ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

国際大学長北岡氏の講演

2015-03-31 12:54:04 | 徒然の記
 赤い花なら 曼珠沙華
 オランダ屋敷に雨が降る

 ネットを見ていたら、こんな歌に遭遇した。昭和13年の歌というのだから、歌っている女性歌手の名前も顔も知らない訳だ。知らないけれど、無性に懐かしく、切ない思いがした。説明書きによると、満州から引き揚げる人々が口ずさんでいた歌だと言う。
復員輸送船「萩の船」の歌のように、誰に教わった訳でなく、周囲の大人たちの歌っていたものが幼い心に刻まれた・・・と、そうなのかも知れない。

 ソ連との国境にあるハイラルから日本まで、ソ連兵たちに目を付けられないよう顔に泥を塗り男のように頭髪を短く切り、母は私を背に負って引き揚げて来た。どうせ自分たちは生きて帰れないのだからと、子どもを欲しがる現地人(母は満人と言った)に、自分の子を渡している人が沢山いたと、母に聞いた。
そうした子どもたちが、いわゆる「中国残留孤児」だ。今では報道も無くなったが、ひと頃は、テレビでも新聞でも親捜しの番組が世間を賑わせていた。

 父がシベリアから復員して来たのは、私が4才のときだった。
戦争の恐ろしさや悲惨さは何も知らないが、それでもあの貧しかった戦後を、懸命に生きていた両親や周囲の大人たちの姿が忘れられない。この歌の哀愁を帯びたメロディーが、私の中ではそっくり当時の情景と重なる。「長崎物語」という題名の歌だと、本日初めて知った。

 美しい声で心に響く歌を歌うこの人は、とっくに亡くなっているのでなかろうか。
私の父も既に世を去り、94才の母がいつまで生きていてくれることか・・・・、そんなことを考えていたら、70過ぎの自分だってどこまで生きられるのか、命の儚さがそこはかとなく胸に迫る。

 戦争そのものを知らないとしても、私の中には「日本の戦後」が息づいている。
もう何年かしたらこの世とおさらばするのだから、あとは野となれ山となれで良いはずなのに、考えずにおれないのは、廃墟から経済大国へと大きく変貌した日本が、大切なものとして生きているからだ。子や孫たちが生きて行く国と思えば、なんでこのまま打ち捨てておけよう。

 さてそこで、北岡学長殿へお聞きしたい。
前置きが長くなったけれど、本題はここからだ。3月10日の千葉日報に、氏の記事が載っていた。言うまでもなく、氏は安倍総理の「戦後70年の談話」を検討する、有識者懇談会の座長でもある。

 「安倍首相に、" 日本は侵略した" とぜひ言わせたい。」「日本が侵略戦争をして、とてもひどいことをしたのは明らかだ。」
氏が講演の中で、こう述べている。

 ネットで調べてみたら、氏の専門は政治・外交史で、東大法学部教授から国連の日本次席大使となり、小泉・安倍・福田・鳩山という歴代総理の外交問題の私的諮問会議の委員をしたり、座長をしたり、とても華やかな経歴の持ち主だった。

 昭和51年の大学院卒業時に「日本陸軍と大陸政策」という論文を書き、これで博士号を取得したということだから、自分なりの信念で語っているのだろう。
そんな氏へ、愚鈍な一国民として私は素朴な質問がしたい。
「政権の中枢の場所に居ながら、貴方はなぜ総理にそんなことを言わせたいのですか。」「村山氏が謝罪し、細川氏が反省しているのに、これでも誠意が無いと中国に言わせるのは、いったい何が足りないのですか。」「ここでさらに安倍総理が反省して、いったい何が変わるのですか。中国の難癖には反論しないのですか。」

 「植民地獲得に邁進した欧米列強のやったことは、侵略ではなかったのですか。」「200年にも300年にもわたる侵略について、欧米の列強が一度でも謝りましたか。」「それなのに、なぜ日本だけに侵略したと、反省させたいのですか。」「国際政治の学者だというのに、貴方はどうして日本のことだけしか言わないのですか。」

 激昂する中国人みたいな詰問でなく、この切ない歌を聴いた気持ちの延長で、心を静めて問うてみたい。
昭和51年に書いた氏の論文の内容を知らないが、その頃にはマッカーサーの議会証言がまだなされていなかったのだろうか。「資源の無い日本は、侵略のため戦争をしたのでなく、自衛のために戦争した。」という、彼の言葉を無視したままで良いのだろうか。
 あるいは、米英ソ中が一つになり日本を戦争へ追い込んで行ったと、新しい事実が出て来ていても、貴方の意見には影響が無いのかと。聞きたいことが山ほどある。

