緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ワイセンベルク演奏 ベートーヴェン ピアノソナタ「熱情」を聴く

2017-08-15 00:03:59 | ピアノ
数か月前から、ブルガリア出身のピアニスト、アレクシス・ワイセンベルク(Alexis Weissenberg、1929-2012)の録音を聴いてきた。
ワイセンベルクの名前を初めて聴いたのは、1970年代の半ば過ぎだったであろうか、私が当時中学生だったころにテレビのコマーシャルでショパンの夜想曲を弾く姿を見た時、姉がこのピアニストがワイセンベルクという人で、コンクール優勝後に突然演奏活動を中断していたことなどを教えてくれたことがきっかけだ。
私はまだその頃はピアノのことは殆ど知らなかったが、ワイセンベルクの名前はずっと記憶していた。
今年に入って、バッハのパルティータの聴き比べをしている時のワイセンベルクの演奏に出会った。
バッハのパルティータは今まで、シュ・シャオ・メイ、マリア・ティーポ、アナトリー・ベデルニコフなどの演奏を既に聴いていたが、ワイセンベルクの演奏に出会って何故か彼の弾くこのパルティータがより記憶に残るようになったのである。
一聴すると、超絶技巧で無機的な冷たい印象の演奏に思えるかもしれないが、何故か私には彼の演奏が心に響くものがあり、しばらく彼の他の演奏を聴いてみることにしたのある。

ベートーヴェンのピアノソナタを探したがCDはなかなか見つからなかった。
Youtubeでも確か第8番悲愴の第3楽章しかなかったはずだ。
しかし先日中古CDショップで偶然、幸運にも3大ソナタ(月光、悲愴、熱情)の録音を見つけ、買って聴いてみることにした。
今回は「熱情」の感想を書いてみたい。

熱情の演奏ではこれまで、マリア・グリンベルクの1950年代の録音、タチアナ・ニコラーエワの晩年のライブ録音、アリーヌ・ヴァン・バレンツェンの2度目の録音(LP時代)、ジャン・ミコーの録音などが印象に残っているが、ワイセンベルクの演奏はこれらの演奏とはかなり趣きが異なる。
正確無比で淀みない技巧であるがタッチは上記のピアニストたちに比べればかなり軽めだ。
第1楽章の激しい和音などはバレンツェンのような攻撃的とも感じられなくもない強い激しさとは明らかに違う。しかし音は軽い感じはしない。
何度か注意深く聴いてみると、意外に繊細な弾き方をしていることが分かる。
第1楽章終結部の下記のような部分は激しさの中にも繊細な感情が感じ取れる。バレンツェンのような豪放な印象とは正反対だ。



第2楽章は全体的に音量を抑制しており、テンポもゆったりとしている。
全楽章の演奏の中でこの第2楽章の演奏が最もいい。
とくに下記の部分の音の使い方、表現はとても繊細だ。





決して強く弾かない。テンポも速めない。

第3楽章はバッハの演奏にみられるような1音1音が分離した濁りのない音が特徴で、人によっては正確な機械のような演奏に聴こえるかもしれない。
しかし、私にはそのような表向きの印象より、感情のうねりや激しさの方を感じる。
不安や恐怖と同居したような情熱、葛藤から生まれ出る苦悩との激しい闘い。

ワイセンベルクは第二次世界大戦中の少年時代、ユダヤ人であるが故にナチスの強制収容所に入れられたが、母と共にそこを脱出、戦後、国際コンクールで優勝してから注目されたが、自らの研鑽のため10年間にわたり表舞台から退いたと言われている。
1980年代からパーキンソン病を患い、演奏活動は徐々に制限され、最後の録音は1988年だったとか。

ワイセンベルクの演奏、音楽に対しての信念、哲学は何であろうか。
機械のように精巧に、均一な音で、速く完全に弾くことを売りにしようとしているのか。
私はワイセンベルクの演奏に、冷徹とも言える精巧さの一方で、繊細な人間的なもの、静かな感情的主張を感じとる。ここが技巧だけの演奏家と全く、根本的に異なる。
この演奏家に対しての評価は、技巧のみだと評価する人と、強いオーラを感じると評する人とに二分されているようだ。
私は後者の評価の方が的を得ていると思う。

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2 コメント

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Unknown (落ち葉)
2020-03-29 14:13:52
はじめまして。私は、音楽には詳しくありませんが、ベートーベンの三大ソナタにはこだわりがあって、合計10種類以上のCDを買いましたが、ワイセンベルク以外に満足のいく演奏には出会えませんでした。変に感情を込めすぎたり、テンポを狂わせたりする演奏ではなくて、曲の美しさを存分に出した名演だと思います。
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Unknown (緑陽)
2020-03-29 21:34:29
落ち葉さん、はじめまして。コメント下さりありがとうございました。
私は以前、ゲザ・アンダが弾く「月光」の録音、1950年代の古い録音でしたが、これを聴いたのがきっかけでベートーヴェンのピアノソナタの聴き比べにのめりこみました。
おっしゃるように、自分の好きなこだわりのある曲は最高の演奏を探し求めてしまうものですね。
落ち葉さんが評価するワイセンベルクの演奏、私も素晴らしいと感じます。
表向き冷徹とも言える技巧が際立っているようでありながら、実はレベルの高い音楽解釈と繊細な感情表現に満ちた演奏であることは間違いありません。
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