ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

昭恵夫人 活動自粛か

2017-03-31 11:49:42 | 徒然の記

 本日3月31日の、千葉日報の記事です。

 なんだ今頃かと腹立たしくなるような、やっとそうなったかと安堵するような、なんとも言えない記事でした。報道によりますと、4月1日に予定されていた、静岡市での講演会を中止し、各種イベントへの出席も相次いでキャンセルし、自身のフェイスブックの更新も止まったままだと言います。

 3月24日の北九州市の講演では、「お騒がせしています。」と涙ぐみ、殊勝な弁明をされていました。具体的な内容は忘れましたが、夫人が語っていましたのは、自分はこれまで社会のため一生懸命頑張ってきました。これからも、社会のため、人々のため、心から尽くしていきたいと、そんな挨拶でした。

 社会のため、人のためなら、彼女が何もしないことが一番なのだと、多くの人間が考えているのに、分かっていないのが、ご本人でした。呆れて、匙を投げてしまいました。

 ですから、今日の記事を読み、本当に安堵しました。蟻の一穴といいますが、昭恵夫人はまさにこの蟻です。取るに足らない小さな一匹なのに、時と場所の塩梅では、堅固な堤防すら決壊させます。こんな庶民の言い古された格言も知らず、社会のため人のため、何ができると思っているのでしょう。

 国難を招く、浅はかな女性の善意ほど恐ろしいものがありましょうか。

 現在の日本には、浅はかな善意で国難を招く人物が、二人存在しております。一人が昭恵夫人でしたが、残るお一人は、赤い美智子様です。来月の報道では、是非とも次の見出しを記事として見せて頂きたいものです。

   「美智子様、 活動自粛か。」

 

   追記  私の元に、注意する人が現れました。

    「二人でなくて、四人でないのか。」「福島瑞穂と辻元清美を忘れていないか。」

     というご指摘です。この二人は、「浅はかな善意」でなく、「憎しみと悪意」で国

     難を招いていますので、ご注意の内容が間違っております。

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派閥

2017-03-30 18:31:00 | 徒然の記

 内田健三氏著「派閥」(昭和58年刊 講談社現代新書)を、読みました。氏は大正11年、熊本県に生まれ、東大卒業後に共同通信社へ入社し、政治部記者として活躍しています。

 退社後は、法政大学の法学部教授となり、岩波書店や有斐閣から、戦後政治に関する著書をたくさん出版しています。先日読んだ「小説吉田学校」の著者戸田氏と同年輩で、政治部の記者だった経歴が似ています。

 表題の通り、敗戦後を中心とする派閥の状況が、詳しく書かれています。戸田氏の著作との違いをあえて述べますと、内田氏の方が冷静な叙述をしているところでしょうか。「小説吉田学校」は、時々退屈させられましたが、今回は最後まで読みました。戸田氏にしても、内田氏にしても、自分では保守を自認していますが、私には疑問でなりません。

 両氏とも、政治家の言動を詳しく語りますが、日本という国の置かれた状況や、敗戦についての思いなどは述べていません。両氏は優秀なジャーナリストだとしましても、私には、無国籍の政治記者としてしか、写りませんでした。貴重な事実を教えられましても、魂の抜け落ちた知識の洪水だったと、そんな印象です。お金になる特ダネを求め、読者が飛びつきそうな情報を手に入れる、それだけが目的でしかない政治記者たちの特性が、今でもマスコミを支配しています。両氏は記者の特性を継承し、発展させた大先輩となるのでしょうか。 (私には、苦々しいばかりですが。)

 政治記者の性格をよく表している文章がありますので、参考のため、転記します。

「昭和31年の、岸、石橋、石井、の総裁争いで、」「報道各社の派閥担当記者が、それぞれの派閥と、その領袖に深入りする傾向は強まっていた。」「それが35年になると、五派から五人の総裁候補が乱立する激戦となり、」「記者相互間の対立意識、偵察合戦もエスカレートするに至った。」

「このころようやく到来したテレビ時代が、これに拍車をかけた。」「ある局の番組で、派閥担当の記者たちが座談会をやったが、」「各派を代弁する主張や、宣伝合戦がエキサイトしてくると、」「わが派閥が一番つよい、」「いや君の派閥のやり方は汚いと、」「口角泡を飛ばす泥仕合となった。」「政治記者の派閥癒着として話題を呼び、批判を浴びた現象であった。」

「もっとも派閥抗争は、あらゆる手段・方法を駆使して、」「総理総裁の座を奪い合う権力闘争である。」「領袖が政治記者を手なづけ、他派の情報をキャッチするアンテナとして、」「または自派をPRするスピーカーとして、最大限に利用するのは当然だろう。」

 小選挙区制が導入されて以来、自民党内の派閥は消滅しましたが、政治記者たちは消えていません。彼らは各政党の実力者たちに張り付き、彼らと癒着して活動しています。ここで私が理解しましたのは、こんな記者たちの書く記事を、今も私たちは読まされているという現実です。「不偏不党の客観報道」「報道は社会の公器」「真実を届ける報道」などと、インチキ臭いマスコミが威張っていますが、本音は内田氏の言う通りなのでしょう。私たち国民は、やはり賢くならなくてはいけません。

 さりとて報道を全否定すれば、何の情報も得られなくなりますから、「おれおれ詐欺」と同じです。自分が騙されないように用心し、沢山の情報を判断をすれば良いのです。自民党内に昔のような派閥はありませんが、主義主張の似た者のグループは存在しています。ですから、派閥について氏が語る、次の言葉はとても貴重な叙述です。

「派閥には、個人の一生とよく似た、誕生から成長期、」「成熟期を経て、老化・死滅に至るリズムとサイクルがある。」「派閥はその領袖が、政権を目前にした時期に、」「もっとも活気と行動力に満ちており、政権獲得とともに、最高最大の勢力を維持するが、」「同時にそれは、熟成・充足の極点で静止し、」「安逸に陥る危険に直面する。」

