ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

変節した学者たち - 2

2017-02-20 20:58:48 | 徒然の記

 「憲法第九条の思想」について講演した久野収氏は、ネットの情報によりますと、明治43年に生まれ、京都帝国大学を昭和9年に卒業しています。哲学者、評論家として有名で、戦後日本の政治思想や社会思想に大きな影響を与え、「戦後民主主義」の形成に寄与した人物の一人だということです。

  氏は中野氏と異なり、敗戦後に主張を変えた変節の学者でなく、一貫して軍隊に反対した左翼思想者です。しかし今、氏の主張を改めて検証しますと、「真剣な空論」としか言えない部分が多々見受けられます。こういう人物が、60年安保闘争やベ平連の思想的指導者として活動していたというのですから、世の中がおかしくなるはずと納得しました。
 
 氏は学習院大学の講師を長らく勤め、その後教授になったそうですから、現在の学習院大学の荒廃にもきっと影響を及ぼしているのでしょう。それに違いありません。(冷静であろうと決心しましたのに、いざこうして反日の学者に向かいますと、私は途端に偏見の塊となってしまうようです。)
 
 中野氏と同じく、憲法がGHQからの押しつけという事実を認めながら、氏は左翼言論人らしく、別の観点から主張を展開します。
「戦争指導者とその周辺は、国民の目と耳と口を縛りあげることによって、」「敗戦と占領を、みずから招き寄せたのではなかったか。」「その責任を分有する人々が、今になって、声を大にして押しつけを叫んでいるとすれば、この論理は生きた人間の心を打ちにくい。」
 
「その人たちが憲法改正を言い出すことができるためには、」「押しつけの論理だけでは不十分であって、」「戦後の15年間に、日本が二度と戦争を繰り返さない方法を、どれだけ徹底的に考え抜いたかを証明した上でなければならない。」「戦争は戦争、占領は占領という、首尾一貫性の足りなさで、憲法のような重大な問題を扱っては困るということを、言っているのである。」
 
 横に並んでいる中野氏のような変節学者に、何も言及しない氏の奇怪さは、さて置くとしましょう。ここで私が感じる素朴な疑問は、日本だけを悪とし、誤りと決めつけている氏の意見の、哲学者らしからぬ単純さです。国益のエゴをぶつけ合い、列強が争う国際社会への洞察のない人物が、指導的哲学者であり、評論家だというのですから、敗戦後の日本お粗末さがよく見えます。
 
 この時期に、林房雄氏があの「大東亜戦争肯定論」を書き、左翼の彼らから危険な思想家として攻撃されていたのだと、合わせて理解しました。世界一強のアメリカが敗戦国の日本を裁き、戦争の責任を日本だけに負わせ、あの不可解な「東京裁判史観」が日本中を席巻していたのがこの頃です。
 
 今にして、私もやっと分かったのですが、昭和20年から30年代は、アメリカの威光を利用し、左翼思想家たちが息を吹き返した時期でした。大内氏が代表を務める「憲法問題研究会」のメンバーたちも便乗し、大手を振って反日・反戦を唱え、「日本悪玉論」を世間に広めていた時です。本論を離れてしまいますが、こうした状況を知るほど、林房雄氏の見識の高さとその勇気を再認識します。
 
「国民の大多数は、すべての戦争からの安全保障が第一だと、考えた。」「そのためには、安全保障を戦争という手段に求める悪循環を断ち切る必要があると、直感した。」
 
 戦力放棄の憲法が作られた理由はここにあると、氏が主張します。この意見について、若槻氏が自分のブログで批判しています。
 
 「久野によると、国民の大多数は、国の安全保障を “直感” から、戦争放棄の決断にしたという。」「憲法、とりわけ不戦・非武装という超重大事が “直感” からきているとは、いくら日本人が軽率な国民とはいえ、あまりにもばかばかしい話である。」「久野は更に言う。」以下はしばらく、若槻氏のブログからの引用です。

「専門的な軍備体系とおさらばしたデモクラシーによって、国を守り、アジアを守り、世界を守る気概。軍備によらない非武装攻勢、正真正銘の平和攻勢による予防的防衛の道が開かれていないかどうか、この方向を慎重に吟味しなおしてみる必要がある。」

「武装による先まわり反撃よりも、非武装による抵抗の方がずっと有効なのではないか。」「米ソ両国が愛用する “原水爆” のような “秘密兵器” は、非武装的防衛力には全く必要ありません。“真実” に立脚した組織的宣伝こそ、軍備と切れた平和攻撃の最大の武器なのです。」

「彼は対外宣伝こそ “非武装防衛の根幹” と考えているらしく、次のようにも言っている。" すべてのマスコミ機関を動員して、正真正銘の平和運動を展開しなければならない。 " 」