 他国に心を売り渡した者の言葉には聞く耳を持たないが、私は日本礼賛一筋でなく、「日本についての事実」が知りたいだけの人間だ。何より大切な日本でも、正しくないことは認めず、間違っているのなら考えを訂正したい。(他人にはどう見えているか知らないが、自分ではそういう鷹揚な人間だと思っている。)

 私が惹かされているのは、「日本は普通の国を目指すべし」という彼の意見だ。国際平和への積極的貢献を言い、日本が再浮上するためには、「グローバルプレイヤーとしての国際挑戦である。」という主張だ。疑問が残るとしても、私の思いに重なる部分がある。

 興味深いのは、「中国が重視しているのは、謝罪や反省でなく、歴史をゆがめないかどうかということだ。」「謝罪が中心にあるという、マスコミの伝え方に違和感がある。」という氏の意見だ。「70年談話」がどんなものになるのか、期待したくもなる。

 「安倍総理は、グッド・アベとバッド・アベの時がある。」と、米政府の中で総理の二面性に戸惑う声が囁かれているというが、私の中では、「北岡氏の二面性」に戸惑う心がある。
「憲法改正などしなくても、解釈の変更で、自衛隊は東アジアでも西アジアでも、地球の裏側にだって行ける。」と、頼もしいというのか、乱暴というのか。先日読んだ小沢氏の著作を思い出させるので、どうしたって信頼の気持ちが生まれない。

  こうして氏の言動を中心に検討して見ると、似たような人物として、竹中平蔵氏が思い浮かぶ。
自信に満ち、どんな質問にでも即答し、常に自己主張する学者、というより政治的活動家・・・・。安倍総理は、なぜかこんな人間をブレーンとして重用する。共通項は、「アメリカナイズされた、思考方式の学者」であるということ。

 ここまでくると、もう私などの手にはおえない現実政治の領分となる。
今の自民党で憲法に取り組む政治家は、安倍氏以外にいないのだから、「敵の敵は味方だ」と腹をくくって見るしかない。戦後の東大なんて、左翼学者の巣窟みたいなもので、そこで取った博士号などたかが知れているのでないか。曇りガラスの眼鏡をかけ、日本の歴史を修正した総長や教授たちが沢山いたではないか。

 長い時間をかけて綴ったが、最後には悪口散々で、このブログこそがまさに「みみずの戯言」だ。
ここでもう一度「長崎物語」を聴き、今日のバソコンは終わりだ。明日から当分雨になるという予報だから、庭で草むしりでもするとしよう。

 鵺のような北岡学長殿よ、さようならだ。



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統一地方選挙

2015-03-28 15:36:33 | 徒然の記
 今年は、統一地方選挙の年だ。知事、県会議員、市会議員が全国で住民の審判を受ける。
玄関の郵便受けに、候補者たちのチラシがちらほら入るようになった。似たような公約ばかりなので、目を通すとそのままゴミ箱へ入れていたが、今日は心を入れ替えて真面目に読んだ。

 まず千葉県会議員西田氏のチラシだ。自民党の県議だから、日の丸の鉢巻きをしている顔写真だ。
小泉進二郎氏や森田知事と、笑顔で握手している姿の写真入りである。さてその公約は5項目。1. 経済の活性化 2. 農林水産業の振興と社会基盤作り 3. くらしの安全・安心の確立 4. 子ども・子育て世代への支援の充実 5. 医療・福祉の充実 
「元気印の西田が、全力投球します ! 。」と、キャッチフレーズが書かれている。

 次は維新の党公認岩井氏のチラシだ。ワイシャツ姿の顔写真がスッキリと写っている。
なかなかのイケメンで、活動する氏のスナップ写真で飾られている。公約として「重点政策」と「行財政改革」が掲げられ、中身がそれぞれ3項目と4項目に別れている。「重点政策」の中は、人材育成、印旛沼の水質改善と環境整備、脱原発の三つで、「行財政改革」は、身を切る改革、行政組織の改革、規制改革、財政改革の4つだ。こういうことなら、他の候補者のチラシも捨てずに採っておけば良かったのだが、要するに、彼らの公約はどれも立派で、異論を述べる箇所がどこにもない。

 県議会でどんな意見を述べているのか、日頃はどんな活動をしているのか、彼らについて私は何も知らない。国会議員なら、国会討論がテレビや動画で見られるし、朝日やNHKなどが報道する。自民党の議員にはこれでもかと批判をし、野党の議員なら愚かな意見でも尊重するという具合で、いやでも情報が入ってくる。

