二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

小説の楽しみ    小島信夫(水声社)

2010年03月10日 | エッセイ(国内)
図書館で目につき、借りてきて、あっというまに読みおえた。
講演記録だし、いつものような「のんしゃらん節」がおもしろかった。
いったいなにが問題とされているのか、わかるようでわからない、わからないようで、ちょっとだけわかる。韜晦を信条としているわけではあるまいが、つかまえどころのない奇妙な小説家・・・というのが、わたしの小島さんに対する印象であった。

素人にうけるのではなく、玄人にうける小説家。
そういういい方もできるだろう。
「過去に小説を書いてみたいと思ったことがある。あるいは、いまでも・・・」
「おもしろいだけのエンタメにはもう飽きた。風変わりなものでいいから、これまで味わったことのない酒に酔ってみたい」
こういった気むずかしい読者には、小島信夫というのは、いわば燻し銀の魅力を秘めているように思える。

むろん、彼のすべての作品が、こういった「奇妙な味」をもっているわけではない。どこかで吉村昭さんが、こういう意味のことを書いていた。
「若いころに読んだ『小銃』は忘れられない。あれは名作です。小説とはこういうふうに書くものか。それを教えてくれた一編です」と。
20代のなかばころ、わたしは「成熟と喪失」を読んで、江藤淳さんに、小島信夫の読み方を教えられ、「抱擁家族」などを手にとった。しかし、そのときは、「小銃」「アメリカン・スクール」以外は、なにがなんだか、よくわからなかった。
そのあと「私の作家評伝」を買ってきて、この人の作家論をおもしろく読んだ。

小島さんは、第三の新人といわれる作家群のなかで、まことに特異な位置をしめているというのが、わたしの観察であった。安岡章太郎さんや、吉行淳之介さんは、あるいはまた、遠藤周作さんは、おそらく文学青年でも、理解がとどくような世界を描いている。しかし、小島さんはどうだろう?
この人が語るゴーゴリや、シャーウッド・アンダスンの魅力。
「文学がほんとうにお好きなんだな」ということが、つたわってくる。ほかにこれといった趣味もなく、ひたすら小説を読んできた書生さんのような風情もあるが、小島さんの文学は、通りいっぺんの素人読者を拒絶しているようなところがある。

吉本さんが、小島信夫はこれまでとは違った観点から光をあてたほうがいい、という発言をしている。あるいは、保坂和志が小島さんを引っ張り出して、往復書簡集(「小説家修業」中公文庫)などを刊行したり、小島さんの「寓話」を自費出版(たぶん)したりしている。
本書のなかで小島さんは、シェイクスピアには「すべて」があり、それは多角性であり、わからなさの感覚であり、相互矛盾的であることにもとめている。登場人物の一人ひとりが「自分の世界」をかかえこんで、そこにいる。おたがいが、おたがいを信頼する、あるいは信頼しない、理解する理解しない、関係をもとうとしながら、同時に断ち切ろうとして動きまわる。
そういうふうに、彼は読んでいくのである。
セルバンテスやカフカやベケットが、思いがけない姿であわられる。チェーホフについて論じている部分も、むろん「おや・・・?」と立ち止まり、耳をそばだてたくなるユニークさをもっている。

こういったものすべてが、小島さんの個性である。
彼は「個性からは逃れられないのですよ」といっている。いやおうなしにつきまとってくるものだから・・・。
わたしは、小林秀雄さんや江藤淳さんなど、ごくわずかな批評家をのぞいて、批評家の著作は総じてつまらないものが多い、と思っている。それに較べて、小説家、あるいは、詩人の言は、その片言隻句に驚かされ、耳をうばわれることがある。三島さんは勘違いしてつまらない小説をずいぶん書いたけれど、わたしは彼は批評家、エッセイストとしては、評価している。

このあいだ、新潮文庫にラインナップされた「残光」というのを買ってきた。
2006年に、91歳でなくなったけれども、本書が最後の小説だそうである。
おそらく売れないだろうから、ラインナップからはすぐに消えてしまうだろう。しかし、この人の仕事は、どうもこれから徐々に輝きをますのではないか? 
「小説の楽しみ」を読みおえて、わたしはいま、そんな予感のなかにひたっている。


評価:★★★★

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