暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

池坊展へ その1(池坊会場)

2012年11月21日 | 美術館・博物館
          花と対峙の日々   瀬島弘秀氏(特命派遣教授)

          四季折々に出会う草木の彩りの美しさ、
          生命の輝きにみせられた花と対峙できる楽しみ。
          若芽の時の可愛い莟のふくらみ、
          新緑の美しさ、成熟した木々の艶やかな彩り、
          今、紅葉の季を迎え、束の間の華やぎに心ひかれて。
          自然の織りなすさまざまの場景、
          四季のある国ならばこそと思う。 
                        (池坊会場7Fにて)

550年祭記念特別展
いけばなの根源「池坊」展へ11月19日の最終日に行きました。
京都高島屋と池坊(烏丸六角)の二つの会場があり、
池坊発祥の地である六角堂隣りの会場から見ることにしました。

              
                 紫雲山頂法寺・六角堂
                                    
                              (クリックすると大)
そもそも、池坊展に興味を持ったのには訳があるのです。
一つは、大学時代に入会した生け花同好会が池坊であったこと。
もっとも、ずっーと草月流と思い込んでいて、後年頂いた許状を発見し、
しげしげ見ると池坊であったというお粗末さ・・・。 

もう一つは、横浜能楽堂特別企画「能・狂言に潜む中世人の精神」の
第4回「花」で
、次期家元・池坊由紀さんの講演を拝聴して以来、
中世に花開いた池坊華道の成立前後をきちんと知っておきたい・・・
と思っていたのです。

               

そんな訳で、ぶらりぃ訪れると、
7階で最初に出会った作品と添えられた詞を読んで、早くも胸が高鳴りました。
花と対峙できる喜びが門外漢の私にもひたひたと伝わってきました。

先ずは池坊の歴史にこだわりつつ、いくつかの作品を写真で紹介します。

538年  仏教が伝来し、仏前供花が伝わる。
587年  聖徳太子が六角堂を建立。
735年  この頃できた「絵因果経」に供花の図あり。
  〇   六角堂において、代々池のほとりに住まいする僧侶が
      朝夕、仏前に花を献じていました。
      僧侶はやがて「池坊(いけのぼう)」と呼ばれるようになります。

             
              ハクチョウが泳ぐ六角堂の池

             

905年  「古今集」に「花がめに花を挿す」とあり、
      瓶に挿した花の鑑賞の記録。
1373年 宮中・公家の間で花御会、花合せが盛んになる。
1462年 東福寺の禅僧・雲泉太極の日記「碧山日録(へきざんにちろく)」に
      専慶の活躍が記録。
  〇   「碧山日録」は、池坊といけばなに関する最古の文献で、
      今年は550年に当るそうです。

             

1482年 足利義政、東山殿(銀閣)の造営を始める。
      この頃書院造建築の成立。
1486年 現存する最古の花伝書「花王以来の花伝書」を相伝する。
1530年 この頃より池坊、宮中でしばしば花を立てる。
  〇   この頃、池坊専応は花伝を大成、花伝書「専応口伝」を著し、
      「草木の風趣」を説く。
  〇   華道の成立

               
                                (クリックすると大)
1545年 池坊専栄「専応口伝」を相伝。
      七ツ道具の花形図が見られる。
  〇   立て花から立花(りっか)への展開
1567年 池坊専栄、「専応口伝」に「生花(しょうか)の事」の項目を加える。
  〇   この頃、いけばな・茶の湯の花盛んになる。

             
            
             


           ・・・・(その2)へ続く・・・・    



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