ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

操作された情報

2012-06-27 22:31:22 | 徒然の記
 6月23日の日本語版朝鮮日報に、「原子力基本法の改正」についての記事があった。

 6月15日に衆議院を通過し、成立したものだと言う。驚いたのは記事の中身である。この改正によって、日本は核兵器開発の一歩を踏み出す準備を整えたという。昨年末に日本は「武器輸出三原則」を修正し、武器輸出と共に他国との武器の共同開発が可能になった。今回、原子力基本法の目的の中にこれまでになかった「わが国の安全保障に資するため」という文言が追加されたことから勘案しても日本の核開発への意向は明確になった・・・と、まあ、こういう内容だ。

 わが国の新聞は「原子力基本法の改正」を記事にしたのかもしれないが、こうした観点からの報道はまったくなかったと記憶している。核アレルギーの日本では、朝鮮日報のような論調で報道できないとしても、韓国や中国でこれほどまでも深刻なニュースが流されているという事実を、何故国民に知らせないのか疑問が自然に湧いてくる。韓国や中国の報道が偏向しているというのなら、そういう解説つきで記事にすれば良い。

 無視できない隣国のことであるから、日本に関する偏向や誤解や曲解についてそのままの事実をもっと報道すべきでないのだろうか。日本に都合の悪いことには目をつぶり、口をつぐんでしまうのだとしたら、何のためのマスコミかと言いたい。新聞社やテレビ局が大切な事実を取捨選択して国民に伝えているのだとしたら、こういうことを「情報操作」と言うのではないか。国民に無益な情報か否かの判断をマスコミ各社がしていると言うのなら、余計なおせっかいである。日本語版の中国の報道を見るが良い。

 日本のマスコミだって負けず劣らず偏っていると知らされると言うものだ。わが国のテレビや新聞は中国の軍備増強について強い論調で報道するが、自衛隊の軍備増強が中国でどのように報道されているかを伝えない。ここには書かないが、興味のある人は中国の報道を見れば良い。インターネットで即座に検索できる。政府と歩調を合わせてやっているのか、それとも自主規制で、言われる前に気を回してやっているのか。私が言いたいのは、わが国のマスコミは「不作為の作為」というやり方で情報の操作をしていると言うこと。

 しかもそれを、国や国民のため正しくて良いことだと思い込んでいる節があるから余計始末が悪い。
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中国史の目撃者

2012-06-21 07:45:57 | 徒然の記
 ジョン ロドリックの著作で、副題が「毛沢東から鄧小平まで」。

 AP通信の元北京支局長だった彼が、長年にわたる中国報道の成果をまとめた労作だ。分厚い本なのに一気に読み、久しぶりに手にした面白い本だった。カレル・オルフレンはオランダの新聞記者だったが,ロドリックは米国人だ。同じ特派員と言っても、ものの見方や考え方が大きく違う。自民党と民主党では議員と名がついても大きな相違がある訳だし、違って当たり前なのになぜか不思議な気がする。

 間近に接した毛沢東、周恩来、朱徳、劉少奇等々、共産中国の指導者たちが生き生きと描き出されている。彼らの長所や欠点が遠慮なく書かれており、冷静に観察された叙述には尽きない魅力がある。平行して城山三郎の「中国 激動の世の生き方」を読んだが、小説家である城山氏より記者であるロドリックの方が数段面白い本を書くという発見をしたのも意外だった。

 両氏とも文化大革命に関する記述をしているが、これは毛沢東の大きな失策だったと率直にいうロドリックに対し、ペンクラブの一員として中国を訪問している立場がそうさせるのか、城山氏の言葉は奥歯に物が挟まったような曖昧さだ。遠慮なく物をいう米国人と、あちこちに気遣いして婉曲にしか意見を言わない日本人と、こんなところにも国民性が現れるのだろうか。日本軍と戦う蒋介石、蒋介石と覇権を争う共産党、資金や武器援助をするアメリカなど、私が一番興味を持っている歴史が語られている。

 ほとんどが、知らないことばかりで驚くことだらけだった。それなのに何としたことか、こうして日が経ってしまうと、本の中身の大半を忘れている有様だ。年を取るということが、無惨な老いである事実を嫌でも知らされる。ロドリックの本は、いずれ再読することとするが、その時は、きっと初めて読むような感激を味わうに違いない。もの忘れのせいで、たった一冊の本に何度も新鮮な感激が味わえるのなら、老いていくことの面白さもあるではないか。ロドリックについては、もっと書きたいことがあったのに、記憶の限界だ。本日は、これまでとする。


