仁左衛門日記

The Diary of Nizaemon

SHINOBI / HEART UNDER BLADE

2018年04月04日 | ムービー
『SHINOBI / HEART UNDER BLADE』(2005年/下山天監督)を見た。
物語は、「徳川家康(北村和夫)が国を統一し、長い戦乱の世が終わった慶長19(1614)年。先代服部半蔵との約定で戦うことを禁じられ、ただただ憎しみを増幅しあってきた忍者の二大勢力・伊賀と甲賀。豊臣の残党がこれらを利用するのではないかと懸念した南光坊天海(石橋蓮司)は、家康に"伊賀鍔隠れ"と"甲賀卍谷"の根絶やしを具申。当代服部半蔵正就(松重豊)と柳生十兵衛(仁科克基)を使い・・・」という内容。
まず、代表者一人ずつを戦わせて実力を確認した後に、五人対五人の団体戦を仕組むだなんて手が込んでいる。
伊賀鍔隠れは党首・お幻(りりィ)の孫である朧(仲間由紀恵)を新党首とし、蛍火(沢尻エリカ)、夜叉丸(坂口拓)、蓑念鬼(伊藤俊)、薬師寺天膳(椎名桔平)を選抜した計五人。
甲賀卍谷は党首弾正(寺田稔)の跡継ぎ・弦之介(オダギリジョー)を新党首とし、陽炎(黒谷友香)、室賀豹馬(升毅)、筑摩小四郎(虎牙光揮)、如月左衛門(木下ほうか/三好健児)を選抜した計五人。
それぞれが忍術を駆使して殺し合うのだが、出てくる技は忍術というというより、まるで魔法だ。
(^。^)
厄介なのは、長い間戦うことを禁じられていた伊賀と甲賀は意外と近くで生活していて、こんな厄介な事態になる少し前に、朧と弦之介が出会ってしまっていたことだ。
「おじいが帰ってきたら我々のことを話そうと思っている」という結婚を意識した間柄から、殺し合う相手になってしまうのだから、これは切ない。
自分達が定めを作るのだと考える弦之介だが、忍びは武器にすぎないと言うおじいのほうが、全体像がきちんと見えていた。
ここで描かれている限りにおいて、封建社会というのはやはり実に厳しい社会だったようだ。

私は貝になりたい

2017年04月13日 | ムービー
『私は貝になりたい』(2008年/福澤克雄監督)を見た。
物語は、「高知の小さな町で、清水理髪店を営む清水豊松(中居正広)と妻・房江(仲間由紀恵)は、かつて駆け落ち同然で新しい生活を始めた2人だった。太平洋戦争の戦局が激しさを増し、庶民の日常生活もいよいよ厳しくなってきた昭和19(1944)年、ついに豊松にも召集令状が届く。配属先は矢野中将(石坂浩二)率いる本土決戦を想定した部隊で、滝田二等兵(荒川良々)とともに立石上等兵(六平直政)に目をつけられた豊松は、撃墜されたB29から脱出したアメリカ兵の"処刑"に関与することになる。"一番たるんでいる奴にやらせろ!!"という上官の命令で立石上等兵は滝田二等兵と清水二等兵を指名したのだが・・・」という内容。
召集令状を配る竹内(武田鉄矢)という役場職員は、根本(西村雅彦)に「どうもあんたの顔を見ると赤紙を連想する・・・」(確かそのような台詞)と言われるのだが、こういう役目を担うことになった人にも相当な気苦労があったのだろう。
仁左衛門祖母に聞いたところによると、戦時中、仁左衛門伯父に赤紙が届いた時、近所に住んでいた役場の担当者は、「あとでお伺いしますが驚かないでください」と事前に電話をくれていたのだという。
そのおかげで覚悟する時間ができたと、感謝していた。
さて、上官から、捕虜としたアメリカ兵を銃刀で突き刺すという"処罰"を命令された豊松。
「捜索して適切な処置を」との指令本部・矢野中将の命令は、現場の日高大尉(片岡愛之助)の「2名を処罰する」との判断になり、「第3班より2名を選抜しろ」との命令で選ばれてしまった豊松らは、「立派な帝国軍人になったところをお見せしろ!!」、「突撃!!進め!!」と、息も絶え絶えのアメリカ兵に突撃する。
戦後、この"大北山事件"に関与した旧帝国軍人を裁く進駐軍のBC級戦犯の裁判で、豊松らが、「上官の命令は天皇陛下の命令である!!」と常々教え込まれていたと主張しても、アメリカ人は爆笑するだけで取り上げてくれない。
まぁ、リーダーである大統領が選挙で選ばれる"民主主義"を標榜するアメリカ人にとっては、絶対君主である天皇を頂点とした日本の組織の考え方は、理解の範囲を超えたものであったのだろう。
後半、巣鴨プリズンに収容されていた大西三郎(草彅剛)や西沢卓次(笑福亭鶴瓶)、矢野といった死刑囚の姿も描かれていたのだが、サンフランシスコ講和条約の発効が昭和27(1952)年4月28日よりも早ければ、処刑されなくても済む人達だったのだろう。
この物語は、あくまでもフィクション。
ちょっと救いのない物語だった。