「そして政権派閥の座を降りた瞬間から、」「衰退どころか、分裂、解体、消滅の危機を迎えることになる。」「派閥領袖に政権獲得の可能性がなくなり、」「後継実力者の育成や登場が困難とみられるにいたるや、」「派閥は音を立てて崩れることになるのである。」

 敗戦後、派閥は吉田茂氏と鳩山一郎氏から出発し、闇将軍といわれた田中角栄氏を支え、数々のスキャンダルの種を提供してきました。少年時代から、朝日新聞の記事や写真で覚えている政治家たちですから、興味をもって読みました。しかし何度でも強調しておきたいのですが、内田氏も戸田氏も、政治記者という割には、日本の政治家を低次元で見ているのではないかという、違和感が捨てられないことです。

 敗戦後の日本をここまでにした政治家たちは、果たして氏が言うように、権力の座を獲得するため、金と欲に絡み、激しい政争だけをやってきたのか。そのもうひとつ向こうに、政治家たちの祖国への愛や、国民への熱い思いが、皆無だったのか。金銭と権力の亡者としてだけ政治家を語るのは、語っている者の人格の矮小さでないのかと、そう思えてなりません。

 たかだか敗戦後、70余年ではありませんか。完膚なきまで壊滅させられた日本です。幸いにも戦後の貧困だけは克服し、つい先日まで、世界第二の経済大国と言われるほどの立ち直りでした。自民党の派閥の領袖たち、つまり歴代の総理・総裁は、「衣食住足って礼節を知る。」を優先し、国民生活の安定ため、力を尽くしてきました。「日本人の魂」の問題まで手を伸ばすには、戦後の70年では足りなかったのだと、私は、やっとそう思えてまいりました。

 これからが、第二ステージです。「日本人の魂を取り戻す」、別の言葉で言いますと、「日本の独立を取り戻す」ということです。

   1. 自分の国を自分で守る。

 2. 他国の軍隊の基地を国内からなくす。

 3. 自分の手で憲法を作る。

 これが、独立国としての条件です。ここに思いを致さない政治記者を、私は保守とは認めません。優秀でありましても、有能でありましても、敏腕記者と賞賛されましても、「日本の独立」を語らないのでは、目の抜けたダルマさんでしかありません。

 派閥の闘争から抜け出したのですから、自民党の保守議員は、第二ステージに向かって、国民の先頭に立ってもらいたいものです。決して安逸を貪ってはなりません。日本の行く手を阻んでいるのは、中国・韓国・北朝鮮ばかりでなく、ロシアも、アメリカも、欧州諸国も同じです。

 国内では、こうした敵対国と意を通じた反日の野党が、自民党政権の弱体化を狙っています。肝心要の皇室の中にすら、第二ステージへ向かう国民の願いを足蹴にするお方たちがおられます。つい先日まで、安倍氏は自民党内で少数派でしたし、家庭内野党である夫人は、連日の報道にあるごとく、その役目を立派に果たされています。国内外ともに多難な折なので、気に入らないことが多々ありましても、今しばらく、安倍政権を見守りたいものです。

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真の野党なら

2017-03-29 23:23:35 | 徒然の記

 安部総理の政策の中で、一番ひどいのが、外国人の移民促進策です。今晩は、昨日何気なく読んだ、私と危機感を共有する方の、「万国時事周覧」というブログから、そのまま引用させていただきます。

「厚生労働省は、2017年度から外国人技能実習の受け入れについて、優良な団体に限り、受け入れ期間を、従来の3年から5年に延ばすそうです。」「この他、政府は、国家戦略特区に限定しているとはいえ、外国人の就農を解禁する方針と報じられております。」

「外国人の就農については、将来的には、地域の指導者となることを想定しているといいます。」「ゆくゆくは、外国人実習生の滞在期間を、国籍法における帰化要件を充たす5年まで延長する案もあるそうですが、一体、日本国の移民政策を推進しているのは誰なのでしょうか。」

「日本国民の大半は、移民政策には反対しておりますので、推進者が国民ではないことだけは確かです。」「政府の手法を見ておりますと、(1)省令やガイドライン等の改正といった省内手続きを用いることで、国会でのオープンな議論や立法措置を回避する。」「(2)複数の関連する法律を順次に改正し、これらの連鎖的効果の結果として外国人労働者や移民受け入れを拡大する。」

(3)民間事業者に対して受け入れを奨励し、かつ、受け入れ制度の拡充を図る。」「(4)政府が率先して外国人受け入れを既定路線として敷くことで、国民の抵抗感を軽減させる…など、できる限り国民に悟られないよう、“裏口”的な手法が目立ちます。」「言い換えますと、国民の反対を百も承知の上で、政府は、巧妙な手口で移民受け入れを秘かに推進しているのです。」

 マスコミがほとんど報道しないので、一般国民には、分からない間に進められている、恐ろしい政策です。ブログ主は、婉曲に「誰が推進しているのでしょう。」と述べていますが、私は遠慮なく言います。それは、「美しい日本を作る」と、素晴らしいことを述べている安部総理が、推進していますと。

 移民の受け入れを進めていけば、どうなるのか。美しい日本どころか、やがて、間違いなく、憎しみと殺し合いの日本が生まれます。考えてもみてください。現在いる、たかだか60万人の、不法滞在の在日だけでも、朝鮮学校や慰安婦問題など、どれだけ日本人は傷つけられていると言えば良いのでしょう。危機感のない政府を良いことにし、今では在日の彼らが選挙権まで与えよと要求しています。もっと言えば、二重国籍のままで、政治家のバッチをつけている議員たちが、国会で在日を支援しているのです。

 在日中国の留学生と称する若者たちにしましても、本国の指令を受け、日本で政治活動をしています。長野オリンピックの時の、暴力デモを私は今も忘れません。あるいは私企業にすぎないアパホテルに対し、この留学生たちは、東京の街頭で非難デモをするなど、中国政府の指令でやっています。敵対する在日による、中・韓・北の、政治活動は今も放任のままです。

