風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

ルーツサーチと里帰り、はるかなる黄金山へ index

2017-04-28 | 東北
[2016.10.7-10]
◆ 一関 1-(1) ←旅行記へ
 ルーツ探しの旅、第2弾。曽祖父が住んでいた岩手での手掛かりを求めて、一関を訪れました。
 市役所を訪れた後、旧友と再会して、蔵元レストランへ。
 地元名物、餅ご膳をいただきました。
  ● prologue ● 早朝の仙台駅 ● 一関のマンホール
  ● ひいひいおじいさん情報 ● ここではなかった ● 建部清庵
  ● 友人との再会 ● 世嬉の一 ● 蔵元レストラン ● 餅文化の町



◆ 平泉 1-(2)
 一関からほど近い平泉の中尊寺をお参り。最澄がつけた延暦寺の火がここにも灯っていたとは。
 猊鼻渓まで行ったものの、時間切れで船には乗れずじまい。
 多賀城に着き、飲み屋のオーナーとなった友人のママっぷりを見学しました。
  ● 平泉中尊寺へ ● 最澄のともしび ● 境内散策
  ● 山の中の弁慶 ● 古戦場レストラン ● げいびけいとげんびけい
  ● 猊鼻渓に来たものの ● 猊鼻渓のマンホール ● 古巣の多賀城へ
  ● 友人のお店 ● 同業種交流



◆ 多賀城 2-(1)
 2日目は、中学時代の親友と再会。
 ランチをとった自然派のお店では、草刈り部長が草をはんでいました。
 彼女に17歳の時に書いた自分の手紙を見せられ、その破壊力に屍と化しました…。
  ● 瞠目の再会 ● 被災5年後の町並み ● 風と手と土
  ● 草刈り部長ユキオ ● 手作りパスタに有機野菜 ● 17歳のわたし
  ● 部長のおやつ ● 大きなかぼちゃ ● 雨の陸奥総社宮 ● 恋人のような老杉



◆ 塩釜 2-(2)
 午後は塩釜に行きました。中学生の時ぶりにここの神社をお参り。
 この辺りが製塩始まりの地だと知りました。
 多賀城ではまた昔の友人たちと再会。懐かしく夜は更けていきました。
  ● 塩釜のしおがま ● 雨の塩釜神社 ● 自分が生まれたお礼
  ● ゆかりある神様 ● 狛犬ファン集め ● 七曲りの坂
  ● 御釜神社のおかま ● 製塩のはじまり ● 浦霞の蔵元
  ● ニューレトロ ● 月見カフェ ● 夜の女坂
  ● 牛若丸ごっこ ● 夜カフェ ● プチ同窓会



◆ 金華山 3-(1)
 早起きして、友とはるかなる金華山を目指します。
 カーブだらけの道の果てから、荒れた海に乗り出して、すっかりぐったり。
 大変な思いをして、ようやく念願の黄金山にたどり着きました。
  ● 憧れの金華山 ● 友の加勢で ● 寝不足ドライブ
  ● エンドレス・カーブ ● 流された鮎川港 ● 荒海の連絡船
  ● 金華山到着 ● 牡鹿半島の鹿 ● 登って登ってまた登る



◆ 東松島 3-(2)
 金華山から再び船で帰途につきます。
 道すがら、ちゃんこ屋に入り、未来を読む人に会い、ブルーインパルス本拠地と新幹線車両基地の前を通っていきました。
 夜は友人が変わって、仲良しグループでの再会。住んだ場所って、いいものです。
  ● 黄金伝説の黄金山 ● 相生の松と楓 ● 波止場への道
  ● 帰りの連絡船 ● 港に上陸 ● 再びエンドレスカーブ 
  ● ちゃんこランチ ● 友人の武勇伝 ● 神主パワー
  ● ブルーインパルス・グッズ ● JR東日本新幹線総合車両センター
  ● 私の引き渡し ● 仲良しディナー 



◆ 仙台 4-(1)
 最終日。友の友の助けで、友たちと再会できました。
 すっかり見違えた多賀城駅。その隣にはできたてのツタヤ図書館。
 いくつになっても友だちって変わらないし、いいものだなあと、しみじみ。
  ● 鯨の町のクジラ ● 友達の友達は ● みちがえた多賀城駅
  ● 3番目のツタヤ図書館 ● 3番目の利用客数 ● 懐かしの友たち
  ● 露庵 うめ治 ● 仙台名物せり鍋 ● ゴージャスな湯豆腐セット
  ● パインは缶詰か生か? ● 集まれることがなにより



◆ 多賀城 4-(2)
 食事の後、場所を変えてカフェでおしゃべりは続きます。
 旧友から語られる昔の自分のエピソードに、めいめいがノックダウンされながら。
 目的を達成し、懐かしい友たちに会えた、密度の濃い旅になりました。
  ● カフェ探し ● ラッシーとスイーツ ● メトロ・東西南北
  ● 牛タンと長なす漬 ● 中2の自分 ● お土産いろいろ
  ● AER展望テラス ● 再び仙石線 ● 友の家族と
  ● 夜の仙台駅 ● 優しい友たち ● epilogue



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ルーツサーチと里帰り、はるかなる黄金山へ(多賀城) 4-2

2017-04-28 | 東北
その1からの続きです。

● カフェ探し

ランチを終えてお店から出ても、みんなまだまだ話し足りません。
場所を変えてお茶をすることにしました。

でも、仙台駅周辺で祝日に7人入れるお店を探すのは、なかなか大変。
駅のほぼ隣に家があってカフェに詳しいかもかもが先頭になって、サーチしてくれます。



お洒落な雰囲気のリゴレット・タパス・ラウンジも人でいっぱい。
「この店、東京にもあるよね、リカ?」と聞かれて、
「う、うん、あるんじゃないかな?」とうろたえる私。
「たしか銀座にあったはず」
正直、まったくわかりません。みんなの方が詳しいわ~。

