友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

困った性格である

2016年12月04日 17時52分58秒 | Weblog

 バラの鉢の土を入れ替えていたら、ほとんど根がないものがあった。台風の時に倒れていたので風のせいだと思っていたが、根が無ければ倒れるはずだ。このバラは我が家では一番古く、深みのある真っ赤な花が咲く。今年の春は楽しませてくれたのに、秋に咲かなかったのは根が張っていなかったからだと分かった。もう寿命なのかと思いながら根を見ると、わずかだけれど白い小さな根が出ている。枯れても仕方ない思いながら、枝を切り落として新しい鉢に添え木をして植えてみた。春に芽が出てくればいいのだが‥。

 このバラの土は長い間入れ替えていない。そのままでは可哀想に思って作業をしたのだが、根がない代わりに昆虫の幼虫がいっぱい出てきた。この幼虫が原因なのだろうか?土を入れ替えなかったのでかなり硬くなっていたせいか?根がなくなった原因までは突き詰められなかったが、根の痕跡は残っていなかった。原因がはっきりしないのは嫌だが、だからと言って知識があるわけではないので、植え替えた成果が出るのを祈るばかりだ。

 小1の孫娘のクリスマス・プレゼントは一輪車になった。私のブログを読んだ長女のダンナからの提案である。長女は娘が喜ぶものであれば何でもいい、教育的な意味など関係ないと思っている。カミさんも「あの子が欲しいものを贈る方がいい。喜ぶ顔が目に浮かぶ」と、長女が知らせてくれた文房具を贈るつもりでいた。そうであれば、私は反対する気はない。私が心配だったのは、そんな目立つものを学校へ持って行って、イジメに会ったりしないかという点だ。

 孫娘がどういう子どもに、そしてどういう大人に育って欲しいか、それは両親の思いが強いだろうが、ジジとしても全く無関心ではない。私は子どもの頃から理屈っぽく、自分の理屈に合わないことが嫌いで、つい自我を通そうとする。我がままでもあるし、自分勝手でもある。困った性格である。

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小学校の時を思い出していた

2016年12月03日 18時21分52秒 | Weblog

 余りにもよい天気だったので、朝からバラの鉢の土を入れ替えた。バラの鉢は12号と13号だが、一回り大きな鉢が3個ある。いきなり大きなものはしんどいので、まずは12号の鉢から始める。全部で6個出来た時は午後4時を回っていた。先日、チューリップの球根を植えた時、その日は何ともなかったのに、翌日は太ももがパンパだった。今日は無理をしないように、時々身体を伸ばして休みながら作業をした。

 「ラジオを聴きながら作業をする」と言う人は多いが、私はもっぱら小学校の運動場からの声を聞いている。小学4年の時、クラスにボスがいて、授業後の教室でプロレスごっこをやっていた。私はチビで口数の少ない色白の痩せた男の子だったが、なぜか残されてプロレスごっこをさせられた。ボスは身体も大きくプロレスの技もよく知っていて、私を含めてほとんどの子がボスの言いなりだった。

 写生大会の時はボスの絵を描かされた。ボスは佳作になったが、私の絵は時間が無くて入賞もしなかった。朝、教室に入ると「宿題をやれ」とノートを渡される。学校へ行くのが嫌になり、今で言う登校拒否になった。こんな自分が情けなくて、「強い意志」を持つ決意をした。消極的でおとなし過ぎる性格を変えようと思い、児童会の会長もやった。

 中学校も同じだったはずなのに、ボスはどこにいたのだろうと思うほど目立たなかった。中学校の時のクラス会の2次会でスナックに入ったら、ボスが先客でいた。誰かが「お前にはよくいじめられた」とボスに話しかけたが全然覚えていなかった。いじめた側は覚えていないのか、あれほど苦しんだのは何だったのかと思った。

 ボスは中学校の時よりもさらに影の薄い中年になっていた。今、あいつはどうしているのだろう。小学校の時は野球選手になるようなことを言っていたが、中学では野球部にいなかったし、仕事は何をしたのだろう。運動場の少年野球の子どもたちとコーチの声を聞いているうちに、どうしてなのか小学校の時を思い出していた。

