風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

巡礼、始めました。(南足柄)

2013-04-28 | 神奈川
○ prologue
○ 小田原遠し
○ 伊豆箱根鉄道・大雄山寺線
○ バスで最乗寺へ
○ 大雄山最乗寺 清瀧不動尊参拝
○ 奥の院で読経デビュー
○ 境内散策
○ 御朱印
○ 清左衛門地獄池
○ 極楽寺
○ 富士フイルム前駅
○ 小田原ランチ
○ ひと駅の箱根登山鉄道
○ 小田原用水
○ 松原神社
○ カフェクローズ
○ 北条五代祭りまぢか
○ 小田原城遠景
○ 北条早雲騎馬像
○ 初めてのロマンスカー
○ 巡礼1回目を終えて
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○ prologue

わたくし、巡礼を始めました。
いえ、別になにか思い病んでのことではありません。
日本で巡礼と行ったら、白装束の四国のお遍路さんのイメージしかなく、(縁遠いわ)と思っていたくらいです。

4月に入ってから、友人が突然天啓を受けたように、巡礼に目覚めました。
水が布にしみ込むように、みるみるうちに夢中になっていく様子に、ビックリ。
『ハチミツとクローバー』の「人が恋に落ちる瞬間を見てしまった」ならぬ、「人が納経書にはまる瞬間を見てしまった」でした!



その熱に導かれるように始めることにした、関東三十六不動巡礼。
割と広範囲に渡りますが、各地の不動尊は、前々から気になっていたので、興味があります。
お寺に番号は振られていますが、参拝の順序は問われないとのこと。
3月末に大山を登ったばかりのため、第一寺の大山不動尊はもう少し後にして、第二寺の清瀧不動尊から始めることにしました。

○ 小田原遠し

実は数年前、「旧小机観音霊場巡り」を体験したことがあります。
でもそれは、コンプリートを目的としない、ほんのさわりといった感じでした。
七福神巡りも、巡礼といえば巡礼ですが、やっぱり覚悟の決め方は違います。
念入りに前知識を入れていったつもりですが、初日だけに緊張しながら当日を迎えました。

当日、連れが乗った「小田原行き」湘南新宿ラインに横浜から乗り込むつもりが、発車ベルにせかされて、間違えて少し早い「逗子行き」湘南新宿ラインに飛び乗ってしまい、大慌て。
湘南新宿ラインには行先がいろいろあることを、初めて知りました。
GWの混雑を避けてグリーン車チケットを買ったのに、使い方が分からずにおろおろ。
ホームの券売機で買っても、発券されないところで、すでにパニック状態だったため、連れと落ち合うまでに、すっかりぐったり疲れてしまいました。
グリーン車チケットの購入法と利用法を、初めて知ったわ。

○ 伊豆箱根鉄道・大雄山寺線

バクバクと心臓の動機が収まらないままに、小田原に到着しました。
そこから、伊豆箱根鉄道・大雄山寺線に乗り換えます。
このお寺行きの電車があるなんて、すごいですね。昔から変わらず人々の信仰を受け続ける山なんだとわかります。
改札口上には、大きな天狗のお面が掛けられていました。天狗ワールドへようこそ、と言っているようです。



のんびりとした光景を見ながら、終点大雄山駅で下車。
下りたホームの感じが、阪急嵐山線の嵐山駅に似ています。
改札を抜け、外から駅舎を眺めて、以前南足柄のアサヒビール神奈川工場見学会の時に前を通った場所だと思い出しました。



関東の駅百選に選ばれている、三角屋根の山小屋風の駅。
駅前には、足柄山の金太郎像がいました。



○ バスで最乗寺へ

そこからバスに乗って、これまた終点の最乗寺へ。
今朝は、湘南新宿ライン-伊豆箱根鉄道大雄山寺線-バスと、全て終点まで乗っていっています。
さいはて感、たっぷり。

駅のそばには、大雄山橋がかかっています。赤い欄干の途中に見えるのは、天狗の羽団扇。
バスはこの橋を渡って、大雄山へと向かいます。なんだか違う世界に入っていく気分。



○ 大雄山最乗寺 清瀧不動尊参拝

終点で降り、お寺へと向かいました。
新緑が目に鮮やかで、気持ちいい風が杉林を通っていきます。
鬱蒼とした古木の立ち並ぶ林は、雰囲気満点。



石段の両側に、石碑がずらりと並んでいます。
どれも「講」参拝碑。古めかしく、歴史を感じます。

鐘楼に彫られた竜の彫刻が珍しく、そして見事で、目を奪われました。
深い彫りで、芸術的です。鐘が鳴らなくても、この鐘楼を見ていれば幸せになる感じ。



金剛水堂で、名水をいただきました。山から運ばれた自然の冷たさを味わいました。



そして、滝の上にある不動堂を参拝しました。



○ 奥の院で読経デビュー

巡礼者となった以上は、読経しようと決心していましたが、不動堂にはひっきりなしに参拝者が訪れるため、読経ビギナーの私は、とても恥ずかしくて声を出すことができません。
そこで、奥の院へと向かいました。

石段の両脇は、天狗が構えています。邪悪なものは通さないぞ、といった迫力です。



本当に山の上の奥の院といった風情。350段にもなるかなりの石段で、ゼイゼイと息が切れました。



ここで、お堂の中の十一面観音を前に、読経デビューしました。
読み間違えないかとか、舌を噛まないかとか、緊張しすぎて息切れしっぱなしで、ハアハア。
恥ずかしかったので、連れには外に出ていてもらいまいたが、お経を読む声は思いっきり外に筒抜けだったそうです。
恥ずかしー。通気性抜群の木造ですからね…
ああ、もっと上手に読めるようになりたいわ。これは回数を重ねて慣れていかないといけないんでしょうね。