● ラッシーとスイーツ

あちこちお店を探して、最終的にAER展望テラスのヴァサラロードというお店に落ち着きました。



スープカリィのお店なので、店内においしそうな香りが漂い、おなかは空いていないなのに食欲をくすぐります。
みんなでスイーツセットを注文。
私はチョコワッフルとラッシーにしました。



「いくらでも話はできるし、いくらでも食べられちゃうね」
「困ったなあ」
と口々に言いながらも、全く困っていない私たちは、うきうきとティータイムを楽しみます。

● メトロ・東西南北

仙台の地下鉄が増えた話題になりました。
「今までは南北線だけだったけど、東西線もできたから、東西南北になったのよ」



「つまり京都みたいになったのね」と、十字形になった路線図を想像します。
「うーんと、ちょっと違うかな」
地下の高さが違うため、乗り換えがうまくできないそうです。
あら~。

● 牛タンと長なす漬

仙台の牛タンについて、かねがね物申したいと思っていた私。
「仙台の食べ物といったら牛タンになってるけど、本当にそう?
私がいた頃は牛タンの話なんて聞かなかったから、いつも気になっていて」
みんな「こっちにいても、特に食べないねー」との反応。
身近な食べ物という感覚はないそうです。

「長なす漬ならよく食べるよ」
うん、仙台は長なす漬、こっちはオッケー。
牛タンは、ぐぐっと有名になった御当地グルメなんですね。
よかった、間違っていなかったわ。

● 中2の自分

思い出はどんどんさかのぼって、初めての出会いの時の話になります。
「リカは衝撃的な登場だったね」「ツインテールで」「会うなりハグしてきたもんね」
口々にいう友人たち。みんなよく覚えていますね~。
まあ私も、ほかの子のことなら結構覚えていますけどね。

そんな当時の私を、ゴエちゃんが2日前に描いてくれていました。


中2のわたし


ゴエちゃんの絵、なつかしい!彼女が描くマンガを毎日眺めていたなあ。

みんなにはいつだって会いたいのですが、そのためにはすっかり忘れていた過去の自分を、会うたびに掘り起こされるという恥ずかしさに耐えなくてはなリません。
だって仕方ないじゃない!みんなに会ったの、中2の時ですもの。
まさに中2病真っ盛りの時ですもの!

みんながそんなに覚えているのなら、今回はもう全員にハグしよう!と決心。
カフェを出てから、早速ギュウ、ギュウと、みんなを抱きしめまくりました。

「ちょっとやめてよー、外なんだから」と嫌がるかと思いましたが、誰も拒否反応を見せず、「はいはい」とちゃんとハグし返してくれるので、拍子抜け。
慣れています。これは、ハグ魔だったかつての私の愛の指導のたまものね(?)。
自分を偽らずに済む旧友って、やっぱりいいものですね!

● お土産いろいろ

みんなから、いろいろとお土産をいただきました。
岩手との県境に住んでいる人から、かもめの玉子。



ご当地ビールもいただきました。
キリン仙台工場の限定醸造!
他の県のよりもおいしそう(笑)!



被災地気仙沼の復興にと、松本零士のイラストによるお菓子が最近できたそうです。
ヤマトのスターシャのような女性が描かれた「Galaxy Gotto」。
ロマンチック!手作りで、控えめなお上品な甘さでした。



嬉しいけれど、私の小さなキャリーバッグのキャパの限界から、みんなへのお土産はそれほど多くは持ってこれませんでした。
それを気にしていたら、「理香からのお土産は、ハグでみんな満足でーす」との返事。
おやすいご用だと、またもやみんなに飛びつきました。
みんな本当に嫌がらないのね。優しいなあ。嬉しいなあ。

スポーツ観戦やコンサートなどで、みんな東京の方にも結構来ている様子。
その時におもてなししたいのですが、「目的を済ませたらすぐに帰っちゃうんだよね」と。
私が仙台に行くのは、プチ里帰りの感がありますが、みんなはそれとはちょっと違いますからね

● AER展望テラス

そんなこんなで、ハグに気を取られていたら、お店の入っているAER展望テラスの上階の展望台に昇って仙台の街を見渡すのを、すっかり忘れていました。



お店の同じ階には大きな丸善があり、ポケモンセンタートウホクも入っていました。



ランチのお店を出た時に「あー、みんなで写真を撮り忘れたー!」と誰かが言いました。
「もうお店、閉まっちゃったし、次のお店で撮ろう」
そう言っていましたが、カフェを出た後も「あー、また撮り忘れた!」
おしゃべりに夢中になっていると、忘れてしまうんです。
結局、集合写真は1枚も撮れませんでした。なにやってるの私たちー。
みんなが中2の心に戻っているので、仕方ないですね!

