友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

今晩は地域の最後の夏祭り

2016年08月27日 17時59分07秒 | Weblog

 朝の雨は止み、午後は青空が広がった。私は国際交流協会が主催する講演会に出席した。国際交流協会には世話になっているから、出席は義理を果たすためだが、講演のテーマが「英国はどうなるか?―英国が欧州連合から離脱―」とあったので聞いてみたいとも思い、出席を約束していた。講師は中日新聞の元論説委員の小塚哲司さんであった。

 欧州連合がどのようにして生まれたのか、英国民はなぜ離脱を支持したのか、そんな話が中心だった。これは多くの人が知っていることで、表面に現れていない話が聞きたかった。講演の後、出席者から「この事態について、先生はどう思われますか?」と質問が出たが、私も小塚さんがどう見ているのか聞きたいと思ったが、これから先どうなるのかという質問と受け止め、「難しいですね」と自分の感想は述べられなかった。

 欧州連合は解体していくのか、あるいは新たな連合の形に発展していくのか、そこが知りたいのだが、予想するような話はしたくないのだろう。姜尚中先生も「国民投票は感情に左右される」と言っていたが、小塚さんも「衝動みたいなもの」と捉えていた。どんな状況であったとしても国民投票が行われたことは事実で、結果が気に入らないからもう一度というのはふざけている。

 安倍首相は「任期中に憲法改正を行いたい」と公言しているから、どんな形であれ具体的な一歩を踏み出すだろう。国民投票まで進めば、僅差で決まることになるのは必然だ。憲法改正に「ノー」と言える世論作りが大事だが、改正派も必死で盛り上げてくるだろう。臆することなく堂々と議論すればいい。

 今晩は地域の最後の夏祭りで、友人は「焼きそば」をカミさんは「かき氷」の担当のため出かけた。私はひとり冷えたお酒でも飲みながらテレビでも見よう。1年以上も会っていない人から「午後、会えますか?」と電話をもらったのに、そんな訳で都合がつかなかった。結果が気に入らないからと気分を悪くせずに、また誘って欲しい。英国と欧州連合も時間はかかるがきっとうまくいくだろう。

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演劇「ウスリーの赤き流れに」

2016年08月26日 19時08分56秒 | Weblog

 卒業生が「私が演劇の劇中スライドを作成しました」と、演劇のチラシを送ってくれた。送ってくれたのだから観に行かなければならないと「ぴぁ」でチケットを購入した。どうせ行くなら、名古屋市博物館で開催している『ポンペイの壁画展』も観て来ようと、朝から出かけた。『ポンペイの壁画展』は、説明用のイヤホーンを着けている人が多く、なかなか前に進まないので混んでいた。

 火山の噴火で街が埋まってしまったのだが、そのため壁画が劣化せずに残ったとある。壁に窓を描いてその奥に遠近法で風景を描き込むことが、この頃のイタリア人の家の流行だったようだ。風景だけでなくギリシャ神話も描いているが、これも古代ギリシャへの憧れのようだ。先日もイタリアで大きな地震があったけれど、石とレンガの組み合わせの家は地震には弱い。

 千種文化小劇場は吹上駅からすぐなのに、何を思ったのか御器所駅で降りてしまった。1つ駅くらい歩いてもよかったがあまりにも暑いのでまた地下鉄に乗った。せっかく昼食を節約したのに、余分な出費になってしまった。平和を語り継ぐ公演と題する『ウスリーの赤き流れに』は、1945年8月の満州の東端、ウスリー江を臨む虎頭での悲劇を描いた演劇である。

 ソ連との国境に面した虎頭の山岳地帯には東洋最大の地下要塞があった。ところが戦線の拡大で関東軍は南方戦線に送られ、ソ連が参戦してきた時はわずかな兵隊と武器しか残っていなかった。開拓団の老人や婦女子など2500人ほどの民間人がいたが、無事に帰国できたのはわずか53人だった。それはなぜなのか。「バカな上官、敵より怖い」と言うように、戦場では命を守ることよりも軍規が優先され、降伏を恥と教えられてきたからだ。沖縄戦でもそうであったが、無駄死を名誉と強制した。日本が無条件降伏した8月15日を過ぎても降伏を受け入れず、勧告する軍使を切り殺している。

 戦争を繰り返さないと誓った新憲法が変えられようとしている今、戦争の悲劇を語る必要があると劇は訴える。それでも「自主憲法」の声が大きくなってきた。戦争でいったい誰が得をするのか、軍隊がなければ国民は守れないのか、もう一度考えてもいいと思う。