武士の献立

2016年07月09日 | ムービー
『武士の献立』(2013年/朝原雄三監督)を見た。
物語は、「江戸時代。加賀藩江戸屋敷において、5代藩主・前田吉徳(猪野学)の側室・お貞の方(夏川結衣)に仕えている女中・春(上戸彩)は、幼い頃に火事で両親も家も失った天涯孤独の身の上だった。ある時、屋敷での能見物の際に大槻伝蔵(緒形直人)による"鴨もどきの正体当て"という余興が行われ、包丁侍と呼ばれる台所御用役・舟木伝内(西田敏行)にすっかり気に入られてしまった。息子・安信(高良健吾)の嫁にと縁談を持ちかけられたが、商家に嫁いだものの"生意気で可愛げがない"と1年で離縁された過去を持つ春は、この申し出を固辞。しかし、後日再び顔を合わせた伝内に、"出来損ないを一人前の包丁侍に仕立ててほしい。舟木家を救ってほしい"と懇願され、金沢へと嫁ぐことになったのだが・・・」という内容。
長男の突然死により舟木家の跡継ぎになってしまった次男・安信は縁談に気乗りせず、江戸から金沢に15日かけ歩いてやって来た春を「別に俺が頼んだわけではない」と出迎えにも出ないし、仕事にも身が入らず、"和えの会"で親戚連中に出す汁物を作り直した春を「どういうつもりで吸い物を作り直したのだ!!」と責める。
新婚の嫁を「この古だぬきめ!!」とののしる安信は酷い奴だが、春も「つまらないお役目だと思っているから、つまらない料理しか作れないのではありませんか」と黙ってはいない。
春を出迎えた姑の満(余貴美子)が「初鰹ではなく脂ののった戻り鰹を好む者もおります」と嫁を気遣っていただけに、"料理指南を受けるor離縁"を賭ける包丁の腕比べに至った2人には何とも前途多難な様子が見えたが、『武士の家計簿』(2010年/森田芳光監督)に登場した"そろばん侍"猪山直之(堺雅人)と駒(仲間由紀恵)の夫婦はとても良い関係に描かれていただけに、同じ加賀藩の侍を取り上げた似たような物語とあって、あえて違う感じにしたのだろうか。
この物語に登場するのは実在した人物達なのだそうで、舟木伝内(?~1759年)は『ちから草』(全5巻/成立年不明)など、安信(長左衛門/?~1779年)は父と共著の『料理無言抄』(享保14・1729年)など、加賀料理のレシピ本を著しているとのことであるし、加賀藩第5代藩主(加賀前田家6代)・前田吉徳(1690~1745年)、その側室・お貞の方(真如院/1707~1748年)、藩士・大槻伝蔵(1703~1748年)、鹿賀丈史が演じた前田土佐守直躬(1714~1774年)などは"加賀騒動"と呼ばれた加賀藩お家騒動の中心にいた人物なのだそうである。
安信の親友として登場する今井定之進(柄本佑)が実在した人物なのかは分からないのだが、妻・佐代(成海璃子)共々、"加賀騒動"という失敗した藩政改革の犠牲者として描かれており、おそらくは物語の展開上、この一連の事件にそれなりの時間を割いて取り上げざるを得なかったものだから、肝心の"武士の献立"という一番のテーマが突き詰められなかったのだろうと想像する。
終盤は何か物足りなさを感じてしまって、幾分残念に思えた作品だった。

武士の家計簿

2010年12月18日 | ムービー
ユナイテッド・シネマ札幌で、『武士の家計簿』(2010年/森田芳光監督)を見た。
物語は、「江戸時代末期。代々加賀藩の算用者(さんようもの)を勤めている猪山家の8代目・猪山直之(堺雅人)と駒(仲間由紀恵)の間に長男・直吉(大八木凱斗)が生まれた。同じく算用者として勤める父・信之(中村雅俊)、母・常(松坂慶子)、祖母(草笛光子)の6人で暮らしていた猪山家は決して華美な生活をしていたわけでは無かったが、家計は厳しく、借金の額は2人の年収の2倍にも達していたのだった。4歳になった直吉の武士としての最初の儀式を控え、収支のやり繰りが付かなくなった直之は・・・」という内容。
これは、実際に残されている猪山家の記録を元に書かれた同名ノンフィクションが原作となっているようで、著者の茨城大学准教授・磯田道史氏は、4日前のNHKテレビ『爆笑問題のニッポンの教養』に出演し、「猪山家の家族のやり取りはまるでツイッターのようだ」と述べていたが、猪山家の記録は相当克明に残されているのだろう。
劇中、家計簿をつけるきっかけとなる"にらみ鯛"は悲しいエピソードだが、やはり子供のいる家庭は子供の存在に助けられるようだ。
子供がいると、本当に家庭の中は明るくなる。
当時の加賀藩には"天使"だなんて言葉は無かっただろうが、まさしくそういった存在だろう。
それにしても、武士の世の中というのはお金がかかったようだ。
見栄を張るのも大概にした方が良いということだな。
(^o^)
"お家芸"とはこういうことかと再認識させられた面白い映画だった。
月曜はメンズデーということで、これを1,000円で見られたのはとてもラッキー。