「報道機関を1つの国家的目的のために動員しようというのだから、社会主義国か、戦争中の日本と同様になる。彼の “平和攻撃” にはマスコミの動員だけでなく、“群民蜂起”、いわゆるゲリラ戦を主張しているような個所もある。」

「久野は、次のようにも言う。」

「国民が自主的に自分を組織した防衛運動こそ、最大の反撃力であり、その気概と方法が、国民のあらゆる部分にみなぎっている時、非武装的反撃力は、武装的攻撃力のはたしえない抑止効果を発揮するのである。」

「 " 自衛戦力なき自衛 " という、一見もっともらしいスローガンにひそむ “悲惨なる結果” について、これを主張するものたちは知っているであろうか。」「このことを充分検討したのであろうか。久野には、論理を尊ぶべき哲学者とも思えぬ我田引水の独断もある。」「中国戦線における日本軍の場合でも、国民政府支配下の地域より、民衆の大部分が敵となった中共軍の勢力圏のほうが、はるかに残虐行為が多かった。主要な原因はこのためであった。」

 「何やら抽象論ばかりで分りにくい哲学者久野の文章の中で、次の個所は珍しく理解しやすい。本音を書いているから文が明解なのかもしれない。」

 「たとえしぶしぶであっても、我々の国をあけわたし、奴隷になっても、生命、財産、国土を温存するのが、いちばん被害が少くてすむ方法であることはいうまでもありません。」
「防衛力をもたずに丸はだかでいる方が、屈辱や強制や占領を度外視すれば、マイナスやロスが少いのは明らかである。」

 「 “ 屈辱や強制や占領を度外視 ” した防衛論などはこの世に存在しない。外国からの屈辱や強制や占領を防ぐのが防衛なのだ。彼の言おうとしていることは、日本は社会主義国の侵略を阻止しようとしたら、内乱を覚悟しなければならない。」「そういう事態を回避しようとすれば、外国の軍事力を前にして、屈辱と強制に甘んじなければならないが、戦争の被害よりはまだましだろうというわけである。」

 天皇制廃止論者である若槻氏なので、何でも賛成とはいかないのですが、久野氏への批評に関する限り、同意します。戦力を放棄して外国に占領され、屈辱や強制に甘んじるしかないなどと、こんなたわごとを、いったいどこの国の哲学者が言いましょうや。氏のような左翼学者の偏見が、敗戦後の70年間で全国に普及し、日本の歴史を蔑視する人間を育てました。それだけでなく、国を守るために亡くなったご先祖様たちを、犯罪人として否定する馬鹿者まで乱造しました。

「戦争になったら、私は逃げる。」そう言った森永卓郎氏は、東京大学の卒業生です。国家有為の人物を育てるためと、明治政府が作った大学ですら、こんな腑抜けの人間を社会に出すようになりました。恥を知らない森永氏は、テレビでも活躍し、新聞や雑誌にも意見を乗せ、日本崩壊のため頑張っています。

 ですから私は、獅子身中の虫の育ての親の一人である久野氏を、容認することができません。同時に「憲法問題研究会」につきましても、容認する気になれません。

 さて、こんな面倒なブログを、果たして子供や孫たちが読んでくれるのかどうか。いささか自信を失いそうですが、孫はまだ3才ですから、それほど案じる必要はないのかもしれません。

 ということで、本日はここまでとします。

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歴史の悲運 (憂国の士)
2017-02-21 14:51:42
浅学非才の身では適格なコメントは出来ませんが気のついたことを述べて見ます。
日本は優秀な人材を戦争で失ってしまった、悪いのが残った事が悲劇なのだ。
学徒動員を始め日本再興の為に必要な人材を失った事は返す返すも無念である。
戦後、シベリアから引き上げて来た兵隊の中にどれだけ共産スパイに仕立て上げられた者がいたか?
戦後は真の愛国者を育てる土壌になかった、日本に弓を引く売国奴の闊歩が日本の国力を停滞させる。
その中に哲学者、評論家として日本を左傾斜させて行くonecat01さんが俎上にあげる者達がいたのである。
その現象は今日まで引きずっている、大学に巣う左翼教授たち、日本が呻吟する筈である。

国を憂う先達の言葉だった、日本の為に必要だった人達が無念を腹に収めて靖国に眠っている、
その人達の無念に答えて参拝すべき高位に有る人が他国に遠慮して参拝出来ぬ不条理。
先達の嘆きがここに有る、「必要な人が逝って、必要でない害毒が残った!」 ああ! 日本よ !?
優秀な者が逝き、悪い者が残った (onecat01)
2017-02-21 16:44:42
憂国の士殿。

 優秀な者が逝き、悪い者が残ったと、そう言われる方が沢山おられます。けれどもそれは、日本人の心を知らない人の言葉ではなかろうかと、最近考えるようになりました。

 いつの時代でも「めくら千人、目開き千人」だと、思っています。強国アメリカが日本の再興を恐れ、徹底的な弱体化を計った戦後、マッカーサーを含め、アメリカは左翼勢力を利用しました。保守を根絶することが占領軍の目的でしたから、憂国の士たちは「時期が来るまで」、口をつぐんだのです。」

