指揮者 神尾昇の一言

日々の生活の中でちょっとした事などがあったら、ちょろっと書き留めて行く、そんなブログです。

有賀画伯、個展終了。

2012年09月23日 | Weblog
有賀さんの個展が終わりました。
有賀さんの画について、今回は本人とも良く話をしましたし、
第三者とも色々話をしました。
私は失礼ながら、「有賀さんの画を買って、リビングに飾る人は少ないでしょうね」
と言ったのですが、ご本人も認めて下さったので、ここに書いておきます(笑)
有賀さんの画には、眺めて心癒やされる、と言う事が正直少ないと思います。
むしろ心を乱される。
心を乱して、「なんだこれは!」と思って画の中に没頭していく。
パッと見て、「ああ、綺麗だな・・・」とは思いにくい画なのです。
私の敬愛する岡本太郎画伯もそういう傾向です。
ピカソもそうだと思います。
ピカソに限らずキュビスムはそうかも知れませんが、
有賀さんの画はキュビスムとは違います。
誰とも似ていない、独特な画です。
そして、気を衒ったり、人に対して媚びる事は全くありません。
だから企画展などで有賀さんの画が数点出ている展覧会などにいくと、
私は真っ先に、「あれが有賀さんの画」と当てる事が出来ます。
ご本人は「凄いですね」と言われますが、それくらい個性が強烈な画なのです。
今回の個展である人と意見を交わしたのですが、
その方は最初は「展覧会の画を通して、有賀さんに会いにいく」
と仰っていました。
私は、それに対し、それは非常に正しい意見だが、私もそうだけれど、
本当は「自分」に会いに行っているんだ、
と答えました。
例えば、ピカソだけの展覧会や、フェルメールだけの展覧会にいくと、
それは本人たちに会いにいく、という感覚は強いでしょう。
岡本太郎もそうです。
青山の岡本太郎記念館に行く、ということは、
岡本太郎の作品を観に行く、
ということより、岡本太郎の息づかいを感じにいく、
という感覚です。
しかし有賀さんの作品は、「自分に会いにいく」
私が今回の作品の中で最も気に入ったのは、
「振り返れば 生まれた日」
という作品でしたが、そこに私は宇宙の誕生、
つまり「ビッグバン」を感じました。
有賀さんの一つの特徴は、作品名が先にあって、
あるいはテーマが先にあって描き始めるのではなく、
描き上がってから題名をつける、
という点にありますが、
だからこそこの作品は、ご本人の中に「ビッグバン」があったのかな、
と思いました。
人は当たり前に思っているかもしれませんが、
私は宇宙の誕生、というのは物凄く神秘的で、物凄く謎で、
考えれば考える程、むしろ恐ろしくなってきます。
宇宙の誕生が謎、ということは、「自分の誕生も謎」
なのです。
なぜ私はこの宇宙に生きているのか、生かされているのか・・・
これを考え始めると止める事が出来ません。
私はこの画を通して、さらにその謎に迫る、
そんな気持ちになります。
だからリビングに飾っておいて癒やしになる筈がありません(笑)
この画に限らず、有賀さんの他の作品も多かれ少なかれ、観た人に問うてくる事があります。
「あなたはどんな生き方をしていますか? その生き方は満足ですか?」
と。
 
 
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