友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

子どもは見ている

2017年03月24日 17時33分59秒 | Weblog

 大学の卒業式の後、卒業生の孫娘は謝恩会に出かけ、長女夫婦は用事があるというので、小1の孫娘を預かることになった。上の孫娘は素直でおとなしい努力家で、決して我を張ることはない。下の孫娘は天才肌で、何事にも積極果敢に挑戦する。「百人一首がやりたい」というので我が家にある子ども向けのカルタを出してやると、「あっ、学校のと同じだ」と喜ぶ。

 小学校で百人一首クラブを指導したことのあるカミさんが詠み手を務めたが、もう辞めて何年にもなるのでスムーズに歌が詠めない。もぞもぞやっているうちに孫娘は「ハイ」と取っていく。結局、私たち夫婦は26枚しか取れず、孫娘は74枚を手にして得意満面だ。悔しがっていると「じゃー、神経衰弱(トランプの遊び)しよう」と言う。「今度こそ負けないぞ」と頑張ったがやっぱり負けてしまった。

 さらに驚かされたのは仙台に住む次女の5月に3歳になる娘とのスマホを使ってのテレビ電話だ。小1の孫娘が「何していたの?」と聞くと、「ユーチュブ見てた」と仙台の孫娘が答える。「何見てたの?」と聞くと、「ウンコ」と答える。すかさず次女が「もう、怒ってやって」と口を挟む。すると小1の孫娘は「女の子っぽくないねえ。私もそうだったけどね」と言い、「やっぱりいとこ同士だね」と笑う。つられて仙台の孫娘も笑う。

 仙台の孫娘が自分の名を呼び捨てにするので、小1の孫娘は「あのねえ、お姉ちゃんとか姉さんとか呼びなさい」と言う。小1の孫娘は大学生の姉を呼び捨てにしているが、周りにそういう子がいないことに気付いているようだ。子どもはよく観察していると思ったことがもうひとつある。小1の孫娘がカメラに向かってヘン顔をした時、仙台の孫娘が「キモ!」って叫んだ。そのことを後で、次女がダンナに「キモ!」と「言うからなんだよ」と解説してくれた。

 子どもは周りを見て育つ。教えたことばかりでなく、教えないこともちゃんと見ていて覚えていく。長女も時にダンナに向かって「オマエ」呼ばわりするし、時にはバカにしたような言い方をする。私は夫婦の考え方が違ってもいいと思うが、いくらふざけているとしても、相手の尊厳を傷つけるような言い方はしないで欲しいと思う。面白がって言っているだけのつもりでも周りの人はそう思えないことがある。国会の証人喚問も同じだ。

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大学の卒業式

2017年03月23日 18時22分01秒 | Weblog

 孫娘の卒業式に行ってきた。大学の卒業式は学位記授与式と呼ぶことを初めて知った。マンモス大学なので午前と午後の2回に分けて行われるそうだ。私が議員だった時の成人式もそうだったが、なかなか式場に入らずに玄関前に集まってワイワイガヤガヤとしまりがない。女性たちのほとんどが袴姿で洋装の人はわずかしかいない。男性は逆にほとんどが背広だが、中には着物姿もいる。騒がしいかと言えばそうでもなく、厳粛かと言えばそうでもない。

 今の大学生は、「国歌斉唱」と言われれば抵抗なく歌うように、めんどうなことが嫌いなのだ。式典の後は学科毎に分かれて、個人個人に学位記が手渡される。そのため保護者が一斉にシャッターを切る。他の大学では見られない保護者へのサービスらしい。ここでも学科主任から卒業生にはなむけの言葉が語られる。学長の告辞もそうだったが、まるで高校の卒業式のように思われた。

 しかし考えてみれば、私が学長や主任であっても同じことを話すだろうと思う。挨拶をしなさいとか、報告・連絡・相談は社会人として大事とか、仕事だけでなく幅広く興味を持つようにとか、大学生はこんなことを最後の言葉として贈られるのかと考えさせられた。50年前に私が大学を卒業する時も学長は同じようなことを言ったのだろうか。

 私は大学の卒業式に参加しなかった。出席しなければという意識が無かった。大学4年はほとんど東京の出版社にいたので、すっかり大学と疎遠になっていた。12月末に会社を辞め、1月から卒業制作と卒業論文にとりかかり、学生であることを忘れていたのかも知れない。多分、卒業式に着ていく服が無かったことも原因かも知れない。高校の教員に採用が決まってもまだ背広は持っていなかった。