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国会の事故調査委員会

2012-06-12 19:34:01 | 徒然の記
 「政府、住民の安全顧みず。過剰介入も批判」。6月日10朝日新聞の一面の見出しだ。

 当時の菅総理ら官邸の対応に関する、厳しい報告書についての記事である。それにしても,菅氏はなんと人望のない総理だったのだろう。元閣僚の誰一人として報告書を批判せず、菅氏の弁護もしない。それどころか、遠回しに足を引っ張るような談話を発表する元大臣がいる。私だって菅氏に好感を持つ訳でないが、それでも委員会のこの報告書とマスコミの報道姿勢には疑問を抱く。事故発生後の対応のまずさが指摘されればそうかと思うが、それだけでは不十分で、設計段階での専門家たちの慢心、まるで機能しなかった原子力保安院と原子力安全委員会、あるいは原発を国家戦略として推進して来た経済産業省等々、重要な反省点が多々ある。

 事故総括を菅氏への個人攻撃みたいな次元の低い内容で終わらせようとする杜撰さについて、マスコミがひと言も触れない理不尽さはどうしたことか。カレル・オルフレンの著書を読んだばかりなので、いっそうそう思う。オランダの新聞記者である彼は、極東特派員として日本に滞在し、「民は愚かに保て」という著書の作者でもある。日本は民主主義国家でなく自由主義陣営の国でもなく、日本で国家権力を握っているのは官僚組織と、それに組み込まれた巨大マスコミで、国民は彼らの巧妙な情報操作に騙されているというのが彼の主張だった。

 こんな見方をする新聞記者もいるのかと、いやな気持ちになって彼の著作を読了したのだが、今回の調査委員会の報告書と新聞の記事とを重ねて見ると、オルフレンの主張をむげに否定できないものがある。選挙で選ばれた国民の代表である政治家だって、官僚たちの持つ権力に対抗できない。官僚組織の権益を侵害しそうな政治家は、彼らと手を結んだマスコミによって抹殺される。金銭にまつわるスキャンダルのみならず、官僚組織は政治家たちのあらゆる情報を握っており、何気ない素振りでマスコミにリークし、国民を大騒ぎさせ当該政治家を失脚させる。

 私は今日まで、というより今でも、日本は自由主義国家の一員で、立派な民主主義の国だと思っている。だから露骨な報道統制で国民に偏った情報しか与えない国を軽蔑し、その国の人びとを憐れんでいたが、こうなると日本も似たようなものだったかと失望したくなる。露骨にやるか、巧妙にやるかの違いはあっても、操作された情報しか得られていないのだとしたら、他所の国のことなど笑っておれない。財務省、総務省、法務省、経済産業省・・・・・と、明治以来構築されたきた官僚組織には優秀な官僚たちがいて、法の運用を独占し、どんな巨大な企業であっても、生殺与脱の権を握られている。だから官僚たちは今でもお上と呼ばれ、民間人の上に君臨している。

 こんなことは周知の事実なのだが、他国の人間からみるとやはり異常な状況だったのだろうかと再考せずにおれなくなった。。そうして思えば、政治家の地位の軽さと、官僚たちの身分の堅固さには、天地ほどの開きがあるでないか。大臣はちょっとした失言で首が飛ぶけれど、官僚たちは国民の多数に犠牲者が出るような失政をしても、桁外れの税金の無駄遣いをしても、責任を取った者など誰もいない。しつこいマスコミに責められることもなく、攻撃もされない。まずもってニュースの画面に顔を出すことさえない。

 国会中継の大臣ときたら、官僚の作った回答なしでは答弁も出来ない無能さだから、オルフレンの言うように、政治家など官僚の手の中の駒に過ぎないということか。今太閤と呼ばれた田中角栄だって葬られたのだから、菅氏など、吹けば飛ぶような政治家だと高笑いしている官僚の姿が見えるような気がする。突然ちやほやされだした大阪の橋下市長だって、伏魔殿のような官僚機構に邪魔だと思われたら、気まぐれなマスコミによって半年も経たないうちに悪意と中傷の報道で息の根を止められるに決まっている。で、何か妙案がないかと思案するが、たかだか定年定職者の気まぐれ手帳だし、あるはずがない。
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