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あしびきの山鳥の尾のしだり尾の

2016年08月25日 18時19分35秒 | Weblog

 もうすぐ秋だというのに、暑さは少しも収まらない。それでも朝、ルーフバルコニーに出てみると花たちに真夏の勢いはない。強風と熱射で花も葉も痛んでしまった。いったん傷ついた花や葉は蘇ることはなく朽ちていくしかない。どんなにしつこくしがみつていたとしても、やがて時が迎えに来る。

 秋は草木が冬に向けて準備にかかる。花も春と同じように咲き揃う。いや、春以上に花が多いと言う人もいる。それなのに、秋が深まるとなぜか淋しくなる。人恋しくなる。秋の夜長の寂しさを詠った柿本人磨の歌を思い出す。「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝む」。

 「あしびき」は山の枕詞だから意味はない。次に山が続くと思えばいい。声を出して長く詠えば、枕詞だから山が連想できる。「山鳥の尾のしだり尾の」もキジの枝垂れた長い尾のことで、山鳥はキジのことだ。ここまでは全て「長々し夜」を導くための言葉だが、非常に巧みで語感もいい。さすがに名人といわれる柿本人磨である。

 従って、歌の意味は「長い夜をひとりで寝るのは寂しい」ということだが、ここからどう想像の世界を広げていくかは受け取る人の自由である。加藤登紀子の『ひとり寝の子守歌』(「ひとりで寝る時はよぉー膝小僧が寒かろう おなごを抱くように温めておやりよ」)は、獄中の恋人を想って作った歌のようだが、彼女自身の願いだったかも知れない。

 独り寝の悶々とした様を「恋愛小説じゃーなくてエロ小説だ」と評した人もいるが、西洋人の倫理観が入って来るまでの日本には恋愛と性行為を区別する考え方はなかった。キリスト教は罪と愛に縛られているが、日本人は恥と欲から世間を見ていた。和歌は言葉遊びであり、相手を口説く手段であったから、現代の日本人から見るとエッかも知れないが、見事に昇華されていると思う。

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男の甲斐性

2016年08月24日 18時36分09秒 | Weblog

 故郷の寺に、祖父が墓を建てた孫がいる。「これからどうなるのか分からないのに」と転勤族の孫は、祖父の気持ちが「理解できない」とこぼす。祖父は私よりも年上の人だから、「男子たる者は、一生のうちに家を建て、墓を建てる」と教え込まれてきたのだろう。私の父はそんな気はなかったが、母は「それが男の甲斐性だよ」と言っていた。

 私は3男だったから、家を出て独立して家庭を持つことになる。そしていつかは家を建て、墓を建てる、これが男の務めというのである。私たちがマンションを購入した時、カミさんのお父さんは「そんな空中に家を買って」とぼやいていた。カミさんのお母さんはベランダに出るのも「怖い」と嫌がった。お父さんはルーフバルコニーの一番高いところに椅子をおいて、眼下に広がる濃尾平野を眺め、「天下を取ったような気分だな」と言ってくれた。

 土地のない家に不満だったはずだが、娘も婿もここが気に入っているなら、自分は認めてやろうというお父さんの思いやりである。お父さん自身、長男でありながら故郷を離れ、土地を買って家は建てたから、男の役割の半分は済ませたと自負していた気がする。生まれた土地に住み着いていた時代から、勤め先の近くに土地を買い家を建てる時代に変化していったが、墓については故郷の寺の先祖の墓でと考える人が多い。

 しかし、実際には故郷は遠過ぎて墓参りにも行けないという話を聞く。先日会った石屋産の話では、「墓を建てる人よりも撤去する人の方が多くなっている」そうだ。先祖を敬ないわけではないが、現実として、故郷に帰るのはお金がかかりすぎるのだ。家族4人で帰らないで、夫だけとか妻だけとか分けている家庭もある。

 家や墓に対する価値観というか、考え方が時代と共に変わるのは仕方のないこと。家族が変わったというより時代の変化が考え方を変えさせたのだ。お寺が葬儀を行い墓を置く場所でなくなる日は意外に早くやって来るかも知れない。お寺で音楽イベントが行われたり、英会話教室が開かれたりしている。お寺も生き残りを模索している。