 卒業生の男女があちらこちらで記念写真を取り合っている。華やかな色とりどりのグループがいくつも出来ては離れ、また出来ていた。幸せでいいなーとつくづく思う。

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WBCと甲子園大会と

2017年03月22日 17時45分11秒 | Weblog

 ロサンゼルスで行われたWBCの準決勝戦で、日本はアメリカに負けた。投手も打者もそれほど大きな差はなかったように見えたが、やっぱり打撃力の違いが出てしまった。「パワーでは対抗しても勝てないから、日本らしい守備からのリズムで勝機をつまむ」としていたが、これまで超人的なプレーで堅い守りを誇ってきた菊池選手にミスが生まれ、松田選手にも伝染し、これが命取りになってしまった。

 春の甲子園大会も熱戦が続き、観戦する側は辛いものがある。大会開始直後の至学館の試合は延長戦までもつれたが、この大会は既に延長戦となった試合がいくつかある。今日の中日新聞の『中日春秋』は21世紀枠で出場した多治見高校の奮闘に触れていた。21点という超大差で敗れたが、取られた8つの三振は全て空振りであって、見逃しの三振は1つもないと称えた。「バットは振らなきゃ当たらない」、そこに「選手の信じる心と明日を見る」とあった。

 筆者の視点に思わず嬉しくなってしまった。「スポーツは全力を尽くして戦う。だから見る方も感動するし、楽しい」とスポーツ好きは言う。試合をしているのは自分ではないし、自分と何も関係がないのに、見ていてハラハラドキドキしてしまうばかりか、時には涙さえ流れてしまう。それでもスポーツは勝者と敗者を生むので、私は熱中出来ないというか、熱中しないようにしている。あんなに頑張ったのにと思うと悔しくて可愛そうでたまらなくなる。

 木村拓哉さんが主演したテレビドラマ『A LIFE』で、ライバル(?)の浅野忠信さんが「俺がどんな気持ちか、分かるか!」と怒鳴った時は何も答えられなかった木村さんが、「分からない。人の気持ちまでは分からない」と言う場面があった。人はよく自分の気持ちを理解して欲しいと願うが、自分ですら自分の本当の気持ちなど分からないのだから、推察は出来ても本当のところは分からないだろう。

 人は、他人は分からない。だからこそ理解しようとする。全く自分と関係が無ければ理解しようとは思わない。人は他人に近づくために努力する。侍ジャパンの小久保監督が辞任する。ご苦労様でした。ホンの少し、何かがそうさせただけ。例えば、野外球場だったこと、雨が降っていたこと、いろんなことがあるが、それが試合。明日は孫娘の大学の卒業式だ。

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曖昧糢糊

2017年03月21日 17時42分59秒 | Weblog

 豊洲市場の移転問題も森友学園の問題もどうも曖昧糢糊に終わるようだ。曖昧も糢糊も意味は同じではっきりしないということ。ハッキリしないものを2つ並べて「ぼんやりしている」と強調する不思議な言葉だ。しかも「模」は「木」へんでも「米」へんでもどちらでもよいとあるからますます「訳が分からない」。

 考えてみると物事をはっきりさせないのは日本人の特質なのかも知れない。中学2年の日本史の授業の時、先生が「日本には昔から住民自治があった」と言われた。室町時代の大津の坂本で馬借たちが一揆を起こし、合議で物事を決めていたという。そういえば、戦国時代は専制君主が支配していたが、どのようにするかは重臣たちの合議で決められていたし、江戸幕府も合議制を取っていた。

 武将たちは戦いの前に集まって作戦を練っていたし、負けた場合は君主が責任を取って首を差し出し終わりとしていた。村落も責任者を置いているが、決め事はみんなが集まる合議制であった。合議制だからといっても結論について全員が責任を負うことはなく、長が責任を取る形だった。昔から天皇は頂点にいるが象徴でしかなく、その名の下で権勢を振るう仕組みが続いてきたから、下々までそれが行き渡っていたのだろう。

 私は子どもの頃、戦争に負けたくさんの人が死んだのに、なぜその責任を潔く受ける軍人や政治家がいないのか、天皇は利用されたとしてもなぜ腹を切らなかったのか、不思議でならなかった。それが日本人の体質なら、せめて自分はそうでない日本人になろうと思い、キリスト教の門をくぐった。庶民に流れている仏教との違いに心がワクワクした。

