実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

会社法上の差止請求権を保全する仮処分の効力(4)

2011-02-24 10:49:41 | 会社法
 私は、株主総会開催差止仮処分を無視した事例に関する高裁判例に、大いに疑問を持っている。なぜなら、事情は特許侵害行為の差し止めや、重要財産の処分の差し止めとは状況が全く異なるからである。

 特許侵害行為差止の仮処分が絵に描いた餅でしかないのは、侵害物をばらまくという事実行為は如何ともしがたいからであり、重要財産の処分差し止めの仮処分が効力を持たないのは、第三者の利益を考慮する必要があるからである。
 しかし、株主総会決議の有効性ということであれば、それはもっぱら会社内部の問題である上、もっぱら法的評価の問題だけである。決議無効原因があると言ってしまえば仮処分の実効性は確保できるのであり、万一株主総会決議の有無が取引の安全との関係で問題があるのなら、それは別の法理で処理すべき問題である。そのような場合にまで仮処分の効力を無視してしまってよいのだろうか。

 同じことは、新株発行差止の仮処分でも言える。当該仮処分を無視した新株発行は無効原因ありと言ってしまえば、その実効性は確保できるのであり、その意味で特許侵害行為差止の仮処分と事情が違う。
 株式引受人にとっては、不測の損害といえる可能性はなくはないが、新株の発行は、物の売買のような純粋な経済取引とは異なり、いったん有効に新株が発行されてしまうと、持株比率の希釈化など、既存株主にとって必ずしも好ましからざる状況が確定してしまうのである。このことは、一般にそれだけでは無効原因とは言われていない、有利発行が疑われる場合(もちろん株主総会を経ていない)に差し止めの仮処分が無視された場合など、問題は顕著であるといえる。たとえ仮の処分でも裁判所の処分を無視した新株の発行である。
 以上のように考えると、最高裁判例のとおり、やはり無効原因があるというべきだと思うのである。

会社法上の差止請求権を保全する仮処分の効力(3)

2011-02-21 09:49:28 | 会社法
 翻って、会社法上の差止請求に関する仮処分はどうか。たとえば、取締役会の決議を経ずに代表取締役が重要財産を処分しようとしているとしよう。当該重要財産が会社の唯一の事業用資産だったりすると、取締役の違法行為として差止が認められる可能性もあるだろう。ところが、代表取締役が差止の仮処分を無視して重要財産を取締役会の決議がないまま売却してしまったとする。この場合どうか。
 確かに、この場合は当該財産の買主の事情も考慮する必要がありそうで、内部的な差止の効力をもってそのことを知らない取引の相手方に不測の損害を被らせることにはやや疑問がある。とすると、結局、本来は取締役会決議事項である行為について、その決議を欠いた場合の法的効力一般の問題に解消して考えざるを得ないような気はする。
 そうだとすると、確かにこのような場合は仮処分の実効性はないといわざるを得ないのかもしれない。

 それでは、不適法な株主総会の開催を差し止める仮処分がなされているにもかかわらず、これを無視して株主総会が開催された株主総会決議の効力はどうか。
 これには高裁レベルの下級審判例がある。仮処分を無視した株主総会決議でも不存在や無効にはならないというのである。仮処分にはその効力として株主総会の決議を無効とする効力はないというのである。学説も、おおむねこれに賛成しているのであろうか。
 この高裁判例は、特許侵害行為の差止の仮処分に実効性がないという議論と共通するのであろうか。

会社法上の差止請求権を保全する仮処分の効力(2)

2011-02-17 09:50:05 | 会社法
 会社法の教科書レベルでは、仮処分の効力として、差し止められた法律行為を無効にする効力など存在しないのだというような議論が平気で行われているような気がする。このことの意味も理解しにくいのだが、そもそも民事保全としての仮処分の効力は、民事保全法に特に効力規定(民事保全法58条以下)のある場合だけ当該効力が認められるに過ぎず、それ以外の場合は特段の効力はないということなのだろうか。おそらくこれはあまりにも偏狭な考え方にすぎるので(たとえば、地位保全の仮処分のようなものも、その効力規定は存在しない以上その仮処分の効力はないという解釈となってしまう。)、そのようなことを言っているのではないと思う。そうだとすると、差止の仮処分に限って、その実効的な効力はないという意味なのかもしれない。
 だが、こうした考え方も果たしてどうなのか。会社法から離れて差止の仮処分(不作為を命じる仮処分と言ってもよいかもしれない)がどのような場面で利用されるかを考えると、たとえば、特許侵害を未然に防ぐ特許侵害行為差止の仮処分が考えられる。この仮処分も実効的な効力はないのだろうか。