 国会議員より身近なはずなのに、県議や市議を判断する材料が私たちには何もない。信頼できるのか、いい加減なのか、確かめるすべがない。いち時期、「地方には保守も革新もない。あるのは住民の生活だけだ。」と、そんなことが言われて保革の相乗り選挙が常態化するようになった。
こうして実際に候補者たちの、毒にも薬にもならない似たような公約を見ていると、保守も革新も同じようなものだと、騙されてしまう。

 しかしそんな戯言は、そろそろお仕舞いにする時が来ている。たわごとなら、「みみずの戯言」のみで十分だろう。
今年に限って、なぜこんなに力をいれて地方選挙について語るのか。それにはちゃんとした理由がある。

 韓国から発せられる「慰安婦問題」が、今でもどれだけ私たちを傷つけていることか。
忘れもしない昨年の九月、地方議会の惨状をインターネットで知って驚いた。誇張と捏造と憎しみを込め、韓国が攻撃する「慰安婦問題」について、なんと全国で41もの地方議会が「日本非難決議」をしていたということ。

 朝日新聞が記事の間違いを発表したと言うのに、41議会の幾つが決議文の破棄をしたのだろうか。
愚かしい地方議員の決議が、どれだけ韓国を元気づけ、国内の反日・売国の徒たちを利したか・・・・・。だから、地方議会で保守も革新も無いなんて、そんな世迷いごとは言っておれないのだ。

 41議会の決議のうち、35件は民主党が政権を取った平成21年から24年の間になされたものだ。
先ず市民団体が騒ぎ、民主党と共産党がこれを議会で取り上げ、公明党が賛成して「日本非難決議」が成立する。決議文のひな形が用意されていて、どこの議会のものも同じ文章になっている。

 慰安婦像の建てられたアメリカでは、現地の日本人の子どもたちが虐められているというのに、地方議会の議員たちはそんなことには無関心だ。
国を大切にし、国の未来を考え、子どもたちの教育をと力説するのなら、まして日本の議員なら、どうして「日本非難決議」などを安易に成立させてしまうのか。

 相変わらず、顔の無い公約を並べる地方議員の愚かしさを、私は批判したい。
そしてこんな阿呆どもを当選させる、阿呆な選挙民にはなりたくないから、ブログにした。他人はどうであれ、私は「公言実行」するため、自分を律するため、ブログを作る。議員たちにも、キチンと自己表示をしてくれと注文をつけたい。

 私の結論は決まっている。
判断できる情報のない「議員個人」には、投票しない。「党に一票をいれる。」・・・・・、今はこれしかない。
入れる党は、自民党か、次世代の党か、それしかない。自民党にも反日・売国の議員がいるが、・・・・・・無念でも今はこれしかない。

 

 

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小沢氏の「日本改造計画」

2015-03-24 18:52:59 | 徒然の記
 小沢一郎著「「日本改造計画」」(平成5年 講談社刊)を、読み終えた。
氏は昭和17年岩手県に生まれ、42年に慶応大学を卒業し、昭和44年に史上最年少で衆議院議員に当選した。

 「日本を普通の国する。」という氏の主張に惹かされ、民主党に合流した当時の彼を私は応援していた。
それなのに、氏は反日と売国の政治家たちに同調する姿勢を顕著に見せ始め、次第に幻滅を覚えさせるようになった。だからどうしても一度手に取り、確かめてみたい彼の著書だったので、廃棄図書の中から探し当てた時は嬉しかった。

 民主党が政権にいた頃の彼は、総理大臣より力を持ち、百人を超す議員や取り巻きたちを引き連れて中国で笑顔を振りまいた。陛下と習近平との会談をセットするため、陛下のスケジュールまで変更させるという不遜な横車も押した。
慰安婦問題で日本を貶めている韓国を訪ねても、肝心なことには触れず、お世辞と追従で終始した。そんな彼が、どんな対米観を持っているかとページを繰ると、これがまたアメリカへの屈従だった。

 「日本は国防の基本方針の第一項に、国連中心主義をうたってはいるものの、実質的には日米安保体制のもとに、独立と平和を保ってきた。自由、基本的人権の尊重といった価値観も、日米は共有している。この点から考えても、国際平和維持のための貢献はアメリカと緊密に協調して行うべきである。」

 国際紛争の解決に日本が軍事的貢献をしないのは、「日米安全保障条約へのただ乗り」であり、許されないと言う意見だ。彼の根本には「米国との強固な協力関係の持続」という不動の考えがあり、ここからすべての主張が展開されていく。