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カジノ法案は人をダメにする

2016年12月02日 18時54分34秒 | Weblog

 カジノ解禁法案(統合型リゾート施設整備推進法案)が今日の委員会で、自民党と日本維新の会などの賛成多数で可決された。ラスベガス、シンガポール、マカオ、済州島にも大規模なカジノ場があり、日本でもカジノを開設し、経済成長につなげたいということらしい。世界からカジノのような賭博場を無くしていくなら賛成だが、どうして政府がギャンブルを推進するのか不思議だ。

 安倍政権は観光客の増加が期待できると言うけれど、そもそもギャンブルを肯定してよいのかと思う。一攫千金の夢は誰でも見るものだから、そういう喜びがあってもよいではないかという考えなのかも知れないが、ギャンブルで家庭崩壊の例はいくらでもある。公明党が自主投票にして採決に慎重だったのも、そうした家庭をたくさん見ているからだろう。

 宝くじだって何十万円と買う人がいるし、パチンコを一日中やっている人もいる。競馬も競艇も競輪も公営で行われているのだから、カジノに目くじらを立てることはないと言う人もいるだろう。ところが人間はなかなか自分を制御できない。負け出すと金を借りてでも挽回しようとする。コツコツ働いたのでは貯まらない金なのに、ギャンブルならアッという間になくなってしまう。

 「ギャンブルは男の楽しみだ。ギャンブルも出来ないヤツは男じゃーない」とギャンブル好きな友人は私の根性無さを笑うが、ギャンブルは人生だけで充分と私は思っている。金が欲しければ働くことだ。みんながそう思える社会にすることが政治の目的で、落ちこぼれる人が出てもそれは自己責任、税収が増える方がいいというような政治は不健全だ。

 楽しいことが多いのはいいが、ギャンブルは楽しみに留まらない。一家離散や自殺あるいはヤケになって人に被害を及ぼすことだってある。「ちいさいなあ」と言われるかも知れないが、「金はコツコツ働いて得ましょう」と言いたい。家族でトランプしたり、友人と麻雀したり、そんなことでも結構楽しいよ。

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孫娘のクリスマス・プレゼント

2016年12月01日 17時55分26秒 | Weblog

 小1の孫娘のクリスマス・プレゼントのことでババは悩んでいる。「あの子のプレゼントに何がいい?」と長女に訊ねたところ、ケバケバした文房具の写真をメールで送って来た。「こんなものを持って学校へ行かせられない」とカミさんは言う。「これは感心しませんと伝えてやればいいんじゃないの」と私が言うのに、「そんなことは言えない」と躊躇している。

 「あの子が欲しいものなのだから、プレゼントすれば喜ぶんだから」とまで言う。「ボクは感心しないけど、そう思うならそうすれば」と言いかけて黙った。どんな子に育てていくかは両親の務めだけれど、ジジババにも孫になって欲しい姿がある。ケバケバしたものが好みの子にさせたいのなら親の責任ですればいい。少なくとも私は落ち着いた雰囲気のある子になって欲しい。

 プレゼントは贈る側の気持ちを反映したものがいいのではないか。何でも子どもが欲しいというものを与えることではないと思う。私たちが子どもの頃はプレゼントの習慣はなかった。そのせいなのか分からないが、我が家ではクリスマス・イヴに、子どもたちが寝静まってから枕元にプレゼントを置いた。翌朝、「サンタさんが来た」と大喜びだった。かなり長い間、サンタがいると信じていた。

 誕生日にお祝いの食事をしたり、年中行事をそれなりに大事に行ってきた。自分たちの子どもの頃にしてもらえなかったことを無意識にしてきている。そんな習慣が続いているので、孫たちにも何かプレゼントしたいのだ。けれど、孫が欲しがるものを与える気にはなれない。そこには私の思いが無いからだ。子どもたちが小学校の高学年だったか、お泊りが流行っていて、長女が「お泊りしていい?」と聞いてきた時、私は「ダメだ」と許さなかった。

 子どもは「誰だってやっている」とか「みんな持ってる」とか言って抵抗するが、「ヨソはよそ。ウチはうち」と聞く耳を持たなかった。子どもからすれば「融通の利かない頑固オヤジ」だったかも知れないが、親の美意識や価値観をキチンと伝えておきたかった。さて、孫娘へのプレゼントをカミさんはどうするつもりだろう。