 国民生活の安全を忘れたまま、安部政権は、低賃金の労働者を確保するため、企業家たちの言い分を認め、移民促進を図っています。ここでもう一度、総理と関係の深い、かの金権・売国学者、竹中平蔵氏のことを思い出していただきたい。 氏は「産業競争力会議」の有識者委員であり、「国家戦略特別区の諮問会議」有識者議員であり、人材派遣会社パソナ・グループの取締役会長であり、平成20年には、「韓国政府のアドバイザー」でもありました。

 現在でも人材派遣会社は、企業の外国人労働者受け入れの窓口業をしており、利益に預かっています。低賃金の労働者が、国策として大々的に受け入れられるとしますれば、労働者不足の企業はもちろんのこと、竹中氏のパソナは、ますます収益を拡大することとなります。

 民進党が国民のための政党であると言い、弱者の味方だと公言するのなら、低賃金で苦しんでいる日本の若者のため、今こそ政府に異を唱えるべきではありませんか。森友学園の問題など、そんなものは取るに足りない些事です。民進党が自民党に対峙する野党というのなら、どうしてこの問題を正面から取り上げないのでしょう。屁理屈でイチャモンをつけるだけの民進党なら、なんで庶民が必要を感じるのでしょう。

 民進党も共産党も、反日である限り、二大政党など、おこがましい話です。。国を愛する野党の出現を、どれほど国民が願っていることか。不毛の選択でトップにいる安部自民党と、馬鹿としか言えない野党の議員たちは、いつになったら目を覚ますのか。国民の心を汲み取れない政党は、わが国にはこれ以上必要がありません

 最後に「万国時事周覧」のブログ主の名言を、転記いたします。これこそが、日本国民の最大の問題です。

「与党は経済的に売国であり、野党は政治的な売国である日本国の政治状況は、深刻な危機にあります」

 

 私は与党自民党にも、反日野党にも、日本国民として問うてみたい。「諸君たちは、ほんとうに日本人なのか。」「いったい、真の野党は日本には存在するのか。」と。

 

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千葉県知事選挙から見えるもの

2017-03-27 22:30:18 | 徒然の記

 昨日投票が終わりました。今朝の千葉日報に結果が、報道されました。次のとおりです。

 有権者数 約510万人  投票率31.18%  

 森田健作氏  109万票   松崎秀樹氏  35万票 

 角谷信一氏  13万票    竹浪永和氏  2万票  

 民進党と共産党が支援する候補者の惨敗です。国会の状況を見て、千葉県民が反日野党を批判していることが分かります。国にとって大切な法案を放置し、党利党略の政争に明け暮れる野党が、如何に嫌悪されているのか、一目瞭然です。

 テレビの放映を意識し、正義の味方のように振舞っていますが、野党の卑しい心根は、国民にはお見通しです、オリンピックを控え、テロ防止法案を審議しないなど、正気の沙汰でしょうか。反日・売国の野党は、自分たちがテロまがいのことをやろうとしているから、テロ防止法案に反対しているのだと、国の安全を考える者なら、誰もが察知します。

 森友学園の問題にしても、自分たちに都合の悪いことは、だんまりを決め込み、辻元議員のいかがわしさは必死で隠しています。こういう利敵行為を続けていれば、共産党も民進党も、かっての社会党のように自滅が待っています。党首でさえ落選するという、厳しい国民の審判を受けるでしょう。

 捏造のマスコミと手を組んで、この愚かしい馬鹿騒ぎを、どうぞ続けなさい。民意はどんどん諸君から離れるでしょう。「獅子身中の虫」退治が、千葉県の知事選を契機として、いよいよ始まりました。野党がみずから自爆してくれるのですから、こんな有難いことはありません。

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小説吉田学校

2017-03-25 21:46:31 | 徒然の記

 去る3月4日に、いつもの図書館で、廃棄図書をもらって来ました。一人18冊まで許されるので、いつも限度いっぱい貰ってきます。図書館の会議室だと思いますが、常に満員の盛況で、終了時間の間際になりますと、25冊貰えたりします。汚れていたり、人気のない本だったりですが、乱読の私は、小さなことにこだわりません。(読後は、小学校の有価物のゴミとして処分しますし・・。)

 無差別入手の書籍には 、思いがけない知識との出会いがあり、心が躍ったりします。廃棄図書とは言え、手にしている間は「私の師」であり、「良き友」です。きっと自分は、こういう日々を積み重ね、残りの一生を終えるのだと思いますが、無料で喜びを与えてくれる千葉県にはいつも感謝しています。こんな粋な計らいを全国で認める日本にも、感謝の念を抱きます。

 住民サービスのため、中国や韓国や北朝鮮が、廃棄図書の無料配布などやっているはずもありませんから、日本の悪口をいう左翼が許せないという、私の気持ちは、こうした日常の小さな感謝の念からも生れています。

 前置きが長くなりましたが、戸川猪佐武氏著「小説吉田学校」(昭和55年刊 角川書店)の、一巻と二巻を読み終えました。全部で八巻あるのですが、残念ながら、三巻しか手に入りませんでした。廃棄図書には、時として、このような不具合が生じますが、無料ですから贅沢は言えません。 

 さて著者の戸川氏は、大正12年に神奈川県に生まれ、昭和58年に満59才で亡くなっています。 早稲田大学へ入学し、陸軍に召集されますが、直後に終戦を迎え、早大へ復学し卒業するという経歴の持ち主です。昭和22年に読売新聞へ入社して、政治部記者として活躍した後、政治評論家になったとのことです。

 55年の出版当時は、大ベストセラーになったと記憶していますが、氏の晩年の著作だとは知りませんでした。58年に映画化された『小説吉田学校』の試写会と、竹下登氏のパーティなどに参加した直後、翌日未明に急死したという話です。