 さてそこで、彼が言う「日本を普通の国する。」ということの中身は、どんなものであるか。
「実際には、どのようにして国際社会の正義と秩序を維持していくのか。それは世界の国々が加盟し、かつ唯一の平和機構である国連を中心とする以外にない。」
「自衛隊を国連待機軍として国連に提供し、その平和活動に参加することは、憲法前文の理念、第九条の解釈上可能であるだけでなく、むしろそれを実践することとなる。」
 戦争放棄の憲法を改正することが難しいのなら、自衛隊はそのままにし別組織の軍隊を作れば良いと言う理屈だ。

「この活動は、第九条が禁じている国権の発動、つまり日本独自の判断による海外での武力行使とは、形式上も実体上も明らかに異なる。二つは厳格に区別して考えなければならない。」

 得意そうに述べるが、別組織として作られ国連に提供された軍隊とは、いったい何であろうか。
他の国々の軍隊は役目が終わると祖国へ戻り、自国の軍隊に再編入されるが、日本の軍隊には戻る場所がない。武力行使の出来る軍隊が、先守防衛しか出来ない軍隊と混在できる訳がない。帰るべき祖国のない軍隊など、世界の何処にあるというのか。所属する指揮官や兵士たちの士気は、どうなっていくのか。

 氏は簡単に「国連に待機軍として提供する」と言ってのけるが、提供された軍人は祖国から捨てられた棄民ではないのか。
軍人を軽視する彼は、指揮官や兵士の人格や人権やその家族たちの怒りや悲しみにどう向き合おうとしているのか。こんなことで、日本が普通の国になれるという彼の頭は正常なのか。

 世界のどこにもないような軍隊を作り、国連に提供するなど、そんな国のどこが普通なのか。異常で奇怪としか思えない考えを、彼はどうして世間に発表したのか。

 中国が尖閣諸島を侵略し、沖縄を侵犯したとして、果たして国連は軍隊を派遣してくれるのか。
常任理事国に中国がいることを思い浮かべるだけで、国連があてにならないことが素人にだって分かる。竹島を占拠し対馬まで自国のものだと言い出している韓国にも、国連は何もできない。捏造の慰安婦問題にだって、韓国のいいなりに日本を糾弾したのは、国連の委員会そのものだったではないか。

 まして事務総長が潘基文となれば、日本への理解や共感などカケラも期待できない。
 剛腕の政治家と呼ばれ、政界の実力者と持ち上げられた彼なのに、国連へのここまで素朴な信頼はどこから生まれているのだろう。私もいい加減お人好しだが、国連に対する少年のように愚かな彼の信奉ぶりは驚きとしか言いようがない。

 本が発行された時の状況を何も知らないが、当時の世間はどんな評価をしたのだろう。不思議でならない。

 私の本棚には吉田茂の「日本を決定した百年」と、田中角栄の「日本列島改造論」がある。小沢氏の本を読む前は、彼の著作も並べるかと思ったりしたが、今はもうそんな気は微塵もない。

 毀誉褒貶が沢山あるが、吉田氏も田中氏もやはりひとかどの人物であり、一級の政治家だった。本の中身には、それだけの重みと気迫と説得力がある。
小沢氏の本は彼らの著作と並べるには、レベルが違いすぎる。とても恥ずかしくて、私にはできない。一番いいのは、何時ものように、「有価物回収の日」のゴミとして処分することだろう。

 「小沢一郎と山本太郎とその仲間たち」なんて、どこの世界にこんなふざけた名前の政党があるのだろうか。
共産主義革命を暴力ででも遂げようとしているのが、「その仲間たち」の実態だ。過激派学生の成れの果てと、辣腕保守の成れの果てとが結びついて、いったい何をしようというのか。

 市場開放、規制撤廃、外国人労働者の大量受け入れなどなど、この本の後半には安倍総理と似た主張が述べられているが、現在の彼は何もかも安倍総理のやることには反対なのだから、支離滅裂の政治家だ。

 私のブログは「みみずの戯言」だが、さすがに「小沢のたわごと」には負けてしまう。正直な気持ち、これ以上彼にはつき合っておれない・・・・・。

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政治は途方に暮れている

2015-03-13 17:03:54 | 徒然の記
 内山秀夫氏著「政治は途方に暮れている」(平成6年刊 NHKブックス)を、3分の2まで読んだ。
昭和15年生まれだから、内山氏は私より3才年上だ。敗戦の年に2才だった私の記憶は朧げだが、氏にはハッキリ心に刻まれるものが多いのだろう。
この時期の3つの差は、二十歳以降の差とは比較にならない違いがある。