○ 境内散策

境内は広く、見どころたっぷりです。
世界一の高下駄がありました。並んで見るとこれほどビッグ。



もちろん、天狗用です。
そのほかにも、無数の下駄が奉納されていました。



大黒天・毘沙門天・弁財天の合体像という三面大黒天は、堂内が暗くてよく見えませんでしたが、その前には幸せの「有難い狛犬」がいました。
仔犬を護っているポーズのようです。授乳中の母犬のよう。
悪魔を払ってくれるんだそうです。



そばにあった手水舎は、観音様がたおやかな風情で手向けて下さる形です。



大天狗小天狗も祀られていました。小天狗ってなんだかかわいいですね。
パンダコパンダみたいで。



ここからが結界内だという神奈川100選の橋を渡りました。両脇には、やはり天狗が構えを取っていました。



キツネに乗っている天狗の像に、目が留まりました。
(なんだろう?お稲荷さん?)と不思議に思ったら、これは御真殿の本尊、道了大薩埵(どうりょうさった)でした。
火焔を背負い、右手に拄杖・左手に綱を持ち、白狐の背に立っている姿です。
れっきとした人間ですが、この姿で寺の守護を誓って天狗となり、天に上ったと伝えられているそうです。



○ 御朱印

参拝を済ませて、納経場で御朱印をいただきました。



専用の御朱印帳があり、バインダー式になっていて、一枚ずついただいたものを紐綴じしていきます。
お坊さんが、私たちに話しかけながら、さらさらと日付を書き込んで下さいました。

○  清左衛門地獄池



帰り道、気持ちがよさそうな道なので歩いて下り、途中で駅への車道をそれます。



農道のような林道のような、地図になさそうな道を通って、行きたいとリクエストを出していた地獄池へ向かいました。
おどろおどろしい名前とは正反対に、この辺りの水はとても澄んでおり、平成の名水百選に選定されています。
飲んでみたいところでしたが、飲料用湧水はなさそうでした。あたりはのどかで、昔に戻ったかのよう。



池のほとりには、弁財天を祀っている厳島神社がありました。
それにしても、あんまりなネーミングですよね。別府地獄めぐりみたい。
地獄池というおそろしい名前からは想像もできない、清水のこんこんとわき出るのどかな場所でした。

○ 極楽寺

地獄の後は極楽に行かないとね、ということで、次は近くにある極楽寺に向かいました。
由緒書が子供に語るようなやさしさで、私にも理解できました。



静かで手入れの行き届いた、とてもいい臨済宗の古刹です。



ここの鐘楼も、深い彫刻が印象的。
この辺りの鐘楼は、こういったスタイルなのかしら。
鐘を鳴らしてみました。深く響き渡る音色に、心が落ち着きました。



○ 富士フイルム前駅

散策しながら、富士フイルム前駅に着きます。
社名がついた駅名は、トヨタ駅、エビス駅、鈴木町駅(味の素の社長鈴木氏より)くらいだと思っていましたが、富士フイルム前駅もあったんですね。
水がきれいなのでここに工場を建てたそうです。大きな社宅があり、この辺り一帯が富士フイルム敷地といった感じでした。
このきれいな水から、アスタリフト(コスメ名)が生まれているんですね。「肌がたべるジェリー」と言われるジェリーアクアリスタも。

○ 小田原ランチ

電車に乗った時にはもうおなかペコペコ。小田原に着いて、遅めのランチをとります。
海鮮丼にしました。連れはアジのたたき定食。でも画像を撮るのを忘れてしまいました。

○ ひと駅の箱根登山鉄道

ひと休みして、今度は箱根登山鉄道で箱根板橋駅へ向かいました。
秋葉権現について調べている連れのリクエストで、秋葉山量覚院を訪れたのです。
箱根登山鉄道に乗ったら、そのまま箱根までウキウキ行きたいところですが、乗ったのはたったひと駅でした。

境内は幼稚園と隣接しており、お寺というのに奥に神社があり、神仏習合風でした。
連れが庫裏で御朱印をお願いしたら、お寺の方が、書いた梵字の意味など、ていねいに内容を説明して、散華もくださいました。

○ 小田原用水

それから小田原用水ぞいに細道を通っていきます。
戦国時代、北条氏が城下町を潤す為に施設した、日本最古の上水道だそうです。
北条さん、すばらしいわ!
この辺りを流れる水は、本当に清水ばかり。
心が洗われるようです。

車道にぶつかったところには、去年の夏、箱根旅行帰りに車から写真を撮った消防署南分署がありました。
今回は、手ブレを気にすることなく、撮影できました。

○ 松原神社

どんどん東へと歩いて行くところで、大きな鳥居を見かけました。
小田原宿総鎮守の松原神社でした。御祭神は日本武尊。



ここは亀にゆかりのあるところで、石の「吉兆大亀」がおり、撫でると寿命が延びるということで、甲羅を撫でてきました。
絵馬にも亀が書かれていました。

○ カフェクローズ

両覚院からてくてく歩いて、目指すカフェ春慶へと辿り着きましたが、どうもシーンとしています。
この日は用事で閉店という張り紙を見つけて、がっくり。
ほかのカフェに入ろうとしても、シャッター街が続いていて、入れそうなお店はありませんでした。