 実は、不作為のみを命じる特許侵害行為差止の仮処分は、あまり実効性はないと言いうる。なぜなら、どのような方法にせよ仮処分を無視して特許侵害物をばらまかれてしまうと、事実として特許侵害の結果が発生してしまうことを防ぎ得ないからである。仮処分の名宛人の手足を物理的に縛ることはできないのである。そのため、仮処分の申し立ての際に、単に不作為を求めるだけでなく、侵害の予防(特許法100条1項、2項)が認められていることを前提に、侵害物の執行官保管の仮処分も同時に申し立てたりする。
 しかし、特許侵害行為差止の仮処分が実効性のない理由は、特許侵害物がばらまかれるという事実そのものは如何ともしがたいという理由による。どういうことかというと、特許侵害者が特許侵害物をばらまく通常の方法は、当該特許侵害物を市場に売却することであろうが、たとえ仮処分を無視した売却行為が法的に無効といってみても、特許侵害物が市場に出回ってしまえば、その売却行為の法的評価など、特許権者には何の意味もないことなのである。従って、ことは仮処分だけの問題ではなく、たとえ特許権侵害行為差止の本案判決がなされても、状況は全くかわらないのである。差止判決を無視して特許侵害物を市場にばらまけば、差止判決など絵に描いた餅でしかない。せいぜい後の損害賠償請求訴訟において、侵害論で争われずにすむ(損害論だけで決着がつく)という訴訟法上の効力があるに過ぎないとも言えるのである。
 特許法100条2項で、特許侵害物の廃棄や設備の除却(これらは、代替執行が可能である)まで認めているのは、差止の実効性を持たせるためである。

会社法上の差止請求権を保全する仮処分の効力(1)

2011-02-14 14:35:17 | 会社法
 会社法上、株主などによる差止請求権が認められている場面がいくつかあり、取締役の違法行為差止請求権(会社法360条。監査役が差し止める場合は385条)や、新株及び新株予約権発行差止請求権(会社法210条、247条)、それに、会社法制定時にあらたに略式組織再編が認められたことに伴い、略式組織再編差止請求権も規定されるようになっている(784条2項、796条2項)。
 これらは、会社実体法の規定であるが、株主がこれら権利を行使しても無視されては意味がないので、差止請求訴訟を提起することができ、またこれを本案として差止の仮処分を求めることもできるといわれている。
 ところが、ここから先が理解しにくいのだが、たとえば取締役の違法行為差止の仮処分で例にすると、たとえ差止の仮処分が認められたとしても、それを無視して取締役が差し止められた当該行為を行ってしまっても、当該行為は無効にはならないと、まことしやかに議論されている。新株発行の差止仮処分を無視した新株発行については、最高裁の判例は新株発行の無効原因になることを認めているが、学説上は無効原因にならないという学説の方が有力のようである。しかし、仮にこのように差止の仮処分を無視しても無効にならないとすると、いったい何のための仮処分なのだろうか。

契約を破る自由?(10)

2011-02-10 09:43:23 | その他の法律
 契約を破る自由についてここまで書いてきたことを自分自身で改めて読んでみて、やはり、とりとめがなく、あまりよくまとまっていない気がする。

 契約を破る自由との関連で最後に言いたいことは、法と経済学が議論するパレート効率性という考え方そのものは、私は基本的には正しいだろうとは思っているのである。ただ、それを表面的な数値や表面的な登場人物との関係だけで考えることに、やや違和感を覚えるのである。表面的な数値を基準にしていると思われる考え方に、富の最大化原理という考え方があるようで、この原理は、ポズナーというアメリカの現役裁判官だった人物の考え方らしく、おそらく、アメリカの裁判実務に少なからぬ影響を及ぼした考え方である。
 しかし、これには批判も強いらしく、私の理解では、「効用」の最大化こそが法と経済学の目標だと考える学説の方が有力らしい。ここでいう「効用」とは、物の価値は、個人個人で違うのであって(たとえば、同じ1万円であっても、貧困者が得られる1万円と富裕者が得られる1万円とでは、当人たちの主観的価値感は違うはずで、通常は貧困者の方がより貴重な1万円と考えるはずである。これを、経済学上、限界効用漸減の法則ということがある。)、その違った価値観を前提としてそれ(効用)を最大化しようとする考えである。これが正しいとすると、たとえパレート効率性という基準が正しいとしても、それを表面的な数値のみで考えることが本当に正しいのか、疑問に思うのである。
 契約を破る自由というのは、二重譲渡の事例が端的に示しているように、表面的な数値のみで考える傾向が強い考え方だと思う。そして、経済的弱者より経済的強者の方がより多くの資金手当が可能であって、同じ商品の購入に経済的強者の方がより多くの資金を投じることが可能だとすると、契約を破る自由というのを二重譲渡の事例で考えると、やや極端には経済的弱者を排除する結果を導きかねないことは、容易に理解できると思う。私の理解では、この点が富の最大化原理の最大の弱点なのであり、パレート効率性を表面的な数値のみで考えることの最大の弱点だと思っている。

 このまとめも、まとめとなっているかどうかよくわからないが、契約を破る自由という考え方に対する批判を、とりとめなく書き綴ってみた次第である。