 だが、これ以上氏の著作を読む意義があるのだろうかと、私は手を休めて考えている。
慶応大学の元法学部教授だった氏は、現在新潟国際情報大学の学長をしている。知識人を自認する彼は、もちろん沢山の本を読まれている。アメリカの政治学者k・ヴォリス、R・ダール、ダニエルベル、あるいはアメリカの経済学者K・ガルブレイス、ウォーラースティンなどの著書が彼の主張の根拠として沢山引用されている。

 ルイス・ベネディクトやマックス・ウエーバーなど、おなじみの学者の言葉も彼の意見の飾りとして使われている。
日本で良く知られた丸山真男氏や姜尚中氏の言辞も出てくる。しかしこうして、権威で賑やかに身をまとう彼の印象は、私みたいな市井の庶民にすれば、氏には不本意だろうが、かって吉田氏が切り捨てた「曲学阿世の徒」に重なってしまう。

 挿入句や修辞の多い氏の文章は、学生時代にカントやヘーゲルを読んだ時の困惑を思い出させた。
難解であることが知的レベルの証と思っているのか、分かる奴だけが読めば良いという傲慢さなのか。これもまた、学生時代に敬遠せずにおれなかった左系の友を思い出させてくれた。

 だから共感とか、親しみとか、そう言うものは覚えられず、読み進むほどに心が離れていった。
「ミャンマーや韓国の民主化への努力が、私たちに感動を与えるのは、そこでは政治が死んでいないからに違いない。」かの国々の政治の混乱を見て、大変なことと同情はしても、感動なんてどこからも生まれない。明治以降の日本の指導者をこきおろし、戦前と戦後の政治家や国民を断罪する彼が、他国にはこんなことを言うのだから唖然とする。

 同じ現象を目にしていても、頭の回路が違っていると、出てくる考えは反転するのだと、氏の著作が教えてくれた。
私が否定する現行憲法についても、彼は思ってもいない主張をする。しかも自分の言葉でなく、韓国人なのか中国人なのか、そんな知識人の言葉の引用だ。

 「日本国憲法の第九条は、敗戦国の烙印ではなく、日本国の自らの選択によるものであり、このような憲法こそ、時代を反映してリードする先進性を持つものであり、そしてこのような憲法を持つ国こそ、普通の国のあるべき姿を世界に宣言する、もつとも良い方法ではないか。」

 いや待て、彼は本の最初のところで、自分の言葉で憲法論を述べている。思い出したので、そのページを探して転記する。
「私たちの理想とは何か。言うまでもない、それは私たちの憲法である。" 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。" この憲法以外に、私たちに理想はない。」

 内山氏はドイツの初代大統領だったヴァイツゼッカーの言葉を、金科玉条のごとく重用するが、先の大戦でドイツと日本のやったことの違いが、彼のような知識人にどうして識別できないのか。あの時ナチスドイツは、ユダヤ民族の地上からの抹殺を本気で考え実行した。彼らが謝罪したのは戦争についてでなく、ユダヤ人虐殺への反省であると、今では多くの人が知っている。本当に氏は知識人なのかと、首をかしげてしまう。

 信じられない氏の主張だが、無視したり軽蔑したりするだけで済まされないと今は理解している。
こういう意見が日本では決して少数でないことや、自分で良心的と思っている国民を惹き付けていることなど、笑えない事実を知っているからだ。先日「九条の会」で挨拶した大江健三郎氏の話も、内山氏とすっかり似ていたし、皇后陛下までこんな妄言に同調されている。

 彼らから見れば、私は右系の軍国主義者で歴史の修正主義者となるのだろうが、私にすれば、彼らこそが左系の反日であり亡国の徒なのだから、お互い様というものだ。

 現行憲法を守ろうとする人間に、中国や韓国や北朝鮮が攻めて来たらどうすると聞いてみたら、
「逃げる。」「そのまま殺される。」・・・・・など、およそ信じられない言葉が返ってくる。大切な子供や妻や、親や兄弟が目の前で惨殺されても、自分だけ逃げるという考えにどうしたらなれるのか。

 「右傾化した日本人より、中国や韓国人の方が親しみ易いし、第一彼らはそんなことはしない。」と、何を根拠に言うのか、こんなことまで喋る。
内山氏が著作で述べているのでなく、テレビや雑誌で著名と言われる反日の日本人の言葉を追加してみただけのこと。しかし、氏の主張を展開して行った果てには、こうした亡国の意見が待っている。