そのまま海に出ました。高速がそばを走り、全く観光ビーチではないものの、美しい海景色が広がっています。



海岸で「スイーツ食べたーい」と連れと二人でやさぐれながら、小石投げをしました。
それから駅へと向かいました。休日だからか、とっても静か。



○ 北条五代祭りまぢか

駅の近くに行くと、賑やかになってきました。



どこを見ても「北条五代祭り」の上り旗があり、ポスターや通知が張られています。
このGW中のお祭りは、毎年気になってはいますが、横浜から小田原はちょっと距離があるため、まだ行けたことがありません。
「すべてはその日のために」と、町全体でXデーの5月3日に向かって取り組んでいる様子が伝わってきました。



○ 小田原城遠景

小田原に来たのなら、やっぱり小田原城に行きたいわ。
そう思っていましたが、その時間はなさそうで、そろそろ日が暮れてきました。
がっかりしていると、駅の東口のロータリーから、お城の天守閣が見えました。
見えたから、これでいっか。



○ 北条早雲騎馬像

駅の西口には、小田原北条氏の祖、北条早雲の騎馬像がありました。
仙台青葉城の伊達政宗像や、ウォータールーのナポレオン像に勝るとも劣らぬカッコヨサでした。



でも、なんだかワサワサした感じ。よく見ると、騎馬に乗った北条早雲の脚元には、鹿や牛が入り乱れています。
(どういうこと?)と思ったら、彼が角にたいまつを付けた牛を使って小田原城を攻め落としたときの様子だそうです。
牛、大活躍だったのね。

○ 初めてのロマンスカー

ようやくカフェに入ってケーキセットを食べて、そろそろ帰途につきます。
帰りはロマンスカーで。
横浜に住む私にとって、初めてのロマンスカー。



でも、これに乗る時には、ウキウキ箱根旅行に出かける時だわーと思っていただけに、(なぜ小田原からの帰り道で・・・)と、微妙にがっかりもしました。
これに乗ってバカンス気分に浸りたかったよー。
新型車両ということで、連れはウキウキしており、たしかに座席が左右とも少し窓際を向いているなど、斬新な作りになっていました。

○ 巡礼1回目を終えて

帰宅してから、いただいた御朱印を眺めます。
お不動さんと童子の御影札をいただきました。



2番目はせいたか童子。
ということは、1番目はこんがら童子ね。
わかってしまう自分が、ちょっとディープかな?と思ったりしますが、まあこのくらいは基本でしょう。

こんな感じで始まったお不動巡り。
巡礼なのに、やっぱり普段と変わらぬてんやわんやでした。
残りの35不動尊も、じっくり楽しんで周ろうと思います。

静岡・橋とお寺と旧友と(清水・静岡・寸又峡・浜松) index

2013-04-23 | 中部(東海)

 

◆ 静岡・橋とお寺と旧友と 1-(1)(清水・静岡)
静岡に行ってきました。
かつて住んでいた清水の家を訪ねましたが、変わったような変わらないような?
懐かしさを噛みしめながら、昔なじんだ山に登りました。

◆ 静岡・橋とお寺と旧友と 1-(2)(清水・静岡)
1年ずつしかいませんでしたが、思い出の小・中学校を訪れました。
小学生はあいかわらず、全員ヘルメット通学でした。
陽が落ちてからはフレンドタイム。静岡グルメをいただきながら、懐かしい友人とゆっくり旧交を温めました。

◆ 静岡・橋とお寺と旧友と2-(1)(大井川)
この日は大井川の吊り橋めぐり。
ギネスレコードの蓬莱橋を渡り、弥次さん喜多さん気分にひたります。
吊り橋を巡りながら、徐々に川の上流へと向かっていきました。

◆ 静岡・橋とお寺と旧友と2-(2)(大井川・寸又峡) 
大井川の吊り橋巡りは続きます。
途中の橋の下では、サスペンスドラマのロケをやっていました。
次第に大雨になり、寸又峡に一番近い宿にかけこみました。

◆ 静岡・橋とお寺と旧友と 3-(1) 接阻峡
一夜明けても大雨は収まらず、この旅メインの吊り橋は渡れずじまい。
後ろ髪を引かれる思いで先に進みました。
そのうちに雨は上がり、湖の上の大井川湖上駅まで歩いて渡って、元気になりました。

◆ 静岡・橋とお寺と旧友と 3-(2) 天竜川
奥大井から秋葉山を越えて、奥天竜に至る酷道ルートを通ります。
はげしく車酔いしましたが、天狗の棲む山中の秋葉大社を参拝できました。
夜には浜松で餃子に舌鼓を打ちました。グー!

◆ 静岡・橋とお寺と旧友と 4-(1) 浜松
静岡旅行最終日。浜松で出世城に行って、楽器博物館を堪能しました。
旅先での七福神巡りは初めて。
鰻ももちろん食べました!(でもうなぎパイは食べ損ねた~)

◆ 静岡・橋とお寺と旧友と 4-(2) 浜名湖
最終日の午後は、湖北五山と呼ばれる古刹を訪れました。

初めて見る浜名湖は、海のように広々としていました。
静岡の自然を堪能できた旅。心身リフレッシュできました。


静岡・橋とお寺と旧友と 4-(2) 浜名湖

2013-04-22 | 中部(東海)

4-(1)からの続きです。

○ ⑦円福寺(大黒天)