● 再び仙石線

夕方に、みんなとお別れして、私はレーちゃんと一緒に再び仙石線に乗り、彼女の家へと向かいました。
「一緒に電車に乗ったの、もしかして初めてかも?」
「いつも車を使ってて、なかなか電車に乗らないからね」
なんだか照れて、もじもじしちゃいます。



仙台と石巻を結ぶ仙石線は、大震災で不通になった箇所があり、全線運行を再開したのはようやく去年になってからのこと。
津波を受けて陸の孤島となっていた石巻まで行けるようになって、本当によかったです。

● 友の家族と

一緒にプールまで行って、スイミング教室に出た彼女の子供たちと一緒に、レーちゃん宅にお邪魔しました。
みんなと一緒の夕食に混ぜてもらいます。
中学の頃からお世話になっているレーちゃんのお母様は、相変わらずお元気で、前までのきれいな白髪が、黒髪に戻ってきていました。
「染めていないのよ」
もしかして、若返ってるの?
ベンジャミン・バトンの物語みたい・・・。

おばさまから、レーちゃんは小さい頃、身体が弱くて何度も死にかけたという話を聞きました。
私が、ハードモードだった多感な中学期を通過することができたのは、彼女がいてくれたから。
心の開き方を教えてくれた彼女と、出会えていなかったら、どうなっていただろうと思います。
お互い元気で、知り合えてよかった。

● 仙台駅あたり



食後、レーちゃんの運転で仙台駅まで送ってもらいました。
仙台駅の東口には、初恋通りがありました。
なんてロマンチックな名前でしょう。高円寺純情商店街みたい。
藤村広場まで続く道だそうです。
初恋というネーミングは、島崎藤村の作品から。そういえば藤村は、仙台に住んだことがありましたね。



待ち合わせ場所になっている、駅の大きなステンドグラス。
仙台七夕のデザインは見慣れたものですが、よく見てみると、上の方に独眼竜がのぞいていました。
いつも下から見上げていたので、上の方に今まで気づかなかった―。



できたばかりの、森の陽だまりガレリア。
駅の東口と西口を結ぶ連絡通路です。

● 優しい友たち

駅で夜カフェ。遅くまでつきあってもらって、ありがたいやら、申し訳ないやら。
かもかもも、「うちに来てもいいよ。家族には事後報告するから」と言ってくれました。
さっちゃんは、予想以上の寒さに震える私にコートを貸してくれ「帰り道に」と持たせてもくれました。
みんな、そんなに優しくて、世間の荒波をちゃんと越えて行けるのかしら。

初日に見かけた駅前のむすび丸単管バリケードは、夜には光るんですね。
後姿もありました。きちんと作られているわ。



いよいよ帰る時間になり、お別れのハグをして、彼女の後姿を見送りました。
すっかりハグづいています。ここ仙台では、私はハグ魔に戻っても大丈夫みたい。
古巣の温かさだわ。
一人になると、急に眠気が押し寄せて、東京までぐっすり眠って帰りました。



● epilogue

今回は、一関でルーツを探す初日以外は、のんびりと昔の友人たちと会うつもりでいましたが、ふたを開けてみたら初めて体験することも多く、びっくり続きの旅でした。
友がスナックのママに成長していて、そのおうちにお世話になるなんて、シゲキ的!
ママんちの子みたいに、お店が終わるまで一緒にいたし、眠くなったら隅で寝てたし。(←同い年)

中学を卒業してから、これまで4回訪ねた多賀城。
1回目は、仲良しメンバーの数名と会えました。
2回目は、大震災の1年後、現場視察の出張の合間に会えた仲良しメンバーの数が増えて、仲良しグループくらいになりました。
3回目は、クラス会に出席して、懐かしい級友たちと会えました。
そして今回の4回目では、仲良しグループのほかにクラス会で再会した男子たちにも会えて、会える人がさらに増えました。

中学の時より、もっと素直に会えている感じ。
大人になるって、マイルドでいいことですね。

そして、今回訪れた神社は、どこも素晴らしいところばかりでした。
のどかな里帰りのつもりが、なかなかどうして、スリリングな体験ができた旅でした。
2年しか住んでいなくても、会ってくれる友達がいる限り、やっぱりそこは自分の故郷。
みんな、どうもありがとう。
いい里帰りができました。

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ルーツサーチと里帰り、はるかなる黄金山へ(仙台) 4-1

2017-04-27 | 東北
3日目からの続きです。

● 鯨の町のクジラ

この日が滞在最終日。朝は、さっちゃん宅でのんびり過ごしました。
「昨日牡鹿半島に行ったのに、クジラ食べてこなかったって言ったよね」
そういって出してくれたのは、鯨の刺身。
「鮎川港のだよ」
「わーい、いただきまーす!」



牡鹿半島の鮎川港は、日本有数の鯨漁地なんだそう。
鯨の町だったんですね。
そういえば、港に残されたアーチにはクジラが載っていました。

港のそばにあった「おしかホエールランド」という鯨の博物館は、東日本大震災で10mの津波にのまれ、今はありません。
でも、じきに再建されるそうです。

● 友達の友達は

ランチの約束に合わせて荷物のパッキングをし、駅行きのバスの時間を調べたら、なんと1時間に1本しか走っていないことが判明。
間違いではないかと何度も見返しますが、少し前に行ったばっかりです。
けっこう車通りの多い場所なので、まさか1時間に1本だなんて思わなかったー!
車社会あるあるですね。

次に来るバスでは、待ち合わせ時間に間に合いません。
(タクシーを呼ぶしかないなあ)と思いながら荷造りを進めていると、さっちゃんが部屋をノックしました。
「ミホちゃんが車出して乗せてくれるって」

ミホちゃんとは、初日の夜にさっちゃんのお店で会った常連さんです。
車を持っているため、さっちゃんが相談をしたら、看護師の彼女はちょうど非番の日だからと、すぐOKしてくれたそうです。
「本当に?いいの?」
ありがたいわ~。
中学の同級生たちにいろいろと骨を折ってもらっていますが、とうとう知り合ったばかりのお店のお客さんにまで迷惑をかけてしまうとは・・・とほほ。

すぐにミホちゃんはやってきてくれました。
ありがとう!頼んでくれたさっちゃんと車に乗り込み、駅までドライブ。
広い自衛隊の敷地を眺めて、砂押川沿いに走っていきました。



車なので、あっという間に駅に到着。
さっちゃん、ミホちゃん、ありがとう~!今度恩返しするわね!