 政治記者としての関係から、吉田茂氏とも親しく、特に同郷の河野一郎氏とは深い付き合いだったと言われています。重光葵氏や佐藤榮作氏のような官僚政治家より、党人派の政治家に好意を寄せていましたので、戸川氏の通夜には、当時の首相である中曽根康弘氏が駆けつけ、葬儀には田中角栄氏なども参加していたと言います。

 やり手の氏は政界の事情に通じていますから、本には読者を飽きさせない裏話が満載です。占領軍の高官たちに鼻であしらわれたり、命令されたり、屈辱に耐える吉田首相や他の政治家たちの姿には、心が痛みました。

しかし同じ保守と呼ばれていても、林房雄氏とは大きな相違がありました。林氏の著作には、日本への強い愛と誠が感じられ、ひとこと一言を大切に読みましたが、戸川氏の本にあるのは、特ダネを追うジャーナリストの熱心さだけで、心に響くものが皆無でした。

 首相の座を得るために、政治家たちがどれほどの苦労と努力をするのか、時間をかけ、叡智を絞り、金脈と人脈とを築きあげていく。大した辛苦と敬意を表しますが、国を思う志の高さがない政治家ばかりが描かれています。言いにくいことですが、同じ文筆業であっても、戸川氏と林氏の人格というのか、品格というのか、天と地ほどの差があるのではないのかと、感じさせられました。

 登場する政治家の人格が低いというのでなく、叙述している戸川氏の空疎さのせいでないかと思ったりしました。権力を手にするため、権謀術数だけで政治家が生きていると、本では面白く語られますが、はたしてそれだけで政界での人望は保たれるのか、疑問でなりません。

 官僚嫌いの氏は、重光葵氏や佐藤栄作氏を陰湿な人物として描きますが、これも、そのまま素直に受け取れませんでした。かって司馬遼太郎氏が、乃木大将を愚将としてこき下ろしたように、一つの先入観で人物評をしていると、そんな印象が拭えませんでした。反日左翼への偏見と先入観が捨てられない自分なので、戸川氏の先入観を批判できませんが、林氏の著作の重さに比較すれば、その軽さは、新しい発見でした。

 ですから、今回は本の中身を語らず、引用もせず、このまま終わりたいと思います。ネットの情報によりますと、氏の突然の訃報は腹上死だという説もありました。それならば、何をか言わんやです。林房雄氏と並べること自体が、相応しくありません。後一冊ありますが、これにつきましても、読後感想は省略いたします。

 

 追記。三巻の中にある、総裁選に関する氏の言葉です。

「現実の総裁選の勝負は、政策ではない。」「資金と多数派工作だ。」派閥を抱えた領袖たちの意見として、氏が書いています。事実の大きな一面ですが、政治をそれだけのものとして語る氏の、心根の小ささを私は是としないのです。

 

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森友学園問題を総括して

2017-03-25 00:57:23 | 徒然の記

 どうしても、この問題への総括は必要です。

参議院の質疑、衆議院での質疑等々、テレビの報道と動画とをうんざりするほど見て、国民の一人として感じましたことを率直に述べましょう。

 「得意そうに質問し、大臣や官僚を糾弾しているつもりの民進党と共産党が、明日からの日本には不要な党であることが証明された。」

 これが、総括した結論です。多くの国民は、この馬鹿騒ぎを通じて、野党の議員諸氏が、いかに日本を大切にしていないかを知らされました。日本の置かれた以下の現状を、野党議員の誰が取り上げたのでしょう。

  1. 北朝鮮のミサイルが、実験の度に、飛距離を着実に伸ばしている。

  2. ミサイルの命中度も、実験の度に、向上している。

  3. 移動式装置(トレーラー台車・潜水艦)からの発射のため、事前の探知が難しい。

  4. 中国の軍事費の増大は、日本への危機をさらに高めている。

  5. 尖閣領海への侵犯は、今も日常化している。

 無謀な隣国から、敵対国と見られている日本は、国の安全を守るためどうすれば良いのか。ミサイル迎撃を可能にするため、自衛隊の装備はどうすれば良いか。政情不安定な韓国や、米国との連携・調整はいかにすべきか・・などなど、国際情勢がキナ臭い時に、「たかが森友学園」で国会を空転させ、利敵行為にあけくれる反日野党に、国民は、今度こそ選挙の一票で決別の判断を下すでしよう。

 本日は、短いブログとなりましたが、とても大切な意見です。多くの方と共有できる結論であろうと、考えております。お休みなさい。

 

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証人喚問

2017-03-23 21:37:11 | 徒然の記

 今日は1日、国会の証人喚問を見ました。日本を取り巻く国際情勢を考えれば、「たかが森友学園。」と思いますが、いざこうしてテレビでの報道を終日見せられますと、「されど森友学園。」でした。

 「安倍昭恵夫人という、お人好しの愚昧な女性のため、政権が揺らいでいる。」「身の程知らずのバカな宰相夫人を擁護するため、自民党が茶番劇を演じている。」

 私は反日の左翼ではありませんし、むしろ総理を支援する人間ですが、どう贔屓目に見ても、昭恵夫人を擁護する気になれません。夫である総理が、今何をしている時なのか、伴侶として何をすべきか、あるいは何をしてならないのか、政治家の家族として持つべき常識さえありません。

 自分の妻ですらコントロールできない人物が、どうして政界で野党と渡り合い、外国の大統領や首相と対峙できるのかと、結局は総理への疑問と幻滅につながってしまいます。森友学園の一連の動きは、私の目には、限りなく灰色でも、法的には処罰の対象にならない、政界での些事だと映ります。しかしテレビでここまで大きく報道されますと、国民には、道義的責任の大きさの方が目立ち始めます。

 ちょつとした言葉が、「国民を騙した、嘘をついた。」「そんなことで、総理が務まるのか」と、こうした感情論へ直結します。やがて安倍政権の支持率ダウンへつながり、自民党への批判が高まれば、ポピュリストが多い政治家は「民意民意」となびきます。ついには自民党内で総理が孤立し、政権が弱体化し、社会が騒がしくなります。