 けれど今、4月には73歳となる。嫌いだった曖昧糢糊でいいじゃーないか、それは日本人の最も賢い生き方なのかも知れないと思えるようになった。ただ、積極的にそれを肯定できない自分がいるということも確かだ。いやまてよ、それもいいじゃーないかと思う。

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楽器が演奏できる人が羨ましい

2017年03月20日 18時21分53秒 | Weblog

 お世話になったピアノ教室の発表会に行って来た。この春、大学を卒業する孫娘が高1まで通った教室でもある。発表会は4部に分かれていた。1部はまだ習い始めてそんなに時が経っていない子どもたちで、ステージに登場してくる時も帰る時もぎこちなさが残る。2部の前半はこの子たちのハンドベル演奏だったが、ハープの演奏が加わったので楽しく聞けた。

 2部の後半は高学年向けで、「くるみ割り人形」の朗読と高学年の子たちの見事な連弾がコラボする見応え聴き応えのある企画だった。そして最後は、高学年の子を2つに分けた3部と4部だったが、さすがに高学年だけあって見事な演奏だった。中学3年生が最後の発表会だった孫娘も「あっ、この子たち知ってる」と言っていたから長く教室に通っている子たちだ。

 別にプロを育てる訳ではないが、「遊びではないピアノ」を先生は目指しているから練習はかなりきついようで、脱落していく子もいる。それでもこんなに多くの大きくなった子どもたちが通っているのは先生に魅力があるからだろう。演奏者の中にはこのままプロになるのではと思うような子もいた。

 私はピアノが弾けないけど、音楽には惹かれるものがある。小学校に通っていた道で聴いた三味線の音や、少しずつピアノ教室も出来てきいて、流れてくるピアノの音に聴き入った覚えもある。高校の時、新聞部の前を進むと奥に音楽室があり、1年下の女の子が朝早く来てピアノを弾いていた。その子は私の家の前を通りピアノ教室にも通っていたから、朝早くか、土日の午後に待っていれば会えるのに、声をかけることも出来なかった。

 小1の孫娘もピアノを習っているし、上の孫娘もピアノが弾ける、長女のダンナもピアノを弾くので、いつか3人が合同で演奏する機会もあるかも知れない。ダンナのお父さんはサックスが吹けるし、ダンナの姉ふたりもピアノが演奏できるし、長女もヴァイオリンを弾くから、家族揃っての演奏会も夢ではない。楽器のできる人はいいなあーとつくづく思う。

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自分で育てるから愛おしい

2017年03月19日 17時49分51秒 | Weblog

 ルーフバルコニーのバラの鉢にやっと肥料を施す。寒い日や風の強い日が続き、なかなか作業が出来なかったが、今日の午前中は比較的穏やかだったので、思い切ってルーフバルコニーへ出た。それでもやはり外は寒い。バラもかなり新芽が伸びてきた。やはり昨秋に鉢の土を入れ替えたことがよかったようだ。

 評論家の寺島実郎氏が、日本は先進国の中で食糧自給率が最低であるから、「都市郊外にリタイアした人たちがシステムとして農業の一翼を担う形で参画することが、日本の高齢化社会のパラダイムを変える」と提案している。評論家というのは現実を知らないようだ。我が町の1坪農園はほとんどが高齢者か女性だ。農業塾の生徒も同様で、高齢者と女性が多い。

 もうすでに、農業の一翼を高齢者と女性が担い、日常の野菜を自給自足している。野菜作りは自然任せだから難しいが、「だからこそ創意工夫が面白い」と先輩たちは言う。家は農家だったのかと聞けば、多くの人が「初めてのことで見て勉強している」と答える。互いに「こうしたらいい」とか「種から育てた方が安上がりだ」とか教え合っているようだ。

 今はまだ高齢者が多いけれど、そのうち「何をしていいのか分からない」と行く末を気にする若者たちが、「農業」に興味を抱くようになるかも知れない。効率を最も大切か価値と考えてきたけれど、そうではない社会に向かう、いや向かわざるを得ないのではないかと思う。私は野菜作りに自信がないのでもっぱら花を楽しんでいるが、ルーフバルコニーに置いた鉢の花は寒さのために開花が遅いが、室内に置いておくと急激に成長する。

 野菜もハウスで工場生産のように育てるところもあるが、1坪農園の人たちが言うように、形も不揃いで虫食いがあっても、「農薬を使っていないから安心で美味い」のだ。確かに獲れたての野菜を時々いただくが甘くて美味しい。今日も1坪農園で人々が作業している。自分で育てたものは花でも野菜でも愛おして価値がある。