● みちがえた多賀城駅

2人のおかげで時間に余裕ができたため、次に来る電車には乗らずに、駅前を少し散策しました。
数年前に駅舎が高架化されて大きくなり、駅前も広くなって、すっかり変化した多賀城駅前。



駅舎は、いにしえの多賀城をモチーフとしたデザインになり、前は片側のみしかなかったのが、今では北口と南口ができています。
裏側の北口に周ると、オープンカーが停まっていました。
ビックリ。(失礼)



● 3番目のツタヤ図書館

北口には、市の図書館がありました。
3月にできたばかりの、まだ開設されて半年くらいの新しさ。
前は山の上にあって、本を借りるためにうんうんいいながら坂を登っていったのに、ずいぶん便利になったものです。
中に入ると、広々とした最新型のカフェ併設スタイル。武雄市、海老名市に続き、日本で3館目のTSUTAYA図書館です。
一言で言って、オシャレ。文句なしに東北一でしょう。
薄暗かった駅前が、今ではこんなにあかぬけちゃって・・・よよよ(涙)



震災後、被災した友人たちの声をきいて、イベントプロモーターの知人の助けを借り、広く本を募って多賀城の図書館や幼稚園に寄贈したことを思い出しました。
当時は、娯楽がすべて失われ、TVも恐ろしい津波の映像しか流さないため、緊張続きの子供たちのメンタリティへの影響が心配されており、気晴らしとしての本の有用性が高まっていました。
新しい図書館は蔵書が充実しており、今はもう、本不足からは解消されたようです。
よかったわ。私も帰ったら本を読もうっと。

● 3番目の利用客数

駅のコンコースには壁画のように大きなステンドグラスが飾られ、光を集めていました。
多賀城と、市花のアヤメが描かれています。



以前は改札からホームまでが遠く、使いづらさがありましたが、今では改札の上がホームになり、移動しやすくなった駅。
JR仙石線の駅では、仙台・あおば通に次ぐ3番目の利用客数だそうです。

● 懐かしの友たち

仙石線にゴトゴト揺られていき、終点のあおば通駅からほど近い場所にある、広瀬通沿いの「日本料理 露庵 うめ治」が集合場所。
次々に、みんながやってきました。



個室に集まったメンバーは、女性ばかりの総勢7名。
夕べのレーちゃんといっくちゃん、そして幹事をしてくれたかじ、くみちゃん、みほちゃん、かもかも。
みんなに会えて、嬉しいわ~。この日は感激してばかり。
前に会った時から、誰も変わっていません。
見た目も、性格も。まあそういうものかしら。



● 露庵 うめ治

メニューには「値段は足軽、味は大名」と書かれていました。
足軽値段っていいですね!



私たちの目の前にいるのは、伊達政宗公。
独眼竜もメンバーに混ざりたかったのかな。
よく見ると、兜の上に蓋がついています。
お酒なのね。うちにも置きたいわ。



個室じゅうにいろいろなものが置かれていて、和風ながらアジアン無国籍風の雰囲気を醸し出しています。
日本文化好きの外国人の部屋に招かれたような感じの、おもしろい店内。



めいめいが頼んだメニューが運ばれてきました。
茶碗蒸しって、ふたつきのお茶碗に入っているものじゃないの?
細長い容器に入っているもを食べるのは、初めて。
枝豆も入っているし、上の方は透明だし、ちょっとしたカルチャーショックでした。



● 仙台名物せり鍋

左隣の席のみほちゃんは、せり鍋をチョイス。
仙台名物なんだそうです。知らなかったわ~。
博多名物、もつ鍋みたいな感じで有名なのかしら?
「知らないの?みんな食べてるよ」
と言われても、宮城だけじゃないかなあ。
泥をとるのが大変だそうですが、結構高級なんだそう。
じゃあ、大洗のあんこう鍋みたいな感じかな?



牡鹿半島のクジラといい、仙台のせり鍋といい、なんだか知らないグルメばかりが出てきます。
私が宮城にいたのは中学生の頃。
休日も長い休みもひたすら部活に明け暮れていた時で、それほど外食をしなかったからでしょう。



● ゴージャスな湯豆腐セット

私は右隣のレーちゃんと一緒に、湯豆腐セットを頼みました。
湯豆腐なのに、とってもゴージャスなご登場。



ほかのみんなの頼んだメニューも、贅沢感漂います。
和傘も添えられていたりして、風流。女子力高いわー。



木ぶたを取ると、おいしそうな湯豆腐。
つゆも一緒に温まる仕組みになっています。



● パインは缶詰か生か?

デザートもキラキラな感じ。
よく見ると、パイナップルを器にしています。
ここで「中身は缶詰かな?生かな?」というのが、みんなの話題になりました。

生だとかゆみが出るというクミちゃんは、かなり真剣な顔つきで、口に運んでいます。
「・・・甘さから、多分缶詰だ!」とほっとした口調で判断を下す彼女。
「でも器がパインだよね…」と、気になる様子でつぶやくレーちゃん。
みんな、行動が一人一人、中学の頃から変わっていないのが、嬉しいわー。



● 集まれることがなにより

私以外はみんな県内で暮らしていますが、多賀城市内にいる人は数名。
ほとんどが今は仙台市内に住み、遠刈田温泉の方にいる人もいます。

どこどこに引っ越ししたと教えてもらっても、細かい地名はさっぱりわかりません。
ここが、地元と転勤族の違い。
でも、どこに住んでいても、こうしてみんな集まってくれるから、いいのです。