 こうなればもう、反日野党の思う壺です。私が今、怒りを燃やしていますのは、安倍宰相夫人と、夫である安倍総理です。こんな詰まらない問題で政権を揺らがせている浅はかさが、許せません。どうでも良い内閣なら、野党と共に攻撃するのでしょうが、期待する内閣であるだけに、歯ぎしりするほどの怒りと痛みがあります。

 今上陛下の退位のお言葉についても、日本の先々のことは考えず、ただ「大変だろう」と同情する単純な国民性を思いますと、森友学園のことも、同じ反応をするのかもしれません。「国民を騙した、嘘をついた。」「そんなことで、総理が務まるのか」・・・。つまり冷静さを欠いた感情論です。

 もしも総理が、このバカバカしい茶番劇の難局を乗り越えられたとしましたら、昭恵夫人は監視付き「蟄居」か「遠流」か、そうしなくてはなりますまい。種々の報道を吟味いたしましても、昭恵夫人は邪悪な人でなく、むしろ善良な、悪気のない女性です。しかし悪気のない、善良な人物こそが、現在の日本のガンです。亡国の朝日新聞に心酔し、日本を嫌悪し外国を賛美する「お花畑の住民」は、みんな昭恵夫人のような人々です。無知蒙昧な、単細胞な人道主義者と、私は遠慮なく言わせてもらいます。

 日本国の総理ですから、今後は家庭の茶番劇を、政治に持ち込む愚を繰り返してはなりません。国民のための政治をするのですから、私事を公務と混同してはなりません。彗星のように現れ、ソ連の書記長となり、世界のリーダーともなれたはずのゴルバチョフ大統領が、どうしてあのように無残な失脚をしたのか。

 ライサ夫人への偏愛が、ゴルバチョフ氏の神話を打ち砕き、周りの政治家を失望させたためだと、安倍総理は知らないのでしょうか。神聖な赤の広場のお立ち台は、誰もが並べる場所ではありません。祖国のため命を捧げ、多大な功績を挙げた政治家だけが登壇できる、晴れの場です。

 ゴルバチョフ氏は、その場所にライサ夫人を並ばせました。この公私混同が、ゴルバチョフ氏への失望と反感、そして蔑視へとつながっていきました。どんなに細君が優秀であっても、どんなに夫として愛していても、政治家に公私混同は禁物なのです。

 森友事件そのものには、些事だという認識を変えませんが、昭恵夫人の関与という事実は、野党には見逃せない餌ですし、「お花畑の国民」には、「反安倍」への好材料です。くれぐれも油断されることなく、この事態を乗り切られるよう祈念します。

 もっと書きたいことが他にありましたが、「森友学園」を語らずには先へ進めなくなりました。総理にとってもそうですが、私にもこれは、「たかが森友学園。されど森友学園」です。明日の日本のため、乗り越えたい壁です。

 

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千葉知事選への新聞報道

2017-03-21 08:44:27 | 徒然の記

 今月の26日の日曜日は、千葉知事選挙の投票日です。ここ数ヶ月にわたり、千葉日報が選挙関連の記事を掲載してきましたが、3月10日の特集が、選挙記事の総まとめでした。

 現職の森田知事に対抗して、三人が立候補し、それぞれを顔写真付きで、説明する記事でした。

 1. 森田健作 (67) 無所属現  「誇りと夢を次世代に」

 2. 松崎秀樹 (67) 無所属新  「県民と元気な県を作る」

 3. 角谷信一 (62) 無所属新  「支え合う暖かい県政を」

 4. 竹浪永和 (42) 無所属新  「政策に困窮経験生かす」

  いつの選挙からか、候補者が政党名を言わなくなりました。「地方政治に求められるのは、住民の豊かな暮らしであり、そこに政党は無関係だ。」と、マスコミが言始め、政党色を消すことが、まるで正しいかのような論調が展開されました。

 こうした意見は大きな間違いで、選挙民へのごまかしにしかならないことが、今ではハッキリしています。これは千葉日報だけの話でなく、どの新聞社も記事はすべて、選挙民の候補者選びに、なんの役にも立っていません。私は本日、一罰百戒のつもりで、千葉日報の記事を糾弾することといたしました。

 10日の千葉日報の記事を読み、誰に候補者の選択ができるというのでしょう。毒にも薬にもならないキャッチフレーズを並べ、言葉の解説をされて、何か選択の指針になるのでしょうか。候補者自身も、政治家であるなら、支援する政党名を明らかにし、自分の立ち位置を明示するのが正しい姿勢です。新聞が、バカの一つ覚えのように「無所属」という隠れ蓑を、候補者に与えてどうするつもりなのでしょう。

 そこでこれまでに得た知識で、今回の知事選候補者たちと、支持政党を明記してみます。

  1. 森田健作氏  自民党、公明党、民進党の県連

  2. 松崎秀樹氏  民進党の一部

  3. 角谷信一氏  共産党 市民ネットワーク

  4. 竹浪永和氏  不明

 私のように反日を嫌悪する者は、候補者と党名を知るだけで、投票の決定ができます。共産党や、民進党が支援する候補者などに、大切な県政が任せられるものかと、即決します。今回民進党は候補者の統一ができず、自主投票となりましたが、消滅する政党に、私は何の興味もありません。

 2月24日に突然立候補し、ポスターも貼らず、選挙カーも使わず、一人で選挙活動するという竹浪氏は、最年少という点を売りにしているのですが、まるで思いつきで政治をするような軽薄さに、私は顔を背けます。

 結局今回の知事選は「不毛の選択」しかなく、現職の森田氏だけが残ります。私には、森田氏に、苦情を言いたいことが幾らもあります。原発災害で発生した、放射能汚染ゴミの処理問題や、経済発展のための成田空港の拡張や、騒音問題など、市町村に丸投げせず、もっと国との間にたち、氏は知事として汗をかくべしといつも思っていました。