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愛し方は学習するしかない

2016年08月23日 17時54分03秒 | Weblog

 台風一過なのにまるで真夏がやって来たような暑さだ。暑さのせいではないと思うけど、父親が小6の息子を、母親が幼い子ども4人を殺害する惨事が起きた。どういう事情かは分からないが子どもの命を奪うことなど決してあってはならない。生死は神様が決めることだ。殺人を犯した父親も母親も共に40代、悩みを抱え込む年齢なのだろうか。

 大和塾が10年経ち、9月24日の姜尚中先生を講師に迎えた市民講座で幕を閉じる。私が創設したが、今は紙名が変わってしまった地元紙の編集長が代表のところに取材に来た。私の手を離れてもう20年になるのに、「師匠の前ではやりにくいです」と言う。広告会社に勤めていた彼女に地域新聞の作り方を教えてきたが、新聞の愛し方までは教えられなかった。愛し方は人様々、自分で身に付けて行くしかないからだ。

 親が子を愛するのは当然のことだが、その愛し方は学習でしか得られない。子育てやその前の子作りも人間の本能だと思っているが、動物の中で人間だけが本能を失ってしまっている。動物のように子作りして、生まれ出たなら子育てができる、そういう仕組みを人間は進化の過程で学習に置き換えてきた。人間に残っている本能は食べることと眠ることくらいではないか。

 本能ではないから家族であっても居心地がよいとは限らない。下重暁子さんが『家族という病』で「家族ほど、しんどいものはない」と書き、上野千鶴子さんが「結婚しない、家庭に束縛されない、自由な生活」を主張するのに対し、金美齢さんが「家庭ほど安らぐ場所はなく、夫婦ほど支え合える関係はない」(『家族という名のクスリ』)と反論している。下重さんも上野さんも「家族という概念にこだわり苦しむことはない」と言っているだけのことであり、金美齢さんは恵まれた家庭が持てたというだけのことだ。

 子作りや子育てそして愛し方は学習していくしかないのだから、何がいいのかどうすればいいのか、手本を探し学んでいくことだろう。絶対的な方法も到達点も自分が見つけていくしかない。そもそも絶対そのものがないのかも知れないが、それもまた人間に課せられた学習なのだろう。

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中島みゆきのトリビュートライブを観て

2016年08月22日 18時28分28秒 | Weblog

 昨夜はNHKの『真田丸』に続いて、BSで韓国時代劇と小泉孝太郎がビリギャルを東大に合格させる『受験のシンデレラ』を見ていた。その後、番組の宣伝なのかと思っていたら、中島みゆきの歌を女優の満島ひかりや大竹しのぶ、演歌歌手の坂本冬美が歌うトリビュートライブが放映された。やっぱり中島みゆきの歌はいいなあー。

 中島さんは1952年生まれだから私より8歳年下、団塊の世代の端になる。高校の文化祭でオリジナル曲を歌ったというから1970年だろう。大学は学園紛争に明け暮れ、街頭ではフォークソングが歌われていた。彼女のデビュー曲『アザミ嬢のララバイ』は夜に働く女性の哀歌のようだった。

 この70年代に『あばよ』とか『かもめはかもめ』が生まれているし、私が好きな『時代』も『わかれうた』もこの頃の歌だ。『あばよ』の歌詞は、「なにもあの人だけが世界中で一番優しい人だと限るわけじゃあるまいし、たとえば隣りの町ならばとなりなりの優しい男がいるもんさいくらでも」と別れの悲しさを開き直って歌っている。

 中島さんの歌は別れ歌が多い。『わかれうた』の歌詞を見ると、「途に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか」で始まり、「別れはいつもついて来る 幸せの後ろをついて来る それが私のクセなのか いつも目覚めれば独り」とある。『空と君のあいだに』の歌詞も凄い。「空と君とのあいだには今日も冷たい雨が降る 君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる」そして「ここにいるよ愛はまだ ここにいるよいつまでも」とつながっていく。

 歌詞を挙げたら切りがないくらい言葉の使い方がうまい。先日、長女のダンナの姉がリサイタルを開いた。養護学校に勤めている傍らでクラシックを歌っているが、お父さんは「それほどうまくない」と遠慮して言うけれど、歌い続けていることだけでも立派なことだ。クラシックのソプラノ歌手にしては細身だから声は優しい。太ったならもっと響かせる技量はあると思う。

 今回は「子どもたちへ」と題して、山田耕筰など日本の歌を歌ったが、中でも『童神』と『曼珠沙華』は素晴らしかった。イタリヤ語やドイツ語の歌は言葉の意味が分からないが、日本語の歌はそこが違う。これからもぜひ日本語の歌、出来れば中島みゆきも歌って欲しい。