久しぶりに7人も集まると、話は止まりません。
昼に集まってからワイワイとおしゃべりしているうちに、あっという間にお店が閉まる3時半になりました。

その2に続きます。

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ルーツサーチと里帰り、はるかなる黄金山へ(東松島) 3-2

2017-04-26 | 東北
その1からの続きです。

● 黄金伝説の黄金山

とうとう、黄金山神社に参拝できて、達成感を噛みしめている私。
拝殿の後ろに、山頂への山道を見つけて、途中まで行ってみましたが、ちょうど一人の青年が上から降りてきました。
ゼーゼーと息をして、相当疲れています。
私達より少し先で休憩していた男性が、その彼に「上まで行ったの?どうだった?」と聞きます。
「凄くハードで、思ったよりもすごく時間がかかりました。」と肩で息をしながら答える青年。
それを聞いた私達は「あ、やめとこう」とあっさりきびすをかえしました。


舞殿


やっとこさ参拝ができて、今は変なハイテンションになっていますが、お互い前日の飲み会で睡眠不足だし、雨が降った後で山道はぬかるんでいます。
うかつにハードな登山をしてはいけませんからね。

石段を降りて、祈祷受付所で御朱印をいただきました。
ここの御朱印は、見開き2ページになっていました。


大正の広重と謳われた吉田初三郎の『金華山大鳥瞰図』屏風


ここは天平時代に我が国で初めて金を産出したといわれる島なので、金華山・黄金島と言われています。
そのため、金運あらたかで、3年続けてお参りすれば一生お金に不自由しないと言われています。
それで、アクセス困難な場所でも、参拝客が多いのでしょう。

御祭神は鉱山の神様の金山毘古神、金山毘売神。
それに神仏習合の名残で、弁財天も祀られています。
おみくじは、神の使いの鹿と弁天様の使いの蛇。
どっちもいいなあ。



私は、とにかくここを訪れて参拝したかったので、金運祈願は二の次。
3年通うのはかっちゃんに任せて、彼にリッチになってもらいましょう。

広々とした大広間で、ほかの参拝者たちと一緒に休憩します。
大きな火鉢がありました。冬はさぞ冷え込むのでしょう。



お茶の振る舞いがありました。
大豆を主原料にした七福茶という縁起のいい福禄茶です。



● 相生の松と楓

境内には相生の松と楓がありました。
隣り同士の松と楓が、伸びるつれていつしかくっつき、一体化した連理の木です。
見れば見るほど、不思議な木。
まさに一心同体です。



● 波止場への道

少しすると、大広間で休んでいた人たちがバタバタと仕度をして外に出始めました。
「船が出る時間なんだ」と、私達もあとに続きます。
参道は以前は舗装されていましたが、大震災前の爆弾低気圧により崩落してしまい、今はアスファルトを取り去ったゴツゴツの道に戻っていました。
ならされていない未修復の参道は、歩くのも大変。あまり急ぐと、つまづいてしまいます。

小高い場所にある神社からは、海が臨めます。
前方に広がるのは、金華山瀬戸と呼ばれる海峡。



ここでは鹿が人間の方へ寄ってきて、人間の方が距離をとろうと逃げているような状態。
鹿のアピールに負けて、子供までも逃げ周っています。 
鹿の餌を売っている奈良公園や厳島神社とは逆の光景です。


「力が欲しいか?」的にこちらを見つめる鹿


降りていくと、桟橋が見えてきます。
向こう岸は牡鹿半島。



この辺りは、震災と台風で大きな被害を受けた場所。
あちこちに土嚢が積まれています。
聖域とはいっても、太平洋に面した、自然災害を受けやすい場所なのです。
厳しい自然の元に、神は宿るとも言いますからね…。



神社までのきつめの勾配の坂を、今度は波止場まで降りていきますが、この時にもまたふくらはぎを使います。
表参道の両側に置かれた単管バリケードには、震災復興のキーワードの「絆」という文字がついていました。



かもめがたくさん海に浮いていました。
波に浮かんでプカプカ。
君たちは、波酔いしないのね~。



● 帰りの連絡船

海からの風は冷たく吹きすさんでいて、乗船を待っている間、体温がどんどん奪われていきます。
またもや連絡船に乗り込みました。
今度は先ほどよりも少し大きな80人サイズなので、ちょっと安心しましたが、やっぱり波にあおられて、ポンポン揺れる揺れる。



それでも、そばを通る小さな船は、もっと激しく揺れていました。
その様子を見て、また酔いそうになります。
船の中ではキャーキャーと乗客の悲鳴が上がっていましたが、私はすでに声を出すパワーなどなく、また船上で仮死状態となっていきました。

● 港に上陸

ようやく鮎川港に到着。ヨロヨロになって船から出ます。
地表に倒れ込みたい気分。はー、平らな地面がありがたいわ。

津波でごっそり流されて何もなくなった港ですが、広いスペースが駐車場として利用されており、線がなくても車が整列しています。
軽のコパンが5台、キチンと並んでいました。
かわいいです。「あれは人気が高い車種だよ」



車の上にとまっていたスズメたち。
ちょうど停まりやすいようです。寒いので丸まっていて、こちらもかわいい~。



● 再びエンドレスカーブ

それから再び車に乗り、石巻へと戻りました。
朝からほとんど何も食べていないので、酔ってもひどいことにはならないだろうと思っていましたが、帰り道のカーブの道では行き以上に半端ない酔いに襲われます。
車関係の仕事をしているかっちゃんは運転が上手ですが、私がカーブに負けて途中から会話さえできなくなり、ひたすら我慢してやりすごしました。