 森田氏は、県民や市町村に、あまりにも寄り添わない知事だと批判し、松崎氏がかなりの支持を集めているのは、こういうところでないかと思っています。松崎氏が、反日の民進党から支援を受けていなかったら、氏に投票していたはずです。

 私はもともと、地方議会とか、地方議員とかの見識の低さに眉をひそめています。無節操な記事を書く新聞も、いい加減ですが、県知事や市長にもいい加減な人物が多いと思っています。立派な議員もいるのでしょうが、マスコミが取り上げないので、知る方法がありません。

 私が地方議員を、自民党の議員も含め軽蔑し始めたのは、三年前(H26年)の九月でした。日本を貶める韓国のウソ八百に呼応し、政府に「誠実な対応をせよという要望」を議会決議した地方自治体が、その数なんと、41議会ありました。内訳は、村議会が2つ、町議会が4つ、残り35が市議会でした。

 慰安婦問題で、朝日新聞が記事のねつ造を白状した以後でも、地方議会は反応をしませんでした。なぜかなぜかと疑問にかられ、調べて驚きました。

41件の内35件の決議が、民主党が政権を取った平成21年9月にから、平成24年の間になされていました。決議に至るパターンはどれも同じで、市民団体が騒ぎ、民主党と共産党がこれを取り上げ、公明党が賛成して議会決議をしていました。

 当時は自民党も地方議会で少数派に転落し、数の力で押し切られたのであろうから、屈辱感にさいなまれつつ耐えたのだと思っていましたのに、自民党が政権を取り、朝日が捏造を白状し、社長が交代しても、決議撤回の動きがありませんでした。

 私は、「自民党議員は、地方議会で居眠りでもしているのだろうか。」と、ブログを書きました。国を大切にする議員が、地方にはいないのだろうかと怒りが湧き、強い憤りは、現在に続く地方議員への蔑視となって私の内にあります。

 三年前のブログでも列挙しましたが、長くなっても、この愚かしい決議をした市町村議会名を、怒りとともに再度転記します。

 ・平成20年 (兵庫県) 宝塚市、(東京都) 清瀬市、(北海道) 札幌市
 ・平成21年 (福岡県) 福岡市、田川市、(大阪府) 箕面市、

       (東京都) 三鷹市・小金井 市・国分寺市・国立市、(京都府) 長岡京市、

       (大阪府) 泉南市、(奈良県) 生駒市、(千葉県) 船橋市

 ・平成22年 (埼玉県) ふじみ野市、(千葉県) 我孫子市、

       (京都府) 向日市・八幡市・木津川市、(東京都) 西東京市、

       (岩手県) 一関市 (沖縄県) 今帰仁町、南城市、豊見城市、読谷村、多良間

            町 

       (大阪府) 吹田市、堺市、高槻市、大阪市 (鳥取県) 北栄町
       (北海道) 小樽市、士別市、函館市 (岡山県) 岡山市

 ・平成23年 (埼玉県) 宮代町
 ・平成24年 (京都府) 宇治市、(奈良県) 広陵町

 ・平成25年 (島根県) 島根市、(京都府) 城陽市・宮津市

 そして現在では、大切な日本の土地を、敵対する中国人や韓国人に、平気で売却している県や市があります。目先の金に目が眩み、愛国心を失った、バカな議員がいる北海道、新潟、対馬等々です。沖縄では、島全体を中国へ渡そうとする知事や市長がいます。

 この事実を見れば、「地方政治に求められるのは、住民の豊かな暮らしであり、政党は無関係だ。」という主張が、いかに間違っているのか分かります。朝日新聞やテレビが主張する「地方での政党無用論」を信じていたら、日本という国が崩壊してしまいます。

 マスコミの鏡となって欲しい千葉日報には、一日も早く、この愚かしい選挙報道から卒業することを願いたいものです。国民を愚民化する報道の戦列から、離脱する勇気を持ってこそ、千葉日報社はマスコミの鏡となります。

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変節した学者たち - 12

2017-03-18 18:27:21 | 徒然の記

 先月は、「変節した学者たち」という表題で、11回に分けてブログを書きました。

「日本をダメにしているのは、反日政治家や評論家たちの言動を、マスコミが持ち上げるからでもあるが、本当の原因は、そこに無い。」「日本をダメにしているのは、教育だ。」

「教育が青少年の心を歪めているところが、一番の原因だ。」「つまり教育者に原因がある。」「その中で一番悪いのが、反日の大学教授だ。」「彼らはマスコミに顔を出し、反日の偏見を国内ばかりか、外国にまで宣伝する。」「しかもなぜか、首にならない。」

 ブログを見て、そんな意見を寄せた人がいました。だから今回は「総まとめ」として、「どうして反日の教授がのさばっているのか。」につき、私の意見を述べることといたします。

  中国を崇拝し、北朝鮮を賛美し、朝鮮学校を支援し、戦前の日本を憎み、否定する、反日の教授たちは、いったい日本に何万人いるのでしょう。世界の歴史の中で、日本だけが間違った戦争をし、極悪非道な殺戮をしたと、偏見でしかない知識を、教壇から学生に教えている教授たちは、ざっと思い出すだけで、次のとおりです。

 「非暴力の闘争で最も大事なのは、どうすればこちらが暴力を使わずに、相手を挑発して暴力を使わせるか、ということだ。」と言って、昨年の10月沖縄の極左活動家たちを正当化したのは、東大教授安冨歩氏でした。

 あるいは左翼のデモ活動で総理を罵倒し、死ねとまで暴言を吐いた法政大学教授の山口二郎氏など、常識のかけらも無い教授たちが、どうして大学から注意を受けず、減給もなく、辞職もさせられないのでしょう。元防衛大学の学長だった五百籏頭真氏は、「拉致問題なんて、小さなことだ。」と言ってのけましたし、名前だけ挙げていきますと、東大教授の奥平康弘氏、和田春樹氏、京大教授の上田正昭氏、同志社大教授の浅野健一氏等々、これだけでブログが埋まってしまいます

