを作品にすることの意味。米国で評価されたことの意味(どの辺が共感されたのか、翻訳がうまかった?)。
判らないことは多々あるが、人というのはかくも哀しく不思議な存在だ。