風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

まだ見ぬバルト三国へ 6-2(ヴィリニュス)

2017-06-01 | travel
その1からの続きです。

● 駅前マック

トゥラカイ城から公共バスに乗ってヴィリニュス駅に戻りました。
バスの中で暖まるどころか、暖房の効いていない(外気が入ってくる)車内にいたので、寒くてブルブル震えたまま。
全身冷え切ったままでは、街の散策にはとても繰り出せないので、そばにあるマックでティータイムを取ることにしました。

駅前なのに平屋の1階建てマック。土地があるんですね。
店内には、最近日本でも見かけるマックカフェも併設されていました。
巨大なケーキが2ユーロしません。安いわー。
温かいドリンクを飲んで、一息つきます。
お客さんは大勢いて、リトアニアのマックは大繁盛。
日本に比べて、カフェが格段に少ないからかもしれません。

店内を見回すと、やはり男女ともに、きれいな人が多いです。
ああ、目が癒されるわ~。
ちょっとぶれちゃって、ごめんなさい。



トイレは暗証番号制。買い物レシートに印字された番号を入力すると、トイレのドアが開く仕組みです。
なかなか厳しいですね。
「ちょっと借りるね」ができない仕組みなんですね。



温まって、目の保養をして、ゲージ回復。
気合を入れて街の散策へ。
線路沿いに歩いてみす。機関車が停まっていました。
あ、ミカド形だわ。(鉄子じゃないですよ)

● 夜明けの門



まずは夜明けの門へ。ロマンチックな名前ですね~。
通ったら人生が開けるのかしら?

かつてヴィリニュスは、旧市街の周囲を城壁が取り囲む城塞都市でした。
城壁の門は9つあったそうですが、ほかはロシア帝政下の時代に破壊されてしまい、現在残っているのはこの門だけだそうです。

人々が夜明けを思って通った門。裏側から見ると、がらりと雰囲気が変わりました。
表側は堅牢な城壁門といった感じですが、反対側は門というよりも瀟洒な宗教建築っぽくなっています。
実際門の上に教会があるのだそう。
攻撃から街を守り旅行者を祝福してくれているそうです。
まあ、祝福してもらえるなんて、ありがたいわ。



● ヨハネ・パウロ二世

横の壁にさりげなくかかっていた横顔の胸像。
よく見ると、元ローマ教皇のヨハネ・パウロ二世ではありませんか。
きっとゆかりがあるんでしょう。

あとで調べたところ、1993年に彼が夜明けの門の中のチャペルでロザリオの祈りを捧げたのだそう。
チャペルのミサはリトアニア語とポーランド語で行われるそうです。
ヨハネ・パウロ二世はポーランド人でしたから、お手のものだったでしょうね。



● 琥珀の店

通りには琥珀アクセサリーのお店がありました。
この辺りの名産です。



以前ロシアに行った時、琥珀のネックレスを母へのお土産にしましたが、残念ながら喜ばれませんでした。
まあ、自分がもらっても、うまく使いこなすのは難しそう。
そこで今回は過去を学習して、琥珀は買わないことにしました。
チョコでいいよね!(やす~)

● 教会がたくさん

ヴィリニュスの城壁内を散策すると、とにかく教会がたくさんあることに気がつきます。
美しい聖霊教会、諸聖人教会、聖カジミエル教会、聖母マリア教会など。
ロシア正教会、カソリック、プロテスタントと、宗派が分かれているからかもしれません。



これは、聖三位一体教会。教会と修道院として使われていた、バロック様式の東方帰一教会です。
聞き慣れない宗派ですが、ロシア正教の儀礼とカソリックを兼ね備える、珍しい宗派の教会だそうです。

● 国立フィルハーモニー



夜明けの門から石畳の細い一本道をまっすぐ進んでいくと、格調高い建物がありました。
リトアニア国立フィルハーモニー協会です。ここでクラシックコンサートなどが行われているのでしょう。
ずいぶん後ろまで下がりましたが、全貌をファインダーに収めるのは難しいほどの大きさでした。

● 円形城塞

円形城塞は、17世紀前半に設計されたものの、北方戦争(1655-1661)で破壊され、現在は復元したものとなっています。
丸屋根の建物は博物館になっています。



結構高台まで登って来たので、町がよく見渡せました。
ええと、これから向かうのは、どっちの方向だったかな。



● ウジュピス共和国へ

坂を下りて向かったのは、ウジュピス地区。
2002年に共和国宣言をしたウジュピスは、時が止まったかのようなレトロなアートの界隈です。



橋には数えきれないくらいたくさん、鍵が掛かっていました。
どこでも同じね。
学生時代、フランスはアヌシーの愛の橋に行った時に、じゃらじゃらとぶらさがった鍵を見て(なぜ?)と驚きましたが、それから日本でもやるようになりましたからね。



● 幸せの人魚

橋からヴィリニャ川を眺めます。
ウジュピスとは川向こうという意味。
この川を渡れば、共和国に入りますが、この川のどこかに幸せの人魚像がいるんだそう。



人魚像を見つけると、幸せになると言われているそうです。
「見つけられるかなあ」「見つけたいね」
そう言いながら視線を下にすると・・・
「あれー、あれじゃない?」「ほんとだね!」
ハッピー・マーメイドは、私たちのすぐそばにいました。青い鳥みたい。



● 天使像

橋を渡って共和国内に入ると、すぐに広場に出ます。
その真ん中に立つ大きな円柱の上には、ラッパを吹き鳴らす天使の像が。



共和国の独立記念碑であるこの天使像は、ウジュピスのシンボル的存在です。
後ろからの姿もすてき。



雰囲気のある静かな街並みを歩きます。
街並みに溶け込んでしまいたいわ。



ところが、少し道を行った先では工事を行っており、その光景に驚いて立ち止まりました。
大きなクレーンの先に荷物がついたまま、静止しています。
作業員は休憩中なんでしょうか?
そのクレーンの下には、車が並んでいます。
つまり、うっかりその荷物が落ちたら、車を直撃しそうです。
これ、すっごくこわくないですか?