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高校野球もリオ五輪も終わる

2016年08月21日 18時14分34秒 | Weblog

 高校野球の甲子園大会は作新学院が北海に勝った。リオ五輪も明日で終わる。暑い夏の熱い2週間だった。リオ五輪では、体操や柔道や水泳など話題の人が大活躍だった。伊調馨さんの4連覇、ウサイン・ボルト選手の3連覇など凄い記録が生まれた。銅メダルの卓球3人姉妹の涙、4連覇を逃した女子レスリングの吉田選手の涙、そして金メダルに輝いたバトミントン女子のダブルスの涙も印象深い。今朝のサッカー、主催国のブラジルが優勝して本当によかった。逆だったら暴動が起きていたかも知れない。

 熱心な観戦者だったカミさんは、「チームプレイが勝ちを呼んだオリンピックだったわね」と分析する。個人の能力はもちろんだが、個人の能力以上のものをチームプレイは引き出す。日本人の特性でもあり、教育の成果でもあるだろう。私もテレビで見ていて感動的な気持ちになる。ただ、スポーツは勝負の世界だから勝者がいれば必ず敗者がいる。勝者を素直に祝福してあげればよいのに、なんとなく敗者のことが気になってしまう。

 今朝、中学校の同級生から紹介してもらった石屋さんと故郷の寺で落ち合い、墓の状態を見てもらった。墓守をする人がいないことを告げると、「撤去する方がよいでしょう」と言う。そのためには勝手に出来ないから寺と相談する必要がある。日取りや費用のこともあり、まあ一歩一歩進める他ない。電話をくださった叔母にも墓を取り壊すことを伝えておく必要があると思い、叔母の家に寄った。通いなれた小学校の近くの大きな家だったが、辺りはすっかり変容していた。

 何となくこの辺りだったと思うところで偶然、若い親子が家の前にいたので訪ねてみた。やっぱりその目の先が叔母の家だった。チャイムを鳴らすと懐かしい叔母の声がした。墓は取り壊す予定だが、まず寺とよく相談する、そして取り壊すための儀式の時は連絡するので参加してください、そんなことを話した。「悪いね、あんたに押し付けて。私もそう長くないで、気になってしまってねえ」と叔母は言う。私もまた、残された家族が困らないようにけじめをしておきたかったので、「私で出来ることはさせてもらいますから」と答えた。終焉は必ずやってくる。

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連続して電話が鳴った

2016年08月20日 13時17分25秒 | Weblog

 連続して電話が鳴った。「新聞で見たのですが、申し込みはどうすればいいですか?」とか、「場所はどこですか。巡回バスはありますか?」とか、「駐車場はありますか?」という問い合わせだ。先日、中日新聞社から大和塾の第50回市民講座について電話取材があったが、それが今朝(19日)の新聞に載ったようだ。豊橋の方からも電話があったから、尾張版ではなく県内版だろうと探したけれど見つけられなかった。

 5人目の方に「どこで見られました?」と聞くと、「今朝の中日新聞です。小さなところです」と教えてくれた。一体どこに載ったのだろうと思い当たるページをくまなく探してみた。くらしのページの「くらしの作文」の隣りにある『情報ボード』に7行掲載されていた。こんな小さな記事を見ている人がいるのかと感心した。電話をかけてきた人は5人とも女性だった。

 講師の姜尚中さんに女性ファンが多いことは、講演会を聞きに行った私には分かるが、「大恋愛の末に結婚された」ということまで女性が知っていることにビックリした。その女性は「あの当時、在日の方が日本の方と結婚することは大変でした。姜さんも両方の家から反対されたようです」と教えてくれた。「風貌と話し方とのギャップがいいですね」ともおっしゃる。女性は思わぬところを評価するものだともうひとつ感心した。

 そんな話を教育長としていた時、「昔は確かに差別がありましたね。しかし今、彼は日本を代表する知識人ですよ」という話になった。「移民を排斥するとトランプは言うが、アメリカはそもそも移民の国じゃーないですか。差別したり排斥するより、互いに理解し合う道を探らなくてはいけないのに、時代錯誤です」。「自分たちと違った者をやり玉にあげて騒ぐのは愚民ですよ」「そうそう、これからは全てを受け入れながら、ああでもないこうでもないと時間はかかっても納得するまで話し合っていく時代でしょう」ということになった。