 多くの国民が左翼の反日ぶりに疑問を抱き、左翼思想の矛盾に気づくには、やはり70年という年月が必要だったのだと思います。この流れはマスコミが言う、「日本人の右傾化」でなく、「日本人の目覚め」だと思います。
「和をもって、尊しとなす」日本人の心は、危機が到来するまでは、周りとの調和を第一と考え、自分の気持ちを控えます。
これまで多くの日本人が、横暴な反日左翼を放置してきましたのは、勇気がなかったのでなく、敗戦国を荒療治する米国の力に屈するしかなかったのです。これこそあなたが言われる、歴史の悲運でしょう。
 しかしやっと今、多くの人が、声を上げる時が来ました。このままでは、中国や韓国の言うがままにされ、アメリカの従属国からの脱却もできないと、やっと国民の多数が声を上げ始めました。

 ですから私は嘆くのでなく、明るい光を見ております。国を忘れた教授たちに、生息する場所をいつまでも、提供してはなりません。左翼教授の任命権(人事権)を持つ教授会を、まともな組織に戻さなくてはなりません。天下りで糾弾されている文部官僚は、今度こそ、大学との癒着を断ち切り、偏った教授会の改革に手を染めることでしょう。
 歴史の曲がり角に来ています。いつもの貴方のように、楽観的に、明るく、明日の日本を語ってください。
裏表 (憂国の士)
2017-02-21 17:38:30
先輩の悔しい思いと私の警鐘に、
あなたと云う国花が希望の光をさしてくれる、
これこそが二輪草なのだと意を強くしております。

持ちつ持たれつ・・・
一人が落ち込めば、もう一人が肩を叩く !
「何の、これしき! 前を見よ! 進め!!」

日本人、日本人同士、身を置くポジションで敵味方、裏表、時代はスピードをあげて?
空いっぱいの青空、日の翳る山の稜線が薄朱く茜色に染まりはじめた。

平穏な一日が終わる、自由を謳歌できる日本に乾杯 !
明るく行こうぜ! メソメソするな! オーライ !?
オーライです (onecat01)
2017-02-21 19:58:06
憂国の士殿

 持ちつ持たれつ・・・
一人が落ち込めば、もう一人が肩を叩く !
「何の、これしき! 前を見よ! 進め!!」

 そういうことですね。頑張りましょう。
学習院荒廃の経緯が分った (HAKASE(jnkt32))
2017-02-21 20:59:39
今晩は。第二限も拝見しました。

最近の学習院、皇族の眞子妃・・だったと思いますが、
学習院大学に上がられず、同志社大学へ進まれた後、
留学の道を選ばれた様に心得ます。

その原因として、最近の学習院大の、教授陣の左傾化が
進んでいる事が原因ではないとの指摘を聞きましたが、
今回の貴記事で、得心できました。その源流は、久野教授辺りだった訳ですね。

同氏の「自称平和論」・・やはり粗雑の印象を免れません。
奴隷になってしまっては、他国による統治あるのみ。
国民の生命、財産や国土が保全される訳がないのは、
幼稚園児でも分る理屈だと思いますが。

とまれ、こうした思考が戦後の多数派となってしまった
悲劇は、計り知れぬものがあると、拙方も思います。

終盤に名の上げられた、森永卓郎教授もその系統でしょう。
経済面は相当に秀逸の様ですが、政治思想面は二流。
後、個人趣味面も、若手女性アイドルの追っかけだったり、好感できるものではありません。
いろいな発見 (onecat01)
2017-02-21 22:19:19
HAKASEさん。

 拙いブログを読んでいただき、感謝します。
森永氏は、卓でなく、卓郎だったんですね。早速訂正いたします。

 おごる平家は久からず、左翼学者たちの天下も先が見えてきました。そろそろ保守の人々も、彼らのようにならないため、自らの驕りを注意すべき時期なのかもしれませんね。
ははぁ~ (しゃちくん)
2017-02-26 14:12:24
戦後の左翼思想を育てた人たちですね。
極端に軍隊を嫌い、なんでも話し合い解決できると信じる人は今も多いです。
熊本地震の時「自衛隊の作るカレーは要らない」と横断幕を掲げていた連中を思い出しました(笑)
自衛隊以外に大勢の被災者の食事を提供できる組織は存在しないのに、炊き出しは民間ボランティアが作るべきだと理想を掲げて被災者の怒りを買っておりました。
そういう人が、いましたね。 (onecat01)
2017-02-26 16:57:19
しゃちさん。

 偏狭な思想で頭がいっぱいになった人間は、こんな言葉でしか語れないのかもしれません。

 「バカは、死ななきゃ治らない。」

 (あちらに言わせれば、私がそう見えているに違いありません。)

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