ルーマニア人と多少なりとも生活上で接したことのある人と、まったくルーマニア人を知らない人とでは、すこし感想が違ってくるかも、と思われるこの作品~「4ヶ月、3週間と2日」(原題:4 luni 3 saptamani si 2 zile)。日本を発つ前に字幕付で見てきました。上の写真はカンヌからのもので、フランス語のポスター。大阪梅田の上映館にて。
舞台は1987年のルーマニア、流血革命で社会主義が崩壊するまであと2年、すべてのものが国家の管理統制化におかれていた時代に、違法中絶を試みるルームメイトを献身的に助ける女子大生が主人公。
ムンジウ監督が「そんな時代だった。」と言い放っている共産主義の時代。映画ではルーマニア人気質の醜いところがあからさまに映し出されていて、革命からまだ20年もたっていない現代のルーマニアでもその気質はいたるところで見られるのです。
たとえば登場人物の一人、自分の中絶手術のことなのに何もかもルームメイトまかせにして、自分に都合の良い嘘ばかりつくことをなんとも思っていないガビッツア。ファミリーネームがこれまた嘘か本当か「ドラグッツァ」、これはルーマニア語で「可愛い子ちゃん」という感じ(本来は形容詞)。人の反応を先読みして嘘が口から付いて出るようで、可愛い子ちゃんの仮面をかぶったしたたかさが見え隠れする彼女にとっては、すべてが自分を守りたい一心。
そのガビッツアを全面的に助けるルームメイトのオティリア、彼女が過ごす長い一日を映しとっているのがこの映画。息詰まるような共産主義の暗い時代に何かに抵抗しているかにも見えるし、献身的な善人なのか?でも、切符を持たないでバスに乗車したり、ヤミ医者のアタッシュケースから護身ナイフをくすねる(自分のポケットにしまう)ことをなんとも思っていないようす。
違法中絶手術を引き受けたヤミ医師の傲慢な態度。利用するホテルの従業員のぶっきらぼうさ。警察官は職務権限をカサにきて威張っているみたいだし、公共の交通機関の検札係もなんとも高圧的。字幕では「切符を拝見します。」と出ていたけれども、係が言っているのは「検札!」だけ。
オティリアのボーイフレンドにいたってはまったく頼りなく、彼の一族は出所や育ち、受けてきた教育や職業の自慢話に花を咲かせているばかり。彼らの前でタバコを吸おうとするオティリアには、「ボーイフレンドの親の前でタバコを吸うものではない。」とたしなめられる場面も。
映画を見終わったときの正直な感想は「どうしてこの映画が出来たんだろう?監督はどんな意図でこの映画を撮ったのだろう?」
この映画を見た人はどんな感想を持っているのだろう、と、こちらやこちらをたずねてみました。やっぱり重苦しい気分は晴れません・・。明るい部分をひとつも見つけられない映画で、暗く重たい気分を持ったままルーマニアに戻ってきた私。
わずか20年前、日本ではバブル景気真っ只中のころ。何も考えずに経済発展の恩恵を享受していました。その同じ時期に東欧のルーマニアではこんな時代があったのです。人生でとても大事な幼少期から多感な青春時代を、この時代に過ごしているマイダーリン。革命の時には耳の横を弾丸がすり抜けていったという・・。
「私、日本デ、昨年度ノカンヌ最高賞受賞ノルーマニア映画ヲ見テキタワ。」とルーマニア人の女友達につぶやくと、「アノ監督ニトッテ、名声ト富ヲ得ルタメニハ、アメリカ映画ノヨウナ超娯楽大作ヲ作ルカ、又ハ、ルーマニア人ノ最モ、センシティブナ部分ヲ描クシカ、無カッタノヨ。」と。(=あくまでも彼女個人の意見です)
中層のブロックハウスに住む友人宅を訪ねたときに、途中階でダストシュートを見つけました。映画の最後のほうで主人公が、あるものを最上階のダストシュートから投げ捨てます。全く同じようなダストシュートを見つけてしまったとき、約20年前のルーマニアが描かれたこの映画がまた重くのしかかってきてしまいました。上の写真がそのダストシュート。思わず写真に撮ってしまっていました。
わたしの周りはスポーツをする人がほとんどなので、皆、暗い過去の時代を忘れ去ったかのように前向きで元気です。わたしも見習ってルーマニアの良いところを見つけなくちゃね!
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