実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

被相続人の預金は遺産分割審判の対象にならない?(4)

2013-10-28 13:23:24 | 家族法
 判例の根本的な問題は、既に述べたように、金銭債権が法定相続分どおりに当然に相続されるという結論は、遺言や生前贈与がある状況を想定してはいないように思える点にありそうである。
 そうだとした場合に、考えようによっては、持ち戻し計算等をした結果である、具体的相続分に応じて相続するという考え方もあるかもしれない。しかし、こうなると、どれだけの割合で相続されるのかが、一義的にはわからず、いたずらに混乱が生じるだけであろう。

 そもそも、遺産共有の状態というのは、学説上組合財産と同様の合有説もあるが、判例上では、通常の共有と同じといわれている。そのため、遺産共有状態において共有持分を処分することも判例は認めているはずである。しかし、そうだとしても、その後の処理につき全面的に共有の規定に任せるのではなく、遺産分割という特則を設けているのも確かである。
 他方で、多数当事者の債権債務の規定が、債権債務における共有の規定の特則という位置づけがなされることもあるようだが、遺産分割という制度は、その後の処理に関するさらにその特則でもあるという言い方だってできると思う。
 そうであれば、金銭債権も、確かにいったんは法定相続分どおりに相続されるとしても(これは不動産もいったんは法定相続分に応じた普通の共有関係になるというのと同じことである)、だからといって金銭債権が遺産分割の対象にならなくなるということまでは意味しないという解釈だって十分にあり得ると思うのだが……。
 この解釈のメリットは、単に金銭債権も遺産分割審判の対象となることを認めることができるというだけでなく、遺産分割の対象となるとしつつも、債務者側からすれば、遺産分割協議(または審判)が成立するまでは、法定相続分に応じた支払いをすれば免責されるという解釈をとりやすい点にもある。

 私の弁護士としての経験上、遺産分割の実際は、銀行預金等の金銭債権も含めて遺産分割協議を行っていると思われる。銀行実務も、相続が発生すると、被相続人の預金の払戻しには相続人全員の協議が成立した文書(それも銀行側が用意する書式のものが多い)の提出を求められる。判例と遺産分割の実際とが食い違う典型的な場面である。
 なぜ判例の存在にもかかわらず、遺産分割の実際(あるいは銀行実務)が動かないのかは、やはりそれなりの理由があるのではないだろうか。

被相続人の預金は遺産分割審判の対象にならない?(3)

2013-10-23 10:12:51 | 家族法
 実は、数年前の判例で、郵便局の定額郵便貯金は当然に法定相続分どおりに相続するのではなく、遺産分割の対象とすべきという趣旨の判例が登場している。
 ただし、これは、郵便貯金法(どうも郵政の民営化とともに廃止となっている法律のようである)という特殊な法律が影響しているようであり、金銭債権に関する過去の判例は「本件に適切でない」という。したがって、この判例も、判旨からすれば、あくまでも郵政公社時代までの定額郵便貯金に限った特殊な、かつ、記念碑的な判例という位置づけになろう。

 郵便貯金法の特殊部分として最高裁はあげているのは、一定の据置期間を定め、分割払戻しをしないとの条件で一定の金額を一時に預入するものと定められていること、預入限度額も一定の金額に限定していること、である。これらが郵便貯金法及び郵便貯金規則に規定されていることが理由のようである。
 しかしである。法律で定めたわけではないことは確かであるが、民間銀行の定期預金も、一定の据置期間があることは同じであり、少なくとも据置期間中は分割払い戻しをしないという条件で一定の金額を一時に預入することは、大して違わないのではないだろうか。定期預金の中途解約という現象はよくあることではあるが、あくまでも銀行の好意で行っていることともいえる。預入限度額については民間銀行には存在しないが、そもそも郵便貯金の預入限度額は、多くの資金が民間銀行から郵便局に流れ込まないようにするための極めて政策的理由に基づくものではなかったか。その意味において、判例が理由として挙げるこの預入限度額には、理由がないと思う。

 そうすると、状況は民間銀行の定期預金も実質は同じなのであって、ただそれが法律事項か契約事項かの違いに過ぎない。そして、契約に基づいて不可分債権債務関係を作り出すことはできるはずで、そうだとすれば、上記判例を敷衍すれば、少なくとも民間銀行の定期預金も当然分割ではなく遺産分割の対象となる遺産と考えても決しておかしくはないと思うのだが、そう思うのは私だけであろうか。

被相続人の預金は遺産分割審判の対象にならない?(2)

2013-10-18 09:56:24 | 家族法
 それでは、被相続人の遺産が、価値3000万円の不動産と2000万円の預金だけであり、相続人が子2人(A、B)だった場合で、不動産についてはAに対して相続させる旨の記載だけがある遺言があるといった場合、預金はどうなるのだろうか。
 これでも預金は法定相続分の割合で当然に相続するのだろうか。もしそうだとすると、Aは、遺言により3000万円の不動産を取得し、さらに預金の2分の1の1000万円の計4000万円分の遺産を取得することになる一方、Bは、預金1000万円だけを取得することになる。
 この事例では法的には遺産分割協議をする余地がなく、しかもBは遺留分を侵害される。もちろん、遺留分減殺請求権は行使できるのであろうが、私にはどうもどうもしっくりこない。

 しっくりこない理由は簡単である。事例を少し変えて遺産が価値3000万円の不動産と価値2000万円の不動産だった場合で、3000万円の不動産に関してだけ、Aに対して相続させる旨の遺言があったら、2000万円の不動産はどうなるか。
 一応遺産分割協議をすることになるが、協議が整わなければ、理屈上Bが相続できるはずである。なぜなら、具体的相続分を計算するには、価値3000万円の不動産についても、いったんは持ち戻しの上で計算することになるからである。そうすると、Bの具体的相続分は(私の理解が間違っていなければ)本来2500万円になるはずであり、ただ3000万円の価値のある不動産をAに相続させる遺言があるから、結果的に価値2000万円の不動産をBが相続することになるはずである。

 以上のように、遺言に記載されていない遺産が金銭債権か否かで全く違う結論になってしまうが、これが正しいとは到底思えない。結局、金銭債権は法定相続分どおりに当然に相続するという判例は、一部の遺産について遺言があるような事例を想定していないのではないだろうか。

被相続人の預金は遺産分割審判の対象にならない?(1)

2013-10-15 10:21:31 | 家族法
 相続が開始し、特段の遺言がなければ、相続人間で遺産分割の協議を行う。任意、協議が成立しなければ、遺産分割の調停を申し立てたり、遺産分割審判を申し立てたりする。その場合(特に遺産分割審判の場合)に、銀行預金は分割の対象となる遺産とはならないのだろうか。

 判例では、金銭債権や金銭債務は可分債権・可分債務である限り、法定相続分に応じて当然に相続人が相続することになるといっているようであり、遺産分割の対象とはならないかの如くである。現実に、裁判実務では、銀行預金は遺産分割審判の対象から外されるようである。