 あとは省略するつもりだったが、ついでに追加しておくと、氏の目標は日本の「真の国際化」であるらしい。さて、その国際化とは、日本が日本の独自性を捨て、米国やイギリスや中国といった他国とスッカリ同じ思考回路になることだという。
いったいそんな国が世界のどこにあるのか。馬鹿も休み休み言えと、本気で怒りたくなる。

 ・・・・だから、この本はここいらで止めるがいいのだ。どうみたって愚かしい理屈の遊びにしか見えないが、真面目な氏が本気で、真摯に、著作を書いているから、そこに敬意は表しておこう。燃えるゴミとして鼻紙や野菜クズと一緒に捨てた本多勝一の本と同じには扱わず、有価物回収の本に混ぜて出すとしよう。
それだって、行き着く先は再生の段ボールか、トイレットペーパーだろうから、それで妥当な気がする。
 


 肌寒いけれど、陽の光が暖かく優しい。庭のサクランボの花が開き始めた。どこから来るのか、愛らしいミツバチが10匹くらい花の周辺を飛び回っている。満開になったら、群れ飛ぶミツバチの羽音がさぞかし賑やかなことだろう。さくらんぼが沢山熟れたら、今年もジャムと果実酒を作るとしよう。

 本のことなんて、忘れてしまう楽しい期待。これでなかったら、とても庶民は生きていけない。愚鈍であることの有り難さよ。内山氏みたいな知識人でなくて良かった・・・・・。



 
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自民崩壊の300日

2015-03-10 11:49:16 | 徒然の記
 読売新聞社政治部編「自民崩壊の300日」(平成21年 新潮社刊)を、読んだ。
安倍、福田と、一年ごとに総理が辞任し、次の麻生政権になり、これがまた短命内閣となった。民主党が意気盛んな頃の話だ。政治でなく政局の裏話で、新聞社の政治部というのはこんなことまで知っているのかと、改めて感心させられた。

 リーマンショックという大嵐が到来したとは言え、思えば不運な麻生総理だった。高級官僚と手を携えて政治家が税金をむさぼり、当時の自民党の腐敗は酷いものだった。景気の先行き不安から国民が財布のひもを締めている時だというのに、腹立たしいまでの浪費が衆目に曝された。目に余る政治家と官僚の杜撰な金銭感覚が国の土台を腐らせ、「権力は腐敗する」という言葉の真実を、そのまま国民に知らしめた自民党だった。やり場のない怒りが民主党への期待となり政権が交代したと、今でも私はそう思っている。

 だが、本題はそんなことではない。河野洋平氏の国会喚問についてだ。
慰安婦問題に関し、韓国に譲歩する官房長官談話を出した彼に怒り、ブログで何度か国会への証人喚問を私は主張した。あの時この本を読んでいたら、あれほどの単純さで書けただろうかと、思わされた。河野洋平氏がいったいなんだと、そんな思いで彼を攻撃したのだが、政権党から転げ落ちそうだった自民党の中で、安倍、福田、麻生政権を通じ、河野氏がどれだけ力を尽くしていたか。

 森元総理や与謝野氏や福田氏や、あるいは公明党の政治家たちと行動し、彼に恩義を感じている政治家が政権中枢に沢山いることを知った。
そうなれば彼の国会喚問など、自民党と公明党に認められるはずが無く、反日の民主党だって反対なのだから土台無理な話だった。もし私のブログを目にする記者がいたら、読売はおろか、朝日だって毎日だって、「何も知らない奴がほざいている。」とあざ笑ったに違いない。「知らぬは庶民ばかりなり」で、まさに「目くら蛇に怖じず」の言葉どおりだったということ。

 この本を読んでいたからと言って、河野談話を出した彼への怒りは変わらないが、あんな単純さでブログの意見を書かなかっただろうと、そういう反省である。
こうして読書を重ねていけば、沢山新しい事実を知るのだろうし、その度に過去を振り返るのであろうが、分かっちゃいるけど、止められない・・・・・。
これも生きるということなのだろうから、そう言うしかない自分だ。

 晴れたり曇ったり、しかし春は確実に近づいている。硬い土の下から、ユリの新芽がかすかに頭を出している。小さいけれど、これが庶民の希望であり喜びであるということか。

 
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農協の改革

2015-03-05 15:57:38 | 徒然の記
 全国農業協同組合中央会、いわゆるJA全中の組織改革につき、さかんに報道がなされている。
小泉総理の郵政改革と同じような印象で、テレビや新聞をいくら見ても読んでも、正しいのか、いかがわしいのか、さっぱり要領を得ない。