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「分かっている」は幻想でしかない

2016年08月19日 18時06分53秒 | Weblog

 昨夜のテレビドラマ『はじめまして、愛しています』を見ていて、エッ?と思うことがあった。いよいよ里子が尾野さんたちの家庭に馴染んできて、幼稚園に通うようになる。そこでいじめが発生すると考えるのが普通だが、ドラマでは里子の「はじめ」君がいじめを目撃し、助けたい気持ちからいじめている子に暴力をふるってしまう。「暴力はダメでしょう」と親はきつく叱る。この時、「はじめ」君は「僕はどうしたらいいの?」と聞く。

 いじめられたら、どうしたらいいのだろう。いじめた奴をぶん殴って、力を見せるべきなのか。いじめられないようにへつらうのか。先生に「あの子がいじめる」と告げ口するべきなのか。もし、ドラマのようにいじめられているところを見たならどうするべきなのだろう。ドラマの両親の答えは私の想像を超えていて、エッ?と思った。

 尾野さんたち夫婦は「はじめ」君に、「あなたが決めなさい。お父さんもお母さんもあなたを絶対に守ってあげるから」と言う。5歳の子にそれは無理だろう。お父さんはこう思うよ、お母さんはこう思うよと、二人が同じでなくてもいいから親の考え・価値観を子どもに伝えるべきではないのだろうか。

 ドラマは思いもよらない方法で解決したように見えた。それは尾野さんが扮する女性の父親である世界的な指揮者が口癖のように言う「音楽には人を変える力がある」ことを証明する。音楽に不思議な力があると私も思うけれど、それでもこれは出来過ぎではないだろうか。昨夜のドラマのテーマは「いじめ」のようで、尾野さんの夫の妹の子が家出してくる。母親が連れ戻しに来るが娘は「帰らない」と言う。

 「お母さんはあなたのことを思うから言うのよ」と母親が言うと、「お母さんは私の何を知っているの?」と娘は反論する。母親は聞く耳を持たずに「勝手にしなさい」と言い放ってしまうが、ここで「ごめんなさいね」と聞く気になれば母と娘は一歩近づくことができただろう。親子だから分かっているというのは幻想でしかない。分かり合うためには譲歩が必要だが、親子といえどもそれはなかなか難しい。

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ドラマ「はじめまして、愛しています」とSMAPの解散

2016年08月18日 18時48分45秒 | Weblog

 先日、大学生の孫娘が泊まっていった時、私がテレビを見ていると、「面白いね」と言って一緒に見入っていた。それは尾野真千子さんが主演しているドラマ『はじめまして、愛しています』で、親から虐待されて施設に預けられた男の子の里親になろうとする物語だ。孫娘は母親と同じ看護師になろうとしているくらい世話好きだから、里親になろうとする夫婦に関心があるとともに、小児科に勤めたいと希望しているように、里子のことが心配だったのだろう。

 尾野さんは美人ではないけれど、非常に個性的な女優だと思う。女優になるきっかけとなった映画『萌の朱雀』は、まだ彼女が中学3年生の時の作品だ。地元中学校で靴箱の掃除をしている際に映画監督河瀬直美さんの目にとまったという。NHKテレビの朝ドラにも出ていたし、真木よう子と共演した民放のドラマも印象深い。最近、結婚したばかりだからまだ子どもはいないと思うが、彼女の演技から親になろうとする必死さが伝わってくる。

 『はじめまして、愛しています』は今晩9時の放映だが、リオ五輪の中継もあるからカミさんとチャンネル争いで勝たないと見られない。カミさんはスポーツ好きであるばかりか、最近では芸能にも関心があるようだ。もちろんその中心はSMAPの解散である。そういうものの私たちの年代ではテレビでSMAPを見ていた記憶はあまりない。SMAPが結成された1988年は既に40代半ばだから、我が子よりも若い男の子のグループなど目に入らなかった。

 SMAPの歌で大ヒットした『世界にひとつだけの花』はとてもいい歌だと思う。先輩は「競争を否定する日教組の歌だ」と批判するが、日教組など無かった時代に詩人の金子みすゞは「みんなちがって みんないい」(『私と小鳥と鈴と』)と歌っている。人間はみんなそれぞれに違う。だからこそ愛し合うことも憎み合うこともあるが、理解しようともする。SMAPが解散するのはある意味で当然だ。彼らも既に40代、いつまでも子どもではいられない。それぞれが自分の道を歩きたいと思うのは必然なことだ。

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