最後に参拝したのが、円福寺。
七福神のお寺の中で、はじめて、手水舎がありました。



ここには、大きさがまちまちの七福神全部の神様が集合されていました。集会所のようです。



おばあさんがお孫さんと遊んでいて微笑ましく、作務衣姿のお坊さんは寡黙に墨を摺っています。
少し時間がかかったのは、習字ではなく七福神の印を探していたためのよう。



ここでは、般若心経の文字が一粒一粒に彫られた数珠のマニ車があり、ころころまわしました。
獅子に乗った文殊菩薩像を見て「文殊か普賢か、どっちだったかしら。どちらかが獅子でどちらかが象なんだけど」と考えていたら、その横でユキは「安定悪いね」と、バランスが気になっていたようでした。

これで、七福神巡りはおしまい。
弁財天の御朱印のみもらえなかったという結果でした。

次には、湖北五山へと向かいます。
歴史的に知られているくくりというわけではなく、最近のNPOによる街おこしの一環なんだとか。
それを知って、仕掛けられている感じが嫌だなと思いましたが、お寺一つ一つを見ると歴史もあり、観甲斐がありそうな古刹ばかりなので、行ってみることに。

○ ①湖北五山・初山宝林寺(しょさんほうりんじ)

まずは美しい藤棚に目が奪われます。




隠元の弟子が創建したと聞いて、中華風なのかと思いましたが、特にそうは感じませんでした。



説明してくれたお姉さんがロボットのように淀みなくアナウンスをしてくれたので、科学館の入り口に立つアンドロイドではないかと、しげしげと見てしまいました。



撮影隊がレールで遊んでいて、微笑ましい中、参拝します。



水琴窟や鳴る石があり、音を楽しめるお寺でした。
先ほどの楽器博物館ですっかり演奏しなれてしまった私たち、あれこれ音を出してみます。



藤棚の藤の花がきれい。今回の旅では、藤の盛りを愛でられました。
そしてここにも、広隆寺の弥勒菩薩を模した像がありました。



○ ②湖北五山・龍潭寺(りょうたんじ)



今回の旅で一番気に入ったお寺です。



山門に至る道、そして鐘楼を抜けて入口に辿り着くまでの道どれもが、手入れの行き届いた瀟洒なお寺。




これは、今でも使われるのでしょうか。



ここは「庭の寺」として有名とのこと。
枯山水の石庭、方丈南庭「ふだらくの庭」などがあります。
京都のようなまとまりのよいきれいな庭園だと思ったら、小堀遠州によるものだとか。
さすがは遠州。この人は、この辺りの出身だから遠州と呼ばれるのでしょうか。



昭和11年に国の名勝記念物に指定された池泉鑑賞式庭園。



廃仏毀釈により落書きされ、金がはがされた「丈六の釈迦牟尼仏」という江戸中期の大仏様が鎮座していました。
まさに歴史の生き証人です。



本堂の奥の開山堂は、元禄15年の建立。
正夢稲荷なんて、いい名前ですね。
住職が、お稲荷様が新しい社を建てて欲しいとお金を置いた夢を見て起きると枕元にお金が置いてあったという夢を見て建てたものだそうです。
仏教従事者が、神道の神社を建立するところに、日本宗教らしさを感じます。



ここは井伊家の菩提寺だということで、赤備えの鎧も展示されており、吸い寄せられる私をユキはまた引いて見ていました。



「お徳用御朱印帳」が売られており、(まさか御朱印帳にもお徳用なんてくくりがあるとは)と、なかなか気になりました。

お寺の駐車場でたなびいていた「うなぎアイス」という旗が気になりましたが、そのままスルー。
なんとなく、遠州は関東よりも名古屋に近い文化圏だなあと感じます。

○ ③湖北五山・方広寺、奥山半僧坊

時間が押してしまってきているため、閉門前にもう一つお寺を参拝したいと急いで向かいますが、昨日の秋葉大社に至る道のようになかなか険しい山越えをすることとなったため、時間がかかりました。
ここは、半僧坊の大本山。あれ、どこかで聞いた名前だわと思ったら、先ほどの浜松七福財天の時に訪れた、半僧坊浜松別院の大元なんですね。
これで点と点がつながりました。



大正12年建立の三重塔がありました。「倒産よけの塔」と言われているそうです。
山の上にある塔は、青空に映えてひときわ絵になります。



方広寺の拝観はもう修了していましたが、受付のお坊さんが、御朱印を書いてくれたので、ユキは小躍りしていました。



屋根つきの赤い橋があったので、私も小躍りします。
神橋かしら?と思いながらも、渡ってみました。




半僧坊の方はまだ参拝できたので、じっくり拝観しました。




工匠岩五郎の手による、素晴らしい上り龍・下り龍の彫刻。今にも動き出しそうです。



天狗の大きな高下駄や、烏天狗の像がありました。



おみくじについて書かれてある文章を見たのは、これが初めて。
なるほど、その通りですね。



○ 東名へ

これで、今回の旅はおしまい。あとは帰るのみです。
「ほかに行きたい場所があったら言って」と言われたので「浜名湖」と言いました。
だってこれまで、浜名湖に来たことがなかったんですもの。
お寺からは、新東名の三ケ日ICがすぐ近くでしたが、浜名湖SAがある東名まで行くことになりました。
かなりくねくねした山道で、また酔いそうになりましたが、なんとかこらえました。
ここは剣道と言われるほど、けわしい県道だそうです。なるほどね。

○ 浜名湖SA

ようやく山から下に降りて、高速に乗りました。
途中、浜名湖SAで降り、景色を楽しみます。



浜名湖がよく見え、美しい眺望を楽しみました。



男性二人連れが写真を撮り合いながら鳴らす恋人の鐘が、ロマンチックに辺りに響き渡ります。



(う~む)と複雑な気持ちになりながら、ユキにもらった静岡牛肉の串焼きをいただきました。



緯度経度が記された日時計がおいてありました。
うーん、見方がわからない…



○ 静岡

天竜川、大井川、安部川と次々に川を渡り、車を飛ばして静岡に戻ってきました。



「右と左、どっちを通る」と聞かれても…
「じゃあ海が見える方!右?」と言ったら「たぶんどっちも見られないよ」と言われ「・・・」
「じゃあ、日本平の方!」と言ったら「日本坂ね」と言われ「・・・」
・・・結局どっちを通ったんだったかな?