地獄の七丁目くらいに差し掛かる気分でカーブ道を抜け、トンネルを抜け、橋を超えると、石巻。
この街のランドマーク、日本製紙石巻工場の前を通ります。
満身創痍で戻りましたー。

● ちゃんこランチ

カーブから解放され、ほっとしていたら、少しするとなんとか気持ち悪さが収まってきました。
「そろそろランチの時間だね。お店を探そう」とかっちゃん。
「ウン」とは言うものの、完全に生返事の私。



場所は東松島の辺り。
食堂も少ないし、もうここでいっか、ということで、目についたちゃんこ萩の井に入ることにしました。
宮城とちゃんこ鍋。イメージが結びつきません。



元大相撲力士のお店で、店内には力士の絵や写真が飾られ、相撲甚句が流れています。
松島海苔のそばをつかった鍋がお勧めということで、二人とも鍋焼きのりうどんをチョイス。
磯の風味が、おいしかったです。



● 友人の武勇伝

食事をしながら、かっちゃんの中学卒業後のエピソードを聞きました。
中学生時代、すごく優しいクラスメイトでしたが、見かけはかなり迫力があって、パンチの効いた友達に囲まれていた彼。
ツッパリとは言えないものの、ツッパった友人が多く、目を付けられやすかったのだろうと本人は言います。

思い出話は、中学の卒業式の日にさかのぼります。
よその学校の先輩に喧嘩を吹っ掛けられて、ボコボコにされたそう。
5対2で完全に劣勢。彼をつぶして先輩たちが帰ろうと背中を向けた時、一緒に倒された彼の友人が、半分に割れたブロックを手渡したそうです。
「手渡されたそれを、先輩たちの背中めがけて投げつけた・・・」
ヒエッw(゚ロ゚)w

それで彼は補導され、夜間高校への推薦が無くなったのだそう。
我が家ではその頃、中学卒業祝いの楽しい夕食を食べていましたが、近くを血だらけの彼を乗せたパトカーが走っていたなんて…。
でも私たちの担任の先生が彼のことを見捨てずに、一般受験を勧めたので、なんとか進学できたのだそう。
私は中学卒業後、すぐに横浜に引っ越ししたため、その後のことは知りませんでした。
初めて知る話に、ビックリ。


私が知らない一面を持つ彼ですが、昔も今もその優しさは変わっていません。
「風邪気味でつらいと思って、薬とエナジードリンクを買ったら、同じようにつらそうな人が二人いたから、薬とエナジードリンクをそれぞれにあげたんだ」
そういうことが自然にできる人で、無償の愛というか、大きな人間性を感じます。
マッキーの『僕が一番欲しかったもの』は壮大な歌で、私はまさに彼のテーマソングだと思っているくらい。
つまりは幅広い人なんですね。うーん、私はとても追いつけません。
ハードな武勇伝はほかにもいくつもあり、驚きながら聞いていたら、すっかりお茶が冷めてしまいました。

● 神主パワー

それから東松島にあるお屋敷を訪れました。
敷地内の一つの建物の中に通されましたが、神社なのかお寺なのかよくわかりません。
こっそりかっちゃんに聞きましたが、彼もわからないようで、臆せずそこの後継ぎ息子に思いっきり聞いていました。
「うちは神社です」「あ、はい、すみません」



かっちゃんが先生と呼ぶ神主さんにお会いしました。
今回一関を訪れた話を細かく彼が説明して「ルーツ探し、うまくいきますかねえ」と、代わりに聞いてくれました。
かっちゃんは商売繁盛について訪ねます。

ほかにも相談に見えた数人の方々と一緒に、神主さんと息子によるお祓いを受けました。
2人が声を合わせて朗々と述べる祝詞は大迫力でした。
祝詞に呼応するように、強い風がガタガタと窓の棧を揺らしていました。

不思議な体験をして、再び車に乗ります。
後になって調べても、まるで検索に引っかからない。不思議な神社でした。

● ブルーインパルス・グッズ

ところどころのセブンイレブンでコーヒー休憩をとりながら、多賀城への帰り道をとります。
そのうちの一店舗では、ブルーインパルス・グッズが売られていました。



「向かいがブルーインパルスがいる基地なんだよ」
たしかに、道路の先に、基地の入り口がありました。



日本中でパフォーマンスを見せてくれる彼らですが、そういえば本拠地は松島基地でしたね。
つまりここは外部購買所のようなところなんですね。



強い西日に向かって、多賀城に戻っていきます。



中3の時に、野蒜海岸のサマーキャンプに行った時の話をしましたが「覚えてなーい」とのこと。
忘れちゃったのねー。



● JR東日本新幹線総合車両センター

突然、目の前に大きな建物が見えてきました。
「利府町にある新幹線基地だよ」大迫力です。
今度行ってみたいわ~。



● 私の引き渡し

多賀城駅に、友人いっくちゃんが迎えに来てくれました。
かっちゃんといっくちゃんは、中学生の頃に付き合っていた仲。
それで、任侠映画並みに迫力あるルックスでも、彼はとても優しい人だと分かっていました。
もうずいぶん前の話ですが、今回のドライブも、念のためいっくちゃんに了解をとってのことでした(笑)。

私の引き渡しのために顔を合わせた2人は「元気~?」と挨拶を交わしました。
2人とも、今では余裕のある大人です。
あら、私ってなつかしの2人を繋ぐエンジェルじゃない!
じゃなくて単なるお邪魔虫か!