 郵政民営化の理由は、税の無駄使いを無くすというものだった。300兆円もある郵便貯金が、官僚や族議員たちの手によって財政投融資の資金に変じ、特殊法人へ渡り、無用の箱物や道路が造られていると、そういうものだった。
あちこちに作られた豪華なレジャー施設で閑古鳥が鳴き、田舎の立派な道路や飛行場には利用者が無かった。そしてみんな赤字。大切な税金をよくもまあ、こんなに浪費したものと、国民はこぞって小泉総理に賛同した。

 そして今、郵政改革が実現したというが、どんな結果になったのか、税の無駄遣いが減ったのか無くなったのか、国民には分からない。あんなに騒いだマスコミも、ただ記事を氾濫させただけで何のフォローもしない。誤報や捏造などは、果たして慰安婦問題の報道だけだったのかとそんな気にさせられる。

 日本の農業を活性化するため、全国農業協同組合中央会が障碍になっている。このままでは農業の未来が開けないと、安倍総理が力説する。農協が農家のためになっているのかと、疑問になる事実は次のごとしだ。

 JA全中には農産物販売事業、銀行と同じ金融事業、保険会社と同じ共済保険事業がある。金融事業をする全中金の総資産は、国内最大の三菱UFJグルーブには及ばないが、りそなホールディングスの45兆円を凌駕する83兆円と言われる。しかも農協の会員は専業農家である正規会員より、金融・保険を利用する非正規会員の方が多数を占めている。割合で示すと、正規会員46%、非正規会員54%ということで、誰のための組織か、農業振興の目的はどこへ行ったのか、当事者たちにも分からなくなっている。

 最近増えてきた大規模農家にとって、JA全中は農業の発展を阻害するやっかいな壁となっているらしい。
やる気のある大規模農家の多くは、採算のとれる経営を工夫し、費用を抑えるため安い肥料や農機具を購入する。適正価格で売るため自分で販路を開拓し、消費者に直結しようとする。

 こうした農業者に、JA全中は少々高くても肥料や器械を農協から購入しろと文句をつけ、農協を通さず農産物を流通させるなと苦情を言う。言うことを聞かないと、政府からの補助金交付やその他もろもろの施策につき、不利益となる仕打ちをするらしい。

 下部組織である地域農協から毎年80億円もの上納金を集め、国会周辺での数千人規模のデモ動員や、政治家への選挙支援活動、あるいは気に入らない政治家への反対活動などに回しているというのだから、驚く。自民党も恐れる圧力団体だというのは、世間周知の事実である。

 平成8年に出版された土門剛氏の著作「農協大破産」という本を読むと、更に驚くことが書かれていた。
バブルの末期に住専への融資を増大させ、結果として2兆5000億円の損失を出し、これを全額税金の投入で補ったという不正行為だ。当時の農林中金の理事長だった森本修氏が、農水省経済局長だった堤英隆氏と一緒になって実行させた乱脈融資で、銀行なら頭取以下が経営責任を取らされ、刑事被告人となっているはずの事件だという。

 高級官僚と天下りの役人と、周りに群がる政治家やいかがわしい事業家たちが共謀して、税金を個人的に濫用したという事例だが、こんな本を読まない限り、誰も知らない話だろう。

 こうした「腐れ縁」の組織を指して、総理は「岩盤の規制」と抽象的に表現したのか。
金の絡んだ組織はまさに岩盤であり、これにドリルで穴を空けるというのなら、なるほど竹中平蔵氏のような人物を使わなくては出来ない話だ。百戦錬磨の役人や政治家が相手なのだから、総理の側だって理論と計画で身を固め、冷酷非情に突進する人間が必要と理解する。

 農協も改革して良いし、役人の介入も減らして良いと、総理に賛成するものの、小泉氏の例があるため強い不信が残る。「国益」のために改革をしているのか、「アメリカの圧力」に屈しているだけなのか。そこの疑問が解けない。TPPの妥結に向けオバマ大統領が懸命になり、大統領夫人まで訪日させるという話が出てきた。

 慰安婦問題でも、尖閣の問題でも、総理を支援せず、韓国や中国に擦り寄ったオバマ氏への怒りと嫌悪が、私には残っている。
総理への冷遇は、そのまま日本国民への冷遇であるから、どうしたってオバマ氏に好感が持てない。
腐臭の漂う国内の「岩盤組織」も腹に据えかねるが、本当の敵は軍事力と経済力に任せ「弱肉強食の国益」を押し通す国際社会だ。つまり現時点では中国であり、アメリカであり・・・・・、ということだ。