静岡は、実に大きな河川が多いですね。
高速では美しい夕焼けに照らされました。



静岡駅に着いたころにはもう夜になっており、車を返して、新幹線で帰りました。



○ epilogue

当初の目的の吊り橋のほかに、七福神巡り、御朱印集めなど、目的が増えて盛りだくさんだった、今回の旅。
静岡グルメも楽しんだし、普段とはまた違うおもしろさがありました。
那須に続いて大雨の週末に当たってしまいましたが、吊り橋の代わりの案があったため、それほど時間を無駄にせずにできました。

ただ、寸又峡の車進入禁止ゾーンのすぐ手前まで行っておきながら、大雨でそこから先に行けず、目的地の夢のつり橋を渡れなかったのがとっても残念。
あな口惜しや~。
ユキは、七福財天の弁天様の御朱印がもらえなかったのと、湖北五山を3つまでしか回れなかったところで残念そう。
日曜日は私、月曜日はユキが「いや~ん!」と泣いていました。

いずれにせよ、初めての場所を訪れただけでなく、清水に住んでいた頃の思い出の地を訪ねたり、静岡で懐かしい旧友たちと再会できたことも、とても大きな思い出になりました。
風光明美な静岡、やっぱり大好き!
そう遠くないんだし、また何度でも訪れたい場所です。


静岡・橋とお寺と旧友と 4-(1) 浜松

2013-04-22 | 中部(東海)
○ 浜松城

最終日は朝からまばゆい天気で、気分も上がります。
朝早く起きて、ホテルのレンタサイクルに乗って、浜松城へ向かいました。
ユキはお城には興味がなさそうだし、お疲れのようなので、一人で向かいます。
ちょうど登校時間に当たったらしく、大勢の自転車通学の少年少女に混ざって「あれ?」という感じで、自分も追い風を受けながらペダルをこぎ、お城へ登城しました。



お城の周りは公園になっており、自転車を降りて引きながら、小高い丘の上へと登ります。
目指すお城に行きましたが、天守閣はまだ開いていませんでした。
ここには、徳川家康が遠州攻略の拠点として築き、元亀元年(1570)6月から17年間在城しています。
家康の後は、老中になった水野忠邦もここの城主となりました。



お城からは、浜松の市街がよく見下ろせました。
町の景色は変わっても、若き日の家康もこの景色を眺めたことでしょう。



この石垣は、家康築城の頃のものだとか。
たしかに、石を積み重ねただけの素朴感たっぷりのものです。
「野面積み」という積み方だそうです。
400年前のものが、度重なる地震(ここは静岡…)にも倒壊せずに、存在し続けているというのが素晴らしいですね。

○ 浜松東照宮

市役所の前を通って、今度は浜松東照宮を探します。
ホテルのフロントの人に「お城の近くにとても強力なパワースポットがありますが、行ってみますか?」と、場所を教えてもらいました。
浜松城が家康の前の城主だった時に、十代の頃の若かりし豊臣秀吉が奉公したのだそう。
その後、家康の居城となって出世城と呼ばれ、つまり二名に天下を取らせたお宮だからだそうです。



もう少し由緒が知りたいなと思いましたが、実際のお宮はとても小さく、但し書きもありませんでした。
お宮は本当に古くてびっくり。



パワースポットのような吸引力というよりは、リラックスできる空間でした。



葵の御紋がついた手水舎は、おそらく龍でしょうけれど、大蛇のようにも見えます。



龍の彫刻が素晴らしく、躍動的でした。こっちを見ているわー。



灯籠にハートのデザインが刻まれていて、ここだけファンシーで可愛らしかったです。



お宮から、浜松城が見えます。「出世の街 浜松」というのぼりが立っています。



神社のすぐ横にある古めかしい建物が気になりました。
「元城組 凧揚会々所」という看板が掲げられています。
凧揚げをする会場?うーん、なんでしょう?
どうも浜松では、5月連休の浜松まつりで町内会ごとに凧揚げ合戦が繰り広げられるようです。



○ 浜松七福財天めぐり

ホテルに戻り、チェックアウトして、出発。
この日は、ユキのリクエストで浜松七福財天巡りをすることになりました。
さんざん吊り橋巡りに付き合ってもらっているし、異論はありません。
それに私も七福神巡りは好きなのです。
まさか、旅の途中ですることになるとは思いませんでしたが。

これまで何度かあちこちの七福神巡りをしてきたので、わかることは、七福神をお祀りするお寺はどこも小さいということ。
カーナビがついていなければ行けないような、地元の人しか通らなさそうな小道を通っていきます。

○ ①富春院(寿老人)