かっちゃんにこの日のお礼を言って、いっくちゃんの車に乗り換えました。
これからは、仲良しグループで夕食をとるので、一緒にどうかと誘ったら、彼は「別用があるけれど、あとで顔を出せたら出すね」と行って、去っていきました。
本当に、友人たちにだっこにおんぶ状態です。

● 仲良しディナー

着いたのは「忍家」。
個室に通してもらいました。



ここで、中学時からの仲良しグループ、レーちゃんとゴエちゃんといっくちゃんと集合。
肩を近づけて積もる話をします。
ゴエちゃんは、引き取った被災猫にもうメロメロ。たくさんノロケられました。


チーズフォンデュ風のタコ焼き。


ただ、みんな車で登場したので、誰もお酒は飲めません。
「リカ、飲んでいいよ」「私たちの分も飲んじゃって」
と言われても、もともと下戸だし、ロングドライブの後なので、普段以上にすぐつぶれてしまいそう。
ということで、全員ソフトドリンクで乾杯しました。



みんな集まってワイワイしている時に、かっちゃんが再登場。
みんな同級生なので、知り合い同士です。
彼は私たちににこやかに挨拶をして、また去っていきました。
「かっちゃんは、約束をきちんと守るマメな人だね」
「いっくちゃんは、中学生の頃から、人を見る目があったのね」
みんなで2人のことをほめそやしながら、またグラスを交わして、この日の夜は暮れていきました。

4日目に続きます。

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ルーツサーチと里帰り、はるかなる黄金山へ 3-1

2017-04-25 | 東北
2日目からの続きです。

● 憧れの金華山

夕べは遅い就寝となりましたが、この日は8時にお迎えに来てもらいました。
かっちゃんと黄金山へ行くのです。

宮城の牡鹿半島には、金華山(黄金山)という華やかな名前の霊山があります。
金華山という地名は日本に2つあり、小さい頃、岐阜にある金華山の方は訪れたことがあります。
もうひとつのこちらの方も、中学生時に地図で見つけてからずっと気になっていましたが、たどり着くのがとても大変と聞いていたのと、行ったという人が周りにいなかったことから、ずっと自分も行けないまま、今まできました。
黄金伝説もある、謎めいた霊山。
ここは私にとって、ジパングもしくはガンダーラのような存在でしょうか。



ところが大震災の時に、海に面した牡鹿半島が津波を受けて孤立したという話を聞いて、ハッとしました。
(いつ天変地異が起こって、どうなるかわからないから、気になる場所には行っておかないと)
といっても、あまりに情報が少ないため、地元の事情通のかっちゃんに相談したのです。

● 友の加勢で

岬の端から週に1回、日曜日にのみフェリーが出ていますが、不定期で、風が強いと運行しないそう。
かなり周辺の海は荒いようです。

そこでかっちゃん、知り合いの漁師さんに、船を出せないかと相談してくれたとのこと。
顔が広い!ありがたいわ~(涙)。
ただ、漁船一台動かすのも、大変なことです。
こまめに情報収集し、しけ状態に左右されるためにギリギリまでわからなかったフェリーが、この日はどうやら出航するらしいとわかったため、フェリーで行くことにしました。

かっちゃんが一緒に行ってくれることになりました。心強いわ。
あちこちとフットワークの軽い彼も、行ったことがないという場所。
せっかくなので、ほかの共通の友人たちも誘ってみましたが、「朝早いからいいや」という返事。
地元の人は、あんまり気にしていないというか、興味がないようです。
なぜ~?私はとても行ってみたいのに。
地元の人は、参拝の大変さがリアルにわかるからかもしれません。
そんなわけで、この金華山行きは、「ルーツを訪ねる」「旧友に会う」に次いで、3つ目の今回の旅の目的になっています。

● 寝不足ドライブ

3時間睡眠のため、お互い超寝不足で、目もほとんど開いてないし頭も殆ど動いていない状態です。
しかも天気は、あいにくの雨。結構激しく降っています。
でも、私にとっては待ちわびた千載一遇のチャンスです。
さあ、黄金山を目指しましょう!

親切なかっちゃんに、休日に車を出してもらい、頭が上がりません。
コーヒーマニアということで、「せめてコーヒーでも!」と、こまめにコーヒー休憩をとりながら向かいます。

休憩中に「電話したら、予約が必要って言われて、今しといた」とのこと。
あぶないあぶない。気がついてくれて助かりました!

車は多賀城を抜け、塩釜を抜け、そして松島を抜けます。
もうここから先は、私のほとんど知らない場所。
石巻にたどり着きましました。
大震災の翌年に、仕事で被災状況の視察に訪れた以来の場所。
大被害を受けた大川小学校を訪れたことが思い出されます。



白いドーム状の建物が見えてきました。
石ノ森萬画館です。仮面ライダーの像が奇跡的に流されず、人々の希望になりましたね。かなりの被害を受けましたが、2013年にリニューアルしたそうです。
雨は、車を走らせているうちに少しずつ収まってきました。

● エンドレス・カーブ

渡波駅から、県道2号石巻鮎川線に入ります。
牡鹿半島までずっと続く道。万石橋を超えると一気に街を抜け、自然の中の一本道になります。



すぐに勾配のあるカーブのくねくね道となりました。
風越峠というロマンチックな名前の峠。
峠を越えても、ワインディングロードは延々と続きます。
ありえないくらい続きます。
我慢してやり過ごそうと思っていましたが、「ずーっとカーブが続くよ」との声に、心が折れそうになります。
山道カーブでは酔っても、海岸線カーブはまだ大丈夫だろうと思っていましたが、そんな甘くはありません。けっこう限界が見えそう。



本当に牡鹿半島って、アクセス困難だわ。
この辺りに住んでいる人は、石巻の町に出るたびに、このエンドレスカーブを通って行かなくてはいけないんですね。
くねくね道が嫌になっちゃって、漁船を持ちたくなりますね。