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とりあえずでいいじゃーないか

2017年03月18日 17時38分18秒 | Weblog

 「とりあえず『大学進学』が生む3つの社会的罪」という文章に出会った。その罪は、1)家庭から豊かさを奪う 2)少子化 3)若者の力を削ぐというものだった。この筆者がどういう立場の人なのか知らないが、「とりあえず大学進学」を「罪」と弾劾しなければならないのか、私には分からない。

 1度だけ大学の教壇に立ったが、確かに彼らは「何のために大学に通っている」のか、明確ではないように見えた。でもそれは、50年以上前の私も同じだった。高校卒業の直前に父親を亡くし、大学に行く必要が亡くなったと私は思った。兄から「入学金は出してやるから大学に行け」と言われて受験したが、明確な目的は「大学に行く」とこと以外になかった。

 現在、大学に進むことは大きな負担を家庭が背負い込むことになる。家庭にとっては確かに「豊かさを奪う」ことかも知れない。それでも親が行かせてやりたいのであれば「豊かさを奪う」と弾劾することではない気がする。大学に進学することで、卒業という資格だけでなく、もっと豊かなもっと大きな「何か」を得るかも知れない。単に知識や資格だけでなく、友だちや先生や人の出会いがあるかも知れない。

 大学に進学することを少子化に結びつけることも理解できない。大学進学率と少子化は結びついているようにも見えるが、もっと社会全体の構造というか流れのようなものが作用している。そもそも少子化を罪とする考えが私には分からない。少子化だっていい。他人のために子を産む訳ではないから、社会の仕組みや構造を現実に合わせて変えればいい。

 「とりあえず大学進学」は「若者の力を削ぐ」と言い、「社会に早く出て仕事で力をつける」と筆者は主張する。きっとこの人は真面目なタイプで、「とりあえず」などといういい加減な生き方が好きではないのだ。小学生の時から将来のことを考えている人もいるが、多くの人は何となく生きている。私もそのひとりで、「人はとりあえず生きていればいい」と思っている。

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意思疎通が悪い

2017年03月17日 17時51分32秒 | Weblog

 カミさんの叔母が入院している病院に行ってきた。2月の初めに見舞った時は、比較的元気そうだったからそろそろ退院かも知れないからと、カミさんが従弟に電話をすると、「寝たままで、車イスにも乗れない」と言われ、見舞いに行くことになった。途中にある「白鳥庭園にも行きたい」と言うので、待ち合わせ時間を考え早く出かけた。

 白鳥庭園も病院も私は行ったことがあるので場所は分かるが、カミさんは「ナビに案内させる」と操作を始める。ナビは高速道路を案内するので到着時間は下道を走るより30分も早い。ところが高速を降りると私が思っている道とは違う方向へと導いてくれる。こうなるとナビの指示通りに運転した方がいいのだが、隣の席のナビゲーターが「右じゃーなくて左」とか「左ではなく直進じゃーないの」とか、とてもウルサイ。

 「あのねえ、ナビが指示してくれるのだから黙っていてくれない」とお願いする。すると、「この頃、意思疎通がうまくいかないわね」と言う。運転中にいろいろゴチャゴチャ言われるのが一番困る。困るというより危険である。それにナビの画面を勝手に操作して混乱させるのもやめてもらいたい。ナビ通りに運転して来ているのに、道路も確認しないで指示するのもやめて欲しい。

 「意思疎通がうまくいかないのは、あなたが私の言うことを理解しないからよ」と言いたいのだろうが、そっくりそのまま返上したい。大事なこと、たとえば待ち合わせの時間とか、そういうことだけをキチンと伝えて欲しいのに、枝葉のことが多すぎる。けれどカミさんからすれば、「肝心なことを聞こうとしない」と言うだろう。年寄りの夫婦が、意思疎通が下手なのは相手の言うことを理解する前に思い込んでしまうためだろう。

 「話しても無駄だと思う前に、無駄でもいいと思うことが大事」と先輩が言っていた。頑固になるのは仕方ない。歳を重ねれば柔軟になるのは無理だ。せめて腹を立てたり、無視したり、怒ったりしない大人になろう。

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若い人たちの夢は?