最初のお寺、富春院に着きました。
山門が、竜宮城のようでワクワクしましたが、近くに寄ると「山門不幸」と書いた札が下がっていました。
初めて見る言葉です。
こ、これはどういう意味かしら?
二人ともわからずにいましたが、どうやらお寺の住職がお亡くなった時の「忌中」に当たる表示のようです。
頭を垂れて、門をくぐりました。



外に鎮座したおびただしい数の仏像に圧倒されていると、ユキが「ここは、"ことぶき老人"のお寺だね」と言いました。
・・・ハイ?今なんと申されました?
もしや、寿老人のことでしょうか?
そんなんで、七福神巡りするんかいー!?とよろめいているうちに、ユキはお堂の扉を開けて入っていったので、後に続きました。



外には石仏、堂内には木造仏がずらりと並び、ありすぎてもはやカオス、無秩序です。
千手観音の前には涅槃仏が横たわっておいででした。うーん、カオスはコスモス、混沌は宇宙・・・。



堂内も無人。ここは、自分で御朱印を押すようになっています。
ユキが準備をしている間、床に長々と広がった白布に目をやりました。



てっきり、虫干しているのかと思いきや、規則的に盛り上がったところには、お寺の名前が書かれています。
これは、もしかすると、お砂踏み!
川崎大師で見たことがありますが、室内にあるものを目にするのは、初めてです。



二人で全て踏みしめました。これで八十八箇所巡りをしたということになります。
やったあ。これでお遍路さん!
「お砂踏みをしたあとは、飴をどうぞ」と書かれてあり、キャンディーをいただきました。



おびんずる様もおいでだったので、「おびんずる様の自分の悪い場所をなでて、自分のその場所を撫でるのよ」とユキに説明しながらせっせと撫でました。
二人とも、おもに頭を・・・。

○ ②好徳寺(布袋尊)
 
次に訪れたのは、好徳寺。
小さなご本尊で、目を凝らして拝観しました。
横にいる布袋尊の方が大きく、目立ちます。



少し見えづらかったこともあり、お寺の人に聞いてみました。
「ご本尊は・・・阿弥陀如来様ですか?」「いえ、弥勒菩薩です」
うわあ、間違っちゃって、恥ずかしいわー。

でも、そういえば布袋尊は弥勒菩薩の化身でした。
あまりにもルックスが違うため、並んでいてもどうにもピンとこないのですが。
ご本尊の弥勒様は、京都の広隆寺の半跏思惟像と同じポーズのものでした。



ここにあった木魚のすばらしさに目が引き寄せられて、ぐるっと周って眺めていたら、ユキがちょっと引いた感じで私を見ていました。
木魚、すてきじゃない!マイ木魚が欲しいわー。

○ ③半僧坊浜松別院(福禄寿)

3つ目は、半僧坊浜松別院。
本殿が閉まっており、中からおばあ様が開けてくれました。
「ご本尊は・・・地蔵菩薩ですか?」とおそるおそる質問したら、「はい」と言っていただきます。
良かったあ。今回は当たったのでほっと胸を撫で下ろしました。
お寺の方々、どうぞみなまで言わせないで下さいなー。うろ覚えなんだから、声がふるえちゃいます。(なんて勝手なことを思ったりして)



天狗のお面が飾られているのを不思議に思って聞いたら、「ここは半僧坊の浜松別院です。方広寺のアレでね。」と教えていただきました。
「はあ・・・」と、わかったようなわからないような。



「アレってなんだろうね?」と、あとでユキとひそひそ。
天狗と半僧坊って、どこかで聞いた気がするので、関連性があるのは分かっているんですが、人に説明できるほどではありません。



○ 楽器博物館

ここでいったん七福神巡りから離れて、浜松駅前の楽器博物館に行きました。



楽器好きなので、浜松に来たら、ぜひとも訪れてみたかった場所です。
ユゲちゃん・イマちゃんにも「リカはここが気に入ると思うよ」と勧められました。
さすがは付き合いの長い友人たち。その通りです!



ちょうどチェンバロの解説演奏中と聞いて、その場へと向かいます。
10名くらいの人々が、楽器の周りを取り囲み、学芸員さんが説明をしながら、軽く演奏をしてくれました。
きちんと調律された粒ぞろいの音色に聴き惚れました。



楽器がありすぎて、目が泳いでしまいます。
ユキと、集合時間を決めて、めいめいに見ていきました。



本当ならば、1日中いたいところですが、時間が限られているので、急いで廻っていきます。
チェンバロを試し弾きしてみると、鍵盤の重さにびっくり。キーが戻ってくるまでに時間がかかるため、テンポの速い曲は弾けません。



ピアノを弾かなくなって久しいため、自分の指も動かなくなっていて、しょんぼり。
それでも調律の行き届いた美しい音色に、心がほぐれます。



さまざまな楽器がずらりと勢ぞろいしています。
こんなのとか。



こんなのとか。



珍しいものにも惹かれますが、やはり自分が弾く楽器のところからはなかなか動けません。



ヴァイオリンのところに、とても薄いミュートヴァイオリンがありました。
サイレントバイオリンとはまた違う仕組みなんだなあと、しげしげと見入りました。



今さっき、お寺で見てきた木魚や、巫女舞の時に使った鈴まで、展示されています。
日本でいちばん、展示楽器のバリエーションが豊かなんでしょうね。



体験ルームへと向かいます。楽器を自由に弾ける場所なので、楽しみ。
ピアノやギターはありますが、打楽器メインという感じ。
笛系のものがないのは仕方がないにせよ、もう少し楽器が欲しかったなあと思います。
この日が月曜日で、よかったです。休日なら、どの楽器も子供たち使われていたでしょうから。
とはいえ、十分楽しめて、満足できました。
楽器って、素晴らしい!