 何度でも言うが、私が総理を支援するのはただ一点、「憲法改正」だ。
それはアメリカや中国や韓国などが言う、歴史の修正でなく、歴史の見直しなのだ。自分の国だけが極悪非道の犯罪国家だと、そんな歴史観を脱ぎ捨てるための、憲法改正である。何もかも日本が正しかった、神国日本の再建だと、そうした人々とは一緒にして欲しくないものだし、そんな人間が多数であるとは思っていない。

 頑迷固陋の右翼なんて、頑迷固陋の共産党親派と同様、社会での必要悪であり、少数派であると信じている。
それを信じさせてくれる平和な日本に、心から感謝する本日である。

 有り難いことに、春らしい晴天の空になった。枝先の莟も、ふくらんできた。

  
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苦界浄土

2015-03-01 21:47:25 | 徒然の記
 NHKの古いドキュメントを見た。「知の巨人」というシリーズもので、石牟礼道子氏の記録だった。
水俣病を告発し、患者と共に暮らし、代表作「苦界浄土」は文明の鎮魂歌と評されている。名前だけ聞いていて作品を読んだことがないので、どういう人物なのか見当がつかない。

 番組を見終えても、このドキュメントが何を伝えようとしているのか、自分には理解できなかった。
チッソという会社への告発なのか、企業社会への怒りなのか、あるいは国や政府や地域社会への警鐘なのか。番組の意図するところが分からなかった。氏の作品を読めば一目瞭然なのだろうから、いつか読んでみよう。

 そして今日は、チャンネル桜の「キャスター討論」という動画を見た。
最近何度も作られている「田母神氏の金銭疑惑」に関する動画だが、どうして水島氏は、ここまで田母神氏を追いつめるのか。

 私には、水島氏の正論の空虚さだけが伝わってきた。この動画もまた、NHKのドキュメント同様に趣旨がよく分からなかった。
朝日新聞の誤報を糾弾し、沖縄の現状を伝え、左翼の反日と売国ぶりを報道するなど、チャンネル桜と氏の功績を大とするが、それにしても昨年来の田母神氏関連の動画には合点がいかない。

 自分と違う道を行く人物だと分かったのなら、袂を分てば十分だろうに、水島氏は政治家としての田母神氏を葬り去ろうとしているかのようだ。
都知事選の折、乏しい年金から田母神事務所に献金したが、政治活動に寄付したのだから、金がどう使われようと私は気にしない。一億円くらいの金で騒ぎ立てるのかと、むしろ水島氏の度量の無さに失望した。政治家は金まみれの苦界で自分と闘い、その中から本物が生まれるのだと思っているからだ。

 何も知らない第三者にまで、田母神氏の私事を語り、わざわざ離反させるようなことをする必要があったのか。
提供される動画の情報しか知らないが、最初に田母神氏のマイナー情報を伝えたのは、水島氏だったかと記憶している。都知事選後に水島氏から離れ、新党を作るという田母神氏に苦言を呈する動画だったような気がする。

 今回は田母神ガールと呼ばれたチャンネル桜の女性キャスターたちを集め、田母神氏の金銭疑惑を語り、彼女たちに意見を求めるという詰まらない動画だった。
高清水氏を除けば、他の女性キャスターたち、葛城、佐波、SAYA氏らは、田母神氏への敬意の念が残っていた。彼女たちが少しでも弁護するような口調になると、すかさず水島氏が反論し、窮した彼女たちが涙ながらに答えるという、実に情けない内容だった。

 そして今、私は朝方に見た石牟礼氏の句を思い出す。

    祈るべき 天と思えど
      天も病む

 先日のブログに書いた皇后陛下も、水島氏も田母神氏も、私みたいな者から見れば、遥か彼方の天にいるような人間だ。
別に尊敬とか、崇拝とか、そういう思いはないが、事実はハッキリしている。「みみずの戯言」を細々と書くしか能のない年金生活者には、手の届かない人々だということ。

 人間が病んでも、天が病むとは思わないので、石牟礼氏の言う「天」は、人間たちが作り上げた制度とか、組織とか、そこに所属する者とかを指しているのではないかと、そんな気がする。今の自分の閉塞感というか、たまらない空しさというのか。石牟礼氏の句が、代弁していると思えてならない。
 寒々とした雨の降る、うっとうしい一日だった。天気までがこの重苦しさに参加し、私の心を包み込むというのか・・・・・・。コンチキショウめ。

 





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