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美濃加茂市長と朴大統領

2016年11月30日 18時03分42秒 | Weblog

 明日は雨降りらしいので、チューリップの球根を植え付けるには、今日しかないと朝から張り切って仕事をした。昼食も取らずに頑張ったから、ちょっと腰が痛い。昨年の球根の中から選んだ大きめなものが70球あったので、今年は全部で470球となり、これを大・中・小の鉢と大きなプランターに植えた。いつもは色別に鉢に植えるのだが、今年は何が咲くか分からないミックスを50球買ったことと、昨年の球根も何が咲くか分からないので、どんなチューリップ花壇になるのだろうと思う。

 美濃加茂市の市長に高裁は有罪判決を下した。一審では贈賄側の業者の供述は「不自然に変遷しており信用できない」と無罪であったが、高裁は「市長の証言は曖昧で不自然」「業者の話は具体的でかつ詳細で、特に不合理な点は見当たらない」と覆した。業者が別件の詐欺事件で軽い処分を受けるため、捜査機関に迎合したと言われている点については「その可能性は否定できない」としながらの判決にすっきりしないものを感じる。

 韓国の朴大統領が「国会で決めた日程と手続きに従って大統領の職を退く」と辞意を表明した。友人の事件が明るみに出て以来、心労が続く朴大統領は窮地に追い込まれ、とうとう辞任を口にしたように思うが、弾劾による罷免を逃れるための時間稼ぎとも言われている。しかし、そもそも何が罪なのかがよく分からない。財団をつくることやその財源を民間企業に求めることは、アメリカだって日本だって行われている。

 朴大統領のやつれようを見ていると何だか気の毒だ。抱いて慰めてあげたくなる。朴大統領にしても美濃加茂市長にしても、政治の世界にいるのに「脇が甘い」のではないのだろうか。政敵はいくらでもいるのだから、常に気を張っていなくてはならない。友人だろうとその知り合いであろうと、近づいてくる人の目的を見定める必要がある。「そんな、友人を疑うなんて」と私も思うが、政治の世界に身を置いている以上、それが支持してくれている人たちのためでもある。

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手づくりが疎かになっている

2016年11月29日 17時53分14秒 | Weblog

 昨日から急に寒くなった。今朝は冷え込んでいたけれど風はなく、ルーフバルコニーに出ても寒いとは思わなかったが、午後からは風が強く吹いてきて身震いするほどだった。それでもこれが平年並みということらしい。寒くなると外に出たくなくなる。家にいて用無しになった書類や資料を整理し破棄したり、思い出したように買っただけで置いてある古い本を読んだりしている。書棚に読まずに置いてある本がかなりある。

 「ほんとに無駄ばかりしている」とカミさんは言うけれど、それは好き嫌いのようなもので、どうしようもない違いである。「もっと運動したら」と注意してくれるカミさんより、私の方が体形は若い時と大きく変わらない。スポーツが嫌いというわけではないが、ジムへ行って身体を鍛えたい欲求がない。私は暗い部屋が好きではないのでつい電気を点けてしまうが、いつの間にか消されてしまう。暗くてゴミが見えなくていいのかも知れないが、どうも好き嫌いは歳と共に隔たりが大きくなった。

 小1の孫娘も2歳の孫娘もスマホの操作はできる。小1の孫娘はスマホがなければ生きていけないのではないかと思うほど密度が高い。こんなに指先で器用に操作するのに、中学生や高校生はハサミやナイフが使えないという。私が勤務していた高校のデザイン科も、デッサンやレタリングがなくなりパソコン操作が中心になっている。パソコンによって感性を磨くこともできるのかも知れないが、鉛筆や筆を使い身体で覚えて欲しいと思うのはやはり古いのだろうか。

 クラス会に来ていた教え子たちは今もトップで活躍しているが、手づくりを大事にしていた。パソコンはあくまで道具であり、どう使って作品にしていくのか、そこを忘れないで欲しいと思う。手の原始的な機能を疎かにしては、人間ではなくなるような気もする。孫娘たちが高校生になる頃、世界はどう変わっているのだろう。楽しみだけれど、怖い気もする。

