兵庫県姫路市勝原区丁家久田、揖保川下流の平地にあります。
県道421号線脇です。
前述の檀特山の山頂からもよく見えます。
全長104m、 後円部径58m・高さ7m、 前方部先端幅40m・高さ4.25m 前方部二段・後円部三段構築の前方後円墳です。
前方部が、あの「箸墓古墳」同様にバチ形に広がっています。
揖保川下流平地最大で、姫路市内でも2番目の大きさです。
前方部を南に向けています。
(右手前が前方部です)
(後 円 部)
(前 方 部)
1987年(昭和62年)に実測調査が行われています。
ただ発掘調査は行われていません。
山陰地方にみられる竹管文のある特殊壺型土器が数点採取されています。
墳丘の周りに周濠はありません。
墳丘には葺石が施されていたようです。
円筒埴輪などが採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。
後円部の中央やや南寄り(前方部寄り)に竪穴式石室の埋葬施設があります。
今は埋め戻されていますが、小型の石槨が露出していたそうです。
10数年前までは、墳丘全体が竹林で覆われていたそうです。
古墳時代初期・3世紀中頃の築造と推定されています。
昭和53年3月24日、国の史跡に指定されています。
丁古墳群を構成しています。
(前方部先端)
(後円部墳頂)
県道421号線脇です。
前述の檀特山の山頂からもよく見えます。
全長104m、 後円部径58m・高さ7m、 前方部先端幅40m・高さ4.25m 前方部二段・後円部三段構築の前方後円墳です。
前方部が、あの「箸墓古墳」同様にバチ形に広がっています。
揖保川下流平地最大で、姫路市内でも2番目の大きさです。
前方部を南に向けています。
(右手前が前方部です)
(後 円 部)
(前 方 部)
1987年(昭和62年)に実測調査が行われています。
ただ発掘調査は行われていません。
山陰地方にみられる竹管文のある特殊壺型土器が数点採取されています。
墳丘の周りに周濠はありません。
墳丘には葺石が施されていたようです。
円筒埴輪などが採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。
後円部の中央やや南寄り(前方部寄り)に竪穴式石室の埋葬施設があります。
今は埋め戻されていますが、小型の石槨が露出していたそうです。
10数年前までは、墳丘全体が竹林で覆われていたそうです。
古墳時代初期・3世紀中頃の築造と推定されています。
昭和53年3月24日、国の史跡に指定されています。
丁古墳群を構成しています。
(前方部先端)
(後円部墳頂)