黄色い機体には赤文字で「ZEPPELIN」と書かれていました。
ツェッペリンという名前が、なんだか飛び道具的!
リガで食べたのはおいしかったけど、そういえばあれはリトアニアの伝統料理でしたっけ。



わあ、近くで見たらますますこわい~。
惨事が起きないことを祈って、私たちも下敷きにならないよう、上を見たままカニ歩きでその場を離れました。

● 見知らぬ日本車

道端に並んでいる車は、ほとんどがヨーロッパ製でしたが、たまにトヨタやホンダがあり、嬉しくなりました。
そんな中で気になったのが、この車。
三菱のようですが、こんな車、日本で見たことありません~!
ヨーロッパ限定デザインなのかしら?



気になって、SNSに画像を載せて、聞いてみました。
すると、20分もしないうちに、車関係の友人から反応がありました。
 
  三菱の「トライトン」という名のピックアップトラックです!
  タイランドで作っているんですよ🔧
  確か5年くらい前までタイから輸入して、日本でも販売しておりました。

そうなんですね。詳しい友人もすごいし、ネットの力もすごいわ!

さらに歩くと、何やら大砲が飾られた建物がありました。
なんだろう?
KARO TECHNIKOS VILNIAUS SKYRIUSと書かれていますが、案の定、英語表記はありません。

あとで場所検索をしてみたところ、戦争機械と交通博物館のようです。
なんだか物騒ですが、戦いを経て自由を勝ち取った国は、平和な島国とはちょっと感覚が違うのかもしれませんね。



● 聖ペテロ&パウロ教会

そこからさらに足を伸ばして、旧市街の東の外れにある聖ペテロ&パウロ教会へと行きました。
聖ペテロ&パウロ教会って、クリスチャンで知らない人はいない大聖人2人。
それの2人の名前をもらうなんて、よくばりー。
ちなみに、別の場所には聖フィリポと聖ヤコブ教会もありました。
リトアニアは、まとめるのが好きなのかな?

ここはロシアからの解放を記念して17世紀後半に建造された、バロック様式の建築物。
外観は一般的な教会です。



教会の前には大型バスが停まっており、Indonesiaという文字だけ読み取れました。
(バルトにインドネシアからのツアー客って、ずいぶん珍しいなあ)と思いながら中に入ると、人々がカシャカシャと撮影をしていました。
普通、教会内は撮影禁止なので、あれ?いいの?と思いますが、そばについている教会の人も、何も言いません。

静かに祈りを捧げている現地の人たちも数名いますが、やはり何も言いません。

服装から判断するに、彼らはツアー客ではなく、ビジネスで訪れた視察団のよう。
もしかすると、この人達だけ特別に撮影OKにしているのかもしれないなとちらっと思いましたが、私たちも便乗して、一緒に撮影させてもらいました。
やっぱり何も言われませんでした。
こちらの人たちにとっては、日本人もインドネシア人も、区別はつかないのかもしれません。
ラッキー。

なぜかというと、この教会の内装は、それはそれは美しくて、まるで天国に来たかのようだったからです。

たくさんの真っ白な漆喰彫刻は荘厳な美しさをたたえ、呆然としてしまうほどに圧倒されます。
その数は2000に上り、1つとして同じものはないのだとか。
それだけの彫刻を整えるため、内装に30年も費やしたのだそうです。

メレンゲの芸術品のようにどこを見てもきれいな教会。
自然光が差し込むと、白い教会内が輝きます。
これまで数えきれないほどたくさんの教会を訪れてきましたが、その中でもおそらく一番美しい教会だと思います。

この中吊りにされた帆船。未来への船。夜明けの門。

天使のレリーフの裏面には、骸骨と死神の彫刻がありました。メメント・モリ。

もう、多くは語りません。
ただただ、美しかったです。
私がネロだったら「パトラッシュ、もう疲れたよ」ごっこをするのはここがいいわ。

十分に堪能し、インドネシア視察団と一緒に教会を出ると、門の内側両脇に年配の女性がいて、こちらに向かって何か話しかけてきました。
教会の人かな、と思いましたが、身なりで乞食だとわかりました。
教会の敷地内で、施しを乞うことに、ちょっとしたカルチャーショック。

普通は道端でやるものじゃないの?と思いましたが、そもそも教会は助けを求める人に施しを与える救護院だと考えると、まあ間違っていないのかなとも思います。
バルト三国で物乞いを見たのは、これが初めてでした。 
いそうでいないのは、国が豊かというより、単純に寒すぎて、外にいられないからでしょう。
まあ、教会にいる限りは、彼女たちもきっと大丈夫でしょう。















夢のような教会を訪れたことは、思い返しても夢のよう。
本当に、すてきなところでした。

余韻に浸りながら、その3に続きます。

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