  日本人として、と言うより、人間としての良識を失い、「魂の抜けた」教授たちが跋扈する始まりは、敗戦後の「日本国憲法」からです。その第23条に、次のように書かれています。「学問の自由は、これを保障する。」

 私が調べましたところでは、戦前には学問の自由が限定的でした。ことに天皇制につきましてはタブーとなっており、沢山の教授が弾劾されたり職を失ったりしています。憲法で学問の自由が保障されたのは、素晴らしいことだと私は思います。ここから「学問の独立」や「大学の自治」が語られるようになったことも、当然の成り行きだと考えています。

 憲法に基づいて、昭和22年に学校教育法が制定され、その93条に「 大学に、教授会を置く。」と定められました。さてここで、何時ものようにネットの情報から、教授会に関する説明をランダムに引用します。

・教授会とは、教授等による合議制の組織のことである。大学などによって、制度上の権限は異なるが、一般的に教授会に所属する大学教員の意思をとりまとめる組織である。

・現在では、学長および学部長等に対して意見を述べるものとされている。

・教授会は、一つの大学に対して唯一設けられるというわけではなく、大学内の学部ごとに置かれることが多く、大学内の研究所にも置かれることがある。

 ・教授会は、一般的に教員人事、教育課程、学生関連などの重要な事項を取り扱う。

 

 これで教授会がどのようなものか、大体分かります。憲法から出発して、一連の流れで読みますと、さほど問題はありません。法律というものは、私たちのような素人が読む限りでは、当たり前のことが書かれているように見えます。けれども教授会が、「教員人事、教育課程、学生関連などの重要な事項を取り扱う。」ということになりますと、事態が変わります。 

 参考情報として、「教育公務員特例法」の抜粋を転記しますと、さらに問題点が明確になります。

 第3条 2  学長の採用のための選考は、評議会(評議会を置かない大学にあっては教授会)

      が行う。

    3  学部長の採用のための選考は、当該学部の教授会の議に基づき、学長が行う。

    5  教員の採用及び昇任のための選考は、・・・教授会の議に基づき学長が行う。

    6  前項の選考について教授会が審議する場合において、その教授会が置かれる組織

      の長は、当該大学の教員人事の方針 を踏まえ、その選考に関し、教授会に対し

      て意見を述べることができる。

  つまり、大学では学長であっても、たとえ監督官庁である文科省であっても、教授会の決定したことには逆らえず、大学内のことは教授会の意見を聞かずには決定できない仕組みになっているのです。
 
 先月、私がブログで取り上げた、著名な左翼の大物教授たちが、マッカーサーの憲法を基にして、「学問の自由」から「学問の独立」「大学の自治」と話を進め、70年をかけ、関連する法律を整え、自分たちの意に添わない人物を排斥する仕組みを作り上げました。義理人情の厚い日本では、教授の世界も義理人情ですし、系列の教授が安泰となります。学外の人間が何を言おうと、反日左翼の教授たちが職を奪われず、のさばっているのはこのためです。
 
 忌々しい話ですが、これが現実です。言葉がいかに崇高であっても、運用する人間が下賤だとしたら、庶民の知らないところで、法律はいかようににも悪用されるということです。今は反日の教授たちの天下ですが、憂国の教授たちが教授会で多数を占めたら、事態が逆になります。こうした事実を国民が知り、国を大切にする議員に一票を入れたら、文科省が変わり、大学も変わります。
 
 他の省庁同様、文科省の官僚たちも、長年にわたり高給で大学に天下りし、親密な仲間となっていますから、獅子身中の虫は退治されず、むしろ大学が「虫たちの成育場」となっています。先日、文科省役人の天下りがマスコミで騒がれた時、大学との癒着を無くすキッカケになるかと期待しましたが、いつの間にか尻すぼみとなってしまいました。
 
 何とも不愉快な結末となりましたが、私は失望も落胆もしていません。現実を知り、現実を考えるところから、改善が始まります。いつだって、世の中はこんなものではありませんか。「理想は高く、手は低く」・・、これが私のモットーです。すべては選挙の一票から始まります。
 
 何時だったか忘れましたが、安倍総理が教授会の変革に動いているらしいと、聞いたことがありました。嘘か本当か、ネットの世界の話ですから、真偽のほどは分かりません。ただ私は、安倍氏ならやりそうなことと、推測するだけです。もしそうなら、現在の野党の国会審議は、許せない反日・利敵行為です。森友学園のような詰まらないスキャンダルで、国家百年の計を考える政治家を葬ろうというのですから、我慢のならない話です。
 
 獅子身中の虫でしかない野党に、共産党や民進党あるいは名も知れない反日の小党に、票を入れることだけは止めたいものです。「理想は高く、手は低く」・・、これが私のモットーです。すべては選挙の一票から始まります。
 
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町内会

2017-03-17 21:54:46 | 徒然の記

 中川剛氏著「町内会」(昭和55年刊 中公新書)を、読了。知らないことを教えてもらう本との出会いは、胸が躍ります。一昨年、自治会の副会長を経験しているため、戦前と戦後の嵐をくぐり抜け、現在の自治会があるのだと知ると、感慨深いものがあります。町内会とか自治会とか呼ばれていますが、いずれも同じものです。

 氏は昭和9年に大連で生まれ、京都大学を卒業後、広島大学の法学部教授となり、平成7年61歳で亡くなっています。左右に偏しない学者であるのか、事実を中心とした語り口に、好感を覚えました。

「第二次大戦の最中、町内会が大政翼賛会の指導を受けることとなり、」「軍国主義による社会教育の、強力な機関となったのは知られている通りである。」「占領軍総司令部は、町内会、隣組などの組織を、」「食料配給機構であると共に、スパイ摘発組織で、」「軍国主義を奉ずるイデオロギー団体であると見ていた。」