2017年03月16日 17時08分31秒 | Weblog

 『侍 準決勝へ』の見出しが躍る。WBCで日本チームはイスラエルチームに勝ち、いよいよアメリカでの準決勝戦に臨む。昨日の試合は打撃戦だけでなく、相手チームのミスも大きかったが、「運も実力のうち」ということだろう。それにしても、どうして「侍」なのかとヘンなことが気になった。スポーツは「戦い」なので、戦いなら「侍」と結びついたのだろう。「百姓ジャパン」では強そうなイメージが湧かないから仕方ないか‥。

 「侍」が好きな人は今もいる。そんなひとりである昭和11年生まれの先輩から電話があり、喫茶店で待ち合わせた。歴史好きのこの人は政治好きでもあり、いろんな話を聞かせてくれる。話していたら歴史上の人物の名前を忘れたのか、いきなりポケットからスマホを取り出し、「ちょっと待ってね」と太い指で操作し始めた。「えっ、そんなことが出来るんですか。私の孫も何でもスマホで調べて教えてくれるけど、私は出来ないので、凄いですね」と感心した。

 私が「息子さんから?」と聞くと、「いや、自分でボケ防止のために買った」と言う。若い時は銀行員で、政治家とも付き合い、その人脈で仕事をしてきた。戦後社会を支えてきたのはこういうモーレツ社員だった。私が3月14日のブログで『残業よりも労働時間の短縮』と書いた同日に、中学からの友だちもブログで残業問題に触れていた。彼は大企業の下請け会社で営業を担当していて、月100時間の残業は当たり前だった。

 そして「誤解を恐れずに言えば、残業100時間で過労死や自殺死をする人は、残業そのものよりも他に原因があったのではなかろうか。仕事に対する適性がないのに残業を強要されるとか、上司のパワハラで残業を強いられるとか、そんな事情を抱えていたのではなかろうか。私の場合、少なくても営業担当を任された33年間は、たとえ月に100時間の残業をしたとしても、苦しさよりも充実感の方が勝っていた」と。

 私も自分で始めた地域新聞だったので、寝る間を惜しんで働いた。あの頃はそれが「報われた」時代だった。今とはずいぶん時代が違う。車を買ったり、家を買ったり、それが当然の時代で、家族旅行にも出かけた。満たされていなかったから夢だったが、今の若い人たちはどんなことが夢なのだろう。

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人には適役がある

2017年03月15日 18時30分16秒 | Weblog

 WBCが始まる前は辛口の批評が多かった。投手陣は粒が揃っているが、打撃陣が心配とも言われていたのに、始まってみると打撃陣の奮闘で連戦連勝である。投手が打たれても打撃で取り返す熱戦が繰り広げられ、見ている側は面白い。決して楽勝という試合ではないが、ここで点が欲しいと思うところで入るから、やっぱり日本チームは力があるのだろう。

 おかげで昨夜はテレビドラマ『カルテット』が見られなかった。野球をしている人たちには申し訳なかったが、フジテレビのドラマ『嘘の戦争』は見させてもらった。録画しておいて見ればいいのだが、最終回だったのでどんな風に終わるのか見たかった。今日、施設に居る姉の見舞いに行った帰り、妹たち夫婦もドラマを見ていたのでこの話で盛り上がった。

 『嘘の戦争』は草彅剛さんが主役だったから見応えがあったが、これを木村拓哉さんが演じたらこれほどのドラマにはならなかったと思うと私が話すと、妹たちも賛同してくれた。カミさんにそれを言っても「どうしてそんなことにこだわるの」と切り捨てられてしまう。木村拓哉さんが演じている日曜日のドラマ『A LIFE』の医者の役は、草彅剛さんでも出来るかも知れないが、やっぱりそうなると主人公の人柄が違ってしまう。

 人にはそれぞれ適役というものがある。私の人生は私にしか演じ切れなかっただろうが、果たして充分出来たのだろうか。父親が亡くなったのは私が高校3年の時、それから何度も引っ越したのに、父親が残した物を段ボール箱に入れて持ってきた。私が死ぬ前に整理しておこうと段ボール箱を開けてみた。父親の履歴書とか手紙とか日記とか童話の下書きのようなものがあった。

 それとキチンと整理された写真のアルバムが4冊かあった。1冊は裁縫教室を開いていた母親のアルバムで、生徒さんたちとの記念写真である。父親が校長をしていた小学校の記念写真も几帳面に貼り付けてある。写真も遺品も本人には大切な思い出なのだろうが、私にも懐かしい父や母の姿だが、私以外の人が見たらただのガラクタでしかない。

 思い出の品は残しておいても、本人以外には何の価値もない。父親の品物もそうだが、私自身がまだ大事に残している物を早く処分しておくべきだろう。だんだん暖かくなってきたから、断捨離に取り掛かろう。

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