○ ④養源寺(毘沙門天)

また七福神巡りに戻ります。訪れたのは、養源寺。
彩色豊かな毘沙門天の近くには、多聞天像もあります。
四天王で多聞天だけ、毘沙門天と同一視されて、しかも吉祥天女が奥さんなんですよね。
なんだか1人だけ、リア充度が高いわ。



ビギナークエスチョンをどんどん投げかけてくるユキなのに、私が「バックルが人面だね」と言ったら、「バックルなんて言わないの」とたしなめられました。
あれ~?
「毘沙門天って名前からしてカッコイイよね」と言ったら「昆布の昆の字だよね」と二度言われました。
ち が い ま す ー。もちろん冗談、と思うことにします。

どこも、ご本尊の周りはきらきらしくきちんと整えられています。
そして木魚の大きさに目を奪われました。
木魚が好きな私。ユキはちょっと引いています。楽器博物館にもあったのに、どうして分からないのかしらー。

○ ⑤常久院(恵比寿)



次は常久院。静かな雰囲気のお寺です。中門の上には、お寺の名前が石彫りされていました。
「恵比寿さまって、何の神様?」って聞かないで・・・
「恵比寿って言ったらやっぱりビールの方が」なんて言わないで・・・



お寺に飾られていた、長~いそろばんがとっても気になりました。
いったい何ケタあるのかしら・・・それとも廊下を滑らせるのかしら。。。



銅鐘を鳴らす板に、『白大衆 生死事大 無常迅速 各宣醒覚 慎勿放逸』と書いてありました。



敬って大衆に白す (うやまってだいしゅうにもうす)

生死事大 (しょうじじだい) 無常迅速 (むじょうじんそく)

おのおの宜しく醒覚すべし (おのおのよろしくせいかくすべし)

慎んで放逸なることなかれ (つつしんでほういつなることなかれ)

いい言葉ですね。身が引き締まります。

○ ⑥甘露寺(弁財天)



ここの中門前には、説明看板がありました。
敷地も広かったのですが、この日は和尚不在で御朱印がもらえず、七福神宝印をコンプリートできずに、がっかりして肩を落とすユキ。
弁財天のお堂の参拝だけしました。



本殿に入ろうとしたユキ、床板が抜けてびっくりしていました。(マンガみたいなことに…)



墓地には大きな観音様がおわしました。

○ 清水屋のうな丼

お昼時間が過ぎる前に、ランチにしようと、お店を探します。
浜松といったらやっぱり浜名湖の鰻。
「ひつまぶしが食べたい~」「なんて邪道なの!」「原料がウナギだから、別にいいじゃない!」と些細なことで揉めながら、行ったお店「コジマヤ」は、ちょうど休店日でした。
あいてなーい。なんだかよけいにおなかが空いてきます。

念のために電話をして、開いていることを確認して行ったのが、清水屋。
気賀駅そばで、着席して料理を待つ間、ガタンゴトンと天浜線の音が聞こえます。



久しぶりのうな丼。つやっつや、ぷりっぷりです。
もちろん美味しくないわけがありません。



うな重を頼んだユキに「きも水ってなに?」と聞かれました。
「・・・」もはや仏教というより、人生全般を教えているような気が?

でもユキ先生からは、交通手段や移動法を教えてもらっています。
その辺り、私は壊滅的に分からなくて、しょっちゅうどこかしらでさまよっているのです。
こうやって人は支え合っていくのですね。人という字のようにね。

お寺の参拝を続けていると、なんだかこういうありがた~い気持ちになってくるものです。
な~む~(-人-)

最終号、4-(2)に続きます。

静岡・橋とお寺と旧友と 3-(2) 天竜川

2013-04-21 | 中部(東海)

3-(1)からの続きです。

○ 山越えルート

千頭駅を越えた下泉辺りで大井川鉄道の道を離れて、山を一つ越えた先の秋葉神社へと向かいます。
まだ山道に差し掛かる前は、快適なドライブルート。



すっかり雨も上がり、空高く日が輝き始めました。
生き生きとした若草色の茶畑が映えます。
ここは茶どころ川根地域。そういえば、もうすぐお茶摘みの季節ですね。



川沿いなので、たくさん橋も見かけてうれしくなります。



赤い橋が多く、見つけやすいです。



○ 愛宕地蔵堂

途中、地蔵堂があったので、休憩がてら寄ってみました。
とても歴史を感じる古い作りです。



長禄(ちょうろく)年間(1457~1460)に創建され、今の建物は江戸時代の終わり頃の1850年にたてなおされたとのこと。
間口が3間(約5.4m)、奥行も3間、高床式の総けやき造りの三間堂。
屋根は 銅板葺きで、しっかりした作りです。隣は子安観音堂。



長年風雨にさらされてきたとはいえ、天井の絵が鮮やかに残されていました。
社会学習中とおぼしき学生たちが見学中でした。

吊り橋のことばっかり頭にあったので、忘れていましたが、山に差し掛かると、一気に道は過酷になりました。
山岳ルートはとてもきついもの。しかもここは有名な酷道なんだとか。
すぐにくねくね道に酔ってしまい、すっかり気持ちが悪くなりますが、ここしかルートはないため、進むしかありません。



