ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

小沢一郎の限界

2011-02-18 14:15:14 | 徒然の記
 自分が民主党を支持した理由の一つとして、小沢一郎の存在を擧げたことがある。

 「日本を普通の国にする」という彼の考えに共鳴したからだった。ポツダム宣言の受諾以来米国の軍隊が駐留するようになり、日本は西側陣営の一員として位置づけられるようになった。敗戦国となった結果なので、これについて日本がとやかく言える立場になかったのは事実である。そして遂に世界第二位の経済力を持つまでに国を再建し、大国の一員らしく自信に満ちて振る舞う向きもあったが、現実はそうでなく、戦後56年が経過した現在でも、他国に平和を守ってもらっている日本は、国際社会から米国の属国として見られ、半人前としてしか扱われていないという事実がある。

 認めたくもないし癪にも触るからだろうが、マスコミも政治家もそんなことは国民に対して言わない。しかし私は、何時からか日本の置かれたこのいびつな状況を元へ戻し、自分の国をもう一度普通の国にしたいと強く願うようになった。つまり、自分の国は自分で守るという普通の国。そうして初めて日本は独立国になるのだと、今では信じている。憲法の問題もあるし、根付いてしまった一国平和主義という幻想もあるし、再び普通の国になるということの困難さが見えていただけに、それを主張した小沢一郎に期待したのだ。

 しかし、今はもうそれ自体が幻想に過ぎなかったと諦めの境地にある。結局小沢一郎は、国を背負う政治家にはなれず、中途半端な魅力で周りに議員を引き寄せ、その小さな自分の集団のためにだけしか身を処せない政治屋の一人でしかなかったということだ。政党を作っては壊し、壊しては作り、側近を育てては切り捨てるという、それだけの人物でしかなかった。大事な予算の審議を前に党内で反旗を翻した16人を止めもせず、返って煽動しているらしい新聞記事もあり、ますます評価を下げずにおれない。

 それをいまだに支援する鳩山さんも恥知らずな人物である。自分のせいで米国と沖縄の関係が悪化したというのに、訳の分からない元総理ではある。小沢一郎にしろ、鳩山元総理にしろ、類は類を呼ぶということなのか。日本という国より,国民より,身の周りにいる仲間の方が大事というのだから呆れてしまう。けれども彼らのお陰で、野党というものが如何に無責任なことを言い、無責任に政治を行うものか、

 よく勉強させてもらった。新進党や魁同様に,民主党もやがて消滅する党なのだろうが、それでも私はまだ日本と日本人に絶望している訳でないから、時間がかかるとしても明日を背負ってくれる政治家と政党を発見するため生きて行く。 誰に頼まれている訳でもないが、国民の一人としてそれこそ、ごく普通のことなのだ。
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政治は最高の道徳である

2011-02-10 23:29:18 | 徒然の記
 政治は最高の道徳であると言ったのは、どこの国の誰なのだろうか。

 菅総理は年度予算を多数決で成立させるため、社民党に配慮して普天間予算を凍結したというが、ここまでくると、「政治は最低の道化である」ということにならないだろうか。非現実的な主張をする少数野党に数合わせのために妥協し,アメリカとの関係も再び考慮しないとなれば、深化する日米関係はどこへ消えてしまうことになるのか。

 こんな奇策を弄するとしたら、次には身内の小沢派の主張に妥協して政治と金の問題にも手をつけられなくなるに違いない。自民党は菅内閣を追いつめているつもりだろうが、民主党と共に国民不在の道化政治の主人公を演じているわけだから、同罪ということになる。彼らは国民のためなどと最もらしいことを言いながら、その実日本を駄目にするために力を注いでいる。だから暫く政治について考えるのはやめることにしょう。

 政治家不在の国会で跋扈しているのは政治屋たちばかりらしく、無惨としか言いようのない演技の繰り広げられる舞台から、目をそむけてしまいたい。
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中曽根元総理のこと