 GHQはこんなところにまで手を伸ばしていたのかと、氏の説明に驚きましたが、小学校唱歌や童謡まで禁止したのですから、さもありなんと納得しました。しかし町内会が、アメリカには無く、日本独特のものだったということは今日まで知りませんでした。

 氏によれば、アメリカのデモクラシー社会では市町村が基礎的地域団体であり、彼らの思考に町内会という日本的組織は存在していない。つまり町内会は、アメリカの民主主義の枠から外れた存在だったということでした。アメリカだけでなく、ヨーロッパもそうなのでしょうが、個人主義の徹底した社会で、人は政治信条か、宗教か、あるいは人種などにより共同体を作り、それがやがて町になり、市になるのだといいます。共同体は異質のものを排除するので、異質のものは新たに別の共同体として集まり、町や市を作るのだと言います。

 これまで私は、日本人こそが異質の者を排除し、人種の混在する欧米は混在したままの共同体を作っているのだとばかり思っていましたので、意外な気がしました。

 ですから日本のように、住んでいる地域を中心に、住民としてまとまる町内会がGHQに理解できなかったのだと、これもまた目から鱗の話でした。いわば町内会は、日本社会における自然発生的な「人々のつながりの場」であるとのことですが、分かりやすいので、氏の説明を引用します。

「町内会では、異なった宗教や、異なった政治信条の人々が隣り合わせに住んでいても、」「そのこと自体ではなんのもめ事も起こらない。」「そのことが原因で、町にいられなくなるということもない。」「信仰や政治的立場が、なんの意味も持たないというのではない。」「ただこうした問題が、人間関係の場に持ち込まれないのである。」

「町内会自体は、イデオロギーを持ち得ないのだ。」「持てば、町内会自体が壊れてしまう。」「信条を同じくする者の集まりでないからである。」「町内会は、伝統的な生活様式の結果であって、」「制度(市町村)の影響を大きく受けるが、制度とは別物である。」「制度外のものである限り、日本人の生活様式が消滅しない限り、」「不可死のものとして、存続する性質のものであると言える。」

 この説明に私は納得しました。少数の左翼活動家たちが、多数の住民の気持ちを無視し、自治会で元気に意見を述べた時、どれだけの者が不愉快な思いを我慢したことか。今でも忘れられません。共産党や民主党系の活動家たちは、町内会を市や県政に対抗する団体に作り変えたかったのでしょうが、今考えますと、これがまさに欧米のデモクラシーを元にした活動だったわけです。しかし日本の町内会は、本来、政治とは直結しない、住民の互助組織ですから、制度外のものだという、氏の言葉がよく分かりました。

 「自然発生的な住民組織は、町内会に限らず、昭和初年代までは、部落会の名称で呼ばれているところもあった。」「地区会、互助会、隣組という命名もある。」「世帯ごとの加入を原則とするが、平均すると三百世帯程度が自治会になっている。」「連絡の便宜上、更に幾つかの班や組に分けられ、たいていは回り持ちで責任者が決められる。」

「町内会の役目は、広報、親睦、防犯など軽易なものに限られており、」「市の連絡業務を一部受け持ったり、住民の苦情を市町村へ伝達する場合もある。」「日本人にとって、生活単位は町内規模が最も自然である。」「これは小さな祭りを維持できる、対面接触の可能な範囲となっている。」

 氏は何のために、他の学者が目を向けない「町内会」を研究し、本まで出版しているのか。後半で理解しました。時代遅れの組織と言われている「町内会」の中に、氏は明日の日本につながる鍵を見出そうとしているのでした。地方自治が根付いていない日本ですが、政府も住民も、もっと「町内会」に注目し、知恵を絞るべきでないのかと、提案しています。

 「アメリカやイギリスの住民組織は、階層ごとに結成され、それがステイタス・シンボルともなっている。」「組織は階層の利益を追求し、異階層の人々に対し排他的でもある。」

「我が国の町内会は地域単位に編成され、そこに居住している異なる階層の人々を、」「過去から現在、未来に渡って、統合しつつ永続するという、運命的性格を持っている。」「異質なものを統合していくことは、政治である。」「町内会は固有の理念も特定の目的も持たないが、活動の仕方には、高度な政治技術がひそんでいる。」「もちろん無意識のうちに獲得されたものであるが、これが地域社会の安定に果たしている役割は、無視し得ない。」

 自治会の役員を経験した身にしてみれば、氏の意見は正しいような的外れのような、いずれとも断定し難い部分があります。けれども、氏の主張には夢と希望があり、私はそこに惹かされました。

 「利益を第一とする社会」はやがて見直しの時が来て、今は町内会に背を向けている若者たちも、やがて町内会の中に故郷を発見する時が来ると、氏は予言します。学者らしい沢山の説明があるのですが、それを省略し、結論だけを述べているので、飛躍した話と思われるかも知れませんが、楽しい予言です。

 安倍総理が、大量の移民受け入れを政策としていますので、自己主張の塊のような外国人が町内会に加わった時、日本人は母屋を取られてしまうのでないかと、私はそちらの方が心配です。氏の本を読んでいますと、それでも日本の町内会は、外国人をうまく吸収し、日本固有の制度を永続させていくのだと言います。

 キリスト教も日本に来たら、日本的キリスト教になり、儒教や仏教ですら、すでに日本的儒教となり日本的仏教となっていますので、もしかすると、私の危惧より、氏の楽天的予言が的中するのかも知れません。是非そうなって欲しいものと願いつつ、本日は終わりとします。

 春は名のみの、風の寒さやと、歌の文句の通りですが、さくらんぼの花が四分咲きとなっています。日を浴びた白い花に、小さなミツバチが飛び交っています。きっと春はそこまで来ているのでしょう。希望の春に、希望の本を一冊読みました。

 

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