途中、天狗の顔がついた橋を渡ります。
秋葉神社への参道という意味でしょう。
過ぎたところを写真に収めようと、具合の悪さをこらえて後ろを向いて構えたら、ユキがぐんとアクセルを踏んでスピードを上げたため、みるみる天狗の顔は遠くなりました。
いけずだわ~。スピードと共に車酔いも加速する私。



○ 秋葉神社下社

完全に運転をユキにまかせ、虫の息でぐったりしながら、山道カーブを延々と抜けていき、なんとか秋葉神社下社へと辿りつきました。



入口に杖があったので驚きましたが、下社は石段を登ったすぐ上にありました。
きっと、山道を通って上社に詣でる参拝者用なのでしょう。
男性三人がお祓いを受けていました。



ここは天狗の山。絵馬が天狗です。霊験あらたかそう。



おみくじも天狗でした。珍しいし、引いてみるんだったわ。



ここでご朱印をいただきます。このために、今回の旅では朱印帳を持参しました。
巫女さんに上社までの道のりを聞くと「倒木があるけれど車で行けます」とのこと。
えっ、倒木?なんだか不安ですが、足で向かうパワーもなかったため、県道を通っていきました。

ユキが地図を見て「えっ!?」と固まっています。
ルート286は県道なんですが、地図では国道マークになっているそうです。
ここで、国道と県道の形が違うことを知りました。
国道は逆おにぎり型で、県道はヘキサゴン(六角形)なんですね。農道は?(時々通るの…)



行けども行けども行きあたらず、思ったよりもかなり遠いなあと思います。
確かに、倒木もありました。でも、通れないわけではありませんでした。
車でも40分ほどかかったようです。
車道は時々、山道を突っ切っていきますが、しばらく平坦な道が続いた後、一気に坂が急になったため、徒歩は当然遥かにきつかったはず。
リタイア間違いなかったことでしょう。
こんな山の中まで、よく舗装を通したねーと、二人で驚きます。

そして、上社に辿り着きました。



山奥にある上社は、古めかしいものだとばかり思っていたら、とても新しくて驚きました。
建て替えをしたばかりのようです。
狛犬が、まったく唐風ではなく、むしろスフィンクスのようでした。
まあ、狛犬の原典はあちらの方だといいますからね。
ほとんど山の上近くまで来たため、とても風が強く、あおられるよう。



山門も真新しかったのですが、東の青竜・南の朱雀・西の白虎・北の玄武という木彫りの四神霊獣が門の四方を守っており、とても迫力がありました。

 

 



本殿前には金の鳥居がそびえ立っており、驚きました。
少し身構えましたが、歴史的にも元々金色だったそうです。
日光を受けて、キラキラとまばゆく輝いていました。



ここでも社務所で御朱印をいただきます。二人とも上社・下社が揃いました。
大もとは同じでも、書かれる内容は、結構違うものなんですね。 

 



ユキが入手したここの御朱印帳が、金色に輝くかっこいい装丁で、見とれます。



これまでユキは、特にお寺などに興味はなく、私が連れ出してばかりでしたが、突然目覚めたらしく、はまってから1週間内に、もう3冊も御朱印を買っています。
その情熱、すごいわあ。(ちょっと心配よー)



下りもまた、くねくね道を注意しながら降りて行きました。
お社まで車で行けるのは、とても便利ですが、初詣の時などは、この細い山道は、参拝客でごった返すことでしょう。
すれ違うのも大変なくらいな道での大混雑を想像すると、気が遠くなりそうです。

閑散とした時に、上社と下社をどちらもお参りできて、大満足しました。
それから一路、浜松へと向かいます。
天竜川沿いに下っていきました。



○ 天竜川の吊り橋

さすがは暴れ川と言われるだけあって、天竜川はおもしろい形で流れていきます。
蛇行していたり、急カーブを作ったり。もちろん吊り橋もたくさんあります。

ここで吊り橋を渡ることができました。
バス停「扇石」そばの赤い橋です。
探してみても、特に橋の名称は探せませんでした。
ここからの眺望はとても美しかったです。

 



帰りは、ユキとダッシュして走ってみました。よーい、ドン!
もちろん、ほかに誰もいません。吊り橋を走って渡れるなんて、ゼイタク~~!
岸から岸まで走り切りました。青春を持て余しているからね!



でもこの日は、石段を上がりすぎて、もう足はガクガク、走ってすぐにヘトヘトになりました。
なんとか走りきったものの、二人ともゼイゼイ。橋の長さがつらかったです・・・。



暴れ川の天竜川ですが、さすがに河口付近に近いため、穏やかな流れでした。

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○ 浜松市内

浜松市内に入りました。浜松に来るのは初めて。
今では、静岡よりも近代的だと言われている浜松のことがずっと気になっていたので、今回来られてうれしいです。
ユゲちゃん・イマちゃんに言われていたように、浜松は道路が広くて運転しやすい場所。

バイクのナンバープレートがかわいらしくて、目に留まりました。
国産バイク発祥の地、浜松では、原付オリジナルナンバープレートがあるそうです。いいなあ。



川には、鯉のぼりが掛けられており、悠々と空を泳いでいました。



この日はビジネスホテルに宿泊。浜松の夕焼けを部屋から眺めます。



浜松に来たら、やっぱり餃子でしょう!ということで、フロントに教えてもらって、浜松餃子を夕食に食べました。
浜松餃子といったら、あの丸くなって、真ん中にもやしが入っているもの。頼めて幸せー。

 



ユキとシェアして、満足ー。
明日訪れる場所の相談をしてから、眠りにつきました。