2011-02-04 00:03:09 | 徒然の記
 通常国会が始まった。毎日管総理が質問され、危なっかしい答弁をやりきれない思いで聞いている。

 日の丸と君が代について疑問符をつける総理大臣の政府に対し今も違和感を抱いているが、それでも先の選挙では民主党に投票した。民主党議員の大半は「一国平和主義」の党員であるはずだから、将来にわたり日本を担う政治家であるとは考えられないのに、それでも自民党に投票しなかった。戦後の教育で軍国主義の象徴として否定された日の丸と君が代、そして天皇にたいして敬意の念を抱く私は、どちらかといえば優柔不断な国民の一人だと自分では思っている。

 学生時代から右に左にと思想の波に翻弄されて来たが,誰に教えられた訳でもなく、自分を育んだ国は大切なものであると言う思いだけは持ち続けている。どこの国の人間だって、特別な思想の持ち主でない限り、自分の国を大切に思い、誇りに感じながら生きていて、それこそが普通の人間の普通の姿でないかと思っている。天皇を税金泥棒と言ったり,日本だけが恥じるべき間違った過去を持っていると必要以上に卑下したりする人たちとは、もちろん相容れない。

 前のブログでも書いたが、いつかは自民党が政権に復帰するのであり、一票を投じたいと願っているものの、これまでの国会のやり取りを見ているとその日は遠いと言わざるを得ない。今の国会で党の資質を問われているのは自民党そのものなのだと、なぜ気づいてくれないのかともどかしくてならない。予算を人質に政争を続け、閣僚の失言や言葉尻を捉えて倒閣に走り、大事な国の針路や国民生活の再建に取り組もうとしない自民党の愚を情けなく思っているのは果たして私一人なのだろうか。

 最近はもう民主党もそういうことは言わなくなったが、ここまで財政を悪化させ,社会保障制度を疲労させ,国力をじり貧にしたのはかっての自民党なのだ。自浄能力が無かったからこそ、国民は民主党を選んだのだと知っているのなら、もっと国会の論戦に違うアプローチがあるはずなのだ。内容の乏しい非難や中傷で民主党の閣僚を罷免したり、審議拒否をしたり、確かに政治屋のプロならそうした政争を良しとするのだろうが、私のように選挙の一票を持っているだけの国民の目からすれば、真の保守とは何なのだろうか。

 そうした政治家は消えてしまったのだろうかと、嘆くしかない。与謝野さんが大臣になったからと、与党でも野党でも非難する議員が多数いて、選挙目当てに増税無しと合唱するが、それならば現在の国家財政の破綻をどうするのかということになると途端に曖昧になってしまう愚か者が多い。ところがなんとしたことか、中曽根元総理が「与謝野さんに存分やらせるべきだ」と意見を表明したというではないか。彼のような人物を真の保守主義者と言うのだろうかと、私はつい胸が熱くなった。

 そういえば、氏はかって自らにかかった殖産住宅収賄疑惑を乗り切り、田中曽根内閣などとマスコミに揶揄されながら総理に就任した後は、自らの政治を貫いた老練な政治家でもあったと思い出した。清濁合わせ呑む人物とは、彼のことだったのだろうかと、情けない議員ばかり目にしているからなのか,単純な私はついつい彼を見直したくなる。自民党をぶっ潰すと言い、本当にぶっつぶしてしまった小泉さんも、頑固さと実行力とで鮮烈な印象を残しているが、この時期においては中曽根元総理に及ばないという気がする。

 かっての青年将校も枯れた老人となってしまったが、背筋を伸ばして凛とした姿は今でも「日本国総理大臣」の風格そのものでないか。自民党よ、しっかりしてくれと祈る思いで明日もあさっても、懲りずに国会中継を見ることとしよう。(久しぶりにブログに向かったので、それこそ気まぐれ手帳そのものという支離滅裂な有様になった。こんな繰り言は自分ながら二度と読み返したくない。しかし、もしものこと、このブログを見る人間の中に保守の議員が混じっていたとしたら、二度でも三度でも読み返してもらいたいものだ。)


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