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男も女もみんな美しくなっていた

2016年11月28日 18時10分21秒 | Weblog

 何年ぶりだろう。「昭和47年3月の卒業以来です」と言う子もいたから、44年ぶりの再会になる。何年だったか覚えていないけど、どこかで一度開かれたクラス会に出席したことがある、それも随分前のことだ。待ち合わせ場所でキレイな女の人が立っていたが、まさかと思って素通りしたら、「あのー、先生?」と向こうから声をかけてくれた。バスケット部のキョウコちゃんだった。

 次々と人が集まって来るけれど、「あれっ、誰だっけ」と思い出せない。「先生、変わらないねえ」と言ってくれるが、お世辞であることは私自身が分かっている。この子たちを担任した時は24歳で、長髪の若造だったのに、髪はすっかり寂しくなっている。それでも私よりも頭が禿げあがっている子もいるし、少なくとも男はみんな白髪交じりで、すっかりオジイさんだ。

 「先生はいくつになられたんですか」と聞くから、「72歳だよ。君たちは?」とたずねると「63歳ですよ」と答える。24歳と15歳の時は歳の差は大きかったけれど、こうしてジジババになってしまうと変わらない。それでも高校時代と全く変わらない髪型の女の子がふたりいて、あの頃が昨日のようだ。久しぶりの再会に、大いに話し、飲んで、笑った。

 デザイン会社の社長になった人、世界的な靴デザイナーになった人、山荘を持っている人、海外に出かける人、鎌倉の海でサーフィンを楽しんでいる人、63歳にもなるともうみんな立派な大人だ。女の子も美しく歳を取っていて、どの顔も高校生の時よりも品がある。クラス会には「成功していないと参加できない」という面はあるだろう。それでも歳を重ねてくればもう大差ない。

 私より2歳年上の先生が、「来年からは絵描きに専念する」と言われた。「75歳までに逝きたい」などと言っている私が恥ずかしい。そうか、まだまだ前を向いて生きていこう。結果なんてどうでもいい、生きていれば何かが生まれる、そんな気持ちにさせてくれたクラス会だった。ありがとう、みんな、またね。

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憂鬱な日々が続いてもいつかきっといい日が来る

2016年11月26日 15時51分13秒 | Weblog

 「ふれあいフェスタ」で古い知人に会った。私が国際交流グループを手伝っていた時、行事に参加してくれていた女の子だ。その頃は天真爛漫な明るい子だったのに、どういう訳か元気がない。「あれ、元気ないねえ」と言うと、「ちょっと聞いてくれますか」と言って一気に話し出した。

 結婚したこと、その家の義母と義理の姉が彼女のことを嫁として認めていないこと、話の内容はそういうことだった。義母は一日中家にいるのに、働いて帰るとすぐ「ご飯はまだ?」と言う。義理の姉はいつも子どもを連れて来て自分は遊びに行ってしまう。子どもは当然彼女になつくが、それが気に入らないから、彼女が遊んであげていると無理やり「帰るわよ」と子どもを取り上げてしまう。

 「わたし、女中に来たわけじゃーないのに、女中以下の扱いでこき使われている。町のドブ掃除や町内の仕事もみんな押し付けられて、いったい何なのと気が狂いそう」と愚痴る。典型的な嫁いびりの家庭だ。「ダンナさんはどうしているの?」と言い出しそうになるのを堪えて、「大変だね。嫌なことばっかりだけど、いつも笑顔でいてね。そのうちにきっといいこともあるから」と言う。

 耐えられそうもない日々が続いたとしても、必ずどこかで嬉しい時もあるはずだ。安倍首相が年金制度改革法案を審議していた衆議院で、「私が述べたことを全くご理解いただけないのであれば、何時間やっても同じですよ」と述べた。さらに「法案に対して不安を煽ることは出来ても、民進党の支持が上がるわけではない」とまで言う。地方議員だった時、理屈で相手を負かせても採決では勝てない。「議員同士で議論して採決」は全くの幻想だった。

 安倍政権下の国会審議を見ていると、民主主義って何だろうと思う。「民主主義は多数決」というなら議会での質問や議論はただのセレモニーだ。憂鬱な日々が続くけれど、きっとそのうち民主主義の在り方も変わるだろう。そう言い聞かせて、いい日が来るのを待っている。今晩は長女のダンナのお父さんとダンナのすぐ上の姉夫婦が遊びに来る。私の友だちにも来てもらい、みんなで飲む。明日は私が担任をしたクラスの生徒たちとの集まりに出かけるので、ブログは休みます。

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「勘違い」の多いのは昔から?