カーブだらけの県道2号のハードなドライブは、1時間ほど続きました。
私にはハイレベルコースすぎます。
こうやって、訪れる人をふるいにかけているんでしょうか。
なんとか気力一本で、牡鹿半島の先端までたどり着きました。

● 流された鮎川港

虫の息で降り立った、鮎川港。
金華山は、島の名前でもあります。
ここから連絡船に乗り換えて行きます。



2時間のドライブで、すっごく遠くまで来ましたよ。
もう、車かフェリーでしか来られない場所です。
クジラのアーチがあるのが見えますが、それ以外はなにもありません。



はっとしました。そういえばここは、津波の大きな被害を受けた場所。
いろいろなものが、根こそぎ流されていき、今はあのモニュメントしか残っていないのではないでしょうか。



ここを8.6m以上の津波が襲ったそう。小さな村は、ひとたまりもありません。
たしかに、みんな、流れてしまいますね…。

● 荒海の連絡船

フェリーのチケット売り場もなにもかも、すべてが簡易式の作りになっています。
予約を入れていたので、名前の控えがあり、乗船には問題ありません。
よかったー。ここまで来て乗れなかったら、泣いても泣ききれませんからね。



出航予定時刻は10時半ですが、予約が多かったとのことで、10時にも便が出ることになりました。
すぐ出航だと言われて、急いで連絡船に乗り込みます。



60人定員の旧式サイズの船。
少し三半規管を落ち着けてから乗りたかったんですが、ほとんど休みなく乗り物から乗り物への移動。
数分しかいなかった鮎川港、さようなら~。



走り出すとすぐに、ボンボンと揺れます。
こんなに波が荒いとは。口をちゃんと閉じていないと、下を噛んでしまいそうなくらい。
さっきまでの雨で波が高くなっており、まさに嵐の中の葉っぱ状態。
陸路カーブの酔いからの復活ができていないところに、今度は波揺れが私を襲います。
ううう、きついわー!



恐れていた、体調的に追い詰められた状態となりました。
「遠くを見ていれば酔わないって」とかっちゃんが言ってくれますが、遠くも近くも、もう何も見ていられません。
目をつぶってひたすら耐えに耐えます。

でも寝不足だったので、目を閉じたらすぐに睡魔が襲ってきました。
それが幸いしたのでしょうか。眠りの中に逃げ込むことができました。
乗客がポンポンはずみで浮くほどの激しい揺れの中で、眠りに逃げた私。
人生、ハードモードです。

● 金華山到着

そうしてとうとう、船は港に着きました。
乗っていたのは20分ほど。そのくらいでよかったです。それ以上だったら、本気で危なかったと思います。



よろめきながら、船の外へと出ました。
紺色のツナギの係員たちが3人がかりでロープを抑えていました。人力とはワイルドだわ。



この島には、神社しかないため、道も限られています。
坂道が港からも見えます。



水面は荒れていますが、海鳥たちが桟橋にたくさん集まって、丸まって羽を休めている様子に心安らぎます。



この島全体が聖域で、住人はたったの6人だそう。
ほとんどが神社関係者なんでしょうね。
港に降りた乗客は、それぞれの道へと散っていくかと思いきや、みんな同じ方向へと向かっていきます。
やはり目指すは、黄金山神社のようです。



まだふらついている脚に、最初からすごい傾斜道が待っています。
港の辺りからもう山になっているんですね。



一昨日は中尊寺、昨日は鹽竈神社、そしてこの日はこの坂。
どれも東北が誇る、とても素晴らしい寺社ばかりですが、この旅では毎日登山参拝をしているなあ。

● 牡鹿半島の鹿

フーフー言いながら登っていくと、前方に鹿がいました。
わー、厳島神社以来の鹿さんだー。
かなり近くまで寄っても、全く動じる様子もありません。



ここは牡鹿半島と言われるように、鹿がいる場所。
霊島・金華山は、禁猟禁伐の地なので、誰も傷つけないということを、彼らは知っているようです。



角が伸びている鹿もいます。10月に行われる角切り前の、一番伸びている時期。
今はちょうど繁殖期だそう。変に刺激して攻撃されないように、しずしずと前を通り過ぎます。



鹿は何匹もいて、ハーハーと登ってくる人間を眺めてゆうゆうとしています。
ここでは人間の方が鹿たちに気を配っています。



船の乗客たちは、年齢はバラバラですが、みんなラフな格好をしているので、旅行客というよりも地元の人たちのよう。
そもそもここは、観光地としてさほど知られていないし、観光地化もしていない、知る人ぞ知る場所です。

● 登って登ってまた登る

登り続けると、ようやく神社の建物が見えてきました。
ああ、狛犬さんが見下ろしている。



(とうとう着いた―!やれやれ)と思ったら、拝殿まではさらに長い石段がありました。
うわあ。
ここの参拝は、まさに修行ですね。



力を振り絞って…。



一歩一歩石段を上がり、鳥居をくぐります。
黄金山神社と書いてあります。
ここは、1250年の長い歴史を持つ金華山黄金山神社
青森の恐山、山形の出羽三山と並ぶ奥州三霊場の一つです。



龍の手水舎で手を清めてから参拝。



古めかしい木の随神門をくぐります。



拝殿に着きました。ああ、ここにたどり着くまで、どれだけ遠かったことでしょう…。



しっかりした総欅の流造りの神殿。
明治後期のものながらも、度重なる大地震に倒壊しなかった堅固な造りです。



長年の希望だった、この神社の参拝を済ませられて、満足~。
もう感無量です。

その2に続きます。

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