2016年11月25日 17時26分49秒 | Weblog

 「タイトルが岡崎市美術博物館と安城市歴史博物館となっているのに、安城市歴史博物館のことは何も書いてないわよ」と指摘された。その通りで、安城市歴史博物館で行われていた『若冲と京の絵師』まで書くつもりだったのに時間切れで中途半端になってしまった。

 車で岡崎まで行くのだから、安城市中央図書館に展示されている教え子の作品を見て、図書館でボランティアをしている長女のダンナのお母さんにも会って帰ろうと思っていた。お母さんから若冲展の話を聞き、一緒に観てきた。土曜日には若冲のコレクターである細見吉行氏の記念講演もある。安城市は中央図書館を閉館し、もっと大きな複合体の図書館を創る計画だという。

 昼食のためにモスバーガーに入った。大学4年の孫娘がいた時は、書店に行きモスに寄るのがふたりのデート・コースだった。注文はいつも孫娘がしてくれたから、ひとりで注文できるのかとちょっと緊張した。お客が少ないためか、店員さんがアルバイトの女学生だったからか、ジイジがひとりで来たからか、ゆったりと接客してくれた。

 店に置かれた雑誌『サライ』を読んでいて、童謡の「勘違い」に気付いた。三木露風の『あかとんぼ』は誰でも知っている歌だが、「おわれてみたのはいつの日か」を、私は恥ずかしいことに「追われてみた」と思っていた。ところが「負われて見た」と知った。15歳で嫁にいった「ねいや」におんぶされた三木の、子どもの頃に見た光景だったのだ。

 野口雨情の『シャボン玉』についても、「夭折した子どもを悲しんだ歌」と国語の先生が教えてもらったのは教員になった時だった。先日も映画で『はないちもんめ』が人買いの歌と知って驚いた。「勝ってうれしい」「負けてくやしい」と歌うからジャンケンの勝ち負けだと思っていたが、「買ってうれしい」「まけてくやしい」のことだという。

 童謡には悲しい歌や恐ろしい歌があるようだ。『赤トンボ』は音楽の教科書に載っていたように思っていたが、「15で嫁にいく」のは法律違反というので載せていないらしい。それにしても「勘違い」が多い私である。だから良かったのかも知れない。

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岡崎市美術博物館と安城市歴史博物館

2016年11月24日 18時07分29秒 | Weblog

 カミさんたちは誕生日会ゴルフに出かけた。朝まで雨が降っていたのに、出かける時は止んでしまい、またしても晴れ男の神通力を見せてもらった。せっかく車があるのだからと思い立って、岡崎美術博物館で行われている『ブリューゲルとバロックの巨匠』展を観に出かけた。ひとりで車の乗って出かけることはなかったので、実際に出てみるとやっぱり寂しいものがある。

 岡崎市美術博物館は大きな公園の中の一角にあり、いつもユニークな展覧会を企画する。美術館は地下の方だが、建物から見える景色は素晴らしい。「レストランもメニューが豊富になっていいよ」と友だちが教えてくれたが、流石にひとりで入る気がしなかった。絵画は伝えるために書かれたから中世までは宗教画が多い。王侯や身分のたかい宗教家の肖像画は写真と同じ記録の意味が深い。ところが中世からは風俗画が生まれてくる。宗教改革で宗教と生活とが切り開かれたためだ。

 特にスペインの支配下にあったオランダやベルギー、そしてプロテスタントの勢力下にあったドイツやフランス北部では生活を描く画家が出てきた。そんな時代の変化を見ることのできる展覧会であった。ここの美術館はほとんど黒一色の中で展示が行われている。落ち着いているし、見やすい。ところが今日は、併設されているミーテングルームでセミナーが開かれるようで、黒っぽい背広のいかにも経営者と思われる紳士が集まっていて、とても喧しかった。

 カミさんたちが帰ってきた。これから反省会に私も参加するので、今日はここまで。

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